付き合い始めてからの2人が主な話ですが,本編に比べてお互い距離感バグってますのであしからず。
甘く蕩けるチョコレート
バレンタイン…古代ローマの冬至祭やキリスト教の聖バレンタインだとか,日本の洋菓子メーカーが始めただとか色んな説がある一般的には女性から男性へチョコを渡して普段の感謝を伝える日。
全国の思春期の男子高校生ならば楽しみにしている人間の方が多いだろう年に一度のスペシャルイベント,それがバレンタインだ。
…貰えるのかは別として。
因みに,俺自身は去年まではそれほど楽しみにしている訳ではなかった。っていうか忘れていた。
去年はいつも通りというか,姉ちゃんがチョコをくれたというのと…香澄さん含めたポピパの人達がくれた義理チョコを貰った時に思い出したというのが本音だった。
だけど…まあ,今年は何というか…世間がそう言う風にバレンタイン風に浮かれる前に俺はその事を意識せざる得なくなった。
それは香澄という彼女が俺に出来たから…ではない。
いや,彼女が出来たから期待し始めてしまった面も否定はしない。
でもそれは後付けの理由,なんで俺がバレンタインまであと1週間ってタイミングでその事を意識し始めてしまったのかというと,唐突に始まったポピパの甘いもの断食のせいだ。
「うぅ…うぅ…甘いもの…たべたい」
今日は土曜日,土曜授業を終えた俺は香澄とのデートをしていたのだが…このように彼女は飢えたオオカミのように…ごめん,そんなものではないな。もはや薬をやってしまってるんじゃないかってくらい多分意識が朦朧としている。
なんでそんな事になっているのかと言えば,今週の水曜日に始まった甘いもの断食大会のせいだ。
「大丈夫です?」
「だ,大丈夫。我慢するって決めたもん!」
事の発端は牛込先輩が以前,甘いものを数日我慢した後に食べたお菓子がとんでもなく美味しかったから,今回のバレンタインでも今度は1週間おやつを我慢すると言い出したらしい。
それを聴いた香澄や姉ちゃん達が,”皆で最高のバレンタインにしよう!”となって牛込先輩だけじゃなくポピパ自体1週間のお菓子を断食するという聞いている側からすれば”え?”となる事をしだしていたからだ。
けど,既に3日経って香澄はかなりきているようで大丈夫かこれと思っていた。
あ…ほら,今なんかクレープ屋の移動販売のアナウンスがどこからか聞こえて,手を握っている彼女の身体がビクッと震えた。
「ダメですよ」
「うぅ~!」
交際を始めてから,時間が合えば家に来たり泊まったりしている関係で俺はそのお菓子の断食を知る所となった。
ほら,バレンタインを意識するなって無理な話だと思うだろ。
姉ちゃんと,彼女である香澄がそういう我慢大会みたいなことをしてるのだから。
これ,外でデートするのは色んな意味で危ないよな…って事で
「カラオケでも行きます?前友達からクーポン券もらいましたし」
「行く!」
ばっと身体を正直に反応させ,俺達はカラオケに行く事に。
カラオケボックスなら甘いものなんて殆どないし,精々がサービスで置かれているアイス位だろう。
飲み物までカウントされるならもう無理だけど,まあ何とかなるだろう。
こんな感じでバレンタイン付近のデートは,香澄が甘いものを見ないようにどっかの中に入るものが多かった。
…因みに,カラオケのMVでなぜかマカロンとかチョコレートとか,甘いお菓子が流れまくる背景映像が流れてしまいそれにつられて意味不明な替え歌を歌ってしまっていた香澄だった。
☆
そんなこんなで,彼女の甘いもの断食大会を横目に過ごしながら迎えたバレンタイン当日。
去年まであり得なかったというか,そうなるのってくらいの出来事がいくらかあった。
一応というか,男子が男子にチョコを送ってはダメなんてものはないし,文化祭では女性陣にもお世話になったから俺は市販ではあるけど某有名ブランドのチョコを持って来た。
闘将杯で優勝して臨時収入が入ったし,よく考えたら言葉でしかお礼言っていないなとも思ったからな。
けど…
「はい,導志君。レディースからの義理だよ~」
まさか,クラスメイトの女性陣が全員の合作という形でメンズに渡しまわっているのはビックリしたんだわ。
「あ,ありがとう…」
「「うぉおおおおお!!」
俺が小さくお礼を言う隣で,他の忠道含めた男性陣が歓喜この声をあげた。
曰く,母親以外から始めて貰ったという事で…いやそれ含めてもうるさいなおい。
「あはは,なんか気恥ずかしいけど喜んでくれて良かった」
燈火さんの乾いた笑みが,どれだけ男性陣が躍り散らかしているのかを教えてくれている。
因みに全員が舞い踊っている訳ではない。
深川君は恥ずかしそうにしながらも,お礼を落ち着いて言っていたし…一番戸惑っているのはきっと彼だろう。
「俺…今月転入したばっかなのに貰っていいのか?」
そう言うのは転入してきたばっかりの悠馬,彼も義理ではあるが女性陣からの合作チョコを貰っていて戸惑っていた。
「良いよ良いよ,15個も16個も変わらないし,これから仲良くしてねってことで」
そんな悠馬の言葉を朗らかに肯定したのは北村学級委員長。
クラスメイト達は悠馬の事を知っている。俺のプロ試験最終戦の相手として,そして俺の初めての親友として知っていた。
だから彼がここに転入してきたときも暖かく迎え入れてくれたのだ。
今回のバレンタインはそのきっかけの1つだと北村学級委員長は言った。
「ああ,ありがとう皆。ホワイトデー,ちゃんと考えておく」
「うんうん!改めてよろしくね!」
「じゃあ,なんか女性陣の凄さに霞んでしまったけど…俺からも皆に」
「「え?」」
おいなんだその意外そうな”え?”は。こちとら繊細だぞ,傷つくぞ。
そんな言葉を飲み込みながら俺は持って来た紙袋を机に乗せ,クラスメイト達を集めた。
紙袋の中には市販ながら買って来たチョコ。
「わ!これ東急のあそこのだよね?!」
「そうそう,売り場の人に聞いてみたらこれが良いって言われてそのまま」
最初は手作りにでもしようかと思ったのだが,実際リサ先輩に作り方を聞こうと思ったのだがリサ先輩の方が忙しかったのと,姉ちゃんが火はダメだ!と言われ市販のものに。
適当に探し回っていた時に東急にも言って,サービスカウンターの人に売り場の場所を聞いて案内され,そのお店の人に聞いてみたらおすすめされた奴。
割といい値段したが,市販だからしょうがないと割り切った。
「文化祭では色々助けてもらったし,そのお礼も兼ねて。ああ,ホワイトデーとは別だからそっちも楽しみにしてもらえたら。」
女性陣が取った後だけど,男性陣にもあるよと言えば…何故かめちゃ微妙な雰囲気になってしまった。
いや,女性陣はすっごく喜んでくれたのだが,男性陣はそうではなかったようで。
別に野郎からのチョコが嫌だとかじゃなくて,北村学級委員長の悪気のない一言だった。
「流石導志君,先にお礼を用意しているなんてやるぅ!」
その言葉が他の男性陣の心にグサッとささったのだとか。
うん,言葉だけを聞くのなら『導志君はお礼を用意しているというのに,他の男はそんな事もしていないのか?』に聴こえてしまうからね。
「くそっ!これがモテる男のパッシブスキルだというのか?!」
「僕達は,そんな事も予測できなかったというのか…」
「おお,メシア…」
よーし無視しておこう,今はレディーファーストという事で女性陣が俺が持って来たチョコを受け取っている最中だからな。
うん,今は無視しておこう。
けど,そう言うメンズにもフォローを入れることが出来るのはこのクラスの良い所だ。
「えっと…ホワイトデー楽しみにしてるね」
神田さんが忠道含めてショックを受けている男性陣へそう言うと,彼らは音だけで分かる位バッと身体を起こした。
「楽しみにしててくれ!」
「必ず導志より良いものを!」
「送るから!」
「う,うん」
これ神田さん少し引いてね?
ていうか俺より良いものってどんな基準だよ。
その後,無事クラスメイト達に俺のチョコも行き渡りましたとさ。
けど,バレンタインが終わった訳ではなくこの後もそれは続いた。
去年からの変化と言えば変化なのだろうが,俺が知らない内に与えていた色々な人への影響を知る日にもなった。
例えばだけど授業の合間の休み時間
「い…市ヶ谷君いますか?」
隣のクラスの女の子がやってきて
「あ,あの…!文化祭の歌…すっごくかっこよかったです!これ!」
「え,ちょ?!」
凄まじい勢いでチョコを送られた。
俺が文化祭で披露した音楽関係で渡されたチョコは5個,演技で4個,そしていいのか悪いのかは分からないけれど
「闘将杯見ました!これからも応援してます!」
ヴァンガード関係で7個のチョコを貰った。
釜木とか春賀とかが”うぉおおお”って何か唸っている隣で,燈火さんが『はい』と何かを渡してくれた。
それは紙袋だった。
「沢山あるからこれがないと持って帰れないよ」
と,どこか面白そうに,悲しさも混じっている声色で言ってくれた。
元々俺がもって来ていた紙袋もあるのだが,燈火さん曰くクラスメイト達がごちゃごちゃと取ってしまったせいで一部破れてしまっているようで別件で持って来たものをそのままくれたのだ。
「ありがとう,助かった。」
「どういたしまして。それにしてもモテモテだね」
「燈火さんまで…義理が殆どだろうに」
「他クラスの人のも?」
「…義理ではない?」
「さあ,でも…導志君に彼女がいるって知らないから渡しちゃっても不思議ではないんじゃない?」
義理ではないのなら…いわゆる本命なのだろうが,確かに香澄との交際を知っている人なんてまだ少ないし,クラスメイトにだって言っていない事を他クラスにいる人が知っている訳ないか…うん?
あれ,そうだよな,俺別にクラスで彼女が出来たとか言っていないような?
「え,あれ,燈火さんに彼女出来たって言ったっけ俺」
そうだ,俺まだガールズバンドパーティーの人達と家族以外には交際の事を話した覚えなんてない。
え,なんで知ってるの燈火さん…という疑問は当たり前のように返された。
「言われなくても何となく分かるよ。冬休み終わってから浮ついているというか,何となく前とは違うの分かるよ?女の勘?」
「便利すぎだろ女の勘…」
戦慄する俺を少しくすりと笑った彼女は,”それはそれとして”という言葉を挟み…
「はい,手出して」
「え…なぜに」
「良いから」
言われるがままに手を出すと,掌に出されたのは…個装された何かの箱だった。
…まさか
「この話をしたばっかでなぜ?」
渡されたのはチョコレート…だと思う。
ご丁寧にというか,他の人達とは違ってまさかの燈火さんの点字付き。
「もう義理だよ義理,私個人からね。」
クラス合作とは別だよと笑う彼女が,少し悲しそうにも見えたのは気のせいだろうか。
文化祭当日の,演劇を始める前のあの雰囲気に近いものを感じた。
「導志君文化祭で一緒に頑張ったし,個人的にも良い経験だったからね。なんと次の定期公演で主役を貰いました!」
「え,マジで?2年の先輩差し置いて?!」
「ふふーん,もっと驚いてくれていいんだよ?」
いや普通に凄いわ。
文化祭での講演のヒロイン役を蹴ったのは知っていたけど,それだけでも先輩達にとっては思う事があるだろうにそれを含めての主役を勝ち取るとか凄すぎんか。
「市の公民館でやるから,彼女さんと来てみてよ」
「うん,分かった。香澄に聞いてみる」
「…うん」
これで俺の学校でのバレンタインは終わり,この時点でとっくに去年までの個数を超えているのだが…実はまだ貰う事になった。
それはCiRCLEでの接客バイト中の事,ここの利用者ってガールズバンドの人が8割位占めているから…当たり前の事を言おう。
女の人が多い。
つまりかどうかは分からないけど…
「市ヶ谷君はい」
今日はカウンターでの受付業務だったのだが,翔君のお姉さんのその軽い一言共に渡されたものを皮切りに一部のお客さんからも貰う事になったんだ。
大体はバンドごとの合作で義理だが,それでも渡される度の彼女達が言ってくれる
――いつもありがとう
俺はCiRCLEの従業員の1人でしかないのだが,その俺に感謝をしてこうしてチョコを渡してくれることはクラスメイトの物とは違う意味で嬉しく感じた。
基本迷惑をかけるのがディフォルトな俺が,こんな風に感謝されること自体が俺のやってきたことの意味を証明するものなのだから。
そして,普段ここを利用してくれるお客さんの中でも彼女達はやっぱり俺の記憶には強いバンドもいた。
ガールズバンドパーティー…CiRCLEを盛り上げるために集まったガールズバンドの総称。
俺がCiRCLEで,スタッフとして一番身近な人達だ。
別に全部のバンドが練習の予約をしていた訳じゃないのだが…
「やっほ~導志君」
「おう導志,やってるか~?」
Afterglowの上原先輩と宇田川先輩がわざわざチョコを渡しに来てくれたり…ていうか,宇田川先輩ここはどっかのラーメン屋ですか。
「良かった,今日導志君シフトだったんだね」
「とっても運がよかったです!運命ですね!」
パスパレからは丸山先輩と若宮先輩が…ていうか,若宮先輩,運命は大げさでは。
「あ,導志いたよりんりん!」
「あ,あこちゃん余り大声出さない方が」
Roseliaからは宇田川さんと白金先輩がやってきて
「導志チョコあげるわ!」
「ちょっとこころ,いきなり行ったって困るだけでしょ?あ,ハロハピからの感謝のチョコです」
ハロハピからは鶴巻先輩と奥沢先輩がいつも通りのハイテンションでやって来た。
「導志はっけーん!ね,CiRCLEにいるって言ったっしょ?」
「ほんとだ~,導志く~ん」
モニカからは桐ケ谷さんと広町さんが
「よう導志,チョコもって来てやったぜ」
「ちょっとマスキ,来てやったぜって」
RASからは和奏さんと,佐藤先輩がどっかのヤンキーのカチコミみたいにやって来て一瞬騒然となった。
こうして合計6バンド,いや実は前日に香澄と姉ちゃん以外のポピパのメンバーからは既に普段の感謝だと言って貰っているから7バンドの人達からチョコを貰ったという事になる。
と言っても各バンド1つずつ,クラスの女性陣と同じく合作だけど…うん,貰って嬉しいものだな。
因みにまりなさん達スタッフ組からも貰った。
燈火さんからもらった紙袋は,もう8割位入っているらしい。…ホワイトデー,何を返そうか。
そんな事を思いながら俺はバイトを終え,家に帰ることに。
「気を付けてね~」
という月島さんの声を背に,家へと歩みを進める。
やっぱり楽しみにしている自分がいるのか,何となく足が軽い。
電車に乗り,坂を上り,そうやって帰って来ると…
「あ,どーくんお帰り~」
めっちゃ風景と同化しながら香澄が晩御飯を運ぶのを手伝っていた。
一応香澄の家ではない筈だが,香澄は特に気にしたような事も無く…気にしているの姉ちゃんくらいだけど既に違和感がないのは何でだろうか。
「おう,お帰り導志…って,めっちゃ貰ってるな」
姉ちゃんも帰ってきた俺に気がついたのか,いつも通りの挨拶といつも通りじゃない右手にある紙袋の中身を見て微妙な声色で言って来た。
うん,姉ちゃんにしてみれば感謝の意として渡されているのを見る分には”成長したなあ”とかしみじみと思うだけなのだろうが,香澄の前だから”彼女持ちにこんだけ来るのか”みたいに思ってしまっても仕方がない。
俺も実は帰ってくるまでに香澄が待っているだろうにこの紙袋そのまま持って行っても良いのだろうかとは思っていた。
けど…
「わぁ!本当だ,どーくんいっぱい貰ってるね!」
「えっと…香澄,殆ど義理だとおもうよ…?」
「…?」
「…不機嫌なったりしてない?」
「え,どうして?」
きょとんという効果音が似合いそうな程,香澄の声は俺が気にしている事がなにか分かっていないようだった。
いや,だって女性の心分からないけど,普通に考えたら彼女である自分以外の人のチョコが沢山あったら思う事の1つもあるものじゃないの?
え,香澄そういうのない?
「その…嫉妬とかで拗ねたらどうしようと思ってた」
「え…あはは!嫉妬は少しあるかもだけど,私はそれ以上に嬉しいんだ!」
…え,嬉しくなる要素あるのかこの修羅場みたいな状況で?
いや修羅場ではないけど修羅場みたいな?
「だってそれってどーくんが沢山の人に頑張ってるところを見てもらったって事でしょ?なら私はすっごく嬉しいよ!」
天使だな。今度なんか甘いもの奢ろう。
…普通に忘れていたが,なんで香澄が晩御飯手伝っていたのかというと,今日泊まるらしい。
さらっと言って来たな。
うん,でも前金曜なら別に良いのでは言ったしな俺。しょうがないな,うん。
俺達は今日のポピパのバレンタインパーティーの話をおかずにして食卓を囲み,その後は勉強の時間。
「有咲のいじわるぅ~!!」
「うっせえ!宿題終わらなきゃ自由時間なしだかんな!」
姉ちゃんの見張りの元,香澄はひいひい言いながら宿題をやりきることに。
そもそも香澄が甘いものを食べられない禁断症状のせいなのか,宿題を手に付けられなかったらしい。
俺も自分の部屋で宿題をする事にしよう。
俺の宿題のやり方は他の人とは違ってタブレットを使ったものだ。
先生にまとめて宿題の内容をメールで…いや最近は面倒だから普通にLINEにしてもらっているが送ってもらい,そこからデジタル版の教科書や問題を開きつつスクリーンリーダーで音声を読み上げてやるというやり方。
そして点字タイプライターで点字を打って答えを記す。
ただ,当たり前だけど全ての先生が点字を読めるわけではないので二度手間だとは思うけど俺は優先でつないでキーボード入力で答えを書くようにもしている。
ぶっちゃけボイスメッセージで送った方が俺も先生側も楽なのだが,音声入力ではパッと見ただけで採点が出来なくて時間が取られてしまうし仕方がない部分もある。
音声入力やった事もあるけど,俺側が言ったことが上手く入力されていない事があったりと問題があって今の形に落ち着いた。
「にしても,やっぱりやり方は疲れるんだよな」
宿題を終え,背を伸ばしながらそう愚痴る。
見えないのだから当たり前だが,もう少しどうにかする方法はないだろうかと思う。
一番は眼が視えるようになる事だろうが,そもそも俺の全盲は凄まじい衝撃でぶつけた時の脳の損傷が原因。
思考能力自体は健在なのが唯一の救いだが…まあ,下手したら前みたいに耳も聞こえなくなるけど。
脳の損傷だから角膜移植では治らないもの。
だからない物ねだりだ。
せめて高性能な音声入力が出来るものが手に入れば楽なんだけどな。
俺が持っているスマホとかの電子端末では限界がある。
これからも先,また耳が聴こえなくなってしまうこともあるかもしれない。
そうならないのが大前提だけど,そうなってしまった時の対策もなんとかして考えないと…本当に香澄に頼りきりになってしまう事だけはダメなんだ。
「どーくん終わったーっ!!」
…やばい,ちょっとよくない思考になりかけてる…そう思った時香澄の元気な声が俺の闇を払った。
どたばたと隣の姉ちゃんの部屋からドアを開けた香澄が,本当に嬉しそうに机に座ってる俺の元へと近寄って来た。
「お疲れさま香澄。今日中に終わってよかったね」
「うん!有咲に感謝だね!」
その姉ちゃんは先にお風呂に行っているみたい。
香澄の勉強を見て頭が疲れたんだとか。
そして…ここで彼女に何か用?って聞くのが野暮なのは流石の俺も分かっていた。
ベッドに腰かけた俺と香澄は,少しだけ無言の時間になる。
けど彼女は意を決したように
「えっとね…どーくんいっぱいチョコ貰ってたけど…私のも貰ってくれる?」
俺の大事な彼女が可愛い。
「欲しい」
だから俺も,嘘偽りのない正直な気持ちを伝えた。
香澄は凄く嬉しそうに声を弾ませて,俺の手に何かを乗せた。
「あ,でもどーくん今日いっぱいチョコ食べたよね?大丈夫?お腹はいる?」
「え…いや,俺まだ皆から貰ったの食べてませんよ?」
「そうなの?!」
だって俺,貰ったチョコを冷凍庫の方にいれているもの。
ああ…,そっか,香澄もしかして食器を運んでいて俺が何をしていたのか見ていなかったのか。
そりゃ知らないわな。
でも,それにはちゃんとした理由がある。
「だって…香澄のを最初に食べたかったから」
「…えへへ」
自分で言うのもなんだけど,めっちゃ恥ずかしい。
けど思ったことも事実。彼女が出来てから初めてのバレンタイン,姉ちゃんや香澄以外のチョコを貰えると思っていなかったのもあるけど,他の誰かから貰っても香澄のを一番に食べたいと思ったんだ。
香澄は嬉しそうにはにかみ,俺の手に乗せたその包装を取ってむき出しのチョコが乗せられる。
手触りから…王道なハート型のチョコ…ではなく,彼女らしい星形のチョコレートだった。
よくある大き目な奴ではなく,一口サイズの食べやすい奴。
”食べさせてあげる!”と言って,俺の手からチョコレートを取った香澄は
「あーん」
「は,はずかしいんですが」
「今は2人きりだから大丈夫だよ,はいあーん」
そう言う問題だろうか,そう言う問題かと1人自己完結した俺は小さく口を開けて…直接口の中に甘い何かが入り込んできたのを感じた俺はそのままパクッと口を閉じると…
「ひゃ」
「——っ?!」
チョコだけじゃない細長い彼女の指まで食べてしまい,俺は慌てて口を離す。
その癖しっかりと彼女のチョコレートは俺の舌に転がっていた。
俺の熱が,思い出したかのようにそのチョコを溶かし…色んな意味でとっても甘かった。
じわりじわりと,程よい甘さが俺の中へと流れ込んでくる。
「ど,どう?」
「あまくて…おいしいです」
大切な彼女が作ってくれたものだと考えるだけで,更に美味しく感じる。
香澄はその言葉に心底安心したように息を吐いて
「ほんと?よかった,私が味見してた訳じゃないから不安だったんだ」
「…ああ,もしかして戸山さんが?」
頭に浮かべたのは香澄の妹,戸山明日香さん。
ポピパでは甘いもの断食大会があったから味見役にはならないだろうし,他のバンドの人達にも都合があるから可能性は低い。
となると家に一緒に住んでる戸山さんが味見役に選ばれたのだろう。
そしてその答えは正解だった。
「うん!あっちゃんにいっぱい食べて貰ったの!」
…きっと戸山さん,もうチョコ見るのも嫌なくらい食べさせられたのだろうなと思う。
このチョコ,形も触った感じ綺麗だったしなによりシンプルに美味しい。
余計なものが何もなく,ただ丁度いい甘さだけを追求したもの。
シンプルイズベストを体現したもので…基本大雑把な香澄がこれを作るのに何度も失敗したのは想像に難くない。
「まだあるから,いっぱい食べて食べて!」
そう言って,香澄は本当にいっぱいあるのか”はい!”と渡して来る。
一口サイズだから眼が視えなくても食べやすいし,なによりも沢山作れたのだろう。
香澄が上機嫌に俺の口へチョコを運び,それを食べるという流れが繰り返される。
繰り返されても,香澄の反応が同じな所なんてなく,本当に楽しそうな彼女に,俺は1ついたずらしたくなった。
「香澄,まだある?」
「うん!あーん!」
慣れって怖いね,ここ7回で既に恥ずかしさは胸の内にだけになり躊躇う事も無く,彼女の指まで食べないようにしてチョコを食べて…渡された腕と声の場所から逆算して彼女の背中へ手を回した。
「きゃ…どーくん?」
戸惑った声が聴こえた場所を心に刻み,そっと彼女の頭を探って俺の顔へ押し付けるようにしてみる。
そうするとぴたりと何かがハマるように口が塞がって,くらくらするほどの熱が身体を駆け巡る。
そのまま,彼女に溶かずにしたそれを彼女へ返してみる。
「~~!!」
最初は少しジタバタした香澄だったけど,それもすぐに収まると…静かに彼女の手が俺の背中へと回されてそのまま俺達は少しだけ抱き合って――2人の間に流れていたそれが無くなると離れる。
「もう…いきなりはずるい」
「初めて香澄がした時に比べたらまだ大人しいでしょ」
「むーっ!」
香澄がどことなく納得いかない!みたいに唸るけど,可愛いって感想しか浮かばない。
ああ…幸せだな
お疲れさまでした!
導志と香澄のバレンタインでした!
色々な経験を経て,誰かの志を導く者になりたい導志。
そんな彼の姿を見て,既に誰かは導かれているのです…という事で導志のモテキがやって来ています。
尚,本人は香澄いるし,そもそも自分がもてるわけないと思っているから鈍感のままです。
見ていたら分かってもらえる人はいるかもですが,香澄はシーズン2のバレンタインイベントを通っていました笑。
なので断食して可笑しくなり始めているのを見ていた導志。
導志が沢山チョコ貰ってるのを見ても,多分香澄なら逆に喜ぶんじゃないかなと思い今回のお話はそうなりました。ヒロイン属性ぱないぜ。
では,また!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
-
交際後,初デート
-
2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
-
2人の期間限定バンドのお話
-
2人で海と夏祭りに行く話