今日はアンケートで一番多かった初デートのお話です!
時系列は遡り1月,元旦のお話です。
では!
除夜の鐘が鳴り響く,新年の幕あけの音。
激闘の1年を走り抜け,また新しい1年が始まる。去年も大概新しい事の連続だったけれど,今年は更に新しい事をやる事になるのだろうか,それとも代り映えない1年になるのだろうか。
ただ,1つだけ言えるのは続いていくものはあるんだってこと。
「…」
「…」
「…」
クラスの予定がなかった連中で某有名な神社へと初詣にやって来て,長い行列を潜り抜け,それぞれ今年の目標や夢を手を合わせて祈る。
と言っても,俺自身は初詣に来るのなんて何時ぶりだって話で,夢や理想は自分の手で掴み取ると思う質だからか内心で思っている事は神にお願いするそれじゃない。
眼が視えなくなった時から神が嫌いになったからな,せいぜい余計な事するなと願う位だ。
「行くか」
「そうだな」
そんな罰当たりな事を考えていると知らない園田を含めたクラスメイト達は移動を始めて,俺も園田に引っ張られる形で本殿を後にした。
今更だが,俺のクラスは進学コースだからか人数は18人と少数精鋭だ。いや,今の時代だとそうでもないのか?
小学,中学と30人前後だったから高校来た時にはビックリしたものだ。
今日はその内7人が初詣に参加していた。
面子は俺,園田,北村学級委員長,燈火さん,深川君,釜木,春賀。
年始初っ端だからか,やっぱり打ち上げみたいに全員が集まれるという訳ではなかったがこれでも多い方だろう。
俺も人の事は言えないが,深川君が来てくれたのは意外だと思った。
カラオケ大会の時は来なかったからな…と思ったけど,クリスマスのスポッチャ大会は来ていたらしいから彼も変わったのだろう。
因みに神田さんがいないのは察してあげて
「おおお,カステラあるぞ!」
「多めに買って分けるか?」
「いいね」
「じゃあ俺買ってくる!」
屋台のエリアまで来ると,釜木達がカステラを見つけたらしくなぜかテンション上がって買いに行ってしまった。
まあ,カステラ美味いしな。どんなビジュアルのお菓子かは忘れているが,甘くてふわふわしたものなのは覚えている。
俺達は近くにあった休憩所に先に行っておく事にした。
「導志君,そこで」
「ほい」
燈火さんに言われると,俺は座る。
すると身体が思い出したかのように疲労感が満たしてきた。
朝っぱらからずっと立ちっぱなしだからか,少し息を吐いた。
「ふふっ,導志君おつかれだね」
同じく一緒にいた北村学級委員長が俺のそんな様子を見て苦笑い気味に言う。
「しょうがないだろ,持久力はそんなにないんだ俺は」
「まあ…よく考えたら走るのも難しいもんな」
俺自身,運動が嫌いなわけじゃない。
頭がごちゃごちゃして膿みたいなものが入っていると感じた時に外を走りたいと思う位には運動は好きだ。
それは小3の時もそうだった。歌うのにも肺活量やらで必要だったからな。
けれど,眼が視えなければ1人で走るのは大変だ。歩くのですら白杖無しだと勇み足になるのに,走るとなると壁に激突待ったなしだ。
「最近は白杖無しでも歩くことは出来るんだが,やっぱり走るとなると目まぐるしく周囲の情報が変わって俺の状況判断が間に合わない」
「うん,白杖無しで歩けるのも十分凄いけど」
「そうだよね,私試しにアイマスクして棒を持って歩いてみてもすぐにこけたりしたし」
「俺も最初はそんなもんだったよ。で,その度に自分は眼が視えないんだって突きつけられるまでがワンセット」
「なんかごめん」
園田がなんか謝って来たが,気にする事ないのになと思う。
そうこうしている内に釜木と春賀が帰ってきて,俺達は少しの間屋台の食べ物大会をしてお昼ごろに解散する事になった。
流石に皆昼以降は予定があるらしく,燈火さんなんかは会社のあいさつ回りについて行くのだとか。
お嬢様ってのも大変だな。
「じゃあ導志,気を付けて帰れよ」
「お前らも新年だからって嵌め外すなよ」
「またね,導志君」
そうしてクラスメイト達が離れていくのを聴き送ると,俺は反対の方へ足を進めた。
今日は彼らとは別に予定があった。
文化祭のあとから色々あって忘れていたあの存在を使うために,今日は彼女と…香澄さんと商店街に行こうって話をしていたんだ。
☆
戸山香澄が普通の女の子かどうか問われれば,大体の人が否と答えるだろう。
そもそも普通の人間は星の鼓動を感じることは出来ないし,ギター触って1日でバンドを組もうとはならない。
だから香澄を知る人間は,彼女は良い意味で普通じゃないと大体言う。
彼女の妹である戸山明日香もそう思う1人だった。
大晦日,いよいよ新年になる今日この頃。
明日香も今日は勉強をお休みにして何と無しにテレビを見ていた。
『来年度日本ランキング戦,エキシビションマッチ!毎年注目の新人プロと海外プロとの激戦が繰り広げられる!日本の新人プロからは,今年度最後のプロ試験にトップの成績で合格したファイター市ヶ谷導志選手と数名の新人プロが参加する!』
そうして映し出されるのは導志や,去年のプロ試験に合格した選手たちの顔写真。
『えっとね…クリスマスにどーくんとつ…付き合う事になったの』
その写真を見て,明日香はふと3日前の事を思い出した。
去年も今年も,色々な事で驚いた記憶があるがそれは一番驚かなかった事かもしれない。
クリスマスが過ぎて,夜の食卓で母と香澄と3人で食べていた時の事だ。
香澄がいきなりそんな話をしてきて,明日香の感想は
『え,もう付き合ってるんだと思ってた』
『へ?!』
素でそんなセリフが出てきて,姉が驚いていたのは記憶に新しい。
だが明日香からすれば,導志の事を家で話す香澄は恋する乙女のそれだったし,導志の誕生日に家に連れてきた時点で『あ,この2人やっと付き合い始めたんだ』と思っていたほどだ。
それがまさかクリスマスまで付き合っていなかったという。
その時に意外に奥ゆかしい香澄の事を始めて”普通の女の子”だと思ったのだ。
「あっちゃんあっちゃん!」
そんな事を思い出していると,自分を呼ぶ声が聴こえて振り返ってリビングの入り口を見るとそこには明日着ていくのだろう振袖を着た香澄がいた。
赤を基調としたそれはよく似合っていて,溌剌なイメージがある彼女にはよく合っていた。
「明日のこれ,ちゃんと出来てる?」
そう言って一周する香澄。
ぱっと見ちゃんと大丈夫だと思った明日香はそのまま感想を言う。
「大丈夫じゃない?明日はポピパの人達と初詣だっけ?」
「うん!あとは…どーくんと一緒におでかけするの」
えへへと笑う香澄の表情は幸せそうで,明日香も少し嬉しくなった。
導志が突発性難聴になったと聴いた時は驚いてしまったが,こうしてそれを乗り越えて幸せを手に入れた彼に姉が一緒にいてくれるなら大丈夫だろうとも思っていた。
「あ,他に何か付けた方が良いかな?!」
「落ち着いて,色々つけても動きにくいだけだよ。それに,付けても導志くんは分からないでしょ。」
「うぅ…そうだけど初めてだからぁ」
「前みたいにお母さんに香水でも借りれば?」
以前香澄は母親に頼み込んで慣れない香水を付けたことがある。
結局,彼がその事に気がついたのかは分からないけれど視覚的な変化が分からないのだから嗅覚的なもので変化を与えるしかない。
「それも考えたけどいつも同じじゃそれしかないのって思われるじゃん!どーくんただでさえ鼻いいのに!」
「そんな犬みたいにいわないであげなよ,ていうか導志くんそんな事言わないでしょ…あ」
そこまで言って明日香は何かを思い出したのか,気だるげにしながらも立ち上がった。
そして香澄に待つように言うと,一旦部屋に戻って再び香澄がいるリビングへ戻って来るとビンを1つを持っていた。
「これ,貸してあげる」
「え,あっちゃんが香水?!」
「前朝日さんと商店街の福引で当たったけど,私は使わなくて埃被ってたんだ。」
香水のブランドについて香澄は全く分からなかったが,それはそうと折角妹が貸してくれるというそれに,嬉しくて香澄ははにかんだ。
瓶のラベルには,星をイメージしたというモチーフだと書かれていた。
「ありがとうあっちゃん,大事に使うね」
「ん」
…渡した後に明日香は思ったが,星のモチーフにした香水ってなに?と思ってしまった
☆
待ち合わせの場所は山吹先輩のお店,山吹ベーカリーの前だった。
午前中はお互いに違う人と初詣,午後からは商店街を一緒に回ろうと香澄さんに言われていた。
別に断る理由も無かったし,香澄さん曰くいつもの商店街とは一味違うらしい。
「どーくん!」
そろそろ商店街かなと思い始めたころ,香澄さんの声が聴こえた。
流石に新年早々なだけあって人の波は多く,正直辿り着けるか怪しいなこれと思っていた所なので助かった。
声を頼りに近づくと,どたばたと向こうの方からやって来て…
「きゃっ!」
「——っ」
反射的に彼女の足音と速度,声の位置を逆算して駆け足で駆け寄って踏ん張る準備をするとどすっっと気持ち音を鳴らしながら俺の身体に彼女が飛び込んできた。
その瞬間に彼女からいつもとは違う香りが漂って,一瞬何の匂いか分からなくて眉間を寄せてしまった。
「ど,どーくん。ごめん,大丈夫?」
「はい。…今日いつもみたいな服じゃないんですか?」
香りのことは一度横に置いといて,受け止めた際の彼女の服装の生地がいつものものとは違った。
外野から見れば生地が分かるほど抱き合っているのかとか言われそうだが,付き合ってから挨拶が抱きつきに変わったから意外なほどに分かる。
…こらそこ,変態とか言うな。
「うん!今日は振袖なんだ~。」
「そっか…きっと綺麗ですね」
「…ありがとう,えへへ」
視えないから…きっと普通なら褒められるはずの振袖姿をこんな言い方でしか感想を言う事が出来ない。
多分外野から見れば10点の誉め言葉かもしれないけれど,香澄さんは気にする事も無くはにかんで…俺も嬉しくなった。
そっと彼女の身体をまさぐると,香澄さんも身体を強張らせて…彼女の手を見つけると離さないように掴んだ。
「じゃ,行きましょっか。商店街巡り」
「うん!行こっ,どーくん!」
普段は香澄さんから繋いでくる手を,自分から繋ぐことにそこはかとなく恥ずかしさが巡るが,周囲の視線なんて俺には意味がないのを逆に利用した。
香澄さんも俺の言葉に喜んでくれたのか,俺の手を握り返してくれた。
そうやって,俺達は商店街でのデートを始めた。
商店街である理由はいくつかあるが,その大きな理由はやっぱりクーポン券の存在だった。
黎明学園の文化祭のカラオケ同好会,デュエット大会。
その優勝賞品として俺達はそれぞれに100円単位の2000円クーポンを貰っていた。
有効期限が存在するそれを,文化祭の後色々あって使えなかったので今日使おうという話になったんだ。
「あ,かーくんに導志君!」
そんな訳で,商店街を見回っていた俺達にまずかけられた声は顔見知りのものだった。
「はぐ!」
「こんにちは,北沢先輩」
近づくと,彼女の家の名物であるコロッケの香りが鼻を刺激してくる。
彼女は北沢はぐみ先輩,香澄さんの同級生でハロハピのベースだ。
俺は見たことないから同じハロハピの奥沢先輩によると,小柄なのにも拘らず運動神経が抜群で野球もするんだとか。
属性としては香澄さんに似ていて,常に元気溌剌。
声だけを聴くのなら,最初は俺も香澄さんの姉妹なのかなって思ったほどだ。
…まあ,奥沢先輩曰くビジュアルはそんなに似ていないらしいけど。
「そっか!2人はお付き合い始めたんだよね!」
繋いでいる手を見たのか,それとも雰囲気だけでそう判断したのかは知らないがそんな事を言って来た。
あのクリスマスから年末までの間,CiRCLEにもいたっちゃいたがガールズバンドパーティーの人達と会う事は無かった。
だけど香澄さんが俺の知らない内にグループLINEで俺との事を言ってしまっていたらしく,今では全員が知っている所となって…お祝いも沢山貰った。
北沢先輩のお店は精肉店で,お肉だけではなくコロッケも名物として売られているお店だ。
「うん!えへへ」
「おめでとう2人とも,おめでたいね!」
「同じ事2回言ってません?」
「じゃあそんなおめでたい2人にうちのコロッケプレゼントするよ!」
俺の言葉はスルーされ,先輩はそう言うと店の奥へ行ってしまい
「とーちゃんいいよね!」
と言って,5秒後にはコロッケを抱えて戻って来た。
「はい,2人ともいっぱい食べてね!」
「わぁ!ありがとうはぐ!」
「あ…お金,いくらですか?」
完璧に押し売りに近い形だったが,匂いを嗅いでいる内に食べたくなっていたので気にすることなく俺は代金を支払おうとするが
「え,大丈夫だよ!2人のおめでたプレゼントなんだから!」
「ね,とーちゃん?」と先輩が店の奥に問いかけると,気のいい肯定が帰って来てしまい俺達はコロッケを貰う事に。
北沢先輩は店番があるからという事で別れ,俺と香澄さんは近くにあったベンチに座った。正月期間限定だけらしいが,こうして一時期的にベンチを増やしているのだとか。
「えへへ」
「香澄さん?」
ベンチに座るなりはにかむような声を出した彼女に,俺は訝し気に名前を呼ぶと
「私達が付き合って…はぐみたいにお祝いしてくれる人が沢山いてくれて…凄く,嬉しいなって」
「…そうですね」
俺も…あのホワイトクリスマスの日を思い出した。
家に帰って来た俺は,香澄さんに引きずられる形でクリパ中のポピパの前に連れられて,お付き合いの事を報告する事となった。
俺的にはそんないきなり報告するつもりなんて無かったから,当時は『ええええ??』って思った。
だけど,ポピパの人達はまるでそれが既定路線だと知っていたみたいに
『おめでとう2人とも!』
そう,お祝いをしてくれたのは記憶に新しい。
『まあ,2人がそうしたいなら良いんじゃね。…おめでと』
ついでに姉ちゃんが照れ隠ししながらもそう言ってくれた事も覚えている。
あの時感じた胸の温かさは,まだ俺の中に残っている。
「冷めないうちに食べよ?コロッケ」
「はい」
少し感傷に浸りかけたが,香澄さんの手にあるコロッケがこちらを見ていたのかそう言われる。
香澄さんがゴソゴソすると,俺の掌に揚げたてのそれが乗る。
いや普通に熱いわとか思いながらも,それを上手く掴むと
「「いただきます」」
俺達は示し合わせた訳でもなく合図を合わせ,噛り付いた。
じゅわじゅわ宇宙へと,旅立った。
…なんか香澄さんの言葉が移り始めてしまった。
☆
北沢家プレゼンツのコロッケを美味しく頂き,それなりに満腹になってしまったお腹をさすりながらも俺達はデートを続行した。
と言っても,消化目的の散歩だが。
だって多かったんだもの先輩のコロッケ。
「新年だからか人がいつもより多く感じますね」
「うん,さっき子供達が羽根つきしてたよ,すっごく楽しそうだった」
…香澄さんも,本当はそういう身体を動かす事をしたいのだろうかと思った。
そうだよな,彼女本来はアグレッシブな性格だし,俺に合わせてゆったりなデートって本当は気性に合わないんじゃなかろうか…。
「——くん!どーくん!」
「…っ,ごめんなさい,なんですか?」
行けない思考になりかけた時,香澄さんの手がギュッと俺の手を包み,多分俺の顔を覗き込んでいる彼女に何事かを問いかけた。
「なんかボーっとしてるよ?どうしたの?」
「え,いや…なんでも」
「むぅ」
目の前から不満そうな声を聴いて,おれはまたつい本音を隠そうとしていた事に気がついた。
「…香澄さんも…本当なら身体動かすことしたいのかなって思って」
「え,そんな事ないよ?」
俺の不安が嘘だと突きつけるかのように,彼女は呆気からんと言い放った。
「私はね,今こうしてどーくんと一緒にいることが一番幸せだよ?だからそんな事言わないで」
そう,優しく諭してくれる彼女はやっぱり香澄さんだった。
つながれた手をもう一度握りなおし…感覚だけで指を絡めてみる。
彼女はビクッと身体を震わせたけれど,直ぐに嬉しそうに声を弾ませた。
「いこっ?」
「はい,次どこ行きますか?」
そんな会話をしながら,俺達は商店街探索を再開した。
普段とは景色が違うであろう商店街,俺にとって意外な一面を見る人は割といた。
商店街のマスコットでもあるミッシェルはいつも通りだったのだが,その握手会に並んでいる人達の中に意外な人もまた。
「あ,香澄さん!」
香澄さんが「なんだか子供が沢山並んでる!」と言われ,手を引かれてやってきたのはミッシェルの握手会,その中に並んでいる聞き覚えのある声に導かれた。
この声は…
「倉田さん…?」
「ましろちゃんにつくしちゃん!」
どうやら倉田さんの他に二葉さんもいたようだ。
彼女達がどうしてここにいるのかと言われれば,ミッシェルの握手会の為らしい。
「そう言えば倉田さんはミッシェルが好きなんだっけ」
「うん!ミッシェルさんとってもかわいいの!」
俺には見えないからそれは判断できない…なんて言うのはナンセンスなのだろう。
純粋に今夢の国にいる彼女に対して失礼だ。
ただ俺が意外に思ったのはもう1人の方
「二葉さんもミッシェル好きだったんだ」
倉田さんの方はまあ分かる。
姉ちゃんが倉田さんとのお花見の時にそう聞いたって言うのを聞いていたからな。
だけど二葉さんもミッシェルが好きだったのは初耳だ。
でもそれにはちょっと語弊があったようで
「わ,私は違いますよ?!私はましろちゃんに連れられて…」
「でも一緒に来てくれるって言ったじゃん!」
ああ,察した。
ミッシェルの握手会に来る前に二葉さんと「一緒に来てくれる?」みたいな会話をして,二葉さんがそれを知らないまま快諾したらそれはミッシェルの握手会だったって事だろ。
「で,でも並んでるの小さな子供ばっかりなんだよ?」
「大人も子供も関係ないんだよ!あ,でも握手は速やかに移動しようね」
好きなものを前にした倉田さんのテンション,誰かに似ているなと思ったら隣にいたわ。
「あ,そうだ。香澄先輩,導志さん,その…交際おめでとうございます!」
そこで思い出したかのように…じゃないな,この話題から逃げるように二葉さんが言った。
彼女達からもLINE越しに貰った言葉だが,面と向かって言われるとこそばゆかった。
香澄さんからしたら後輩からの祝いの言葉だが…
「えへへ,ありがとうましろちゃん,つくしちゃん」
「ありがとう,2人とも」
お礼を言う彼女につられて俺もお礼を言う。
なんか今日は色んな人にその事を言われる日なのかもなと,漠然と思いながら俺達は2人と別れた。
その後の俺達のデートと言えば…多分,かなりありきたりだったと思う。
一緒に山吹先輩のパンを食べたり,服の初売りで香澄さんに服を試させられたり,餅つき大会に香澄さんが参戦したり、ちょっと疲れたなと思えば羽沢先輩のお家である羽沢珈琲店で休憩をしたりしてた。
楽しい時間なんてあっと言う間に過ぎていく。
「んぅ~!この新メニューのパイ,美味ひいね!」
きっと,目の前ではほっぺが落ちそうな表情をして幸せそうな香澄さんがいるんだろうなと思いながら俺はブラックコーヒーを啜る。
既に時刻は夕方,これを食べ終わったら家に帰る事になっている。
言うまでも無くそれぞれの家で,交際を始めてからの初めてのデートは終わる。
色んな人,普段は知らない商店街を沢山見回ったり出会ったりもした。
いつも感じていた筈の場所は,ただそれだけで別世界のように輝いていた気がする。
「どーくん,あーん!」
それは香澄さんが一緒だったから…みたいな台詞を吐こうとしたら,俺の情緒をぶった切るように,口先に冷たい何かが当たる。
「い,いや香澄さん…他の人いますから」
一応,周囲の警戒は当然していて…いや警戒は硬すぎか。周囲の情報は得ていて,店の中には数人の常連さんがいるのは聴こえている声や足音からそれなりに把握していた。
なんなら,香澄さんは商店街じゃ有名だから,そんな彼女から「あーん」されてるところを視られたりしたら凄まじい勢いで噂が広がってしまうだろ。
ていうのは建前で普通に恥ずかしい。
けど…何だかんだ押しが強い香澄さんは,逆に断られた事によって
「むぅ!あーん!」
強気になってしまい,更に冷たい何かを押し付けられる。
結局,彼女に勝つことは出来ずに視線なんて無かったと自分に言い聞かせて口を開くと,彼女の嬉しそうな声と一緒に口に甘酸っぱい味が広がった。
新年の限定メニューらしく,詳しいメニュー内容は全く聞いていなかったので正体不明だが,普通に美味だった。
ブラックコーヒーを飲んでいたからか,余計に甘味が目立つ。
――あらあらまあまあ,青春ね~
——香澄ちゃんにも男がいたとはな!
全力無視
意識したら恥ずかしさで焼け死んでしまいそうになる。
今でさえ頭が少しくらくらしてるのに…具体的には,香澄さんの声がなんか色っぽく聞こえてしまって変にダメージ喰らってる。
たとえるならあれ,『ヴァンパイア』歌ってる時の香澄さんの声色が少し出てた。
「どう,美味しい?」
「はい…ブラック飲んでいたからか,余計に甘い気がします」
「え,コーヒー飲んだら甘くなるの?」
普段コーヒーなんて飲まないであろう彼女は,俺の言葉をそのまま鵜呑みにしてしまう所だった。
「ギャップで余計にそう感じるってだけです。甘味は変わんないです。だから無理にコーヒー飲もうとしなくても大丈夫ですよ」
甘くなるならと一瞬,コーヒーを飲もうと思ったのかごくりと喉を鳴らしたのを聞いて慌てて止めた。
実際さらに甘く感じるのは幻想だと俺は思うし,味覚も常人より発達している俺には過敏だってだけだ。
…まあ,流石に青葉先輩みたいにパンの食べ比べは出来ないが。
「ふふっ」
そうした時,ふと香澄さんは微笑んだ。
「どうしましたいきなり」
「やさしいね」
「香澄さんがそれ言いますか」
本当にそう思う。
俺は自分の事で精一杯で,他人の心配する余裕なんてありやしない。
今はマシなだけで,香澄さんと違って優しさを他人に分け与えた事なんて数える程しかない。
「どーくんの方が優しいもん!」
あ,これ譲り合っていたら永遠に言い合う奴だ。
「降参です,そう言う事にしときましょう」
「むぅ,なんか納得できない」
「えぇ…」
ハムスターみたいにほっぺをぷくってしてるのが想像出来る。
可愛い
「えーっと,香澄ちゃん,導志君ちょっとごめんね」
そこで俺達に声をかけられてたのは羽沢先輩の声…あ,そうか
「ごめんなさい,閉店の時間ですよね」
「うん」
新年早々営業している羽沢珈琲店,でもいつもと同じ営業時間な訳なく17時位の今閉店の時間になってしまった。
…いや,新年でなんで営業してるの?助かったけどさ。
「じゃあ行きましょうか」
「あ,ちょっと待ってお手洗いしてくる」
流石に飲み物やらを腹に入れ過ぎたのか,それとも別の理由なのかは分からないけど香澄さんはそう言ってお手洗いへ行ってしまった。
残された俺は時間の節約のため,財布を出した。
「羽沢先輩,お会計お願いします」
「う,うん!」
なぜか羽沢先輩の声が上擦っている。
変な事をしているだろうかと思ったが,別に会計位普通よな?
そう思いながら財布の中の感触で,文化祭で貰った割引券をちぎり彼女へと差し出す。
先輩は俺達がこれを持っている事を知っていたのか,特に驚くことも無く受け取り会計をしてくれた。
これまた手探りで札と,端数の小銭を渡す。
因みにトレーは使わず直接先輩の手に乗せてる。こっちの方が確実だもの。
羽沢先輩もそれが分かってるから何も言ってこない。
そうやって先にお会計を済ませて1分くらい経つと,香澄さんがやって来た。
「ごめん,お待たせどーくん!」
「いえ,じゃあ行きましょう」
「え,まだお会計してないよ?!」
「お手洗い行っている間に済ませました」
「え~!あ,まってよどーくん!つぐみちゃんまたね!」
「う,うん!ありがとうございました!」
後で知ったが,羽沢先輩が声を上ずらせた理由はよく恋愛ドラマである,女性がお手洗い行っている間に会計を済ませるスマートなシーンを最近見てそれと重なったからだと言っていた。
閑話休題
香澄さんの「私もお金払う!」という言葉を横耳にしながら,俺達は最寄り駅へと向かっていた。
「ねえいくらだったの?」
「いや良いですよ,そんなに懐痛まなかった訳じゃないですし」
「うぅ…でも」
バイトして,バンド活動をしている訳でもない俺と違って香澄さんの金銭事情はそれなりに把握しているつもりだ。
新年早々だからお年玉もまだ貰っていないだろうし,羽沢珈琲店自体はとってもリーズナブルなので俺が出すこと自体には何も思わなかった。
まあ,香澄さんがそれを気にしてしまうのは俺もしまりが悪いけれども…なんとなく男のプライドが邪魔してる。
「…もう少し,一緒にいても良いですか?」
でも,だからこう声をかけることにも疑問はなかった。
「うん!」
そうして,俺達はまたあの公園に行く事に。
電車に乗って,長い坂を上って…近所の子供の元気な声がこだましながら辿り着いた公園のベンチに2人して座る。
なんだかこの公園が既に俺達にとって大切な場所になりつつあるな。
「今日は楽しかったね~!」
「香澄さん餅つきの時が一番楽しそうでしたよ」
商店街で餅つきイベントがあったのだが,香澄さんはおばちゃんに呼ばれてこねる方に挑戦していた。
彼氏としてはハラハラするしかない。
だってやってるところ視えないし,謎に巨大なハンマーみたいな奴を振り下ろすところしか記憶していないせいだろう。
けど,香澄さんは声だけでも分かる位に楽しそうに餅をこねていた。
商店街のおじさんおばちゃんに囲まれて,心底幸せそうな彼女の声に俺もいつしか安心していた。
「うん!すっごく楽しかった!餅も美味しかったね~!」
彼女がこねた餅を美味しく頂きました。
シンプルに餅だけ,しょうゆ,あんこ,あとなんか色々。
食べるたびに香澄さんの幸せそうな声が耳に響いた。
「でもそれは外れだよ」
その時の事を思い出していたら,どこか艶のある声を出されて俺はビックリしてしまって隣を見る。
見ると言っても身体を動かしただけだけど,彼女の手がそっと俺の手の甲を包んだ。
恥ずかしそうにして,でも確かに言い放ったのは。
「今日いっちばん楽しかったのは…どーくんと一緒にいられたこと」
そう言って大事そうに,もう片方の手で俺の手を包んだ。
…いやいや反則過ぎでしょこの人。
なにそんな可愛い事平然と言えるの?!
「えへへ…どーくんはどうだった?楽しかった?」
「楽しかったに決まってますよ…香澄さんと一緒なんだから」
「~~っ」
だから抵抗でそう返してみると,香澄さんも恥ずかしいのか若干手が熱くなった気がする。
俺のカウンターに,香澄さんは香澄さんでくらくらしたのか…ごめん気持ち悪い事言った。
ちょっと眩暈したのか少しの間心地の良い沈黙が場に残る。
既に子供の声は無く,新年の夜風が肌に来る。
流石に真冬の公園は寒くてチョイスミスったかなと思っていると,香澄さんの方から
「そう言えばどーくんにずっと聞きたかったんだけど…」
「なんです?」
「なんで私だけさん付けなの?」
ちょっと一瞬吹きそうになってしまった。
まさか本当に今更そんな事を言われると思っていなくてビックリしたというかなんというか…以前彼女のさん付けについては思った事があるからそっちを参照してくれ。
「…倉田さんとかはさん付けですよ?」
「ましろちゃんとかは同学年だからでしょ?さーやとかりみりん,おたえとか…ガールズバンドパーティーの年上は皆先輩呼びじゃん」
一応香澄さんも俺よりは年上だから本来なら先輩呼び…のはずなのはその通りだ。
実際彼女と出会った頃は先輩呼びだった。戸山先輩って呼んでた。
それが色々変わったのは,彼女が俺のプロになるという目標を肯定し,両親に説得してくれた時らへんから…俺が彼女を異性として意識し始めた時からだ。
端的に言ってしまえば…
「だって…好きな人には特別な呼び方したいじゃないですか」
「へっ?!」
最近香澄さんの照れからくる反応が多くなった気がするな…と現実逃避をしてみる。
「え,えっと…それってどういう…?」
「いやだって…その…先輩組の中で1人だけさん付けなら…なんか特別感出るかなって」
うっわ恥ずかしいナニコレ。
普通なら逆に距離近くて舐められているからさん付けって思うかもしれないけど,俺の場合逆なんだよな。
舐めていないから,好きだから特別な呼び方をしたいってだけなんだから。
それが当時の俺はさん付けにする事だったってだけ。
「そうなんだ~えへへ。」
彼女は嬉しそうにはにかみ,包み込む手が少し強くなった気がする。
大事そうに包まれた手,俺も握り返すようにして見ると彼女の息が一瞬止まった。
そうして嬉しそうに言ったんだ。
「じゃあ…さ,今日からは…呼び捨てにして?」
「えっ?!」
「だってそうした方がもっと特別感あるよ!…私達,カップルだしさ」
まあ…確かにカップルと言えば呼び捨てあいなのか…?
世間一般のカップルが分からないけど…ていうか神田さんと高田しか知らんけど。
けど,彼女からそう言われて断る勇気なんて俺にはなくて…
「じゃあ…か,かすみさ」
「むーっ!」
「香澄」
癖でさん付けしようとした所,猛抗議されて慌てて呼び捨てにする。
すると…ビックリするくらい心臓にダメージが来てなんかこう幸せホルモン的な奴が分泌されて…ごめんめちゃ気持ち悪い事言った。
あーやばい,恥ずかしい消えたい。
そう思っても香澄さんは逃がしてくれず,きっとにんまりと笑った彼女は俺の手だけじゃなくて,身体で俺を包み始めた。
「なあに?」
だからそんな艶のある声どこで学んだんだよ誰が教えたんだよ。
ていうかなあにってなんだ,呼んでって言われたから呼んだのに…この後何言うのかまーったく決めてませんが?!
そうこうしている内に,彼女の振袖ごしに伝わる体温が,完全に俺と密着したのを感じた。
日が暮れて,公園に誰もいないのをいいことに公衆の面前では憚れることをしています。
彼女の問に答える言葉が咄嗟に思い浮かばなかった俺は
「好きです」
咄嗟にそう言うと,彼女の身体がビクッと震えたのを感じた。
次には俺の背に手を回してもっと密着する。
彼女の珍しい香りがする香水で頭がくらくらし始めるのと同時に,彼女も俺の耳元で囁いた。
「私も…導志のこと好き」
昇天してしまうんじゃないかってくらい,彼女の呼び捨ての破壊力が凄くて…俺は次の瞬間になにが起きたのかが分からなかった。
彼女の手が,俺の顔に添えられたと思えば…凄い勢いで柔らかい何かが俺の唇を塞いだ。
いきなりの事で息なんて出来なくて,でも身体を駆け巡る快楽物質みたいなあれが一層激しくなった気がした。
柔らかい何かは,俺の口にピタリとはまるようにして…体感10分,実際10秒くらい経つとゆっくりと離れた。
「か,香澄さん今の…」
「呼びすーて!」
「…香澄,今の」
すると,香澄さ…香澄は悶えながらも言ってくれた。
「どーくんと…チューした」
香澄もおれの呼び方が戻ってるなんて野暮なツッコミは出来なくて…ていうか,香澄の言葉の方がよっぽどビックリした。
チューとはつまりキスの事であり接物のことでありごめん気持ち悪いな忘れて。
え…今香澄とキスしてたのおれ?
「だ,だってその…恋人だから…す,するでしょ普通?あとどーくんが可愛い顔してるからつい…」
誰にでも抱きつく癖だってあるのにまさかのキ…キス癖までついたらどうすんだよ。
ていうか,この前戸山さん(妹)に聞いたけど香澄さん歌えなくなっていた時にほっぺにチューしたとか言ってたっけ?
え,まさか本当にそんな癖が?!
「い,いきなりはビックリしますよ…。あと心の準備が…」
「じゃ…じゃあ,もう一回…する?しよ」
「ちょまま!」
俺が何かを言う前に,香澄がまた俺に身体を密着させて…
「なにやってんだ香澄ィイイ!!」
めっちゃ明後日の方向から飛んできた慣れ親しんだ姉の声に,俺達はばっと身体を離れさせた。
俺は色んな意味で錯乱状態にある頭をフル活用してどこだと顔を移動させるが,流石に眼が視える香澄の方が早かった。
「あ,有咲?!どうしてここに?!」
色んな意味で恥ずかしいシーンを見られて,流石の香澄も羞恥の混ざった声を出す。
姉ちゃんの足音が凄まじい勢いで迫り,香澄に詰め寄っていた。
「私は巫女バイトの帰りだよ!それよりも香澄,お前の方が年上なんだからこんな公衆の面前でき…キスなんてするな!」
…そう言えば姉ちゃん,宇田川先輩に頼まれてリサ先輩と巫女の助勤バイトって言ってたっけ。
にしても時間は遅い気がするが…まあリサ先輩とご飯とか言っていたのかもしれないな。
それはそれとして…
「で,でも今誰もいないし…」
「私が見たんだよ!っていうか,眼が視えないの良い事に迫るな!」
「ううぅ,だってぇ…」
俺達の初デートは,この後結局香澄が家に泊まる事になり(香澄は姉ちゃんの部屋へ連行),香澄が朝帰りする事になった。
本当に,他意も何もなく,卑猥さもなく…初デートの最後の思い出が姉ちゃんに怒られる香澄という絵面で幕が下りた。
でも…結局,俺の方が中毒になってしまったのか…偶になんか香澄にキスしてしまう事が増えた。彼女からする事もまた。
遠い未来でだけど,周りからバカップルって言われ始めてしまった。
お疲れさまでした!
1期の香澄がほっぺにキスするシーン,色んな意味で凄かったなぁ,好きな人いたら毎日してそうとかいう謎の願望によって生まれたお話です。
バレンタインの時に導志が「香澄が初めてした時に比べたらマシ」と言っていましたが,あれは今回のお話の事です。
本当に,何の前触れも無く雰囲気も無く唐突にキスしてきた香澄よりはマシでしょって言う導志です。なお,結局どっちもどっちです。
因みに2人の中で恋愛の最上級の行為はキスで止まってます…え。
あと,今回のお話はエピローグから導志の香澄への呼び方が変わってた理由が判明するお話でもありました。
そしてちょっとだけ香澄も導志を名前で呼ぶっていうお話。
結局香澄は恥ずかしくてどーくん呼びですが,特別な時の呼び方もあっていいと思うの。
では今回は終わりです!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話