この俺を神様視点で見ている誰かに問おう。
眼が視えない人間が演技をする際に立ちはだかる問題にどんなものがあるのか,何個か頭に思い浮かべてみて欲しい。
…答えはぶっちゃけ全部,演技に関わる事全てが問題と言っても良いだろう。
「あ,市ヶ谷君そっちは…!」
読み合わせながら軽い動きをしていた俺の耳に入る鬼気迫った声,だけど俺はその言葉を最後まで聞くことなく机の角に激突した。
「いてっ?!」
不意過ぎて身体に痛みが走る。
多分一番盲目の人が演技で難儀する事になるのは,動きや舞台上のものを認識できない事だ。
今は舞台ではなく,教室だったから良かったものを舞台なら滑稽極まりない光景になってしまう。
「大丈夫市ヶ谷君?」
本番はまだ1カ月と少し先で本格的な文化祭準備は中間考査が終わってからなのだが,俺は一足先に台本を貰い――有難い事に,点字で書かれていた――教室でぶつぶつと読んでいたのだが…まあ,当たり前のようにクラスメイト達に視られてその内の1人にして,今回のお姫様役…つまりヒロインに決定した枳殻さんが読み合わせを手伝ってくれていた。
園田と神田さん,それに他のクラスメイト達も予定や部活があって今放課後の教室にいるのは俺と枳殻さんだけだった。
津島先生の許可も貰い,俺と2人で放課後の教室を使わせてもらっていた。
それで机を動かして,後ろのスペースを作ったのだけど…まあ白杖なしでは感覚がズレまくって今みたいに机にぶつかってしまったり何かに躓いたりしてしまうのが多発してしまっていた。
「大丈夫大丈夫…」
「1回休憩しよっか」
「…ありがと」
言葉では大丈夫って言ったが,正直あちこち身体を打って痛い。
俺は自分の身体の様子を見られないから痣とかどうなっているのかもわからないから意地を張るには十分なのだが現実は違うようで…俺を心配するように休憩を提案してくれた枳殻さんに密かに感謝した。
…いや直接言えやってツンデレかお前って言われるかもだけどさ。
近くにあるはずの水筒を手繰り寄せようとすると,俺の手に直接水筒が手渡される。
言うまでも無く枳殻さんが取ってくれたものだろう。
「ありがとう,枳殻さん」
「どういたしまして,手とるよ」
そう言って枳殻さんは俺の手を掴み,そのまま椅子に座らせてくれた。
彼女も隣に座るのが聴こえ,そのまま俺達は水分補給をして一息入れた。
彼女も水か何かを飲むと,しみじみと呟いた
「やっぱり難しいよね,白杖無しで演技するのって」
「まあ,分かりきっていた事ではあったけどな…幻滅した…っ?」
幻滅したか?と聞こうとしたら,何かが俺の口先に少し触れ言葉を紡げなかった。
それが枳殻さんのシャーペンだと気がついたのは,冷たい先端があるのが今はそれ位しかないからだと埒外で考えたら,彼女は咎めるように言ってきた。
「そう言うマイナスの事言うのは禁止って園田君と約束したでしょ?」
「うぐっ…今からでも撤廃できないそれ?」
園田と約束というか,文化祭までのルールとしてなぜか俺はマイナスな言葉を言うのが禁止されてしまった。
理由を聴いたら,俺の自信に繋げる為の主役なのにマイナスな言葉ばっかり言ったら自己評価が低くなるだけだ。だから禁止だという。
あと他にも,主役がそんな事を言っていればクラス内の士気にかかわるという至極真っ当な事を言われて頷くしかなかったのだ。
「だーめ,市ヶ谷君1人になるとどんどん沈むタイプでしょ?」
「…違うよ?」
「怪しいなぁ」
俺の隣から枳殻さんが呆れた眼で見てきているのは想像に難くないが,違うのは本当だ。多分,メイビー。
彼女の視線に居たたまれなくなった俺は1つ咳払いをし,彼女に聞いた。
「それよりも…枳殻さん付き合ってくれてありがと。でも部活は大丈夫なの?」
彼女の席は俺の目の前なので,当然俺が台本を点字に触れながらぶつぶつ言っているのを最初に聞いた人間だ。
台本を貰ったのが休日にクラスの連中とカラオケに行った日,休日の間に俺は台詞を読み込み?感じ込み?点字なら何て言うのか知らんがとにかく一通り自分の台詞は覚えた。
だから後は動きのイメージとかなのだが,そもそも人間が動いている所を見たのが小学3年生という微妙に記憶が薄い時期が最後だったから動きというのがイメージしにくい。
だから我武者羅に練習するしかないのだが,そこで自分の動きだけに意識すればいいという訳ではないと改めて思い知った。
枳殻さんはそんな俺を見て放課後の読み込みと練習を一緒にしようかと提案してくれ,その言葉に甘えた形なのだ。
ただ,俺が彼女の部活の事を心配したのには理由がある。
「大丈夫,部長には許可貰ってるし…寧ろいい経験になると思うからって言われたよ」
「…まあ,眼が視えない人間と共演って機会は殆どないし…まてなぜシャーペンを突き立てようとする」
「自虐も禁止!」
「えー事実でただの確認だろこれ…」
枳殻さんが所属する部は演劇部,今回の出し物においてクラス内の心強い存在の1人だ。
実行委員長としては園田や神田さんが頑張ってくれているが,ことクラス内の演劇に関する事は枳殻さんがいないと成り立たない事も多かった。
それは脚本のイメージを起こす事だったり,照明だったり…まあ色々だ。
俺には縁がない視覚的な事において枳殻さんの存在はクラスの中心にするのに時間はかからなかった。
「けど,実際私も初めての経験だから楽しみにしてるんだ」
「そっか…」
なんとかシャーペンを収めてくれた彼女に安心しながら,心底楽しそうに言ってくれるのを聴いて俺は知らなかったクラスメイトの一面を何だか頼もしく思った。
…まあ,盲目の人間と演劇するって体験がこれから何度あるのか分かったものじゃないのは口にしないでおこう。またシャーペンを立てられたら困る。
そう思っていたら彼女の話題が変わった。
「でも市ヶ谷君,まだ台本貰って2日しか経ってないのに台詞が完璧なのは本当に凄いよ。私だってまだ覚えきれてないし。」
実際,動きを加えないただの読み込みも演技の前にやったのだがほぼ完璧に台本の点字をやらないでも出来た。
本番までまだまだ先だが,俺の場合舞台上での動きに難儀するのは既に分かっていた事だから自力で解決できるところは早々に解決できるようにしただけだ。
「俺の場合,主人公だし皆よりも早く台本を覚えないと舞台での動きの方に支障が出るからな。幸い何度か講堂で練習しても良い許可を貰えたのは僥倖だった。」
「それは…確かにそうかもね。津島先生,凄くバックアップしてくれてる。一番文化祭楽しみにしてるの実は先生かもね」
「それは言えてるな。…俺の中の勝手なイメージじゃ津島先生ってがっつり体育会系の巨体の人なんだけど実際どんな人なの?」
「え…?…ぷっ,あはは!」
「何故笑う」
これまで,余りしてこなかった高校生のような会話をしている事に慣れなくて恥ずかしさは確かにあったが,まさかここまで笑われると思っていなかった俺は頬が熱くなるのを自覚しながら咎める口調で言った。
ただし枳殻さんは大して気にもしていないようで,上機嫌に答えた。
「ううん,そっかー,市ヶ谷君の中では津島先生ってそうなんだ。なるほどね~」
「おいやめろその温かみを感じる言い方は,もう違うのは分かったから実際どんな人なのか教えてくれ」
「うーん,まるっきり市ヶ谷君が思っているのとは逆?」
…逆?
「えっと,スキンヘッドだし小柄だし,あと性格悪そうな人によくありそうな出っ歯が出てなんだかネズミみたいな人だよ」
「俺が悪かったからやめろもう悪口にしか聴こえねえ」
「ふふっ,でも…いい先生だよ」
「…それは知ってる」
そうか…今まで見ることが出来なかった津島先生はそういう人なのかと,今まで身近であっても知ることが出来なかった事にそこはかとなく嬉しさを感じる。
これまでは,クラスメイト達から眼を反らしていたから知らなかった事は…きっと沢山あるのだろう。
まだ高校生活は続く,その間にも…他のクラスメイト達の事を知る機会はあるのだろうか…園田なら作れって言いそうだな。
そこまで考えた時,初めの頃はよく思って最近は余り思わなかった事を久しぶりに思い浮かべた。
すなわち,香澄さんはどんな人なのかという事。
どんな人なのかってのは香澄さんの全体的な意味じゃなく,容姿的な意味でだ。
どんな顔をしているのか,どんな目をしてるのか,どんな髪色をして髪型をしているのか,痩せているのか太っているのかとか昔はよく考えていたが…そうするたびに俺はどの道見ることができないんだという現実に打ちのめされていつしか考えるのを止めていた。
そんな事を考えていると,隣が無言になっているのに気がつき視えていないけど顔だけはいっちょ前に向けて聞いてみた。
「どうしたの枳殻さん,いきなり黙って」
「…市ヶ谷君,女の子の事考えてたでしょ?」
いきなりそんな事を言われ,それが事実だった事から俺は思わずドキッとしてそうする必要はないのになぜか逃げ道を探してしまった。
しかし,白杖もない状況なのでそんな事出来る訳なく枳殻さんのお世話になってしまうのが確定してしまうだけなので声が変になっていると自覚しながら答えを返した。
「ち,違うよ?」
「今の間は怪しい…好きな子とか?」
「は,はぁっ?!なんでそうなる?!」
上擦る声を自覚しながらも,俺は動揺を隠す為に強がるが――その反応を見て…枳殻さんがどこか息を飲むようにしたのが伝わった。
それが何なのか,俺は自分の事で精一杯で分からなかった。
次の瞬間には彼女は面白そうに詰めてこようとしたらしいが――
『下校時間です。学校に残っている生徒は下校してください』
俺を救うように校内放送が鳴り響き,俺はこれをきっかけに立ち上がった
「じ,時間みたいだし机片付けて帰ろう!うん,そうしよう!」
「…なんか逃げられた感じするけど,仕方がないか」
本当に残念そうに呟くのを見て,割とガチで問い詰めようとして来たのだと知って明日からどうしようと俺は思ってしまったのだった。
けど,一度場面が変わると彼女も同じ話題を出すのは躊躇われるのか,それとも演劇部員としての知見からか…いや多分ただのクラスメイトとして机を片付け,一緒に学校の門を出て下校しながら聞いて来た。
「それにしても,市ヶ谷君声大丈夫?」
俺の声は現在,不調とまではいかないが違和感があると自分でも思っている。
本当に些細なことでしかないのだから気がつかれたのは正直びっくりだが,彼女にはそうなっている理由を類推する材料があったから可能性がないわけじゃなかったのかもしれない。
「休めば治るよ…ていうか,そこ心配してくれるならカラオケで俺に2曲毎とか歌わせるなよ」
「あーあはは,あれは市ヶ谷君が上手すぎるのがいけなかったね」
2日前,俺は園田との約束——もとい,なぜか突発的に勃発した1年A組カラオケ大会に言ったのだが…なぜか俺がトップバッターをやらされた挙句,その後もなぜか連続で歌わされまくって声が少し変になっていた事に起因する。
もちろん昨日も休んではいたんだが,台本を覚えるたびに声を出していたので結局余り休息を取れていた訳ではなかったのだ。
多分乾いた笑みで自分の責任ではないと言い放つ枳殻さんに,俺は若干呆れながらも…結局歌う事が楽しくて途中で止めなかった俺自身のせいでもあるので口を閉じる。
そうこうしている内に駅に着くと,俺と枳殻さんは反対方面だったらしくそこでお別れだった。
「じゃ,枳殻さんまた明日」
「うん,練習する時は声かけてね」
「…ありがとう,それじゃあ」
「またね」
俺は白杖を持ちながら後ろに方向転換し,点字ブロックの上を歩いてホームへ向かった。
その時,幻聴だったかもしれないが俺の耳にそれが飛び込んできた
——たよ,導志くん
その言葉に思わず背後を見るが,既に彼女の声がかかることはなく俺は不思議に思いながらも踵をまた返し家に帰ったのだった
お疲れさまでした!
そう言う訳で,導志の練習模様をお届けしました。
何度もぶつかってこけてます。まるで人生のようだ(やかましい)。
園田による導志矯正計画二弾,ネガティブ禁止令です。本気で導志を変えたいと願って,枳殻はそれを律儀に守らせています。
まあネガティブ聴いたところで人間関係上手くいかなくなるだけなんて仕方なしですね。
眼が視えない代わりにそれ以外のスペックは異常に高い導志,理由はあるとは言え何も視ずに記憶できるとかバケモンかと書いている作者が一番思っている。
では,また明日です!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話