トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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やったか!?(間に合ってない)


第二章:パラダイス・フォール 6話 『遠く近い故郷より』

 太陽が真上から見下ろす格好となり、その威光を察した人々が家に、酒場に、食堂に消えていき、昼の食事をとるブレイクタイム。店主方も同様にこの時間だけは店を閉め、商店街は急用や運搬、単なる移動などで動く人以外がめっきりと消えているお昼時。

 

 そんな商店街を抜け、曲がり角を曲がり疾走する。

 彼らもまた、火急の用事としてこの領都サンストンブリッジの道を駆けていた。

 

「走りながらでいいから教えてくれアルレットの姉ちゃん。”異界の魔獣”ってのは何だ?またあのデカいクマみたいな奴が暴れてるってか?」

「そうならないことが理想です。私も実物を見るまでは信じていませんでした」

 

 背中にマウントしてあった年季の入ったダブルバレルショットガン、銃身にはかすれてわずかにしか読めないが”ウィンチェスター”と刻まれているそれのマホガニーグリップを持ちながら、ティコは口径12ゲージのショットシェルをぎゅっと詰める。

 

 トレンチコートを靡かせ街路の土をブーツで踏みつける彼の横を行くのは、銀の鞘にしまわれていた装飾付きの長剣を抜き、細部が異なるが同様の装備を身にまとう騎士達を率いる紫髪の小柄な騎士、アルレットだった。

 

「ティコさん達がそうなったように、時空の裂け目というものは不定期に現れるのはご存知ですよね?」

「そうらしいな、相棒に色々と考察を聞かされたよ」

 

 ポスパの村にいた時、エイリアン説を提唱する自分と旧世界のスーパーテクノロジー説を掲げる相棒で盛り上がったのはいい思い出だ、とティコは笑う。

 

「最近までこの”裂け目”は極端に距離を開けることはなく、一部では移動手段として使おうとした珍妙な者もいたのですが・・・ほんの2年ほど前から、事情が変わってきたんです」

「2年前か、そういえば故郷じゃキノコ雲がまた上がったって大騒ぎになってたな」

「それは存じませんが・・・、とにかく、そのくらいのタイミングでちらほらと時空の裂け目が”異界”に通ずるケースを含むようになってきたんです。さらにたちの悪いことに、通常の転移門としての裂け目はどこにでも開くのですが、この裂け目に至ってはまるで狙ったかのように人の集まる街に開くわけですよ」

「物騒だな・・・だがなるほど、その門から出てくるってのが」

「ええ、”異界の魔獣”です。たいていは大したことは無いものばかりですし、都合のいいことに魔道具で察知可能な上なにぶん物が物だけに王都の学者方はもっと開いて欲しいそうなのですが、以前に何度か、そうもいかなかったことがありまして―――」

 

 そこまで言葉にし、アルレット達が曲がり角を曲がると同時にぴたりと止まる。アルレットがすぐに手で合図を送ると、後ろから距離を乱さぬようぴったりついてきていた騎士数名が機敏に動き、彼女の前に忽然と現れている門―――

 

”時空の裂け目”を囲うように展開した。

 

 

「まだ何も出てきてない・・・よかった」

 

 空中、それも囲っている騎士の胸辺りの高さを維持する”裂け目”。

 それは名が体を表すとおりに、まるで空間というガラスを叩いて割ったかのような小さな裂け目に無数のヒビが付属してできた、周囲を覆う風景とはまるで似つかわないものだった。 

 

 裂け目はまだティコが持つショットガンの大きさ程度であり、広げられるでもなければまだ子供一人ですら通れないほど小さい。その様子にアルレットがほっと胸をなでおろす。

 だが彼女の横に立つ、黒色のマスクをかぶりショットガンを持つ彼ティコは、その”裂け目”を見て――― 正確には、裂け目の向こうに見える”風景”に目を向け、絶句していた。

 

「なんてこった、これは・・・」

 

 裂け目が空間を開き本来見えるものとは別の、きっと遥か遠く遠く、どことも知れぬ風景を映し出す。

 だがティコにはその景色に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない、裂け目の向こうに見える殺風景、砂の大地と乾燥した岩肌、かつてそれがなんであったか分からないほどに礫壊した建造物の破片の山々。

 そこに綺麗に咲くタマサボテンまでが加われば完璧だ。

 この風景は、流れこんでくる空気は。自身が150年以上の時を生き、そしてついこないだに今宵の別れをしたと思っていた故郷の風景、それこそ―――

 

「―――ウェイストランド」

 

 ティコは呟く。

 そして思考がめぐる。目の前にウェイストランドがある、流れ者の自分としては決別したと思っていた、かつての”相棒”と共に過ごした世界がある。

そういえば今の相棒も帰りたがっていた、手を伸ばせば向こうに届くだろうか、行けるだろうか。

 

 無意識に、ほんの13,4ヤード(6,7m)ほど離れたところに鎮座するその裂け目に手が伸びる。

だが伸ばした手は、裂け目から現れた”青いハサミ”によって阻まれた。

 

「!?・・・まさかこいつは!」

「魔獣よ、戦闘用意!こちらに来る前に追い返して!裂け目が閉じるまで凌ぐの!」

 

 驚くティコに対し、冷静に騎士達に命令を下すアルレット。自身も前に出て、呪文を叫び剣に揺らぐ空気・・・風をまとわせると裂け目から出た青色のハサミ、甲殻に覆われた頑丈なそれに向かって振り下ろす。

 

 だがパワーが足りない剣は無情にもキンッと大きな金属音を鳴らして弾かれ、続けて振り下ろされる騎士達の剣もそのことごとくが傷の一つも与えられない。

そうしているうちにも、ハサミは悠々と、まるでガラスを裁断するように空間をこじ開けていく。

 

 それを阻止しようと騎士達は剣撃と、低威力ながらも魔法でハサミを叩き続けるがまるで効果がなく、裁断は続き、”裂け目”はその規模を拡大、いつしかティコが連れていたモートほどの大きさにまでこじ開けられてしまった。

 

「来るわ!なんとしても食い止めて!」

「姉ちゃん退け!そいつは・・・」

 

 アルレットが騎士達を激励し、とうとう開けた空間からのそり、と姿を現そうとする”魔獣”にもう一度斬りかかろうとする。

 だがティコは知っている、その”魔獣”と呼ばれる存在が何であるかを。

 第六感が警鐘を鳴らし、ショットガンを構え魔獣を撃とうとするが射線上のアルレットが邪魔になり引き金を引けない。ならばとティコは接近しようとするが、時すでに遅し、アルレットは裂け目から這い出てきた魔獣の前に躍り出てしまった。

 

 さらに皮肉にも、遅れてティコの呼びかけに振り向いたアルレットはその魔獣が振りかざした一振りの暴力に気付かず、肩口に重い一撃を受けてしまった。

 

「あああああぁっ!」

「ジャイアント・ラッドスコルピオン!」

 

 青い甲殻を全身に張り付かせ、醜悪な12の黒い瞳を輝かせ現れる、”巨大なサソリ”。

 

 かつてペットのダイオウサソリとして愛されていた頃の小ささは鳴りを潜め、コヨーテの体長ほどある巨大な一対のハサミはカチカチと獲物への威嚇とばかりに鳴らされており、三対の節足もまた硬い甲殻に覆われその数百キロはあるであろう巨体を支えている。

 

 そしてその尾には、強靭な筋による強烈な振りかぶりでたった今アルレットの肩口を砕き突き刺した針・・・赤黒く染まり先端がくるっと曲がった、体内に侵入すれば痛みと腫れ、そして麻痺にもだえ苦しむこととなるラッドスコルピオンの毒針が、スコルピオンベノム(神経毒)を垂らしていた。

 

「副長!」

「姉ちゃん!」

 

 肩口から真っ赤な血を流し、倒れるアルレット。

 端正な顔つきは苦痛に歪んでおり、気丈にも目を開こうとするがすぐに激痛に閉ざすこととなる、そこに好機とばかりにジャイアント・ラッドスコルピオンが牙をカチカチと鳴らし近寄ろうとした。

 

「副長をやらせるかっ!」

 

 騎士が再び打ち込まれようとしていた毒針を剣で打ちそらす。だがしかし、そこに目を取られていた騎士もまた、足元から忍び寄るハサミに気付かず足を挟まれてしまう。

 

 登る絶叫、ゴキリ、と太い枝をへし折るような鈍い音が響き、追随するように滴る血が土を染める。

 この惨状にとうとう残りの騎士も怖気づいたようで、剣を打つ手を止めジャイアント・ラッドスコルピオンの毒針の範囲から逃げるように離れてしまった。

 

 残るは激痛にうめくアルレットと、足を挟まれた騎士の一人。ジャイアント・ラッドスコルピオンは、既に獲物に抵抗の意志がないと見たのかハサミに挟んだ騎士をつかんだまま、もう片方のハサミをアルレットに近づけていく。

 

 苦痛に悶え、血によって黒く染まった地面に転がっていたアルレットは幸か不幸か、飛びそうになる意識を引き戻し目を見開いていた。

 開かれた目に映るのは、自身を見つめる12個の瞳とカチカチと鳴らされる牙、そしてゆっくりと向かってくる巨大なハサミ。人間の、そして人間が神に唯一近づけるであろう超常である魔法ですらも物ともしないその圧倒的暴力的存在が、今自身の命を弄びに来る。

 

 焼きごてを押し当てたかのような肩の痛みが飛んだように全ての意識が目の前の景色に集中し、アルレットはとうとう、こみ上げる恐怖に根負けし目尻に涙を溜め出す。

近づいてくるハサミ、動かない身体、コトリと落ちる眼鏡、剣はとうに落ちている、そして―――

 

 

「こっちを忘れるなよサソリ野郎!」

 

 

 突如、爆音が響き、ジャイアント・ラッドスコルピオンはその自慢のハサミの付け根をへし折られた。

 

 降って湧いた獲物に心躍らせ、ランチタイムを謳歌しようとしていたジャイアント・ラッドスコルピオンの右腕に唐突に走る激痛、巨大化にあたってかつてのダイオウサソリから遥かに発達した感覚器官と思考回路が与える痛みに、12個の目玉をぎょろりとせわしなく動かす。

 だがすぐ痛みに耐えると、ジャイアント・ラッドスコルピオンは自身の右腕を叩き折った、”獲物”の方向へ目を向けた。

 

アルレットも同様で、涙の溜まった目をかっと見開いて後ろを振り向く。

 

「戦いの年季が違う、お前程度何百匹も殺してきた」

 

 そこに立つのは赤いアイピースを妖しく光らせ、普段のガラガラ声はどこぞとばかりにはっきりと声を通すティコ。

その手には、片方の銃口から煙を立ち上らせるダブルバレルショットガンが握られていた。

 

 砂と岩の楽園における過酷な生存競争を生き続け、彼は多くの獲物を(はふ)ってきた。それを見続けてきた12の瞳は即座に判断する、目の前の存在は危険だと。

 節足を動かし、手に掴んだ獲物を離してまでハサミを自由にするとジャイアント・ラッドスコルピオンはティコに向かい駆け出す。だが刹那、ジャイアント・ラッドスコルピオンの視界の中央が大きくブラックアウトした。

 

「“ここだけ”が弱点だ!よく見とけ騎士さん方!」

 

 ティコが構えていたダブルバレルショットガンの、もう片方のバレルからも硝煙が立ち昇る。

 見れば、ジャイアント・ラッドスコルピオンの甲殻に覆われた顔の中央、わずかに甲殻に覆われず露出した4つの目と口元は無残に抉れ、その中央には銀色に輝く鉛の塊が煙を上げていた。

 

 ジャイアント・ラッドスコルピオンに打ち込まれた12ゲージの弾丸。

 散弾をはじめとし、ナイロンバッグを発射するビーンバッグ、暴徒鎮圧用のガス弾、果ては着弾後燃え上がるドラゴンズブレスまで、多種多様に渡るショットガンの弾薬。

 その中でも最も威力が大きく、かつ安価なため狩猟において頻繁に使われる大口径を活かした単一の弾丸、スラグ弾を打ち込まれたジャイアント・ラッドスコルピオンは大きく体勢を崩し足を止めた。

 

「アルレットの姉ちゃん!頭下げとけ!」

「は、はいっ!」

 

 怒鳴り声とも聞こえそうな勢いのある声をぶつけられ、アルレットは動かない左肩を引きずり身を伏せる。

 その際傷口が動いてしまったようで、アルレットはまた痛みを思い出しぐうっと身悶えた。

 

 ジャイアント・ラッドスコルピオンが再び動き出し、また一歩踏みだそうとする。

 ティコは慣れた手つきでショットガンの銃身を折り曲げ、弾帯から弾を引っこ抜き素早く水平二連の銃身にねじ込み銃身を戻すと、構え、狙いをつけ、引き金を引く。

 

 ダブルバレルに採用されている”両引き”の機構、前後二つの引き金がついているその前側を引き絞ると左側の銃口から発砲炎が噴出し、ジャイアント・ラッドスコルピオンの顔が更に抉れとうとう地面に躰を押し付けた。

 既に虫の息となっているが、それでもジャイアント・ラッドスコルピオンは地面を踏み外しながらも立とうとする。それを見たティコは引き金から一度指を離し、今度は後ろ側の引き金に指をかけ狙い、自身を見つめる黒い瞳が一点に収束した、そのタイミングで引き絞った。

 

 再び、爆音が響き、右の銃口から硝煙が立ち昇る。その指す先、顔に三つの穴を開けたジャイアント・ラッドスコルピオンは、ついにハサミと、足と、毒針を地面に力なく垂らし、沈黙する。

 

「あの世で真っ白に漂白されるんだな・・・っと―――あ?」

 

 ティコが銃口を下したタイミングで、空間に変化が訪れる。

 ティコの目の前数ヤード、目と鼻の先にあり、ついぞ亡骸となった青い甲殻害虫を排出した空間の裂け目、それがテープを逆回ししたかのように急速にヒビを減らしていき、連鎖するように大きく空いた穴も閉じていった。

 

 ほんの十数秒程度で、高さ2mはあるジャイアント・ラッドスコルピオンを通した巨大な穴が完全に閉じ、あとにはただ澄んだ空気だけがなにごともなかったかのように残る。

 

 だが、銃口から昇った硝煙が、倒れ伏す二人の騎士が、目の前に鎮座する亡骸が、確かに今この瞬間この場所にいた人々に世界が見知らぬ”異界”とつながっていたことを、ティコには思い出深い”ウェイストランド”とつながっていた記憶を刻みつけていた。

 

「あの風景はジャンクタウンの北あたりか・・・まあ、そう都合よく行くわけじゃないか、それよりも」

 

 どことなく寂しさを感じさせながらマスクをずらし、銃口をふっと吹き煙をかき消すと背中のラックにショットガンをしまいティコは倒れたままのアルレットに駆け寄り腕に抱える。

 そして頬を軽く叩き、反応が帰ってこないことを確認するとすぐ肩を覆っていた、留め具ごと砕かれた鎧をひっぺがすと傷口を見、ポケットからハンカチを引っ張りだし当てるとすぐに叫んだ。

 

「そこの騎士さん達!そっちの男を早く止血してやれ!折れてるぞ!・・・姉ちゃん、アルレットの姉ちゃん!くそっ、意識が・・・おい嬢ちゃん!嬢ちゃんいるか!?」

「は、はいダンナぁ・・・」

 

 ティコが周りを見回し呼びかけると、曲がり角からひょっこりとアル――― アルベルトが壁に手を掛けたまま顔だけを出して答える、その手には、ティコが預けたもう一つの商品と金貨袋が抱えられていた。

 

「今すぐ孤児院に戻って相棒にベッドと血清の準備をしろって言ってくれ!今回は時間が無い!そいつは置いてけ!」

「け、けっせいって、その」

「院長さんと同じことをするってことだ!急いでくれ、頼む!」

「は、はいぃ!」

 

 ティコの剣幕にびくりと身体を跳ねさせるとアルは踵を返し、急速に遠ざかっていく。

 そしてティコはすぐに、アルレットの(   ひかがみ ※1)と背中にに手を入れ抱き上げると後ろから声をかける騎士達に目もくれずに駆け出した。

 

「ラッドスコルピオンが何で出てきたとか、あの裂け目がどうだとかは後回しだ・・・スコルピオンベノムの量と出血が多い、間に合うか・・・」

 

 真っ赤なアイピースの輝きがこころなしか増し、地面を踏みならすブーツの音が大きく、早くなる。滴る血がなびくトレンチコートに滲むごとに状況が悪くなっていくことにティコは焦燥感を強め、足をさらに早めた。

 

 

「“故郷”の後始末だ・・・()ってくれよ、姉ちゃん」

 

 

一陣の風が、街路を駆け抜けた。




※1
膝の裏のこと。お姫様だっこ。

ティコさんが使っているショットガンは、3のダブルバレルショットガンではなく初代でティコさんの初期装備だったウィンチェスター・ウィドウメイカーのソードオフしてないものです、流石に当時から使ってるのは壊れてます。
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