でも急な変化は誰でも疲れちゃいますよね。
「大変だ!果樹園に森狼が出た!」
日が真上から30°ほど傾き、風が暖かさから少し冷っこさを感じさせるようになってきた頃、ポスパの村の中心、300人を超える村人たちから信頼を受け、村長を務める男エドモンが住み集会所として使われてもいる建物に、まだ強い臭いを放つ血液に上着を濡らした村人が飛び込んできた。
「それは本当か!?」
「なんてこった、あそこが使えないとうちの村が・・・」
「早く山狩りに・・・」
ちょうど集会所に集まっていた村の男たちは、最初こそ驚いたが上着を血に濡らす彼が無傷であり、むしろ手に持つ斧にこそべったりと血が付いていることに気づくと、ほっと胸を撫で下ろし思い思いに言葉を放つ。
だがそんな男たちの中に一人、最初の驚きからずっと震えを止めない男がいた。
「・・・今日はあそこに、俺の娘が・・・!」
彼こそ、少女エミの父親、ケール。
彼はぐるぐると回る頭の中で、風邪を引き一日安静にしている母親のかわりに籠を抱えて近くの果樹園へと赴いた、まだ小さな娘の姿を思い出していた。
「全員武器は持ったな!今日は魔法使い殿がいないが、とやかく言っておれん!ケールの娘が昼に帰ってこなかったということは、どこかで隠れて震えているかもしれない!くまなく探すぞ!」
狼が出る場所に小さな女の子がいて、約束の時間を守っても帰ってこなかった。それがどういった意味をするかに気づいていない者はいない――― 認めたくない者を除いて。だが、現実をそれが決まる前に知らしめる・・・そこに命がかかっているならば、なおそこには触れないのがスマートな大人のやり方だ。
村長エドモンの掛け声に応じるように、斧や剣、弓に加え多少心もとないがクワを抱え革製の鎧を着た男たちが武器を掲げる。そんな中、ケールただ一人が額から汗を流し、昇天の合わない目で地面を見つめ隣にいた村男に背中を叩かれ気付けされていた。
わかってはいても最悪の想像が離れない、そしてもしかしてがあったのなら、自分はとてつもなく後悔するだろうと。
あの時、背伸びをして一人で仕事の手伝いをしに行った娘を引き止めていたら、自分が集会を休み、娘とともに仕事に行っていたら、村の近くでそんな危険があるわけないと、たかをくくっていなかったら――― 考えは次々に湧き出す。
だが考えてもしようがない、今はただ、娘の無事を祈り森狼を根絶やしにしなければならないと、手に持った斧を強く握り歩き出した。
―――しかし歩き出したはずの一行は、一歩目を踏み出したとたんその足を止めてしまった。
先頭を行き、最初に足を止めた村長が耳に手を当てるさまを見てケールが耳をすますと、道の向こう、林に隠れて見えない曲がり角から奇妙な音が響いてくる。
それは足音と、まるで荷車を引いているような音、だが自分達が知っている木製の車輪が出すギャリギャリといった音とはまるで違う、土を正しく踏んで慣らすようなスマートな音だ。
それからすぐ、一行は音の主が耳をすまさずとも聞こえる位置にまで近づいたことを悟ると、耳に当てた手を下ろし武器を構え動きやすいよう広がる。すると音の主が曲がり角に差し掛かった。
―――そうして現れた存在は、正しく奇妙だった。
現れた二つの影、片や”白銀の鎧”を着た騎士であり、その背後には白くて丸い、遠目にもボロボロだと分かるががっしりとした作りを持った奇妙な荷車を引いていた。
荷車には山積みにされた箱と、これまた見たことのない道具類が積み込まれており、一同に猜疑心を抱かせる。
そして片や、漆黒の兜を被り”魔人”のごとき赤い目をした長身の存在。
羽織った外套は砂に汚れていて、その内側にのぞく胸甲はそれが戦闘を行使するためのものだということを理解させる。
しかしその背、”魔人”に手をがっしりとつかまれ乗せられていたのは―――
「エミ!!」
つい考えるより先に足が動き、ケールは視線の先、”魔人”に背負われていた娘に駆け寄る。エミの方もケールに気づくと、ティコの背中から身を乗り出し父親へ向けて手を振り応えた。
「お父さん!」
「エミ!よく無事で・・・!」
察したティコが背からエミを下ろすと、ケールは涙混じりの声でエミの名前を呼び抱きしめる。ケールが何度も娘の名前を呼び抱きしめると、エミのほうもついさっき死の淵に立っていたことを思い出し、目の前の暖かさに心が救われたことを感じると目尻に涙がたまり自然と父親を抱き返す手に力が入ってしまう。
しばらく親子の愛情の交錯が続いたあと、エミはようやく、自分がここで父親を抱きしめることができる理由を思い出す。彼女は父親から一度離れると、この間もずっと自らの後ろに立っていた二人の恩人を紹介した。
「お父さん、こっちの黒い人がティコさん、こっちの白い騎士様がロイズさん。森狼から私を助けてくれたの」
「そちらが・・・」
ケールが目を向けると、そこにはまんざらでもないといった素振りで腕を組むティコと、不慣れなのか少し気恥ずかしそうに脱いだヘルメットを正面に抱えるロイズが映る。
そしてケールが口を開き、心からの礼を述べようとすると、それを制しティコが先に口を開いた。
「まあ父ちゃん、俺の相棒が気恥ずかしいみたいだしな、俺らだって偶然見かけて、偶然助けることになっただけさ、気にせんでくれ・・・それにタダじゃあない」
「タダ、じゃあないと・・・?」
「あたりまえだよなぁ?」
娘を助けてくれた恩人なら出来る限りのお礼をしようと思ってはいたが、明らかに含んだ言い方をされるとついケールは身構えてしまう。
見れば彼らの装備は見たことがないものばかりが占めており、仮に王都の専門店や、交易商がこっそり出先で買い売りさばく魔道具だとすると相当な値打ちになるだろう、唯一おおまかに値打ちが判断できる白い騎士の着ている仕立てのいいフルプレートメイルだけでも、金貨が何枚、下手をすれば何十枚あれば買えるか分かったものではない。
もしかすると、村の財を根こそぎ持っていかれるかもしれない。
恩は返したい、だが出来る範囲で。そんな現金な思考が過ぎり、まるで蛇に睨まれた蛙のようにこちらを見据える赤い目から目を逸らせなくなってしまう。周りにいる村人一同もティコの発言に身構えてしまい、彼の一挙一動に目を向けてしまうほどだった。
そんな中、ティコはトレンチコートの襟を直すと、立ち姿を整えて口を開いた。
「雨風と砂嵐、それと放射線を凌げる場所と――― 薄めてない酒を頼む」
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「見ろよ相棒。かわいそうに、この
「バッカこれは牛って言うんだよ、前に本で見た。確か腹の下のいっぱいある乳からバラモンのとは違って最高にうまいミルクが・・・・ん?オッパイが無い?そういや牛って尻尾二本もあったかな・・・」
春うららかな、そういえば春なんて
エミを連れて帰り、さすがは村社会と言うべきかあれよあれよと噂が背びれ尾びれをつけて広がりその晩村人総出で行われた宴において、この地の名産フルーツ”グレーフ”から造られたワインを村人と飲み比べていたティコは結局そのあと酔いつぶれ、街の酒豪とともに朝まで酒場でぐっすり眠っていた。
一方のロイズも普段の気の強さと口の悪さはどこへやら、弱冠18歳のその若さはさることながら、目付きの悪さは”鋭い目”だと勘違いされ、着ていたパワーアーマーを騎士階級の鎧とこれまた勘違いされ、村の女性陣からの「婿に来ないか」コールや王都で出世を狙う若者や商人達の質問攻めにたじたじになり、挙句の果てにてんで弱かったらしい酒を飲まされティコと一緒に潰れていたのだ。
そして二日酔いの痛みが消えるまで、彼らは『大やけどをした猟兵と、白銀の騎士の客人』という身分に甘えて静養をしていたのだが、ティコとロイズの二人はそろそろ状況と地理の整理をすべきだと、村人にまとまった話を聞くべく外へ出てきたのだった。
・・・だが、そこで叩きこまれた情報が問題だった。
「これは”ウシ”じゃなくて”モート”っていう家畜ですよ、”バラモン”っていうのでもありません」
「ああ、ケールさんか・・・まだ頭が痛いんですよ、色んな意味で」
「ええ、時空の裂け目現象に遭ったんでしょう?それも前代未聞なほど遠くから飛ばされたとかで・・・もしここを発つときは言ってください、あまり裕福ではありませんが、出来る限りの準備はさせてもらいます」
ほんの二日とはいえ、好意的に受け入れられ敬意を払ったのか普段の荒い口調を改めロイズが言葉を返す。
この酪農場を訪れる少し前、彼らの頭がクリアになったあと、まず二人はこの村で最も多くの情報を得られると判断し村長宅に向かい、いくつかの資料を拝見させてもらっていた。
まず第一に、自分達がどこにいるのかを知ること。それを調べるべく世界地図を見せてもらった。通常このような小さな村には不要な物だが、幸い古くにこの村に来た行商人が譲り受けたものであるらしい。
そしてこの時点で、彼ら二人は一度驚愕した。
記録保持や研究を担う階級であるスクライブたるロイズは職務とその訓練中に、ティコも長い時間を生きているため、地球の世界地図を何度も目にしている。だが彼らが見た世界地図には――― ウェイストランドが、その雛形たるアメリカ合衆国が存在しなかった。
存在しなかったことも驚愕だが、驚いたのは地球上に存在するはずの六大陸、ユーラシア、オセアニア、アフリカ、南極、南アメリカ、そして
そのどれも存在しない。
フレイター、ゲーリット・・・そして今自分達がいる”デレクタ”。
影も形も、名前も知らない大陸の大地を、自分達が踏み鳴らしていると宣告されたのだ。
一応この世界には『時空の裂け目現象』と呼ばれる小さな災害が起きることがたまにあり、それで”裂け目”に飛び込んだ人が数kmや数十kmほど離れた場所で発見されることもあるそうだが、彼らにその記憶はない。
そして二つ目に、歴史。
長い時を生きありえないものを多数目にしたティコや、職務中本に触れる機会の多かったロイズはこの時点で空想のタイムスリップや、噂に聞く”エイリアン”の仕業か何かとまがりなりにも現実で考えられそうな思考をしようとしたが、続けて与えられた情報が彼らに一つの確信を与えた。
『この世界には世界戦争が存在しなかった』
地球上に生きる人々にとって全てを変えた、誰もが知っている核の炎が世界を焼いた最終戦争、それを誰も知らない。
普段自分達が使っている英語とは違い、奇妙なカクカクした文字が多数を占める歴史書を読むことは困難であったため、地図と同じく村長にある程度の朗読を二人は頼んだが、彼が口を開き、この地で・・・”世界”で起きた血みどろの戦争、国の成り立ち、大災害――― いくつもの”知り得ない”知識を与えられるたびに、村人に”大やけど”と認識されているためマスクを取り外していたむき出しの肌にティコは手を当て、ロイズも表情を曇らせていく。
王歴289年、”灰色の尖塔”内乱。
王歴420年、パーミット時空の裂け目大発生。
王歴505年、ベルカイム魔力災害。
聞いたことのない”歴史”ばかりが羅列されていく。
そして今年――― 王歴626年、4月14日。
そういえば、言葉もなぜ通じていたのだろう。
知らない歴史、知らない場所、知らない時間――― この事実は、耳に通すだけで長い時間を生きたティコが頭を抱え、ロイズがショックでソファーに顔を埋めるほどに、彼らに確信をさせた。
「―――
顔を包む柔らかい布地の中で、一人ロイズはつぶやいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ケールが去ったあともしばらく、ティコとロイズの二人は柵に座り、ボケッと牧草をムシャムシャと頬張るモートを眺めていた。全ては先に得た情報が、彼らに想像以上のショックを与えていたせいだ。
「・・・どうするんだよグール、オレはこのアーマーとパンチがあるから生きていける自信あるけどよー・・・お前皮焼けてっしキツいだろ」
「ピンポイントに嫌味付いてくるな相棒、そういや随分パンチに思い込みがあるみたいだが、何で”
「オレにパンチを教えてくれた師匠のねーちゃんがいたんだよ、その人がスクライブでさ。『B.O.Sの明日のために知識がいる』って・・・憧れだったんだよ。・・・何話してんだオレは」
共に呆然、明日どうするかの予定もつかず、この地に自分達の行使してきた弱肉強食”荒れ地の流儀”が通づるかどうかも知れぬ別世界に放り出された二人。たまにする、元の世界の会話が、彼らに明日の不安を考えさせることを避けさせていた。
しかしそれも長く続かず、柵に座ったままうつむきお互いに意気消沈し、暗いオーラを放つ二人が気になりだしたモートが側まで寄ってくるほどだった。
―――だが否応にも、彼らは明日進む道を選ばなければならない。
時間は常に進み、そのたびに変化を生む。
彼らの住む世界が一度2077年に滅亡し、100年以上の歳月をかけ再び人間のコミュニテイを興していったように、この小さなコミュニティにも、そこを訪れる物にも、容赦の無い運命を与えるのだ。
暗いオーラを出し続ける二人をとうとうモート達が舐めだしたころ、村の外れの酪農場にまで、どたどたと慌ただしく走る影が見える。
急に響いた大きな音にモート達が驚き舐めるのをやめると、それに気付いたティコとロイズが顔を上げ、走り去ろうとした影を呼び止めた。
「どうした兄ちゃん!随分尋常じゃねぇみたいだが!」
「ああ、騎士様と猟師さん!お逃げください!」
「どうしたんだよ?またあのイヌが出たなら引き受けるけど・・・」
「いえ!森狼なら可愛いものです!今度は、今度は・・・!」
息を切らしているせいか、二の句がうまく継げない村の青年。
だが胸に手を当て少し息を整えたあと、
「山賊団です!武装しているのが50人はいます!それならよかったのに、今は・・・!魔法使いを連れて!!」
絶望、という形容が最も相応しい表情で青年は叫んだ。
※1
バラモン…放射線等の影響により、核戦争後変異した牛のミュータント。
頭が二つあり、心臓も二つ、胃に至っては8つもあるため長い時間活動させることが可能で、コストパフォマンスに優れる家畜。皮肉なことに、頭が一つで生まれてくる方が『突然変異』と認識されてしまっている。
名前はつまりブラフマン、カースト制度の最上位が家畜とはとんでもないブラックジョークである。