「こなくそぉっ!」
駆け出した”犬”の魔獣に背を向け全力で地を蹴り走ったティコは砂煙をあげ、ジーンズが擦り切れんばかりの勢いのままコロッセオの中央、模擬市街戦を演出するために地面からせり出すように建てられている遮蔽物の隙間に体を滑り込ませた。
瞬間、追ってきた犬の魔獣がティコを餌食にせんと遮蔽物の隙間に突進し、頭を食い込ませる。
巨体が仇となりティコが進入した場所まで到達することはなかったものの、その強力な衝撃によりミニチュアの家屋にはヒビが入り、地を蹴り躰を押し込もうとする様から地面はえぐれ、それでもなお歯茎を剥き唾液を飛び散らせ、前足でティコへ向けて空を切る様はすんでのところで生き延びたティコの背筋にささやかな寒気と、同時に闘争心に火を付けた。
「行儀がなってないな!お座りだワンコロッ!」
ティコは吼えると手に持った一挺の小銃、大きく伸びた100発装填ロングマガジンが目を引くAK-112、5mmラウンドアサルトライフルの銃口を魔獣へと向け、腰だめの姿勢で一気に引き金を引いた。
一片の容赦も躊躇いもない、フルオートでの射撃だ。
尻を叩かれた小さな弾丸が弾け、ライフリングを通り抜けていくたびに回転し加速し、そして銃口が火を噴くと同時に木目の、古びてはいるがそれがかえってアンティークさを醸し出すウッドストック越しにけたたましい振動がティコの手を打ち鳴らし、空気を切り裂く鉛の鏃を放出する。
銃身横の排莢口からとめどなく溢れるように排出される薬莢は大気中に飛び散ると同時に白いもやを纏い、地面へぽとぽとと落ちていくたびに目の前の魔獣の、大きな頭部のまた大きな口腔へと弾丸が食い込んでいく。
はじめ舌を切り裂き流血を空へ弾けさせた弾丸は、次いでその咀嚼筋を裂き牙を砕き、鼻先をへし折ると引き裂かれたその奥へと闖入し血管内で大暴れをする。5mmの小さく、しかし筋繊維と骨の隙間にねじり込みやすいサイズの弾丸が体組織を引き裂くたびに唾液の混じった鮮血が遮蔽を濡らし、辺り一面を真っ赤に変える。
舌をねじ切り、顎を開かせ、眼孔を裂き眼球に穴を穿つ。
開かれた筋肉の間からはさらに奥に弾丸が届き、やがて脳を損傷された魔獣は―――
「きっかり40発ってとこか、お寝んねだ、ワンコロ」
ティコの握るAK-112の銃口から吹き出す炎が尽きるのと同時に、原型を留めないほどに砕かれた頭部を晒し、脳漿を垂らすまでに損傷させられた犬の魔獣が一匹、どさり、と地面へ倒れ伏す。残った二匹も仲間が仕留められたことを察したようで、残る隙間に食い込ませる頭を一旦離しティコから距離を取った。
ちら、と見た観客席の上では驚きに目を見張るスポンサー貴族やトビシロ、エリスまでがいて、彼はしてやったりといった顔をヘルメットの下に浮かべた。
「ほらほら犬っころ!かかって来い、魔獣だか何だか知らんが、ヤオ・グアイのがよっぽどパワフルだったぜ!ほら!」
一旦距離を取った犬の魔獣に銃口を向けつつ、あからさまに挑発する素振りを見せるティコ。
しかし内心では、弾丸を40発も使って倒せた相手ということから残り二匹、つまり頭数に対し弾丸が足りず、予備マガジンも地面に置き去りにされたまま、それも至近距離からの射撃によるものであるということから、最低でも同条件に持ち込まねば自身が形成上の不利であると悟り肝を冷やしていた。
銃を頭の上で振ったり、果ては遮蔽から飛び出してみたりとまさに逆撫でするような挑発をしながら、ティコはなんとか相手をリーチに呼びこもうとやっきになっていた。
犬の魔獣の方は、それを知ってか知らずか、二匹互いでティコを挟みぐるぐると回ったまま、一向に距離を縮めないでいる。ティコは銃口をいつでもどちらからでも向けられるよう、軽く膝を落とし前傾姿勢になり、銃口を下に下ろすスタンバイ状態を取りながら、両者を交互に見張っていた。
「ラチが開かないか・・・やむなしだな」
猟犬は疲れ知らずの犬種を使うのがいいと言い、犬の狩猟スタイルは俗にいう『待ち伏せ型』よりも、相手をひたすらに追い詰め疲れたところを一気に襲い掛かる『持久型』であるという。
この犬も、かつてはそういった犬種だったのだろう、ティコが疲れ注意散漫になるのを見計らって仕留めにかかるのだ。そう考えたティコは、自分が鍛えているとは言えど、犬や狼ほどの馬鹿体力はないとひとりごちると、銃を持つ手に力をかける。
この犬ころ二匹が疲れて寝るまで付き合える自身はないし、時間をかければ場外で意気がっている外野が何をしでかすかたまったものではない。ティコはその銃口を彼を中心に回っている犬の魔獣の片割れへと向けると、レバーをセミオートへと変え、そのままダブルタップの要領でタタン、と二発ほどを頭へ向けて発砲した。
やや離れていて、なおかつ動く頭部を狙ったがために二発の弾丸の双方とも命中することはなかったが、一方の弾丸は奇しくも綺麗に犬の魔獣の眼孔に吸い込まれ、目の中の水分が鮮血と同時に飛び散るのと同時にコロッセオを絶叫が包む。
そしてすぐさま、自身の目を潰されたことになりふりかまわなくなったのか、発砲を受けた魔獣は地を蹴り、ティコの佇む遮蔽の隙間へと突進をかけた。
傷を受けたことにより興奮状態と陥った魔獣の身体が、規格外の力を発揮したのだろう、突進を受けた遮蔽は大きくへこみ、今にも壊れんとばかりに悲鳴をあげていた。
だがティコはそれを見るや、かかった!と喜色の声を上げAK-112アサルトライフルを犬の魔獣の振りかぶる鋭利で豪然な爪、そのリーチ外ギリギリのところまで近づけると、引き金を引きっぱなしにして一斉に弾丸の応酬をその頭部へと叩きこむ。
「おすわり!」
ヘルメットの下で吼え、圧倒的体躯を持つ、まさしく”魔獣”へと鉛弾を注ぐティコの腕は猛烈な重心の振動を意にも介さずその全てを腰だめに叩きこむ。顎の下から初弾を受け、頭を上向きへと跳ね上げられた魔獣は頭を下ろすことも叶わないまま一発、また一発とまさに認識力を上回る速度で銃弾を受け止め続ける。
使用弾数42発、二匹目の魔獣の喉元に穿たれた孔の数と完全に一致した。
「くそっ、銃身が熱くなってら・・・旧型に無茶させて、一気に寿命縮んだなこりゃ」
ひとりごちながら、二匹目が潰れた目を眼孔から垂らしながらぐらり、と全身の筋繊維を痙攣させ倒れ伏すのを見るやティコはまたしてもヘルメットの下でしてやったりと笑みを浮かべるが、彼はすぐにはっと気を戻し、自身の身に降りかかる脅威が燃え尽きていないことを思い出しはっと振り返る。
―――三匹目は、一瞬の躊躇いもないとばかりの踏み込みで、振り返るティコの背へ向け駆け出していた。
「―――ジーザス!」
信じる神は実のところいない。
だが反射的に叫んでしまった神の名を反芻させながら、仲間を失ったことのせいだろうか、もしかすると腹の減りが限界に達したのかも。彼は自身へ向けて迫った犬の魔獣の突進力が、隙間に頭の食い込んだ瞬間にとうとう遮蔽を破壊した瞬間をその真っ赤なアイピースに映しつつ、自然と動いた身体とともに叫んでいた。
「おおぉぉぉっ!!」
命を燃やすような、心の底からこみあげるような、渾身の叫びであった。
自身の最終防衛ラインたる模擬市街戦用の遮蔽が、古代コンクリートの白い土煙を弾けさせ中心線のヒビから真っ二つに砕け割れると共に、牙を裂けるくらいに剥き、目を真っ赤に充血させた巨大な暴力的存在がその爪先を空気の中に押し込み、ティコの肩に置くと僅かに食い込ませていく。
ティコは自身の命に数段大きな危機が迫ったのを悟ると、手に持ったAK-112アサルトライフルの残り少ない弾丸を、片手持ちのまま魔獣の肩口へと全て叩き込んだ。
鳴き声は犬のようにキュートで、しかしやや野太い魔獣の悲鳴、十数発の銃弾を左腕に受けキャン、と鳴いた魔獣はティコの肩から手を離す。しかしその眼光は今なお無茶な射撃姿勢のせいで尻餅をついたティコを捉えて離さず、その鋭く真っ赤な視線に射られた彼はすかさず立ち上がった。
「いいぞやっちまえーっ!」
「もう武器は使えないみたいだな!くたばれ黒カブト!」
耳を抜ける声が煩わしい。蚊帳の外で魔獣に圧倒され、大人しくしていたはずの外野の傭兵達も自分が安全な位置におり、自分たちが所詮観客でいられることを察していくごとにやいのやいのと声を上げ、あたかも古代ローマにかつて存在したグラディエーターと猛獣のショーを見るかのごとく盛況していく。
かつては剣を握った人間と飼いならされた猛獣、しかし今この場にいるのはその数段上を行く魔獣と、人類科学の粋を詰めた装備を纏い、敵に打ち勝つ術を身に叩きこまれた精鋭、NCRレンジャーの男だ。
かつてのグラディエーターと猛獣との戦いでは、職業剣闘士や商品価値の高い奴隷剣闘士を温存するためにロートルや素人の剣闘士が戦ったとされ、わざと弱らせていない猛獣を使役したその勝率は著しく低かったという。
―――彼は、どうなるか。
「こっちだ、ついて来い犬ころ!」
肩を撃たれ、姿勢の維持を難しくした犬の魔獣が駆け出すより早く、AK-112を投げ捨てたティコは背を向けて魔獣から駆け出す。
魔獣は多少バランスを崩しながらもその後に続きティコの背中に追いすがり、片足が不自由なりの走法でティコの速度を僅かに上回る。一秒につき数cm程度距離が縮められ、だがティコの走る方向には壁が反り立っており、ものの十秒しないまでも壁に突き当たる彼か、それとも右へ左へ逃げ追いすがられる彼の血肉が散らされ”ショー”は終了、この丁半は胴元の儲けで終わりとなるだろう。
だが彼は、
一分の乱れもなく直進したティコは、地を蹴り飛んだ。
壁へ向けて飛びかかった彼はトレンチコートを翻しながら白色の石壁を蹴ると、その勢いのままに壁にもう一歩踏み込み、そして跳ぶ。
空中で身体をくるりと回し、眼下を抜け壁に身体を叩きつける犬の魔獣の真上を抜けると、彼は地面の上に着地し足で砂を摺る。着地の衝撃はヴィンテージものの軍用ブーツのゴム底が受け止めたために全く傷まない。
それに改めて感心しながら、ティコは腰にぶら下げた一つの道具――― 銃も弾も持って行かれた中、唯一残ったその武器を留め具から外し片手に持ちその視線の先、衝突の衝撃のせいで痛むであろう頭をふるふると振る魔獣へと眼光を向けた。
「ボール遊びだ、取ってこい―――」
―――手に持ったただひとつの武器。
手のひらに収まるほど小さな手投げ弾、フラググレネードのピンを抜き、ボタンを押すと彼はそれを魔獣の、大きく開かれた口元へと投げつけた。
悲しきかな犬の性か、反射的に口でそれを受け止めた”犬”の魔獣は口先でそれを咥えたまま、一瞬きょとんとする。
だがすぐに意識を切り替え、目の前で”頭を抱え伏せる”人間を仕留めるために、口に咥えたものを離そうと―――
刹那、犬の魔獣の頭部がはじけ飛ぶ。
先のアサルトライフルの斉射など比ではない、戦前より米軍制式採用の元使用され続け、多くの戦場でその威力を炸裂させ続けてきた破片手榴弾、500gにも満たないが、画期的火薬のTNTを詰め込んだ手榴弾を受けた魔獣はまさしく”消し飛ぶ”がごとく弾け、脳漿と、眼球と、千切れた舌先と、頭部を構成するあらゆるパーツを四散させ痙攣する身体をその場に残したまま絶命する。
はじけ飛んだ血潮は観客席にまで届き、何が起こったのか理解できずフリーズする傭兵達を汚した。
―――そしてゆっくりと、残った魔獣の身体が横倒しになる。
「・・・よっしゃ!見たかクロンボ!お前の可愛いペットは全員仕留めてやった!!」
目の前で斃れ、真っ赤な血しぶきをまき散らし白い地面を彩る魔獣を目に、感極まったティコはぐっと右手を顔の前で握りしめガッツポーズを取り少し離れた高台、観客席に陣取っているトビシロに目を向ける。
口をあんぐりと開け、ぽかんとしたまま”理解できない”とばかりの傭兵達とは違い彼女は口を閉じたまま、目を見開きまさに”予想外”といった面持ちで魔獣の死体を見ていたが、それを三匹もこの僅かな時間内に仕留めた張本人、ティコが目を向け身体を向けたのに気づくと、はっとし視線を彼と合わせた。
彼がゆっくりと足を運び、近づいてくるたびに貴賓席の貴族は顔を蒼白にさせ、エリスは逆に喜色を浮かべる。トビシロも冷や汗を垂らすと、彼が足を進めるのを黙って見ているしか無かった。
「何とか言ったらどうだ、トビシロさんよ。何をけしかけても無駄だぜ、分かったらとっとと院長さんを離して檻の中にぶちこまれりゃいい」
「言うわねティコ、あなたは本当に・・・危険よ、今までこんなこと、魔法使いの連中しか出来たためしがないもの」
距離を確実に、ゆっくりと縮めながらの短い会話だ。
互いに目は逸らさず、しかし空気は確実にティコを押している。
ゆっくりと、足を運ぶティコの姿は、もはやこの場において畏怖の域に達していた。
「動かないで!」
彼がトビシロとの距離を半分にまで詰めたあたりで、急遽、トビシロが動く。
エリスの腕を強く引き、懐に引き寄せると彼女の柔肌へと向けて、腰元から抜いた短いナイフを突きつけた。
「まだ主導権はこっちが握ってるの、動かないで」
「やってみろ、その時ゃここにいる全員、穴ぼこだらけにするだけじゃ済まねぇ」
「そうでしょうね・・・あんたたち!」
言葉は立派ながら、確実に覇気に押されたことを悟るトビシロの冷や汗はまだ止まらない。
だが彼女は引かない、自身の生きた歴史の中で、一歩引いたばかりに何十、何百歩も譲歩することになった経験をその黒い肌と、左手に嵌めた同胞の魂の宿るミサンガに覚えているからだ。
彼女は今なお魔獣の死体から目を離せずお互い目配せをしあっている傭兵達に呼びかける。
「どうしたよお嬢、まさか・・・」
「まさかもどうもないのよ、この男を仕留めなさい、代金のぶんは働いてもらうわよ」
「ええっ!?いや、ムチャ言わんでくれよ、こんなバケモン幾らなんでも・・・」
「殺した者には金貨を40枚寄越すわ!行きなさい!奴はもう武器を持ってない!」
その言葉に、怖気づいていた傭兵達も動き出す。
だがその姿はまちまちで、いまいちやる気や威圧感に欠けていた。
だからトビシロは、その男達にもう一言を送った。
戦う男なら、喉から手が出るほど欲しがるものを、約束する言葉を。
「何よ役立たず、じゃあ――― 殺したものには、ティコの魔道具をあげるわ!首を取った者には魔獣を殺したものを、腕や、足を切り取って掲げた者にはそこに転がってるものを!」
視線を一巡させ、傭兵達全てに聞こえるように言い放つトビシロの視線は、最後に自分の足元やや下、ティコが外した装備、AK-112を筆頭とし、背負っていたライフル、ショットガン、様々な兵装の集まりに向く。
すると、傭兵達の視線もそれにつられるように動き――― わずかな静寂のあと、互いに目を合わせた傭兵達は一転、歓声を上げて観客席から次々に飛び降りた。
「よくないなこれ!」
「おっと何処へお行きでっ?」
状況の暗転を察したティコは、せめて武器だけでも取替えさんとダッシュしようとする。
だが目の前に飛び降りてきた、抜身の剣を握った男が現れると、足を止め腰に最後に残っていたククリナイフを引き抜き、応戦の構えを取る。
「てらっ!」
振りかぶられる剣を受け流し、傭兵の首元に刃を差し込むとティコは力いっぱいに叩き切る。
ククリナイフは人体の切断のために特異な”くの字”の形状を実現した対人戦用の剣だ、傭兵の男は為す術もなく首を落とされ、吹き出した血液はティコのコートに染み込み黒く汚した。
しかし彼は勝利の余韻に浸る間もなく視線を落ちている武器へと向ける。
だが、その時には既に遅し、その場所へと至る道は既に人垣に塞がれ、落ちている装備の数々は傭兵達にべたべたと触られることとなり、四方を囲まれた彼はただ一つ、手に持ったククリナイフだけを頼りにする状況へと落ち込んでいることを瞬時に察した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ロビー、ジャスター、そっちはどうだった!?」
「ダメです、内鍵は全部鉄で固められています!」
「くそっ、自分の準備不足と無能を笑うべきか・・・、ああ、またあの音か、こうしている間にもティコは戦っているというのに!」
コロッセオの競技場へと通じる通路上、支部長エルヴェシウスを筆頭とする騎士団の面々は、扉を開かんと尽力していた。
用意周到にも外部から通じる扉をことごとく鉄を溶かし、再び固め氷魔法で氷結させた強固なかんぬきで閉めきったバリケードは容易には破れず、メンバーの中で唯一火の魔法を扱える者が溶解させに掛かっているが、時間がかかることは明白だろう。
エルヴェシウスは、自身の見越しの甘さを呪うと共に、火の魔法に適正がなく待ちぼうけているだけになっている自分に無力感を感じながらこの憎々しい扉を見つめていた。
「しかし団長、これほど周到に敵が準備をしてくるとは私も思いもしていませんでした、団長だけの責任ではありませんよ」
「ありがとうアルレット、でも急だとはいえ、こうなると予測して準備を欠かさないのが騎士たる努めのはずなのに・・・くそっ」
壁を殴るエルヴェシウスを、見守るように立つ副長アルレット。
鉄のかんぬきは少しずつ赤熱化していっているが、それでもまだまだ時間がかかるであろうことは明白で、更に火だけでは鉄を溶かすことは不可能、赤熱化した鉄を破壊するために更に労力と時間がかかることになることをエルヴェは頭のなかに浮かべ、更に無力感を感じる。
まだか、まだか、まだか・・・。
頭の中に浮かぶのはただそれだけで、目に映るのは炎の中に包まれる鉄の塊のみであった。
では、耳は―――。
コツ、コツ、コツ。
集中するエルヴェをよそにして、アルレットは確かに、自身の後方から何か音が聞こえたことを感じた。
耳を澄ませばそれは足音のようで、それはとても重い、まるで全身に鉄の塊を背負っているがごとく、言うなれば”全身鎧”を身にまとった兵士の足音に近いものであった。
アルレットはエルヴェの肩をとんっ、と叩くと、手でジェスチャーし音のする方向へと意識を向けさせる。彼は気分とともに、集中していたためにやや沈痛そうな顔を崩せないままだったが後ろを向くと、アルレットのジェスチャーを受け取って音のする方向へと耳を澄ませた。
気がつけば、他にも察したのか他に待ちぼうけを食らっていた騎士達も後ろを向き、代える者がいなくなったがために消えかかった松明がところどころを暗闇にしている先、通路の入り口に向かう方向へと誰もが耳を澄ます。
コツ、コツ、コツ・・・ドス、ドス、ドス。
音は次第に大きく、鈍くなり、だが確実にそれは”足音”であり、とても重いものであることを誰もが感じた。
音は大きくなり、わずかに見えてきたシルエットは形を持って暗闇から現出する。
五体を持つ、人間のものだ。だが肩部は羽のようにやや広がり、頭は大きく、四肢は太い、そのシルエットが近寄ってくるにつれて、灯りに照らされ実像を持ったその存在は確実に―――。
「ロイズ!?」
全身を白銀の鎧に包んだ、以前騎士団庁舎における演習において、その場にいたベテラン新兵全ての騎士を相手に負けなしの記録を誇り騎士達のプライドを折りもすれば、純粋な尊敬をも集めた強靭な”白銀の騎士”ロイズ、その男がこの場にまた未知なる魔道具を持ち寄り現れたことに、誰もが驚いた。
退路に待機させている美人のエルフから聞くところによれば、たった今日に過労で倒れ身動きをできなくなっていたと聞く。
そんな彼がさもありなんとばかりにその日の内に戦闘用の装備を見に包んで現れたのだから、エルヴェもアルレットも、開口一番そのことについて聞き及んだ。
「ロイズ、君は倒れて動けなかったと聞いたが・・・大丈夫なのかい、身体?」
「大丈夫ですよ団長さん、オレ、やらなきゃならないことありますから、それに寝溜めするのは休みの日だけだって決めてるんですよ」
冗談じみた答えに、エルヴェは少しだけ意表を突かれた。
それを知ってか知らずかロイズは前に出ると、手に持った未知の魔道具――― 背中に四角形を背負い、両手で一斗缶に一ガロンの牛乳缶をくっつけたのをぶら下げたような奇妙な装備を手に、ようやく赤熱化が済んだばかりの鉄に塞がれた扉へと向けた。
「そこの騎士さん!ちょっとどいてくれっ!」
言われたことに気づいた騎士は一瞬迷い、ロイズとエルヴェへと視線を交互にしたのち、エルヴェが首を縦に振ったのを見て手のひらから出していた炎を止め、ロイズの後ろへとそそくさと下がる。
目の前に誰もいなくなり、赤熱化した鉄がぼう、っと照らす空間、ロイズは手に持った装備を構えると、一気にその引き金を引いた。
閉塞した空間に、真っ赤な閃光が弾けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「寄るなよ、まだ俺は第二第三の秘密兵器を隠していてな・・・」
「なら使ってみろよ黒カブト!」
言いはするが怖気づいているのか、小手を狙う刃を受け流しティコは傭兵を蹴り飛ばす。
だが一人が大きく後ろにつんのめり空いたスペースには別の傭兵が展開し、もはや切りのない演舞を演じる結果となっていた。
「いいこと思いついた、ここで見逃してくれたらAK・・・魔道具の使い方を教えてやろう、お前さんら頭悪そうだからこのままじゃ使えんだろうし、悪い話じゃないだろ?」
「馬鹿にしてんのか?代わりに金貨40枚を払ってくれるってんならな!そらっ!」
「ああ、そりゃ無理だな!」
交渉決裂の刃を受け止めると、横に流しその頭頂部にククリナイフを打ち据える。
髪の繊維を裂き、薄い肉皮を斬り、前頭骨を砕く感触が一瞬の内に手の内に伝わり、とどめに脳を二つ切りにする。そして深く食い込んだくの字の刃を傭兵を蹴り飛ばすことによって抜き去ると、刀身に付いた血液と脳漿を振り払うまもなくティコはナイフを構えた。
彼の脳裏には、これまでの――― この世界に来てからの出来事の比にならないほどの焦りが走っている。腰につけていたグレネードは全て使いきり、銃はおろしたままだ、せめて腰の後ろにマウントしていた10mmサブマシンガンを下ろしていなければ良かったと彼は今更になって悔やむが、時既に遅し、長年閨を共にし、研ぎ続けたためにやや小ぶりになった愛用のククリナイフだけが彼の手の内にあり、壁を背にする自身の周囲を囲む軽装備の傭兵達と対峙していた。
それもいつ終わるかわかるまい、たかだかナイフ一本ではこの無数の男たちの攻撃を捌き切るのは難しく、今は相手が怖気づいているからいいものの一斉に攻撃された折には、三枚おろしにされて十字架に貼り付けられることなぞ目に見えている。
せめて呼び込んだ騎士団の面々が顔を見せてくれれば形勢は逆転するかもしれないとほのかな希望を抱いていたが、今の今まで来ないということは何か理由があるのだろう、深くため息を吐き、覚悟を決めんと彼は身体に力を込めたその時―――
「・・・!ようやく来たのか・・・いや、ありゃまさか!?」
離れた場所で固く閉ざされていた入場門の中心が弾け、無数の真っ赤な閃光が夜空へと飛翔する。
閃光はコロッセオを抜けるとその建築の上部、皇帝か王様か、もしかすると神様かもしれない、何かを讃えるために造られたであろう石像の足元を破壊した。
「う、うわぁぁあ!?」
足元を破壊された石像はそのままごろりと落下すると、運が無いか抜けていたか、閃光の出所に目を奪われ反応の遅れた悪徳貴族の一人を押しつぶし血しぶきをまき散らさせる。
その様子に他の貴族も、傭兵達も、トビシロも、ティコでさえも唖然とし、いっせいに閃光の出所に目を向けた。
―――だっしゃぁぁぁ!!
刹那、若々しい叫び声と共に扉が蹴り飛ばされ、バンッと大きな音を立てて開ききる。
そして砂煙と白煙の中からは一人の騎士を筆頭に、ここサンストンブリッジの騎士達がぞろぞろと肩を並べ出てきた。
騎士達は統一された装備を身にまとっているが、筆頭の騎士だけはただ一人それを違える。
分厚い無地の胸甲に、手足を覆う装甲板、肩部装甲は羽のように広がっており、装甲の内側も特殊素材のインナースーツによって固められ隙がない。頭部は真っ黒な、表情を伺わせないマジックミラーのアイスリットで視線を隠しており、大きなヘルメットにはいくつもの、この場にいる者のほとんどがその用途を理解できない精密機器によって固められていた。
彼は砂煙が晴れると共にその姿を晒し、その手に持った魔道具、まるで一斗缶に一ガロンの牛乳缶を差し込み、ぶら下げたような機器を手に持ち、そこから紐で背中の四角い
「くたばっちゃないなグール!オレを混ぜないったどういう了見だよ?」
「相棒!?もう動けるようになったのか!無茶しないで寝てろ!またぶっ倒れるぞ!?」
「あーあーもううっさい!よく聞けよ!ロジャー・マクソン著、B.O.S憲章”コーデックス”前文抜粋!我々は
かつて世界を滅ぼした大戦間もない頃、地獄を生きた彼の、ロイズの祖先が作り出した憲章を、大声で叫ぶ。あまりに唐突な出来事、そして問答に、そこにいた誰もが言葉を失い、傭兵達は武器をおろし、悪徳貴族も横で潰れた死体を忘れ見入っていた。
「そんで!B.O.S教条”団結の鎖”第二項!B.O.S構成員への命令は直属の上官のみが可能であるっ!」
言い切ると共に、あたりを静寂が包む。
そんな中他でもない、彼の相棒たるティコが最初に動いた。
「あ、相棒、最初のは嬉しいけどよ、最後のはちょっと暴論って奴じゃ・・・それにお前射撃は」
「あーもう!危ねーんだろ!黙って助けられてりゃいいんだよグール!だから―――」
ロイズは手に持ったガトリングレーザーの引き金に手を掛けると、顔だけは確かにティコへ向け、言い放った。
「避けろよグール!」
光の濁流が、コロッセオの白い石材を焼き焦がした。
次でラスト、それからエピローグと間に何か挟んで三章です。
気がついたらUA10000越えてたみたいで、ありがとうございます。