次回で二章最終話ですけどここから続けて読むといい感じです。
ガトリングレーザー、と一言に言っても、戦後アメリカ、ウェイストランドには三つの種類がある。
ひとつは”旧式”と呼ばれる、最終戦争期試作段階にあり、少数が出回ったH&K L30型ガトリングレーザー。
これはより元となるガトリング砲、つまりミニガンに近い形状と機構を持つもので、弾薬に小型核融合電池たるマイクロフュージョン・セルを使用しているために絶大な威力を誇った上弾薬箱を背負う必要がなく、軽量化に成功したという点で優秀さを誇った。
しかし反面、マイクロフュージョン・セルの消費が多く、かつ技術的限界から装弾数が少なく燃費が高い上に頻繁なリロードが必要になるということで現在では下記のモデルがある場合よっぽどのことが無い限り使われることはない。
次に、戦後核ミサイルの迎撃に成功したために極めて少ない被害で戦争を乗り切り、戦前から謎に満ちたカジノ”ラッキー38”に住まいロボット軍団を操ることにより当時の毛皮と焚き火のもと暮らしていた部族を取り込み教育、旧ラスベガス、”ニューベガス”を再びカジノ街として再興させ、しかし第二次フーバーダム戦争時かの英雄”運び屋”によって暗殺されたとされる200年以上の時を生きた豪傑”Mr.ハウス”の手足となったロボット。
ローラーダッシュにより高い機動性能を誇り、高性能AIによりあたかも人間のごとき思考を可能とし、肩に積まれたミサイルと両腕の武器で高い戦闘能力をも誇った戦後おそらく最も高性能と言われるロボット、”PDQ-88Bセキュリトロン”が使用していた安定した火力を誇るX-25ガトリングレーザー。
そして最後に、戦後B.O.Sや
カーボンファイバーフレームや焦点収束機によって拡張性も得られ、威力の点で上記二つに劣るものの銃器製造メーカー”ガンランナー”により近年設計を模倣、改良し生み出された新型”スプルテル・ウッド9700”もが発売されその勢いが止まることのないそれは、今確かにロイズの手の内においてその重厚なフレームで他を威圧していた。
3mを超える大きな扉が打ち破られた時に、ここにいる誰もがその脅威と赤い光を目撃していた。
だからこそ、今彼がそれを構えすることを予測し、自然と身体の動いていた賢い者もちらほらとだが見受けられていたのだ。
だがその中で最も、その武器についての造詣が深い男、ティコはかえって気が気でなかった。
救援に来てくれたことは感謝したいところだったが、彼は彼の”相棒”の壊滅的射撃センスを以前嫌というほど見せつけられている。マガジン一つをまるまる使い一発も的に当てられないどころか数十センチレベルで弾を外す男がガトリング砲で一斉射、阿鼻叫喚の地獄絵図がこっちにまで降りかかったら訳ない、銃弾は肉に食い込むだけで済むかもしれないが、エネルギー弾は全身に均等に、平等に死を与えるのだ。
「おいおい相棒!無茶すんなって、お前の射撃下手は・・・」
「だから避けろよグール!当てないように努力はするっ!」
聞かん坊ロイズ、言うと同時に両手でがっしりと構えたガトリングレーザーの引き金をぐっと締める。瞬間、扉を打ち破った時と同じ真っ赤な、充電パックから送られたエネルギーがプリズムレンズを通して収束し、大気中へと放たれた光線がコロッセオを駆け抜けた。
「ひいっ!?」
初弾は大きく見当外れ、不憫にも貴賓席の悪徳貴族の真横に着弾し、悲鳴を上げさせる。
フルオート射撃なために続けて撃ち込まれた無数のレーザーは観客席の古代コンクリートを更に真っ白に焼き、貴族やトビシロだけならまだしも、エリスの顔ですら青くさせる始末であった。
「着弾確認!なら行けるっ!」
ロイズは着弾位置を見ると、続けて自身の手を動かす。
レーザー武器は性質上発射地点から着弾点までが”線”で見えるという面白い武器だ、狙撃には向かないが、この性質はロイズの射撃下手に手助けをすることに一役買った。
ロイズはフルオートでレーザーを照射したまま、まるで線を描くかのように銃口を動かす。
着弾点の見えるレーザーはロイズの意思に従って動き、やがてようやくコロッセオの競技場へと入場すると、哀れにもその場にいた傭兵の一人の身体を射抜き、その身体を真っ赤に赤熱化させると、瞬間にして耐熱性の高い装備だけを中空に残しその肉体を真っ白な灰の山と化してしまった。
その様を見た傭兵達はぎょっとする。
そうなるとレーザーの脅威を察した彼らは一斉にレーザーの方向から逃げようとするが、ロイズは逃がさんとばかりにガトリングレーザーの銃口を、まるで薙ぎ払いにするかのように横へ横へと動かす。
「ひぃぁっ!そんなの―――」
「逃げらんねぇっ―――」
「の、望みが―――」
断末魔を口々に発し、真っ白な灰の山を散らし消滅していく彼らの跡には持ち主を失った剣や鎧がぼとぼとと落ちてゆく。逃げられないと悟るや盾を構える者もいたがもはや鎧袖一触、木組みの盾など一瞬にして燃え尽き、その体を灰の粒子にして大気に散らした。
中には観念したのか、頭を抱えてしゃがみこんだり地面に伏せ泣き言を言うだけになった者もいたが、かえって運が良かったのだろう、結果的に射線上から外れることになった彼らはレーザーの餌食になることを免れたようで、口々に神を讃え、自らの人生を恥じる言葉を述べていた。
横薙ぎに放たれたレーザーはコロッセオに展開していた傭兵達をことごとく灰の山へと変え、後に残るのは賢くも伏せ射線を逃れた者か、運良く光線と光線の隙間に入り難を逃れた者のみ。
ほんの数秒だ、ほんの数秒で、数の上では圧倒的手勢を有していたはずのトビシロ雇う傭兵達は真っ白な灰の山となり、風に吹かれ混ざり合うそれは既に地べたの上において、誰が誰であったか、もはや判断できぬほどまでとなっていた。
トビシロは恐怖する。
弓ですらこの距離では外すこともあろう、しかし”あれ”が火を噴けば距離も風もあらゆる要素にも関係なく、あらゆるものが灰になるのだ。それがとうとう自身に向けられていることに気づくと、彼女は青ざめた。
「きゃっ」
瞬間強い風が吹き、真っ白な灰が夜空に舞い上がる。
その塵は貴賓席でただこの惨状が出来上がるのを見ているだけだったトビシロと貴族達の方へと風向きのままに舞い込み、トビシロたちはそれが直前まで生きていた人間のものだったことを思い返すと、心底気味悪げに眉をしかめ口元を押さえ風が過ぎるのを待った。
「そうだわ、まだこっちには人質がいる・・・まだ切り札が・・・」
風が過ぎ去り視界が晴れたのを見て、トビシロは懐からナイフを取り出す。
エリスの喉元にナイフを当て凶悪すれば二度は撃ってこまいと、せめて牽制するのだと彼女は考え競技場に目を向け――― 一つの異変に気づいた。
「ティコがいない!?」
ほんの風が吹く前までは確かに競技場で戦々恐々と伏せていた黒色の兜を被った男が、今は見えない。
どこかへ逃げたのか、それとも共に灰になったか――― 彼女は手に持ったナイフを動かすのも忘れて目で彼を追い続け、
「よぉ、俺に用でもって?」
振り返った先に、彼を見つけた。
途端、背中に感じる鈍い衝撃が彼女を襲い身体が座席と階段に打ち付けられ、次いでふわっと浮くのを感じる。
落ちているのだ、彼女がそれを理解した時には、既に衝撃を受け止める姿勢を取る暇など存在しなかった。
「うぐうっ!?」
競技場に頭から落ち、身体を叩きつけられたトビシロは幸運にも意識を失うことはなかったが、ふらつきながらも立ち上がったところで、彼女は自身が自身の立っていたステージから叩き落とされたことを悟り、戦慄する。
「いったい何が・・・ティコ、どこなのっ!?」
「ここだよ、クロンボ」
声のする方へとトビシロは目を向ける。
その方向には何もなく、ただ観客席と夜空が広がっているのみであったがすぐに、その場所の空間を引き剥がすようにして、ティコの姿が夜空を背に現れた。
「陰魔法の使い手?まさか、あなたもゴルフェと同じ!?」
「魔法とはちょっと違うな、ステルスボーイだ、ロブコは最高のモンを作ってくれたもんだよな、どうだ?ここから落ちる気分は」
「姿を消す魔道具・・・噂には聞いたことがあるけど、まだ奥の手を残していたなんてっ」
腕につけたステルスボーイをふりふりと振りながら答えるティコを前に、心底悔しがるトビシロ。
握りこぶしをただわなわなと震わせる彼女をかつてとは逆の、見下ろす形にするティコは気取った素振りで手すりに片足を乗せ、指で彼女を撃つふりを見せた。
「ともあれチェックメイトだ、俺はこういう時大人しく従うのが最善策だって思うぜ」
入り口から追い上げてきて、生き残った傭兵達を取り囲む騎士達と、駆け寄ってきた団長エルヴェ、副長アルレット、そしてロイズまでもが集まり、今なおフラつき加減の彼女を取り囲む。
ロイズは重量が煩わしいのか、それとも動かれた時に狙える自信がないのかガトリングレーザーを傍らにどさりと置き、フィストを握り黒いアイスリットの下でトビシロの姿を睨みつけていた。
頭を抑え、俯くトビシロ。
それを見るや、戦闘意欲は既になし、と判断したエルヴェは彼女に歩み寄るとその肩に手を掛ける。そして彼女の顔がこちらを向くのを―――
「あはっ、あはははっ、あははは!!」
エルヴェの手がぱしっ、と弾かれ、そして反射的に彼は後ずさった。
トビシロの顔は、落胆でも苦痛でも、諦観ですらもない、まるでそうだ、ポーカーで逆転勝ちをしたギャンブラーのような、トリックを見破れない相手をあざ笑うかのような心底楽しそうな笑顔を浮かべ笑っていた。
そのあまりの唐突さに彼女を取り囲む一同は後ずさり、見下ろすティコも目を見張る。
エルヴェとアルレットは剣を構え、ロイズは拳を握る。状況を考えるなら、彼女は既に首根っこを握られているも同然だ、ならば今この女は狂っているか、あるいは――― 更に奥の手があるか、ティコは頭の中に過ぎらせる。
「ティコ、騎士ロイズ、憶えてる?ポスパの村のこと」
「・・・は?ああ、あのヒヤヒヤする兄ちゃんのことか」
「そう、あれね、私達がやったの」
ティコは目を見開き、ロイズは眉をしかめる。
突然の告白、しかし覚えに新しい氷の十字架とそこに磔にされた人々の姿が脳裏に走る。
あの村での一件は自分たちが戦い、そしてあの凶悪な氷の魔法師を倒したことにより全て解決した。だが逆に言えば、自分たちが訪れなければあの村では多くの尊厳と、命が奪われていたはずだ、それを思い出し、彼らの頭に確かな怒りが浮かんだ。
「本当ならあのあと他の村々を彼に潰して回ってもらって、同時多発的に魔獣を投入して、それで騎士団の動きを撹乱して・・・それからこの街に魔獣を投入して徹底的な破壊をするつもりだったのよ」
「クーデターでもするつもりだったのか?しかしこの街の兵力なら竜でもなければ魔獣程度は簡単に仕留められる、それにそんなことをしても王都から軍が出動するだけだぞ、長期的支配は・・・」
「そんな面倒なことしないわよ」
言い捨てるような物言いだった。
「この街の富や力に興味はないの、私達の目的はね、徹底的に――― 他種族の世界を破壊すること」
「他種族を恨むダークエルフ・・・なるほど、あなたは」
「ああ、”魔女の霧”の構成員か」
納得したように頷くアルレットと、見知らぬ単語を発するエルヴェ。
お互い納得したように話を進める三人だったが、ティコとロイズはついていけなくなってしまい首を傾げ、あわてて話を端折るとエルヴェにその、見知らぬ単語について問いかけた。
「ああ、確かに一般にはあまり知られていないからな・・・二人共、魔女の大陸については知ってるかい?」
「そこのクロ・・・ダークエルフが故郷を追われたって事件だろ?テッサに聞いた」
「それでえーっと確か、故郷を追われたあと難民がひどい扱いをって・・・あ、なるほど」
「そこまでわかっていれば話は早いよ」
まだよくわからなさそうにしているティコをよそに納得したロイズを見て、エルヴェは今なお笑みを浮かべているトビシロを見やると話を進めた。
「かつてのシャドウエルフと呼ばれていた時代から一転、故郷を追われて汚れ仕事に手を染める羽目になり、そして多くの同胞の命をも奪われ尊厳も奪われ”ダークエルフ”となった彼らを筆頭に、戦争、災害などで他種族に恨みを抱いた種族の者達が集まって他種族を同じ目に合わせてやろうってのが彼ら”魔女の霧”さ、まあはた迷惑だ」
「私達の受けた辱めと、傷の深さを知らないからそう言えるのよ」
ただ話すエルヴェを睨みつけ、トビシロが言う。
エルヴェは彼女と視線を合わせると、その方に剣を向けた。
「それで?そんな連中が何で奴隷商なんかに手を染めた?」
「適度に迷惑を掛けられて、お金も必要でしょ?」
「一石二鳥か、たまらないね、ともあれお前には聞きたいことが山ほどある・・・このまま逃げきれるとは思わないことだ」
ライトの明かりを受け、銀色に輝く切っ先を向けられるトビシロ。
彼女のすぐそばには大きな門が構えていたが、閉ざされたそれは彼女の逃亡を阻むように立ちふさがり、まさに今この瞬間において、彼女が”詰み”であることを示唆していた。
だが、トビシロの顔は少しも濁らない。
むしろ先程よりも笑みを強めており、その様にエルヴェもアルレットも表情を強め、ロイズもこの不可思議さに苛立っているとばかりに眉を寄せる。
捕らえるのは簡単だが、誰もが彼女に奥の手があるのではないかと感じていた。だからこそ次の瞬間、彼女が懐からその道具を取り出したことに誰もがとっさには動けなかったのだ。
エルヴェとアルレットの目には”魔道具”として写り、ティコとロイズの目には見慣れた道具――― つまみとスイッチの置かれた”リモコン”と認識されたその道具を。
「それは・・・」
アルレットが先に口を開き、トビシロへと問いかける。
問いかけられた彼女は先程よりも更に笑みを強め、むしろ楽しげな感じを体にまとい、そのリモコンに頬ずりをした。
「団長さん、ちょっと前に王都の騎士団の遠征隊が壊滅した事件を知ってる?」
「・・・ああ、納得行かない点は多くあったが古代竜の仕業として決着がついたはず・・・」
「その真相を教えてあげるわ・・・私がこんな無茶な計画を考えついたその理由を、冥土の土産に」
言い、頬からリモコンを離すと彼女はスイッチを押す。
するとリモコンからビープ音が発せられ、ティコの耳に届く。
その瞬間、彼は自分の記憶の片隅にそのリモコンの形が眠っていたのを思い出し、急いで観客席から飛び降りた。同時に自分が今の今まで思い出せなかったことと、そうでなくてもようやく身体が動いたことを呪う。
そして飛び降りた彼はリモコンを奪おうとトビシロに手を伸ばすがすんでのところでかわされ、逆に風の魔法によって距離を取らされてしまう。腰に手を掛けるが銃は振り向いた先の地面の上、打つ手なし。
彼女が持つリモコン、それは―――
「来なさい、”死の鉤爪”っ!」
―――エンクレイヴ謹製、デスクロー制御スクランブラー。
大きく、重い足音、それも確実に走っている間隔の音がコロッセオの入場門、トビシロの真隣にあるその実に3m以上はある大きな扉越しに響く。
ティコは顔を眉間にしわを寄せ、ロイズは奥歯を食いしばり、エルヴェとアルレットも怪訝な顔を隠さずに扉越しに響く足音を警戒する。やがて間近まで響いてきた足音は扉の手前でひときわ大きな足音を響かせる――― 止まったのではなく、前へと跳躍したのだ。
―――ウェイストランドには恐れられたものと、恐れられているものがある。
歴史を挙げ、あらゆる場所に住まう人々の認識を別にすればその座には多種多様な存在が入り込むかもしれないが、総じて”最も”を付けるならばそこにはたった二つの存在しか入り込めないのだ。
恐れられたものは、”エンクレイヴ”。
ルーツを辿るなら戦前、アメリカの政府高官、軍人、企業のトップが核戦争において”重要な人間”だけを生存させるために設立した秘密結社にまで遡るものの、多くの人々が知るエンクレイヴの姿は総じて、今から40年以上前に遡る2241から2242年にかけて活動した者達だろう。
戦前から海上の石油掘削基地に潜み、細々とした調査のもと雌伏の時を過ごしたエンクレイヴは世界戦争から164年が経過した2241年に、初めて世界にその全貌を表す。
当時製造プラントや発着場の壊滅によって二度と空に飛ばない筈だった航空機を有し、ロイズのT-51bすらも上回る最新鋭パワーアーマーを着用した兵隊が地上へ放たれ、十三の星の中心にエンクレイヴを指す”E”のマークを描いた国旗の示す通りアメリカ合衆国正統政府を標榜し、”大統領”によって統治された彼らの目的は、ただ残酷であった。
”純然なるアメリカ”のために彼らが取った行動はただひとつ、戦後撒き散らされた強制進化ウィルスによりウィルスや細菌に対し免疫を得た戦後アメリカ人、地上人のほぼすべてを占める”ウェイストランド人”及び地上のミュータントを”汚れている”とし抹殺し、アメリカの生態系をあるべき姿に戻し、その上で自らを入植させることだ。
結果的にその恐るべき計画はかの”Vaultの住人”の子孫である”選ばれし者”の勇敢なる行動により食い止められたものの、当時のNCRやB.O.Sすら上回る戦力をもって地上を蹂躙したその姿は今なお人々の記憶の隅に宿り、特に近年第二次フーバーダム戦争に出現したエンクレイヴの残党の熾烈な戦闘により人々はなぜ、ベルチバードが空を飛んでいるのを見て恐れたのかを思い出したという。
そして、恐れられているものは―――
「冗談じゃねぇ!デスクローが何でここにいやがるんだ!」
「これがデスクロー・・・パラディンが言ってた・・・!」
扉が打ち破られ、その生物の姿が昼白色の照明のまばゆさのもと露わになる。
身の丈2メーター半、しかし猫背なためにそう見えるからであって実際には3mは超えていた。
硬いベージュの表皮は全身を覆い、その内側に隆起した人間など比べようにない筋肉を持っている。人間と同様、目も鼻も、口もあり比率は似ているがその目は白く、牙は鋭く尖りその頭頂部には二本の山羊のように反り返った角がそそり立つ。
そして何より目を引くのは、三本指の足と、人間同様五本指の手に生えたおぞましいほどに鋭い爪だ。デスクロー、”死の鉤爪”の名に相応しいその鋭い爪は、その存在の攻撃性を如実に語っていた。
戦前アメリカが残した最悪の生物兵器。
愛らしいジャクソンカメレオンの面影などどこへ行ったかな凶悪な面構えを持つその生き物は、高い繁殖力、高い戦闘能力、知能とあり戦後アメリカを生き延び、高い攻撃性から見つけた獲物を容赦なしに襲う姿からウェイストランド人の恐怖の象徴となっている。
ティコの生まれた時代では都市伝説とされていた生き物であったが、その理由は一説では、目撃した人間がことごとく殺されるからだ、という話もあるほどだ。
ヤワな銃器による攻撃は表皮を通らず、爪の一振りはメタルアーマーでさえも切り裂く。パワーアーマーを装備した兵士ですらもアーマー越しに衝撃を受けるとされるその強さは伝説であり、実際に”伝説”と称されるアルファ個体が存在するとの噂もある。
そして今この場に現れた個体、その頭頂部、角の間に取り付けられた洗脳装置。
エンクレイヴが最強のミュータントであるデスクローを制御し兵とするために製造したものだ。
その制御はトビシロの持つ制御スクランブラーと無線で繋がっている。
最悪と最悪、まさに最凶のタッグが織りなす最悪の存在が、ティコとロイズの前に立ちふさがった。
「来るぞ相棒!」
「言われなくっても!」
デスクローの、空気を切り裂かんばかりの一振りをバックステップでかわし、地面を擦って止まるロイズ。エルヴェとアルレットも一度距離を取ると、そのサイズ差と振りかぶりの素早さに圧倒されながらも剣を構えた。
「助けてくれぇ!」
「だからこんな仕事嫌だったんだ!」
後ろでは他の騎士達に縛られようとしていた傭兵達が、デスクローの姿を見るや狂乱し騎士たちの手を振り切ると、一目散に出口へと駆け出す。騎士達はそれを追いかけようとしたが、エルヴェによって制止された。
「たかが数人だ、ミーシャ達とエルフに任せておけばいい!この魔獣を仕留なければ街に被害が及ぶ!」
「たかだかそれだけの数でこの”異界の魔獣”をどうにかできると思ってるの!?アンタ達よりよっぽど精鋭ぞろいの王都の騎士団を相手に勝ったのよ!?」
心底楽しそうに、ゲームで遊ぶ子供のようにトビシロはリモコンをいじる。
攻撃命令なのだろう、デスクローはタガが外れたかのように、地を蹴り飛び出した。
「だぁーっ!あいつガトリングレーザー踏みやがったっ!」
「CFフレーム残ってるだろ相棒!後で直しとけ!」
「よそ見しないでください二人共!来ます!」
飛びかかり、爪を振り下ろすデスクローの一撃をアルレットはかわすと呪文を唱える。
剣に風の刃をまとわせた彼女は爪を振り隙を晒したデスクローの肩口に風の刃を振り下ろした。
「援護するぞレットッ!」
続くようにエルヴェが呪文を唱える。
風の刃を受けわずかに姿勢を崩したデスクローの土手っ腹に、隆起した地面による土の槍が綺麗に差し込まれ、続けとばかりに集まってきた騎士達による炎弾や氷刃がデスクローを襲う。
ここの騎士達は総じて、魔法適正に優れている。
魔法使いや魔術師ほどでないにしろ、ちりも積もれば、幾度とない攻撃の嵐にいつしか地面に溜まった灰の山がまくれあがりデスクローの姿を隠すほどになったころ、ようやく攻撃は一時止まった。
「・・・っはあ、流石にこれだけ密集すれば腕の一本くらいは持っていっているだろう」
魔法の使用によってわずかな疲れを感じるエルヴェは、灰の煙に包まれたデスクローに警戒しながら剣を構え続ける。
そして数秒、灰の煙は薄くなり、その内側を―――
「なっ!?」
一瞬にして煙が晴れた。
―――いや、違った。煙を引き裂くようにして、デスクローがエルヴェへと向けて疾走のもと爪を振りかぶったのだ。
辛くも煙がカーテンとなりデスクローの姿を隠していたがために一瞬反応の遅れたエルヴェは、足を動かす暇を持てず剣で爪を受け止める。しかしデスクローの膂力は凄まじく、押し込まれた剣が鎧に食い込む感触を胸元にかかる大きな衝撃とともに味わったエルヴェは、大きく飛ばされ転がった。
デスクローはそのままゆっくりと、次いでアルレットへと目を合わせる。
飛ばされたエルヴェは片膝をついたままで、衝撃に口元から血を垂らす。
アルレットは自身の前に既に誰もいないことを察すると、デスクローの白い目と自分の目を合わせた。圧倒的な迫力に身の毛がよだち、武者震いが身体を抜ける、剣を構えてはいるがまるで蛇に睨まれた蛙のように、自身の身体に思うように力が入らなくなっているのを彼女は感じていた。
今あの攻撃を受けたら、死ぬかもしれない。
アルレットの脳裏にその感覚が走る。
逃げ出したいほどであったが、しかし逃げ出せば今度死ぬのは後ろの誰かだ。
そして彼女は、両手を広げ今にも飛びかかろうとしている”異界の魔獣”と相対し―――
「オレを忘れんなよっ!?」
飛びかかった異界の魔獣、デスクローの攻撃はアルレットに届くことはなかった。
その間に割り込んだ男が、その大きな腕を受け止めていたからだ。
T-51bパワーアーマーのモーターを全開にし、両手を広げ飛びかかったデスクローの腕を無理矢理受け止めたロイズはそのヘルメットの下、デスクローの真っ白な目とメンチを切り合うがごとく間近で視線を合わせ続けていた。
「ナイスだ相棒!こいつはどうだデスクロー!」
横合いに言葉がかけられ、瞬間無数の発砲音と共にデスクローの強固な表皮を鉛の弾丸が打ち鳴らす。先の死合の間に武器を拾い上げたティコの10mmサブマシンガンが、デスクローへ向けて火を吹いていた。
「こっちだ、こっちに来い!」
10mmの弾丸はデスクローの表皮を通らず、いくつかが表面に食い込んでいるのみであったが、それでもデスクローの気を引いたのだろう、あからさまな挑発と合わせティコをターゲットにしたらしいデスクローはロイズを振り払うと、ティコへと向けダッシュした。
走行速度の差は歴然だ、だがティコは遮蔽に逃げ込むと近寄るデスクローの爪の届かない位置に陣取り、武器を手に取る。
彼が長年愛用していた12ゲージショットガン、ウィンチェスター・ウィドウメイカーのダブルバレルをデスクローの頭へと向け、引き金を引いた。
ピストルやサブマシンガンとは異なる、大きく、鈍い発砲音だ。
巨大な12ゲージの銃口から発射された散弾はデスクローに致命傷を与えることは無かったものの、片目を潰し、その頭部の洗脳装置へと食いこむと電磁コイルをへし折り、使用不能にまで追い込んだ。
「もう一発だデスクローッ!」
通常、エンクレイヴ指揮下のデスクローは洗脳装置の破壊の場合発狂し、指揮範囲外への逃亡によって脳にダメージが与えられ、死を迎えるという安全装置まがいの策が取られている。ティコはそれを成し遂げたことによって、戦闘行動のとれなくなったであろうデスクローを前に自身の勝利を確信した。
だから念押しのもう一発を叩き込むべく、二つ目のトリガーへと指をかけていた。
デスクローの変化には気づかないまま―――
刹那、コロッセオに咆哮が響く。
そしてその瞬間、ティコは反射的に身をかがめた。
「うおぁっ!?」
まるで本当にタガが外れた――― まさに狂ったかのようにデスクローが鳴く。
”発狂”が必ずしも廃人になったり、攻撃性のないものとは限らない。
自身の隠れていた遮蔽がまとめて薙ぎ払われ、頭上を鋭利な爪が抜けていく。
トレンチコートの裾を切りつけられていたものの、無傷であったティコであったが、射撃姿勢中のとっさの出来事であったがために引き金に指がかかり、二発目の弾丸をあさっての方向に飛ばしてしまっていた。
「しまっ・・・!」
デスクローに対して有効打を与えられる装備はいくつか所持していた。
ショットガン、フラググレネード、そして”切り札”。
しかしショットガンは弾が切れ、グレネードは使いきり、切り札は距離が近すぎる。
ここでようやく自身が危険な状況に追い込まれたことを察したティコはデスクローと睨み合い、ごっそり持って行かれた遮蔽を後ろ後ろへと逃げるが、ここで救世主の登場により行動の自由を再び得た。
「こっちを見ろよデスクロー!」
デスクローの後ろから勢い良く駆け寄ってきたロイズが、拳を振りかぶり振り返るデスクローの脇腹に思い切り拳を叩きつける。
左手に嵌めていたのは真っ赤に光る最新鋭パワーフィスト『サタナイトフィスト・スーパーヒート』だ、打ち付けた拳から舞い込んだ熱気はすぐさまデスクローを包み込み、一瞬にして大炎上させた。
「どうだ!」
いきやよしとガッツポーズを作るロイズ、炎上するデスクローが手足を振り回し、苦しみを訴えながらその身を焼いているのを前に彼は今度こそ有効打を与えられたことを確信する。
だが、
「相棒!まだ―――」
「―――え?」
ティコの呼びかけに振り向く前に、ロイズの身体が横合いに薙ぎ飛ばされる。
パワーアーマーを纏った90kg近いロイズの身体がだ。
炎の中から飛び出してきた爪が、ロイズの身体を飛ばし、地になぎ倒されたロイズはゴロゴロと転がり痛みを訴える。
後ろに控えていたティコも、振り返りながら振られた裏拳に胸を打ち据えられ、ロイズ同様転がると痛みに立ち上がることようやく、片膝をついてその場にしゃがみこんでしまう。
「クッソっ・・・何で、あんだけ燃えたのに・・・!」
「デスクローにゃ火なんて大したこたないぜ相棒・・・あいつはウェイストランドで最強の生き物だ・・・あーいや、もっとヤバいのいるかも」
衝撃が通り痛みは感じたものの、パワーアーマーがダメージのほとんどを吸収してくれたことにより事実無傷のロイズはパワーアシストを頼りに起き上がると、地面を殴る。ティコも引かない痛みを前に肋骨がイッたかもな、と呟くと、炎を抜け、なお目立った外傷のないデスクローが再び動き出すのを飛ばされた先で見ていた。
制御を失ったデスクローの次の目標など想像に易い。
騎士達は距離を取って応戦の構えをとるが、ただ一人そうでない者がいる、だからこそ、
「ねえ、どうしたの?言うことが聞けないの?・・・ねえ、お座り、ねえ!」
リモコンを構えたトビシロに近寄ったデスクローが、両手で抱きしめるようにトビシロに爪を振るう。無防備な彼女はデスクローの圧倒的膂力と爪の鋭さの餌食となり、藍色のローブを血に濡らし無残な表情を顔に浮かべたまま絶命する。
「こう言っちゃなんだが、因果だな・・・」
「そうだけど、次は別の人が餌食になる・・・やらないと・・・!」
痛みと苦しみが残る中、再び立ち向かわんとする二人をよそに、血塗れのトビシロをぽいっと投げ捨てたデスクローは再び両手を広げる。向かう先は騎士達十数名がいるが、その手に持つものは剣と盾、そして威力に欠ける魔法のみ、戦えば結果は火を見るより明らかだ。
だが彼らが全滅し、制御を失ったデスクローがコロッセオの扉を潜って外の世界に放たれれば、トビシロの言う破壊は現実のものとなるだろう。ここは既に、彼らにとっても思い入れのある場所だ、大切な人々を守るために、戦わなければならない。
ティコは再び銃を握り、ロイズは拳を握る。
圧倒的な存在に向け、再び彼らは立ち上がった。
この世界の第二次フーバーダーム戦争はおおむねイエスマンルートで終わった感じです。