異界都市、あるいはそれを不名誉と思う人々により闘技都市、などと称されるこの街パーミットは、この大陸でも最も闘技場が盛んに使われていることで有名である。
東の港から西の王都、南のサンストンブリッジから北の街々へのちょうど中継地点に存在するこの場所には多くの人々が訪れ、疲れを癒やし、時に定住する。
闘技場のエンターテインメントの役割としての人員や町の裾野に確保された農地、少し外れたところに行けば魔法石であるバレライトの鉱山が存在し雇用に限りはない、むしろ常に人手が足らないこの街は流入する人間やその場限りで訪れる人間の増加に対応するために、日々街の端では大工が金槌を振るい、主に闘技場を中心には”INN”の看板が増え続けていた。
だがそんな人々の営みも、明確な”安全”があってこそできる事を忘れられない。
森から襲い来る魔獣、時空を裂き現れる怪生物、人間も例外ではない、脅威にさらされ続けるこの街の営みを守るために日々剣を振るい、魔術を行使し、殺められる前に殺めるために人よりも前に立つ戦士達の存在が必要不可欠なのだ。
そんなパーミットの日常風景、今日も日々の疲れを癒やし、語らい合うために誰もが不可欠とする闘技場そばの酒場、手頃な値段に定評のある戦人のためのこの場所の一隅の円卓を囲い、黒き剣士と赤き魔導師、若きローグの三人と、つい一刻前顔を突き合わせたばかりの四人が揃う。
酒でも飲まないことには信頼も生まれないと、黒き兜のレンジャーが設けたこの場。白銀のスクライブも赤毛の少女も、銀髪のエルフもそれぞれ目の前の料理に手を付けて―――
「ウェイトレスさんこっちこっち!タチ
「うおぉい!オレらが払うって言った途端頼みまくるなよこの胸ペタ!ちった遠慮しろよぉ!?」
「何よケチくさいわね童顔!奢るって言ったんだからじゃーんと出しなさいよじゃーんと!あ!ポテト最後の一つくらい寄越しなさいよ!」
「うっせぇっ!そっちこそ離っ、敬意を示せ敬意をっ、おあっ、叩くな叩くな!」
「マスター、この”イカワサ”というものを一つお願いしてもいいかな、興味がある。あとこの岩肝串というのも一皿」
「テッサお前まで・・・あーもう!オレもだ!そのガラバサワーってのひとつ!それとポテトおかわり!」
ティコとオールバックの黒の剣士、フラティウが隣り合い最初に座ると自然と席順が形成されていき、時計回りにティコの隣にアル、その隣にロイズ、一つ飛ばして赤髪の魔法使いフランシェスカ、一番端でフラティウの隣に青年ローグのバラッドが座るとあぶれたテッサが睨み合うロイズとフランシェスカの間におずおずと入り最終的に落ち着いたのだが、いざ注文を始めると奢りを盾にしたフランシェスカがこれでもかと注文を殺到、今に至るというわけである。
「嬢ちゃん今日の主役は俺らだ、気にせんでもいい、払うだけの金はあるから好きなだけ頼むといいさ」
「やったぁ~!ここのとこ干し肉とか日持ちするものばっかりで舌がしおれてたんですよぉ!あっお姉さん!ステーキ一皿、付け合せにグラッセも!」
「はは、好きだなそれ。っと・・・俺もこれは脱がなきゃダメか」
給仕の娘に元気よく注文をするアルの頭をぐりぐりと撫でたあと、テーブルに乗せられた黒ビールに手を掛けたティコはヘルメットの首元に指をかけながらはっとしてつぶやく。すると横にいたフラティウは不思議そうに、「兜をかぶったまま酒を飲む奴が酔っぱらい以外にいるのか?」と答えた。
「いや、ちょっとひどい怪我しててね」
「我は構わん、それに幸いここは日々戦いを生業とする者が休む場所だ、傷口の蛆程度で吐く者はいまいて」
「そりゃ安心だ・・・んじゃ、皆様バケツをお口に」
ティコはヘルメットを外すと、テーブルの近いところに置く。
すると現れるのは皮膚をおろし金でおろしたような、惨たらしい火傷の跡。”放射線”という地獄の業火で焚き上げられたティコのグール特有の肌質が、円卓を囲む面々の前に露となった。
多少の傷は、と身構えていたはずの円卓が一瞬にして鎮まり、その静寂は徐々に周囲にも伝播していく。付き合いが短いといえどここしばらく共にいたために既に見慣れていたアルやテッサ、ロイズとは対照的にバラッドは口と目を見開き、隣のフラティウも噤んだ口に力を入れ締める。
だが彼らは何を言うでもなく、フラティウは自分の言葉に後ろ髪を引かれるように目をあちらこちらに、バラッドも視線をやや下に落とすのみ。そうなると残る一人はフランシェスカ、シェスカと呼ばれる赤髪の魔法使いだ、彼女はそのお世辞にも綺麗だとは感じられない顔を見ると、やがて、
「なっ」
大きく口を開けて眉間にしわを寄せ、そして”率直な感想”を言葉にして発した。
「ななななんなのよ!どうしてここにゾンビがいるの!?あんたらどんなことしてるか分かってんの!?ほらゾンビ、ここは人の子の食事場よっ!出てけ出てけ」
「はは、手厳しいなお嬢ちゃんは」
聞くなりティコをゾンビ呼ばわり、出て行くように促し席を離れようとするフランシェスカ。
彼の”ズル剥けの顔”は周囲にもさらされ一連の波紋を呼び、そこでも”ゾンビ”が這い出てきた、あるいはその凄惨な怪我の痕に同情する、といったちょっとした騒動を引き起こす。
ティコも、かつて故郷にいたころのグールというものはこんな扱いであったな、と思い出しちょっとばかり懐かしむとともに、ここ最近自分の居場所となっていたところにどれほどの温かみがあったか振り返り感傷に浸った。
「なんだってぇ!?ダンナを馬鹿にするのはアタシが許さないよ?」
「ボクも、恩人が”顔つき”程度で小馬鹿にされるのを無視するほど薄情じゃない、杖を抜きなよ貧乳娘」
「アンタも大しちゃぁ・・・」
ティコが受けた罵倒に怒りを抑えきれなかったアルはフォークに突き刺した唐揚げをほっぽり出したままシェスカに詰め寄り、シェスカの隣の席に座っていたテッサも周囲に小さな精霊を纏わせ席を立つ。
シェスカも背もたれにかかった赤い髪を払いながら立ち上がると、傍らに備えていた宝石つき金の杖、彼女が”白金のケーン”と呼ぶ愛用のそれを片手に赤いマナを纏わせる。
テッサの周囲にまとわり付く白色のマナとシェスカの赤いマナが混ざり合い、美しく、とても愛嬌のある色合いの大気が形成されるともう一触即発だ。シェスカの杖の先からほとばしり始めた紅い紅い炎か、テッサが中空に召喚した光から放たれる光線か、どちらが先に戦いの火蓋を切るかをその周囲の人間たちは今か今かと固唾を呑んで見守って―――
「シェスカッ!」
「はいいっ!?」
その緊張は、たった一喝の怒声とともにはらはらと崩れ去った。
フラティウは席を立つと、すっかり燻る火を消してしまったシェスカの元に寄り三角帽を取ると、頭にぽんと手をおいて言う。
「前にも言ったはずだ、街の中で無意味に騒ぎを起こすんじゃないシェスカ。特にお前ほどの子が魔法を使えば何が起こるか、考えれば分かるだろう?」
「だ、だってぇ・・・私は言っただけよ、先に手を出そうとしたのはあっちだって」
「それでも発端はお前だ、我の為を思うならばシェスカ、いい子になる努力をしてくれ。戦えば君も傷を負うだろうし、無意味に人を殺せば悲しむ人もいれば重罪人だ、君にそうなってほしくはない」
「は、はぁいフラティウ様・・・」
萎縮したシェスカが席に戻るのを見て、テッサもその隣に座りアルも憎々しげな視線を向けながらに戻ってくる。
そんな中、完全に蚊帳の外にされていたロイズとバラッドは高いに気付き目を合わせると、はぁ、っと対面で同時にため息をついた。
「失礼した、ティコ。我々も以前までは長い旅をしていたものでな、その旅中でゾンビと呼ばれる魔獣と渡り合ったことがあるのだ。こう、腐りかけの人間が凄まじい膂力をもって襲いかかり、かつ噛み殺されればその人間もゾンビになるといったもので・・・ご存じないか?」
「あ!オレ知ってる!戦前の”ロメロ”って人の映画で有名な奴だろ?両手を前に出して頭をふっ飛ばせば死ぬ感じの!」
「頭をふっ飛ばして死なない奴なんているんですか?こわいなぁー」
頭を押さえて身震いするフリを見せるアルと、目を輝かせてゾンビの実在に興奮するロイズ。
しばらく盛り上がっていたが、話に割りこむように当の本人のティコがジョッキを片手に話をつないだ。
「この世界に本物のゾンビがいるってんなら、まあ仕方ねぇか。だがゾンビってのは俺らみたいなのの蔑称になるわけだからあんまり使ってほしくはないんだがね」
「その点に関しては謝ろう、ほらシェスカ」
「う~・・・ごめん、ごめんなさい」
プライドの高い娘なのか、思うように頭を下げないのをフラティウも困った顔で見る。
だがティコはもういい、許すとばかりに笑い、片手に持ったジョッキをフラティウへと向けた。
「もうどうだっていいさ、一杯飲んじまえば誰も彼もダチってな。ほら」
「ふふ、善良なる男で我も嬉しいぞティコ、では」
チン、とジョッキ同士を打ち鳴らす澄んだ音がなり、互いにその飲み口を一気に呷る。
ティコは黒ビールを喉に流しこみながら、うまい、と率直な感想を頭に浮かべた。
製造プラントの壊滅により戦前モデルばかりながら、冷蔵庫の存在するウェイストランドほどの保冷技術はないにしろ、恐らく魔法による氷嚢を使っているのだろう、確かに冷やされた黒ビールのもたらす喉越しと咽頭の奥で炭酸が弾ける感覚はティコから、長旅の疲れを引き剥がした。
「っつかぁ~!ここの酒はかなりイケるな!しばらくいるならって思ったが、こりゃ期待できそうだ!」
「くくっ、いい飲みっぷりだ、では改めて自己紹介と行こうか。我はフラティウ、フラティウ・ドムアウレア。東の貧しい農村が出身だ、若き頃に家を飛び出したあとは冒険者として鳴らした身でな、今は闘技場と魔獣討伐に身を投じているが、全身に纏うこの魔道具の数々はその戦利品よ」
「ゴッツい黒の鎧と生きてるみたいな手甲は分かる、そのでっかい剣もかい?」
「ふふ、いいところに目をつけてくれた」
フラティウはジョッキをテーブルに置くと、背にしまい込まれた巨剣を引き抜きティコに見せるようにする。
ただでさえ大柄なフラティウのその身の丈に届きそうな巨剣、刃の腹は黒く塗りぬかれており、そこに刻まれた蛇の彫刻とその場においておくだけで空気を切って捨て去るがごとし刀尖といい、ティコだけでなくまた争い始めたロイズ、テッサ達も目を奪われた。
「この剣は”ベルセルク”。我が冒険者としての人生の中で最高の成果であり、そして最悪に恨めしくもある・・・呪われた剣だ」
「呪われた?物騒だな、残りの寿命が見えるとかか?」
「それならばまだ良かったかも知れんな、だがそれは違う。この剣に課せられた呪いは二つ、日が高いうちも沈んでも、天の上から地の底まで決して手放すことができないことと、日に一度、太陽が再び登るまでに血を吸わせねば耐え難き破壊衝動に苛まれるというものだ」
「呪い・・・」
食らい付こうとしていたシェスカを引き離したロイズが、Pip-boyに手を触れながらこぼす。
フラティウも、その左腕にはめ込まれた奇怪な道具のフォルムに視線を向けた。
「アルレットさんが言ってたけど、本当にあったんだ・・・呪われた装備って。オレのPip-boyも二度と外せないってけど、それよりもずっと重い」
ダイヤルを回すたびにディスプレイが動き、Pip-boyの持つ能力、便利な機能の数々が映し出される。それを見ながら、ロイズは安易に自分がこの世界の”呪い”を受けているとかつて誤魔化した事実を少しだけ軽率だと思う。
「ほうあの”横風のアルレット”と知り合いなのか若き騎士よ、お前も呪われた装備を・・・?」
「ロイズ、スクライブ・ロイズ。まあ二度と外せないってだけだし、フラティウさんほど重い呪いなんか受けちゃいない、ほんとに」
「そう謙遜するな、同じ境遇の者同士友誼を図り合おうではないか・・・さて、我の紹介は終わったな、となれば」
フラティウはちらりと目をシェスカに向ける。
長い赤の髪を持つ少女フランシェスカは、フラティウに目を向けられるとにこやかに笑い返したが、その視線の持つ意味を悟ると嫌々そうに表情を変え、それから口を開いた。
「フランシェスカ・パレ・ガイウスよ、王都の魔術学院出身のエリート中のエリート・・・”炎の魔法使い” ”炎神の孫” ”バーニング・シェスカ”、聞いたことはあるんじゃないかしら?」
「えっ!?ガイウス!?」
「ほう、まさかあの?興味深い」
反応したのはアルとテッサだ。
アルは片手にフォークに突き刺した肉を持ったまま身を乗り出し、テッサも顎に手をやってシェスカに細めた目を向ける。
「おい、おいっ、二人して納得してねーでオレにも教えてくれよ」
「ああロイズは知らないだろうね、”ガイウス”という名前は魔術に触れる機会があろうとなかろうとこの国に生きていれば一度は聞く名前さ。”炎神”ガイウス、王都が召し抱える一級魔法使いであり、この国最高の魔法使いだよ。結構な齢だって聞いたけど、それでもまだこの国の最高戦力だって言われてる」
「おじいちゃんの名前を知らないなんて童顔通り教養も子供以下なのねロイズ、そう言えば剣も持ってないし、まさかパンチで戦うとか?ぶふっ!」
「あーっ!今笑ったなこいつ!パンチの何が悪いんだよ!おい!舐めてっと女でも容赦ねーからなーっ!あーっ!?」
再び睨み合うロイズとフランシェスカ。
しかし立場が微妙に好転したのを感じたのかシェスカはやや笑い気味で、食って掛かっているのがロイズの方にも見える。
テッサはそんな二人を見てやれやれと首をふり、ようやく届いた料理にフォークをつけた。
「シェスカは我が王都に寄った時に出会ってな、その時・・・」
「はいはい!そこは私にやらせてフラティウ様!」
フラティウが離そうとする鼻先に割り込み、シェスカが手を上げて話をかっさらう。
フラティウもその勢いに気圧されると、素直にジョッキに入った黒ビールを飲み話を譲った。
「あれは王都の魔術学院、この国のエリート中のエリート、家柄もよく才能も有り、社交界に出すに相応しい華やかさを持った者が通う花の都、童顔脳筋なんかには到底入れない場所・・・」
「ア”ァ”ッ!?」
「あの日はちょうど実習の日で、私は頼りない教師陣と、苦楽を共にした友人たちと共に王都郊外で魔獣を狩りに繰り出したの。生まれたての子鹿を絞め殺すように簡単だったわ、炎の剣でハウンドドッグを叩き割り、紅き濁流にトレントを消し炭に散らす、誰もが満点の評価を下すのよ、シェスカ様素敵!さすがガイウスの孫娘!バーニング・シェスカってね」
席を立ちながら離すシェスカは、器用にも氷と炎の魔法を組み合わせ降りしきる光の粒を演出する。その美しく、儚い芸術には思わずテッサやアル、周囲の戦士達も拍手を送り、ロイズも悔しながら”すごい”と感じる思いを潰せなかった。
「順調にノルマ達成が進んだの、向かうところ敵なし。誰一人怪我をすることなく帰路へ向かい、帰ったら暖かなお風呂で汗を流してハーブティーを嗜む・・・そんなことを友人たちと優雅に話していたその時だったわ。あの魔獣が現れたのは!」
よよよ、と膝から倒れ、同時に光の粒も消え去る。
そのあまりに演技的な試みに、テッサもアルも、その先の話を待ち望んでつばを飲んだ。
「“装甲悪鬼”!人間よりも細身なゾンビ!ボロボロの鎧を身にまとい筋肉など削げ落ちているくせに、あの悪魔は!私の炎弾を軽々と弾き背を向けて逃げる先生をあっとういうまにその手に掛け次々と・・・!気がつけば半分よ、十人はいたのよ?半分が殺されたの」
「装甲悪鬼・・・細身な・・・ボロボロ・・・いやまさかな」
「装甲悪鬼がついに私に手をかけようとしたその時だったわ、まるで天から降りてきた使いのごとく、私の前に突然に立ちふさがったのは!」
じゃん、とシェスカは手でフラティウを指す。
スムーズな話の流れ通り聴衆の視線もスムーズにフラティウに流れ、頬を掻く彼は少しばかり気恥ずかしそうであった。
「装甲悪鬼の放つ毒の気をもろともせず!天使のように降臨したフラティウ様は人一人を軽々と八つ裂きにしたその腕を受け止めて投げ飛ばし!そしてまるで時が止まったかのような刹那の間!ベルセルクを引き抜いた彼はっ!彼はっ!」
「“下郎、女性は細工物を扱うように使わなければならんのだ・・・参るっ!”」
フラティウのものまねなのだろう、目を細め、少女らしい声に少しでもと威厳を持たせようとして離すフランシェスカ。彼女はフラティウの台詞を言い終えると感極まったように、興奮を隠すこともせずロイズの後頭部のバンバンと叩き、ロイズの顔に立つ青筋は増加の一方であった。
「キャーキャー!」
「あの、シェスカさん?痛がってますし、ほら・・・」
ロイズをバンバンと叩くシェスカにバラッドが声をかけるが、まるで反応が帰ってこない。
叩かれるごとに溜まっていくフラストレーション、じわりじわりと頭から昇る湯気、この街のチキンレースはまだ始まったばかりだ。
完全に自分の世界に旅立ってしまった彼女をよそに、フラティウが話を続けた。
「それからシェスカは共に旅する道を志してな・・・魔術学院を休学までしてだ、最初は我も茨の道だと諭したが根負けしたよ」
「アンタのミーハーなファンになったってだけじゃ・・・ってのは置いといて、なるほど中々いい子じゃないか、話聞いてるうちはとんだボンバーな女だと思ったが、さっきあんなに突っかかってきた理由がようやく分かったよ」
「フフ、そうだ、根はいい子なのだシェスカは」
ちらりと、ティコとフラティウは目をシェスカに向ける。
バンバンとひっぱたかれ続けたロイズがとうとう席を立ち上がり手をあげようとするところを、テッサとバラッドによって食い止められていた。笑いながら、飲みかけていた酒が噴き出す前に必死に喉へ流し込んで処理しようとする二人。
「さて、ではバラッド、君も頼むよ」
「あっ、はい!僕はバラッド、バラッド・ヤーノシーク。この街の出身です。僕は家がここの農夫をやっていてあまり裕福じゃなくって・・・だから魔獣狩りや捕獲をしていたんですが、ある日大型魔獣が出てきた時にチームが逃げてしまって」
「それで、偶然出会った我らと共に行動することになったというわけだ」
「はい、フラティウさん達には良くして頂いています」
生真面目そうな固い身振りで簡単な説明だけを終え、座るバラッド。
それにティコは少しだけ考えるそぶりをすると、ぱん、と手を合わせて問いかけた。
「ああ!ゴールデンゲッコーを捕まえたのもそういうことか!・・・で、何に使うんだ?」
「闘技場も常に新しい刺激を求めているということだな、法改正で人間同士の殺傷の出来なくなった今、法の網をくぐり抜けて血みどろの闘技を演じられるのは”人間以外”を相手にした時だけなのだ」
「なーる、飼いならしてからまたぶっ殺すと、後味悪いね」
「そう言うな、貴重な召喚術師も日に呼べる魔獣や精霊の数が限られているのだ。それにこちらとしては高値で買い取ってもらえるのは実に懐が暖かい」
「実直で率直な報酬がモノを言うのは万国共通か、まあケダモノがどうなろうか構わんか」
放っといても暴れるだけだしな、とティコは言い、ぐいっと黒ビールを流し込む。
ティコのジョッキはそれでとうとう空いてしまったようで、彼は飲み足りないと給仕を呼ぶともう一杯の黒ビールにつまみをつけて注文する。
だがフラティウは、それに待ったをかけて自分も一気にジョッキを呷る。
一思いに飲み込んだ黒ビールはあっというまに空となり、都合二杯と一皿、追加の注文が入ることとなった。
それから間もない時間が経ち、届け出た注文がロイズ達のものと合わせ三倍増しほどになって届いた頃、ようやくロイズとシェスカの諍いは一時終結の兆しを見せ、両者は届いた注文にフォークを突っ込み腹に収めにかかる。
するとロイズは喉が渇き手元にあったコップ、中に入れられた液体がシュワシュワと発泡している、半ばその場の勢いで頼んだ”ガラバサワー”を見て期待を馳せると、口の中の唐揚げを飲み込んだあとにおそるおそる喉に流した。
ごくり、と喉が鳴る。
喉奥を通過した液体はその瞬間、
「っうめぇ!マジかよ!?こっちにも炭酸あんの!?サイダーだこれ!」
ロイズを唸らせるに至った。
口の中で弾け、ほんのりと舌に染みこむ甘みを有し、かつしつこくない。
まるで故郷で飲んだサイダーのようで、数少なくなったヌカ・コーラの味の穴埋めをしてくれるのではないかと期待に胸を躍らせ、俄然興味をもったロイズはカウンターに立つ酒場のマスターへと興奮冷めやらぬうちに振り返り―――
「おっちゃん!これどうやって作ってんの!?」
「知らんのか坊主?北の森のガラバ虫の腹を掻っ捌いて出てきた卵を樽に漬け込んで、それから・・・」
「お”う”ぅぇっ”!!」
「うわっ!きったねぇな坊主!吐くなら外にしろ!」
「言われなくっても!」
席を蹴飛ばしながら立ち上がったロイズは、手近な他のテーブルの水をひったくると顔を真っ青にして酒場の外へと駆け出していく。その背をフランシェスカは腹を抱えたまま大笑いして後ろ指を指し見送り、ティコもアルも、口を開けたまま”あーあ”とこぼして首を横に振る。
ただ唯一テッサだけはロイズが残したガラバサワーを口に含み、これはこれで、と呟くとそのまま誰にも気づかれないうちに、自分の手の届く所にコップを引き寄せていた。
唐突で衝撃的な展開に互い互いの話も途切れ、一時純粋に食事の時間が訪れる。
すっかり冷めたフライドポテトを調味料でごまかし口に放り、最中に出来立ての唐揚げに舌鼓を打ちながら、ティコとフラティウは黒ビールを、酒の飲めない、あるいは飲まない他の面子は水と清涼飲料水を喉に流す頃、ようやく話は再開した。
「して、なぜティコはなぜここに訪れたのだ?やはり闘技場、はては鉱山や農園で仕事を得ようと?」
「あー、別にそう言うんじゃないのさ。まあ日銭は必要だから仕事は欲しいとこだが、どっちかってーと調べ物をね・・・異界に行けないか、ってことさ」
ティコの言葉にフラティウは目をまんまるくし、口を”への字”にして考え込んだ。
「酔狂であるな・・・」
「違ぇねぇ、宇宙を生身で泳ぎたいって方が理解できるかもな」
「宇宙?」
空の上さ、とティコは答える。
天界か、とフラティウは納得した。
それからフラティウは頬の傷を撫で、うーんと少し唸る。
いくつかの思考の後、歯切れの悪いような思い返し方をしたフラティウは、顔を上げずに言った。
「何にせよ、”壁の内”に行かなければならんだろうな」
「壁?あの街の奥に見えるでっかい壁か?」
「そうだ、あの内側はこの二等街などとは比べ物にならないほど高度な街が広がっている。当然異界を調査しに来た王都の学者達もそこに居を構えている・・・外側で聴きこみを続けるよりは中に入るほうが賢明、だが・・・」
「だが?」
やや前のめりになり聞くティコに、フラティウは答えにくそうにオールバックの髪を掻いた。
「あの場所は”一等市民”と呼ばれる者あるいは、彼らの許可を得た者しか入れん、特権階級のたまり場だな」
「なーるほど、文字通り”壁”が立ちふさがるってわけか、Vaultシティを思い出すぜ」
「そうだ、そして一等市民になる資格を持つ人間は貴族階級か、あるいは・・・」
「もったいぶらずに教えてくれよ大男、奢った分とさっきバカにされたぶんはそれでチャラだ」
ジョッキを持ち上げ、フラティウに向ける。
フラティウはふう、と息を吐いたあと、同様にジョッキを持ち上げチン、と鳴らした。
「闘技場において、100連勝を成し遂げた者に資格が与えられ得るとされている」
「うっへえ、100と来たか、中の奴にコネはないしノーミス前提なら気が遠くなるなそりゃ」
「うむ、そのうえその後に課せられる”特別試合”を突破する必要があるそうだ、歴史上では個人で6名、チーム戦で4組が到達したようだが個人の一名を除き全て失敗したらしい、それで、だ」
「ほう?」
真っ直ぐに、ティコの目を見るフラティウ。
ティコもそれに見返すと、顎に指を当て話を待った。
「我々も狙っていてな、100連勝。それで既に72勝を達成している、チーム戦でな」
「凄いじゃないか、その調子で頑張ってくれ、俺らも後から続く」
「まあ待て、話を聞け」
手で制し、フラティウは話を続ける。
「チーム戦は四人が必要だ、意味がわかるか?」
「残り一人は足でもくじいたか?」
「不名誉なことを言うな、まあ確かに、目標を眼前にして挫かれたと言えば間違ってはいないのだが・・・つまりだ、我らの仲間であり我が相棒を務めていた”黄金盾のティリウス”が身内の関係で突然帰郷することになってな、されど帰還は遠い日になるし期間を空けすぎれば記録そのものが無効となってしまう」
「ならとっとと別のやつを連れて行きゃいいじゃないか大男、この酒場にも腕利きに見える奴は結構いるぜ?」
「確かにな」
そう言い、ぐるりと酒場を見回すフラティウ。
だがそのすぐあと、彼は残念そうにため息を付いた。
「駄目だ、彼ら程度では我らにはついてこれぬ、力が足りないのだ・・・率直に言おう、君の相棒を借りたい」
「そりゃまた・・・相棒に目をつけるとは中々お目が高い、だがよ、なんでまた相棒なんだ?今日出会ったばかりで信頼の置けない余所者に背中を預けるのも中々酔狂な趣味してるって俺は思うが」
「なりふりかまってられないのさ、それにあの”トカゲモドキ”をあれだけ相手にして無傷で持っていた、実力は信頼できる・・・それにあの青年が、嘘をつけるような人物には見えん、もしあれも含めて全部演技だと言うなら我々は君達に敗北することになるな」
「よく見てらっしゃる、まあ俺は構わん、相棒次第だから自分で言ってくれよ」
「助かる」
軽く頭を下げるフラティウにジョッキを向け、交渉成立だ、とティコ。
フラティウもジョッキを当て軽く鳴らすと、互いに笑いあい一気に喉に流し込む。
ジョッキに残っていた黒ビールがあっというまに無くなったころ、横合いから顔を見せたアルがティコに問いかけた。
「ダンナ、闘技場出るんですか?」
「いや嬢ちゃん、俺じゃなくて相棒の方がな。まああいつ次第だが出るだろ、多分」
「へー応援しないといけませんねえ、アタシボンボン作りますよ、ポンコツエルフにもふりふりの服なんか着せちゃったりして」
「誰がぽんこつだいアルベルト・・・でもちょっと興味あるかも」
そのままやいのやいのと盛り上がるティコ達、対しフランシェスカは今この場にいないロイズの参戦を受けて騒ぎ出したが、フラティウとバラッドの説得を受けるとしぶしぶ受け入れ静かになった。
「ではティコ、この友誼にもう一杯飲もうか」
「違ぇねえ、俺より先に潰れないでくれよ大男」
同時に手を上げると、共に黒ビールを頼み込む。
夜を迎えるまで、彼らはずっとそうしていた。
月一ペースでランク入りはしてるんですが、この間日刊二位になってたようで、コンゴトモヨロシク。