「あれ?珍しいな・・・ティコさん、でしたっけ?」
「ん?おお、バラッドだったか」
年頃の青年と麗しきエルフが乳繰り合っていたのと同じころ、パーミットの街並みからはやや離れ、森を抜けた所にある湖。
パーミットを流れる川を上へ上へとたどっていった場所にある、山を流れる雨水の中継地点となるこのひっそりと佇む湖畔で、一人肌を晒し身を清めていたティコは同じように森を抜けてきた後客、彼の相棒と最近背中を預け合っているらしいと彼が覚えている青年、短く切りそろえた茶色の短髪が清潔感を感じさせる彼、バラッドと出会った。
「いやすまんね、みすぼらしいところを見せちまって、ここに何か用事があるってんならすぐに帰るぜ」
履いているジーンズ以外は全て晒し、彼としても好ましくはないグール特有の”肌”を見せつける格好になっているティコは、濡れタオルを絞るとお気に入りの大きなサングラスをかけ、荷物を小脇に抱えて帰る素振りを見せる。
だがバラッドがあわててそんなことはないと、「迷惑をかけてしまったようで」と腰を低くして言うと、さすがのティコとしても些か己の行動が早計で返って申し訳ないことをしたと思ってしまい、せこせこと背中を丸くして元の位置に戻るとまた湖にタオルを浸した。
「ティコさんってここに来てまだそんなに経ってないですよね?ここってあんまり人が来ない穴場みたいなものなんですけど、よく見つけられましたね」
「ははっ、まあ俺は冒険が趣味で、生きがいみたいなもんでね。まあ、だいぶ前に休止して軍隊生活送るようになって長いんだが、それでもやっぱり知らん土地を踏むと色々と嗅ぎまわってみたくなるタチらしい。人間本質は変わらんか」
タオルをぎゅっと絞り、水面にばしゃばしゃと水流を流しながらティコは言う。
バラッドもどさりと荷物を置くと、自身も湖のほとりに移動して水面から水を掬うと顔にばしゃりとかけた。
「っ、ふぁ・・・どうです?ここの水綺麗でしょう?」
「ああ、金を払いたくなるくらいだな。しかしここ上流だろ?いや、使ってる最中に勝手に使って怒られんかって心配になったんだがあんたが来たってこた大丈夫だったらしい、取り越し苦労だったみたいで助かった」
「ゴブリンの生息域とも離れてますし、街の入口には致命毒を流されても対処できる浄水場がありますから誰も文句は言いませんよ。僕も子供の頃から父に連れられて来てましたし、ああそうだ、ここの水でごはんを炊くと美味しいんですよ」
「
日持ちして蟻がたからないなら固い黒パンにバターじゃなくって、赤身魚の切り身焼きを中に入れたニギリメシを日雇い仕事の昼メシに持って行くんだがな、と首筋を念入りに拭きながらティコは言い加える。
比較的損傷は低いものの、グールであるティコの皮膚はところどころが剥け残った薄皮越しに筋繊維が露出し、無事だった皮もまるで焼け爛れたか水気を失ったかのようにボロボロとなっていて、望まずにも体臭を悪化させている。
元来話し好きで、付き合いもいい彼は故郷にいた時もそれで距離を置かれぬよう特に身体の洗浄や臭いに気をつけていたものだが、この世界に降り立ち、隣と、後ろと並んでついてきてくれる者に出会い共に歩むようになってからは特にその点に気を遣うようになっていた。
グールの皮膚は人間よりもずっとデリケートなため、ケアを怠るとすぐに割れたり最悪膿が出てくることがしばしばなのだ、だから人一倍気を遣ってどうしようもない外見はそのままでも、臭いや劣化は丁寧に抑えるのが礼儀だった。
脇の下、背中、首筋、今はわずかにしかない耳の跡もしっかりと濡れタオルでこすり、可能ならば香草か何かを擦りつけて処理してもいい。シャワーは命の洗濯で、洗濯は人生のリスタートだ、グールの臭いの原因が、皮膚の基底層生まれ変わりを司る新陳代謝の衰弱によるものだと知ったのは寿命が伸びてしばらく経った頃だったが、どうせやることは変わらなかった。
それでも、彼はたまに全身を写せるくらいの鏡を見かけるとふと自分を写すようにしている。
彼が旅の途中で会ったグール達、かつてはベーカーズフィールドと呼ばれていた場所にひっそりと佇む、古い”相棒”との旅の転換点となった場所、Vault12に住まう”原初のグール”達の惨状に比べれば自分のは遥かにマシであったし、じっくり見ればかつての熱いハートと気ままな冒険心のままに生きていた”
それに自分がこの姿になった原因を彼は記憶していた、それがつまらないヘマや自殺願望などではなく、自分にとってかつて大切であった誰かを守るために、その身代わりとして殉じたことによるものだと、誇るべき文字通りの名誉の負傷であったことを。
「しかし浄水設備まで完備とは恐れ入った。俺が記憶してる限りじゃあ真っ当な浄水場なんぞ旧世界の19世紀ごろにならんと世に出なかったと思うんだが・・・ますますこの世界の文化レベルってモンが分からなくなってくるなこりゃあ」
「世界?」
「いやこっちの話だ、なにぶん故郷が遠くてな」
ははは、と腕を組みわざとらしく笑ってごまかすティコにバラッドは首を傾げる。
結局、聞いてはいなかったが出身は相当遠い異郷、それこそ彼と彼の相棒が着用している装備群が示す通り、文化圏からして違う領域なのだろうと納得しバラッドは話を続けた。
「でもティコさん、わざわざここまで身体清めに来たんですか?冷水と水風呂しかありませんけど、一応この時間も空いてるので公衆浴場に行けばシャワーくらい浴びられますけど・・・」
「あー、いや、なんというかな、それはその」
困ったように首の裏をポリポリと掻き、目をそらしがちにティコが言い淀む。
特に何の嫌味でもない、純粋に疑問から問うた質問であったがティコには違った意味を持つものであった。答えにくい、答えられないのではなく、既に出かかった答えを適切な形式に
しかし結局、どれも喉を通せなかったティコは諦めたようにバラッドと目を合わせると、出かかっていた答えをそのままに話すことに決めた。
「まあなんだ、このナリだと入るに入れんというか、叩きだされかねんからなあ。一応亞人用の別枠の・・・小さい方もあるのは知っちゃいるんだがそれでも場違い極まりない気がしてな」
「あっ・・・」
はっと察したバラッドは口に手を当てると、そのまま言葉を失った。
ティコの生傷に手を触れてしまったかのような感覚を覚え、元来生真面目な彼は罪悪感から二の句を継げられなくなったのだ。
ティコもそれきり何も言わず、場は水を打ったように静まり返り残るのは、絞られたタオルから滴る水が水面に叩きつけられる音だけになる。
実際のところ、バラッドは確かに罪悪感から続く言葉を発する機会を奪われていたのだが、慣れているティコの方は別段その言葉を気にするでもなくバラッドが急に黙りこんでしまったことから察し、またもかける言葉の一字一句を厳選しているために起こった沈黙だった。
頭を悩ませるティコが時折うーん、と唸るたびにバラッドは申し訳ない気分になり、居心地も悪くなっていく。
ティコもそれから「気にせんでいいさ」とは言ってみたが絶妙に悪化した空気は会話をぷつりと打ち切り、それはティコが身体を拭き終えコンバットアーマーを身につけトレンチコートに袖を通し、ショットガンを背負う、この場に来た意味を終えるその時まで続いた。
身支度を終えたところで、ティコのほうがとうとう口を出す。
「いいんだよ、バラッド。むしろ出会い頭にゲロ吐く真似されることもあってな、そうやって気ィ遣ってもらえるのはこの上なく嬉しいってもんだ、お前はいい奴だよ、自信持ちな」
「あ、ありがとうございます」
「気にすんな気にすんな、ところでバラッド、弓矢にナイフにロープがひとつ、見た感じ一狩り行こうってみたいだがなんだ、この辺じゃあいい獲物に巡り会えるのかい?」
「あ、分かります?試合が午後にある日なんかだと午前中が暇なのでよく狩りに出るんですよ。ここから少し森に潜ったところにひときわ大きいツノジカの縄張りがあるみたいで、前に仕留め損なったので今日こそは、と」
「へぇ、いいねぇ・・・そういや俺も今日の午前は暇だったな、っと」
ティコは左腕の袖を少しまくり、嵌められた腕時計を見る。
彼の故郷、ウェイストランドに現存する時計は多くが9時47分、実際には21時47分の夜、アメリカが焼き尽くされ持ち主と最期に触れ合っていたその時間にしがみつくようにその前後を指したまま止まっているが、戦後200年以上経った現在では職人の再興、サルベージなどにより動くものもちらほらと見受けられた。
彼が嵌めているものもサルベージ品の手巻き式で、すっかり鈍い色に錆びた鉄色をしている。十数年に一回ペースで壊れて動かなくなるがそのたびに旧世界の廃墟から時計店の跡を見つけ、ちまちまと直してはまた時を刻んでいた。
こちらに来る前に修理したのはいつであったか、ティコの記憶には思い出せないが、なんとなくそんな遠くなかった気がするので多分大丈夫だろう。
「なあバラッド、いいか」
「あ、はい、なんですか?」
ヘルメット越しで目は見えないが、確かに感じる視線を元にバラッドはティコの目を見返した。
「・・・俺の分も獲物、いるかい?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
木々の葉の間から降り注ぐように光が差し込む。
季節は春が終わり花の精も暑さに逃げ出す夏が始まりだす、故郷の暦ならば5月上旬を示す頃合いだろうか。
もっともこの星は公転周期と自転周期があまり変わらないのか、月の末日や呼び名に些細な差異があれど暦は二十四節気までほぼ同じであり、急激な時差ボケに悩まされなかったのや救いだろう。これが一日の八分が夜である世界だったならば、相棒と二人してストレスやビタミンD不足に悩まされること請け合いだった。
そんな日が昇ればすっかり暖かい、けれども雨が降ればまだ寒い、暦上で”立夏の月”と呼ばれる季節のなかで芽吹いた新緑の眩しさと、故郷ではてんで覚えのない草臭さに軽く目眩を覚えながらティコは、弓を携え背に一具の矢筒を背負ったバラッドと共に湖を越えた先に広がっている森の中歩みを進めていた。
「大分潜った気はするんだが、まだナワバリにゃ入らないかい?頃合いになったら言ってくれ、いつでも撃てる、散弾だから
「弓でもだいたい
先を行くのはバラッドで、後ろをついていくのは愛銃の水平二連ショットガン、ウィンチェスター・ウィドウメイカーを両手に持ったティコだ。目的の獲物、ツノジカのナワバリが近づいてくるのを皮切りに、両者ともに腰を低くして木々の間を縫うように歩く。
鹿は基本昼間に行動する生き物で、目の耳も鼻もよく捕捉するのは困難だ、うっかり風上にいれば臭いを悟られ出会う前に逃げられ、草木を踏む音は耳に届き、目を合わせた瞬間には走りだしている。走力も相当なものであり、時速で60kmほど、それも体格上長距離を走ることに適している。
しかし好奇心の強い生き物なものだから猟犬や猟師から逃れると一定距離でこちらを伺い、また危なくなれば山奥だの森奥だのへすたこらと逃げていってしまい、一方でしばらくすると同じ場所に戻ってくるという可愛らしい習性も持つ。
そのため基本は罠を使うか、猟犬を使い追い回し、逃げ道をあらかじめ予測しておいて待ちぶせて射る”巻き狩り”と呼ばれる手法を取る。射手は心を鬼にし、空気と溶け合うがごとく不動となり、音と気配を頼りに逃げ延びてきた鹿の首筋に一本の矢を貫かせるのだ。
―――地球でなら。
この世界のツノジカ、大気中を漂うマナという不明確な要素のもと育っているせいなのか非常に攻撃的で、あろうことか肉食獣をも仕留めることたびたび、名は体を表す通りに鋭利な角による一撃は鎧を貫通することすらある。
おまけに本能的に身についたものであるが魔法も用い、新緑の空間に漂う清浄なマナを取り込んだ彼らは大地に足をつけている限りそのしなやかな毛皮の裏側に潜む筋肉を、更に強靭なものへと昇華させる。
そんなものだから、
「なりたてのハンターの死因の大部分占めてますよ、慣れれば突進が一直線だから結構楽に逃げ切れるんですけど、この前は不意を突かれてひいひい言いながら木の上を飛び回って逃げ切りました、あそこで死んでたらせっかく呼んだロイズに申し訳が無かったなぁ」
「そりゃ何よりだ、ああ見えて相棒は情にもろいところがあるからな、大事にしてやってくれ」
だから可愛いんだが、と付け加え、手に持ったショットガンを肩にとんと置いて笑うティコ。
バラッドもそうなんですかと相槌を打ち、それから今まで齢の近い仲間がいなかったせいで対等な話が出来なったためにロイズが来てくれたことは嬉しかったと、しかしどこか彼はズレているところがあって、会話に齟齬が生じることがあるのだと話した。
「故郷が遠いんだ、大目に見てやってくれや。砂漠と瓦礫ばかりの世界の、そのまた地面の下で生きてたような奴でな、少々世間知らずなとこがあるんだが悪いやっちゃない、根っからの悪事が出来るタイプじゃないんだろな」
「地面の下・・・ますます分からなくなるなぁ」
渓谷の間に集落を作る民族や、地面の下広がる古代のドワーフ遺跡に居を構える民族もいるとバラッドは聞いたことがある。しかしそのどれもが人間とはまた違った血を持つ種族たちでもあると聞いてはいたため、彼はますますティコとロイズ、この二人の境遇に合点が行かなくなり頭を回した。
細かく考えなくてもいいさ、とティコが言うのを聞き入れるが、それでもまだなんとなく釈然としない感覚は覚えてしまう。バラッドは茶髪をボリボリと掻きながらも無理やり納得すると、また行く道を見据えるのに戻る。
そんな矢先だろうか、ローグとして、また趣味ではハンターとして鍛えられた彼の鋭敏な鼻が緑の若葉、その髄から溢れる匂いと湿った土の匂いの混じった匂いの中から、生臭い、生命の躍動の残り香―――
血の匂いを、探り当てたのは。
「ティコさん武器・・・えっと」
「銃だ、この筒二つなのはショットガンって言いはするんだが銃とだけ覚えときゃ俺にも相棒にも通じる」
「は、はい、ジュウを構えておいてください、血の臭いがします・・・もしかすると狩りの跡で気が立っているかも」
「はぇ~・・・分かるもんだな、俺なんか鼻だいぶ削げちまってるもんだからその辺にや鈍くてね、いや、耳は自信あるんだが」
乱暴にヘルメット越しの鼻先をティコは小突くが、バラッドの表情は真剣そのものだ。
だが足取りをより慎重に、水面歩くばかりの精密さで地に落ちた小枝や葉っぱさえも触れないように、神経を張り詰め尖らせ匂いを辿るバラッドに負けず劣らずティコは追従している。
長い放浪と、伴うサバイバル生活でくぐり抜けた死線の数々や、彼にとっての”ここしばらく”の軍隊生活でより洗練されたスニーキング技術は、彼の”レンジャー”の称号と彼らにのみ与えられるブラックアーマーの指し示す通り常人は愚か、地の利を知る狩人も凌駕するのだ。
普段はおちゃらけている彼も獲物を前にすれば音も気配も殺しきる暗殺者に変貌し、武器を抜けば即時に判断し引き金を引ける、よく訓練された兵士の顔を見せる。模擬訓練ばかりを受けていた彼の相棒と違う点は、実戦に裏打ちされた勘と感覚が備わっているということだろう。
その手に潜む12ゲージの輝く魔法の杖をいつでも振りかざせる姿勢にし歩む彼は、前を行くはずのバラッドがつい後ろを振り返り彼を再確認するくらいに、その気配を木々立ち並ぶこの空間から消し尽くしていた。
息を殺し、気配を殺し、自身の存在を悟られぬようただ無となって歩む。
葉の一枚にも触れぬよう身体は小枝の間に通し、天から葉葉の合間を縫って差し込む光の雨すら浴びぬよう掻い潜り、わずかに見えた隙間に踏み込むように一ミリ、一センチ、一ヤード、確実に距離を詰めていく。
やがて詰めた必殺の距離、その手に握った獲物に一矢を番え―――
「―――死んでる?」
木々を抜けた先、差し込む光がひときわ強く、まるでそこだけがぽっかりと開いているかのような空間。
仄かに臭い、そして迫るたび強くなっていった鉄臭さの終着点、そこには彼らの待ち望んでいた獲物――― その亡骸だけがただ静かに横たわっていた。
「っと・・・なんでったってこうまで不運なのかね俺は、悪いな不幸を移しちまった気がして」
「いえ別に、先客でもいたんでしょうか」
とんだ取り越し苦労になったな、と自嘲しながら立ち上がったティコに続いてバラッドも番えていた矢を矢筒に戻し込むと立ち上がって、陽の光の中横たわる屍体の元へと歩み寄る。
ツノジカは、大きかった。ティコの記憶には見当たらないが、色々と手広い彼の相棒ならばそれがかつて地球に存在したツノジカ、今は図鑑に姿を残すのみだが、大きさこそ一回り違えどそれと似たり寄ったりの見てくれであると分かっただろう。
「しかしこう言っちゃなんだが、随分とヘビーな死に様だと思うなこりゃ、最低でも50口径は使わんとこうまで派手にぶっ飛ぶこたないと思うんだが・・・」
ティコも歩み寄り、ツノジカの屍体を見回した。
鮮血に彩られたツノジカの屍体の損壊状況として、最も目立つのはその首筋に空いた大穴であった。まるで抉られたかのように、覆う皮と筋肉ごと頚椎の中心から円形に引き裂かれたツノジカの首は残ったわずかな首の皮と肉に引っ張られ、横たわりながらもその死の瞬間、噴き出す血の勢いで首をだらりと垂れ下げたことを想起させる。
他にも胴や足にちらほらと、やや荒削りながらも真っ直ぐに造られた矢が突き刺さっていることから察するに、さんざん追い回された挙句必殺の一撃を撃ち込まれ力尽きたのだろうと、ティコは上から下まで見やったツノジカの屍から考察した。
しゃがみこんで屍体を見ていたバラッドも、立ち上がるとティコに向き直る。
「間違いないです、こいつ、僕がこの間追い回されたあのにっくきツノジカですよ、ここの模様とかこの角の形とか目に焼き付いてますよ。くそう、凄腕がいたもんだなあ、もう一日早く来れば良かった」
「はは、勝負は時の運ってな。しかし・・・」
屍体を見下げ、拳をぶんと振って悔しがるバラッドをよそに、ティコは周りを見渡す。
屍体、傷、流れる血液の臭い、ならば足りないのは、
「真新しい屍体だってのに、仕留めた奴が見当たらねぇ。こんだけ派手に血ィ流した獲物を放置するってのは中々危なっかしいんだが、ロープでも取り行ったか、マナーのなってない奴か・・・はたまた」
立ち上がったまま、森の緑を更に見渡す。
木々の間、草木の隙間、自分たちは流れる血の臭いを辿ってきた。
ならば――― 身体を巡る長年の勘だったのだろうか、無意識に銃を握る手に力が入り、その二本筒の銃口は次第に自身の視線に追従し森の奥、暗がりの中へと向けられていく。
視線は巡り、来た道へと戻るように時計回りにぐるりと回って―――
―――またはっと、気付いた。
「バラッドッ!」
「えあっ!?」
視線をまだツノジカの屍体に向けていたバラッドの肩を、ティコは渾身の力で突き飛ばした。
突き飛ばされたバラッドは体勢を大きく崩し、尻餅をつくが流石はローグという役柄を名乗るだけはある、そのまま勢いを殺さず転がり逆立ちの要領で両手を地面に立てると、ハンドスプリングの形で一回転、また立ち上がる。
そして彼の目に入ってきたのはティコ――― だが、自身を突き飛ばしたその姿からは変わっていた。
「ティコさん!?」
「うぐあっ!」
バラッドは戦慄する、つい数瞬前まで自身がボケっと立っていた場所にいたティコはその胸に一本の矢を突き立てられ彼も同様、倒れ転がり仰向けの無防備な姿を晒したからだ。
バラッドは目を見開いたまますぐさま倒れたティコに駆け寄ると、彼の身体を揺さぶる。幸いにもティコはすぐ応答し、応急処置を、と慌ててポケットから包帯を取り出しそうとするバラッドを手で制すると、自力で起き上がり再び銃を握った。
「ティコさん大丈夫なんですか!?正面から矢が突き立って・・・」
「っ、あーっ・・・なんとかだ、しかししょっちゅうこれじゃ長生きしねえ男だなこりゃ」
ティコは自分の胸元をおそるおそるに上から見る。
胸元には短矢が突き立っていたが、その鏃は先端がわずかに食い込んでいるだけだ。矢はコンバットアーマーの防弾板にすら至らず、カーボン部分をわずかに損傷させるだけでその役割を終えていた。
「こいつにゃ毎度助けられてばかりだ、今度ピッカピカのテッカテカに磨いてやらんと申し訳が立たんな、丁度いいからアブラクシオクリーナー三割増しでやっちゃる」
突き立った矢を引き抜いて放ると、ティコは労うようにコンバットアーマーをぽんっ、と叩いてみせる。
それから彼はすぐさま視線を戻し狙撃位置を悟ると、その位置から隠れるように木を影にショットガンの引き金に指をかけ、同じように別の木の影に隠れ弓を握るバラッドと共に、木の影から少しだけ顔を出し自身が射られた方角へと目を向けた。
視線の先には、緑ばかり――― 否、緑が動き、騒ぎ出し、緑に隠れていた存在が姿を表す。
「ゴブリンの一個小隊だって?このあたりは生息域に入ってないはずなのに・・・!」
「次から次へと災難だなバラッド、だがそれより気になる娘がいるんだがちょっと紹介してくれんかね、熱烈な視線送ってるあたり多分俺らの大ファンみたいだからな、ラブコールにゃ応えんとなっ」
「ほんとに冗談言ってる場合じゃないですよティコさん、あれは―――」
更なる視線の先、緑の体色を新緑の中晒す、思い思いの獲物を手に取る小人たちに囲まれその中央に鎮座する存在。
獲物を見つけた喜びに狂喜し、独自の言語を発声し叫ぶゴブリン達とは打って代わり静けさを保っている”彼”。申し訳程度の腰布に知性を感じさせるものとは違い、上から下まで、藍染めされたローブを身にまとい、手には魔術の象徴、行使のための武器、一振りの杖を携えている。
あえて言うなれば”野蛮さとは遠いが捨てきれない”、野蛮人の中の知識人、そんな印象を抱かせる存在。
「ゴブリンメイジまで・・・ああっ、本当に運が無い!」
「嘆いても変わらん、来るぞ!」
ゴブリンメイジの杖の一振りが、超常を引き起こす。
放たれた氷結の弾丸、冷気の塊、戦いの火蓋が切られた瞬間、ティコの銃口が火を噴いた。
参考なまでに
・ウィンチェスター・ウィドウメイカー
ウィンチェスターとついているが、実在はしない水平二連式ショットガン、しかしながらこの世界ではウィンチェスターが試作型プラズマライフルを作っていたりと手広い。
初代Falloutでのティコの初期装備であるが、近寄らないと威力と命中率が期待できないため正直使いづらい、しかしガスガス刺してくれるあたりはさすがティコ。
しかしやっぱり弾が二発しか入らないのでティコが頻繁にリロードする羽目になり、言うほど役に立たないので結局ハンティングライフルやコンバットショットガンが手に入ると取って代わられる上、同時期にハンティングライフルやアサルトライフルが手に入るため使われない可哀想な子。
しかしながら、敵レイダー団が数に物を言わせて連射してくるとクリティカルダメージが結構脅威になる、まさに敵に回すと恐ろしいが味方にすると頼りない子。