トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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大学休みや・・・書こう→16006字


第三章:奮戦、白銀闘士 6話

 

 

 中空から現出した氷弾、超常が形を持って現れた冷気の”魔法”、空気を凍らせ白いもやを後に引きながら飛翔したそれの針路と、術の行使者を狙ったティコのショットガンの射線が重なった瞬間、放たれた散弾と氷弾とが衝突し、もやを伴う冷気を辺りに撒き散らす。

 

「うおおっ!」

「うわっ!」

 

 ほんの10メーター程度手前で炸裂した氷弾から波打った冷気は彼らの身を隠す木陰まで殺到し、拭き散らかされた若葉や土煙混じりに冬風かくやとばかりの冷ややかさを肌に浸透させる。

 氷弾に当たらなかった、または弾かれた散弾はそのまま空間を通過し、衝突した葉葉や小枝を折れるだけへし折って森に小さな傷痕を残した。

 

 ようやく冷風が止んだ後、すかさず木陰から頭を出してティコとバラッドは前を見る。

 見れば氷弾が撃ち落とされたことは想定外だっただろう、なまくら剣を握りいざ敵へと進まんとしていたゴブリン、前衛の三匹は少なからず冷気の影響を受けたようで、肩や頭に張りついた小さな霜を歯を震わせガツン、と叩き割っていた。

 

「うー、さぶいなこりゃあ!冬服とか下に来ておきゃ良かった!まあ無いんだけどな!」

「冗談抜きに冬服とかじゃ凍って死にますって!でもティコさん、あれを撃ち落とせるのは素直に凄いです!まだ続けられるならその隙に弓で射りますよ!」

「残念なお知らせなんだが、狙ってやるにはちと狙う奴が多い!それにあいにくと18発しか持ってきてなくってな!あー、ピストルもあるから23発か!一匹頭4発がデッドラインか参ったな!AKの方を持ってくれば良かったか!」

 

 懐と、トレンチコートに増設したサバイバルポケットを手当たり次第にまさぐっても、それ以上の弾薬の気配はない。ジーンズのポケットをまさぐってみても出てくるのは出立の前にアルが入れてくれていたらしい花柄のハンカチだけで、ティコはしみじみとあの小さなお利口さんの気遣いに感動したあとまたポケットに仕舞った。

 

「ともかくこっちにゃ手数が足りん、距離詰められる前にあの三匹だけでも―――」

 

 顔を、木陰からのぞかせる。

 

 見えた先、歩いて20歩ほどの距離にはたった今狙いを定めた緑肌の小人がいて、獲物を手に再び地を踏みしめ走りだしていたが、視線がそれらを通り越して見えた先、そこから更に歩いて30歩は届く距離、振りかざされた杖の輝きが増して、

 

「うおっと!」

 

 新緑の奥で光り輝いたマナの閃光が、形と脅威を伴って再びティコへと襲いかかる。

 ティコはとっさに木陰に隠れるが、狙いが甘かったか、氷弾の弾道はまっすぐに彼の隠れる一本の木へと突き刺さり、四方へつららを伸ばしたのち冷気を再び周囲へと撒き散らすと、青々と茂った緑の葉を散らす。

 

 陰から顔を出し、木に超然と突き立った氷の柱におっかないものを見たといった顔をしながらも単純に外れたこと、あわせ敵の火力が自身の頼りにする遮蔽を貫けないことにティコは安堵し息を漏らす。射撃戦で一番怖いのは敵の火力が遮蔽の防御を上回っていたり、手榴弾のように裏を取って攻撃されることだ、逃げまわる必要がないのならば、この小さな拠点で撃ち合いに徹するのが最も有効だろう。

 

 大丈夫、こっちの射程は奴らより長い、そして速い、自らの持つ12ゲージの魔法の杖はありがた~いご神木を削ってできた不格好なステッキよりもずっと高度で、そして強力だ。自身にとって未知は多い存在だが、ゴブリンが弾丸の一発で死ぬことは実証済みだと、ティコは数で負けていても依然優位性が自分たちに傾いているのだと、そう確信し銃を握り―――

 

 その矢先、彼は気づかなかった。真っ直ぐに突き刺さった氷の弾道がその役目を終えず、今なお世界から熱を奪おうと残る力を振りしぼっていることを。

 

 地を踏み翔けん勢いで、木の皮を伝っていった冷気はその表面に霜を貼っていくと、やがてそれを背にするティコの背、NCRレンジャーコンバットアーマーの機械部分に侵食する。

 この機械部分はかつて国防総省と民間企業により開発されていた軍事用次世代アーマーである”エルメス”の開発が頓挫し本アーマーに開発がシフトした際に残された名残のようなもので、有効活用され長期に渡る作戦の際のヘルメット用の予備バッテリーや、ヘルメットのガスマスク機構を有効利用するための酸素ボンベが搭載されていた。

 

 米海兵隊に支給されたモデルが流用されているデザートレンジャー・コンバットアーマーとは違い、NCRが制式採用しているものは今NCR領にもなっているボーンヤード、旧ロサンゼルスの治安をかつて守っていたロサンゼルス市警に支給された暴徒鎮圧用のものであったが設計がほぼ似通っているために堅牢で、現に冷気を弾き表面をつうっと通過させるだけに留まっている。

 

 しかし幸か不幸か表面を伝わっていった冷気はすうっとアーマーの繊維に従って上へ上へと登って行き、やがてティコのヘルメットの隙間、ほんのり開いた首筋へと―――

 

「っだぁぁっつめてぇっ!!」

「ああっ、ティコさんがやられた!?」

 

 首筋から背中にかけて急速に広がったひんやり感に痛烈な心地悪さを受けたティコはすかさず背にしていた木から離れると首の裏を押さえて転がる。

 しかしそこにすかさず、待っていましたとばかりに矢が飛来し彼のヘルメットを掠めると、ティコは背筋に残る不快感を頭からすっ飛ばし立ち上がり、中腰で草の陰に隠れつつすぐさま別の木の裏に隠れた。

 

「―――ッ、ああっ、気持ちわりい!首筋にふーっと息とかそんなん目じゃねぇ、ひやっこい!二日酔いで目ェ回してた時に相棒に氷入れられた時以来だっ!くそっ、本当に背筋の凍る・・・」

「思いですかって!?だから冗談言ってる場合じゃありませんって!氷冷の魔法は着弾点の周りから熱を奪って凍らせるんです、それも対になる火のマナをぶつけられたりマナが切れるまで続くもんだから、ジリ貧になったら逃げ場がなくなります!」

「なるほどなあ、前に相棒がカチンコチンになってたことがあったんだが、そういう・・・」

「それよりっ!」

「ああわかってる!図に乗るなよチビミュータントッ!」

 

 声を張り上げた刹那、木陰から身を現したティコは狙いをつけると同時に引き金を引き、同時にバラッドも弓につがえた矢を指から離す。

 

 ほんの10歩の距離程度まで近づいていたゴブリンに向かっていった矢は、距離減退で山なりの軌道を描くまもなく一直線に進んでいくと獲物を手に根を越え葉を越え疾走するゴブリンの一匹の首元を射抜く。

 流れる流血と共に加速度をそのままに足元をぐらつかせたゴブリンが倒れるのと時を同じくして、ティコの放ったバックショット散弾、距離を詰められていたことが幸いし広がっていく十数発の鉛球は残る二匹、そのうちティコに向かっていた一匹のゴブリンの胸元にほぼ全てが直撃した。

 

 小柄な胸元に同時に散弾が食い込んだ刹那、広がり、奥へ奥へと猛進する散弾は穴と穴の間に残る皮と肉を引き裂き胸元に開いた穴群を一気に大穴へと昇華させ、次いで流血を伴うよりも疾く、その小柄な身体の脊椎を砕きへし折り肉を散らす。

 

 あたかも急激なブレーキをかけられたかのようにその場でぐるりと回転し地面に叩きつけられたゴブリンの黄色の目は既にぐりんと上を向いていて、へし折れた身体の正中線と霧のように舞い上がった血煙はその存在が絶命していることを誰も目にも明らかにさせた。

 

 そしてティコは間髪入れずに、残るもう一匹へと照準を合わせようとする。

 しかし、斃れる仲間など脇目もふらず血眼となり驀進(ばくしん)していたゴブリンはすぐ間近にまで迫っており、即時に銃口の移動が間に合わないと判断したティコはとっさに地を踏み後ろへと跳んだ。

 

「大は小を兼ねるってなっ!」

 

 振りぬかれた剣先は空を切り、跳んだティコは地に足をつけ踏みとどまる。

 そしてゴブリンとティコ、両者が体勢を整え再び動き出した瞬間、ティコはゴブリンのリーチの向こう、短い手が獲物を振り下ろすよりもずっと早く先手を取る形でくるりと後ろへと振り返り、そのままに回し蹴りを叩き込んだ。

 

「ボギャグバッ」

 

 独自の言語をティコは理解できなかったが、それでも叩きつけたれた踵を粗末な木の盾で受け止めるゴブリンの目が、今なお攻撃的であることだけはティコの目にもはっきりと写っている。

 だが体格上、大柄なティコの回し蹴りの衝撃を受けきることの出来なかったゴブリンは蹴りを受けた盾ごと勢い良く鼻先を叩きつけられ、そのまま体勢を崩し転がっていく。

 

 ゴブリンはすぐさま起き上がろうと手を地面につくが、転がされたその先は不幸かそれとも狙い通りか、ナイフを引き抜いたバラッドが待つ木陰であった。

 ゴブリンの黄色い目が、バラッドの視線と一瞬交錯する。

 その目の中に一体何の感情が潜んでいたのか、それは分からなかったが、交錯した視線の先に待っていたもの、バラッドの視線はその瞬間だけは普段の温厚で礼儀正しい優男のそれを失い、命を張り獲物を狩る狩人のそれであった。

 

「はあっ!」

 

 喉元を突き刺した刃が引きぬかれると三度目の絶命の声は上がること無く、滑らかに筋繊維の隙間を切り裂き開けられた喉元からは肺からの空気が流れ出る血を押しのけ噴き出す不規則な音だけが鳴り、やがて三つ目の命が天へと昇る。

 

 それを見届けるまもなくティコは再びショットガンを木々の向こう、手の届かない距離で相対し弓を番え、今まさに射んとしているゴブリンへ照星と照門、それに連なる射線を合わせ、相手の正中線を捉えると引き金を引いた。

 

「正しい引きつけ、正しい頬付け、あとは・・・神様にお祈りだっ」

 

 水平二連バレルの片側が火を噴き、散弾が距離を経るに従い徐々に広がる。強いては着弾面積を拡大し続ける弾丸は今なお白いもやに包まれた空気を切り裂くと、ティコの54ヤード(50m)先、ゴブリンの顔右半分を主として右肩までに間隔を持って着弾する。

 衝撃は顔半分と右肩の筋、そして骨を砕き、番え引きあとは離すだけであった一本の矢は彼が斃れるのと時を同じくして放たれ、手近な木の幹に突き刺さりビィン、と箆を揺らすとその役割を終えた。

 

「残弾十分、形勢逆転たぁこのことだ!バラッド、奴さん隙はでかい、すぐに近づいて叩きこむぞ!次のアーチャーを俺が仕留めたらあの杖歩きの爺さん(オールドマン)は頼む!」

「はいっティコさん!もう毒を食らわばです!」

「意気やよしだバラッド!今日は飲むしかないな!」

 

 転がる屍体の血の臭い広がる空間、また木を背に隠れたティコはショットガンを二つ折りにするとトレンチコートの外ポケット、既成の内ポケットとは別に自前で取り付けた六つのうちの一つから12ゲージショットシェルを二つ引っこ抜き、順に薬室に押し込む。

 

 それからちらりと敵を伺った。

 

 知性的な装飾の裏からにじみ出る、そんな野蛮さを隠し切れない怒り顔を浮かべるゴブリンメイジは、それでもやはり魔法という高度な攻撃手段を持ちうる以上他に比べ知能に優れるのだろう、真横にいたゴブリンの弓師が斃れたことから敵の攻撃手段が自らを射程に収めていることを察し木陰に隠れる。

 

 しかしその横、ただ一人生き残ったもう一人のゴブリンの弓師はゴブリンメイジが隠れるのを目で追うが、更に弓を番えようと身を晒したままにしていた。

 いそいそと隠れた後、間抜けにも無防備なその姿を見たゴブリンメイジは彼に隠れるよう命令を下す素振りを見せるも(すんで)のところ、すかさず照準を合わせたティコのショットガンにより腹部へと散弾を受け絶命する。

 

 形勢逆転、もはや鎧袖一触といっても良かったのだろう、あっというまに孤立無援に追い込まれたゴブリンメイジを逃さぬとばかりに、ティコとバラッドが走りだそうとする。

 敵の攻撃手段は見切れる速度で、かつ多方向同時攻撃に対応できるほど器用でもない。装備は粗末なローブが一丁、手に持つ杖はせいぜいが自重頼りの鈍器で接近戦に対応できるものでもない、ならば追い詰めた獲物は狩るのが鉄則と、レンジャーと狩人が追いすがる。

 

 

―――それは驕りだったかもしれないとは、かけらも思わないまま。

 

「このまま追い詰めれば・・・っ!」

「待てバラッドッ!何かが―――」

 

 走りだすバラッドと、何かに躊躇し立ち止まるティコ。

 バラッドは掛けられた声でようやく気付き、はっと周りを見渡す。

 

 そして気付いた”異変”、中空にさも当然のごとく、悠然に現れた”渦”。周囲を覆う白いもやすらも吸い取り更に回転の勢いを増していくその”冷気の渦”の存在をバラッドは知覚した瞬間、ふと遠くに見える敵を見ていた。

 

―――ニヤリと、確かに笑う。

 

「そんな―――」

 

 瞬間、背筋に戦慄が走り、無意識の内に身体は”渦”に背を向けて走りだす。

 翻った視線の先で同様に、背を向け走りだす共闘者、”大やけどの男”。

 

 

 森の一角を、抱くようにブリザードが包み込んだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 パーミットの街、闘技場には併設された屋敷がある。

 

 円形闘技場に関わる業務を主にする、地球的に言うならオフィスや大切な興行資金を保管するための魔導金庫、魔獣討伐の催しを行うために雇われている召喚術師や係員の寮も兼ねているここは、闘技場が貝なら屋敷がヤドカリ、と呼ばれるくらいの比率でわりかし大きく、通路が繋がっていることも含め初めて訪れた者はついうっかりこちらを入り口兼受付、と間違えて入ってしまうことしばしばだ。

 

 ”業務棟”などと呼ばれるここの窓口は夕方ごろになると閉まり、正面扉が施錠され係員達が寮部分に戻ると内部には警備兵が巡回を始め、兵役や闘技場上がりの鋭い感覚、加えその闇夜に鍛えられた目と耳の前に侵入は困難を極める。

 

 公共事業としての要所として造られたこともあり窓や鍵に至るまで頑丈であり、加え闘技場OBの魔法使いが時折善意で魔法処理を施す、強豪の戦士が生活の安寧を求め衛兵に志願する、などを繰り返していった結果いつしか闘技場を差し置き鉄壁の要塞と呼ばれるようになっていたほど。

 特に金庫周辺の守りというものはどこにおいてもそうであったが街の風土上特に手厚く、度重なる魔法処理を施され、かつ鍵の保管に厳重な管理をされているために『古代竜と戦って生き延びるよりも難しい』と形容されていた。

 

 そんなものだから、未だかつてこの屋敷での盗難や破壊が内部の人間以外によって行われたケースはひとつもない、やれば捕まる、やりかければ見つかってから捕まるリスキーな怪盗行為に興じるほど街の裏に潜む悪党も無謀ではなかった。

 

 

―――そんな安全の文字を形にしたような場所に、今日も足音ひとつ。

 

 

「はぁ~あ、何でこの時間に”豪腕ペンドラゴン”の連中がいるんだか・・・」

 

 ため息も一つだった。

 

 適当に切りそろえた黒髪の上から湯冷めしないようにタオルをかぶり、寝間着を身につけ三階ある業務棟のまた三階、個室が並ぶ寮となっている廊下を歩くのは名をオーケン、齢の頃は成人してしばらくだろうか、闘技場に雇用されている召喚術師である。

 

 召喚術を扱うには最低でも陰魔法、加え各四大属性のどれかに適性のある人間に限ると狭き門戸であったが、幸いにも地と陰に適正のあった彼は少年期には既に召喚魔法を使いこなし、やがて常備軍か騎士、もしくは闘技場の術師となるかの中から人生の選択を強いられる。

元々あまり気力に奮う性質でもない彼は、晴れて闘技場所属の術師となった。

 

―――だが。

 

 彼はまた、ため息を吐く。

 思い出すのはつい先刻、公衆浴場に赴いた時の事だった。

 

 取水設備のあるこの街にはいくつかの公衆浴場が設けられているが、それも場所や時間帯によって客層がまちまちとなっている。彼の居住最寄り、闘技場付近の浴場となると闘技場参加者が主な客層となるのだ。

 

 これが彼にはたまらなかった。

 

 夜に酒が入ったり負け試合を演じたりすると些か問題を起こすことはあるが、参加者達も浴場では分をわきまえて他人にはちょっかいなどかけず、湯の温かみと疲れの抜ける感覚を楽しむに耽ることから大人しく地域住人達からの評価は良好である。しかしながら彼は闘技場の試合、演目において魔獣を召喚し使役する者であった、これがいけなかった。

 

 闘技場における召喚術師は、いわば”悪役”に徹するものである。

 

 それもそうだと、召喚された魔獣は戦士達と闘うが、魔獣が勝利をもぎ取っても喜ぶ者はいないのだ、同じ人間が魔の法によって生み出された怪異と闘い苦しくも勝利をつかみとる、その瞬間を観衆は求めているのだ。

 彼らは絶妙な判断力を持って戦士達がなんとか勝てる程度の魔獣を用意し、演目に華を飾るのが役割だ。だが当然戦士が膝をつき首を落とされることもあろう、だがそれが続くと魔獣は必然的に”悪”となってしまい、それを使役する者は当然同様の目で見られる、衣装のローブが黒基調のいかにもなデザインをしているのも拍車をかけていた。

 

 パーミットは闘士の街であり、住民の気質は筋肉と剣技を崇拝する趣が強い。魔法が忌み嫌われているわけではないが、範囲魔法を容赦なく叩きこむ”バーニング・シェスカ”のような例外あれど、基本的に魔術師の戦いはリーチ外からの攻撃であり正面からの力のぶつかり合いという華にいかんせん欠けるため、あまり好まれない。

 おまけにこの街は不定期に魔獣の脅威に晒されるものだから、魔獣を召喚する召喚術師はどうしても色眼鏡で見られてしまうのだ。これが魔法に造形の深い者だとすると、彼の使役術は『高度で、絶妙で、洗練されている』となるのだが、今のところ評価はまっぷたつだ。

 

 そんなものだからうっかり彼がこの街へ来て日が浅い頃、闘技場参加者たちの入る時間に入浴を済ましに(はい)ったところ彼はひたすらに弄られまくりの時間を過ごすことになったのだ。

 

 やの『次はもっと弱い奴を召喚してくれ』だの『本当に魔獣を制御できるのか』だの、自分も人を見る目がないわけではないから悪意で言っているのでないことは理解できたが、年の割に強大な力を持っている反面魔術に傾倒していた彼は身体はあまり鍛えておらず、さんざん細腕をネタにされたわけで正直あまり人付き合いがいいでもない彼には煩わしかった。

 それからは時間をずらし彼らのいない時間に入浴を済ますよう心がけていたのだが、運の悪いことについ先程彼はまた同じ轍を踏む羽目となったのだ。

 

「別に腕が太いばかりじゃ強さじゃないってんだ、お前らゴーレムもサンドマンも喚び出せないだろーっての」

 

 疲れを取りに行ったはずが、なぜか疲れて帰ってきた。娯楽の少ないこの世界において湯治にかける楽しみのウェイトは結構に大きい、奇妙な矛盾を抱えた感覚をどうしても捨てきれないオーケンは、もう疲れた、今日はもうただ寝たいのだと頭の中で訴えながら寮の一室、好んで借りた端の方にある部屋の鍵穴に鍵を差し込み回すとすぐに扉を開いた。

 

「あれ?」

 

 扉を開き住み慣れた自室の、本能的にとても安心できる匂いを堪能しようとした彼の嗅覚に、つい先程嗅いでいた匂いと同じものが感じられる。途端、ひゅう、っと短い風も頬を通過した、窓が開いて、外の匂いだった。

 

「窓開けてたっけか・・・?」

 

 彼の背中に一抹の緊張が走る。

 

 あまり人付き合いがいいわけでもないから、せめてもと戸締まりには気をつけているはずだった。

 習慣だからハッキリと覚えているわけではないが、出てくる時にも鍵の閉まりを確認したような気がすると、そう覚えていた。

 

「まさか、だよな」

 

 難攻不落と恐れられた業務棟も、王都の城塞などと比べれば大したことはない、だがその城塞でも近く盗難があったと風の噂で聞く。

 思えば自分はそれなり実力のあると自負する魔術師であり、召喚術師だ。稼ぎも他より良いが交友に使わない分、本や最近話題の”クラウン”を買うのに執心しているせいで部屋には金目の物が多い、他の部屋がどうだか知らないがそう同じようなところはないだろう。

 

 オーケンは後ろ手に扉を閉めると、一度窓の外を身を乗り出して見る。

 

 なんのことはない、一等市民区を囲う城壁と宵闇の森が広がっているだけの、面白みがあるでもなければ心を落ち着けられるでもない、いつもの不愉快な景色だ。彼はため息がちに窓を閉め、今度こそ鍵も締めると部屋の中に目を移した。

 

 一人にはやや大きい部屋だから、全てを見るのは時間がかかった、だが使い慣れた机、古ぼけた備品のソファー、足りなくなって買い足した本棚に水に漬けた食器、棚に並んだコレクションも記憶を手繰り寄せ、全てに目を通す。

 

「何も無くなってない・・・」

 

 棚にうっすら溜まったホコリはぴったりと置物の輪郭線に従って張り付き、何かを持ちだした痕跡も見られない。

 重く、両手でも持ち上がらない金庫は動かそうとした形跡もなく、鍵を開け中をのぞいても自分がつい昨日少しだけ財布に持ちだしたその時からきらびやかな金貨も、輝かしい銀貨も、慣れ親しむ銅貨の一枚でさえその数は変わっていない、魔道具の燃料補給に用いる安価な屑魔力石(バレライト)も、机の上の小箱に気まぐれに積み上げたその時のままを維持していた。

 

「やっぱ気のせいか、用心しなきゃな」

 

 何も物がなくなっていないことが理解できたとたん、オーケンは緊張を解いた姿になる。

 些か不用心であったが、今はなんとなく眠くて、ただベッドに飛び込みたいとただそれだけ願っていた。

 

 それでも最後に自身の商売道具、机の上にほっぽり出されたままの魔法の杖、さる行商人が王都の職人組合から買い付けたらしい属性処理済みバレライト(魔法石)が埋め込まれた、自身の貯金のほとんどを切り崩して買い取ったその宝物だけでも最後に確認してから眠ろうと、彼は身を削って机まで歩いて行き杖を手に取る。

 

 見てくれはいかにも荘厳で、芸術品のように緩やかな曲線を描いて削られた一本の木杖だ。

 両手で目の前に持って行き、くるくると回しながら異変や細工がないかを確認していく。

 

 

 ―――その時。

 

「お?」

 

 オーケンの黒の目が丸くなる。

 杖の胴、ニスの光沢が眩しいその一面に見慣れぬものを見つけたからだ。

 

 見てくれは至って普通の羽ペンで塗りつけた一文の文字列であったが、見慣れぬ、というのはつまり彼がその文字を読めなかったからである。

 標準語として使われる、角ばった書き方が特徴の文字とは違う、曲線や画数の少なさという印象が目立つ文字、滑らかで独特でひと目にも意味があるとだけは分かる一文、オーケンは思う、『まるで古代文字のルーンのような』だと。

 

 

―――途端。

 

 その印象と、再び湧きだした緊張感と戦慄を脳裏に抱かせた瞬間だっただろうか、オーケンの思考に大きなノイズが走る。

 両の手に杖は抱いたまま、立ち尽くしたまま頭の中でだけ眠りに落とされていきそうな、まるで誰かが心の中に服従を強いているような、そんな不可思議で不定形だが、けれども自身を打ち消し滅ぼすのではなくどこか包んで懐柔するかのような感覚が思考に伝播していった。

 

「ん・・・う、うぉ・・・」

 

 舌の動きすらままならぬほど追い詰められ、やがて自意識がぷつりと消えるのに時間はかからなかった。目の前が真っ暗になり、時間が経った感覚すら忘れてしまってただオーケンはその場に立ち尽くす。

 

 ほんの一瞬だ、一秒だったかもしれないし、彼は覚えていないからもしかすると一分くらいはそうだったかもしれない、意識を取り戻した彼は妙にクリアな頭の働きと共に身体の動きを再始動させる。

 

 抱いていたはずの眠気はすっかり消え、浴場の一件で余計に疲れたはずの身体もとても晴れやかな感覚を抱いている。

だが彼はそれに気づいていない、さも”最初からそうだった”かのように。

 

彼は思う―――そういえば、何をしていたんだったか。

 

「あれ?窓閉めて、金庫確認して、いつもの日課だよな?」

 

 疑問符を頭に浮かべ続ける彼は、うっかり手に持った杖を落としかけて慌てて受け止める。

 どこか釈然としない感覚を覚えていたが、結局よくあるど忘れや”何か記憶違いが起こった気がする”というたまにあるあれなのだろう、と納得すると、手に持った杖をくるりと回した。

 

 

 杖の胴には、見慣れない文字列が並んでいて淡い紫色の光を醸し出している。

 それに目を向けたあと、彼は机の上に杖を置き、一言つぶやいてからベッドに飛び込んだ。

 

 

「―――なんでもないな」

 

 なぜだか明日は気持ちよく起きられそうな、そんな気がして、彼は目を閉じた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「バラッド!しっかりしろバラッド!」

 

 駆け抜ける極寒の嵐が過ぎ去り、冬景色と見まごう様相を呈するように成り果てた森の一角で、身体の端々に氷を割った後の伺えるティコは腕の中の青年、髪や肌に霜を張り付かせ、ところどころに凍傷を負ったバラッドの身体を揺さぶっていた。

 

「くそっ、若いのにこの年寄りより早く先立つなんざ許さねぇぞ、待ってろよ、虎の子だがこれで・・・」

 

 意識を取り戻さないバラッドを冷たいままの地面に下ろしたティコは、手早く懐から一本の注射器を取り出す。形は独特で、ステンレス製の注射器に円形の残量メーターがついているだけの簡素な治療薬、”スティムパック”である。

 

 この注射器自体は内部の薬品を手の力で注入する、加圧点滴器材として使われるものであるが、何かと生傷が絶えないウェイストランドでは”Stim”、つまりStimulant(興奮剤)の名が指す通り、刺激剤などを詰め込んだものが一般的にこの名で呼ばれている。

 

 この薬剤、長年の研究により戦後開発されたものであるが、恐るべきことに最もメジャーに使われる製品は鎮痛効果だけでなく止血効果ももたらすため、ある意味”即時に傷が治る”かのような感覚を使用者に与えることでも知られている。

 もちろん効果は効果だけで、実際に傷が治るわけではない。だがこのスティムパック、これだけの効果をもたらす薬剤を詰め込んでいるのに関わらず催眠、眠気の誘発のような効果をほとんどもたらさないために、時折傷が治ったと勘違いした素人が意気揚々と戦線復帰し天に昇る、といった事態が頻発するところが罪作りであった。

 

 しかしながら治癒促進の効果も確かに高いというおまけまでついており、戦地で使われるのみならず医者も術後の患者にこれを打ってあとは見守るだけ、逆に医者の不養生の際に医者が自分に打つといった場面がウェイストではちらほら見られるために、最近広く広まった製法と相まってウェイストでは無くてならない存在となっていて、それは弱りゆく身体への気付け薬として最適だった。

 

 ティコはバラッドの袖の氷を割ってからまくり、スティムパックの針の先端から薬剤をピュッと地面に垂らした後バラッドの腕を握り血管を浮かせ、手慣れた手つきで静脈に滑らせていく。実際に自分に打ったことも数えきれなかったため、慣れていた。

 

「ッ!・・・うう、ティコさん?ぼ、僕生きてる・・・ッッ!?あ、足が・・・それに針を腕に!?一体・・・」

「喋んなバラッド。スティムだ、直に楽になる、だが痛みがなくなるからって無理に立とうとするなよ、薬は便利だが万能ってわけじゃあないんだからな・・・まあ酒は俺にとっちゃ百薬の長だが。後は俺に任せてここでじっとしてな」

 

 指に力を入れ、背後の冷気を気にしながらもゆっくりと薬剤をバラッドの身体に投与していく。

 血が抜けるときの、自身の持つ温かさが魂が抜けるように消えていく感覚とは真逆に、自身の身体の中に冷たさが流れ込んでくる不慣れな感覚にバラッドは一瞬身震いしたが、優しく腕を持つティコと目を合わせ素直に受け入れるとあとは身を任せる。

 

 やがて注射器が引き抜かれると、ぽたり、とバラッドの赤い血が一滴地面へ落ち、染みこむ。

 ティコは自身のトレンチコートを脱ぎ捨て畳み、バラッドの頭の下へと敷いた。前を開けているために普段からさらけ出しているコンバットアーマーとは別に、腕や肘に設けたプロテクターが露となりすらっとした雰囲気になるも、身体からひしひしと湧き出る威圧感は失っていなかった。

 

 

「―――さて、これでフェアって言うなら、俺は手加減一切ナシだぜ」

 

 そばに置いたウィンチェスター・ウィドウメイカーを担ぎあげると、ゆっくりと立ち上がりティコは振り返る。

 視線の先では魔法の行使をしたゴブリンメイジがいたが、これだけの破壊をしてなおティコを警戒している様子を見せるように、木の裏に隠れじっと顔だけを木陰から見せていた。

 

 ティコはヘルメットの下で笑い顔を浮かべると、口を開く。

 

「まあそうシャイになるなよ、男同士が面向かい合ってたった今から死合おうってんだ・・・あーいや、メスか?あー、さっき熱烈に見てたのはそういうことか!いや悪いなぁ、俺も大概バケモンかも知れねぇが、流石に小人のバケモンとハネムーン行く趣味はなくってな、悪い悪い」

 

 恐らく言葉は通じていないと、ティコも分かっている。

 でもこの”ペース”こそが自分を奮いたたせる何よりのものであると、冗談を言う口の回りが自身のアイデンティティのひとつであると自覚していた。例え不利な状況でも、相手のペースに乗せられることは死への道が開けることを意味する、いつだって、自分の”ペース”を作ることが戦いに重要だと考えていたのだ。

 

 そして正直なところ、彼には現時点で”策がなかった”。

 あたかも遮蔽物越しに強力な爆弾を打ち込める相手に対して銃一挺、マンツーマンに丁寧な戦いは正直分が悪いし活路が見当たらない、だが独自とはいえ言語を用いる相手、喋っている間、警戒し逆に攻撃の手を休めてもくれている、彼は喋りに喋ることで時間を稼ぎ、口が回っている内に”考えていた”。

 

「俺はティコ、レンジャー・ティコだ、お嬢さんお名前は?ん?あらつれない、じゃあ丁度いい、ネーミングセンスには自信があってな、チビミュータントは申し訳ないから俺が名前をつけてやろう・・・そうだ、ピーターパンなんてどうだ?耳が長くて、緑だしな」

 

 

 ―――せめて、近寄ることだけでも出来れば、射程に相手を収めることさえできれば―――

 

 本当の意味でフェアになれるのにな、とティコは臍を噛み、いくつかのプランを頭に浮かべていく。話す舌に勢いは更に増し、ついには無防備にポケットに手を突っ込んで――― そこで、手に何かが触れたことに気付き、引っ張りだす。

 

「これは・・・」

 

 何の変哲もない、一枚のハンカチだ。

 自身を慕ってくれる可愛らしいお嬢さんが自分のために街まで行って買ってきてくれた、威圧的な自身の風貌とは裏腹にファンシーな花柄のハンカチ、アイロンがけの痕が初々しく丁寧に折りたたまれたそれは、ティコの手に小さく収まった。

 

 ―――途端、ティコの脳裏に逆転のプランが浮かぶ。

 

 新たに産み落とされた発想がヘルメットの内側で覚悟に決めた心を燃やし、白く霞む冷気の中凍えかけた身体を奮い立たせる。

 ポケットにすっぽりとハンカチが収まると、ティコは肩に乗せていたショットガンをぐるりと回し手に取り、その瞬間、手に構え引き金に指を掛けていた。

 

「スタートだ!フライングには気をつけろ!」

 

 ゴングを鳴らすように鈍い発砲音を響かせ散弾を二発続けて打ち込むと、ゴブリンメイジの隠れていた木の洞が引き裂けるように弾ける。触発されたゴブリンメイジも負けじと氷弾を打ち込むが、警戒して杖だけを出し打ち込んだ弾はティコの隠れる木にかすることもなく空気に白い尾を引いて飛び抜けていき、どこか知らない木の肌に食い込むとたちまちに氷結させた。

 

 ティコは手早くリロードを済ませると、ゴブリンメイジが顔をちらりとも覗かせないようにゴブリンメイジが動くたびに弾を惜しみなく打ち込み続ける。両者の射程は拮抗していたが、既に構え狙い、かつ見てから回避に余裕のある氷弾よりも遥かに高速で範囲も広いバックショット散弾の方に射撃戦の状況は傾いていた。

 そうするとやがて、お互いに動かず頭だけで算段をつける時間が訪れる、睨み合いだ、ティコはリロードを終えた銃を構えかたときも動かず、ゴブリンメイジも手に持った杖を抱えるように胸に抱き木を背に冷や汗を垂らしていた。

 

 

「イジィノン!」

 

 やがてしびれを切らしたらしいゴブリンメイジは、木の裏に完全に引っ込むと杖を手に周囲のマナを一手に集め始める。

 

 杖とは強力な魔法を行使するにあたって魔術師が使う媒体のようなもので、使用者の身体を通って行ったマナを先端に埋め込まれた魔石バレライトに集積し、やがて解放するといった性質を持つ。

 バレライトはゴブリンメイジが大気から集めたマナを吸い上げ氷の属性を示す薄氷色の光を放っていき、徐々に強くなる光はほんの十数秒ほどした後、ティコのほんの10歩、目と鼻の先に渦を巻く冷気を再び出現させた。

 

 広域を凍結し尽くすブリザードが再び放たれれば一帯はペンペン草も残らぬ禿山となり、既に凍り落ちた葉の間から燦々と降り注ぐ陽光はかっと生き物を焼き照らす日差しとなるだろう、冷気の渦は既に先に叩きこまれ、周囲の破壊に尽力したマナの搾りかすを吸って以前よりも数段早く大きさを増していく。

 

 明確に、迫っていく脅威にティコは―――

 

「あいにくと待ちくたびれてな!」

 

 冷気の渦が炸裂するよりも早く、ティコはショットガンを折り曲げるとショットシェルを引っこ抜きポケットから、また別のショットシェルを抜き取ると”片方にだけ”差し込み銃を戻す。

 

 手早く、スムーズで、無駄のない一連の動作でティコは再び銃を構える。

 だが狙ったのは敵ではない、白く濁る大気を吸い上げ、増幅し続ける冷気の濁流だ、ティコは照準がそれを捉えて離さなくなったのを感じると引き金を引き、弾けだす”炎の龍”に全てを賭けた。

 

 

“ドラゴンズブレス弾”

 

 ショットガンの弾薬というものはショットガンの立場上数多く存在し、ティコもショットガンを持ち出す際はスラグ、ビーンバッグ、バックショットと常多くの弾丸を持ち歩くようにしているが、その中で恐らく最も使われない弾丸があるとしたらこのドラゴンズブレスであっただろう。

 

 散弾や大口径弾とは違いマグネシウムペレットが封入されたこの弾丸は、発射時の火花によって着火されたマグネシウム、強いては爆炎のように噴き出す、あたかも”竜の吐息”のような燃焼剤を銃口からはじき出すものだ。

 

 射程はせいぜい100フィート(30m)、破壊力は皆無と言ってよく、かつシェル内の燃焼剤が燃え尽きるまでに3,4秒の時間を要するために連続発射もできなければ、ティコの愛銃ウィンチェスター・ウィドウメイカーのような水平二連式だともう片側の弾薬が暴発する危険もある。

 おまけに値段が張り、一発撃つごとにサンドイッチ二つ(5ドル)が消し飛ぶのだから安月給の兵士にはたまったものではない、そんなものだから戦闘には持ち出されず、せいぜいパーティーグッズや派手好きの享楽用として細々と生き残る程度でありウェイストランドでも銃器製造メーカー、ガンランナーが時を経て発売したもののあまり入荷数は多くなかった。

 

 一方で燃焼効果は確かなものであり、うっかり被弾しようものなら付着したマグネシウムが暫くの間身体を業火で焼き続けることになる。

 弾自体も高熱を持って襲いかかり、竜の吐息は燃える正義の剣をリーチの外からめらめらと焼きつくすのだ。

 

 傷つき倒れたバラッドは、対になる火の力を打ち込めば氷の魔法は止まると、そう言っていた。

 だから―――

 

 

 ゴブリンメイジは、突然の事態に気を動転させていた。

 

 自身が使える最大の魔法、短い寿命のほとんどを費やし開発に尽力し、ようやく手に入れた魔法の杖によって実現叶った氷結の嵐は、目の前でとめどなく広がっていく真っ白な霧となって顕現していたからだ。

 

「デネッファッ!タッ!」

 

 未曾有の事態への理解が、自身の頭脳の理解を越えたことに悪態を口にする。

 白い霧がただゆっくりと広がっていくことが、ブリザードが発生することのなかったことを物語っていた。

 

 今まで隠れていた木陰から身を出し、広がる霧の中目を細めて敵の姿を探す。

 すると、霧の中にほんのわずかに影が見えた気がした。

 

「ロ!エレッ!」

 

 そこか、ととっさに口にし杖を向ける、だがならば相手もこちらの影が見えているはずだ、瞬間飛び退いたのだろう、霧を押しやって右へと向かった影に杖の向きを合わせ氷弾を飛ばした。

 

 刹那、氷弾が通った後の霧が晴れ、”影”の姿が顕になる。

 ゴブリンメイジは驚愕した、その場所には何もない、転がっていたのはあの難き赤い目の男――― 奴が携えていた魔法の杖であったからだ。

 

―――ならば!

 

 再び今度は左へと飛び退いたのだろう、先程よりも小さいが霧を押しのけたそれに向かい、今度こそと渾身のマナを振り絞った氷弾を叩き込む。

 氷弾が炸裂した音と風が飛び散り、霧が晴れると―――

 

「タッ!?」

 

 ゴブリンメイジは目を疑う。中空で凍っていたもの、それは赤い目の男などではなく、一枚の一枚の布切れ、花柄のハンカチとその中にぎっしりと詰められた赤い短筒であったからだ。

 

 ならば―――ッ!

 

 正面、更に迫り来る影に向けて、ゴブリンメイジは杖を振るう。

 だが不発だ、すっかりマナを撃ち尽くしていた杖と身体は、魔法の行使を不可能としていた。

 

 なぜ、そんなはずはない。

 ゴブリンメイジは奥歯を噛み締めながら思う、だって自分は、一番頭のいいゴブリンなのだから―――

 

 

「ハロー、ピーターパン!」

 

 ティコは地を滑り霧を抜けると、目の前で虚を突かれたようにすっとんきょうな顔をしていたゴブリンメイジの鼻先に腰の大型ピストル、レンジャー・セコイアを突きつけ、撃鉄を起こしたその瞬間にトリガーを引き弾丸を弾けさせる。

 

 45口径ライフルカートリッジの威力は拳銃弾よりも遥かに大きい、顔の中心に穴を穿たれそのままどしゃり、と地面に倒れたゴブリンメイジの表情は既に分からず、ティコは深く息を吸って吐いて、気を落ち着かせるとゴブリンメイジの傍らに落ちていた杖を拾い上げた。

 

「ここまで来て手ぶらは辛抱ならんからな、戦利品だ、今夜の酒代くらいは貰う」

 

 ピストルをホルスターにしまい、目眩ましに放り投げたショットガンも拾い上げるとスリングベルトを通して背負い、続けてその反対側、地面に無造作に転がり、受けた日光で少しずつ氷結を解かれ始めていたショットシェルと花柄のハンカチを拾い上げに行った。

 

「うっへー、ショットシェル8発も無駄にしちまって・・・もう使えんなこりゃあ、嬢ちゃんに貰ったハンカチももうバリバリのクリスピーピザだ、後で謝らんとなぁ、年頃の娘のプレゼントなんて滅多に貰えるもんじゃないから残念だ」

 

 ショットシェルはジーンズのポケットにねじこみ、ハンカチも無理やり折り曲げるとそれでも胸ポケットに入れる。

 それからティコはもう一度だけゴブリンメイジの死体に目を向け、会釈を別れとすると離れたところで横になっていたバラッドの元へと駆けつけ、彼の肩を持ち立ち上がらせるとトレンチコートを肩に乗せた。

 

「終わったぜバラッド、こいつを売り払って今夜はあの大男達と豪勢に卓を囲もうや」

「はは・・・まさか本当に一人でやってくれるとは思いませんでした、僕なんか置いて逃げても良かったのに」

「戯言は怪我を治したあとだ、ほら掴まれ、歩けるか?」

「すいません肩借ります、帰ったら役所にこのことを報告しないとなぁ、ゴブリンの生息域の拡大にブリザードを使うゴブリンメイジ、これから街が騒がしくなるかもしれませんよ」

 

 燦々と、葉葉の隙間から光が降り注ぐ朝の森。

 まだ一日は始まったばかりであったのに、彼らは――― 一日分生きた、そんな気がして仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
参考なまでに

"エルメス"

ポセイドン・エネルギーと国防総省が共同開発していた次世代アーマーという設定で、ボツ作品の3ことヴァンブレンに登場する予定だった。
パワーアシストが無い代わりに重量低減やパワーアーマーばりの強度を持たせようとしていたとか。

アイコンにゴーグル付きヘルメットがあったり性能を見る限りでは、正式にこの設定が本編に受け継がれて出来たのがNVの強化コンバットアーマーと思われる。

しかしながら公式のNCRレンジャーがピストル構えてるイラストの無線アンテナ部分を拡大してみると"H3RM35"=HERMES と書かれていたり、レンジャーコンバットアーマー自体背中の機械がパワーアーマー路線で開発されていた頃の名残ということらしいので、こちらにもエルメスアーマーの要素があるのでは?と考えこの設定を採用。

なおヴァンブレンにはエルメスというロケットを飛ばすクエストが予定されていたとか・・・。
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