「っあ~・・・まだかよっ、待ちくたびれた・・・」
小部屋の隅にあくびひとつ。
時間は午後一時を回り闘技場の演目は午後の部が始まった時間、円形に造られた建物の一室に設けられた選手控え室は出場者のニーズとコンディション維持に応えて手広く、一角には転がったダンベルが、一角には擦り切れた本棚が置いてあるなど思い思いに時間を潰すのに調度良かった。
マットの上では筋肉質な益荒男がストレッチで身体を伸ばし、端っこの地べたの上では細身の剣客があぐらをかいたまま精神統一を図ってもいる。
一試合一試合の長さや前座の曲芸のアンコールなどによって闘技場の演目は、午前中の新人同士での華のない打ち合いから午後の熟練者同士での激戦を経て、夕方ごろに終わる時間を前後させる。よって出場者は当然自分の手番が訪れるまではこの控室に押し込まれ、時間を潰すに耽るのだ。
身体から覇気を纏わせる戦士からちんちくりんなお嬢ちゃんまで、十人十色の出場者が集まり時間をつぶす控え室、構内の内側に配置されているにも関わらず魔道具の空調のお陰で春夏秋冬快適な気温が心地よい眠気を誘うこの場所において、端に設けられた卓を囲むのはシェスカ、フラティウ、バラッド、そしてスクライブ・ロイズ。
現闘技場トップチームのホームスペースだった。
ロイズの以前に闘いを演じていた”黄金盾のティリウス”の代わりとして身を投じた彼を最初は訝しむ目で見る者もいたが、ここのところの奮闘においてそのパワーアーマーの重厚なフォルム、そして何より出で立ちが騎士然としているにも関わらず剣を持たず拳一つで闘う彼の豪快さに目を奪われる者が後を絶たなくなり、いつしか闘技場のニュービーとして暖かく迎えられていた。
「今やってんのは豪腕ペンドラゴンと鉄壁テストードの連中だったかしら?まあ脳筋大男のウグストがまた一人だけ残って大立ち回りしてるんでしょ。最強の矛と最強の盾って煽り文句あるみたいだけど、お互い決定打がないもんだからあの二チームがやりあうと泥仕合になるのよ」
「前に自分たちが戦ったこともあるんだけど、シェスカの炎壁に焼かれても平然と立ってるくらいに頑丈な人でさ、力だけならフラティウさんよりも強いから本当に手強かったよ。僕?僕は・・・恥ずかしながら途中で退場しちゃった、あの人のハンマーほんとに速くてさぁ」
ため息をつきながら言うシェスカは、背もたれに背を預けながら手近なポットからお茶をカップに注ぐと一口飲む。バラッドの方は思い出した記憶が苦いものだったのか、頭の後ろを掻きながらあはは、と苦笑した。
談笑に時間を費やす傍ら、ただじっと座って待つフラティウ、一見おしとやかに見えるも隠し切れない暇オーラがにじむシェスカ、擦り切れた本棚から適当な本を拝借して読みふけるバラッド、各々の時間の潰し方もまちまちだ。
一方のロイズは機器メンテナンスなど、集中できるものがあればいくらでもその場に座り続けられるタイプの人間であったが裏を返せば何もない状況下でひたすら待つ、といった行動は精神的に苦手な男でもあったために、既に経過二時間、それがもうしばらく続きそうだと聞いて顔を苦くするとテーブルに突っ伏した。
「だりぃ、ねみぃ、暇ぁ・・・」
「だらしないったら、待つ時間も優雅にするのが貴族たる所以――― あっ、別にアンタ騎士ってワケじゃなかったわね!ナリだけそれっぽいけど!まあどうせ今日の試合もフラティウ様がちゃっちゃと片付けちゃうんだから期待してないわよ”白銀闘士”くん!」
「あーっ!その呼び方やめろって!なんだかこう・・・ムズムズするっ!」
流し目にロイズへ目を向け言うシェスカの言葉に、ロイズは背中が痒くなる感覚を覚える。
白銀闘士、というのは闘いに熱狂する観客達からロイズに贈られた二つ名であり、全身を覆う白銀色の鎧、剣を持たず徒手空拳を武器とするスタイル、そして見てくれが王都の騎士のようである反面戦い方はまるで拳闘士のようであることからある日を境に呼ばれ始めていた。
不沈艦、野獣、暴走機関車、地球上でも高名な競技者には得てしてそのイメージに合ったキャッチフレーズが贈られるもので、フラティウは”黒の剣士”、シェスカは”バーニング・シェスカ”、バラッドの方にも”ウィップローグ”といった二つ名がつけられており、往々にして呼ばれ慣れていた。
「なんかこう、褒められ慣れてねーっつーか、ぞわぞわするっつーか・・・あー痒い痒い!」
「じきに慣れるさロイズ、我は世界を回って様々な栄誉を手にし賞賛には慣れていたが、それでも最初の頃は鼻の下がむず痒かった」
ロイズはぞわぞわと背筋を登ってきた痒みに耐えかね背中に手を突っ込み掻こうとするが、いかんせんパワーアーマーがぴっちりと着こなされているために手が入らず彼はこの微妙な手の届かなさに苦しむこととなり、ついには身体だけを動かして申し訳程度に背中を掻く奇天烈な様からシェスカはお澄まし気味の姿勢を途端に崩して大笑いする。
ひとしきり笑われたあと、ロイズは一息ついた。
痒さはマシになったが、それでもまだ暇は襲ってくるのだ。
「本でも持ってくるんだった」
「あら以外も以外、てっきりその手のモノには興味ないタイプかと思ってたけど、何読むの?」
「ん?オレはえーっと騎士物語とか指輪物語とかの・・・」
顎に手を当て、よく思い出すようにロイズは視線を斜めに向ける。
ひとしきり考えたあと、彼はシェスカに向き直った。
「ファンタジー」
「え?」
「ファンタジー」
「えっ?」
二度目の言葉のあとにはシェスカの真紅の目がまんまるになり、次いで沈黙が訪れる。
しかしやがてくつくつと絞りだすような笑い声が響いていき、それはシェスカの動きに合わせて一気に大きくなっていった。
「アッハハハっ!うっそでしょ!?そのガラでファンタジー!?あっはっ!英雄譚に思い馳せてるってこと?自分を投影しちゃったりして!ヒロインは誰?あの銀髪エルフ?それとも赤毛の先祖返り?やー、ろりこーん」
「うっせー!別にオレが何読んだっていいだろ!だいたいファンタジーの何が・・・待てよ、こっちのファンタジーの定義ってなんだ・・・?」
「僕も子供の頃は呼んだけど、ドラゴン退治の英雄譚とかそういうのじゃあないかな?まあドラゴン退治なんて軍隊が出張ってやるもんだし、今眠ってる紅龍に至っては追い返されても退治されたことがないからよく題材に使われてるけど」
「えっ、じゃあSFとかってないのかよ・・・?」
「えすえふ?なにそれ?」
ファンタジーがこの世界での現実を題材とするなら、対になるサイエンス・フィクションの如何を問う答えにそもそもその概念が存在しないことを突きつけられ、ロイズはそこはかとなく落ち込んだ気持ちになる。
科学技術が進んだウェイストランドでも、未知の空想領域に関する探究心は尽きないのだ。
特に彼としては、いないことがわかっていてもつい憧れてしまうエイリアンが、地球人と指先でコンタクトを取るようなタイプのSF小説にも食指が伸びる性質だった。
「字ィ全部覚えたらテッサの本借りて読み漁ってみようと思ったけど、なんかこの世界の本ってジャンル狭そうだな・・・」
「ジャンルが何か知らないけど、この世の本を全部読むなんてできるわけないんだしべっつにいいじゃないの。あたしのお爺ちゃんも70超えてるし人生結構長いわよ、アンタも何か他に目標持って生きなさいよ、向上心無くしたらダメよダメ!」
「ってもよー・・・」
顎に手を当て、考える。
体を鍛えるのは日課であるし、本を読むのは趣味だ。
知識の向上は現在進行形で、いずれ去りゆくこの世界で何かなりたい職業があるでもなく、成し遂げたい夢を抱いているでもない。日々の生活は日銭の獲得と持ち込んだ物品の管理、この世界を去るための情報収集と、それから疲れを癒やし明日へ備えることに終始する。
思えば他の目標が持てないというよりは持つ必要がないというか、他にやることが多いのだ。
向上心は十分ある、片手間にできる趣味とあわせて読書が該当しただけだった。
「そうは言うけどよ、お前の方はどうなんだよ」
「んー?あたしの何がどうしたっての?」
「なんつーか、お前結構いい身分してるんだろ?何でこんなトコでこんなことしてんのかってよ」
「前にも言わなかったっけ?それとももう忘れちゃった?頭小さいわねえ」
自然に挑発するシェスカの言葉にロイズはぴくりと反応するが、抑え膝に手をつく。
シェスカの方は唇に指先を当てながら少し考える素振りをしたあと、ぴんと指を立てた。
「まあ教えてもいいかしらね、別に聞いてなんになるでもないし、あたしの将来の伝説を口伝してくれるなら許すわ」
そう言うとシェスカはテーブルに置かれたカップを取り、皿に置かれたクッキーをひとかじり、お茶をすすって口の中で柔らかくなったクッキーを流し込むと、隣で頭の後ろに手を組むロイズへ目線を向けた。
「一番はフラティウ様についてきたってのがあるんだけど・・・別の目的があるのよ、おじいちゃんのやったことのないことを、おじいちゃんより先にやり遂げたいってこと」
「お前の爺さん?・・・あー、テッサやちみっ子が言ってた」
「ヴェスヴィオス・パレ・ガイウス!あたしのお爺ちゃんで”炎神”、”一人戦略兵器”、それから”竜焚き”!二つ名上げてきゃキリがないわほんと!国王代々召し抱えるガイウス家が誇る歴代最高の炎の魔法使いで国家の防衛戦力の中核!自慢のお爺ちゃんよ」
言葉通りいかにも自慢げ、といった様子で鼻高々に、あたかも自分を紹介するかのように話すシェスカを横目に、ロイズが更に並んだクッキーを取ろうとするとシェスカがすかさず彼の手を叩いて弾く。
これはシェスカが自前で用意したものであり、フラティウが手にとって食べていてもロイズに取る資格はないのだ。はたかれた手をおさえて恨めしげな視線をシェスカに送りながらも、なんだかんだ道理は通っているので反論できないロイズは口恋しさを覚えながらも引き下がる。
口恋しさというと時折彼の相棒がガムドロップを薦めてくるのだが、測れば測るほど微量の放射性物質を保有しているので彼は口にしたためしがない。
というより、でかでかとパッケージに放射能マークが書かれている上”
「でもよ」
ロイズがカップにお茶を注ぎ、飲んでから言う。
今度は弾かれない。
「そーいうことならお前そのまま家にいりゃいい生活できたじゃねーか」
「だってそんなのつまらないじゃない?」
「は?」
すっとんきょうな声を上げ、頭の後ろに組んだ手を解くとロイズはシェスカに身体を向けた。
「このまま魔法に傾倒していって、ゆくゆくは王様に召し抱えられていいお屋敷に住んで毎日美味しい物だけ食べて、戦争や領地の問題が起こったら焼き払って!それじゃあお爺ちゃんの背中を追いかけてるだけで超えられないわ、それに――― ありきたりで、つまらないもの」
片手で空を仰ぎ、シェスカは話を続ける。
「学院にいたころからずっと思ってはいたのよ、家柄とか血筋で決められた道を歩むってなんだか退屈だって。だからフラティウ様に惚れ込んだときに追いかけて行って、それからはずっと。それにお爺ちゃんも言ってくれたもの、自分の信じたままに生きるのが、やっぱり一番楽しかったって」
「思えばシェスカとも長いな、我が二年前に装甲悪鬼を切り伏せて以来か・・・」
「なのにフラティウ様、一度も手出ししてくれないんだもの、たまっちゃうわー」
「・・・せめて、もう少し大きくなろうなシェスカ」
苦笑い混じりに言うフラティウと、隣で苦笑するバラッド。
一人置いてけぼりにされたロイズはこめかみをポリポリと掻いた。
「そんなんだから、あたしの伝説はまだ始まったばかりってわけ!闘技場を制覇して、いつか紅龍だって仕留めてみせるわ!感謝しなさいよあんた、あたしが将来王国に名を轟かせたらあたしと一緒に戦ったあんたは行く先困らないわよ」
「居着く場所なんて生まれた時から決まってら、B.O.Sとロストヒルズ、以外に帰る場所なんてねーよ」
「そういえば気になってたんだけどロイズ、君の言うそれって・・・」
バラッドが言いかけたその時に割りこむように、バタン、と控え室のドアが開かれる。
入ってきた闘技場職員は扉から半身出したままきょろきょろと控え室を見回すと、隅でいっせいに視線を送っていたロイズら四人と目を合わせ、続けて歩み寄った。
「ああ、よかったお揃いで、”紅炎の黒刃”の皆さん、先の試合が終了したので準備の方をお願いします」
「おお、もうか、ウグストでも鉄壁テストード相手には分が悪いと思ったのだが、どちらが勝利したかな?」
「それがどっこいウグストさんが隙を突いて得意の獣化で一気に蹴散らして逆転ですよ、あっさり終わりすぎたもんですから観客も不満が溜まっちゃってます、早いとこ行ったほうがいいかもしれませんよ」
それだけ言うと、一礼し職員は扉を開けたままとてとてと退散する。
フラティウはぐっと背中を伸ばすと、傍らで離れるものかとばかりに足元に吸い付く巨剣ベルセルクを見て、頭の上に手をかざす。
フラティウのその動作に呼応するかのように巨剣は中空に浮き、器用に柄をフラティウの手におさめると彼はそのまま担いで歩き出す、その実にファンタジックな様にロイズはひそかに目が輝いていた。
それに続いてシェスカ、バラッドと立ち上がって出口扉に向かうのをロイズは見送ると自身も立とうとするが、そこでちらりと残されたクッキーを目にする。
彼は出口扉にもう一度視線を送ったあと二、三枚口の中に押し込み、それから重くなった腰を回してほぐすと彼らの後に続いた。
「ねえあんた」
「どうしたよ?」
「クッキー代は後できっちりね?結構するのよ、一枚銅貨二枚・・・いや三枚、四枚だったかも!」
「こっ、このごうつくばりの胸ペタッ!!」
「アンタが悪いんでしょ!この暴食童顔!」
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闘技場のフィールドを大きく占める、機械技術に頼らずにも精巧な50m四方を描く白色のステージは、その魔術装置としての機能で地脈からマナを吸い上げ、溝に沿って青白い燐光をほのかに漂わせている。
舞台の準備が整ったことの示し、闘いが始まることの合図なのだ。相互に相対する赤と青の門、青に先んじて赤側から闘いを演じる役者、四人の戦士が舞台の傍らに歩み寄ると共に観衆のボルテージは一躍熱狂し、ただでさえ静まらない闘技場に歓声を響き渡らせた。
「おうい、相棒!」
「お?」
ここ二ヶ月近くですっかり聞き慣れた声。
彼を相棒と呼ぶ男の声が響いた気がして、ロイズは後ろを振り返る。
やや目線を上に上げた場所には最前列に少し広めにとられた貴賓席をまたいだ場所、およそ前から二番目のエリアに位置する平民には絶好のポイントにでんと構えるティコと、彼を挟むようにして座るテッサとアルが手を振っていた。
「珍しく今日は全員で見に来たぞ相棒!お前にチップは全賭けしたんだ、負けたら承知しないぜ派手にやってやれ!」
「ロイズさんがんばー!今日のおゆはんはみんなで外にしましょー!」
「おいグール!仕事はどうしたとうとうヒモになる気かよ!」
「んなもん今日は休みだ休み!有給だ有給!たまに相棒の活躍も見に来れない甲斐性なしなんざ男が廃るってもんだ!」
意気揚々と叫ぶティコと、かわいらしくも器用に拵えたらしい、B.O.Sマークの刺繍された手製の旗を振るアルに戦いに臨む緊張をほぐされた気分になり、腰に手を当てロイズは苦笑しながら軽く手を振り返す。
そうしているとアルとティコを挟んで隣に座っていたテッサが立ち上がり、いつもの青色ワンピースの裾を揺らしながら通路を移動、あろうことか堂々と貴賓席を通って観客席のへりに身を乗り出した。
あまりに堂々とした振る舞いと、それでも欠けることなき美麗さ、そこから醸しだされる敵意の感じられなさは貴賓席の有力者達とその護衛ですら動きを止め、彼女の動きをただ目で追わせるのみとなる。へりに身を乗り出した彼女はロイズに向かって微笑むと、手を振った。
「やあロイズ!見に来たよ、君が強いことはよーく知っているさ、ボクも期待しているよ、健闘を!」
青い目が優しく細められ、口元もゆるやかにカーブを描く。
身体はスレンダーで、見た目幼さが残る、でもなんだかんだ言えどテッサは美人で、微笑みは財界人の目にも適うくらいに宝石的な輝きを持っている。そこにこの胆力というか、肝の座りというか、そんなものがあるのだから手がつけられない、無敵だ。
普段は気にならないし、別に好意ではないのかもしれないが、職業柄元来女性関係には疎いロイズはどうしてもこういったここぞの場面では、見た目齢の近いテッサの無意識的な笑顔には気恥ずかしい気持ちになってしまい顔を横に背ける。
背けた先で同じようになんだか気恥ずかしい気持ちになっていたらしいバラッドと目が合い、なんとも言えぬ気分になった彼は、銀髪の罪作りなエルフを心の中でひっそりと呪いながらまたふいと目をどこかへやった。
そんな彼を横目に見ながら、身長六尺半の大男、フラティウは苦笑し口を開く。
彼は図体の大きさと厳つすぎる顔つきのせいで慣れない者には笑顔が笑顔と見られないなどということがたびたびだったが、しばらく付き合っていたロイズには彼の微細な表情まではともかく、大まかな感情を読むことは出来た、あとは言葉なのだ。
「ロイズ、君も随分慣れたものだな、最初の頃は前も見えずに転んでいたものだが」
「恥ずかしいこと思い出させないでってのフラティウさん・・・オレだって一応立派にB.O.Sのスクライブなんだからよ、いつまでもアガってるわけにゃ行かないって。それで、今日の相手って」
「ああ、いい経験になる・・・来るぞ」
そう言い視線を相対する方向、寒色系がそこはかとなく”悪役””挑戦者”的なイメージを抱かせる青色の門に向けるフラティウにつられて、肩を回しながらロイズも目を向ける。
背景には司会のやかましいまでの煽り文句が飛ぶが慣れたもので、適当に手を振って歓声を盛り立たせたあとようやく、薄暗い門の内から今回の”好敵手”が現れた。
「・・・一人?」
「一人で十分なのだ、そう言うルールだからな」
ゆらり、ゆらり、とゆっくり歩く黒いローブの男。
全身黒一色に不可思議な文様の描かれたローブは魔術的な要素を兼ね備えた逸品であるのかもしれないが、なるほど本当に悪役然としている、といった印象を顎に手を当てるロイズに抱かせる。フードの内側に見える適当に切りそろえられた黒髪黒目、彼の抱く
手に持った木目の美しい、曲線美といった言葉が似合う魔法の杖はそこはかとなく、紫色の光を放っている。
科学技術やとりわけ旧世界の文学、歴史学に造形の深い反面この世界の魔法学、といったものには不慣れな彼にはその艶じみた光にミステリアスな魅力を抱き、闘争心に燃える彼のハートにそこはかとないワクワク感を与えるに至る。
そしてそれは並び立つ仲間たちも同じなのだろうと、顔を横に向け―――
「―――杖、変えたんですかね?彼・・・オーケンさん」
ぼそりと、訝しむ視線を浮かべ言うバラッドの呟き。
ロイズが見てみれば、フラティウ、シェスカの二人も決して和やかな表情を浮かべず、むしろバラッドと同じ性質の表情で舞台の前に立つ彼、ローブをまとった黒髪の”召喚術師”オーケンに目線を送っていた。
「・・・いや、彼の杖の形は以前と変わらない、あの業物をそうそう買い換えることもないだろうしな。彼自身に何か変化は見られないし、仕草も・・・どうだシェスカ?彼が本気を出しただけだったらいいんだが」
「魔法処理って割には物騒だけど、なーんにも臭いはしないわ。まああいつが何出してきてもあたし達には役不足でしょ、どーんと焼いちゃましょ」
自信満々といった面持ちで薄い胸を叩くシェスカに、バラッドもフラティウも調子を戻す。
一人置いてけぼりにされたロイズは隣にいるフラティウの肩を叩いた。
「な、なあ、あいつがその・・・何かおかしいのかよ?」
「ん?いや、気のせいだったらしい。彼はオーケン、”土人形のオーケン”だ、まだ若いながら地の属性にあたる召喚術を使いこなしている男でな、たびたび当たるがいい手応えになる、ゴーレムやサンドマンといった一風変わった魔獣を喚び出すものだから、いい経験になるぞ」
「っへー、いいなソレ!ゴーレムってあの岩の巨人だろ?一度やってみたかったんだよなぁ!」
フラティウの言葉を受け、想像上で豪腕を振り回す岩の巨人を浮かべたロイズはそのファンタジックな生命体の実在に心躍らせ一人張り切りシャドーボクシングをしだす。
舞台に全員が立ち向かい合ったところで、舞台脇の壇上に立つ司会の叫びがこだました。
『本日午後の部第六試合は”紅炎の黒刃”と”土人形のオーケン”の闘いだ!いつもどおりオーケンの喚び出した魔獣を仕留めれば勝敗が決するぞ!今までの戦績は紅炎の黒刃が6勝無敗で勝ち越しているが!今日は!』
司会の指が舞台上で腰に手を当て時を待つロイズを指し、それに従い観衆の視線も一斉に彼に集中する。
唐突な意識の集中にロイズはついびくりとし、慣れ始めているとは言えどどうしても顔が赤くなる彼は照れ隠しか、ヤケクソ気味に高々と拳を掲げファンサービスを行なうことで応えると観衆も歓声をもって応えた。
『もうニュービーとは言えないか?最近じゃあすっかり馴染みになった拳一つで語る”白銀闘士”!スクライブ・ロイズ君は魔獣戦は初めてらしい・・・が!ついこないだ面白い情報が入ってきた!南西のサンストンブリッジで異界の魔獣”死の鉤爪”が討伐されたことは聞くに新しいだろう!?』
ぴくり、とロイズは反応する。
司会はわざとらしく大仰な素振りを見せながらも、話を続けた。
『彼の魔獣と戦い!胸に大穴を穿ち仕留めたのは彼であるらしいぞッ!王立騎士団サンストンブリッジ支部のお墨付きだ!我々はなんとも有望な戦士の戦いを見ることが出来るようだな!彼にもう一度声援を!』
惜しげのない声援の渦中で、ロイズは顔を両手で覆う。
彼の脳裏には、ほんの少し前共に戦った栗毛の男性の姿が浮かんでいた。
「ぜってーエルヴェさんだコレ・・・」
一方で、彼の後ろやや上に控えるティコも不満げな声をささやかに上げる。
「仕留めたのは俺なんだがなぁ、まあ相棒がいなかったら出来やしなかったことか、悪かない」
「ダンナのやってくれたことはアタシが全部覚えてますからだいじょうぶですよー、よしよし」
「おお嬢ちゃんは優しいなあ、うりうり」
幼子に撫でられる長身黒衣、赤目の男と撫で返される幼子、席上の奇妙な光景はひっそりと言いようのない視線を集めていたが、幸い舞台上に立つ役者の意識には引っかからずに演劇の進行を進める。
「へーっ、ロイズってここに来る前そんなことしてたんだ・・・でも凄いなあ、死の鉤爪って言うと騎士団の一個分隊が全滅したって噂の・・・」
「我々は思った以上にいい巡り合わせをしたようだバラッド、今日の戦いも楽勝であろう」
隣で腕を組みうんうんと頷くフラティウ達を横にしながら、ロイズはようやく顔を隠した手を退ける。そのころには司会の合図で声援が一時収まったようで、闘いを告げるゴングの音を心待ちにする観衆と舞台との間にぴりぴりとした空気が流れ始めていた。
―――その空気を切り裂くように、向かい合う召喚術師の手に収まる杖がくるくると回される。
演出も兼ねているのだろう、回される杖に大気中から集中するマナの輝きが増していき、やがてそれが絶頂を迎えると共に石突きから地面へと叩きつけられる。
同時、流出したマナは地面を這いひと組の魔法陣を描く。オーケンが得意とする”地”の属性を如実に表すように、茶色じみた色の光が地面を走って確かな紋様を描いていき、やがて完成した魔法陣は光を放っていく。
まさしく未知で、魔術的で、ファンタジックで。
ロイズはその光景に目を奪われ、思わず口が開くくらいに笑顔がこぼれる。
席上のティコも長年の経験に該当する例のない現象に目を丸くし、年甲斐もなく身を乗り出して舞台に目を向けていた。
―――だが。
「ねえ、ちょっと待って!?何かおかしくないコレ!?」
最初に気付いたのが、この場において最も魔術に造詣の深いシェスカであったのは必然だろうか、いや、そうでなくても異変自体には気付いたであろう。
完成した、真円に描かれた魔法陣から放たれる光の色にいつしか紫色が混じり始め、ついには魔法陣そのものが一片の曇りもなく紫へと変わってゆく。陣の大きさも次第に大きくなっていき、最初は四歩も歩けばまたげる大きさであったそれは既に倍の大きさまで拡大していた。
「オーケン!どうした!?」
「違うっ!俺のじゃないっ!と、止まらない!」
フラティウの呼びかけに、必至に首を横に振って応える召喚術師オーケン。
杖をあちらこちらに振り回し、ついには杖を手放してもみるが拡大した魔法陣は縮小する気配を見せず、その場に留まったまま光を放ち続け、やがて―――
「うわ!なんか出てきた!これが・・・」
「ゴーレムだ、ゴーレムだが、だが!」
魔法陣をゲートとして、現世に現出する”魔獣”。頭部から順にせり上がってくる岩の塊は足元まで出現し、ついに魔法陣が消えてようやくそれが人の形をした岩人形、”ゴーレム”の形を成したところで、ロイズにもそれが魔獣であると理解させるに至った。
「ミスリルゴーレムなど、そう容易に喚び出せてたまるものか!」
叫ぶのはフラティウだ。
銀じみた表面、頭部に目のようにせり出した赤い水晶玉、四肢にも同様に水晶玉が埋め込まれており、その姿には宝石を眺めるときのような一種の感銘、神々しさすらも感じてしまうほど。
体躯の大きさにしておよそ8m、地面を踏むたびに舞台を揺らす岩の人形はもはや巨人と言っても良い圧倒的サイズを誇り、他を威圧するその風貌と重量をもって彼らの前に立ちふさがる。
「司会!止めろ!何かがおかしい!」
『え?ちょ、ちょっと待って下さいよ、専門の方のストップがないと勝手には・・・』
「あたしは専門よ!あたしも止めろって言ってるんだから素直に―――」
「う、うわぁぁっ!?やめろ!止まれ!召喚者の自分の言うことが・・・」
つかつかと、シェスカがしどろもどろにうろたえる司会に詰め寄ろうとしたその刹那、全く別の方向から叫びが響く。悲痛な、恐怖を混じらせたその叫びに誰もがいっせいに振り向くが、その時既に―――
黒のローブを着た男――― オーケンの身体が振り下ろされた岩の豪腕の真下に位置したかと思った矢先、骨から、臓器から、頭まで、順に押しつぶされ地面と平行になるまでに轢き潰される。
地面に押し付けられた岩の豪腕の端からは血に濡れた手が力なく伸びていたが、それもすぐに舞台の魔術装置としての機能によって青白い粒子となって消え去り、赤い水晶の目を意思のないかのような不気味な輝きに光らせるミスリルゴーレムの腕が取り払われた後、また同じ場所に同じ形を持って生還する。
だがつかの間、生還し、茫然自失となったオーケンの頭上に再び―――
「やめてぇぇぇぇ!!」
あまりに無慈悲な、岩の拳が叩き落とされる。
再びオーケンの身体がすり潰され、飛び散った血と肉が舞台を濡らす。
だがそれも再度光の粒子となって消えると、また同じ場所に、同じ形を持って現れるのだ。
再び粒子が集まり蘇生したオーケン、だが動かない。
表情は茫然自失、恐怖、それに相応しい様相を呈している。
当然だろう、闘技場の召喚術師は仕事柄、”死”もしくはそれに準ずる痛みを経験したことなどない。舞台の魔術装置は確かに生命こそ落とすことはないかもしれないが、逆に言えば”死”なくして蘇生されることもないのだ。
当たり前のようにそこには死に準ずる痛みが訪れ、心に深く刻みつけられる。
闘技場の新人が最初に乗り越えることはこの”痛み”を乗り越えることであると、熟練の戦士は言った。死を迎える壮絶な苦しみと痛みに慣れる、ある種狂っていると言う者もいる、だが闘士として生きる者は死に準ずる痛みを”死なない”という安心感で塗りつぶすことができて初めて役割を全うできるというのが、この場所の暗黙の了解だった。
そんなどうしようもない、だから楽しい、だから誰もが熱”狂”する。
でもだからこそ、経験の無い、理解のない者にはその感覚が理解できない、動けなくなってしまう。殺したことはあったかもしれないが、殺されたことはなかった。オーケンにとっては初めての死、それも全く理解できない理不尽な状況での死だ。
頭は真っ白、茫然自失、声も出ない。
再三振り下ろされる拳を彼はただ黙ってその目に映し―――
―――V.A.T.S起動ッ!
向かってくるはずの岩の拳が、目の間で逸れた。
代わりに目に写るのは一人の”闘士”。
白銀色の鎧を全身にまとい、兜を被り表情は一片も分からず。羽のように広がった肩部装甲には剣と、歯車と、それを守るように囲う円と羽の紋章、振りかぶられた鋼の拳は巨大な岩の拳に叩きつけられる。
「君は―――」
「かってぇぇぇぇっ!?」
再三岩の拳が叩きつけられる寸前、V.A.T.Sを起動し高速化したロイズは地を駆け跳び、ミスリルゴーレムの振り下ろした岩の豪腕を横合いから跳ね飛ばしていた。
鉄の機械拳、パワーフィストの伸縮するプレスと銀に輝く魔法鋼、ミスリルの原石そのままの岩塊がぶつかり弾け、あたかも刃を叩き合わせたかのような音を響かせる。ロイズは衝突で勢いを殺されたおかげでちょうどよくオーケンの正面に着地すると、今なお現実を受け入れられないようにへたり込んだ彼の身体をひょいと持ち上げすぐに後退した。
「バラッド!こいつ頼むっ!」
「僕じゃああれには対抗できそうにないかな・・・任されたよロイズ、そっちはお願い」
非力さを認めるのも、一種の強さで戦略的後退は立派な戦略だ、バラッドはその点をよく理解していた。オーケンを受け取ったバラッドは腰を抜かした彼の肩を持ってなんとか舞台を離れていく。
その矢先ロイズは再びミスリルゴーレムに対峙しようとするが、なんということか、ロイズにバランスを崩され方角を変えたミスリルゴーレムは舞台を越え歩いて行き、ゲート真上の観客席、臣民達の座る座席と有力者達の座る貴賓席に向け、その豪腕を高々と掲げる。
「クソッ、V.A.T・・・」
「その鎧では跳べまい!我に任せろロイズ!」
再び虎の子のV.A.T.Sを起動し駆け出そうとするロイズを制し、先んじて駆け抜けたのは巨剣ベルセルクを背から引き抜いたフラティウであった。
オールバックの髪に風が滑るように抜けていき、姿勢を低くして全力で駆けた彼は舞台から飛び降りた後すぐさま、ミスリルゴーレムの足元へと滑りこむと一思いに地を蹴った。
「とえぇぇぇいっ!!」
かくも戦士とはここまで強靭なものか、はたまた呪い剣、または全身に纏ったその魔道具の黒鎧によるものか、跳び上がったフラティウの身体はその図体に似合わず軽快に宙を舞い、ミスリルゴーレムの膝元を蹴るとそのまま観客席まで一気に飛び上がる。
フラティウはそのまま座席の”へり”を走り抜けると、ひとおもいに振り下ろされるミスリルゴーレムの腕を巨剣で叩きつける。
六尺半の巨剣をもってしてもミスリルゴーレムの身体には小さな切り傷ひとつを残す程度であったが、矛先を崩された豪腕は運良く誰もいない座席を叩き折るのみで、狙いの中心で動けずにへたりこんでいた一等市民区の貴族の身には傷ひとつなく、負傷者は奇跡的にゼロとなった。
「そこのご老人、早急に退散されたし!ここは我らが収拾をつけよう!」
「ほっ、ひーっ・・・!助かったわい!今度来たら君に全部賭けるぞ!ありがとうな大男!」
老人が護衛に手を引かれ退散していったのを背後に感じながら、フラティウはもう一度観客席を見回す。
向かいの赤ゲートは被害から遠かったために誰も避難する気配はなかったが、フラティウの立つ青ゲート側は蜘蛛の子を散らすように観衆が離れていったために動きやすい、しかしそれでも上階のほうにまだ結構な人が残っていて闘いを見ているあたり、本当にこの街の人間はたくましいのだな、とフラティウは思う。
「でやあぁあっっ!」
背後を守る必要が無くなったことを悟った彼は巨剣を握りしめ、へりの端を蹴ると腕をおろしたミスリルゴーレムに跳びかかり、その顔面に埋め込まれた赤い水晶へと剣を叩きつける。
まるで鉄骨を振り下ろしたかのような鈍く巨大な音が響き渡り、フラティウは手の内に確かな衝撃を手応えを感じながらのろのろと追いすがるミスリルゴーレムの腕を振り切ると岩の身体を蹴って舞台上まで降り、下で背後にシェスカを控え拳を構えていたロイズに並び立った。
「手応えはあったが、致命打を与えるにはあと何百回切り込めばいいのだろうな・・・?」
「耐久勝負ならパワーアーマーで自信はあるけどよ・・・どんだけぶん殴っても壊れる気がしねー、先にパワーフィストが参っちまうかもしれねーぞコレ・・・」
「あたしも後ろからやるわよ!焼かれないよう距離取って!」
見上げる先の敵はあまりにも大きく、見下ろされる自分たちはあまりにも矮小だ。
赤い瞳のようにも見える水晶玉が怪しく光り、敵を認識し殲滅せんと意気揚々とするがごとくその両の豪腕をガンガンと、叩き合わせては地面に打ち付ける、あたかもキリングマシーンのごとき様相が、彼らを威圧する。
そして動き出した銀の岩人形、地を揺らし迫り来る巨人を睨みつけながら、戦士は刃を握る。
「どちらにせよ来るなら斬るまで!四肢五体、心魂に至るまで叩き割ってやろう!」
「一度やりあってはみたいって言ったけどよ!ああもう!こいよデカブツ!岩山!っっと・・・あーっスーパーロボット!力比べだっ!今更泣いて謝っても絶対許してやんねーからな!」
迎え撃つ巨塊と黒鉄の刃、銀色の豪腕と鋼の拳、互いが相対し響く音が、奇しくも絶えず熱狂する舞台に響き渡った。