なお描写が終わらないせいで16416字になった模様。
振り下ろされる岩の拳を避け、カウンター気味に返す一撃を岩塊の土手っ腹に叩きこむ。
されどパワーフィストが打ち出したプレスはミスリルゴーレムの持つ硬さと重さに勢いを殺され、岩塊の一欠片を削っただけに留まり残るエネルギーでロイズの身体を押し返した。
押し返されたロイズがバックステップで返される横薙ぎの腕を避けるのと入れ違いになるように、巨剣を握りしめたフラティウが地を蹴り岩塊の腕に乗り上げるとミスリルゴーレムが腕を戻す勢いを利用して一気に跳び上がる。
そのまま彼は気合の一声を腹の底から振り絞りミスリルゴーレムの頭部中央、弱点ですよと語らんばかりに輝いている赤い水晶球、魔獣を魔獣たらしめているマナを内包したそれへと乾坤一擲の一撃を振り下ろした。
「やったかよ!?」
「一厘にも満たん!昔切り伏せた時はこれほど硬くなかったはずだが・・・!」
直撃した一撃に勝利を期待したロイズと裏腹に、指先に相手を切り伏せた感触を抱けなかったフラティウは冷や汗を垂らしミスリルゴーレムへ向ける目を離さない。彼らの語る暇もなく再び襲い来る岩の豪腕を二人は避けると、また代わる代わるに岩の巨人の目を盗んでは一刀を、一拳を、手当たりしだいに脆そうな場所を目ざとく見つけては叩き込む。
腕、膝、肩、股関節に後ろからも。
されどミスリルゴーレムは微々たる動きはせど意には介さずとでも言うように攻撃を続け、地に付けた足は始め立ち誇った場所から微動だにすることなくただどっしりと構えるのみ。
―――埒があかない。
崩れ去ることない鉄壁の巨城を前に拳と剣を叩き込み続け、二人が思ったのは同じ頃だったか。
ふとロイズは自分の横に視線を送る。
フラティウも送ってきていた、考えたことが同じだったから、行動も同じだった。
縦一直線に、まっすぐにまとめて叩き潰そうと岩塊が迫る、その一瞬の間に男達は視線を交錯させ、戦いの中で互いの意思をおぼろげに感じるとその勘に従い示し合わせたかのように身体を動かした。
「うっしゃぁっ!」
地面に下ろされたままゆっくりと上がってゆく豪腕を追いすがるように跳んだパワーアーマーの白銀闘士、ロイズが跳ぶ身体の勢いと全体重のままに叩き込んだジョルトブローが関節部を狙い打ち、腕がやや逆方向に曲がると共にミスリルゴーレムはその動きをわずかに止める。
そこに更に追い打ちをかけるように、先の一瞬の視線の交錯のち動いていたフラティウがロイズの打ち据えた腕に振りかぶった巨剣、黒き刀身に蛇の彫刻が動きの中にあっても目を引く呪い剣ベルセルクを叩きつけた。
「とうぇぇぇいっ!!」
身の丈
ロイズの初動、加えるフラティウの一撃によりミスリルゴーレムの右腕は関節を起点として、あらぬ方向へとひしゃげていた。
「おっしゃーっ!さっそく右腕一本貰ったぜっ!これなら余裕だな!なあ!」
「おうよくやった相棒ゥ!お前なら楽勝だ!そのまま全部ねじ切ってダルマにしてやれ!」
目の前で巨人の腕がネジ曲がり、攻撃の手を止めたことに確固とした自らの有利と勝利への筋道を見出したロイズはぐっと拳を握ってガッツポーズを取り、嬉しげにはしゃいで戻ってきたフラティウの肩を叩く。
後ろの席上でもティコが立ち上がって声援を送っており、ロイズが後ろを振り向いてVサインを席に送るとティコが大手を振って応えた。
それからロイズは横に並び立つフラティウを見る。
だが一方のフラティウはまるで状況に変遷がなかった、とでも言うように鋭く尖らせた眼光を戻すこと無く、手に持つ巨剣を握る手も緩めることなくじっと腕をひしゃげさせたまま動かぬミスリルゴーレムへと目を向けていた。
やがて、ミスリルゴーレムが少しづつ体勢を戻し始めたのを皮切りにフラティウが口を開く。
「いや駄目だ!・・・ぬかった、君と同時に叩き込めば切り落とせるものと高をくくっていたものだが・・・!」
「―――ってぇ!?ウッソだろそれ!反則じゃねーか!こんなのどうやって・・・!」
フラティウの言葉につられるようにロイズも目を向けた先。
ミスリルゴーレムのひしゃげた腕はまるで粘土細工を叩いてこねて元に戻すかのようにギギギ、と岩と岩の擦れる音を響かせながら動いていき、彼らが驚き、嘆くのもつかの間に元の位置に戻ったあと、まるで病後の調子を整えるかのように軽く関節が動かされる。
さも何もなかったかのように、しかし岩の腕につけられた小さな切り傷が攻撃の跡とその身体の頑丈さを語る魔法鋼の岩巨人は、両の足でまた同じ地面をぐっと踏みしめた姿のまま再び舞台上の三人の前に立った。
その様に勝利への道筋を喜んでいた頃の余韻すらふっ飛ばし、ロイズは再び拳を握りミスリルゴーレムに相対する。並び立つフラティウも、後ろに控え赤髪をなびかせるシェスカも続いた。
その矢先、ロイズに向けて一声が浴びせられる。
聞き覚えがある女性の、トーンの高い少女らしさと地の声の低さの同居した声。
くるりと振り返り見てみると、さっきと同じように座席の”へり”に身を乗り出したムーンエルフのテッサが口元に手を当て、必死にロイズに向けて叫んでいた。
「ロイズ!聞いてくれないか!」
「どしたテッサ!余裕ないから早めに!」
前と後ろを交互に見ながら、多少後ずさるとロイズはテッサの方に向き直る。
テッサもわかったよ、と答えると、口の横に手を当てて叫ぶように話し始めた。
「その大岩人形はミスリルゴーレムだよ、常識知らずの君のことだからミスリルは・・・分かるかな?」
「どうせまだ世界に馴染んじゃいねーよ・・・ってのは置いとく、ミスリル、ミスリル、みすりる・・・あっ!あの魔法的な金属のことだろ!?やたら剣とか盾とかに使われる!ゲームの高い武器代名詞だ!」
「まあだいたいは合ってるからいいか、ともあれ奴はそのミスリルの塊だ、蓄えたマナで硬化している上に魔法にも耐性がある。おまけにこっそり地の魔法で地脈から力を吸い上げてる、ちょっとやそっとじゃ壊れないし一撃は・・・まあ君なら大丈夫かなあ」
「聞けば聞くほど倒せる気がしねーんだけど!対抗策出してくれよ知恵袋!」
頬に手を当て首を傾げながら言うテッサを見て、煽られた不安が加速するロイズは黙って入られない、読書趣味は高じ過ぎて自分とは比べ物にならなく、知識欲は常に前を向き続けるムーンエルフの大先生に教えを請うのだ。
「まあ落ち着いてロイズ、誰にだって弱点はあるものさ。君が実は頬の輪郭線をつーっとされるのが苦手だったりするようにゴーレムにも共通して弱点がある、それがあの赤い水晶球さ、あれは一種の”制御装置”なんだ、両手両足と頭、計五個ある」
「ってこた両手両足頭全部壊せって?でも手足のは見えないからほじくり出して・・・待て、今何てった?」
「焦らないでロイズ、壊せばいいのは頭の一つだけ。それを壊せばゴーレムは機能を停止する。あの大男が君と腕を叩き折ろうとしたのは手足をもいでから頭のをほじくり出そうとしたんだろう、結局失敗に終わっちゃったけど」
テッサは顔を上げ、ミスリルゴーレムへと目を向ける。
既に動き出していた岩の巨人が足を高く上げ、舞台上に乗り出そうとしていたのを見てロイズは焦りに焦り、話の終わらないテッサへともう一度向き直った。
「それでテッサ!どうすればいいか教えろっ!時間がない!しがみつけって言うならやってみるし、ぶん殴れってならいくらでも!」
先の光明が見えない展開の打破を、必死にロイズは請う。
腕っ節の強さも、防御の堅牢さも人並み以上に自信はある。だが最適な手段を持ち得るのならばそれに任せるに越したことはないのだ、知識は宝で技術は財宝、世界に残された偉大な知識を守り集め続けてきたB.O.Sの人間だからこそ、彼は”待て”をする利口さがあった。
「だから焦らないでいいのさロイズ、君の”位置”はそこでいいんだ、ミスリルの巨人は硬いが鈍い、どんな攻撃だって当たる。例えミスリルゴーレムに魔法耐性があれど、それにも限界があるのさ、幸いここには魔法に精通した者がいるから君は―――」
「―――そこでボケっと立って見てりゃいいだけって話でしょムーンエルフ!フラティウ様、下がって!」
決め台詞を決めようとばかりに銀の長髪をかきあげ、溜めてから言葉にしようとしたテッサに割りこむように言葉を滑りこませたのは舞台上で紅く紅く、真っ赤な火のマナに包まれ杖先を輝かせていたシェスカだった。
二人が戦っていた時からずっと後方に控え何をしていたのかと思ってはいたがなるほど、貯めに貯めた火のマナ、今はうっすらとだけ熱を持ち、空気を掻き上げ赤いシェスカの髪を靡かせているそれは杖先に集まった光に照らされ幻想的な光景にロイズは息を呑む。
「ここにいる誰だってあたしを超えられりゃしないわよ!見てなさいよ童顔にムーンエルフ!こ、れ、が!魔導の真髄ってものよっ!アンタのパンチなんてチャチなものじゃできない最強の破壊ってものよっ!」
回した杖は輪郭線に従って魔法陣を描き、集まったマナは彼女の力の行使を望んでいるかのようにひっきりなしに魔法陣に吸い込まれ続ける。
やがてフラティウがミスリルゴーレムから背を向けて駆け出し、彼女の視界上からあらゆる障害が排除された瞬間。瞳の中までも真っ赤に色づかせ、心身ともに炎と一体化した少女、彼女は人間が才覚に従い起こす超常、魔法を行使するための一節を力の限り叫んだ。
「ヴォルカニィィィック!トルネードっ!!」
刹那、殺到する炎の濁流。
無数に吹きすさぶ炎の嵐はやがて、大きな渦となって―――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フランシェスカ・パレ・ガイウスは今から14年前の王歴612年、王国が誇る絢爛な首都、富と名誉、人に金と食と楽、あらゆる物が集まる王国一の大都会、王都に代々遣える名門の貴族家に生を受けた。
代々赤い髪、代々高い火の魔法適正、大多数存在する”魔術師”を超越した”魔法使い”となれる素質の高さ。
”一人一個師団”、”竜焚き”、”炎神”、歴代最高峰と呼ばれ讃えられる祖父ヴェスヴィオス、それに及ばずとも王城の宮廷魔術師を務めている父ソンマーの例に漏れず人間として究極的な魔法適正を得た彼女は祝福され、幼いうちからその片鱗を発揮した少女はやがては家を継ぐ者と、やがては国を守る者なのだと持て囃され育つ。
ミドルネームには代々の当主達と同じく、魔術の神パレスの信徒となることを誓う”パレ”の名を頂き、神の祝福を受けた彼女は社交界で少女としての魅力を魅せる方法を、高貴な家柄で高貴な人間と付き合うための作法を、そして敬愛する祖父からは、職務に忙しい父親の代わりとして愛情と魔術の極意を。
何不自由ない生活、高貴な血筋に将来を約束され研鑽を続けるだけの、下々に生きる人間からは想像もできないくらい優雅で羨む、気高い人間に、才覚を有する人間にのみ許された人生を彼女は固く約束されていた。
その何不自由ない生活が、彼女に現状を”退屈だ”と思わせるに至ったのかもしれない。
やがて母に似て起伏には富まなかったが女性的に少しずつ成長してきたころ、名門の魔術学院に入学した彼女はやはりその才能から常に頂点であり続けた。
学問、実技、実地演習、全てにおいて高貴な”ガイウス”の名を持ち魔術神の加護を得た彼女に既に敵うものはなく、その圧倒的能力は次第に最初の頃のような羨みを超え、妬みの感情を集めていくに至る。
同門の人間からすれば彼女は自分の目指す場所を奪い、かつ”絶対に勝てない”と思わせてもくれる疫病神だ。努力による到達が不可能な圧倒的才能を見せつけられた同門の子供達は到達をすぐに諦め、いつしか彼女という疫病神を遠ざけ孤立させようと画策し始める。
知恵付いた子供というのは中々に厄介なもので、直接の攻撃で勝てないとみるや遠回しな嫌がらせを彼女に加えるようになり、おまけにシェスカに敵いはせずとも学園内派閥での有力株、あえて言うならばNo.1である彼女に僅差で及ばないNo.2、No.3の下々が彼女を敵視するために友人も彼女を手放さざるを得なかった。
家柄同士のいざこざを持ち込むわけにも行かず、家が手を出せないのをいいことに増長するでもなく無くなるでもなく、ただ平行線を保って続けられる嫌がらせに毅然とあり続ける彼女は、一人で居続ける日々が、ずっと続く。
それが何年か続いた頃から彼女は自らが置かれたレールに乗った人生を”退屈だ”と思うようになった。高貴な血筋を持って生まれ特別な才能を持ち合わせていても、その人生にはこれほどまでに敵と困難が立ちふさがるのか、と。
その時ふと、彼女の脳裏にいくつもの場面が走る。
ある日彼女が郊外への実習に出かけた時に巡り遭った話の面白い旅人や、つい立ち寄った下々の屋台にいた気前のいい店主、街を走る薄汚れた着の身着のままの子供達――― 全て、笑っていた。
ふと気付く、楽しいと感じる感情は例えどこにいようと同じではないだろうか。楽しいと思えれば、どこででも楽しくなれるのだ、ならばせめて決められた人生よりも、自分のやりたいことを見つけ進んだほうがいいのでは―――
考えて、彼女は振り払った。
それをするには血筋が大きすぎるし、それにこの状況でもついてきてくれた数少ない友人たちに申し訳が立たない。自分は結局”ガイウス”の血筋にしかなれないのだと、そう心ににねじこんで彼女はしばらく生き続けた。
―――その生き方の転機は、やがて訪れる。
数少ない友人たちとグループを形成し、少しなりとも学園生活が楽しくなり始めてきた頃。
彼女は巡り逢ってしまった――― 世界の理から外れた魔獣、”異界の魔獣”がひとつ、『装甲悪鬼』。
王都の付近では一度も目撃された例のない魔獣、かつても騎士団が三個小隊を投入してようやく収拾した存在。だが誰もが戦慄し、教師陣は真っ先に逃亡する。友人たちも腰を抜かすかシェスカを頼る中、シェスカはひとり興奮していた。
今まで戦ってきた相手は圧倒的に弱すぎて、面白みに欠けていた。
そんな矢先に騎士団ですら手を焼く存在が目の前に、”ガイウス”である自分の前に現れた。
友人たちに頼られ承認欲求が満たされ、祖父や父と同じように強敵を相手にできるという高揚感が、”退屈を晴らせる”感覚が身体を支配していく。腐りかけでも高貴な血を受け継ぐ自分が負けるなどということは微塵にも頭に無く、彼女はその手に自然とマナを集めていた。
―――結果は惨敗。
自慢の鍛え上げた炎の魔法が効かない装甲悪鬼はあっという間に殺到し、怯え腰を抜かす友人たちを一人ひとり、捕らえては引き千切り食っていく。
ほんの数分だ、ほんの数分で自分と合わせて八人いた友人たちの半分が血塗れにされ、とりわけ目玉が好物だったのだろうか、絶命した友人の視神経を引きちぎって喉に通す姿にシェスカ自身もとうとう涙をこぼし、腰を抜かした。
やがて装甲悪鬼が新たな好物を求めて、今度は彼女達が動けないのを理解してだろう、ゆっくりと歩み寄る。
極めて足が早く獲物を逃さず、腕の一振りは簡単に手足を折って千切る。離れれば爆発する肉片を身体から引き千切り飛ばし、毒々しく緑色に発光する姿は干からびたような体躯と合わせまさしく”化け物”であることを証明する。
―――死が、迫ってくる。
何者にも抗えない圧倒的存在、それは自分であったはずなのに。震えて命乞いをする立場にあり、生殺与奪を握られているのは他でもない自分なのだ、抗えない強大な存在がどのような思考で獲物を狩るかなど、自分が痛いほど理解している。
この瞬間彼女は自身の驕りを悟り、思い出すのは少しだけ楽しくなってきていて、たった今破壊された日常と優しかった祖父の顔。死にたくはない、だが迫り来る死を避けることはできないと、半端にやってきた覚悟は恐怖よりも状況を冷静に見つめさせる。
彼女は、目の前の魔獣が腕を大きく振りかぶる音を耳にして―――
「・・・本当に申し訳ない」
聞こえたのは自分か、自分以外の誰かの脳漿が弾ける音でも、どちらでもなかった。
誰の謝罪だろうか、声は太く低い、友人にそういった声の子がいた覚えはなかったから教師陣が戻ってきた?・・・まさかね、と心の中で嘲り、シェスカは疑問を解消すべく目をぱっちりと見開く。
―――運命の、出会いだった。
「我がこの魔獣に不覚を取り取り逃がしたばかりに君達の生命を・・・本当にすまない、我は――― フラティウ・ドムアウレアはもう貴様に片膝もつかん!下郎、女性は細工物を扱うように使わなければならんのだ・・・参るっ!」
目の前を覆っていたのは腐り果てた緑色に発光する肉体ではなく、その腕を巨大な黒剣で受け止める”黒き剣士”。彼は装甲悪鬼の腕をつかむと投げ飛ばし、木に叩きつけるとその巨剣でもって切り刻む。
シェスカは、目を奪われていた。
あっという間の内に魔術の心得を持つ四人の生命を奪った魔獣、高貴な血筋が集う場所で常に頂点に立ち続けていた自分すらを赤子の手をひねるように蹂躙した魔獣を黒い剣士、フラティウは追い詰めているのだ。
抵抗する装甲悪鬼の攻撃が傷を確実に増やしていく中、しかしそれを遥かに上回る勢い、まさに鬼気迫る乾坤で巨剣を振り回す大男。彼は幾度とない打ち合いの果てついに装甲悪鬼の首を刈る。
人間のものと同じ、赤い血が吹き出しその身体が地に伏したのを見届けたフラティウは、ゆっくりとシェスカ達に歩みよった。
先の殺戮がトラウマとなりかけていた彼らはビクリと身体を震わせたが、フラティウはその大柄な身体が怖がられることをとても良くわかっているように表情を和らげゆっくりと優しく片膝をつくと、シェスカに手を差し伸べる。
そして一言、述べた。
「怖がらなくていいお嬢さん、我はフラティウ、フラティウ・ドムアウレア、大陸中を回る冒険者だ。ここへはあの魔獣を追いかけてきた・・・本当にすまない、我がもっと早く追いつけていたら、君達の友人は・・・本当にすまない、せめて君達を安全な場所まで連れ出させてくれ」
悲痛な表情をした男の顔は、痛いほどに己の非を恥じる気持ちでいっぱいだった。
ガイウスの血を受け継いだ自分を足元に置いた魔獣、それを安々と切り伏せたオールバックの巨漢は魔獣を仕留めた喜びや達成感よりも、ずっとずっと先に赤の他人の弱者の身を案じ、腰を抜かした間抜けな少女に手を差し伸べるのだ。
少女はその手を握り返し、支えられてようやく半端に立ち上がる。
生物的に動く黒のグローブから感じるその手はとても大きく、優しい最強の魔法使い、祖父であるヴェスヴィオスとはまた違った感触。絶対強者としての風格を備えながら、しかし確固とした”心”を持ち合わせるそんな、今まで出会ったことのない彼。
―――一目惚れ、だったのだろう。
彼の背中を追い返った王都で彼女達は負った心の傷を癒やすべきだとしばしの休暇を与えられたが、彼女の行動はそれを顧みないほどに素早く、そして迷いがなかった。
数少ない友人達を失い、自分が敷かれたレール上を歩くことにもほとほと疲れていた彼女はもう守るものはないと、そして自分を救ってくれた黒い剣士の生き方に魅せられ、数日経つうちに恋い焦がれ始めた彼の背中を追い町宿で一杯引っ掛けていた彼を訪ね家まで引っ張りあげると、珍しく帰っていた父親との三時間にも渡る口喧嘩のあと家を飛び出した。
父親からすれば久しぶりに帰ってきたと思ったら娘が知らない男を連れてきて、あまつさえ唐突に家を出て行くと言い出したのだから溜まったものではなかったし、フラティウも突然頭の上がらない身分のお嬢様が自分の腕を取って家まで引きずっていったと思ったら、突然自分の旅の道連れをすると言い出されたのだから強面が間抜けになるくらいにはすっとんきょうな顔をした。
フラティウにはやんわり断られかけたが思いの丈を全て吐き出し押し切り、適当に身支度を整えて自室を後にする、ガイウス家のご令嬢の願いは断れなかったし、なにより恩返しという名目とシェスカの腕前があったからあっさりと通った。
広い外の世界を巡りに行くのは初めての経験であったが、彼女はひそかに決めていた。弱きを助ける絶対強者、世界を股にかけ魔の物を狩る黒い剣士フラティウの生き方を見ていればきっと、自分の求めていた人生に巡り会えるのだと、だから彼の後を追いその助けになろうと、惚れた弱みというものかもしれない―――
―――王都を出ずるための門に立ちふさがった炎神という最後の関門を残して。
紛れも無い祖父の姿で、自らの血統の極致。門の中央にただ立っているだけで空気が張り詰め、門兵は切迫した緊張感に動くことすらできず立ち尽くす、門を通るはずの荷馬はその姿を前にするや足を竦め、その幅15メートル程度の空間は広く開いているにも関わらず絶対防壁が存在するかのようであった。
「―――大事な孫娘が家を飛び出したと聞いての、ちょいと出て行く前に顔でも見せに行こうかと思ったんじゃよ・・・シェスカ」
名前を呼ばれ、つい身体がびくりと震える。
普段優しく接してくれていた時とはまるで違う、目を細めた普段通りの笑顔であるのに人間これほどの凄みを醸し出せるのかと、それでもシェスカは目の前の祖父が”理由無きに通さぬ”とそう告げているものだと感じ、緊張した身体から言葉を振り絞った。
「おじいちゃん、許して。あたしここで腐るのは嫌なの、このまま家にいて王様お仕えの魔法使いになるとか戦争の道具にされて終わるとか、そういうの嫌なの」
シェスカは心から思う言葉だけを、ただ伝える。
炎神は何も答えずに、続く言葉を待つ。
「お屋敷もおいしい食事も綺麗なおべべもいらないわ、あたしは自分のやりたいことをやりたい。どうせあそこで死んでいた命よ、助けてくれたフラティウ様に恩返しして、彼と一緒に世界を回ってもいいじゃない・・・そうよ惚れた弱みよ、だからこそおじいちゃんにも邪魔はさせないわ?孫娘の恋路を邪魔するつもり?いいわよ駆け落ちよっ!」
祖父の凄みを身体で感じながらのまくし立てであったゆえに、アドレナリンが湧き出た後半は半ばヤケを起こしたように実の祖父であるヴェスヴィオスに思いの丈をぶつける。
例え認められないのなら、つまらない人生に引き戻されるのならこの場で”炎神”と正面切ってぶつかり合うのも上等なのだ。炎神仕込みの炎魔法は到底敵わないだろうが自分を無傷で捕らえることもできないだろう、あてつけに実の祖父に孫娘を傷つけさせる、年頃の反抗期の訪れだ、彼女はせめて先手だけでも打てるようにと少しずつマナを集める。
だが一方のヴェスヴィオスは、しばし眉をしかめやがて悲しげに――― そして思い悩むように額をポリポリと掻いたのち、夕暮れが近づき赤さを増してきた空を見上げるのみ。
孫娘の手の内に赤い光が灯っていることなど思考の内にないとばかりにただじっと空を見上げる彼は、やがて呟くように話し始めた。
「シェスカよ、ワシのバアさんがバアさんにならない内に死んじまったのは・・・知っとるな?」
「・・・へ?ああ、よく話してたものねおじいちゃん」
「バアさんが・・・クラネムが逝っちまったのはワシが北のニーヴェあたりで暴れてた地竜を狩りに行ってたまっただ中のことだったよ」
ふう、と溜息をつき、猫背が目立ってきた腰をとんとんと叩きながらヴェスヴィオスは話を続ける。
「あの硬い奴だったから一度取り逃がしちまっての、テントに戻ってきた時だった。昔から話だけなら聞かせてたじゃろ?あの憎き”魔女の霧”の連中が王都のまっただ中で大暴れした事件・・・」
「“休日事件”・・・?」
「連中の首魁”三毒”の一人”怒りのハンニバル”が出張ってきた事件じゃよ、何人も死んだ、知り合いもおった・・・バアさんもおった」
「行かなきゃならんかった、だが取り逃がした地竜を仕留めねば街に被害が及ぶ。王都には剣神のオリヴィエお嬢ちゃんも一級召喚士のエドガルもおったから大丈夫だと高をくくって、ならせめて早く追いつけるようにと勇んで地竜を消し炭にして戻ったら・・・」
「お祖母ちゃんが・・・」
「ワシはのシェスカ、炎神だの兵器だの言われとるが、結局女房一人守れん男なんじゃよ。あの後はずっと、お前が産まれて丸くなるまで連中を燻り出して焼き焦がすことだけが生きがいじゃった時期もあった」
祖父の痛みを伴う話に、いつしかシェスカは戦闘態勢を取ろうとしていたことも忘れる。
そこでようやくヴェスヴィオスが動く、彼はゆっくりと、老人らしいどこか辿々しい足運びでシェスカの側まで来ると、彼女の前に立ち彼女を見下ろした。
「時々思うんじゃ、もしワシが”炎神”じゃなく”ヴェスヴィオス”というただ一人の男で・・・ずっとここだけで暮らして、クワを持って畑を耕して、この魔法の力も畑を荒らしに来たイノシシを追っ払うだけに使うような”やりたいことだけをやっていた男”だったら、クラネムも死なんで済んだのかもなと」
「おじいちゃん・・・」
「行きたいというなら止めやせんさ、孫娘の門出を祝わせてくれ。行きたいように生きるというなら・・・ワシのできなかったことを、自由を成し遂げてくれシェスカ。お前は筋がいい子じゃよ、あの生意気なソンマーの奴よりずっといい魔法使いになれるだろうさ、ワシが保証する」
愛おしく、慈しみ、しかし悲しげに、ヴェスヴィオスは顔を上げて笑顔を浮かべたシェスカの頭を撫でる。
くしゃくしゃになりかけている老顔はせいいっぱいに微笑みを堪えていた。
「別に羽目を外せと言ってるわけじゃない、シェスカはいつでも君のままでいてくれればいい・・・もし辛くなったら帰ってきてくれてもいいぞよ、じいちゃんお前の部屋そのままにして待っててやるからな、誰も入れさせやせんさ」
「・・・うん・・・!」
撫でられながら、ふと涙が目の端から流れる。
耐え切れなくなった嗚咽がこぼれ、胸の中に収まったシェスカに微笑みかけながら、ヴェスヴィオスは居所が分からないように立っていたフラティウへと目を向けた。
「君の事は聞いておる、黒き剣士フラティウといえば古代遺跡の攻略や魔獣狩りで有名な冒険者で・・・以前模擬試合があったときオリヴィエ嬢ちゃんにも一太刀入れたことがあっただろう?ワシの耳にも届いておるよ」
「は、はっ!炎神に覚えられるとは光栄でありますッ!」
背筋をぴんと伸ばし、礼儀を見せつけるフラティウ、ヴェスヴィオスはシェスカが離れると、にこにこと笑みを堪えながら彼らの横を歩いて行き、フラティウの横に来た時だけ立ち止まるとその背丈の差から手を置く、というよりは手を伸ばしたといった感じに肩に手を置き、背伸びをするとその耳元で囁いた。
「ひ孫が出来るまでは生き続けるつもりじゃからそのつもりでな」
「はっ!・・・はっ?」
「はっはっはっはっ!」
固まって動けないフラティウを尻目にしつつ、炎神ヴェスヴィオスは街の中へと手を振り消えてゆく。
その後ろ姿に手を振り返し見送ると、シェスカはフラティウの手を掴んで門の外へと消えてゆく。
決別ではない、自身の人生を切り開くために。
―――立ち上る炎の渦は天高く伸びていき、既に闘技場の上端を突き抜け遥か上空まで伸びてようやく消える。
溢れかえる火のマナの濁流が岩の巨人の身体を完全に包み込み、その五体と体の芯まで焼き焦がし消し炭にせんとばかりの威力を持って舞台上を蹂躙すると、余波でしかない熱波ですら座席上にいる人々がたまらず上着を脱ぎ捨ててもなお暑いとうだるほどであった。
「・・・わかってるじゃあないか」
口をへの字に曲げてどことなく不満足そうに言うのはテッサで、ワンピースの胸元をぱたぱたとやりながら熱を逃している。
別に羞恥や体裁意識が壊滅している彼女としてはワンピースの肩紐を外して下着姿になっても良かったのだが、それをやると舞台上で炎の渦に驚いてすっ転んだ白銀鎧の騎士がまた文句を言いに来そうなのでやめておいた。
「うわっ!あちゃ!あっちゃぁっ!あっあっつ、あっつ・・・くない」
「その鎧は熱も通さないのか、ますます出所を知りたくなってきたものだ」
「でも見てて暑くなるッスよこれ!・・・でもこれだけぶちこみゃあの岩山だって」
燃え盛る業火がすぐそばまで来たようで心持ち熱さを感じた気がしたロイズは、着ていたパワーアーマーが実はまるで熱を通していなかったことを思い出すとそそくさと背筋を伸ばし、腰に手を当てるとさも何もなかったかのように舞台の真ん中でそそり立つ炎柱へと目を向ける。
ロイズの期待をこめた眼差しをヘルメットの下から感じ取ったフラティウも、剣を肩に担ぐと自分たちの前に出てなおマナを注ぎ込み熱波を最前線で受け続けるシェスカを見た。
真紅の長髪は熱風になびき続け、かぶっていたウィッチハットもいつのまにかどこかへ飛んでしまったのか無くなっている。熱波は絶えず彼女を襲い続け、皮膚の表面からは火傷ギリギリの痛みが身体を包んでいることを感じる。
注ぎ込むマナはやがて杖先から途切れ、最後の一欠片を炎の渦に飲み込ませた後彼女はがくりと崩れ片膝をついた。
「あたしの・・・ガイウスの血統の真価よ、これだけやれば灰の一欠片も残らないでしょ・・・!」
シェスカは今なお廻り続ける爆炎、既に向こう側も見えないまでに厚く熱く燃えたぎる炎の渦へと笑みを浮かべて目を向ける。
かつて無力感を感じた時からずっと研鑽を続けてきた彼女の魔法は既に父親を超え、血脈の極致に立つ存在、”炎神”の祖父に手を伸ばせるところまで辿り着いていた。
家を離れて長らくの彼女自身ではそこまでの自覚を持つに至ってはいなかったが、それでも彼女は自身の持ちうる最高の能力であり魅力たる魔法に対して絶対の自信を持ち、ゆえにその威力には過信とも呼べる信頼を寄せている。
適応する属性が最も威力に長ける”火”であったことも理由だろう。
呪文をオリジナルの言葉に変換してなおかつ魔法が発動する、無詠唱とも言えることも彼女の実力を裏付けていた。
相手を舐めてかかることが命取りになることを学んでいる彼女が己の限界までマナを絞り出した炎は、やがて色を褪せていき天まで届くバベルの塔が崩れていくようにその勢いと形を失っていく。
やがてその先に見えたものは―――
「―――うそ」
炎が消えた途端、響いたのは重低音。
重量の塊が地面に叩きつけられたような、衝撃を重さで潰したような音。
もしかするとかき消されていただけで、あの爆炎の中でずっとその音が響いていたのかもしれない。
熱気が消え去らないうちに空気が引き裂かれ、揺らぐ景色の中に赤い目が光る。
身体のところどころを熱に赤く染め、しかしかつてと同じように微塵も存在の揺らぐこと無い岩の巨人、ミスリルゴーレムが一歩、また一歩と地面を踏みしめ、炎の中から姿を現した。
「そんなウソでしょうっ!?ありったけのマナを注ぎ込んで、ミスリルに効く魔法を叩き込んだのよ!?もしそれでダメだってんなら―――」
迫る岩の巨人は、あの炎の渦の中に命の危険を感じたのだろうか、以前よりも歩む速度を増している。
シェスカは追いすがってくるその巨体から逃れようとしたが途端、ふらついた足がもつれ、転んでしまう。
「―――どうやって倒せばいいのよ、あんなの」
少しいいところを見せようと、そして不可解な脅威に出し惜しみはするまいと撃ち込んだ魔法にマナのコントロールを乱したのだろう、マナの許容量超えを示唆する頭痛とふらつき、咳込み、いわゆる”栓詰まり”の症状が顔を見せてきたのをシェスカは察する。
―――逃げられない。
少し見積もりが甘かったか、せめて逃げる体力でも残しておくべきだったと頭の中で嘆きながら、シェスカは目の前に広がってくる脅威が自分の想定を超えていたことに唇を噛む。
「・・・あの時と同じじゃない」
相手の力量を見誤って、死に瀕する。
でもここは闘技場の舞台、大規模な蘇生魔導装置上だから死なないだろう。
それでも痛みだけは確かに感じる。
シェスカは半ば諦めを浮かべつつ、痛いのはやだなあ、と思いながら迫り来る岩の拳に視線を逸らさず―――
「だっしゃああああ!!」
―――割り込んできた何かが、岩の拳を受け止める。
受け止めたのだ、馬鹿を言うな、ミスリルゴーレムの全体重がどれほどあるのかとシェスカが思い返したのは割り込んできた何か、ロイズが受け止めたミスリルゴーレムの腕に少しづつ押されていったあと、横に投げ飛ばして回避したころだった。
フラティウが一歩遅れる形になり間に合わないと悟ったところで、V.A.T.Sにより高速化したロイズが飛び込みミスリルゴーレムの腕を受け止めたのだ。パワーアーマーのモーターを最大稼働させなんとか腕を受け止めた彼だったが、それでも図体から見る力量差は依然として存在した。
「ロイズ!?あんたそんな無茶・・・潰れちゃう!」
「これっくらい造作もねぇっ!女一人死なせてB.O.Sのスクライブと男が名乗れるかよッ!」
「べっ、別に死にはしないわよ!ちょっと痛いだけで・・・イヤだけど」
「ああもう強情のわからず屋!胸ペタ!おっさんシェスカ頼む!」
バランスを崩したミスリルゴーレムが体勢を立て直したあたりでフラティウが、跨いでかばうように立つロイズの足元からシェスカを引っ張りだすと、背中と膝の裏に手を入れ持ち上げる。
俗にいうお姫様抱っこの格好になってはいたが、状況が状況だけにシェスカも大人しくフラティウは一目散に舞台外に逃げていく。
図らずもミスリルゴーレムと一対一、サシで相対することになったロイズだったが、彼は少しも動じず、むしろ上等であるとばかりに拳をガンガンと打ち付け鳴らしていた。元来好戦的な彼は戦闘に対する抵抗はなく、むしろ今自分一人、前には誰もいず、守るべきものばかりば後ろにある状況が彼を奮わせていた。
「いいザマじゃねーかよデカブツ、殴り甲斐のありそうに色づきやがって」
目を上げ見るミスリルゴーレムの表面、そこには炎の渦がもたらしたダメージが確かに存在した。
見た目損壊したパーツはなけれど部分的にではあるが、まるで鍛冶場で打たれる前の剣のように赤熱化している。
「前から”カタナ”っての打ってみたかったんだよ・・・ミスリルなんていい素材なら最高の剣が出来るよな、鎧でも・・・鎧ならこいつがあるか、浮気しちゃ良くないよなっ」
眼光は鋭く、しかし口元には笑みを。
彼は腰に括りつけているミニバッグをまさぐると、一本の薬品を取り出し吸引口を口に含んだ。
「あんまり使うもんじゃねーけどっ」
ちょっとしたLSDと言えば分かるかもしれない。
”ジェット”と呼ばれるウェイストランドではメジャーな麻薬の一種である。
強力なメタンフェタミンが原料となるこの薬品は戦後ニュー・リノのある科学者によって開発され、その”家畜の排泄物から生産できるローコスト”さから瞬く間にウェイストランド中に広まり、毎日に刺激が足りない長者から楽しみの足りないレイダーにまで幅広く活用されていた。
ロイズは容器内の赤い薬品を全て吸い終えたのをちらりと目で見て確認すると、口元から離したジェットの容器を適当に投げ捨て、深く一呼吸する。
速効性のあるジェットの効能が、もう既に身体に回ってきていることが感じられる。
神経が研ぎ澄まされ、ミスリルゴーレムの赤熱化した表面が大気に冷える音も、その赤い目のような水晶球の中にわずかに横切った光もすべてが見えた。
それだけではない、戦い続けて溜まった疲労もウソのように消えてゆく、ジェットはそんな薬品だった。
でも”ウソ”なのだ、疲労が消えたのは感覚だけで、実際に消えたわけではない。
これは”無茶をするときの道具”なのだと、それを理解しているからこそロイズはあまりこの手の物は好まなかった。V.A.T.Sの使用による負荷、長時間戦闘による疲労、圧倒的存在に相対するために恐怖をかき消す、そういった条件をクリアするためにやむなく使うのだ。
「だから今こそ無茶する時ってぇ・・・!」
研ぎ澄まされた反射神経が、今か今かと始動の時を待ちわびる。
やがてミスリルゴーレムの腕が振り下ろされた瞬間、その身体は真正面からそれに相対した。
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白銀の騎士がミスリルゴーレムとぶつかり合うのを席上でじっと見ていた彼の相棒も、ようやく重い腰を上げる。
だがその向かう先は舞台の方ではなくむしろ出口に、逃げる方角に向けてと言った方がよく、アルはその背を呼び止めた。
「ダ、ダンナ?えっ、逃げちゃうんですか?戦わないんですか?ダンナ強いし百人力ですし・・・」
信頼する男が戦いの場から背を向け、すごすごと引き下がっていくように見えたアルは声のトーンを落としがちに言う。現にティコはいつもそうだが武器を装備していて、戦う能力はあるのだ、その彼が戦場で戦う相棒を見捨てて逃走するということがアルには引っかかった。
アルの声を聞いて、ティコが離れたスペースを挟んで座っていたテッサもその背に声を掛ける。
だが彼女の問いかけは、どちらかというと彼の能力に対する信頼を語っていた。
「ティコ、君ほどの男が逃げるとは見損なったよ、悲しいなあ・・・っていうのは冗談だよ。何か秘策があるんだろう?ボクでも知らないような道具と知識をいっぱい持っている君だ、この状況の打破を計画できるメインディッシュを
「ああやっぱり!さすがダンナ!何か持ってくるんですか?手伝いますよアタシ!」
人差し指をピストルのようにしティコを指しキメ顔を作るテッサと、一転期待の声に変わりすかさず席を立ちティコのすぐ後ろにつくアル。ティコは立ち止まると、ぽりぽりと困ったようにこめかみを掻いてから振り向いた。
「あー、まあ言うとおりだ、秘密兵器を持ってくるわけだが・・・確かに一人じゃ持ってくるにゃ重いな」
「あーさっすがダンナぁ!大丈夫ですよアタシ普通の子より力強めですし!足も速いですしー!」
「ああ助かる嬢ちゃん、ついてきてくれ・・・で、テッサ、聞きたいことがあるんだが」
アルを抱きぽんぽんと頭をなでくりながら、ティコはテッサに目を向け問う。
視線を受けたテッサはまってましたとばかりに胸をぽんと叩いた。
「なんでも質問してくれていいよ、なんたってそのためにボクは君たちといるんだから」
「そりゃいい心意気だ、それでなんだが・・・奴さん、身体のあのなんだ、赤い珠が弱点ってのは間違いないんだな?」
ティコの質問に、テッサは腕を組むと顎に手をやる。
少し考えたのち、彼女はまた人差し指を指して答えた。
「学術書や図鑑に載ってるゴーレムと同じものだから間違いないとは思うよ。ただ元々ミスリルゴーレムは魔法くらいしか対抗手段のない上位魔獣なんだ、あれほどの炎を受けて溶けて消えるどころか欠けてすらいないとなると何かが介入したか・・・とにかくとてつもない力を持った何かだ・・・でもまあ、期待してもいいんだよね?」
「バッチリだ、賭けになるかもしれんが任せとけ、俺と相棒が揃いや敵なんかないさ」
ティコも人差し指でピストルを作りテッサに向けると、互いに笑む。
ティコは抱いたアルを放すとトレンチコートを翻して向き直り、駆け足を作って階段を登っていった。
「嬢ちゃん行くぞ!相棒がこんなとこでへこたれるタマとは思えんが早いに越したこと無い!」
「いつでもどうぞダンナぁ!先行って鍵開けて待ってますよぉ!」
小柄ながら、歩幅で勝るティコを差し置いてすたこらと走って行くアルを目で見送り、負けてられないな、と足を速めるティコ。出口を通る直前、舞台上をちらりと見ると彼の相棒が岩の豪腕をすんでのところで避け横っ腹にパンチを叩き込んでいた。
「持たせろよ相棒・・・お前がB.O.Sでつくづく良かったと思ってるぜ、なんせ・・・」
「“
駆け出すと、彼はもう止まらない。
廊下を抜け、街を抜け、街路を抜け、ただひたすらに速く走り続けた。
※1
レストランとかで見かけるアレ、銀のドーム状の蓋。
これが出てくるだけで高級感が増す便利アイテム。
なおジェットはグールには効かないのでティコさんは使えません、使わないでしょうが。