トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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たぶん遅れる理由は文字数が増え続けているせいだと思うんですがそれは(19257文字)。


第三章:奮戦、白銀闘士 10話 『電光、雷光、超電磁石火、白銀闘士』

 

 すたこらさっさと、息が切れることも辞さないとばかりの駆け足で街を駆け抜けティコとアルは街の端よりやや内側、買い物や仕事に繰り出すにはちょっとばかり不便な立地であったし柱の皮がささくれているなどのガタが悩ましいログハウス、でも住めば都を体現する愛しい借りわが家に戻ってくる。

 

 もっともアルは身体に流れる先祖返り、猫の亞人の血が人間を超えた敏捷性を与えているし、ティコの方は立場の関係で途中をある程度すっ飛ばしてはいるが、仮にも軍隊訓練を受けた身であったために長距離のダッシュなどお手の物であった。

 

 思えばアルもティコも、そしてスクライブでありながら毎日の運動を欠かさず、輸送キャラバン隊で鍛えられたロイズも運動能力に関しては十二分な水準を満たしている。

 そうなると唯一メンバーで身体能力が平均を下回っているのはやはり魔法主体、本の虫で移動中もキャンパー荷車に寝転んでいたテッサだけであろうか、ティコがそう頭に浮かべた瞬間今も闘技場で魔法の光弾を投じロイズを援護している銀髪のエルフがくしゃみをしたが、彼女は一人風邪かな、と鼻下を指で拭い再び攻勢に転じた。

 

「ふーっ、嬢ちゃんは先についてたか。俺も年食って膝関節に自信が無くなって来てたとはいえ結構走りにゃ自身があったもんなんだが・・・若いっていいなァ、そろそろ杖突いて隠居するかなァ・・・」

 

 自嘲気味の、しかし思いもしない独り言をこぼす。

 それからふっと考え、もう一言言葉に加えた。

 

「・・・金が無いなぁ」

 

 

 ようやく到着したログハウスの小さな扉、自身がくぐろうとすると頭頂部が引っかかってしまうこじんまりとした木づくりの扉の鍵が開けられ、閉めるのを忘れたとばかりにぱったりと開けっ放しにされたそれを見て、ティコは自分より先に駆け出して行った小さな赤毛の少女と自分との身体(しんたい)の柔軟さを比べる。

 

 相棒のピンチということもあって帰りの体力を残す程度には全速力で駆け抜いたにも関わらず、ずっと距離をつけられていた事実に齢151、そう遠くない内にもう一つ歳を増やすグールは年端も行かぬ少女の無尽蔵な体力を賞賛するとともにこころなしか傷んだような気がした腰をとんとんと叩き、ログハウスの階段を上がると頭を下げて扉をくぐった。

 

「嬢ちゃん待たせたな、なんせ年寄りは膝が弱くてかなわん」

「あ、ダンナ!いいんですよそんな謙遜しなくて、足の早さでも負けたらアタシの方こそお役立ちポイントが無くなっちゃいますから!」

 

 ティコの来訪をよく効く耳で察知していたのか、ログハウスの隅に積まれた”向こう側”から持ち込んだ荷物の山の小脇にいたアルは既に入り口を向いており、ティコを見るなり笑顔で言う。

 

 この小柄な赤毛の少女は気の利くことに、自分では積まれたアイテム群の名前も使い方もわからないからだろう、ティコが来る前に足の踏み場があるくらいの間隔で荷物を床に並べてくれていたようで、ティコからすれば見慣れた物品がひとつひとつ丁寧に、ちゃっかりすぐそばのテッサのベッドまで埋め尽くすように並べられていた。

 

「助かった嬢ちゃん、いい子だ」

「いえいえこれしき~」

 

 物品郡の隙間に足を通しつつアルのところまで行き、目を合わせて撫でてやるとアルははにかみ笑顔で受け入れる。その様はよく懐いたメス猫のようで、猫がほぼ絶滅したウェイストランド出身で猫を図鑑でした知らないティコにも、彼女に流れる血を持つ猫という生物がどんなものであったかをおぼろげに想像させた。

 

「それよりもダンナ、早いとこ行かないとロイズさんが!」

「ああ言わずもだな、パワーフィストはこっちの連中を相手にするにも十分だと思っちゃいたが、あんなデカブツ相手にゃそもそも持たん・・・そういや東海岸からやってきた奴が見上げるような大型ロボットがエンクレイヴの連中を殺して回ってたって言ってたが、あんなもんだったんだろうかなぁ」

「え?何の話です?」

「独り言さ、嬢ちゃんそれ取ってくれ、持てるか?」

 

 ティコが指さしたもの、すぐさまアルは持ちあげるが、とても少女には少し不釣り合いなくらい大きい。重さにしておよそ20ポンド(9kg)、大人の手にもしっくりくる重さのそれは少女の腕にはずしりと来た。

 

「な、なんのこれしき・・・どうぞっ!」

「ありがとな嬢ちゃん、秘密兵器第一号は俺の使うもんだ、こいつは俺が持っていくから心配せんでくれ」

 

 ティコは両手に持った大きな獲物、緑の砲身に銀の発射機、複雑な計器のやかましい大型の武器――― ”ミサイルランチャー”の電源を入れたり切ったり、砲身を折り曲げたりして調子を確認する。

 

 旧式のロックウェル・ビッグバズーカがあまり使われなくなったこの時代でもっぱらミサイルランチャーの名を欲しいままにしているこの武器は、その名の通り長さ60㎝程度のミサイルを投射するための発射装置だ。

 経年劣化や故障によって大抵のモデルは誘導装置が壊れているためサルベージしたものに関しては、銃器製造メーカーガンランナーが発売した誘導装置をつけないと誘導砲としての効果を発揮せず、実質無反動ロケットランチャーとも呼べる代物に成り下がっている。

 

 しかし威力自体はチャチな爆発物とも比べられないくらい強力であり、その拠点破壊能力は小型核ミニ・ニュークのコストと過剰威力と比較してウェイストランドでは幅広く使われる、軍隊同士の集団戦闘では必ず出てくるとも言えるメジャーアイテムと化していた。

 

 

「ダンナ?何なんですそのブッソーなの」

「ミサイルランチャーさ、重くてデカい使いにくい武器だがまあ・・・城も壁くらいなら、この家なら木っ端微塵に砕けて無くなるくらいには威力のある武器だな、うっかりセーフティを外さんでくれよ」

「そ、そんなとんでも・・・肝に命じておきます」

 

 ハハハ、と笑って言うティコに対し、アルはその大爆発を想像しちょっとだけ身震いした。

 

 なにせこの世界の城というものは、向こうと同じ通り要塞としての役割を担う。

 少し違うのはその、要塞としての防御力の差だ。ただでさえ金が掛かっているのだからこれくらい当たり前と、壁面に魔法処理がされているのは当たり前で場所によっては反射の魔法やトラップが組み込まれているものもある。

 

 実のところお城側が完全に封鎖して閉じこもってしまうと、シェスカのような力のある魔法使いですら突破は困難を極める難攻不落の要塞と化してしまうのだ、そこに穴を開けられるということは絶大な戦術価値を誇るということであり、それを武器が成すのなら尚更だ。

 ティコは知らないからこそ笑って言えたものだが、アルは知っていたからこのことは黙っておこうと、記憶の隅だけにとどめておこうと肝に銘じた。

 

「っと、弾も十分にあるか・・・全部合わせて二十発、この先少し心許ないが。まあ出し惜しみしないのが軍隊の鉄則で俺のポリシーでもあるからな、この際持てるだけ持ってくとするか」

「変な形だなあ、あの赤髪胸ペタに見られたら絶対”鉄のイチモツ”とか名付けられますよコレ」

「こらこらかわいい口からそんなこと言うんじゃない・・・まあ部隊内にそれで遊んでる奴は確かにいたから笑えないんだがなぁ」

 

 

 ミサイルの詰まった箱からいくつか出し、個数を確認するティコは昔、股間にミサイルをくっつけて遊んでいた浮ついた下士官がいたことを思い出し笑えない気分になる。ついでに酔った自分が同じことをしていたことにも。

 

 アルがミサイルの先っぽを持ってくるくる回していたのをひったくり箱に全部詰めると、彼は並べられたアイテム群からもう二つ、今度はフィストを拾い上げる。ティコ用ではない、今も戦い傷つくロイズのためとして、両手左右、種類の違う一対のフィストを手にとった。

 

「あ、分かりますよ、ロイズさん用のでしょ?それにしても面白い形の手甲ですよねえ」

「防御というよりは攻撃用のグローブではあるんだがな、この二つは耐久性に欠けるもんだから特にその要素が強い、まあ物理的威力ってワケじゃないもんなんだが――― 奴さんを倒すにゃそれが決定打になってくれる気がしてな、賭けには違いないが」

「他にはいいんですか?それならアタシその手甲持ちますよ、その大きいのは・・・ちょっと走れなさそうだし」

「はは、まあそうだろ、どっちにしろ俺が使うから俺が持ってくさ。とりあえずはこれでいいだろうさ、一応スティムは余分に用意して・・・(ヤク)はもうあいつジェット使ってやがるから十分だ、中毒にさせると面倒だしな」

 

 二つのフィストをアルに持たせると、彼女は小脇に抱えてティコに家の鍵を渡し、すぐにログハウスから出て走りだす。

 

 その様子を目で追ったティコは救急箱からスティムパックを適当につまんで懐のポケットにねじ込み、背中にはスリングベルトで肩から抱えたミサイルランチャーを、片手にミサイルの入った弾薬箱を持ち上げるとログハウスの扉を来た時と同じように頭を下げて出て、振り返り扉を閉めると鍵を締めた。

 

 少しばかり身重になった身体で駆け足しながら元きた道と同じ道をなぞるように進む。

 今も戦う相棒のことを考えると、駆け抜く足はテンポを無視し少しだけ速くなった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ―――頭痛が収まり、思考がじんわりとクリアさを取り戻してゆく。

 

 

 頭痛という継続的なノイズに脳が打たれ、ぼんやりとしていた頭から戻り真っ先に思ったのは状況を把握しようとすることだ。背もたれにしていたらしい壁から背を離し、右へ左へと視界を動かす。

 

 左に視界が傾いたとき、最初に見えたのは茶の短髪、緑気味のシャツに背負った弓、腰やスリングベルトには小さなナイフがいくつも差し込まれた姿。

 

 ああそうだ、この格好はバラッドだ、自分が上級魔法を放つ前に召喚術師のオーケンの肩を抱いて外まで行っていたはずだったが戻ってきていたのか。”栓詰まり”による精神疲労が残る中、シェスカは記憶を呼び起こしながら視線を別に動かす。

 

 フラティウを探すためだった、だが彼は視線を右左に動かすまもなく、すぐに見つかった。

 舞台上で岩の巨人――― 魔法鋼ミスリルの原石の塊、既に赤熱化した部分がおさまりかけているミスリルゴーレムに剣をぶつけている。

 

「フラティウ様っ!」

「駄目だシェスカちゃん!君はまだ”栓詰まり”の疲労から戻ってない!足もうまく動かせないだろうって!」

「でもダメよ!あたしの最大魔法ですら仕留め切れなかったのよ!?戦っても―――」

 

 現に、巨剣でミスリルゴーレムの腕を受け止めたフラティウが少しずつ押されていく姿が見える。

 気が気でなくなったシェスカは力のうまく入らない足を引きずってでも舞台に近づこうとするが、バラッドはそれを無理矢理静止し彼女を引き止める。

 

「やめるんだ!今の君が行っても魔法はロクに使えないだろう!?それにあそこならフラティウさんも死なない!」

「でもみすみすフラティウ様をすり潰させろって言うの!?そんなの!」

「いい加減にしないか!今の君は――― 役に立たない!それに・・・」

 

 バラッドの言葉に決定打を受け、膝をついてただ傍観者に徹するシェスカ。

 だがバラッドはその言葉に続けるように、舞台上に目を向け指さした。

 

「フラティウさんは一人じゃない!」

 

「だっしゃぁぁぁぁ!!」

 

 バラッドが言うと共に、叫び声が会場に響く。

 青年特有の、子供時代と大人時代を混ぜあわせたような青っぽさの残る声だった。

 

 その声に反応しシェスカが舞台上を見る、視線の先舞台で叫び、そして跳ねたのは白銀の鎧――― 重厚なパワーアーマーを身に纏い、鋼鉄の拳パワーフィストを嵌め低い姿勢からアッパーカットをミスリルゴーレムの腕関節に叩き込んだロイズだった。

 

 ロイズの必殺拳をまともに関節に受けたミスリルゴーレムは、前と同じパワーフィストによる一撃、しかし以前とは違いその腕を一気にひしゃげさせフラティウを押しつぶさんとしていた腕を中空に遊ばせる。

 見た目には何も変わったところはない、だが確実に強くなっている。ただ叫びが増え、より俊敏になり疲れ知らずな様、そうして見るとそれは強化というよりも”ハイになっている”ということが分かり、彼を見る者に一抹の心配をさせた。

 

「・・・あいつ、急に動きが速くなってる・・・」

「シェスカちゃんが栓詰まったあとロイズが何か・・・薬を使ったんだよ、どんなものかは僕も知らないけどロイズは、みんなのために身を削ってまで戦ってるってことなんだ」

「気分が高揚する薬って、アクハーブとか?どうやって手に入れたのよそんなの」

「高いけど使用自体は禁止されてないし、森に行けば自生もしてるからたぶん・・・でもロイズはそういう目的で手に入れたんじゃないと思う、じゃなきゃ僕達の目の前で、僕達を背中にして使うわけがないと思う、だから・・・」

 

 バラッドは、背負った弓を引き抜き持つと立ち上がる。

 

「僕もロイズとフラティウさんを援護してくる、僕が役に立つか分からないけど・・・シェスカちゃんは今はとにかく休んでいて」

 

 それだけ言うと、シェスカの肩を持ちゆっくりと壁にもたれかけさせ、バラッドは激戦の舞台へと駆けていく。シェスカはそれをぼおっと見送り、手のひらに小さな火を灯した。

 

「役立たず、ね・・・アンタよりも今のあたしの方がよね、バラッド」

 

 灯した小さな火はまるでガスの元栓を乱雑に操作しているように、小さくなったり大きくなったりを繰り返し勢いを安定させない。自分が何よりも得意とする魔法の調整がうまくいかないほどに自分が弱っていることに唇を噛むと、シェスカはだらりと腕を地面に垂らしその目を戦う男達に向けた。

 

 

 ぶり返してきた頭痛に目を細め、送った視線の先。バラッドが弓を射り巨人の注意を引き、隙を見てフラティウが斬りこみ、空いた土手っ腹と細身の関節をロイズが勢いのまま殴りつける。

 

 見事な連携だ、だが一歩足りずミスリルゴーレムには決定打を与えるに至らず、結果フラティウも少しずつ息を切らしていく。

 彼の身体は身にまとった魔道具の黒鎧によりスタミナと魔法防御力を強化されていたが、それでも長時間ミスリルゴーレムの身体に飛び乗ったり振るわれる腕を避けることは、なかなかに消耗が大きかった。

 

「力不足で助けられて、あとは見てるだけ・・・」

 

 シェスカはそんな彼らを見ながら、全力全開を叩き込んだ自分の判断ミスを嘆く。

 ”今”の自分の全開ならば、倒せぬ相手はいないと思ってばかりだった、ゆえのミスで、結果戦力が減り彼らは苦戦を強いられているのだ。

 

 ミスリルは魔法鋼であり内部に蓄積したマナ、無くなれば大気中のマナを吸い上げ硬度を増す性質を持つ特殊な金属であり、ゆえに魔法以外に弱点がほぼ無いと行っても良い、ミスリルで築き上げたフルプレートメイルの騎士など一騎当千の存在なのだ。

 だからあそこに自分が加われば、多少なりとも戦局を善い方向に傾けることもできただろう、しかし身体は酔いが回り頭を内側から殴られ、重量を何倍か重くかけられたように動かない。

 

「あの時と同じじゃない・・・結局変わってないのね、あたし」

 

 忘れられない記憶をフラッシュバックさせ、自分の無力を呪いため息をつく。

 視線の先ではフラティウが、ロイズが重い一撃をミスリルゴーレムに同時に叩き込み、ついに一歩、重量の塊を後ろに仰け反らせた。

 

 その姿にシェスカも目を見開き、重力に従って降りてきた二人の戦う背中を見る。

 その姿にひとつ、彼女は思うところを感じ口にした。

 

 

「そういえば、フラティウ様もあの童顔も・・・魔道具だっけ、鎧とか剣とか」

 

 視線はフラティウが手に持つ呪い剣、黒地に蛇の彫刻が目立つベルセルクと、幾重にも装甲が織り込まれた黒い鎧、フラティウのことはよく知っていたから、生物的に動く気味の悪い手甲と剣をしまう鞘も魔道具――― 古代遺跡から掘り出したアーティファクトであることを知っていた。

 

 ロイズの方も見て、彼が身に纏う白銀色の鎧、羽根のように広がる肩には彼の所属を表すのだろうか奇妙なマークが描かれており、背中にも使い方の分からない円形の持ち手がついている、以前戦闘で数人がかりでハンマーや斧で打たれても傷ひとつ見せなかったことがその硬さを物語っていた。

 

 今手にはめている拳も、敵に打つと急に拳が飛び出すからやはり魔道具なのだろう、これまで結構戦ってきたから、彼が他にも色々と拳の魔道具を持っているのは知っている、ああ見えて結構に財力やコネがあり、顔は幼いしガラも悪いがやっぱりいい身分なのだろう、とシェスカは思った。

 

 自分が”強い”と思った二人は、その力を魔道具によって補強されていることに気づく。

 そこでふと自分の側に落ちていた杖、家を出た時から使っている”白金のケーン”と呼ばれている魔法杖が目に入り、拾い上げると目の前に置いてじっとその形を見つめた。

 

「・・・もうだいぶ、壊れてきちゃってるなあ」

 

 見れば見るほど宝石付きの豪華な杖、白金のケーンはその輪郭に細かな傷を堪えており、気が付かなかったか自分が持って隠していたせいなのか持ち手の部分には小さなヒビすらもが見えている始末だった。

 自分の力を過信しすぎて道具に負担をかけ、結果元々大事に使っているとはいえど、経年劣化を続けていた杖に更に大きな損傷を与えてしまったことを理解すると彼女は自分を恥じた気持ちになる。

 

 ―――だがそれでもひとつ、並び立つ二人を見ていた彼女は思わずにはいられないことがあった。

 

 

 

「―――あたしもあんな凄い魔道具あったら、もっと強く慣れるのかな」

 

 一人呟いた悲しげな独り言は、誰にも聞かれずに観衆の喧騒にかき消された。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「っだっしゃおらっ!!」

 

 

 打ち付けた鉄の拳が弾かれ、同時に身体も押し戻されたことを感じたロイズは慣性に身を任せるとそのまま着地、地面を少しだけ擦って止まる。

 

 そこにすかさず返す岩の塊が振りかぶられ、ロイズはすんでのところでがくんと身体を折り曲げ、ブリッジの姿勢になってまで避けるとそこに更に追撃されるもう一撃を横にごろごろと転がって避け、間を入れずに立ち上がり拳を握った。

 

「ッたくこっちばっか見やがって・・・!そんなにオレが気に入ったかよ!?上等ッ!どっちが先に参るか勝負と洒落込むかよッ!」

 

 執拗に攻撃を続けるミスリルゴーレムの腕を視界に入れながら、ロイズは再三のV.A.T.Sを起動する。

 

 ギリギリまで引きつけてからかわした岩の腕は地面を響かせ、ロイズはその脇下を掻い潜るとミスリルゴーレムの股下へと高速化をいいことに潜り込み勢いのままに跳ぶ。そのままジョルトブローを右足の関節に叩き込んでやると、少しだけ姿勢を崩したミスリルゴーレムは動きを一時的に止めた。

 

「目くらましにはなるかも!いっけぇっ!」

 

 バックステップで距離をとったロイズと入れ違いになるように、観客席上で周囲にマナの光を輝かせていたテッサが陽魔法の光弾をいっせいに叩き込む。

 しかしいかんせん威力に欠けるのは明白で、彼女が言うとおり直撃した顔の赤水晶球、その中の光が目をつむっているように少しの間失われただけの時間稼ぎに終わった。

 

「助かるテッサ!」

「どういたしまして!でもちょっとボクの細腕じゃあ押しが足りないかな!」

 

「その補完は我々に任せおけ!とえぇぇい!!」

 

 フラティウが、地面を押さえ身体のバランスを取るミスリルゴーレムの腕関節めがけ全力の一撃を更に追撃させる。

 するとさすがのミスリルゴーレムも大きくバランスを崩し、頭が腰より下に来るほどまでに姿勢を大きく変貌させた。その隙を逃さないとばかりに今度はバラッドがミスリルゴーレムに飛び乗り、頭まで達すると水晶球の輪郭、隙間へとナイフを突き立て力を入れる。

 

「こいつめ・・・外れろっ!」

 

 器用にも足だけでつかまり、両腕の力をもって水晶球を引き剥がそうとするバラッド。

 しかしその超近接的攻撃に危機を感じたのか、ミスリルゴーレムが腕の治癒もまだのまま再び動き出す。

 

「わ、わあっ!?」

 

 バラッドがすかさず跳び下り距離を取ると、彼が着地した地点に拳が振り下ろされる。

 その破壊力と重量感に冷や汗を垂らしながら、バラッドはそばにいたロイズへ向くと言った。

 

「ほんとに僕達だけじゃ無理なんじゃないかな!?」

「それは凄い思った!でもじゃあ助けはいつ来るかって話!」

「何か揉めてるみたいですぐには来れなさそうだったよ、もうしばらく耐えないとダメそう!」

「あーもうこれだから”委員会”とか”議会制”ってヤツはっ!」

 

 言い終わる前に振り下ろされた岩塊を両側に跳んで避け、そこにフラティウの巨剣の一撃が関節部を打つ。

 しかし姿勢の関係で急遽打った一撃は損傷を与えられず、剣を弾かれた彼が後ろに下がるまもなくミスリルゴーレムは彼を無視するかのように、ロイズへと再び向きを変えていった。

 

 しばらくロイズが一人で戦っていた時からというもの、彼を再優先攻撃目標に設定したとばかりにミスリルゴーレムはその狙いのほとんどをロイズに絞り、フラティウらの攻撃には危険が迫った時に対処する程度。

 結果として、ジェットの効果が切れ始め疲れがぶり返してきたロイズは時折訪れる、無茶をした代償とばかりに感じる嘔吐感や体の火照りを我慢しながら、一拳に一拳を、のカウンターの打ち合いを続けているのである。

 

 ならばフラティウが決定打を、となるはずだったが、ミスリルゴーレムに決定打を与える糸口となる”関節への打撃”が有効になるのは、彼らですら”全力で打ち込んだとき”のみ。

 打てば次を打つのに時間がかかり、あまりかかりきりになると今度は岩の腕がぶんと振り回されるものだから回復が済むまでに有効打を再び打ち込むには時間が足りず、ロイズは追われ上手く立ち回れずにフラティウも相手が逃げるものだからやりにくいことこの上ない、という状況だった。

 

 

 また埒が明かず、時間と体力が奪われていく中、ロイズは今の今まで一度も打ち込んでいなかったパンチを敢行しようと計画する。

 

 顔の赤水晶球、そこには彼だけは一度も攻撃を加えていなかった。

 ”もしかすると”を実際に行動に移さなければならないくらいには、追われていた。

 

「―――っもー限界近い、そろそろ決めないとオレがまずい・・・まずい」

 

 身体に回り始めた重疲労の片鱗に危機を感じ、自身が戦列を外れた後の状況を想像する。

 黒鎧の大男は疲れ知らずかもしれないが、それでもそう長くはないだろう、バラッドは論外。シェスカは回復までまだ時間がかかりそうであるし、救援が来るにもまだの予感が背筋を伝う、そうなると―――

 

「あいつテッテーテキに壊して回るはずだぜ・・・こいつだけじゃここから出れねー、だからここにあるもの全部壊す」

 

 観客席の人々は逃げるからいいだろうが、闘技場のあらゆる設備を壊してそれから活動を停止するまではずっとだろう。

 ここへ来たのは目的のためだ、闘っているのも。ここを破壊されれば自身の、自分達の”故郷”が遠のくのは確実で、時間はあるのかもしれないがそれでも焦りが待ってくれない、テクノロジーもカートゥーンもない世界よりもあのどうしようもない世界でどうしようもない仕事をしている方が好きなのだ。

 

 体力も精神力も――― パワーアーマーのモーターの音も、そろそろ稼働を止めて診なければならないくらいには消耗していることを語っている。

 彼はチャンスを一度と決め、それが終わったら時間を稼ぐに徹しようと、そう誓い拳を握りステップを踏み始めた。

 

 

 いつもの彼が得意とする、ボクシングスタイルの構え方だ。

 観客席で根性たくましく逃げずにいる客人の方々も、彼がついに逆襲を決めるのかと目が話せなくなる。

 

「さぁーッ・・・」

 

 深く息を吐き出したタイミングで、ミスリルゴーレムが横合いに殴りつけようと腕を振りかぶる。

 彼はそれに目を見開き視界に捉えたまま、鼻呼吸に切り替え軽く酸素を吸い込むとその一撃を―――

 

 ―――待った。

 

「っだっしゃぁぁぁっっ!!」

 

 

 これまでにないほどの力のこもった叫びが響く。

 ロイズはミスリルゴーレムの全力の殴打を、その身体を大きく広げ”受け止めて”いた。

 

「ゥッ、っつうぅーーーっ!」

 

 27000J分の衝撃吸収能力を持つT-51b型パワーアーマー、50口径弾の弾着にすら耐えうるその硬化改良型を着用していてなお襲い来る衝撃と慣性は、装甲を突き破って彼の肺から空気を奪いにかかる。

 しかし彼はその手を広げがっちりと、ミスリルゴーレムの腕に手を掛けつかみ離さんと気合を入れ、その振りかぶる勢いのままに大きく地面から足を離した。

 

 慣性のまま飛ばされかけるロイズを腕にのせたまま、ミスリルゴーレムもまた重量のもたらす慣性と自身の身体機能の限界にしたがって、腕のふりかぶりをやがて終着点へと到達させる。

 

だが―――

 

「そいつを待ってたッ!」

 

 ―――ロイズはその時を待っていたと、跳んだ。

 

 

 跳躍点はミスリルゴーレムの頭よりも上、言うなれば頭頂部の真上。

 

 振りかぶりの終着点で止まったミスリルゴーレムの腕を踏み台に勢い良くジャンプしたロイズは空中で、体重およそ90kgのその身体をぐるりと回してひねるとほぼ直角に曲げ、”上を向いたミスリルゴーレムの目、赤水晶球と正面から相対する形”をとるとその勢いのまま一気に重力の加速を借り落下してゆく。

 

 パワーアーマーの重量とロイズ本人の体重が大きな加速を産み、やがてその拳が振りかぶられる。

 今までのどのスタイルとも違う、魔法(マジック)すらまともに使えない真に生身の人間の起こせる技としては究極的な衝撃を生む一撃、それは水晶球に叩きつけられると一気に―――

 

「だっしゃぁぁぁ・・・しゃぁぁ!?」

 

 

 ―――打ち付けられたパワーフィストの方を、破損させた。

 

 

「っちょ、ウッソだろお前!ここ一番でぶっ壊れるっておま・・・えぇーっ!?」

 

 驚き一色、目をかっと見開いてプレス部分が壊れぎっこんぎっこんと遊んでいる右手のパワーフィストをバンバンと叩きながら、姿勢を直して着地したロイズはそこに追い打ちするように叩き降ろされた岩拳をミスリルゴーレムの股下をくぐってかわす。

 

 そして距離を取り、また彼を狙わんとゆっくりと、しかし確実に地面を均しながら振り向こうとするミスリルゴーレム。

 ロイズはその姿を見て、右手を後ろに下げ左手を前に出す普段とは逆のファイティングポーズをとる。利き腕とは逆であったが、普通にグローブで殴るよりはよっぽどマシだった。

 

「ロイズ・・・まさかその武器が壊れたのか?」

「そのまさかッスよ本当に・・・くそっ、一気に形勢不利だっ、どうすりゃ・・・」

 

 フラティウも不安げに目をロイズのパワーフィストに向け、ロイズは半ば投げやりに笑って返す。

 正直なところ今のアクシデントによって、彼は勝ち筋を全く潰された気分になった。

 

 彼はとうとう、両手を上げて降参のポーズをとるとミスリルゴーレムから更に距離を取ろうとする。勝てないのならば、せめて逃げ続けるのだ、幸いこの街には多くの強者が存在するから逃げ続ければいずれは援軍が来る――― 肺が潰れそうでも、肩が傷んできても、ひたすら逃げるのだ。

 

 そう彼が決め後ずさった頃、とうとうミスリルゴーレムの身体が完全にロイズ達の方角を向く。

 赤い水晶球がおぼろげに光り、そして、その重く大きい一歩目、死のダンスタイムの時間が―――

 

 

 

 ―――相棒ーッ!よけろーっ!

 

「は!?」

 

 後ろから聞こえた単語の響きに、ついロイズは後ろを振り向く。

 だが振り向くより前に、自らの頭上を”火を噴く何か”が通過したことにより、目はそちらに奪われることとなった。

 

 

 刹那、衝撃波。

 

「うおォっ!?」

「ったくそぉ!ムチャクチャやるッ!」

 

 フラティウもロイズも、衝撃波を腕を交差させ凌ぐ。

 やがて衝撃波がやみ、後に”胸をわずかにえぐらせたミスリルゴーレム”の姿が残った後、何が起きたか理解できないフラティウはただその姿を見続け、そしてロイズは―――

 

「おいグール!避けろって言うのは撃つ前だろ殺す気かよっ!乱入か!?」

「はは!いや悪い!今撃たんと奴さん近づいてきそうだったもんでな・・・まあお前らなら大丈夫だろ!現に大丈夫だったしな!それに奴さんのが先に観客席に乱入してるからおあいこだ!それにしてもあのデカブツ、まだ立ってやがるぞ相棒!ミサイル食らってこれたぁ思った以上に根性のあるヤツだったらしい!」

「他人事みたいに茶化しやがって・・・!でも当然だろ、オレがこんだけ根性試してまだ立ってんだ・・・心臓が毛で出来てる奴だろーよ、あるか知らねーけど」

 

 振り向いた先、観客席ので砲後部に人が入らないよう階段を背に”へり”に足をかけ大きな獲物、発射口から煙を立ち上らせるミサイルランチャーを構えたティコが、いつもの調子で笑いながら話す。

 だがその肩を見ると上下しているのが分かり、つい先程までこの歴戦の戦士が息を切らすほどまでに急いで走っていたのだということが認識できた。

 

 彼はミサイルランチャーの砲身を折り曲げると、傍にいたアルに声をかけミサイルを一本もらい砲身にねじ込む。

 ミサイルの弾頭がひょこっと砲口から顔を出したのを確認したあと砲身を戻し、セーフティを外し直すと彼は砲身中央に取り付けられた計器類に合わせるように取り付けられた誘導用スコープを覗き込み、その中央にミスリルゴーレムを据えた。

 

「トドメにゃならんかもしれんが、相棒傷めつけた分少し痛い目見ろってんだ!」

 

 トリガーが引かれた瞬間、砲身で火を付けられたミサイルが爆炎を放ち砲口から勢い良くとび出すと同時に、砲後部から無反動を実現するための爆風が飛び出し観客席脇の階段に叩きつけられる。

 その暴風は周辺に座っていた人々に吹き付けると瞬間、一気に沸かした、本当にたくましいとティコはまた思う。

 

 誘導装置の誘導に従って軌道を変え、空気の層を突き破っていくミサイルはやがて着弾、ミスリルゴーレムの身体に巨大な衝撃を加えると共に暴風をそこらじゅうに弾けさせ、その身体を更に大きく仰け反らせた。

 

「君の相棒は本当になんというか・・・未知の体験ばかりを与えてくれるな、本当に。しかしこれでもまだ破壊できんとは・・・万策尽きるか?」

「っちくしょー、ミサイルとかパワーアーマーでさえブッ飛ぶ威力してんだぞ・・・コレぶち込んで死なないとか硬さはデスクロー以上じゃねーか。おいグール!弾切れる前にどうにか出来そうかよ!?」

「今出来ないって確信したぜ相棒!まあ自慢はできんが、だからお前にもな!”秘密兵器”、持ってきてやった!今日の主役はどっちしろお前なんだ、派手にぶちかましてやれ相棒!ちょっとこっち来い!」

 

「だーいじょうぶですよダンナ!これくらいの距離なら!アタシにかかりゃー!」

 

 巨剣の構える高さが驚きの連続で少しばかり低くなっているフラティウを横目に、後ろを振り向いてティコに勝ち筋の是非を問い質したロイズはティコの更なる言葉を聞くと、それに従い駆け足で舞台を飛び降りようとする。

 

 だがその寸前、ティコの後ろから景気のいい声とぶんぶんと重たいものを振る音が聞こえ、ティコはふと振り向く。

 その瞬間、その”重たそうなもの”が結構な勢いを持って空中に投げ飛ばされた。見ればそこには肩をグルグル回してもう一つの秘密兵器を投げ飛ばそうとしているアルがおり、猫のようにしなやかな体躯の彼女が思った以上に強肩をしていたことに驚きティコはこめかみをポリポリと掻く。

 

 投げ飛ばされ、絶妙なコントロールでロイズの手の内におさまった”秘密兵器”を両方とも受け取った彼はその二つのフィストを見て――― つい口角を上げ笑ってしまう、なるほどこんな方法が、普段のイメージとは裏腹に地頭のいい彼は受け取ったフィストを見ただけで、相棒の”作戦”を理解したのだ。

 

「・・・ほんとムチャクチャだ、だけどよ・・・おもしれぇーっ!!」

 

 壊れたパワーフィストと共にもう片方のパワーフィストも外した彼は、それを綺麗に並べると働いてくれた器物への感謝の気持ちか、ぐっとサムズアップをパワーフィストに向ける。

 

「ま、後で予備パーツで直すんだけどな・・・っ、少しそこで休んでてくれよパワーフィスト・・・ちょっとばかし”後輩”に手柄譲ってくれ、っと」

 

 受け取った秘密兵器、フィストを両腕に嵌め、くるりと後ろを振り向くロイズ。

 そこではロイズの準備の時間を稼ぐとばかりに、フラティウが一歩も引かず剣を打ち鳴らしていた。

 

「フラティウのおっさん!」

「おおロイズ!君の新たな力、期待させてもらってもいいか!」

「バッチリだよ完璧に!今度こそバラバラのボロボロにして、それで溶かしてでっかい剣打ってやる!それで売ってうまい食材でも買う!ウチのちみっ子は料理がうめーんだよ!反撃だぜデカブツ、百倍返しにしてやらっ!」

 

「フフ、君らしい!では頼む!我では力不足だ、我が命運と人々の声援、君に託す!」

「まってらぁーっ!」

 

 ぶんと空気を殴り引き裂き、使い慣れない拳のフィット感の違和感を調整する。

 

 やがてコツを掴んだ彼は、今まで待ってやったのだとばかりに再三襲い来るミスリルゴーレムの豪腕をすんでのところで避けその左拳――― 爆殺フィストのようにプレスが取り付けられ、全体に張り巡らされた黄色のラインと送電線が目を引くハイテクフィスト。

 

 “エレキハンド”を叩き込んだ。

 

「しびれろっ!」

 

 強度の高いものではなければ物理的破壊力に期待するものでもないこのフィストを、ロイズは叩きつける、というよりは押し付ける、といった感じに地面に垂らされたミスリルゴーレムの腕に密着させる。

 

 瞬間真っ白い閃光がほとばしり、接着面から大量の電撃が放出された。

 フィストの電源部分に取り付けられた大容量小型電池、エナジー・セルのもたらす大出力の電圧が、手持ち武器の常識を遥かに超えた高圧電流による攻撃を実現しているのだ。

 

 エレキハンドはB.O.Sのスクライブ達の間でひそかに流行しているフィスト型ハイテク武器であり、物理的破壊力はほぼ無いがその性質上ロボット、パワーアーマーの内部機構をショートさせることが可能で技術を回収するのが役割の彼らにとっては、ガワだけでも完全にテクノロジーを無傷で回収可能になる点において好まれていた。

 

 レーザー持ってるロボットに近づいて殴るとか自殺行為じゃねーか、とロイズ的には無茶苦茶な考えに思えて仕方なかったのだが、それでもレーザーや小銃弾で損壊したものよりも内部機構が損傷せどまるまるテクノロジーが手に入る方がいい、時に技術は命よりも価値を持つのがB.O.Sであった。

 

 ミスリルゴーレムにとってはまさに未知、電気という概念自体あるか怪しいこの世界においてもまさに未踏査領域にある攻撃方法だっただろう。腕部から高圧電流を受け、すべらかな表面に従って一気に感電領域を広げていったミスリルゴーレムは、制御装置である赤水晶球に電流を流されマナを乱されるとたちまち身動きを封じられたのである。

 

 だが、これだけでは決定打にならない。

 ミスリルゴーレムの耐久性は高圧電流程度ではやはりどうにもならないのだ。

 

 

 ―――だから。

 

 

「だからそのまま動くなよッ!こいつでっ!!」

 

 猛るロイズはエレキハンドを離し流れる電流を停止させると、今度はぐっと逆の、”右拳”を振りかぶる。

 

 やはり打ち付けるのではなく、押し付けるように、ぎゅっと握った拳の先端のスイッチをミスリルゴーレムの表面で押すようにして、そのハイテクフィストの一撃をゼロ距離にて容赦なく打ち込んだ。

 

 瞬間、”衝撃波”。

 

 

 ”ディスプレイサーグローブ”、ロイズが打ち込んだハイテクフィスト、すっきりとした白地の本体に例のごとくエナジー・セルを埋め込まれ、送電線がむき出しになっている。

 その真価は”衝撃波”を生み出すこと。ナックルガード部分に取り付けられたスピーカー状の装置が敵に押し付けられた瞬間、脅威の威力を持つ衝撃波が対象の身体を一気に伝播し、次いで弾き飛ばす。

 

 B.O.Sでもパラディン(士官階級)が愛用する超電磁銃、ガウスライフルの電磁加速機構が応用されたその衝撃波発生装置は、適切に運用することで相手次第ではパワーフィストを遥かに凌駕する威力を叩き出せるのだ。

 その衝撃波はミスリルゴーレムの腕との接触面からその硬く伝導率の高い岩塊を一気に伝い、やがてその中核――― ミスリルゴーレムを”ゴーレム”たらしめている制御装置、岩の身体の中にあってなお赤く妖しく輝く赤水晶球へと到達する。

 

 

 ―――衝撃波は、水晶球にヒビを入れると間髪入れずに打ち砕いた。

 

 途端にミスリルゴーレムの左腕部、地面に打ち据えられたまま感電により動かなくなっていたその豪腕の関節部。マナという糊によって物理法則を超え接着されていたその部位がぼろぼろと、ただの石ころに戻ったかのように崩れ、地面に転がる。

 

 左腕を失ったミスリルゴーレムは、残った右腕とのバランスをとるためやや左に逸れた姿勢を維持しながら、それでもなお立ちふさがるのだ。

 

「だっしゃーっ!決まったっ!」

「おお・・・おお!あのミスリルゴーレムの腕をいとも簡単に!これなら勝てるぞ!」

 

 ぐっとガッツポーズを取るロイズと、つられて拳を握ってしまうフラティウ。

 今度こそ見えた勝ち筋は、確かな勝利への道を見せてくれた。

 

 だがそんな感情を抱くことすら許さぬとばかりに、ミスリルゴーレムはなおも動き腕を振り回す。

 ロイズはそれをしゃがみ、のけぞり、跳びかわすと、更に隙を突いてはその岩の腕、虎の子に残った右腕へ向けて再びディスプレイサーグローブの一拳を叩き込んだ。

 

「これでもう何もッ・・・できねーだろっ!!」

 

 ロイズの叫びが後押ししたかのように、残った右腕は轟音を上げて地面を転がり舞台上から落ちる。

 両腕を完全に失ったミスリルゴーレム、だがその動きが止まることはなく、ならばせめて残った足でもと、重量を武器に道連れにせんと更なる攻勢を仕掛けてくるのだ。これには敵ながらあっぱれと、ロイズも踏み込んでくる足を避けて思う。

 

―――ならばもう終わりにすると、ロイズはここにきて”再三再四”のワードを頭に思い浮かべた。

 

 

 

「V.A.T.S、もう一回だッ!」

 

 自身が持つ”切り札”、神経と直結したPip-boyが機械的な信号により身体に更なる無茶をさせ実現する戦闘システム。V.A.T.Sを起動したロイズはヘルメットの内側のディスプレイ上に、敵の身体が部位別に診断され適時、一箇所一箇所に異なる命中率が記載されていくのを目にする。

 

 だが狙いは全て、”頭”だ。

 

 マーカーのロックを全てミスリルゴーレムの頭頂部に設定したロイズは間髪入れずに走りだす。今はただ敵を倒すことだけ考えると、疲労や度重なる無茶によって行動可能な精神力を示すAPは既に半分以下に低減していたが、それでも十分だった。

 

「フィナーレだデカブツ!」

 

 避けた足に向かって跳び、しがみつくとそのままミスリルゴーレムの膝に足をかけ一気に肩口までつかまる。

 ミスリルゴーレムも察したのだろう、身体を滅茶苦茶に振り回してロイズを振り払おうとするが、それでも腕を失い遠心力に欠ける身体ではロイズを振り払うことはできず結果、しがみついたロイズは肩口から一気に登ると中央――― ミスリルゴーレムの頭頂部、全部位を統括する赤水晶球の目の前へとしがみつく。

 

 視界を奪われ、目の前に写るのはただ”右拳”を振りかぶり今まさに殴らんとする白銀の闘士。

 

 振りかぶられた拳はそのまま赤水晶を打ち据えて―――

 

「こいっ、!つでっ!終わりだろォ!!」

 

 ―――何度も何度も、ディスプレイサーグローブの衝撃波を叩き込む。

 

 頭頂部の赤水晶は他に比べ硬度に勝ったがそれでもついにはヒビが入り、亀裂は広がっていき、やがて無数の裂け目を生むとついに砕け散る。

 ”魔獣”の終わり。魔獣を魔獣たらしめていた核を破壊されたミスリルゴーレムは接合部の岩塊を全て散らし、ついにただの岩ころとなって舞台上を転がってはぶつかり落ちては地面をへこませる。

 

 その姿に生命の息吹は感じられず。

 スクライブ・ロイズは勝ったのだ、確かにこの瞬間、魔獣を相手に勝利した。

 

 

「―――終わったぁ・・・」

 

 ゴーレムが崩れ落ちる直前、飛び降りていたロイズは散らばった岩の数々を目の前にした瞬間、とうとう切れたジェットの効果も相まってどっと舞い込んできた疲労に、ヘルメットを脱ぎ捨てるとへたり、と疲れ顔で床にへたり込んでしまう。

 

 ピークに達した疲労は眠気を誘発し、人前にあって目蓋が落ちようとする。

 その瞬間―――

 

『おおぉおぉぉぉぉぉおおおぉぉォォォォッ!!』

 

 ロイズの眠気を横合いから殴り飛ばすような歓声があがり、ロイズは何が起こったのかと、辺りを右へ左に見回しようやく後ろを振り返る。

 

 それが今まで逃げずにいたこの、どうしようもなく熱くて、しかし日常に退屈していた人々の行き場を共通とした喜びが、声という形を伴って現れたのだと理解した瞬間、ロイズは自分の身体に誰かが覆いかぶさったのを感じてその顔を見た。

 

「相棒ゥ!さすが俺の相棒だ!ミサイルが無駄弾にしかならなかったな!」

「ロイズさんさっすがー!尊敬しなおしちゃいますよー!あっ、いえ、尊敬してなかったわけじゃないんですよ?ぶれてませんよ?」

 

 肩に手を回して横から顔を覗かせていたのはティコで、手をつかんでぶんぶん振り回していたのはアルだ。アルは喜色一色といった笑顔で、ティコもヘルメットで顔は見えないが声色が喜びを表しているのを感じた。

 

「まあ事後処理はここの連中に任せとくとしてだ、今日は美味いもんでも食ってぐっすり寝りゃいいさ相棒、心配すんな、起こさないでおいてやる・・・にしてもこんだけやらかしたんだから、ここの連中にゃ少しふんだくってやってもバチは当たらないだろうな」

「ほーんとですよ!終わってまだ救援が来ないとかどうなってるんでしょ!慰謝料を請求する!」

 

 彼らのテンションは普段通り、よりも少し高揚しているようで、それが喜びと闘技場の気に中てられたせいなのだとロイズも思う。あいにく自分は疲れのせいでそのテンションについていく自信がないので、思うまま肩を揺さぶられていたその矢先―――

 

「―――あいったぁーっ!ちょっと高いよここ!いったぁーっ!」

 

 また後ろから声が響き、ロイズ達は振り返る。

 振り向く前からうすうす勘付いてはいたが、やはりテッサで座席から飛び降りたのだろう、運動神経は鈍いのにこのポンコツエルフのことだ、興が乗って無茶をしたせいで転げてしまったようで、腰を押さえて悶絶していた。

 

「・・・ったく、いつだって騒がしい奴・・・ほらよ」

 

 ロイズはその姿を見てゆっくりと立ち上がると、テッサの元まで行き手を差し伸べる。

 テッサはその手を握ると、涙目になりながらも立ち上がってロイズと目を合わせた。

 

「や、やあロイズ。君の勝利を見届けた瞬間いてもたってもいられなくなって・・・ちょっと、ちょっと足を滑らせただけなんだよ?別にボクの身体能力が・・・いや、認めるよ、確かに低い。それよりもロイズ、君がさっき使っていた装備だけど、ぜひ話を―――」

「わーかったわーかった!いつだって教えてやるから今日はもう帰るぞ!もう寝たい!腹減った!あーもう・・・」

 

 ロイズはテッサの頭にチョップを食らわせてやると、二度目の悶絶に入る彼女を置き去りに舞台上から降り出口へと歩いてゆく。

 もうたくさんだと、今日はもう寝るか食べるかしたいんだとの感情だけが先回りしていると言わんばかりに疲労を感じさせない足取りは、ティコ達に有無を言わさず後を追いかけさせた。

 

 去り際、ロイズは一度だけ舞台を振り返る。

 

 

 歓声は去る彼をまだまだ捕らえ離さず、吹雪く紙吹雪は彼の頭上から無数に降り注いでいた。

 彼は歩くたび少しづつ遠のいていくその、”栄光”にどうしても―――

 

 

「―――でも、スッゲー気持ちいい気分・・・!」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 コロッセオはなまじ金がかかっているものだから、照明器具にもことかかない。

 魔道具の灯りが灯る直前の時間程度の闘技場通路は、いかんせん暗くて見通しが悪くただでさえ疲れて手元が狂いそうなロイズにとっては中々難敵だった。

 

「・・・うー、暗くてよく見えない・・・転んだら起き上がる自信ねーぞ」

「そしたら俺が肩貸してやるさ相棒、何、90kg程度家まで運べなくてレンジャーを名乗れるかってんだ」

「アタシは猫目だからよく見えますよー、はいそこ右ー」

 

 暗闇でもなぜかピカピカ光るアルの目にささやかな恐怖感を覚えながら、一行は闘技場を出ると帰路につこうと足を早めようとする。

 

 ―――が急に止まった。

 歩き出そうとする彼らの目の前に、立ち塞がったものがあったからだ。

 

 

「女の人?」

 

 ロイズはその姿を目に写すと、その人間――― 頭頂部に猫の耳が生えた女性、ひと目に”亞人”だと分かる彼女がその視線を自分に向けていることに気付く。

 

 それにつられ彼は目を合わせ、じっと見つめ合う。 

 だがお互い動かず埒があかないと、次いで彼女の風貌をまじまじとよく見てみた。

 

 まず目につくのは当然、頭の上のネコミミだろう。

 自分達のところにも猫っ娘を自称する赤髪の小娘がいるが、耳はないし尻尾もない、目はそれっぽいし仕草のそれっぽいがそれだけだ、エセだエセなのだ。それに対し彼女の猫耳は白く、同じ色の髪に溶けこむようにごく自然に生えている。

 

 髪もショートボブに切り込まれており、きめ細やかにまっすぐ整えられているあたり美容には気を遣っているのだろう、あまり興味のある事柄ではないが、手間のかかることを惜しげも無く出来る人はロイズも素直に賞賛できる。

 

 眼の色は紫色で、その瞳の形はアルと同じように夜を手前にして丸くなりかけている。

 地味目の服と白髪、そして正しく”可憐”という言葉が似合う小柄な体格と顔つきは、ふと後ろを向くと首を傾げるネコ娘がもっと可愛くなって、成長したらこうなるだろうか、という良い見本だった。

 

「・・・何か用かよ?結構オレ疲れてて・・・」

 

 ロイズの言葉を受けて、夕日に照らされるその姿がようやく動く。

 その小柄な白髪の猫娘は、右手をゆっくりと上げるとロイズへ向けて、

 

 

「やっ」

 

 可愛らしい、屈託のない笑みからのなんてことない挨拶。

 小さく声を上げて右手を上げ、親しげにされたそれにロイズは―――

 

 ―――背筋をぞぞっ、と何かが登ってくる感覚を覚えた。

 

 

 はっとして彼はすぐ右隣、彼より少し背が低いものだから頭頂部から見下ろす形になるテッサを見る。何だこの女は、ハイブリッドじゃないか、と一人自分の銀の髪をくるくる回しながら言っていた彼女もロイズの視線に気づくと、視線を彼に合わせた。

 

「どうしたんだいロイズ、もしかして一目惚れかい?まあ女っ気がボクとアルくらいしかない君のことだ、コロっと落ちたって・・・」

「お、うおぉ・・・」

 

 似ている。

 

 なんとなくこの”我が強い”感じがものすごく似ているのだ。

 ロイズはこれは災難が降り掛かってくる予感がすると、早急に目の前の女性をいなそうとするが、そこに先手を打つように亞人の女性はロイズに近寄ってくると、その手をがしっと取る。グローブ越しとはいえ女性に手を握られているという事実は奥手なロイズがうろたえるに十分だった。

 

「“白銀闘士”のロイズくん、だよねっ?わたしはゼノ」

 

 彼女、ゼノの手が両手を握り、握る強さもより強くなる。

 ロイズが目を合わせると、その目はまばゆいばかりに輝いていた。

 

 まるで憧れの人を見るように。

 

「あなたの大ファンです!これからわたしとデート、してくれませんかっ!?」

 

 

 刹那の時を待たずして、ロイズの背筋に更にぞぞぞ、と寒気が巡ってくる。

 感じていた疲労もどこへやら、彼はようやく思考が戻ってきて理解が追いついた瞬間、固まった身体を動かせなかった。

 

 

 

 

 




ずっと出したかったゼノちゃんがようやく出せた・・・。
このぶんだと三章は40話超える可能性が出てきてもう何がなんだか。
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