風 呂 回 というか最近忘れがちな彼女たち回。
この街には色々なものが異界から流れ着く。
それは唐突で、中空に引き裂かれた空間から時間をかけて緩やかに飛び出してくるものだから手に負えず、しかし一定の法則性を持ってこの世へと顕現するためにこの街の住人は自らのパーソナルスペースを侵されぬよう、その”法則”に従って生きている。
まず大きな点は、ある程度人間、もしくは生物が存在する場所を優先的に異界の裂け目が開くという点だ。
この法則性は悪く言えば人間社会に唐突に異世界からの侵略が起こり、日常に混乱をきたすというデメリットを持つ。一方で善い点を上げれば、それは優先的に人間たちの中に現れるために”討伐”が容易であり、凶悪な魔獣が見知らぬ場所に現れ旅に興ずる人を襲うという対処に難いケースを防ぐことが出来る。
もちろん有名な”死の鉤爪”や”装甲悪鬼”といったケースがあるように見知らぬ場所に現れ、しかし自然や弱肉強食に淘汰されなかった魔獣の出現が人間社会を脅かすことはある。だがそれらはそれらで、魔獣を征伐する人間の生業をよりそれらしいものとしていた。
次に、”一定の広さ”が必要ということだ。
ウェイストランドで言うなら片道一車線の道幅程度の広さがあれば異界の裂け目の開く条件に合致するようであるが、逆に言えばそうでなければ裂け目が開くことはない、とされている。
よって異界の侵食率の高いこの街の人々の家はすこしばかり乱雑なのだ、いかんせん物が多く雑然としているところが多く、その様は”異界”という大義名分を得て主婦が少しばかり掃除をサボる理由にしているような気がしてならないこともあったが。
もっともこれらは魔道具で察知可能であり、街の各部にはそのための装置が張り巡らされ有事には普段目立たない騎士団支部の面々や、小遣い稼ぎをしたい面子、正義感に溢れた戦士が集まって魔獣を袋叩きにするために街の安全は常に万全だ。
だが、異界から現れるのはなにも魔獣だけではない。
一等市民区に住まう学者先生が目を点にするような不可思議なアイテムや、極稀にだが建造物そのものが異界をくぐり顕現することもあり、異界へのこの世界に生きる人々の興味が尽きることはなく、そして完全に解明されるのは遥か未来であろう。
今日も―――
「―――何してんだよ、グール・・・」
「おう?おぉ、相棒!ちょっといいもの見つけてな!人目につかないとこまで運んでいる最中ってこった!」
「いいものって・・・」
眉を寄せジト目気味のロイズは、その目を顔だけでこちらを向くティコの手元にやる。
ティコが手で押して転がしているもの、金属の円筒、それは紛れも無くドラム缶であった。
日差しはちょうどよくなってきた午後の終わり、夕方に差し掛かる少し前の時間帯だ。
闘技場の一件以降しばらく興行が停止しているために、少なくともロイズは暇で、珍しく私服で外を歩いていた。
「どこでんなモン見つけてきたんだよ」
「いや、近道しようとして入った横道を抜けたところでな?また突然裂け目が出てきたから何だ何だって
ティコはとんとんと、ドラム缶を軽快に鳴らす。
その楽しげなリズムにどうしても間抜けさを感じてしまうロイズは、買い物帰りだったらしい、食品もろもろの詰まった買い物カゴを持ったまま彼の傍まで寄ると自分もぽん、とドラム缶を叩く。
幅の広い金属筒が音を反響させる感触が腕に伝わってくると、なんだか楽しくなってきたロイズは一人ぽんぽんぽん、とリズムをとって遊び始めやがて――― 恥ずかしいことをしていた自覚が戻ってきた彼は、顔を赤くしてティコに背を向けた。
「・・・楽しいなコレ」
「そうやって、なんだかんだ素直に認めるあたりお前のこと好きだぜ」
しばしティコの生暖かい視線が背に絡みつき、ロイズは悶々とする。
だが少し時間が経ったころ、ロイズはそれを振り切ろうとティコへ向いた。
「で、だよ?なんでまたドラム缶なんか転がしてんだよ、なんか運ぶもんあったかよ?」
「いやいやそこは経験浅い相棒、ドラム缶にゃもっといい使い道があるのさ」
「もっといい?なんだよ、看板か?水ガメにでもするとか?」
ティコの思わせぶりな言い方に、疑問を頭に浮かべてはおぼろげに回答もセットで出していくロイズ。しかしそれでも模範解答、というほど適切な選択肢には至らず、結局わからくなると彼は、ティコに目を向けて彼の答えを待った。
ティコはその目を待ってましたとばかりに、ひときわ強くドラム缶を叩く。
ぼんっ、と少し威勢の強い間抜けな音が響き渡るのと同時に、彼は溜めに溜めた言葉を形にした。
「風呂だ風呂!ドラム缶風呂って奴だな!皮はこれだしこのナリだから浴場にゃ行けなかったから水浴びだけで済ましてたんだが、久々に熱いシャワーとお湯の味に餓えちまってな・・・そこにこの僥倖ってわけだ!」
「ドラム缶で風呂?・・・あー、歴史書で見たことあるなー、確か
「
聞くなりゴロゴロと、のしかかったドラム缶を前後に揺らして遊ぶティコにはレンジャーの威厳もブラックアーマーの威圧感もあったものではない。
それを見て、何とも言えなくなったロイズがポリポリと頭の後ろを掻いているととうとうすっ転んだティコがドラム缶に踏みつけられ、ぐおお、と間抜けなうめき声をあげると腰を押さえて悶絶し、とうとうロイズも本当に何も言えなくなった。
ウェイストランドには、まさに無数と言っていいほどの量のドラム缶が存在する。
生活に身近であり、アメリカ中に転がっていたドラム缶は単純な輸送用から、放射性燃料が当たり前に使われていた戦前の生活に密着するようにそれらの廃棄や保管へと幅広く使われていたために、今なおウェイストランドの広い世界を歩けば、つまづくほどにドラム缶は転がっているのだ。
もっとも大半のドラム缶は経年劣化を経て金属質がボロボロになり、穴の空き使い道の無くなったものが多くこれらはせいぜいスクラップヤードに並んでいるか、小さな町の防壁がわりに並べておいてあるくらいがいいところである。
他にも放射性燃料を詰め込んだものに関しては、やはりドラム缶が経年劣化し内部の放射性燃料を外部に漏れ出しているために近寄りがたく、特に廃棄ではない未使用の放射性燃料が戦後撒き散らされたエリアなどは、非常に高い濃度の放射線が舞っているためにウェイストランドを生きる者からも”立ち入り禁止エリア”といった扱いを受けている不毛の地であった。
赤、白のツートンカラー、そのドラム缶が見えたら近寄らない、近寄るのもガイガーカウンターを手に持ち細心の注意を払って。視界に映るあらゆる物に注意を払う必要のある、ウェイストランドの教訓のひとつであった。
―――ただし。
「にしても、無傷のドラム缶が流れ着くたぁ幸運だな相棒、あっちに転がってんのはだいたい穴空いて水も貯められんのだ」
ティコの転がしているドラム缶に穴はなく、新品同様というほど綺麗どころではないが、十分使用に耐えられるものだ。
ガソリンやオイル輸送に使うものの場合底や内壁に油や燃料がひっついていて、それを洗い落とすことに一苦労する羽目になるのだが、それがなく蓋が片側だけ外されているあたり雨水でも貯めるのに使っていたのかもしれない。
なんにせよ彼には幸運で、久々に熱いお湯の感覚を見に染みようとする彼は傍目に見てもわかるくらいにウキウキだった。
そんな矢先、彼らの間に割って入るように声をかける誰か。
「―――あれ?ロイズにティコさん?何やってるんです?」
バラッドだ。
彼も買い出しが終わったのだろうか、かくも若い男とは家庭的な役割を押し付けられる運命があるのだろうか、食品がいっぱいの買い物カゴを持って歩いてきた茶髪のバラッドは、とことこと歩いてロイズの傍まで寄った。
「グールがドラム缶ブロ作るっつってドラム缶転がしてんだよ、オレは偶然はち合わせただけで・・・つーかバラッドも買い物頼まれたのかよ?あの胸ペタとおっさんはどうしたんだよ?」
「フラティウさんは値切りが苦手で高値押し付けられちゃうし、シェスカちゃんはそもそもやらないから・・・男の僕が家庭的になってもしょうがないんだけどなあ」
「あ~っ分かる分かる!オレもちみっ子に『家計簿つけるのに忙しいもんでして!ロイズさん代わりにお願いします!今日暇でしょ?』って頼まれてさ!あのポンコツエルフには任せられないのが分かってるから来たんだけどさ―――」
買い物カゴは買い物カゴを引き寄せるのか、魔力を持つのか、話し合う二人の会話は次第に同居人への愚痴からあてつけの文句、次いでどうでもいい世間話へと変遷してゆく。
その姿はさながら井戸端会議に精を出す主婦のようで、実際には主夫であったがこころなしか彼らの買い物カゴを持つ手もそれっぽい、片腕に吊るすような女々しい持ち方になっていく。だが男だ、彼らは男の誇りは捨ててはいないとはっと気づくと、ちょっとだけ距離を開けて持ち方を変える。
その姿にツボの浅いティコは笑いを抑えこむのに必死で、笑われる二人はなんとなく居心地が悪くなった気分になり三者目を合わせない。
だがそんな空気を打破せんと、バラッドが口を開いた。
「そうだ、”どらむかん”風呂ってなんですか?ティコさん」
「こいつに水を貯めて手すりを作って、底に板も敷いて火を焚いて風呂釜にするってもんさ・・・思えば一人じゃできないんだよなこいつぁ・・・どうだ相棒?手伝ってくれりゃ一番風呂は譲るぜ?」
「オ、オレが?ったって別にやる義理なんざ・・・」
ドラム缶に腰掛けながらのティコの誘いを、ロイズはぷいと断ろうとする。
だが”する”だけであってしきれないのだ、ぷいとどこかを向いたロイズは目だけはどうしてもドラム缶から離せず、それは元来好奇心の強い彼が歴史書や図鑑、過去の記録でしか見たことのないドラム缶風呂を実現する機会を前にして、どうしても食指を伸ばしたがっていることを示している。
それはティコにもバラッドにもバレバレであり、ティコはヘルメットの下でニヤニヤと、バラッドもその姿に苦笑していた。
「じゃ、じゃあ僕やりますよ!この”ドラムカン”ってものに興味ありますし、木工仕事なら得意ですしね!」
「おうバラッド!いい心意気だな、道具貸すぜ!」
「い、いやいいですよノコギリ持ってきますから・・・それよりもそれ、なんの道具なんです・・・?」
手を上げ参加を表明したバラッドに、ティコが道具だと向こう側から持ち込んだいざこざを見せる。
リッパー、金槌、極めつけはチェーンソーだ。
ロイズはそれを見て、なるほど背中の銃をチェーンソーに変えてまでドラム缶風呂をつくろうとするあたり、この男は今日に至って完全に休日モードなのだと思い、見た目に反してのその遊び心にやや気が抜けた気になる。
この姿はいささか戦闘能力に不安を覚えたが、まさか日常に唐突に血なまぐさい事案が発生してはたまるまい、それにこの”ブラックアーマーのレンジャー”が、装備をピストル一丁にグレードダウンした程度で敵に遅れを取るとも到底思えなかった。
「じゃあ相棒は残念だが・・・家で待っててくれや、俺らはちょいと楽しんでくるからな」
「僕もロイズがいたら良かったんだけど、来たくないんなら仕方ないよねえ」
ティコとバラッドは顔を見合わせて、ごろごろとドラム缶を転がしにかかる。
だが内心、ここしばらくでお互いに彼の扱いを分かってきた彼らは、彼に表情が見えないようになるとくすっ、と笑った。
そうなると、すぐさま後ろからかけられる声。
「あっ!ちょっ!・・・待てっ!」
予想通りのぷるぷると震えた叫びに、二人は転がすドラム缶を止める。
それから振り向くのだ。
「どうした相棒?言ってみろよ?」
「う・・・うー・・・だから、その」
ボリボリと頭の後ろを掻き、すうっと息を吸うロイズ。
それでようやく”決めた”といった表情をすると、まっすぐに目を向けて言う。
「オレも行くっ!コレ置いてから行くから待ってろっ!逃げんなよ!?」
「よく言った相棒!バラッド、お前もそれ置いてこい!場所はいつもの湖だ!相棒と来てくれ!」
「はい!じゃあロイズ、またあとでねっ!」
回答は決まっていたとばかりに、男三人、動き始めれば早い早い、たったと走り、ごろりと転がし、諸用をやかましい同居人に告げれば答えも聞かずすぐさままた走り出しては目的の場所へと、まるで遊ぶ約束をした子供のようにあっとういうまに集まるのだ。
手にはちょっとだけ危ない玩具を、遊ぶには手広い場所を。
ワイン、ジュースにちょっと軽食、三人がそれぞれ暇をしない程度に物をかき集め、再び集まるにはさほど時間はかからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パーミットには山を背にするように端に位置し、ぐるりと”異界”から出現した建造物群を守るように建てられた壁内の一等市民区、壁外に広がる二等市民の町どちらも共通に、市民が自由に利用することの可能な浴場が建設されており、それは公共のものとして広く利用されている。
これは闘技場が建設されまもないころ、衛生面での問題が顕在化してきた際疫病問題も併発し、治療術師では追いつかない、あるいは手の届かない病が出現した時に建設されたもので以後親しまれているが、当時を知る長寿な種族の者はあのころは誰も衛生に関心が無かったと、衛生のために風呂に人を入らせることがなによりの困難であったと語る。
その頃の名残もあってこの街の条例では、不衛生が原因で病の出所となった者には罰が与えられることもしばしばだ。
そうなると疑問に起こるのは、自力で衛生を確保しがたい『老々介護をどうするか?』が現代、地球を生きる人間のものであろうが心配は無用、この地において人の命はとても儚い。長くを生きる種族の者がいるから、記憶は長持ちしても命は長く続かないのがこの世界の常だった。
もっとも、たくましく生きる老人はいて、彼らは知識の継承者たりえる。
かつてのアメリカに比べるとウェイストランドは過酷で、ウェイストランドでも自力で生存できない老人は自然と死に絶えていく残酷な現実があるという共通点はあったが、それは発展途上の世界では自然であった。
浴場の混雑がピークを迎えるのは午後も六時、七時を回るあたり。
なまじ活気の多いこの町では宴会に精を出す人々が多すぎて、夜分の酒場や食堂は夜を越すまで満員であることが度々、従業員の給金もバカにならないわけであるから、結果営業時間を夕と昼に分け互いに時間を分けあい生存しているのはよくできたシステムだった。
そんなものだから、どんちゃん騒ぎの夕餉をとってそのまま酒に溺れ寝てしまい翌朝、身体から立ち上る汗の匂いに嫌な気持ちを抱かないために、浴場へは夕飯時より前に入る者は多い。
故にそんなものとは無縁の者達は、なるだけ湯浴みを楽しむ時間もゆっくりしようと少し時間をずらしたり、客層に合わせて場所を変えるなどの工夫をとって一日の楽しみのひとつを、より良いものに洗練しようと努力するものだ。
今日もそんな、ピークを過ぎた浴場にふらりと二人。
片や小柄で可愛らしい、夜を迎え瞳がまんまるの亞人の血を引いた”先祖返り”、短い赤毛と全体的に赤めの服装が目を引く少女アルベルト。
片や精密に織り込まれた銀糸のような髪をなびかせ、長く伸びた”エルフ”特有の耳に切らせる。身体つきは貧相さが否めなくても、顔つきやその手足は芸術品の域に到達している、全体的に青と銀の目立つ少女、ムーンエルフのテッサリア。
小脇に桶と手ぬぐい、タオルに着替えとフルセットを揃えた彼女達は、今日も汗を流そうと湯浴みに来ていた。
「君と二人で行くのは初めてな気がするよアルベルト。いつもはロイズも一緒に連れてくるものだけど、今日に限っては彼何かティコ達とやってるみたいだから」
「そういえばそうだねぇ、ロイズさんとダンナが揃って何か作るってんですからそれはそれは凄いものなんでしょ、ロイズさんはフルーツジュースにグラス3つ持ってっちゃったからたぶん、もう一人いるかなぁ」
「あの大男はなんだか想像できない、あの胸ペタもまずないだろうね・・・じゃあ消去法であの茶髪の優男君でいいかな、彼なら間違いは起きないだろう」
天に浮かんだ顔が消えていき、最後に残ったバラッドだけがしばらく輝くと笑顔で消えていく。
そんな想像をしながら彼女らは歩いて15分か、もしかすると20分程度だったか、それなりに長い道を歩くとようやく湯屋、彼らのログハウスからは最寄りの、客層はこの町の市民が多くを占める場所の前に立った。
「いつもは何気なしに入っていたけど、改めて見ると結構大きいねえ、これが”二等市民”用っていうのが信じられない。その上にはやっぱり”一等市民”、もしかすると特級とかいるのかもしれないけど、彼らはよほどボクらみたいなのが臭って仕方ないらしい」
「胸くそですよそんなの・・・それにしても、はあ、ダンナは謙遜していつも来ないのは分かるんだけど残念だなぁ。ダンナが隣に入ってることを感じて悶々としたり、せっけんを壁の上から投げ込んだりとかやってみたかったのに」
「・・・君、変態の素質があるんじゃあない?」
妄想上で慕う誰かに接触し両手で身体を抱くそぶりを見せ、こころなしか顔が赤くなっているアルを横目で見ながらテッサは、口を半開きにしたままやや冷めた目でアルを見やる。だがそんなことは関係ありません、とばかりに続けるアルはずんずんと、大手を振って湯屋へと入っていく。
置いてかないでよ、と後ろから声をかけながら、テッサも道具の入った桶を小脇に抱えるとそのまま彼女の横に小走りで並び、のれんをくぐって温まった湿気の多い空間へ足を進めるのだった。
湯屋に入ると最初に目につくのは、大量に並べられた靴とその脇に立つ女性だろう。
二人一組の彼女らは客が座敷へ上がるために靴を脱ぐ、その靴を預かって帰りに手渡す”下足番”である。
テッサとアルがいつものように靴を渡すと、下足番が置いた棚番号と一致する下足札、靴を交換するための大事な札を渡されるのだ。
これを無くしてしまうと帰りは誰かにおぶってもらうか裸足で帰るしかなくなり中々辛い、以前テッサは間抜けにもこれを紛失してしまい、ロイズにおぶって帰ってもらい後日ようやく靴を回収できたことがありロイズをその日の晩に悶々とさせたが、本人はつゆ知らずだった。
この手の仕事はやはりやりたがる者はあまりおらず、相手の足元を預かるというとおり身分は低く見られがちだ。だが”その手の人”がやっているのか特にテッサが脱いだ靴を手渡すと、下足番は少しだけ顔を赤らめて受け取る。
湿気が多くて熱いのかな、とテッサは彼女をよく心配してたまに湯屋名物の冷えた牛乳を譲ったりしているのだが、それが彼女の興奮を更に助長、知る人からは彼女への畏怖を集めることになっていることは彼女は知らぬままだ、罪作りな彼女は今後も知らないだろう。
「じゃあよろしく頼むよ、靴を新調してね」
「はいはいっ!エルフさまどうぞ預からせて頂きますっ!」
「あ、ども・・・アタシのも・・・はい・・・適当でいいので」
知る人、アル。彼女は少しばかり引きながら靴を渡し、鼻歌まじりに歩いて行くテッサに続く。
後ろから絡みつく視線が投げかけられていたが、それも彼女は知らない、やはり罪作りなのだ。
「お二人が好き放題やってるならアタシ達もマッサージとか受けていいと思いません?家計簿はちょっとちょろまかしておいたよ」
「いいねえアルベルト、ボクも少しこのあたりが凝って・・・」
肩を揉みほぐすテッサ、実際に彼女は、特に最近ではロイズ達の持ち込んだコミックや書籍の解読にロイズを付き合わせて夜更かしさせているために肩が凝りがちで、重役出勤で行動時間の短い彼女と言えども疲れが溜まっていた。
「じゃあアルベルト、入るよ。荷物は忘れてないよね?君が下着なしで帰る変態だとは流石に思わないけど」
「下着見せつけてロイズさん誘ってるのはそっちでしょー?少しくらい恥じらい持った方がいいんじゃないですかこのポンコツ」
「減るものじゃなければボクは特に気にしないよ?スカートが短い方が動きやすいんだ、多少目をつむってよ」
「痴女!」
「ははっ、こいっつぅ~!」
躊躇いなく罵詈雑言を打ち込んでくる赤毛の少女がたまらなくなり、テッサはその襟首を脇の下に抱え込んでギリギリと締め付けようとする。
だがそもそもテッサに力がないのか、アルが身軽なのか軽々と抜けられ続け、そのいたちごっこでしばらくグルグルと回った彼女はアルよりも、ずっと先に息を切らしてもういいと、疲れを癒やそうと歩んだ。
彼女達が靴を脱ぎ上がった先は一種の休憩所のようなスペースが取られており、椅子や冷えた飲み物売り、使い古されたボードゲームなどがちょうどよくくつろげる程度の間隔をもって存在するために憩いの場として機能している。
その先には扉が四つあり、中央から男湯、女湯、その外側横には所謂”区別”のための亞人用の湯があるのだ。
これは差別的意味合いを多少含んでいて、実際に亞人用の湯は湯船こそ彼らに合わせ大きめであれ、スペース自体は小さめに取られている。ただし本当に”区別”としての役割も担っており、主に抜け毛の多い獣人や、稀にしか来ないが肌質のそもそも違う魚人によって湯質が汚されないようにするためのもので、互いにそれを理解しているために文句はほぼ無かった。
扉を控え中央には番台が置かれている。
ただしこの番台、湯屋自体が公共のものとして無料開放されているために金銭を受け取るといった役割はなく、どちらかというと男湯女湯に覗きや自爆覚悟の変態が入らないよう見張るための『物見台』といった役割が強い。
ここまでを見て、以前ロイズはこの世界の湯屋の性質を歴史学上に存在する”日本の銭湯”とよく似ていると称し、衛生と風呂の関係性が広まった年代や今なお未解明な”異界”に関する空論、それらを踏まえてもしかするとウェイストランドのみならず”日本”や”他の国”とも繋がりが存在するのではないかと、彼のスクライブ的学術的興味心を刺激するに至ったのは記憶に新しい。
テッサはアルに先んじて、女湯の扉をがらりと開けて敷居をまたごうとする。
だが扉を開けっ放しにしてアルが来るのを待っても、来ない。
これに少しばかり疑問を覚えた彼女は、後ろを振り返る。彼女が振り向いた先ではアルが立っていたが、ただ立っていたのではない、胸元に杖を行く手を塞ぐように当てられ、通せんぼを食らっている。
その杖の主は番台の老女で、アルの目をじっくりと見ながらぐいぐいと杖を退けようとする彼女を杖で押し返し、一進一退の攻防を繰り広げていた。
「だーかーらー!いつもはこっちで通ってるじゃないのさー!何で今日に限って亞人用に行かされるんだってのー!」
「じゃかぁしいっ!アンタの目を見りゃ分かる!瞳の細い人間がいるものか!さあ行った行った!」
「ただの先祖返りですよってのー!毛も抜けないしヌルヌルもしちゃいませんっての!もーわからず屋だなほんと!」
やいのやいのと、老女と言い合いをするアル。
亞人差別というものは王国では既に薄いものであったが、それでも一部強く根付いた人間はいるものだった。
なまじ王国における亞人との内戦や亞人狩り、難民といったものは古い歴史だが、それゆえに齢の食った人間ほど亞人を軽視する傾向が強い。この老女は、その時代に生きそれを由とするタイプの人間に他ならなかった。
老女が一歩も、いや一杖も引かなかったのに根負けしたのかアルは、ぶーぶーと愚痴り老女に嫌味の視線を送りながらも大人しく引き下がり、亞人用の脱衣所に向かっていく。
だがその様子をなんとも釈然としない、なんとも、どこか理由は分からなかったが悪くなった気分のまま見続けていたテッサは、どうしたのだろう、ふらりと無意識に動いた足のまま彼女の後を追うのだ。
見た目麗しい、人間と比較すると高貴な生まれと見られがちなエルフが卑しい亞人の浴室に向かっていくのを見た人々が、その姿を驚きの目で見送る。アルを止めた老女も、それはいかんと彼女を引き止めた。
「これこれ!エルフのお嬢さんが亞人の風呂なんか浸かっちゃいかん!何を
あからさまな軽視の見える、なんとももやもやとする言い方だ。
これを亞人――― そう扱われた、友人に対する侮蔑と受け取った彼女は髪を魅せつけるように掻き上げると、老女へと向き直って答える。
「少しばかりね、入ってみたかったってだけさ、悪いかな?」
「とんでもない!あんたみたいな身奇麗なエルフのお嬢さんが行く場所じゃあないさ、あそこは・・・頭の上に耳を生やしたり、頬にひげを生やした奴が行く場所だよ」
「ボクにも長い耳があるさ――― これでいいだろう?友人が待ってるんだ、行かなきゃ」
「・・・ッ」
自慢の長い耳、やはり人間とは違うその部分を見せつけての答えに、老女は押し黙る。
彼女はそれを勝利とし心の中でいい気分になると、先に受け取った嫌な気持ちとで相殺しのれんをくぐって脱衣所にいつものように入るのだった。
「・・・あれ?なんでポンコツエルフがここに?隣があるでしょーよ」
「君ねえ・・・まあいいや、ちょっと興味本位ってだけだよ、隣貰うよ」
「大事なものは預けておいた?盗っ人やってた身としちゃそのへん敏感なんだー」
「盗まれるものはないよ」
「アンタなら山ほどあると思うんだけどなぁ・・・」
見た目麗しいムーンエルフのお嬢、脱衣所に現れたというだけで、亞人の人々にすらほうっと仄かな憧れの目や驚き、それを超えた感情の目を集める彼女はやはり罪作りで、アルは横目に彼女を見ながら上着を脱ぐ。
それから下着姿となった自分の身体を少し右から左から身体を回して見回してみるが、引き締まってもやはり子供か、悔しいが隣の女には敵わないのだと、くうっと唇を噛む。だが彼女は夢見る乙女、いつか育って観るも羨む肉体を手にするのだと、今日も夕ごはんのメニューを富栄養化するのだ。
テッサを除く全員がそれなり以上に身体を動かしているからこそ気にならないメニューであったが、テッサが太らない体質でなければすぐに問題が表面化してきただろう、ぶっちゃけ見た目が悪ければこのエルフは取り柄が一気に無くなる、とはアルも思う。
そうこうしているうちに隣のエルフが服を全部脱ぐと、着替えを除く何やらお手桶に入れてこちらを向くのだ。自身も最後の服に手をかけながら、その姿を横目にするアルは表情を変える。
視線の先は隣のテッサだ。何度も見ているというか、何度見てもなんとも言えないというか。
幾度と無く見ても感じるその、スレンダー的魅力はつまるところ。
「つまり、つんつるてんですよねーアンタって」
「君に言われたくない」
「アタシはまだ子供だからいいんだってー!アンタいくつだったっけー?80?90?もっと?」
「な・・・ろ、62・・・」
「なーに十歳もサバ読んでんですかこのポンコツエルフ!身体が貧相なのは向こう百年どうしようもないんだから認めちゃいなよ!需要ありますよ需要!ロイズさん結構アンタに惑わされてるよ?」
「うるさいなあ!いいじゃないか!均整が取れていると言ってくれよ!」
かっかと笑いながら言うアルと、必死に弁明するテッサ。
齢の十二分に離れた二人の言い合いはなかなか滑稽で、見ていて微笑ましい。
彼女達はその調子のまま浴室に入ると、同じ場所に二つ椅子を置いて座る。互いの背中を流すためだ。なんだかんだ彼女らは仲が悪くないのだ、テッサは石鹸を手に取ると、まず後ろに回ってアルの小さな身体に目を向ける。
資金投入の足りない場所はまだ井戸から水を補給せざるを得ないが、こういった金のかかった場所にはしっかりと、技術は未熟であるが固定式シャワー、蛇口が導入されておりここは例外なくお湯が噴出する。テッサは石鹸をお湯にさっと通し泡立たせると、アルの背中に這わせた。
「はわっ、なんどもやられてるけどアンタすごく下手だよねー・・・」
「なら自分でやればいいじゃないか、届けばだけど」
「あーはいはい、頼みますよー」
お互いに何とない言葉をぶつけあいながら、背中を洗う。
アルの背に目を向けながら、テッサはその未成熟できめ細かく、子供特有、しかし先祖帰りの血が引き締めている身体の魅力から彼女の将来を想像しながら、上から下まで垢を手ぬぐいでこすり落とすと水をかけるのだ、背中を流されさっぱりとした気分を感じたアルは、テッサと息の合ったタイミングで交代する。
今度はアルがテッサの背に手をかける番だ。
アルの目の前に広がる壁は美しい彫刻のされた美術品のごとき様相を呈しており、その儚く、しかし自分に管理権が与えられているという事実に彼女はたびたび、つい爪を立ててバリッとキズをつけてみたくもなる。
しかしそれをぐっと我慢して、彼女はキメの細かい箒で美術品のホコリを払うようにテッサの背中に石鹸を塗りたくるのだ、体毛は薄く、上から下まで裸同然の身体は見る度に嫉妬を駆る。
彼女は元々孤児院で子供達と共同で入浴していたためにこの手のことには慣れっこで、洗うのはとても上手かった。惜しむらく点があるとすればその技術をぜひ見せてあげたい相手が、ここには来ないということだろう、自分が異性の湯に入れなくなる年齢は刻一刻と近づいているのだ。
そういったことを考えていると、いつも話題になるのが彼らのことだろう。
今何をしているか知らないが、男達だけの夜遊びに精を出しているであろうことは想像できた。
「ダンナ達、何してるのかなぁ」
「うん?うーん・・・どこかで飲み食いするなら事前に言うだろうし、それに持っていったのは軽食と飲み物だけだからねえ、”ちぇーんそー”とかいう木工道具を持ってもいっていたし、おおかた夜通し何か作ってるんじゃない?男の子ってそういうの好きだって聞くよ」
「ダンナアグレッシブだからねぇ、まああのお二方がいれば問題ないとは思うけど・・・」
「―――寂しいのかい?」
何となくテッサが発した言葉、だがアルには食い込みが大きかったようで、少しだけ話は停滞した。
「・・・家事とか色々任されてるのはわかってるし、それしかできないってのは分かるんだけど・・・なんだか無力っていうのかなぁ、ダンナの役に立ってるのかって気がしてさぁ」
「なんだそんなことか」
掻きあげた髪を前にやり、水と石鹸がかからないようにしているテッサは髪の量で、表情がうかがい知れない。だがその飄々とした言い方に見ずともそれが分かる気がしたアルは、彼女の話に耳を傾けた。
「役割分担ができていれば、それだけで十分なんだよ、自分の実力以上のことなんてする必要はない。ボクには知識の提供があるし、ロイズとティコには戦う役目を任せている、代わりに君は家事をするだろう?それだけじゃない、家計の管理もさ」
「ま、まあ確かにしてるケド・・・」
「だろう?それでいいんだよ、ティコはああ見えて大雑把だしボクは家事なんて出来ない、そうなるとロイズくらいしかまともに出来る人がいなくなるんだ、でもそうなると彼に闘い以上を任せることになってしまう――― 分担することで、互いに補い合ってるんだよ、君とティコは与えあってるのさ」
至極まともで、非の打ち所がない答えが帰ってくる。
アルは少し考え、ようやく合点が行くとなんとなく笑顔が溢れる気分になって、それが声に漏れたことでテッサが後ろを向いたが、背中に縮こまったアルの表情は見えずテッサは肩越しに彼女の可愛らしい赤髪だけが見えたことに首を傾げる。だがやがて、アルはぼそりと彼女に向けて答えた。
「・・・アンタ、結構いい人だよね」
「聞こえてるよアルベルト、少なくともボクは、自分を悪人と思ったことはないさ」
「またひねくれた答えを~」
笑いながら、こするとしっかり垢の出る身体に”こんな美女でも汚れるんだな”と一抹の感想を抱きながら、アルはテッサの背を磨く。亞人の血を引く小柄な少女と麗しいエルフとの他愛ない話は見る者に安堵する気分を与え、違和感に溢れたエルフの少女を溶けこませた。
「まあ、君もボクも同様、彼らに助けられた身ではあるわけだしね。役に立ちたいと思う気持ちは分からないでもないが、ボクも自分の出来るかぎりのことだけをするように心がけているのさ、分不相応なことをすれば痛いしっぺ返しを喰らうってことは身に沁みて分かっているから」
「その結果があの食っちゃ寝ですか?昼まで寝てちゃ世話ないよ?」
「こら、それを引き合いに出さないでくれないか!それに種族柄夜が遅いんだ、仕方ないじゃないか!」
ざばっと水でテッサの背中を洗い流すと、互いに何も会話はなく湯船にざばあっと、すっかり長くなった髪をようやっとの思いで結んだテッサもアルに続いて肩まで浸かる。
そしてふぅ、っとため息をふかーく吐くと、天にも登るかのようなだらしない顔で頭にタオルを乗せ、極楽気分に浸るのだ、亞人用の湯船なのでなまじ抜け毛や色々が浮いていたが、それもこの丁度いい温度の湯の魅力には語るに度し難かった。
「お湯に浸かることがこんなに気持ちいいだなんて、故郷にいたころは思ってなかったよ。帰ったらみんなに大きめの風呂桶を作らせようかな」
「あらやだこの贅沢エルフが、いくらかかると思ってるんだい」
「君、ティコ達には敬語のクセにボクにはすごい生意気に当たってない?いや、いいんだけど何か腑に落ちないっていうかすごく遠回しにバカにされてる気分っていうか」
「あのお二人は純粋に尊敬していますので!ため口なんてとんでもない!」
「ははっ、こいっつぅ~!」
自然な流れで自身への扱いの差を叩きつけられた彼女は、またアルの首に手を回して捕まえようとする。
だがやはり身体能力が足りないか、もしくは湯船の湯のせいだろう、きっとそうに違いない。アルに逃げられ続けいたちごっこを続けた彼女は前よりも早く息を切らし、湯船のへりに寝転んで身体を冷ますのであった。
―――彼女たちの夕暮れも、過ぎていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パーミットを北へ北へと抜けるとあるのは大きな湖で、水質は非常に透明度が高く底が見えない程度には深い。
この湖から流れる水は山からここ、そしてパーミットを流れる河へと続き、浄水施設による浄化をもって人々の生活に使われる水として再臨するのだ。この一連の流れはひとえに、魔道具という不可思議なマジックアイテムの能力を示していると言えよう。
そんな湖のほとりでやいのやいのと、今日は明るいくらいに火が焚かれている。
見ればその発信源は大きな鉄の筒、ドラム缶で出来た湯船の下からであり、ドラム缶を熱するその火はトレンチコートに黒兜、新緑の中、実にアンバランスな出で立ちの男ティコによって調節を受けていた。
「グール、グール、もうちょい温度上げられね?」
「おうちょっと待ってくれな・・・おっと薪が無くなっちまった、枝でもありゃいいんだが・・・」
「じゃあ僕持ってきますよ、すぐに戻ってくるんでロイズは少しガマンしてね」
「おーう悪ぃ、ゆっくりでいいぜー」
ドラム缶の中に身体を入れ、極楽気分といった表情を無様に晒すのはロイズその人だ。
つんつん頭がぺたんと寝てしまうほどにリラックスして、木づくりの手すりに腕を乗せている彼はいつもの気性の荒さや言葉遣いの悪さがまるで分からないくらい、まるで別人かと思うくらいには腑抜けていた。
一番風呂を譲ったのは約束通りだが、どちらにせよティコがお湯に浸かると体液が染みだしかねないために順番を後にするほかなく、結果ロイズを最初にバラッド、最後にティコが入り全員で水を流して片付ける手はずとなっていた。
「っふぅ、二人になったな相棒」
「あー・・・?あー、そうだよなぁ、こんなのそういや、久しぶりで・・・」
「ああ、そうさ。折角だから二人きりで話でもしようか相棒、バラッドが帰ってくるまでだが水入らずだ」
ふいごで火に空気を送りながら言うティコの言葉を受け、ロイズは手すりからやや顔を出す。
ティコも一段落ついた、といった感じにヘルメットを抜いて額を拭った。
「それにしてもグール、お前ほんと器用だよな、オレじゃこんなの作れねー。パワーアーマーの分解と再構成くらいはワケないけどよ、そういうのとは違う・・・なんてーの、経験がないっつーか」
「要は慣れさ相棒、俺はなにぶんこの手のものが必要になる機会が多かったし、便利なテクノロジーに囲まれた生活をしていたワケじゃあなかったからな。ノコギリは友達だったしトンカチは一応常に荷物に入れてた、こっちの常備品と合わせてダブったけどなっ」
ドラム缶をバンバンと叩き、手のひらからうっかり上ってきた熱さにあちっ、とする様をロイズに笑われながら、ティコはまたふいごに息を込める。
彼らが作ったドラム缶風呂、女三人寄れば姦しいとはいうが男三人寄れば何なのか、少なくともやかましくトンテンカン、と夕暮れに音を鳴らし樹を切って、釘を打つ彼らはなかなかにうるさく、人気のないここでなかったらすぐさま口うるさい小姑が飛んできていただろう。
おまけに彼らが持ち込んだチェーンソーやリッパーが猛々しく破砕音を鳴らし続けていたのだからたまらない、その音は凄まじく、現に耳の敏いらしい亞人やエルフがたびたび彼らの”遊び”を見にわざわざここまで来て、そのたびに連れてこられる野次馬の人々に言い訳するのが手間だった。
その甲斐あってか完成したドラム缶は日曜大工に収まらない、まさしく大工仕事の職人技と呼べる代物に仕上がったのはひとえに男三人が集まったことによる、テンションに任せた停止線の見当たらないぶっつづけの突貫作業によるものだろう。
木製の手すりに底板、水抜き蛇口は手に入らなかったので適当に引き倒せる機構をロイズが即興で設計し、階段と丈夫なかまどまで自作、気がつけば拾ったドラム缶や切り倒した樹のみならず、買ってきたレンガまで使っている。
ワンダーグルーで素材を貼っつけ、仕上がったらあとは赤と黄色の塗料を使い、”双頭のベア”NCRと”技術を守るサークル”B.O.Sのマークをてごろに書き殴って並べれば完成だ、ここに両勢力共同開発の、公共事業が日の目を見たのである。
「前に二人きりになったのはそうだな、前の街を歩いた時だったか・・・あの時ゃ、俺もお前も右も左も分からなかったもんだ」
「思えば長いよな・・・もう一ヶ月経ったのかよ」
そう言いながら、左腕に取り付けられたPip-boy3000の日数表示を見る。
たびたびデザインが変わり、クリスマスや新年には画面の中のキャラクター、Vault-boy君が様々な格好を見せてくれるこのカレンダーは、今はただVaultスーツを着た彼が笑顔を浮かべているだけだった。
「エリスさんにアルレットさん、エルヴェ団長に・・・いい人ばかりだった、ウェイストランドにはああいうなんつーか・・・心っから顔上げてる人達ってのは滅多にいなかった、皮肉屋ばっかつーか?」
「同感だ相棒、人類種の残した負の遺産、それが無いってのが一番だろうな。過去のしがらみって言っても記憶頼りの歴史そのものしか無いんだろう、今を生きる人間が背負って生き続けなきゃならない破壊の跡が刻まれてないぶん、こっちは平和で・・・空気がうまい」
すうっと息を深く吸って、それが炊きあがる火から昇る煙を吸ってしまったティコはげほげほと、咳き込んで煙を払う。
その滑稽な様に笑いを飛ばしながら、ロイズは頭に乗せたタオルを開いて、もう一度たたみ直し置いた。そうしてまた腕を手すりで組み顔を埋めるその表情、今度はどこか物思うところがあようで―――
「―――となると、俺らの世界の”遺産”、持ち込んじゃ悪いって思うよな、相棒」
「・・・おうよ」
そう言い合い、思い返す。
思い浮かぶのはティコも、ロイズも、かつては見慣れた怪物や物品郡だ。
”トカゲモドキ”、”大王サソリ”――― そして”死の鉤爪”。
赤髪の魔法使いが言う”装甲悪鬼”もそうなのだろう、自分達がこの世界に訪れたのと同様に、かつて見慣れた存在たちがこの世界と世界の隙間を割り開いては獲物を求めて境界を越える。そして食物連鎖と自然に淘汰されるその時まで、命を奪い徘徊し続けるのだ。
「エイリアンも来てたりな」
「いるわけないだろ」
「そうか?ウェイストランドは広いぞ、たまにUFOとか落ちてるもんだ、たまにな」
「まっさかー・・・」
冗談めいた言い分だったが、なまじ経験に富むティコが言うからこそ信ぴょう性に満ちる。
結局ティコが冗談とも、真実だと念押しするでもなかったためその疑問は更に彼を悶々とさせることになった。
「・・・ま、何が来ても」
「俺らがけじめをつける、ってことでいいか?相棒、俺らの世界の代物ぁ俺らでケリつけんとな」
「違いねー、判断は任せる」
「嬉しい事言ってくれるじゃないの、信頼してくれてるのか?」
面倒なだけだよ、とそっぽを向いてロイズは答える。
それをふふっ、と笑って流すと、ティコはまたロイズに話しかけた。
「そういや相棒、前にも一度言ったかも知れんが・・・」
「んだよ?そろそろ極楽に浸らせてくれよ」
「いや、はは、俺らの流儀、って覚えてるか?」
確認するようなティコの言葉に、一瞬ロイズはきょとんとした。
覚えてないならいいんだが、と言うティコに、ロイズは湯から上半身だけを出すとぐっと拳を握る。
そして笑みを浮かべ、忘れちゃいないと答えるのだ。
「“悪いヤツはぶん殴ろう”、だろ?」
「ははは!それいいな!今度からそれで行くか!」
大笑いするティコから目を今度こそ、恥ずかしげに逸らしロイズはまた湯の中に戻る。
男達の夜分も、また過ぎようとしていた―――。
―――一方、テッサとアル。
「・・・おや?」
「どうしたのさ」
荷物に手を突っ込み、わさわさと探るテッサ。だが目当てのものが見つからなかったのが彼女は手を戻すと腕を組み、顎に指を添える。
なにぶん彼女は羞恥心やそのあたりが壊滅しているものだから、タオルで身体を拭くマナーはあっても隠すような真似はしない。アルは自分が子供だと納得しているから別に良かったが、スレンダーながらスタイル抜群の女性がそれをする様は何とも言えず、ちょっとだけ距離を置いていた。
「・・・下着がない」
「あーもーっ!だから言ったんだよぉ!まあ下着番台に預けるのもどうかとは思うけどよりによって!よりによってこのポンコツぅ!」
「な、なっ!叩かないでよアルベルト!これボクの責任じゃないだろう!?ねえ!?・・・あ!そうだ君のを貸してよ!ちょっと小さいけど十分入るだろう?君子供なんだから無くたって・・・」
「何を言い張りますかこのポンコツ!ポンコツって言わないようにしてあげようと思ってたけどもう関係ないねっ!あっ!引っ張るな!返せっ!あっ、破れ―――」
―――彼女たちの夜分も、また更ける。