トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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15306文字。


第三章:呪われたグラディエーター 15話

 

 

 “鉄壁テストード”はパーミット闘技場の数多くひしめき合う強豪、それらを退けNo.1、2の座を争う強豪中の強豪、誰もが羨み憧れる戦士たちである――― つい先日までは。

 

「―――どうしてだよ」

 

 薄暗い部屋で、男が嘆く。

 それは理由が分からないことへの嘆き、というよりは、それらがわかった上でなおも襲い来る理不尽に対する抵抗、といった意味が強いことが声色から伺えた。

 

「―――どうしてだよッ!」

 

 男が腕を振るうと酒瓶が転がり、木板の床を這う。

 それを見ていた他の男達は、それを咎めるでもなく諫めるでもなく、ただ自分達も同じ気持ちなのだとばかりにうつむき加減をして、ただじっと薄暗い空間をより一層暗くしていた。

 

 

 男の名はカッスル、鉄壁テストードのリーダーを務めている歴戦の闘士であり、齢のほどは40を超えてしばらく、スキンヘッドが彼の鍛えあげられた筋肉の鎧を一層厳つく際立て、まさしく強面の彼は全身に鋼を纏うと一歩、また一歩と歩む度に投げかけられる歓声を背に舞台に立つのだ。

 

 鋼の兜、鋼の鎧、鋼の槍、そして鋼の大盾。

 鉄壁テストードを象徴する紋章を刻んだ大盾を全員が持ち、唯一魔法処理によりただひたすらに”硬化”に特化したカッスルを中心としたファランクス陣形によって魔法、剣、拳、ありとあらゆる難敵を力押しで打ち砕いていく。

 

 闘技場を見に来る者達が求めてやまない”力”と、戦士が崇拝してやまない”鋼”を象徴する彼らは、常に投げかけられる歓声と名誉、富やあらゆる欲を満たすに値する戦士たちである。

 

―――はずだった。

 

「お頭ぁ、何も僅差で数戦負け越しただけじゃぁありゃせんですか、すぐに・・・」

「そのすぐに、で差ァ広げられて負けてんだ!前のブザマな負け方忘れちゃねぇだろうな!?」

 

 その”栄誉”が崩れ落ちたのはここ二年も経たない頃からだろう、彼らが憎み、しかし上に立つ”紅炎の黒刃”が闘技場に切り込んできたその時からである。

 

 以前からも”豪腕ペンドラゴン”の”超獣”ウグスト・ラゴンという好敵手と一位、二位の座を争っていた彼らだったが、あの四人が闘いに加わってからは状況が一変したのだ。

 身の丈ほどの剣を操り大盾の防御に隙をもたらすほどの剣撃を打ち込む”黒の剣士”フラティウ、そしてその相方”黄金盾”ティリウス、連れの一人で防御の上から肉体を焼き焦がす”バーニング・シェスカ”、もう一人は・・・特に気にしてはいなかった、だが重要なのだ。

 

 鉄壁と超獣、その合間に身体をねじ込み、両者をノックダウンし場を征服した黒刃、人気が誰に向くかなど想像に易かった。

 

 それからの凋落は早い、常に二位、三位、ひどいときはもっと下がったこともあった。絶妙に注目を得られない位置を陣取りゲームのように常に奪い合う彼らは自然とストレスが溜まっていき、酒の量も増える。

 本調子で臨めないからより結果は悪くなって、現在は取り戻したもののそれでも収入も人気も落ちた彼らへの扱いが変わったことは目に見えて分かる。元々気が荒く、好き勝手しがちだった彼らに喜んで従う者などそうそうおらず、自然と孤立の道をたどった。

 

「ッくそっ、あのウグスト・ラゴンの奴・・・!急に強くなりやがって・・・」

 

 極めつけは、直近の闘いの数々における敗北だ。

 ”超獣”ウグスト・ラゴン率いる豪腕ペンドラゴンには一進一退の攻防でいつもは続けられた、だがいつからか唐突に強くなり彼らの盾を易々砕くようになった彼、ウグストに蹴散らされるようになってからは自然と、No.3という烙印を押されたのである。

 

 おまけに最近、”黄金盾”の代理として参加した男のことだ。

 

 騎士然とした全身鎧を身につけているのに徒手空拳、あまりに意外で、奇抜で一時話題をかっさらったが今はもう受け入れられ、”白銀闘士”などという二つ名を受け取るほどに人々の人気を得た男、ロイズ。

 

 つい先日の屈辱を思い出すたびに、血管が額に浮かぶ。

 あの時受けた傷は確かに治した、だがあの時受けたクリームの匂いが、身体に入ってしまったのか治しても治しても、傷口を抉っても取れないのだ。強面に似合わない甘ったるい匂いが舞う度に、彼はあの顔を引き裂いてやりたいと切に思う。

 

 

「くそっ!」

 

 また酒瓶が転がる。

 

 明日は試合だというのに飲み呆けていた彼らはもはや冷静に考えるだけの頭も浮ついてしまっており、身体も火照って仕方がない、勝利への筋道が、栄光へのロードがあると誰かにそそのかされれば、迷わずその手を取ってしまうくらいには疲弊していた。

 

 カッスル、タイル、アポン、カーライル、四人揃って”鉄壁テストード”。

 頭を押さえてうなだれても、それでも勝ってまた栄誉を手にしたいのである。

 

 

―――そんな彼らのホームに、ふらりと訪れる影。

 

「・・・あぁ?コラッ、ここをどこだと思って・・・」

「負け犬のねぐらであろう?実に惨めで、酒臭い。火を焚けば全部燃えてしまいそうだの」

「ッあぁ・・・!?」

 

 唐突に現れ、唐突に罵詈雑言をぶつけてくる女。

 地味目のローブに身を包んでいた女、フードをかぶっていたときはなぜだろうか、それすら分からなかったが、今たしかにその起伏に富んだ身体から女だと分かる彼女の横暴に居ても立ってもいられず、元々気性の荒いカッスルは足元の酒瓶を蹴り飛ばし道を切り開くと彼女に詰め寄る。

 

 だが次の瞬間、

 

「ッうぐえぁっ!?」

 

 カッスルを襲うのは衝撃だ。

 身の丈2mに届かんとする大男の身体が、酔いで少しばかりふらついていたとはいえそこそこ広い、十六畳はある部屋の端から端までいとも簡単に吹き飛ばされたのだ。この現象にはさしものメンバーも黙っていられず、それぞれが得意の槍を取る。

 

 そして互いにその場から一歩も動かなくなるのだ。

 鉄壁テストードは彼女を警戒し、槍の穂先を向け動かずタイミングを待ち、しかし彼女は槍先が向けられようと動ずることはない。

 

 そうしているとカッスルが額の血管がはち切れんといった表情で立ち上がり――― 彼女もまた、その手のひらを前に出し、制止するようにした。

 

 

「まあ待て、何も貴様らと命のやりとりを楽しむためにここまで足を運んだわけではない・・・おっと」

 

 彼女はそこまで言って、髪に引っかかり完全に降りなかったフードに気づきさっと下ろす。 

 彼女がフードを下ろすと、長い、後ろで一本くくられた髪が垂れた。

 

「自己紹介がまだであった、一等市民区のさる評議会議員の一人娘――― アニーア・クラ・トゥルスである、まあ覚えんでもいい」

「舐めやがって・・・なんのつもりで一等市民区のお嬢様が、俺達みたいなチンパンジーにちょっかいを出しに来たってんですか・・・い?」

 

 堂々と名乗りを上げるアニーアに対し、せいいっぱいの皮肉で答えるカッスル、場の空気はこれでもかというほどピリピリしている。だがその空気の流れは、ぶつかり合うのではなくカッスルが発した威圧をアニーアが受け流しているといった感じになっており、それはこの状況にあって彼女が余裕満杯であることを察するに十分だった。

 

「まあまあ、私は下々の闘技場というものに今執心していてな、それでちと、お前たちに頼み事をしに来たというだけでな」

「頼み事ぉ・・・?」

 

 女の目的が喧嘩を売りに来たことではなく、ご丁寧にも依頼を求めに来たことだと聞いてカッスルはアニーアに向けて足を進める。彼女はもう彼の腹に手を当て弾き飛ばすことはせず、圧倒的な身長差を持つ彼を見上げる形になりプライドを刺激されたのか、やや不機嫌になりながらもまあいいと言うと、懐に手を入れまさぐりながら話し始めた。

 

「お主ら、明日はあの紅炎の黒刃と戦うのであろう?それに関してだがな・・・」

「負け戦をする前にとっとと尻尾巻いて逃げろとでも言いに来たってかぁ?んだ?連中のファンかおじょうちゃん!」

「まあまあ落ち着け」

 

 その名を聞いた途端、歯を剥き足元に転がってきた酒瓶を蹴り飛ばし、壁で割ったカッスルをなだめるように手で制しながらアニーアは、懐からようやくと目的のものらしき物品を取り出すと彼に向けて差し出した。

 

「こいつはなんだ・・・?」

 

 最初は訝しむ目で見ていた。だが差し出された物を受け取ってよしと判断した彼はそれを手に取り、まじまじと見る。

 一見にして魔道具か何かであろうか、だが用途の分からぬ筒状の魔道具を前に、彼は首を傾げるしかできなかった。

 

「これもだ、受け取れ」

「あぁ?」

 

 相手の全く気圧されない風格に対抗しながらも、カッスルは更なる追加品を受け取る。

 仮面であろうか、実に不思議な機構をしたその道具、どこか見覚えがあるようで―――

 

 

「あぁ思い出した、あの白銀闘士、その後ろでよく観戦してる黒兜のかぶってる奴じゃねえか」

 

 見るものが見ればガスマスク、とも見える、しかし急造されたかのように作りに粗雑さが見え、その材質は劣化が進んでいる、その魔道具を彼は人数分のとおりメンバーに手渡したあと、溜まりに溜まった質問を吐き出す勢いでアニーアに詰め寄った。

 

「でだ、これで何をしろってんだ?これを被れば強くなります、がんばってください!じゃねぇんだろ?」

「決まっておる・・・お前たちには、明日の試合でこれを使って欲しい。それも舞台の四隅、囲うようにな?」

「はぁ・・・?」

 

 女の意図がわからず、つい言葉でなく声で応えるカッスル。

 しかしその表情から心中察したとばかりに鼻で笑うと、アニーアは話を続ける。

 

「その魔道具は面白くての、相手の動きを完全に止めることができる・・・と、道具師が言っておった、使い方は簡単・・・その”しんかん”を抜いての、この取っ手を握った後放り投げれば良い」

「つまり・・・?」

「なあに、あの紅炎の黒刃の常勝無敗がつまらない人間はお前たちだけではないということだ、動きを止めた後蹴るなり斬るなり好きにするといい、私はそれを特等席で見せてもらうというだけでな・・・おお、そうだ」

 

 更に思い出す点があったのか、アニーアが懐に手を入れてすぐ、一包の小袋を取り出す。

 どこから取り出したのか、十分に大きく重いそれを、アニーアがじゃらじゃらと鳴らした時点で彼らは中身を察し、受け取ってからは確信に変わりそして、どうでもいいことは忘れ去った。

 

金貨五十枚(5,000,000)・・・!?」

「依頼料だ、必要であろう?それだけ期待しているということだ」

 

 どこから取り出したか、扇子で口元を覆いながらアニーアは言う。

 その声色には喜色がやや混じっていたが、目の前の金と依頼の内容に目と耳を奪われていた彼らに気づくようもない。カッスルはすぐさま「受けた」と返すと、交渉成立だ、とばかりに手を伸ばす、アニーアは手を払う。

 

「勘違いするな下々、依頼をしに来ただけであるぞ」

「へっへ・・・お嬢様、すいませんねえ」

「下手な媚はいらん、明日の依頼、成功させるがよい」

 

 ばっさりとカッスルの笑顔を切り捨てたアニーアは、それだけ言い残すとフードを深かぶりする。そして扇子で口元を隠したまま扉をくぐると、閉め、二度と帰ってくることはなかった。

 ”鉄壁テストード”の面々は受け取った金貨の山に喉を鳴らし、しかし受け取った魔道具の数々にも唾を飲むと落ち着こう、落ち着こう、これは人殺しの道具ではなく勝つための道具だと互いに納得させる。

 

 

 

 ―――そんな中ふと、誰かがつぶやいた。

 

「・・・ところでさ、なあ、今依頼してきた奴のよ―――」

 

 彼は腕を組んで考えるようにしたあと、全く境地に辿りつけなかったのか組んだ腕を解く。

 それから疑問符を浮かべるように首を傾げ、言うのだ。

 

「―――名前と顔、覚えてる奴いるか?」

 

 

 いいや、いいや、知らない、覚えてない。

 次々に上がっていく回答はそんなものだ。

 

 だがそんなことなど地平の彼方に消えた、さも始めから無かったのだというように忘れ去られる。 ただ残ったのは、自分達の栄誉を奪った面々への復讐心と、そのための道具の使い方だった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 アニーア・クラ・トゥルスは何不自由ない。

 

 

 パーミットは元々ひとつの街で、それが”一等市民区”と呼ばれる場所であった。

 ゆえに司法や行政が整うことが非常に遅れ、街としてのスタートにハンデを持ちながら喫した二等市民区、壁外に広がる町々と比べ発展が著しく、かつ王都と港の間に位置するという立地上高度な経済、腕の良い職人、豪奢な着飾り物などあらゆる物がここに落ちてくると評判だ。

 

 ゆえに壁内には”かつてから存在する街”の血脈を受け継ぎ力を持った有力者、力を示した者、別荘を欲しがる貴族などが集まり今日も二等市民区とはまた違った方面において、商業、別荘地、様々な方面で街の発展は上向き加減を続けている。

 

 街の構図はその中央、数百年前に異界から流れ着いたらしい地下迷宮、異界の謎がひしめいている宝庫と(もじ)り、”28番目の金庫”と考古学者に名付けられた場所を中心とし多くの建造物が建っておりその外を壁が覆っている。建造物も遊戯場、高級商店街、浴場、遊郭その他と幅広く、外部からの有象無象の商人のために商館までもが作られていると手広い。

 

 ただし、故にこの一等市民区が”一等”と呼ばれるのには理由がある。

 一等の身分を持つ人間にしか居住が許されないからだ、内部の人間が保証するでもなければ、卑しい身分の人間が入場することすら許されない。”二等”市民区というのはつまりのところ、それを皮肉った当時の街の住人が対比して名づけたものであると伝わっている。

 

 そのため一攫千金を狙う商人達には垂涎の場所で、金が湯水のように流れるこの地へ取り入ることを求めここに流される稀有な品々を求め王族、貴族など身分を持つ人間が別荘を持ち長期滞在することは多い、むしろ、王都ほどではないが発展しかつ貴族たちが別荘を持つこの場所はお互いの顔見せにちょうどいいと、晩餐会を開くにちょうどいいと頻繁に貴族が出入りしていた。

 

 

 そんな彼ら、贅を尽くした生活をしている彼らだが、それでもこの場所を訪れる理由はひとつ。

 ”28番目の金庫”へ訪れるためだ。

 

 異界から建造物ごと流れ着いたこの場所は、数百年経過してなおその機能を人の手を借りることなく、内部を巡回する”からくり人形”によって維持されている。

 生活するには貴族としては不便で、安心できないほどに狭いスペースがとられているこの場所だが、たまにはこういうのもいいと受け入れる者も多く、加え地下何十層にも広がる地下迷宮には”異界”の人間達が使っていたと思われる遊具や絵巻物が存在し、味わったことのなく、またどこから補充されているかも分からぬ食品の数々が彼らを囚えて離さない。

 

 高度な技術を持って作られたらしいあらゆるものの”新鮮さ”、そして”便利さ”が心をつかんで離さないその場所は、つい老齢を迎えた王族が夜を超えて遊んでしまったという逸話が残っていることから折り紙つきだ。

 

 

 一方で、その”高貴な街”を運営する者達も確かに存在する。

 それがアニーアの父親が所属する、パーミットの街でもひとにぎりの存在、評議会であった。

 

 

 さる特殊な”身分証明書”によって”28番目の金庫”の管理権限を与えられている彼らは、この街により金を落とし、より多くの高貴な者を集めるために尽力しており彼らもまた、貴族という身分を得ている。

 

 よって富と権力は並みの地方貴族なぞ目ではない、アニーアはそんな父を持ち、何不自由なく生きていた、はずだった。

 

 

「結婚?あの男と・・・?」

 

 長い金髪はウェーブをかけ、一つにくくれば一輪の花のよう、身体は起伏に富み肌はきめ細やかに白磁そのもの、顔つきも美人だった母親を受け継ぎ見るも美しく育ち、引く手あまたとなった彼女がある晩餐会で紹介された男。

彼女の好みとはすこしばかり齟齬を持つ”横に長い”男。

 

 晩餐会が終わった後彼女は、その男の嫁に向かうことが運命づけられていると言い渡される。

 当然彼女は抵抗し、今まで反発したことのない親にすら反発した、だが彼女を溺愛し、しかしその方向性が彼女の思惑と違ったものとなって仕方のない彼ら――― 彼女の”幸せ”を貴族的観点から見てしまった彼女の父親は、娘を売りに出したも同然の仕打ちを与えた。

 

 そのさる男は多大な領地を持つ上級貴族、爵位も上から数えれば早い”公爵”の地位を持った者であり、欲深いことで有名であった反面、その懐に潜り込むことができるのなら将来は国王の懐――― 少なくとも、一生を思うがままに過ごすことが可能になると言う噂を持っていた。

 

 公爵家に嫁を出せば直轄地を任されるという名誉もあろう、家も潤う。

 単純な幸せの価値観の齟齬だった、だがそれが変え難い運命だと決定づけられた瞬間、彼女の顔から笑顔、心からの純粋な笑顔というものは消え去った。

 

 

 

「・・・つまんないなあ」

 

 それからの日々はただ、”楽しさ”を追い求める日々が始まる。

 いずれ消え去るその日々を今のうちに掴み、記憶に残して心の支えにするために、もしくは日々が消え去った後もせめて、慰めにするために楽しさを求め、しかし動く気力を奪われた彼女はただ街に入ってくる物品や書物、道化師を見て集めるのに更ける日々―――。

 

 そんなときだろうか、ついふらっと、久しぶりに動いた足のまま街の外に出て、お付きが止めるのも厭わずふらりと下町の闘技場へと訪れたのは。

 

 そこで彼女は、久々に”楽しさ”と出会った。

 先にあるつまらなく苦しい日々を想像してあらゆるものがつまらなく感じる中、久しぶりに感じた楽しさ――― 人々の営み、耳を撃つ歓声、そして、戦士と戦士の命のやりとり。普段安全地帯におり、その手の営みと無縁だった彼女は気がつけば熱中し、身分を利用して最前列の席に座ってまで、それこそ時間を問わず見続ける。

 

 吹き出す血が、飛ぶ首が、潰れる肉の臭いが彼女の今まで感じることのなかった部分に刺激を与えるのだ。いつしか彼女の生活は、闘技場を中心に回るようになっていた。

 

―――だが。

 

 

「命のやり取り、偽物ね・・・」

 

 長く見続けているうちに、気付いてしまう。

 魔導により造られた舞台上で命が失われることはなく、あってもたまに”不幸な事故”が発生するだけ。

 

 この死合は偽りなのだ、それに気付いたとたん、彼女は再び心が沈んでいくのを感じる。

 だが闘技場で一抹の光を見つけてしまった彼女は、本当の楽しみはここにあるのだと信じて疑わず今日も足を運ぶ。そうしているうちに、

 

「―――彼、すごくいいっ」

 

 見つけた、見つけてしまった。

 

 命のやり取りに、他の有象無象とは違った意識を持ち、自分達と違ったモラルの中で闘う”闘士”。

 ”白銀闘士”と名付けられた彼は全身を白銀の鎧で包んでいるにも関わらず徒手空拳、目立ちたがりかはたまたよほどの自信を持っているのか――― だが最大の相違点は、そんなところにはない、彼の”目”だ。

 

 彼女は舞台に最も近い位置にいるから、彼の目をよく見ていた。

 

 彼は、ロイズは他の者とは決定的に違うのだ、名誉を重んじるでもない、富を求めているでもない。歓声を浴びれば恥ずかしさに顔を赤くしてしまい、賞金を受け取る際には腰を折って一礼することも欠かさない。

 

 そしてなにより、彼が相手を殴る瞬間だ。

 彼は相手を殴る瞬間、死なないと分かっているからだろうか、痛みを受ける相手を思いやる表情を忘れていない。”闘い”に対するモラル、意識の差が他の者と如実に違うのだ、これは彼女の興味を引いた。

 

 極めつけはあの事故――― 事故だろうか、ミスリルゴーレムとの死合であろう。

 

 あれこそ求めていた命のやりとり、真剣に生命と、痛みと向き合う男の目。

 見捨てても問題の無かった少女を痛みから救い、幾度殴られようと膝をつかず立ち上がり、背にした人々を守り続ける”騎士”然とした姿。そして勝ち残った彼の浮かべた最高の笑顔――― 惚れ込んでいた。

 

 だが同時に思いもしてしまったのだ、彼女は常に”楽しみ”を求めていた、その形に際限はない。

 つまり、その形が今までの方向と真逆に向かってしまうこともあろう。

 

 

 ロイズと言う男に彼女は惚れ込んで、しかし手を出せずに居た。自分の権力と富を持ってすれば近寄ることなど容易だろう、だが近寄ってどうする?恋焦がれる少女の中に根付いた疑問は大きくなり続け、やがて歪に成る。

 

 自分はやがて汚される身、手に入れたくても、手に入れられないのなら―――。

 これが叶わぬ思いなのなら―――。

 

 ―――全部、壊してしまいたい、彼が敗北し倒れ伏し、首を落とされる姿を見てみたい。

 

 

 そう思ったのと、”彼女”が訪れたのはほぼ同じだった。

 ある夜、警備が厳重なはずの寝室へとふらりと、さも当然のように現れた猫の耳を揺らす亞人、彼女はそんなアニーアの思いに反応し吸い寄せられたのかというように、呆然と見つめるアニーアに手を伸ばす。

 

「わかる、わかるよ?君ももっと、滅茶苦茶に壊してやりたいってそういう女の子なんでしょう?」

 

 そう、わかったように言う亞人の少女は、ベッドから身体だけを起こす彼女の手をそっと握ると次の瞬間、どこから取り出したのか幾つもの、それこそ無数の魔道具を彼女に譲り渡しそして、自身が着ていたローブも彼女にそっと掛ける。

 

 道具の使い方を逐一、まるで玩具の説明をする子供のように楽しげに話す少女に自然と彼女は親近感を感じてしまいながら一方、道具の説明を聞く度に湧いてくる”楽しさ”の前に頬を赤らめていた。

 

 どれも面白い道具の数々だ、強力で、手軽で、しかしやり過ぎない。

 場を”引っ掻き回す”にはちょうどいい道具の数々。

 

 彼女は聞く、ローブを脱いで女性的な質感を持つ私服姿が露わとなった少女に、名前は?と。

 少女は答える。

 

 

 だが少女は『すぐに忘れるから』と、そうとだけ言い残すとくるりと背を向け、窓辺に立つのだ。

 少女が月明かりに照らされた途端、暗闇で見えなかった彼女の”色”がはっきりとする。

 

 だが刹那、少女が唱えた呪文が強く耳に響いた。

 

 

「じゃあね、アニーアちゃん・・・会えたらまた会おっ」

「待て、待ってくれ・・・私になぜこんな―――」

「―――“ハイプノ”」

 

 瞬間、マナの濁流が緩やかに部屋を流れ、アニーアを包む。

 彼女が再び目を開けた時、少女の姿はなかった、あるのはただ少女から受け取った道具の数々。

 

 そして。

 

「うっ・・・?」

 

 思い出そうとしても思い出せない、少女の”形”。

 顔つきも、身体つきも、種族すら思い出せない、ただ思い出せるのは―――

 

 

 ―――『灰色髪』。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 “ゴーレム暴走事件”と安直な、しかししっくりくる名前のつけられた事件から一週間が経過した頃、破損箇所の修復などが終了した闘技場の興行は再開され、ロイズらもその参加のために闘技場の控え室に詰められていた。

 

 

「ほら次フラティウのおっさんの番」

「いいだろう・・・これか――― ジョーカーであったか」

「フラティウのおっさん、それ言わないのが醍醐味なんだぜ?」

 

 相も変わらず暇な彼らはいつものホームスペース、控え室の端にある、既に長々と集めたお茶菓子やお茶やらでごったがえし、完全に専用席の様相を呈しているテーブルを中心に向かい合いトランプゲームに勤しんでいた。

 

 シェスカが一時離れてからはロイズ、フラティウ、バラッドの三人だけで始めた種目はババ抜きで、何度やっても表情を作るのがうまいバラッドが大抵は勝つために興が乗ったフラティウと負けず嫌いなロイズは幾度と無く挑戦している。

 たった今も手札の最後の二枚、うちわかりやすくもジョーカーに手を掛けた瞬間、眉間にしわを寄せるロイズが手玉に取られ、バラッドが一人上がってロイズとフラティウの一騎打ちになる。それも間を置かずにロイズの一人負けで終わり、彼はため息をついて突っ伏した。

 

「どうして勝てないんだよぉ!?」

「ロイズ分かりやすすぎるのはあるんだけど・・・それ以上にすごく運も悪いよね」

「それは我も思う、君は神にあまり好かれていないようで・・・すまん言い過ぎた」

「うー・・・神なんてバカヤローだっ、ヤハウェもアトムもブッダも何もいらねぇーっ!」

 

 思いつく限りの神の名を挙げ罵倒するロイズ。

 神と密接に関わるこの世界ではいい顔をされないものだが、なまじ誰も知らない名ばかりが挙がるものだから誰も何も言えなかった。

 

 負け犬の仕事だとばかりに、トランプカードを束にしたロイズはシャッフルを始める。トランプゲームには弱い彼だが手先はかなり器用なためシャッフルは上手く、頭も案外回るものだからイカサマを覚えさせれば結構な腕前になることを期待できるのだが、本人のポリシーでそうはいかなかった。

 

「正々堂々勝負がスジっつーだろっ、さあもう一回!」

「ロイズ変なところで頑固だよねえ、まあいいけどさ」

 

 苦笑しながら配られたカードのダブり札を捨てていくバラッドと、器用にも手甲をつけたまま同じことをするフラティウ。全員が準備を終え手札を隠したその頃合いで、最初の一枚をバラッドから引き抜き苦い顔をしたロイズがふと、思い出したように二人にぽつりと聞いた。

 

「そういやよ、前の岩人形、ミスリルゴーレムだっけ、あれ結局どうなったんだよ?」

 

 闘技場が休みになっているときはやれドラム缶風呂だの、テッサの相手だのですっかり忘れていたが、自分が闘ったあの巨大な魔導岩人形の魔獣が広義に見ても”イレギュラー”であることは容易に想像できた。

 

 彼はその顛末と術の行使者の消息が気になり、ふと聞いたのだった。

 それにはバラッドも、フラティウも苦い顔をし、少し間を開けた後に答える。

 

「我らも職員に・・・まあ伝手があったからな、聞いてみたのだが・・・」

「結局わかったことは少なかったんだよ」

「ん?わかったことあったのかよ、もったいぶらずに聞いてくれよ、な!」

 

 ぽんぽんと膝を叩きながら催促するロイズ。

 その際手札の中身が見えてしまっていたが、それに気がつかないあたり彼の敗因だろうか。

 

 ロイズの問いにはフラティウがバラッドが答えようとし、しかしフラティウに制され彼に譲る。

 

「結局のところ、オーケン自身は何もしていない。いつもどおりにゴーレムを召喚したが、少しばかり”手元を狂わされた”といったところだろう、問題は彼が使っていた杖にあった」

「杖?」

「そうだ、不可思議な文字でな、呪文が刻まれていた。専門家が調査したところどうやら杖に許容量のマナを吸わせ高位の術を行使するためのものらしい、彼が上位召喚魔獣のミスリルゴーレムを召喚できたのはそのせいで、強化されていたのは術の副次効果、制御できなかったのは彼の力が足りなかったから・・・だろう」

「あー・・・つまり」

「外部の何者かの干渉があって、オーケンの杖に細工が施されていた、彼はそれを覚えていないどころか認識すらできなかった、というところだな」

 

 そう言い切るフラティウの表情は深刻だ。

 自分達の晴れ舞台を汚そうとしている何者かがいる、それだけで十分だった。

 

 ロイズは自分の手元に回ってきたジョーカーに苦い顔をしながら、更に聞く。

 

「じゃあ、その細工したヤツってのは」

「消息不明だよ、重要参考人としてオーケンは当分舞台には出られないだろうな、だが―――」

 

 フラティウが少し溜め、口を開こうとするそのタイミング。

 遮るように少女の声がかぶさった。

 

「―――なーに、まだやってんの?そろそろ試合だし準備しなさいよ」

「シェスカ、戻ってきていたのか」

「シェスカちゃんもババ抜きやる?もう少し時間あるし潰そうよ」

「やらないわよ別に、先行って心構えを落ち着けて来るわよ!シントーメッキャクよシントーメッキャク!」

 

 終わって捨て札の山だけになったトランプカードを集め、シャッフルしながら誘うバラッドをふいにしシェスカはすぐに控え室から去っていく。その姿に彼女が、いつもよりやる気に満ちていることに首を傾げて、男達はまたすぐに口を開いた。

 

「思うんだけど、たぶんババ抜きって言葉が駄目だったんじゃないかな、女性には無礼っていうかさ」

「じゃあ今度ジジ抜き誘おうぜ」

「じゃあそれで行こうか」

「・・・今度は我抜きでやるのか?」

 

 少しさみしげに問うフラティウ。

 ロイズとバラッドは彼を向くと、何とも言えぬ顔をした。

 

「別にジジイ抜くルールじゃないし、まだおっさんって齢じゃ・・・悪ぃ、オレ呼んでた」

「墓穴掘るのも得意だよねロイズ」

 

 今度こそ、本当に何も言えなくなった彼らは手前何もなかったような素振りを見せながら立ち上がると、思い思いの武器を手に取って控え室から出て行く。それでもたった一週間、しかし久方ぶりの闘いの予感は、彼らの血を少しずつ滾らせていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ―――あいつらが来る。

 

 

 赤色のゲートをくぐって、紙吹雪を頭の上から投げかけられて。

 俺達よりずっと多くの紙吹雪を、ずっと多くの歓声を受けて。

 

 卑怯でもいい。

 一方的でもいい。

 それでも―――

 

 

 ―――連中の顔に泥を塗れるなら本望ってヤツよ。

 

 

舞台へ上がったロイズ達は礼儀をもって一列に並び、相対する相手、試合のゴングと司会の口上を待つ。

 

 戦士と戦士の命の張り合い、その中に存在する確かな礼儀という伝統は今も一礼や、熟練者が新人に全力を持って臨む姿勢を張るというスタンスにあり、彼らもまたNo.1として、いかなる相手が出てこようとも手加減はしない。

 

 ひそかに言えば、ついこないだ未熟さを味わうまでは彼らも、この場において他者に自分達よりも強い相手はいないのだと高をくくっていたのだ。この試合をもって連続95勝ほど、目的が近づいてきた高揚感が、試合のゴングを今か今かと待ち構える。

 

 それでも実を言うと、彼らは”二度”敗北を喫したことがある。

 一度目は不慣れな時に、二度目は驕りと油断が祟って。

 

 ゆえに彼らは先日、また自分を見つめなおす機会ができたと思い、今日の試合は自分への戒めとして、闘いに臨む気迫に一片の隙も見せないと、常に全力でいかなる相手にも算段を巡らしていた頃の心、初心に帰る機会としていた。

 

 

 戦いの前にフラティウは剣を素振りし感触を確かめ、シェスカもバラッドも、己の武器と体の調子を確かめる。そうしていると彼らにはやや遅れて、むしろ彼らが少し早すぎたのだろう、時計が試合開始の時間を指す数分前の時刻を指した頃に、試合相手、”鉄壁テストード”の面々が自慢の大盾を持ち舞台に立ち―――

 

―――そこで彼らは、度肝を抜かれた。

 

「なに、アレ?」

「兜を新調したというには少しばかりなんというか・・・すまん、言わせてくれ、趣味が悪いな」

「ティコさんのかぶっていたのに似てるなあ」

 

 現れた面々、紋章付きの大盾を持ち鋼の鎧を着た彼らはいつもなら頭部にも鎧の色と同じ鋼色の兜をかぶっている。

 だが今日に限っては、もしかすると今日以後もだろうか、彼らのかぶる兜はその法則に囚われない実に珍奇なものへと変わっていた。

 

 頭をすっぽりと覆う兜は二つのアイピースによって視界を確保しており、口元には複雑な機構を持つ部品が取り付けられた”マスク”。疑問符ばかりを浮かべるフラティウ達とは違い、ロイズにはそれに見覚えがある。

 その直感に従って自分の後ろ、舞台からやや離れた観客席を見てみると、やはり彼の相棒も同じ気持ちであったらしく立ち上がってじっくりと彼らに目を向けており、そして一言ぼそりと、つぶやいた。

 

「・・・ガスマスクじゃねえか、防御力なんぞカケラもねぇぞ?」

 

 自分の頭に嵌まっているものをとんとんと叩いて言う彼の言葉にはとても説得力が有り、それを聞いた横のエルフ、テッサは『そうなんだ』と興味深そうに言う。事実、ティコの装備しているヘルメット兼用のものとは違い、彼らのガスマスクは防毒専門の防御力に欠ける代物であった。

 

「ンなんであんなモンがあるんだよ・・・ああ、グールがドラム缶拾ってきたのと同じか、よく分からないで使っちまったってか」

「ロイズ?君はあれに見覚えが?」

「あー、連中勘違いしてるだけッスよ、叩けば簡単に割れるもんッス、むしろ息苦しくてたまらないッス・・・剥がして売ったら結構するんじゃねーかなぁ」

 

 自分のヘルメットととんとんと叩いて言うロイズ、その姿はヘルメットの吸気口がガスマスクの吸気口と似た形をしているだけにやはり十分な説得力がある。

 こと奇天烈な魔道具方面に関してはとりわけ造詣の深い彼の言うことだけにフラティウも、そうか、と納得し会釈を持って相手方への挨拶とする。だが”鉄壁テストード”の面々はあろうことか、唾を吐き捨てることで応えた。

 

 これには少しだけフラティウもきょとんとした顔をし、バラッドとシェスカに至っては苦い顔をやめない。ロイズも決してこの行動が礼儀に則ったものではないと理解できたために、ヘルメットの下で眉間にしわを寄せていた。

 

「彼ら、いつもならちゃんと会釈くらいしますよね?」

「そのはずだが・・・何か不幸でもあったのか、後で話でもしに行こうか」

 

 残念そうに、しかし試合後に溝は埋めようと心がけながら、フラティウ達は試合を待つ。

 やかましい司会の口上を背景に流し、後ろから相棒たちの声援を聞きながら、ロイズもフィストをぐっと握ると試合に臨む姿勢となるのだ。

 

 彼が着用しているのは、破損により性能低下を起こした右手のパワーフィストに代わって新式パワーフィストのサタナイトフィスト、左手には破損を免れた強化型パワーフィストをはめている。サタナイトフィストは赤熱化したままでは持ち運びに不便であったため、一旦冷やしての装備であり必要があったら火種は近くにいると考えてのことであった。

 

 そうしていると、試合開始のゴングが鳴る。

 

 闘いの開始だ、だがいざ動かん、とするのは素人同士の闘いというケースが多く、熟練者同士になると初動は互いに動かず読み合いに徹するか、はたまた一気にケリをつけに総動員の二極であった、少なくとも今回は前者であり、互いに動かず譲らない。

 

 ―――そんな中、最初に動いたのは一人。

 鉄壁テストードのリーダーを務めるカッスルが一歩、彼らに向かって踏み出した。

 

 

「・・・カッスル?無防備すぎるぞ」

「こんな時まで相手の心配かい?フラティウ、いい身分だよなぁ」

 

 明らかに無防備に、大盾を構えることすらせず踏み出したカッスルを窘めるように言うフラティウの言葉に対し、喧嘩腰に応酬するカッスル。その目は実に強面の顔を引き立てるように、恨みがましくされていた。

 

「お前らはいいよなぁ・・・No.1だもんな?金も、名誉も、女も・・・なんでも選り取りみどりだ、おまけにお前さんはいい男だよ、人気が出て当然だ、そう思う」

「はぁ?何よ急に、試合放棄?あいにくと―――」

「だぁってろ毛も生えてないガキがッ!今はフラティウに言いてぇことがあるッ!」

 

 一蹴されたシェスカは黙りこむ。

 例え実力で下回っていても、その気迫は生きた年月の違いを彼女に教え込んだ。

 

「あれからずっと、お前らに勝てねぇ・・・100勝がしたかったワケじゃねえけどよ、でもお前らが俺らの屍と屈辱の上にそいつを成し遂げるのはどうしても気に食わねぇ。・・・だから―――」

 

 ガッ、と床を蹴る。

 透明なアイピースから見える目は、血走っていた。

 

「―――テメェら全員、ズッタズタに引き裂いて生皮剥いでやる・・・そこの鎧のヤツも赤髪もだ」

「やってみるといい、闘技場は神聖な場所、お前達を戦士だと思っていたが・・・間違いだったか」

「へッ!言うなあ”黒の剣士”!だがよォ!別に無策で来たってワケじゃねーんだぜ?」

 

 道化のように大振りに、しかし無駄のない確実な動きであっとういうまに懐から何か、筒状の道具を取り出すカッスル。見せつけるように何度もくるくると回し、その視線が釘付けになったところで彼は、表情を笑い顔にする。

 

 まるでこれからが楽しくて仕方がない、新しい玩具を手にした子供のように。

 

 

「これ、なーんだっ?」

「・・・?」

 

 疑問符を浮かべるのはフラティウにシェスカ、バラッド、観客もだ。

 派手さに満ちるフラティウの呪い剣とは違い、いかんせんその小さな筒が何をもたらすのかは全く分からず首をかしげる。

 

 だが一方で、誰よりも早く動いていた者もいた。

 

「・・・ッオイっ!それどっから持ってきたッ!?」

 

 最初に動いたのはロイズだった。

 その手に握られた”道具”、見覚えがあり、そしてなにより危険性を理解していた。

 

 少なくとも、”この世界”にはそうそう無いものだと。

 

 

「っ、待てこっちは風下か・・・!嬢ちゃん、テッサ!他の連中も逃げろ!ありゃなかなかにヤバい・・・っくそ、誰も聞きゃしねぇっ!」

 

 次に動いたのはティコだ。

 その危険性を十分に理解していたからこそ彼は席上の誰よりも真っ先に動き、両隣の少女たちを席から引き離した後他の人間達にも避難を促す。

 

 だがその様は何も知らない人間からすれば中々に滑稽なもので、魔法に対する障壁が張られているために安々と観客に攻撃が届かないという事実が、彼らの動きを鈍重に、そしてティコもとうとう”迷惑行為”として警備兵に腕を引かれてしまう。

 

 必死に彼を説得するティコだが、それすら間に合わないと悟るとホルスターからレンジャー・セコイア(45-70ガバメント)を引き抜いた。

 

 

 途端だ、カッスルの合図に従って他のメンバー三人もその”道具”を懐から引き抜くと、手を掛ける。ピンを抜き、レバーを引けば後は投げるだけだ、間髪入れずにそれぞれが別の方向――― 舞台の四隅を陣取るように投げ入れる。

 

 ティコは銃の撃鉄を起こし、引き金を引く。本来なら使われる前に当てるつもりだったがやむなく、投げられ地面に落ちた一つを撃ち抜くが時既に遅し、起動したその”魔道具”は瞬間、穿たれた穴から勢い良く煙を――― 化学物質をまき散らした。

 

「クソッ!全員口元をハンカチで覆って・・・逃げろ、逃げろって!ああ、誰も聞きゃぁ・・・だからヤバい!二日酔いどころじゃ済まねぇんだ、アレは―――」

 

 

 

 ――――BITE-ME 催涙ガスグレネード。

 

 

 

 




参考なまでに、


BITE-ME催涙グレネード

ボツ3ことヴァン・ブレンに登場予定であったらしい催涙グレネード。
実はFalloutに登場する化学系グレネードで催涙弾はこれしかなく、後はだいたい燃やしたり凍らせたり猛毒を撒き散らしたりなどなかなかにエグいものばかりであったり。一応タクティクスに相手を麻痺させるグレネードもあるが・・・。
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