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街の枝道を、フラティウは歩いていた。
道を歩けば通りがかる子供たちは、巷でも特に有名な闘士、黒い剣士フラティウへ挨拶する。彼は心に余裕を持って、笑顔でそれに応対しまた道を行っては通り掛かる人々の羨望の眼差しに、紳士たる振る舞いで応えるのだ。
酒屋に飲み終わった瓶を渡し、対価にもらった小銭を財布に入れずに二、三本と酒をみつくろい、つまみには彼の気に入ってやまないマルミカタツムリの酢漬けや魚のとばを手に取り、支払いを済ませつりはいらんと店主に渡す。
実際彼の買うものはいつも決まっているので、お釣りの額は常に一定だ。ほどよく高くなく、かといって安銭でもないためちょうどよく、店としても”黒の剣士”が好むつまみと酒として売り出せるおかげであぶく銭だ、おそらく対等な関係だった。
「後は特に・・・買うものはないか、買い出しに行ってくれるバラッドには感謝しないとな」
後でつまみを分けてやろう、と思いながら、フラティウは脇道をゆく。
ふと用水路を見てみれば、そこでは甲殻類のなりぞこないと必死に逃げる小魚が水を蹴り、右へ左へ排水口間際でチキンレースをしていた。
やれ逃げろ、逃げろ、だけど逃げすぎると吸い込まれるぞ、行け、行け――― ああ、ダメだった。立ち止まってその一部始終に目を通しながら、年甲斐もなく何をしていたのかと笑いながらまた道をゆく。
鎧を脱いだ戦士の休日、先日の一件もあってまた唐突に訪れたそれは、彼に一時の安心感を与えていた。闘争の気を感じるでもなく血に濡れる感触もない、剣を振るために筋肉を隆起させる必要もなく、ただただ、心を平坦にする。
―――はずだったが。
「・・・ふむ」
フラティウは道を抜けると、街の外郭部分を歩く。
これはこの道が比較的近いのと、街のパトロールも兼ねて彼が自主的に行っているという側面があった。
その道を一歩、また一歩と踏みしめる途中、彼はふと立ち止まる。
そしてまた一歩踏みだそうとして――― 止めた。
とたん、背後からは”一歩ぶんの足音”が響き、彼の耳に入る。
彼はそれを聞き届けると、後ろを振り返って一言だけはっきりと投げかけるのだ。
「我のファン、愛好者というものであるか?ならばこそこそせずとも出てくればいい、いくらでも相手をしよう、今日は暇なのでな」
はっきり言い切り、しかし目は鋭く。
返事は返ってこない。
時間が凍ったようで、鳴り響くのは虫の声と蝙蝠の羽音。
そしてしばし、その状況が続いた末、街の外郭、脇道からそっとその人物は現れた。
出てきた女は地味目の服装――― 俗にいう貧民といった出で立ちである。
奇妙なことに顔を隠しており、その外見は暗闇と合わさり実に怪しげ極まりない。
「女・・・?何用か、こんな夜分に出歩くなぞ不用心だぞ・・・はたまた―――」
言い切る前に、フラティウは口を閉じた、いや、閉ざさざるを得なかった。
女の手元から発射された何かが、彼の頬をかすめて遥か彼方へと飛んでいったからだ。
その何か、紛れも無く武器であろう、暗殺者か。
しかしそれ以上に、その武器の性質がフラティウの頭に引っかかる、思い出すのだ。
「それは・・・!ティコの持っていたような”じゅう”か!ならば!」
「くたばれっ!黒の剣士!」
発射される前に、一気に距離を詰めて片を付ける。
遮蔽物の無い状況であったためにとった対策で、ティコに彼が以前聞いた『ピストルなら全力で後ろに逃げろ』とは間逆であったがそれでも、彼の気質はその射撃に対して真っ先に、突撃して敵を無力化することを選んでいた。
フラティウは疾走すると、とたんに慌て出す女、逃げようとするその背中に追いすがってつかみかかり投げ飛ばす。民家の壁に叩きつけられた女はその”じゅう”――― 見るものが見れば、銃というよりは”ダーツガン”という別種の武器であることがわかるものだった、これはダーツを一発一発込めなおさなければならないため連射性は低い、ひとえにそれが功を奏したといえるだろうか。
それに安堵し状況の終了を思ったフラティウだったが、だが刹那、また飛来したそれらにはっと気づく。しかし時既に遅し、空気を切り裂く音が聞こえたと思った瞬間には既に、腿を撃たれていた。
激痛が轟き、フラティウは膝をつく。
だが痛みに膝をついたのではない、痛みなら彼ほどの戦士ならばいかようにもガマンできよう、だがそれはそもそも、足が痺れ動かなくなっていっていたのだ、毒であった。
「ぐあああぁぁ!?」
叫び声には痛みに対する抵抗と、疑問の両方が交じる、だがその最中でも彼は冷静に分析し、それが毒矢か何かであると判断すると背中に張り付いていた剣を引き抜き構え、横薙ぎに振りぬいた。
とたんに剣圧が周囲を薙ぎ、風を起こす。
「うわぁぁっ!?」
「なんて剣圧・・・!」
フラティウの剣圧、マナを纏ったそれは更に飛来したダーツの群れを中空で叩き落とすと、更に屋根瓦を薙ぎ落とし、草木を吹き飛ばし隠れていた闇者を燻り出す。
闇者はどれも顔を隠していたが、それでもフラティウのような戦闘のプロが見るとその動きや剣圧に圧倒されたあとの対策は素人同然、恐らく金で雇われたタイプのゴロツキ連中か何かなのだということを察させた。
「誰の雇われか知らぬが!近寄らなければ我に指一本触れることすらできぬぞ!さあどこからでも来い!」
気合で声を絞り出し、足の動かない中剣を構える。
それに対し闇者達は射撃をためらいその場でしどろもどろになってしまう。
だが―――
「・・・なにか、あったの?」
「―――!」
姿を表した。小さな、子供だ。
民家の子供が、騒ぎを聞きつけて外に出てきてしまったのだ、年端も行かぬ子供が姿を見られてはまずい、そんな連中のど真ん中に放り出され、当の本人は気づいていない、当然のように闇者達の狙いは子供に向けられ、刹那、フラティウのとった行動は彼女を守る、という一転に絞られた。
「ッ―――!!」
呪い剣でダーツ郡を叩き落とし、腕の力だけで飛びかかると子供を抱き寄せてかばう。
闇者達のダーツガンはまだ装填が終わらず、しかし状況は何も終わっていないし、敵はまだまだ多く戦力差は歴然だ、だがひとまずはやり遂げたと、命を救うことはできたのだとフラティウは抱き寄せた子供の顔を見て―――
「―――ごめんねおじちゃん、お金もらえるの」
「なっ・・・?」
その顔が申し訳なさそうに、彼女の手に握られた”棒”、それをフラティウの胸元へ押し付けていることに謝罪する。
刹那、閃光がフラティウの脳裏に走った。
電熱が胸元を焼き、電流が神経を焦がしていく。
子供の手に握られていた道具――― 棒状の工具、この場にあるはずのない”サーミックランス”。
鉄筋コンクリートすら切断するその電熱をほんの数秒、それだけしか浴びていないにも関わらず、身の丈六尺半の大男は白目を剥き地面に臥す。それでも彼が生きているのはひとえに、呪い剣と魔道具の手甲が彼に与えた力と、彼自信の鍛えられた肉体のおかげであっただろう。
サーミックランスを握った子供は周りの闇者達に合図し、仕留め終わったことを告げる。
そのあと彼女は自分が出てきた民家へ入って行くと、一人の男にその事実を告げ小さな手に、数枚の銀貨を受け取って喜び顔を浮かべるのだ。だがそれと同時に、彼女は子供ゆえの純朴さだろうか、彼に一言、質問をした。
「・・・でも、いいの?仲良かったんでしょ?知ってるよ」
「ふふ、確かに。だが幼子よ、いかなる友情にも亀裂が生じるというものだ・・・特に、並び戦い合い、絶対に辿りつけないと思わせる才能を見せつけられるとな」
「・・・よくわからない」
「それでいいのだ、このことは誰にも言わずでおくといい、そうすればまた次に――― 仕事をあげよう、これで美味いものでも両親に食べさせるとよいぞ」
もう一枚、ぴんっと銀貨を弾いて彼女に渡す。
少女はそれにありがとうと、礼を述べ―――
「―――ウグストおじちゃん」
「こらこら、名前は呼ぶものではないぞ・・・某は今はな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――時間を遡るならばそれは数日前だろうか。
闘技場の戦闘で”紅炎の黒刃”は更に勝利を重ね、既に100勝までリーチのところまで到達していた。最後の戦いはNo.2との最後の戦い、超獣ウグスト・ラゴン率いる”豪腕ペンドラゴン”との戦いであった。
自信の体格に準じて、闘技場のファイトマネーをはたいて購入した、一軒の邸宅。
彼の幾十年にも渡る戦いの結晶といえるこの場所、道場としても使っており、後の世代を生み出すために鎮座するこの場において、彼は自室にて座禅を組み、心身を落ち着け数日後に控える、好敵手との戦闘に備えるべく鍛錬を欠かしていなかった。
だが、彼の心は落ち着かなかった、ざわめいていた。
彼は幾十年も戦ってきた歴戦の戦士で、彼ら自身、100勝にリーチをかけた経験がある。
だがそれを打ち破ったのが彼ら、フラティウ率いる”紅炎の黒刃”なのだ、彼らにとっては好敵手であるとともに、自分達の栄誉への道を完膚なきまでに叩き潰し封じた恨むべく相手とも言える、そんな噂もあった。
だがウグストはそれを否定している。
表立ってはだ、だが彼の心はそれを考えるたび落ち着かず、自分を尊敬し共に戦ってくれる、大事な仲間たちや舎弟の”魂の色”を、純粋な色のそれらを目に映すことで癒やし騙し騙し、自分は今幸せなのだと考えることでごまかしていた。
だがフラティウ達の栄誉への切符を目にし、ふと思う、自分の魂は今どんな色をしているのかと。
他人の魂を覗き見れる彼も、自分のことはわからない、鏡にも映らないのだ。
思い悩み、ふと思ってしまう、もしかすると自分が気づいていないだけで、自分は彼らに嫉妬し恨み、蹴落としたいと思っているのではないかと。自分は豪快快活、街を歩けば尊敬の目を集める男、広告では訴求力の高い体格と虎ゆえの荒々しさが受ける、どこに出しても恥ずかしくない男になれたと自負しているが、その心の中に闇を潜ませてしまっているのではないか―――。
自室で組んだ座禅が落ち着かず、つい彼は解くとどうにもならないと、落ち着かないと正座をして地面に向かってうなだれる。虎柄の髪からは汗が垂れ、虎耳もへたりこんでいた。
そんな時だった、彼の戦士としての直感は自室に侵入した何者かの気配を感じ取り、無意識的に身体を動かす。自室の窓は開けていたが、それでも音一つなく侵入した相手をただものではないと判断し、全身の筋肉を躍動させて振り向いた。
「何者かッ!?」
振りかぶった手刀は相手の首筋へ――― しかし直前で止める。
”相手”をまじまじと見てみれば、それはフードを深かぶりしローブをまとった可憐な美女であった。いや、彼の記憶にも存在しよう、彼女はよく自身の試合も観に来てくれている一等市民区のさる令嬢、フードを脱げば金髪のポニーテールが転げ落ちる、アニーア・クラ・トゥルスであった。
「はて、ご令嬢?某に何か用か・・・?」
「用か、であるか」
凛とした、しかし高圧的さは感じず、その声色からはむしろ相手に絡みつくような、取り入るような気配を感じる。
ウグストは少し目を細めると、彼女を見下ろして少しだけ距離を取る、だが距離をとった分だけ、彼女は近寄ってくるのだ。彼は二、三歩だけ下がった後、きりがないと下がるのをやめた。
だが―――
「ウグスト、お前達、今度の試合で勝ちたいか・・・?」
「なっ?」
彼らは一歩ももう動いては居ない、だがウグストはその瞬間、彼女が間近に、それも耳元で囁いたように感じてしまった。誘惑であり、心を鷲掴みにするキーワードであったのだ。
「勝ちたいか、と聞いている、私が聞いているのだから答えるがいい」
「うぐっ、うぅ・・・!勝ちたい、当然だ、だが不正は・・・!」
「不正・・・?」
アニーアの、足が動く。
今度こそ彼女は彼の間近まで寄ってきて、そして後ろに回って囁くように耳元に口を近づける。ウグストは自然と、心を乱されまいと座禅を組む座り方をし、彼女の誘惑から心を引き離そうと努力するのだ。
一等市民区の人間が、自分達の勝利を手伝ってくれる。
その誘惑は思い悩む彼を引っ張り続ける。
だがアニーアの言葉は、その紐を更に増やし彼を縛り上げ、抵抗を奪おうとするのだ。
「何が不正だというの・・・?彼らは魔道具をあれでもかと使って、あまつさえ王都の貴族中の貴族のガイウスを連れている・・・ただの実力、それだけで彼らが勝っていると思うの?その彼らの存在が不正じゃなくてなんだという?ウグスト、お前達は身一つで戦ってきた、そろそろ彼らと対等になってもいいんじゃあないか?」
「対等に・・・」
「そう、この戦いの勝利はお前が不正をしたわけではない・・・彼らを不正から引きずり落とした結果、実力に
ウグストの心が揺れる、正義を信じる心が、不正でないならいいと誘惑を掴むのだと手繰り寄せかけている。ウグストは決死の心で落ち着き、猛る心を押さえつける。例え彼らが勝っても自分達が負けても、それは公正な戦いの結果であり魂のぶつけ合いの結果、何も悔いるところなどないのだと。
「うむ、なかなか堕ちないか・・・さすがに強情だな、魂の―――」
なんとしても落ち着いて―――
「―――色の愚鈍な者は」
「―――!?」
かっと目を見開き、ウグストはアニーアへ目を向ける。
自らが思い悩んできたことの極致を、この女は口にしたのだ。
震える指先で彼女をようやく指差すと、ウグストは口を開く。
「貴様にも魂の、魂の、色が・・・見えるのかッ!?」
「さあ、どうだか・・・少なくとも私には君の身体から立ち上るものは黒く、濁っているように見える」
「ッ、やはり、某は、某の魂は・・・!」
「ふふっ」
地面に手をついて、だんっ、と叩くウグスト、その姿を前にアニーアは彼の耳元へ寄ると、優しく諭すように囁いた。
「たまには素直になってもいいではないかウグスト・・・ガス抜きというもの、らしいぞ、時には溜まったものを抜いてしまわなければいかん・・・それに」
ばっと窓の外を差し、取り出した扇子を向ける。
今日の空はどうしても、曇が差し込んでいた。
「貴様の魂はそれを望んでいるのであろう?ならば一度、自らの思うままにしてみればいいだろうさ・・・今やらなければ、二度とそのチャンスは得られないであろうしなぁ、このままみすみす彼らに栄誉を渡すか?ウグスト・ラゴンは紅炎の黒刃の永遠の二番手にしかなれないと?」
「彼らに・・・!今しか・・・!」
ぐっと、拳を握るとカーペットの繊維が剥げて拳におさまり、彼は汗が更に垂れてくるのを感じた。
そんな彼をアニーアは口元を扇子で隠し、見下ろしながらひっそりと、彼の前にいくつもの”道具”を置いていく。ウグストはそれらを見やると、顔を上げてアニーアに目だけで問う、アニーアは手頃な椅子にどかっと座るとそれらの説明を始めるのだ。
「“大王サソリ”の毒を使った毒矢と、その射出装置らしい、”だーつがん”というものだそうだ、ダーツは知っているが、”がん”とは何なのだろうな・・・っと、そしてこちらは・・・”閃光棒”と呼ばれている以外は知らん、前にあの白銀闘士がミスリルゴーレムに閃光の拳を当てたであろう?」
「う、うむ・・・あれは実に見事であった」
「お前は心の底まで武人なのだな、敬服するよ。ともあれこれにはそれと・・・同じ攻撃を可能とする魔導機構が組み込まれているらしい、あの男程度なら結果は推して知るべしだ、使い方はあとで説明するとしてだ・・・」
アニーアは彼の前に立つと、身分不相応にも跪き彼に手を差し伸べる。
その姿に驚いたウグストは、呆然としたまま手をゆっくりと伸ばすのだ。
「・・・使い方はお前に任せよう」
「なぜ、某に・・・?」
「む?以前も聞かれたなぁ、まあ・・・」
「彼らの敗北を待ち望む好事家が、この街には案外いるということだろうさ・・・それで、手を取るか?」
ゆっくりと受け取ろうとし、しかし止まったままのウグストの手。
アニーアは手を伸ばしたまま、それをじっと見据え続ける。
やがてどれほど時間が経っただろう、ウグストは俯いた顔を上げ、手にとった。
「某は正しい、正しいのだ・・・」
上げた顔、覗く目。
その中は黒く濁っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日も今日とてログハウス、フルハウス、暖炉の灯りとも違う、かといって魔道具の灯りなども違う、
「フルハウス」
「スリーカード」
「はいロイズさん負けー」
「ちょっ、おい!まだ手札出してないだろっ!?」
夜を迎えて騒がしい有象無象が集まれば始まるのはギャンブルだと、卓を囲んでポーカーゲームに興ずるのは四人、もっともアルだけは審判員としてボードを手にしているため違うのだが、ティコ、それからテッサの二人は今日もロイズからなけなしのお小遣いを奪うのだ。
「じゃあ出してくださいよ」
「うっ、うー・・・」
わかってますよ、とばかりに瞳を丸くして光らせるアルと、その睨みに気圧されるロイズ。
ロイズは威勢よくしたはいいが虚勢だったか、おずおずとしずしずと、三者に睨まれるままに手札を晒した。
「ワンペア・・・」
「っはーい!大銅貨振り分けぇー!」
「あーっ!先週分の稼ぎがぁー!」
「だからいいとこで退いとけっつったんだよ相棒、ギャンブルハマったら泥沼にも嵌まるぜ?」
俺も苦い経験があるんだ、と笑うティコに、突っ伏してテーブルを悔しげに齧るロイズは目を向ける。
そしてティコは手をひらひらとさせるが、その拍子に袖の下から一枚、ジョーカーがひらりと落ちたのを見届けると一転、椅子をだんっと立ち上がって彼に弾劾する、とばかりに指先を向け訴えた。
「おいコラそれイカサマじゃねーか!何が泥沼だよ何が実力だよっ!無効試合だ弾劾裁判だ!持ってった分徴収ッ!」
「終わりまでバレなきゃイカサマじゃねぇ!まあそれで酷い目にあったことはあるがよ、勝ちゃいいんだ勝ちゃぁ!分からなかった相棒が悪い!そうだ!」
ティコのテーブル上の銅貨や大きめの銅貨を引っ張って自陣へ引き込むロイズと、それらを手繰り寄せて抵抗するティコ。そこにテッサが横合いから加わり、手癖の悪いアルまでもがちょくちょくと、だが確実に大銅貨をかっさらっていくとテーブル上は完全に混沌となってしまう。
「お前らも何こっそり持ってこうとしてるんだよ!ちみっ子なんか参加すらしてねーだろ!」
「これはディーラーとしての日給で・・・」
「何がディーラーだよボード持ってるだけじゃねーか!かえせかえせっ」
「ああ、そんなぁ~」
アルの手元から硬貨がいくつも手繰り寄せられ、だが抜け目なくにも当初の数より少ない数が消えていくとアルはにまにまと笑いながらまたボードを手にする。
一人蚊帳の外にいたつもりのテッサにもその手が伸びると、彼女も細腕で抵抗するが持っていった分はちゃんと持っていかれる。審判員のアルでも覚えていないのに金額を正確に記憶しているあたり、彼のスクライブとしての素養も相当なものだろう。
「ったく抜け目ねぇ・・・つか大体テッサ、お前運良すぎだろ、何でストレートやフラッシュが当然のように出るんだよ?」
「ボクの悪運は折り紙つきというか、まあルールさえ覚えればあとはなるようになれというか」
「うー・・・納得いかねー」
事実、彼女は結構に運がいい。
商店に出かければ美人だとおまけをしてもらえ、バーでは一杯奢ってもらえるのはひとえに外見のおかげだろうが、その魅力的外見をもって生まれたことの時点で既に運に恵まれているだろう。
それだけでなく、奴隷商に捕まれば都合よく助けが入り、その敵討ちもほどなく終える。卵を割れば黄身が二つはよくあり、くじ引きを引けば一等は引かずとも二、三等がよく当たり食卓をにぎわせる、故郷への帰り道も保証され、割と自堕落な生活も許される、波乱に巻き込まれるとはいえ彼女自身は大した被害を受けていないあたり、相当に彼女の運は恵まれていた。
その”強運”のテッサリアと”ベテラン”のティコが手を組んで彼にギャンブルを挑むのだから彼としては哀れという他ない。彼自身案外理論派だが彼らのイカサマと運に空回りさせられており、結果貧乏くじは彼が引くこととなっていた、運がとことん悪いのであって彼が弱いかというとそうでもないのだ。
「うー・・・次のファイトマネーはかなりデカいらしいからたっぷり仕返ししてやらぁ・・・うー」
「やめとけ・・・っと言いたくなるがまあ、来るなら拒まん、ゴチになるぞ相棒」
「ロイズ、ボク欲しい本があるんだけどいいかな?パーミット異界史っていうらしいんだけど」
「てめぇらまとめて地獄に堕ちろぉっ!?」
騒いだところで、今日の駆け引きは終了だ。
トランプカードはひび割れたケースにしまい込み、アルが猫っぽく猫背を伸ばすとつられて全員同じことをする。
それにはつい笑いがこみ上げてきて、一人赤くなっているロイズを除いて大笑い、そうしていると卓を囲んだまま一日の予定を把握しているアルが、台所から酒やらジュースやら、つまみやらを持ってくると卓上の大討論会は第二ラウンドを迎えるのだ。
ひとまずの話題はヘルメットを脱ぎ、ラフな格好になったティコからロイズへであった。
「そういや相棒、前に拾った”弾”、何か分かったか?」
「あー、あのサビ吹いてたヤツか・・・まあ、年代くらいはよ」
「流石相棒!で、何が分かったんだ?」
「んー、まあ・・・」
そう言うと、煮え切らない表情でロイズは荷物の山までいき、小さな木箱を持ってくるとテーブルの上に置く。
フタを開けるとそこには以前と同じように、白みがかったサビを吹いて経年劣化が続いたことを表すボロボロの弾丸、5.56mmの一発が安置されており、卓を囲んでいた四人はいっせいにそれを覗きこんでは感想を述べた。
「思うけど、こんなものを撃ち出して相手を殺すことを考えた人って相当に極悪人だよねえ、遠方から有無をいわさず相手を穴だらけにして、名乗りすら挙げさせないんだ、騎士道精神を完全に否定した外道だって言われるよ」
「自分のこと言われてるみたいでなかなか受け入れがたいんだが、まあそう見ても仕方があるめえ、こいつが世に出てからこっちの騎士道ブシドー、剣と盾の世界ってのは完全に崩れ去っちまったワケだからな、クランクガンの高鳴りが誇りも名誉も一瞬にして否定したのさ」
「ダンナの国って、相当過激そうですねぇ・・・」
先端の尖った無差別殺傷兵器を前にして、テッサが頬杖をつきながら言う言葉にティコは納得し、その端をぴん、と指で弾く。そうしているとロイズがケースから弾丸をゆっくりと手に取り、よく見えるように回してみせた。
「でもオレみてーに殴るのが好きな奴はいる、誇りは死んでも捨てきれねーってヤツがいるなら十分だろ・・・っと、こいつのことだっけ」
「何が分かったんだ?」
「まあ、劣化の状況から目測と、ある器具だけで測定したんだけどよー・・・」
少し溜めて、頭の後ろを掻いたロイズが続ける。
「こいつ、年代はたぶん2070~80年代に作られたモンだよ、でも―――」
「“2080年なんてなかった”か、なら70年台モノのアンティークってことになるが、つまり」
「まあそうだよな、200年前の戦前のモンが、こっちに来て祀り上げられられてるってことになるわけでぇ・・・しかもこれ、多分NCRとかじゃねー、アメリカ陸軍の制式採用品だ、っとなると」
うーん、とうなり言葉を続けようとするロイズを制し、ティコもまた考える素振りを見せる。
しばし思考の時間を経たのち、彼はようやく合点が行き口を開いた。
「―――ゴブリンと”200年前”には何かの関係があって・・・もしかすると度々出てくる”こっち”のアイテムの出処は・・・」
「多分それで合ってる、旧アメリカ軍のモノや戦前の機械を平然と扱えるヤツがいて、それがゴブリンを統率してるってなると合点が行くんだけどよ、それにしちゃあのライフル保管方法が酷いなんてモンじゃねーし、何かもっと、別の何かが裏にあるような気がして―――」
言い終える、その前に彼の気が引かれる。
扉を叩く音であった、以前ゼノが来た時よりもずっと強い音はその戸を叩く者の性格を表しているような気がしてならなく、やかましいほどに鳴らされるそれに彼らは互いに目を合わせると、扉に言葉を投げかける。
「開いてるぜ、入ってこいよ」
「じゃ、気兼ねなく」
言うと同時にバンッ、と容赦なく扉を勢い良く開いた先、いたのは一人の少女。
三角帽、薄手な藍色の衣装、そして燃えるような赤い長髪。
シェスカであった、一人で来るのは珍しいと、ログハウスの彼らは目を丸くする。
「どうしたんだよ?試合なら明日だろ?」
「ううん、そうじゃなくてね」
シェスカはログハウスに一歩足を踏み入れると、ログハウス内を見渡す。
そして目当ての物がなかったのだろう、はあ、と溜息をついてへたりこんだ。
ロイズはその様を見て台所まで行き一杯の水を彼女に手渡す、シェスカはそれを一気に飲み干すと、ロイズにカップを渡して立ち上がる。その顔は赤みがさしており、息も上がっていた、つい先程まで疲れるほどに走っていたことの証左だった。
「それで、どうしたんだよこんな遅くに、明日に備えて寝なきゃいけねーだろ?」
「どの口が言うのよパーティーもどきなんてしてる童顔さん、ああ、そうよ、聞きたかったの」
息をしばらく整え、シェスカは胸を手を当てる。
それからロイズを目を見ると、声に出した。
「―――フラティウ様、知らない?」
「・・・は?」
「フラティウ様がいないのよ、いつものお酒とおつまみ買いに行ったっきり帰ってこないの、明日は試合なのに心配で・・・」
頬に手を当てながら言うシェスカは、歳相応の女の子のような印象をロイズに抱かせる。
しかし想像し、あの大男の行動先を予測できなかったロイズはひとまず考えた回答を与えた。
「鍛錬とか行ってんじゃねーの?あのおっさんなら朝まで剣振ってても次の日普通に走ってるくらいにバカ体力だろ」
「そうかもって思ったんだけど・・・でもこれが」
そう言いシェスカが出したもの、買い物カゴと中に入った酒、つまみ類であった。
ラベルには”マルミカタツムリの酢漬け”やら”タチ魚とば”やらと書いてあり、その味を想像させない。
「なんだこりゃあ・・・ゲテモノ食いだったのかフラティウのおっさん」
「結構いけるのよ?カタツムリって思えないくらい肉質で食べごたえあるんだから、いる?」
「いや、いらね・・・でもあのおっさんがんな簡単にくたばるとも思えないしよ、まあ」
ロイズは後ろを振り向き、テーブルを見る。
見た先では誰一人として座っておらず、ティコに至ってはライフルを背負いいつでもどうぞ、と準備万端の様子であった。その様にはロイズも唇をすぼめ、自分も出ざるを得ない、前門の虎、後門の狼に挟まれたことを察する。
「前夜祭はもうしばらくお預けってとこか相棒?長距離走なら任せとけ、こんな街一時間なしに全部回ってやるぞ!」
「アタシはダンナと一緒にー」
「ボクもまあ、夜行性だしいいよ、少し軽い運動をしたくなってきたところだし」
「―――ってな感じで、まあ探してはみるけどよ」
やる気満々の面子を後ろに控え、ロイズはシェスカに宣言する。
シェスカはそれに少しだけ笑顔を浮かべると、じゃあお願いね、とだけ返し自身はまた、闇夜の中に消えていった。
赤い髪は闇夜の中にあっても目立ち、その姿が消えるのにしばし時間がかかる。
彼女の姿が完全に消えた後、彼らはぞろぞろと夜の世界に出で立つのだった。
―――結局、フラティウ・ドムアウレアが見つかることはなかった。
代わりに見つかったのは郵便受けに投げられた手紙一通、その内容は、
『必ず明日には間に合わせる』
その一文だけであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――薄暗い空間の中、目が覚める。
ああそうだ、腕に抱いていた子供はどうした、あの闇者達はどこにいった――― とひとしきり周りを見渡したあとで、身の丈六尺半の男、フラティウは自身の状況をフラッシュバックしてきた記憶と合わせ、ようやく理解した。
自分が今いるのは檻であろう、それもかなり厚手の格子が使われており、それは中型の魔獣を捕らえる時に使われる強固なものであった。背中にはいつもどおりに呪い剣ベルセルクがへばりついていたが、その重量と切れ味をもってしてもなお、切り裂けない。
本気を出して何度も叩けば鉄格子もひび割れるのではないかとも思ったが、いかんせん牢の広さが足りず剣を振るには足りない。
自分がいつここに運ばれたのか、あの瞬間、目の裏に走った閃光に意識がかき消されたそのすぐ後だろう、まさかあの幼気で小さな子どもまでもが敵だったのかと自分の判断の甘さを恥じ、彼はどんっ、と地面を叩く。
「闘技場地下の、魔獣保管室・・・その廃棄された一室といったところか」
空気は湿り気が多く、丁寧にも地面に置かれたランプだけが灯りを補充してくれているために壁までの広さはよく分かる。
なぜ、誰がこんなことをしたのか――― 脳裏にいくつもの推測を巡らせるが、わからない、思い当たるフシがないのではなく、彼ほどになると多すぎて数えきれないのだ。だが彼は一転、消去法で割り出そうと頭の中から名前を導いては弾き飛ばす。
「“ダーティ・ジョーカー”のごろつき連中は・・・こんなに知恵は回るまい、それに道具を容易する財力も。”泥沼同盟”、”悪の美学”、”蒸留所代表”・・・まさか、彼ら程度にできるか」
考えると考えると、それでも思い浮かぶのは小物の悪党ばかりでいかんせん自分を仕留めきるのには欠ける。そうなると、上位の――― そう思いつきそうなところで、彼はぶんぶんと頭を振ってはじき出した。
「身内に恨まれる覚えもない、それに・・・ウグスト・ラゴンほどの豪傑がこんなみみっちい手段を取るとも思えん・・・うぐっ、まだあの毒矢の刺さった跡が痛む・・・帰ったら治療術を―――」
足に残るダーツの傷跡を撫で、そこまで考えたところだ、彼は一つの事実に気づく。
そして青ざめるのだ、向かう視線は”呪い剣”ベルセルク、その彫刻の色だった。
「―――既に赤い・・・まさか、今の時間は!?」
時計もなく、窓から外も見えない。
だが刻一刻と進む時間に彼は焦る。
呪い剣、ベルセルクは強靭でかつしなやかであり、他の追随を許さない性能を持つ巨剣だ、マナを纏わせ戦槌すら上回る重量撃を叩き込むその能力、好事家が見れば惚れ堕ちてしまうような美しい刀身、それらは世界的に見ても上位に食い込むであろう。
反面その性能を引き出すために、ベルセルクにはある代償があった。
それが”一日一度、血を吸わせる”。
厳密には刻まれた彫刻の赤みが引くまで、おおよそ獣一匹程度の血を吸わせることが必要であり、それは闘技場で敵を切り裂いても問題無かった、重要なのは敵を斬った事実であり、剣が満足するかなのだろう、とはフラティウが言う。
―――ゆえに。
血を吸わせなかったベルセルクは、その主に血を吸わせるために"働きかける"。
徹底的な破壊衝動を誘発し、何かを斬れと、破壊しろ、満足させろ、腹が減ったと暴れるのだ。
その限界は”日の出から、次の日の出まで”。
そのためフラティウはあの夜のあと、外へ出向いて手頃な獣を追いかけ斬り伏せる予定であったのだが―――
「・・・う、うう・・・!」
少しずつ、身体に何かが疼く感覚を覚える。
それはまるで、身体の内側から叩きつけられるような、何かが外へと這い出ようとしているかのような。そんな不快感極まりない感覚と、襲い来る衝動、剣に手を握った瞬間、彼の心にこの上ない快感が訪れる。
「・・・っはぁ、あぁ・・・!」
彼の知らぬところで、ゆっくりと、地平線から太陽が出ようとしていた。
―――もう彼には、誰が自分をここへ閉じ込めたか、何をさせるつもりなのか、明日の・・・今日の試合はどうなるのか、自分が出なければその時は―――どうでもよかった。ただ彼の身体に残ったのは。
―――朝が来る。
サイゼリヤでエスカルゴをよく頼むのですが、結構あれが美味いのです。
舌に合う人には徹底的に合うような濃いめの味で、あれを好きになるタイプは酒飲みに違いないと思えてしまう油っこさです、フォッカチオと一緒に食べるのがベター、メニューではセットプチフォッカを勧められていますがとても足りません、どちらかが欠けてしまうと物足りないのです(´・ω・`)。