アートワークの予約が・・・後にするか予約するか・・・。
セネカ・アンナは研究者である。
それも研究所長、当社比広大な部屋を与えられ、資金提供を受け、人員も確保、ゆえに誰よりも彼女”たち”の悲願とする研究内容、誰もまだ足を踏み入れず、誰もまだ解明していない別世界、”異界”の謎を解くべく今日も異界から訪れた荒唐無稽、摩訶不思議なアイテムの数々を見ては、触っては、たまに命知らずにも食べては、一歩また一歩と足を進めるのだ。
今日の彼女は助手が休みをもらって話し相手がいないため、独自の理論と研究論を振りかざして異界の道具を調査することに執心している真っ最中だ。とんとんと、圧力鍋を叩いてはリズムを取って遊ぶ、もとい調査に専念する彼女の表情は研究者らしく、未知の道具に一切臆さずリラックスするその心を表すように、伸びきっていた。
「いやあ、この”圧力鍋”というものは実に興味深い、何より素材が未知だよ、信頼する一番助手ロイズくんに聞いたところ”すてんれす”だっけ?耐食性が高くなにより硬い、純鉄や鋼鉄にすら勝るとは驚いたものだよ」
圧力鍋の表面を撫でるセネカは、短めの緑髪からベレー帽を外すと手にしたスプーンで、カン、と叩く。
「ロイズ君は作り方は知らないって言ってたけど・・・残念だねー、鉄とほぼ同じ重さで強度には勝り、かつこんな精密な鍋に使えるくらいに加工ができる素材ともなると、軍事バランスを一変させるくらいにはなると思ったんだけどなぁ。それに耐食性が高いのは大きい、軍隊の最大の敵のひとつはダメになった武器を買い換えるお金だからね、なまくら剣の整備が軍事費のどれだけを喰っているか」
カンカンとスプーンで叩き続け、かすり傷も入らない。
セネカはパカパカと蓋を空けると、その中身を覗きこんだ。
「前からいくつかはあったものだけど、ロイズ君に教えてもらってようやく分かった、やっぱり彼はすごい」
中身は空っぽで、しかしステンレスの銀色が彼女の顔をぼんやりと映す。
曖昧だったが、彼女のメガネをかけた面はシルエットだけで誰かが分かる程度には特徴的だ。
彼女はぐにぐにと、女性らしくもなく顔をいじくりまわしてそれを楽しむと、また丸椅子に落ち着く。
「しかしこの強靭な素材を用いた道具がただお米を炊いたり煮物を作るために使われるものだとねー、彼らの技術はこの上等素材を私生活の一片に採用するくらいに生産力には困っていないと見える・・・会ってみたいね、異界の人間」
ふう、っとため息を吐き、丸椅子に深く腰掛けて背もたれがないことに気付き、うおっと落ちかけてテーブルをつかんで戻る彼女は幾分思考力が曖昧なのだろう、時間が時間、夜分であるために眠いのだ。
だが彼女も研究畑の人間の例に漏れず夜型なため、不健康にもこれから目が覚める時間だった。
「しっかしそれだけの技術を持ってても鍋は鍋かぁ、精密部品がいくつか使われてたり高等技術は感じるけど、結局火を使って熱を加える原始的構造は似たものだってことなんだねぇ・・・さ、次行こうか、次」
彼女は圧力鍋の蓋を閉じ、そのままずずずっとテーブルの端に寄せる。
最近見かねた女子力乙女ロイズがちゃんと片付けをしてくれているので、こんな無造作な扱いをしても試験管が落ちて割れないくらいには今日もテーブルの上はすっきりとしていた。
圧力鍋をのけものにした彼女が次に身体を乗り出して寄せるのは、またひとつの道具だった。
「っとー、これは道具じゃあないんだったっけ?確かそうだ、”ぬかこーら・とらっく”って言う奴だった、ロイズ君が言うには模型であるらしいねえ、異界の人間にも何かを模して飾って喜ぶくらいの人間性があるということが証明されてなによりだねー」
両手で持って、くるくると見回す。
”Nuka Cola”とロゴと製品がプリントされた一台のトラックを模した模型、前輪一対、後輪二対もちゃんと動く真っ赤なミニチュア。
このトラックは旧式なのか、昨今のウェイストランドで見かけることはあまりないものの、そのキャッチーな外見からヌカコーラ・トラックと呼ばれ戦前アメリカから現在のウェイストランドまで部屋のインテリア程度に親しまれている。
されどそれは、彼女からすればとても新鮮だった。
元々彼女としてもこの珍妙不可思議な形状をした道具が何なのかについて日々思考を巡らせていたのだが、ロイズが来てようやくこれがただの”模型”、つまりは遊び道具や飾りにする類の代物だと理解できたおかげで、モヤモヤが吹き飛んだ気持ちになっていた。
たとえ徒労であったとしても分からないより分かったほうがスッキリする、それが研究者の悲しきかな性であった。
「“とらっく”と言うものは”くるま”という乗り物の一種であるそうだが、それもまた興味深いね。この中に人を乗せて走るそうで、馬よりもずっと速いそうだけど・・・動力はなんだろう、彼らは魔法ではなく”デンキ”を使うのが一般的なのだろうやっぱり・・・となると”デンキ”の発生器が存在するはずだ・・・ああ、そうだ、近場にこれによく似た残骸の集積所があったね、今度持ってこようかな」
近場の”戦前の街”の傍らに、”くるま”と思しき残骸が積み重ねられた場所が、スクラップヤードがあったことを思い出し、セネカはひとり、最近は少しマシになれど割と退屈だった日常に予定が増えたことに喜ぶ。
それからセネカは、またヌカコーラ・トラックに目を向ける。
「そういえばどうやって動くかもまだ教えてもらってなかったな・・・うん、間違いなくこっちの車輪が接地面だよねえ、しかしこの車輪も面白いなあ、太くてしかし大きすぎない、素材もなんだろう?明日にでもロイズ君に聞いてみるか・・・っと、こうやって動かすのかな」
タイヤをテーブルに接地させ、上から押さえて地面に転がす。
タイヤが転がるとともにトラックの本体は綺麗に走行を見せ、それにセネカはこの”くるま”という乗り物の運用方法を見た気がして更なる興奮を覚えた。
「なるほどこうやって・・・ふふ、なんだろう、楽しくなってきた・・・ぶろろろろっ・・・はて、今私はなんでこんな擬音を?いやしかしなんだろう、なんだかこの擬音が鳴ることがとても納得できる気がするな・・・とてもそう思う・・・ふふ、楽しい、なんだか楽しいっ」
まるで子供のように、トラックを持ってぶろろろ、と口からエンジン音を発し走らせるセネカ。その勢いと興奮にいつしか彼女は丸椅子を離れ、テーブルをぐるっと一周、更に楽しくなってくると彼女はついに床にまでその領域を伸ばし、トラックを床に転がして研究に耽るのだ。
周りが見えないほどにいつしか夢中になった彼女は―――
「ぶろろろ!ぎゅーんっ、ききーっ!ぶろろーっ!ぱっふぱふ――――」
「お嬢いるか!?助けてくれっ!!」
「わひゃあぁぁぁぁっ!?」
突然の闖入者の来訪に、心底びくりと震えることとなった。
「―――事情は分かったよ、それで、私にどうしろっていうんだい?」
「ああ、あんたが持ってるっていうモンを借りたい、俺にゃ相棒みたいな精密機器をいじくりまわす技量なんざないもんだから・・・エネルギーフィールドの発生器をダイナマイトでドカンするのは得意なんだが、そいつは今回お門違いでね」
「私が持ってるもの?」
「・・・電子ロックピックを持ってるって聞いた、そいつを、俺の相棒のために使ってもらいたい」
そう言うと、ティコは思い切り頭を下げた。
「あんたの大事なモンだってのは重々分かってる、だがこのままじゃ相棒も・・・ガールフレンドのお嬢ちゃんも一緒にお陀仏になっちまうってわけだ。タダでとは言わん、買い取りでもいい!一生かかっても払う自信はある、なにせ俺は寿命が長いからな」
「・・・なんでそんなことになったの?」
「俺らの責任だ、ここを調査して新しい区画に入ったんだが、そこでヘマをしちまってな。俺は金髪お嬢と切り抜けたが相棒は、そうもならなかったらしい・・・だから頼む、お嬢にゃ相棒が世話になってるのは分かってる、でもよ、相棒にだって世話になってるってこた聞いてるぜ?相棒がいなくなりゃ困って、悲しくてたまらんのはお互い様だろ?だから―――」
饒舌に白熱するティコは、ヘルメットを脱ぎ、ホルスターからピストルも引き抜いた。
「こいつも、こいつも、このアーマーも!持ってきたモンだって好きなだけくれてやる!だからお嬢!相棒を助けてくれ、頼む―――!」
もう一度、深く頭を下げ、ティコは懇願する。
だがセネカはそれを見ると、困惑した表情をするのだ。
ヘルメットの裏で、ティコは真剣極まりない表情をしていた。なにしろ時間の猶予がわずかにしか見られないのだ、今、なによりも一番大事な者の生が終焉を迎える、それも考えられる限り最も苦しい方法でだ。
窒息は怖かろう、苦しかろう、彼もそうなりかけたこと程度、長い人生の中で幾度とある。故に彼は彼の相棒がその瞬間の訪れを暗い牢獄の中で悲痛に満ちた表情で怯えながら待っていることを考えると、ひどく痛ましい表情を隠すのにはヘルメットが必要だった。
当の頼みの綱セネカは、唐突に彼に言い寄られたことに事態の収拾がついていないのか困惑した表情であちらこちらに目を向け、考え事をしている様子であるようにティコには見える。
無理もない、突然にこの様な、信頼に値するか怪しい皮剥け男の願いを聞き入れるのは難しいだろう、それも代々大事に扱ってきた、彼女らにとってはアーティファクトと呼べる代物を引き渡せと要求しているのだ。
無礼は承知の上、しかし相手の善意を願う。
時間はないが、待つしか無かった。
頭を下げ、じっとティコは待つ。
そうしていると、頭を上げろと言われる前にセネカの声が届いた。
ティコは冷や汗を一滴たらし、その声を、彼女の目も見ずままに聞き届けて―――
「―――結論から言うと」
セネカは、言葉の後に間を開けた。
その”間”が無限にも思える、濃厚な間だ。
自信の決断の以後の決定、相棒の生殺与奪の決定を決める文言が、今、
「買い取り、は許可できない」
残酷に、下された。
二つの命と一個の道具を天秤にかけ、傾けられたのだ。
とたん、ティコは頭を上げ、くっと歯噛みする。
「ッ・・・」
悔しさか、悲しさか、それとも――― 怒りか。
様々な、何とも言えぬ感情が心をめまぐるしく渦巻き、ティコはぐっと拳を握る。
とたん、彼はかぶりなおしていたヘルメットの内側で視線を、少しずつ鋭くしていくのだ。少しずつ、というのは、彼の中に更に渦巻いた”悩み”、”葛藤”、それが湧き上がった”第二プラン”を実行しようとした己にセーフをかけていたから。
レンジャー・ティコは、生まれてこの方レンジャーと関わっていた、その男には、世の中を上手く渡るために時に苦虫を潰し、汚れに、血に手を汚し、見上げようとする顔を踏みつけて服従を強いる必要があることも知っている。
思い通りにならないなら、仮にそれが正義だと信じていてもどうにもならないなら、どうにかすればいい。鍛えた身体と磨いた技術、腰元の45口径、燃える正義の剣はそのためにあるのだ――― 時にそれが振るわれることもある。
故にもし彼女が首を横に振った時、彼はその通りにする予定であった。
何も殺すわけではない、仮にも見知った相棒を見捨てたのなら畜生だと思うが、相手の気持ちも理解できる、切迫しているが必要なのは道具、命を奪う理由など無いのだ。
それに一人の精鋭兵、レンジャーが鍛えもしていない細身の女性一人を、傷つけずにしばらく無力化させることなど赤子の手をひねるも同然、最悪のケースを拙速で引き起こしてしまうなどレンジャーの名折れに違いない。
もし見つかれば犯罪として裁かれるかもしれないが、まあ、それが自分一人ならそれも悪く無いだろう、大人しく受けよう。アルは悲しむだろうしテッサを帰しにいく道中は相棒に負担を任せてしまうことになるかもしれないが、可愛い相棒の青年だ、救えるなら差し引きできる。
なにせ寿命は長いのだ、ほんの数年、数十年かもしれないが、懲役くらいなんということはあるまい――― ああ、そういえば中世や古代では盗っ人は腕を落とされるのだったか、グールでも流石に両腕を切り落とされればくっつけられないなあ、ふと思う。
次第に彼の身体はスマートに動くようになり、なおも目を合わせるセネカの目をじっと彼も見据える。
悪いとは思うが、血には汚れど、悪という罪に手を汚した覚えのない一対の男女をみすみす殺してしまうことは、彼のポリシーに反する。彼女に少し痛い目を見てもらうことに比べて重要だと、彼女と同じように、彼もまた天秤を傾け、そして、
「
「―――だけど」
差し込もうとした謝罪の言葉、彼女の意識を刈り取ろうと身体を動かそうとしたその矢先。
セネカがそれより早く言葉を指しこんで、彼の身体をぴたりと制する。
覚悟を決めた男が、止まった。
それはひとえに、彼のこころの中にわずかに残った”希望”というわだかまりが彼女の言葉に反応して、一気に広がったためであった。
セネカは彼の、その”希望”を刺激するように、言葉を続けた。
「条件つきなら、いいかな」
紛れも無い、望みであった。
途端、ティコの身体から力が抜け、間抜けにも隙を晒すように棒立ちになってしまう。
ティコはそのことにほんの数瞬、ようやくはっと気づくとすぐに身体に力を入れ、いつもの、軽そうな風格を晒しているようでその実、常に警戒と位置取りを怠らない彼の長い時を生きてきた秘訣とも呼べる佇まいに戻った。
それから彼はごほん、と咳をすると、希望にすがりたい気持ちを抑えて交渉のテーブルにつくのだ。
「まあ、どこの有象無象だったとしても、私は助けるつもりだっただろうけどね?そんな薄情じゃあないから・・・もちろん、それなりの条件を支払ってもらうことは大前提で・・・うん、どうしたの?」
「いや、すまんな少し・・・驚いた、ワケを聞かせてもらっても?」
「なんでも、ただ天秤にかけて、彼に傾いたってだけさ。それにだよ?この”ボルト”の扉をいくつも開き、異界の知識をいくつも持ち、異界の道具を使いこなし、異界の言語だって知り得る、そんな子をみすみす切り捨てるなんてもったいない!」
言い切ると、ばっとセネカは両手を広げる。
言葉を更に続けるのだ。
「悔しいけど、私だけじゃあきっとこの”ボルト”の謎を解くことだって、異界の深淵にたどり着くことだってできやしないんだろう、だが彼と一緒なら、彼なら違うんだ、この場所の秘密を探っていっぱいいっぱいだった私に・・・異界という世界へたどり着かせてくれる、井の中の蛙にさせないでくれる・・・だから、貸しの一つでも作っておくのは悪くないね」
そして、彼女はティコを指さし、それから指す指を二本に増やした。
ティコはそれに、彼女の意思を察する。
「・・・ああ、条件は二つってこったか?」
「頭が切れるねえ、ティコ、だから言い切るよ、まずは―――」
すうっと息を吐き、こほんと咳をする、大仰な素振りは、彼女が思い切ったことを言う時の癖だ。ティコはまた、彼女に期待を寄せてその条件をいつでも呑むと、その覚悟をもって耳を澄ました。
「―――この”ボルト”の全ての扉を開け、最下層、君達が言うらしい”めいんふれーむ”へたどり着かせてくれること」
「相棒から聞いてたのか?」
「まあね、この”ボルト”の全ての機能を司っているんだろう?ならそこへ行けば、ここの全てが見えてくるはずだからね・・・どこから持ってくるか分からない製品の数も、勝手に増えるからくり人形も、これだけの施設を動かす動力も・・・謎だらけさ」
唇を指でなぞり、興味を抑えきれないとするセネカ。
ティコはそれに彼女の研究者肌の性格を再認識すると、首を縦に振る。
「構わんさ、俺らもどっちにしろ辿り着かなきゃならん場所だ、そう遠くはないはずだぜ」
「頼りになるねえ、じゃあ第一条件は安心してもいいかな、じゃあ第二だけど―――」
また、大仰な素振りを見せ、丸椅子に座って足を組むセネカ。
「―――いつか、異界の人間に会わせてくれること」
「・・・それは」
「いいんだよ、すぐにじゃなくても、でも旅をしてるんでしょ?ならもし会ったらでいいんだ、手紙の一通でも送ってくれればいい、私はどうせ時間が有り余ってるんだ、だから片手間で構わない・・・承諾してくれるかな?」
二回目は、無茶な願いだとそう分かっていたのだろう。
懇願するような、しかし期待半ばといった視線で、緑の髪を掻きながらセネカはティコを見る。
ティコはその視線を受け、なんともいえぬとばかりの顔をするとこめかみを掻き、それからきっぱりと、サムズアップを返してみせた。
「―――構わん、だが」
「やっぱり、嫌かな?」
「いや、そうじゃない、ただ」
少し溜め、それから言う。
「・・・そう遠くないことだと思うぜ」
当然だ、とティコは思う、なぜならそれは目と鼻の先、手の触れる距離にいるから。
ここで正体を明かすという選択肢もありだろうか、しかし、ティコとしては彼女の期待には最高のタイミングで応えるべきだと、そうも思った。目の前の”皮剥け男”に自分と、その相棒が
これはいつか、時が来たら相棒に言わせよう――― そう思って、隠す。
されどその言葉は気遣いだと思ったのか、セネカは笑って受け止めるのだ。
「ははっ、期待してるよティコ・・・じゃあ、行こうか、時間がないんだろう?」
「ああ、もう一時間分も無い、ついた頃にゃ・・・ロック解除の時間もある、こいつでダメなら俺は腹をくくる」
「じゃあ善は急げだね、走ろうか!」
秘密兵器を小脇に抱え、緑髪の女と皮剥け男は走りだす。
きっと救える命があると、そう信じて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――真っ暗な部屋に、光が灯る。
弱々しく、その光はあまりにも頼りない。小さなPip-boyの電灯に照らされた部屋は部屋、いや、窓もなければ家具も置かれていない、あるのはかつて栄華を誇った国家の残した貨幣のいくつかと、晒された骸の数々。
されどその小さな光だけが、恐怖心を打ち消してくれた。
互いの顔が見えることが、とても安らぎだった。
ロイズとゼノは、狭く、閉ざされた金庫の中で二人身を寄せ合っていた。
「・・・助け、こないね」
「聞こえてりゃきっと来るかもしれねーけど・・・いや、あいつならやんだろ、あいつなら・・・」
か細い声で言うゼノと、信頼する心を曖昧に言ってのけるロイズ。
完全に密閉された空間、生命にとって重要な酸素ですら消え去っていく中だった。
これでも、彼は彼の相棒に信頼を寄せている。
普段つんけんと当たっているのは、いつしか芽生えた絆に対する気恥ずかしさ、裏返しだろう。どちらにせよ、来なければ自分たちは死ぬのだ、苦しんで、息の詰まる思いをして――― それなら。
「ッくそっ・・・」
ロイズは手元の10mmピストルを見る。
拾い上げたものだったが、運命的なのか、残酷にも弾は”二発”だけ残されていた。
もし最悪の場合――― 彼は考え、振り払うためピストルを置く。
そうだ、まだ希望も時間も残っている、早合点にはいささか早計だ。
そうしていると、彼の肩に不安そうに、ほとんど一方的に頭をもたげ寄り添っていたゼノが彼に話しかける。この場でただ一人、もしかすると共に心中となりかねない少女だったから、その白の髪から香る少女の香りに安堵を感じつつ、彼は耳を傾けた。
出た言葉は、謝罪、か細い声。
「・・・ごめんね、ロイズくん」
「急にどうしたよ、謝られるようなことねーし・・・むしろそっちもケガしたろ、かすり傷だけど、守ってやれなくてごめんな」
「ううん、大丈夫。でもきっと」
うつむき、彼女は続ける。
「ゼノやアニーアちゃんがついていかなければ、こんなことにはならなかったかな、って」
「バッカ別に気にしなくてもいいんだよ、それにそうじゃなくってもこうなってたかもしれねーし、そしたら―――」
ロイズはぎゅっと苦い顔をした。
「―――たぶんオレ、一人じゃこうして待ってられなかった」
「ロイズくん・・・」
ぎゅっと、ゼノはロイズの肩に身を寄せる。
いつもなら気恥ずかしさに赤くなっていたロイズも、それをなすがままに受け入れた、誰かの温もりを身近に感じている間だけが震えが収まるくらい、彼も怖くてたまらなかったのだ。
既に幾度と戦った経験を持ったファイターとなった彼も、結局は弱冠17歳の少年の抜け切らない青年でしかない。B.O.Sという組織として死をいつでも覚悟するよう教育はされていれど、身近に迫る天国への階段を、戦えさえしない圧倒的暴力を受け入れる覚悟をここぞで決められるほど強靭ではなかった。
「このまま、誰も来なかったらわたしたち、やっぱり」
「・・・死ぬ、空気が入ってこないから窒息で・・・でもそんなの絶対に嫌だ、そうなるくらいなら」
「・・・それ」
ピストルを拾い上げ、両手で持つ。
指先はわずかに震えていた、これを使うという意味、ここで使えるのが自分だけという意味、それ即ち。
「・・・ごめん、たぶん出来ないかも」
「ううん、いいの、できないならできないで、でも―――」
ゼノがふふっ、と笑う。
だが彼女は両手を合わせて、指を絡めると、そっと囁くように、
「―――ロイズくんになら、いいかなぁ」
「・・・ッ!」
心中すら受け入れると、そう告げたのだ。
ロイズはそれにやりきれない顔をしながら、ふるふると震え、彼女に目を向ける。
Pip-boyの白色ライトに照らされた彼女の顔は、言いようもなく微笑んでいた。
「ゼノ、お前、どうしてそこまでオレを・・・ッ!」
「なんでってぇ、一目惚れかなあ、わたしね」
ゼノはロイズを向き、彼も視線を合わせる。
「前に大きな虎の人、いたでしょ?」
「ウグストのおっさんかよ?山ごもりに行ったって聞いたけど・・・」
「あの人ほどじゃないんだけどね、わたしにも見えるんだ、その人が・・・なんとなくどんな人なのか、そーいった”感じ”がさ。目を凝らすとそっと見えてくるの、十人十色で、だから闘技場は好きだったんだ、みんな一色で、戦う人も見ている人も――― でも、ロイズくんは違ったの」
「オレ、が?」
自分を指さし、確認するようにロイズは聞く。
ゼノは頷くと話を続けた。
「すごく違う感じだったの、ロイズくんだけね?なんていうかなあ、真っ赤な火の中にひとつだけ真っ白な光が見えたみたいっていうかさ・・・ああ、ティコさんも他とは違かったけど、ロイズくんは特別なの、とっても正義感に満ちていて、あったかくって、見ただけで――― いい人だって分かって」
「・・・そこまで褒めちぎるなよ」
「謙遜なんてしないで、会ってみてようやく確信できたの、突然誘ったのを受け入れてくれて、守ってくれて、また会ってくれて、ロイズくんはわたしが好きになるのに十分な人だって。わたしね、ふるさとを失ってからずっと生きてきたけど、誰かを本気で好きになったことなんてなかったの。でもロイズくんに一目惚れしちゃって・・・もしかすると幻想かもしれないけど、それなら」
にっと笑うと、ゼノはロイズの手を取る。
そしてそっと頬に寄せて、擦りつけた。
「もうしばらく心地いい幻を、見せて」
そっと目をつむり、言う。
ロイズはそれをあるがまま受け入れると、温かみに心を満たした。
ロイズはしばしそのままでいると、やがて、自分もぽっと、言葉を紡ぐ。
ゼノもまた、それに聞き入る。
「でもゼノ、オレらはきっと・・・そう遠くないうちにここから旅立つぜ、故郷への道を求めてずっと、遠く・・・きっと故郷へたどり着いたら、もう逢えないって、そう思う。それくらい遠いんだよ、オレの・・・オレたちの故郷は」
「そっかぁ・・・それは悲しいよね」
両手を合わせて座った姿勢のまま、ゼノは微笑みつつ言う。
だがすぐに、はっと気付いた――― いや、最初からそう決めてた、決心がついたというような顔をし、ロイズに向いた。
「じゃあさ」
ロイズもまた、彼女を向く。
「わたしも、ロイズくんの旅についていっちゃ、ダメかな」
「ッ・・・!」
「イヤならいいの、幻は幻のまま終わるって、一番解ってるから。でももし行っていいなら・・・ロイズくんの故郷、一緒に行って、ロイズくんと一緒にいたいな、ゼノ」
「・・・悪く無いと、思う」
互いに目を合わせて、笑うのだ。
迫り来る時間が見えないように、二人は笑う。
「なあゼノ、お前、オレが好き、なんだよな」
「とっても!」
「・・・オレ、そういうのわかんねー、慣れてねーから、かな・・・でも」
ゼノの頭に手を当て、撫でる。
彼女はあるがまま、それを受け入れた。
「きっと答え出す、だから待っててくれよ、いつか――― 旅の途中かもしれねーし、すぐかもしれねーけど、いつか」
「うん、待ってる・・・ねえ、ロイズくん」
白髪を撫でられながら、ゼノはまた新たに、話を切り出した。
ロイズも、どうしたよ、と彼女に問う、彼女の今度の話は、とても、言い淀んでいる様であった。
「―――一緒にいるなら、お互いの秘密は明かしたほうがいいよね、って。ロイズくん大好きだから隠し事しておくのはとっても悪い子なんじゃないかって思って、でも・・・言ったら怒るかもしれないの、でも・・・聞いてくれる?」
「ここまで好かれて簡単にキレるほどじゃねーって思うぜ、オレ」
「ふふふっ!」
「な、なんだよ何がおかしいんだよ!?なあ!?」
切り出した話に対する回答に、心底楽しそうに笑われうろたえるロイズ。
ゼノはそれに気をほぐすと、また表情を真剣にし、ロイズに向くとその手を取った。
それからは、”間”だ。
薄暗闇の中だったから、その時間はなによりも長く感じる。
だがやがて、彼女は口を開き、言葉を紡いで、
「わたしね、わたし、本当はね、わたしは―――」
―――何だったのか、ロイズには聞こえなかった。
言う瞬間、彼らのそばで大きな音が響き、同時に照らされた大きな光に目眩がしたからだ。次いで、ごごご、っと大きな音を立てる金庫の扉はいっぱいに開かれ、そこには立つ二人の人間。
目眩がするからシルエットだけが見える、だがシルエットだけでも十分。
片や足元付近まで垂れ下がる外套、トレンチコートを着た男はこめかみを悩ましく掻くと、彼らから目をそらし気味にしていた。
「・・・ちと早かったか?お邪魔して悪かったっていうかなぁ」
「おや、私としても助手の色恋沙汰に無粋なことをしてしまったかな?まあいい、続けたまえ」
「グール!セネカ!?」
「た、助かったの・・・?」
まばゆい光にようやく目がこなれてきて、両者の姿がはっきりと見える。
片やティコに、片やセネカ、金庫扉の脇のターミナルを見れば、端末のコネクタには電子ロックピックが差し込まれかつ、オーバーロード寸前らしく白煙を吹いていた。それに彼は状況を察すると、自分の手を見て―――
「―――あっ」
「・・・うー」
そっと、気恥ずかしくなって離す。
ゼノは残念そうにしていたが、それを気遣ってか彼は立ち上がると、彼女の手をとって引き起こしてやるのだ。そうなるとゼノも上機嫌になり立ち、よろよろと金庫の外に出ようとするロイズについていく。
ロイズはよろよろ、明かりの下に出るとぽんっ、と、ティコの胸元に頭を押し付けるのだ。ティコはそれに何も言わず、彼の言葉を待ってぽんぽんと、その頭を叩いてなでてやる。そうしていると、ぼそっとロイズがつぶやいた。
「・・・もっと早く来いよ」
「怖かったか?ごめんな相棒」
「・・・少しだけ」
ロイズはセネカにも向くと、声をかける。
「セネカ、電子ロックピック、使わせちまったみたいで・・・」
「気にしないでよロイズ君、取引は、済ませたからさ」
「・・・後で聞く」
「そうするといい」
互いに短い会話だ、だが会話を済ませると彼はもうたくさんだと、出ていこうとし―――
―――そこでふと、先ほど聞こえなかった一文節が気になって振り返る。
振り返った先には、笑顔で佇むゼノがいた。
「・・・なあ、ゼノ、さっきのって」
「・・・なんでもない、またこんどに、しよ?」
「あ、ああ、じゃあそうしよう、か」
有無を言わせない、そんな佇まいもかけらと見え、ロイズはつい二の句をためらう。結局二人は助かった、それでいいではないかとそう思って、ロイズは彼らと共に元の鞘へと戻っていった。
「―――テッサリア様、また当たりです!ライン28-33でベット5倍!合わせて6倍の額が支払われて・・・おお!ついに$999,000まで到達なされましたか!ジャックポットによる打ち止めまであとたったの$1,000です!お次はどうなされますか?」
「やった!やったよアルベルト!たまに負けたけどここまで来た!どうする!?どうする!?」
「そりゃあーた、堅実に!堅実にですよ絶対に!ねえ!」
「・・・あいつらは放っとくか」
「混ざってきたらどうだ相棒?不幸が少しは緩和されるかもしれないぜ?」
「そ、そうかよ?じゃあ・・・」
テッサとアルの囲むルーレットの卓へと、ロイズは駆けて行く。
その背中からティコは声を続けた。
「俺は先に帰ってる、儲けたら一杯奢ってくれよ、っと!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、ティコは一人ログハウスに帰ってきた。
彼は肩を回しながら、なんだか特別働いたわけでもないのに夜分の行動だけで妙に気疲れしたような気がしたな、と思い、今日はもう動く理由もない、ベッドにでも飛び込むかと決断を下して家の鍵に手をかける。
だが、その瞬間―――
「・・・何の用だい?後ろをいきなり取る友人はもうみんな死んだと思うんだが」
背後に気配を感じ、声をかけ制す。
レンジャーである自分でなければ気付かなかっただろう、高度な隠密技能を持った相手だと察すると、彼は腰元のホルスターのカバーに手をかけながらゆっくりと振り返り―――
「・・・ろ?」
「どうも!配達ですっ!」
そこにいたのは一人の少女。
マークのついた帽子を深被りし、手に一通の手紙を持った少女。
配達人、”運び屋”という部類の人間だ。ティコはそれにホルスターへかけた手を外すと、彼女の元へ歩み寄って彼女の差し出す、小さめの手紙を受け取るとグローブを外し、領収書に朱肉に着けた指紋を押し付けた。
「ありがとうございます!それでは!」
「いや、警戒して悪かった、夜まで悪いな、しかし・・・」
次の配達が残っているのだろう、踵を返す彼女を呼び止めると、ティコはその背に声をかける。その目は訝しむでも怪しむでもない、ただ、感心するような、”見知った誰か”に対する目線に違いなかった。
「まさか”あんた”がそんなとこで働いてるとは思わなかった、まあ見た目俊敏そうだもんな、日銭稼ぐにゃちょうど―――」
「―――何、言ってるんですか?」
ティコは気遣って声をかける、も、配達人はそっけない。
後ろを顔半分だけ振り向いて、配達人は言う。
「私は“ただの配達人”ですよ?」
「・・・そうだな、仕事中に話しかけて悪かった・・・がんばりな、また来いよ」
たたっと駆けて行く少女を見送り、ティコはようやく家の鍵を開けること叶うと同時、手紙の封を開けて中身に目を通す。手紙に記載されたのは二つの事項。ひとつはどこか、場所を指し示す地図とその案内、そしてもうひとつは―――
「“狩人ティコ、この場所にて待つ、全ての真相を持ちうる者より”か」
怪しさ、それ以外に感想は感じられないだろう。
だが先の冒険でも得られたものは少なかった、マンネリしかけた状況を打破するには、縋りたくなる甘美な要求だった。
「とりあえず相棒にゃ相談して、それから一応奴さんの要求通り一人で・・・出てみるか」
手紙をテーブルの上に無造作に置くと、彼は心に宣言した通りにベッドに飛び込み、あっとういうまに寝息を立て始める。
一波乱が起きそうな予感は、胸にそっとしまって。
参考なまでに、
http://fallout.wikia.com/wiki/Nuka-Cola_truck
Vault-wiki ヌカ・コーラトラック
ちなみにFallout2のランダムエンカウントで、砂漠のど真ん中にひっくり返ってるそうな。最大で10000超えキャップが入っている夢のトラック、ほしい。