トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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12854字。

(´・ω・`)バイト先から手が足りない→出てくれない?のコンボが多くて書く時間があんまり取れませんです、断ればいいんだけどそういうのに限って良い条件の場所だったりするからつい。
夏場のガードマンは早朝から夜遅くまでなんていう勤務体制があるので疲れて帰ってきたらもうダウンですわ。なお花火大会の早朝勤務は2,3人が裏で倒れてる模様。


第三章 Vault28の監督官室から 37話 『灰色の誘惑』

 

 

 

 

 街の中心部は、既に”戦場”という表現が正しかったが、それはこの世界における一般的な戦場とはもはや違っていた。

 

 飛び交う弾丸が交錯し、炸裂した爆薬が衝撃波を見舞う。その余波をもって緑の小人、ゴブリンは場に残った全てが死に絶えており、残るはただ二人、”見えない矢”の渦中に飛び込むことを恐れ足を竦ませ、傍から見ているだけの兵士や民兵達を除けた二人。

 

 片やいくつもの武器を使い分けながら、ヘルメットの赤いアイピース越しに見える目標に向かい今は、.308口径のハンティングライフルを一発一発狙い撃ちにする黒衣のレンジャー、ティコ。

 片や240発装填、携行型5mmミニガンCZ57を携え、ティコの隠れるレンガ家屋の壁ごと彼を挽き肉に変えようと乱射を続ける男、身の丈は実に3m、盛り上がった筋肉は人間のそれを凌駕しこの世界の鉄の鎧を身にまとい、硬い表皮を持つ様は.308口径の弾丸が刺さろうと致命傷を許さない、人類の歪な進化系、スーパーミュータントのロンサムジョージだった。

 

「はっはっはっ!どうしたティコ!逃げるだけでは勝負にならんぞ!もっと撃ってくるがいい!張り合いがないと私も失望してしまう!」

「勝手に言ってろ!誘い出されてホイホイ出てく奴から戦場じゃ死ぬってなぁ!」

 

 煉瓦壁が乱射される5mmに打ち砕かれ、ティコはすぐさま場所を変えるために走りだす。

 

 戦闘は、Vaultの入り口に陣取りでんと構え有り余る弾薬を備え、ミニガンを連射し力で押しつぶそうとするロンサムジョージに対し、家屋郡の合間を縫って断続的な射撃を見舞い時にステルスボーイで姿を消し、ロンサムジョージが隙を見せた時に狙撃を行う、アンブッシュに近い戦法を取るティコとで正反対であった。

 

 そのため被弾の数は圧倒的にロンサムジョージの方が多いのだが、彼が身にまとうのは特製の鉄鎧でかつ、彼の膂力を勘定に入れて非常に分厚く作られているために小銃弾ですら鎧と彼の硬い表皮があたかも防弾チョッキのように弾丸を受け止めるために致命傷を与えられないでいた。

 

 ティコの方も、家屋郡を利用した遊撃と撹乱が功を奏して被弾はただの一発。

 それもコンバットアーマーが受け止めてくれたために無傷に近く、されど彼は弾丸を受け止めた際に感じたボディブローのような衝撃に軽く咳を吐き、煉瓦壁の後ろに隠れながら手に持った銃を持ち替える。

 

 なにぶん機動力が必要になるので各場所に銃を点在させ、状況に応じて位置を移して持ち替えて戦っているのだ、彼はハンティングライフルからAK-112に持ち替えると、残り僅かになったマガジンを引っこ抜いて新しいマガジンに付け替えた。残りひとつのマガジンで、ロングバレルの100発装填であった。

 

「お返しだっ!」

「うおおっ!」

 

 初弾を薬室に押し込むとフルオートでAK-112を連射し、ロンサムジョージのミニガンと同等の5mm弾を見舞う。

 いかんせん威力に欠ける弾薬ではあったが、それでも着実にダメージは蓄積させられるのだ、蓄積したダメージが彼を倒せるか、それとも自身が押し負けるかの一番勝負だ。

 

 本来ならミサイルランチャーによる奇襲で止めをさし、そのまま相棒のロイズと共に残敵を掃討するのが作戦であったがあえなく、ロンサムジョージの卓越した技量によりミサイルが叩き落とされたのが痛い。彼に”切り札”はまだ残されていたが、それにはある程度のリスクが伴うものでもあったからおいそれと使えなかった。

 

 

 ロンサムジョージの鎧に弾かれた弾と、鎧にヒビを入れ役割を全うし落ちていく弾とがぱらぱらと、ロンサムジョージの足元に落ちては地面で熱を奪われ蒸気を上げる。

 

 しかし彼も黙ってはおらず、フルオートで連射をしているものだから夜明け前の今にあっても発砲炎でティコの姿ははっきりと見えてしまう。ロンサムジョージはミニガンを構えるとすぐさま反撃に出るのだ、同じ弾丸でも、発射機の性能は圧倒的に上だった。

 

「隠れてこそこそとするのは構わんが、いつまで持つかティコ!大方ミサイルでトドメを刺す腹積もりであったのだろう?残念だったなぁ!切り札も奪われ今や武器の性能も!肉体の頑強さも圧倒的にこちらが上なのだ!ああ!齢も私が上だなぁ!」

「言ってろ!実戦経験の差はこっちが上だってこと教えてやるぜ爺さん!」

 

「年寄りは敬うものだと教わらなかったか、ううん!?」

 

 掃射されたミニガンが2階建て家屋のガラス窓を、次いで窓枠と壁を砕き、逃げるティコの位置をおおまかに予測しながら追いすがる。

 ティコは壁に隠れながらトレンチコートを靡かせつつも、一気に階段を走り下りるとステルスボーイで姿を消し別の家屋の方へと一気に走り抜ける。それも大きく、足音と砂煙を巻き上げながらだ。

 

 当然位置を予測したロンサムジョージによるミニガンが追い討ちをかけにかかるもそこで、ティコは一気に速度を落とし銃撃が止んだ瞬間を見てこっそりと二軒ほどを戻る。結果ロンサムジョージの見ている場所、必死に破壊しようとしている場所は見当違いの場所になり、ティコはこの騙しのテクニックを使ってロンサムジョージを騙し続けていた。

 

「こそこそこそこそ!勝てる見込みが無いからこそ逃げ続けるのだろう!ティコ、今からでも私は許そう!共に来い!君が来ればもはや敵などいるまい、君には確固たる地位と、征服の折には至上の贅沢を譲ろう!どうだ、悪くあるまい?」

「毎晩一杯の酒と適当なチップス、それと相棒との駄弁りがありゃ俺ぁもう満足だ!あいにくと頭の悪い小人の頂点に立って自惚れるのを終着点にするほど、つまらん人生なんざ送っちゃいないぜスーパーミュータント!お前こそ、こっちに来たらどうだ?見世物くらいの人生はあるかもしれないぜ!」

 

「まだ言うか!」

「自分で選んだ人生だろうよ!」

 

 AK-112を発砲、返す照準が合ったところですぐさまAK-112は置いたまま逃げ、彼は別の武器のところへと向かう。

 AK-112が度重なる無茶な使用に耐えかね、既に銃身が限界を迎えていたためだ。彼は自分の命を救い続けてくれた無機物へ仄かな鎮魂を願ったのち、屋内の壁に隠れてわずかに逡巡した。

 

「っとーなると・・・お次は何を使ったらいいか」

 

 持ってきたものはハンティングライフルとレンジャー・セコイア、それとグレネードライフルにたった今放棄したAK-112とグレネード数個程度で、重量がかさばるために各個に散らして置いてある。

 

 

 そこでふと、ティコの目にひとつの黒い影が入った。

 階段を駆け下りた家屋の一階、暖炉の上に飾られるようにして一挺の、落とせばゴトリ、と重い音を立てそうなオブジェが置かれていたのだ、M&A9mm拳銃であった。

 

「戦前の街ならこれくらいはあって当然か・・・無いよりマシだ、嬢ちゃんの9mmのスペアパーツにもなるし、持ってくか」

 

 大事に扱われてはいたのだろう、台座の上に置かれてかつホコリが欠片も溜まっていない、サビがないことから察せられる。だが正直なところ内部機構はあまり信頼が置けないことが音から分かり、何発撃てるかは分からない程度には損傷しているとティコは感じた。

 

 それでも後ろのポケットに9mm拳銃をねじ込み、彼はまた姿を消して走る。

 

 ここまでで彼が感じた感想は、”埒が明かない”だった。

 弾丸は確かに鎧と敵に対しダメージを与えているはずだったが、.308口径の弾丸を使ってようやく装甲を貫き、表皮に弾を食い込ませる程の防御力では到底、このままちびちびと続けていたのでは先に弾が無くなる。

 

 弾が無くなればあと残されたのは接近戦だ、されどあの無数の弾丸を掻い潜り一撃を叩き込んでも何の効果があろうか、自慢のククリナイフの剣先と言えど鎧の前に刃こぼれするのが目に見えている。

 

 

「―――だから、こいつを持ってきたんだが」

 

 ティコはポケットに手を当て、その”切り札”がまだ残っていることに安堵した。

 

 たった一発きりの切り札、それが彼の運命を分かつと言ってよかった。

 だが故に、外すことは出来ないのだ、彼は弾丸の応酬の中ただ、それを必中に持ち込めるタイミングを伺っていた。

 

「一番いいのはあのミニガンを叩き壊して、奴さんに近くまでノコノコ歩いてきてもらうってこったが、上手くいくかどうか・・・狙撃の腕前には自信があるが、気づかれる前に弾倉を・・・そうだ、それがいい」

 

 また別の家屋を気付かれないよう上がり、今度は置いておいたグレネードライフルを手に取る。

 

 窓から覗ける隣の家屋の二階部分は、既にロンサムジョージが手当たり次第ティコを仕留めんと掃射した弾丸により壁が破壊され広く開けた状態になっており、そこに転がっているハンティングライフルを見てティコは”もう取りに行けそうもないな”と苦い顔をした。

 

 

「っと――― やるか、相棒がヘマするとは思えんからゆっくりするのも悪くないが、居心地がな」

 

 ふう、っと深く息を吐き、ティコはグレネードライフルの弾を拾い上げる。

 

 弾は三つ、これも切り札に違いない。

 彼はそのうちの一発を装填し終えると、あらかじめ決めておいた”作戦”通りにまず、”切り札”を仕掛けておく。

 

 そして家の中を窓に姿を映さないよう注意しながら歩きまわり、そこで一つの機械へと近寄る。

戦前の街がそっくりそのまま飛ばされたこの場所だからこそ、あるはずだと確信していたものだった。

 

 

 手に持つのは懐かしき、古きよき音楽を収めたレコード、使うのはひとつのレコードプレーヤー。戦前の世界ではよくあった再生装置で、長年触れられていないようで、それでもある程度使われた形跡があるものだった。

 

 外から『出てこい!』といった罵声が飛んでくるのを無視し、ティコはプレーヤーにレコード盤を収めるとスイッチを押して内包された音声を再生する。

 つまみを頭が痛くなる程度には大きくすると、大音量の音楽が家屋内に反響するのだ。そしてその音はそこだけに留まらず、外の世界も覆わんばかりにわんわんと飛び散ってはそれを聴く者に怪訝な顔をさせる。

 

 外部で戦っていた者も、避難民にも、挙句の果てに指揮テントにまで届かんばかりの大音声。ロンサムジョージを心底苛立たせるに十分な音の嵐は、姿を消したティコが動き回る音を完全にかき消すには十分過ぎた。

 

「・・・舐めたマネをっ!」

 

 コケにされたと憤慨した顔のロンサムジョージが音の発信源に向け、ミニガンを掃射する。

 されどここは鉄骨とコンクリートと、各種先鋭的な素材を用いて造られた”戦前の家”。5mmの小さな弾は壁を貫通するのにやや弾数と時間がかかり、かつ貫通した後もレコードプレーヤーには中々当たらない。

 

 ティコはその機に乗じて二階へ上がると、姿を消したまま窓からグレネードライフルを構え、ロンサムジョージへと狙いをつけるのだ。ミニガンの弾倉を入れ替えるのに忙しく、鎧と肉体をいいことに姿を現したままの彼はまさに、鴨に葱であった。

 

 

「風速3m半、距離1,600、目標は――― ええい、まどろっこしい!」

 

 照準器にロンサムジョージを捉え、ティコは引き金を引く。

 

 ガス圧力で投射された40mmのグレネード弾は放物線を描いて空中を飛翔していき――― ロンサムジョージのほぼ右手足元へと着弾すると、その身体に並々ならぬダメージを与えるに至った。

 

「ぬうぉぁっ!?」

「まだまだっ!」

 

 されど左手に持ち替え弾を装填中であったミニガン自体の損傷は薄く、足元から右腰にかけての鎧がところどころ欠落し出血の見える彼であってもなお、目標を完遂したと断じるには足りない。

 

 ティコはもう一度照準を合わせて狙い撃とうとする、しかしロンサムジョージはそれを察し、手頃な物陰に隠れようとした。ティコはそれにグレネードが描く放物線の予測を立て、もう一発を投射する。

 

「―――!!」

「これまでだなスーパーミュータント!最後の一発くれてやるよ、そらっ!」 

 

 グレネードはロンサムジョージの隠れる遮蔽物の煉瓦壁を木っ端微塵に砕くと、その姿を露わにする。

 

 されどロンサムジョージ、既にティコの位置に見当をつけミニガンによる照準を今にも合わせようと――― しかしティコの照準は彼より、ずっと早かった。最後の一発を装填し終えた彼は間髪入れずにロンサムジョージへと、放つ。

 

 彼がミニガンの引き金を引くと同時に彼の目の前では爆発が起き、同時、彼が手に携えたミニガンもべきり、と見事にパーツを分離させ飛び散るのだ。

 目に見えて破壊されたと分かるそれに、ロンサムジョージは怒り、対するティコは見せつけるようなガッツポーズを送って煽ってやる。

 

 ロンサムジョージの怒りは止まらない、手頃な煉瓦壁の瓦礫を片手で軽々と持ち上げると武器とし、それでもなおと、のしのしと、そのシャイに隠した頭を潰してやるとばかりにティコのいる家屋まで一直線に走ってくるのだ。

 

 

 そして彼は――― 玄関扉を開いた。

 鳴り響く音楽の中、互いの声がかすかに読み取れる程度に響く。

 

「これで勝ったと思わないことだっ!私にはまだ、貴様の銃程度では破れない鎧と、貴様を引き千切れるほどの頑強かつ洗練された肉体を持ちうるのだ、近寄ってしまえば貴様など!」

「―――だったら、そいつは始まる前から終わりってこった」

「なっ――― 」

 

 

 一拍、ロンサムジョージは言葉を失う。

 開いた玄関扉――― その瞬間、何かが目の前から足元に落ちてきたからだ。

 

 それは丸く、手に取れそうなほど小さい。されど暗くてよく見えず、否、同時に巡ってきた夜明けがそれを明るく照らした。瞬間、ロンサムジョージは目を大きく見開き固まった――― 危機を目の前にして、逃走本能よりも防衛機制が働いた、その結果だった。

 

 

「ティコ―――」

「―――あばよ、”怪物”」

 

 鳴り響く音楽は、”Big Iron”。

 レンジャーが悪しき暴漢を倒す、ただそれだけを唄った歌。

 

 足元に落ちた丸いもの、”切り札”が――― プラズマグレネードが炸裂し緑の爆風でロンサムジョージを包むと、夜明けの赤い陽射しと合わせたコントラストは、青みがかってきた空を三原色にと照らした。

 

 

 簡単な仕掛けだった、扉を開けばピンが抜かれグレネードが足元に落ちるだけのブーケトラップでしかなかった。

 

 不幸だったのはひとえに、ロンサムジョージというスーパーミュータントの長い人生の間に明確な、現代戦に対する実戦経験がなかったこと、そして怒りに震え頭に血が上っていたことだったのだろう。

 

 

 ロンサムジョージはプラズマの嵐を受けた後――― ゆっくりと、倒れた。

 

 

 

「・・・やったか」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 ―――走ったのは雷に撃たれたような戦慄。

 足先からは電撃を受けたような痺れが登り、シェスカは自分の足が竦んでいることを、隣で赤い光線をしきりに放っているエルフの乙女の叫びでようやく自覚するに至った。

 

 魔獣、異界の魔獣”装甲悪鬼”。

 

 読んで字のごとく身にまとった鎧はボロボロであるはずなのに凄まじい防御力を誇り、膂力は人間のそれを遥かに上回る。退くことを知らないかのように前だけに進み続けるその脚力は獣すら超え、離れても毒を吐き相手を無残に殺す。

 

 異界から現れる魔獣は例外なく危険で、その力は凄まじい。

 まるでこの世界とは違った、修羅の世界のごとく環境で育ったかのように相手を殺すことだけに研ぎ澄まされたその身体は、常にこの世界に生きる人々を恐怖に陥れていた。

 

「・・・ったって、そんな、なんで・・・」

 

 

 ―――シェスカも、例外ではない。

 

 かつて友を、自分のプライドをズタズタに引き裂いた魔獣こそ”装甲悪鬼”、彼女の知る奇妙な二人組なら”フェラルグール・リーヴァー”と呼ぶ存在は人間よりも背丈は小さく小柄だった、だが彼女には向かってくるそれが、一歩、また一歩と迫るたびにどんどんと大きくなるような錯覚すら抱いていた。

 

 オーガですら毒を吐きかけ目を潰し、腹から手を突っ込み内臓を弄ぶと容易に屠るそれはとうとう防衛線を守る人々に気づくと、両手を広げ威嚇、もしくは”嬲り殺し”を宣言するかのような姿を見せたあと一心不乱に走り寄ってくるのだ、前衛を固める騎士隊はその姿を見ると、即座に防御姿勢を取った。

 

「全隊亀甲隊形ッ!絶対に入れるな――― うごあっ!?」

 

 リーヴァーの無造作な、欠片も技のない腕が力任せに振り下ろされる。

 

 それは凄まじい衝撃を亀甲隊形で固められた騎士の盾に与え、あろうことか一人の盾を大きく弾き飛ばすのだ。

 リーヴァーはそのまま、騎士が返す刀で突き刺した剣をメタルアーマーで弾き騎士の首元に手を突っ込む。「ひっ」と騎士がボロボロの、皮の剥けた醜悪な手に喉元をつかまれた瞬間声を漏らすが、それすら耳に入っていないというようにリーヴァーは、一瞬にして騎士の首をへし折った。

 

「フランシス!?」

「誰でもいい!奴を仕留めるんだッ!このまま戦線をかき乱されるよりはいい!」

 

 騎士、兵士問わずにリーヴァーへと飛びかかる。

 されどなぜか、鎧に包まれた場所以外は実に生身だけが包んでいるはずのリーヴァーに刃はまるで通らず、かつ周囲を囲まれているために魔法の行使もできない。少し離れた場所で狙いをつけようとしていたテッサも、射線上に味方が入り込んでくるものだからとうとう諦めた。

 

 腕を振るうたびに誰かしらに大きく傷を与えるリーヴァーが暴れながらにどんどんと奥へと進むものだから、防衛戦はまた膠着状態に戻る。それに歯を噛んだテッサはレーザーライフルを下ろすと、隣に立つシェスカに問いかけた。

 

「バーニング・シェスカ、どうにかピンポイントであれを倒せない?・・・シェスカ?」

「う、う・・・あ?あ、あたし?あたし、そうよね、あたし」

 

 されどシェスカは心ここにあらずと言わんばかりに、目をかっと見開いた姿のままテッサの声が届いてないようにも見えてしまう。それでもなお気丈に振る舞おうとするのだが見れば、その足はわずかに震えを抑えきれていなかった。

 

「あたしがやらなきゃいけないわ、そうよ、”あの”魔獣は絶対に・・・あたしが」

 

 単純なトラウマだった。

 

 かつて敗北を知らなかった自分に初めて泥を、温い血を塗りたくった相手が目の前に存在し、再びの暴虐を繰り広げている、それだけで十分すぎた。

 

「・・・見てらっしゃい、絶対に今度こそ倒して・・・仇、討ったげるから」

 

 かつて感じた無力感と、共に無力を味わいながらされど命までを奪われた友の姿に震えを押さえつけつつ、彼女は魔法の行使のための準備をする。隣ではようやく射線が空いたためにレーザーライフルの光線を打ち込んでいたテッサが、弾切れに再装填を行っているところだった。

 

 真っ赤なマナが集まり、髪を靡かせ魔法陣を地面に描く。

 尋常ではない量は、彼女の力量の証左だった、されど―――

 

「―――ひっ」

 

 それが、悪目立ちしたのかもしれない。

 リーヴァーとシェスカの目が、ふと合ってしまう。

 

 片目は潰れ、もう片目も白目に覆われていてもはや見えるのかすら疑いたくなるほどの無残さであったが、それでも彼女にはその目がはっきりと、瞼の裏にまで自分の姿を写しているような気がしてぞわっとした寒気に覆われた。

 

 リーヴァーはそのまま、興味の対象が移ったかと言わんばかりに兵士の目玉をえぐっていた身を起こすと、再三の威嚇ののちシェスカへと殺到しようとする。その姿に恐怖を思い起こされた彼女の魔法陣は自然と、解けていた。

 

 辛抱たまらなくなったテッサはレーザーライフルを撃ち込み、しかしまるで効かない。

 

「シェスカ、逃げて!ねえ、聞いてるの、早くっ!」

「違うの、逃げたいのに足が、足が・・・っ!」

 

 迫り来る相手の背には、絶対的な死という文字すら見えるようで。

 

 シェスカの足は棒になったかのように動かず、それをただ見るだけ。得意の魔法も乱れた精神に追いつかず、心拍は死を目の前にし急上昇を見せるのだ、やがてどしどしと、蹄鉄のように響く足音を響かせるリーヴァーは、彼女へと殺到し、シェスカはたまらず目をつむり―――

 

 

 

 ―――来なかった。

 

 迫ったはずの死は、訪れた気配すらしなかった。

 シェスカはふと、自分が死んだことに気づいていないのではないかと、そういえば首を落とされた兵士は、しばらく生きているものだのだと、不躾にも邪推してしまい眼を開く。

 

 そこには―――

 

 

「シェスカちゃんだいじょうぶ?ひさしぶりーっ、わたしのこと、覚えてる?」

 

 

 ―――ただ立ち尽くし、シェスカを見下ろして手を差し伸べる女。

 ローブをかぶり、フードをかぶり、シェスカはつい反射的に手を取ろうとしてその姿にはっと、気付いたものがあってその手を引っ込める。

 

 猫の耳、それはいい。

 気がかりになったのはその”認識できない顔”ともう一つ、”灰色髪”。シェスカはまたはっとして、周りを先に見渡すのだ。あまりにも静かすぎる、その判断は正しく、彼女の周囲の状況はがらりと変貌を遂げていた。

 

 

 ―――全てが、止まっている。

 

 ゴブリンも、オーガも、テッサも兵士も騎士も――― 装甲悪鬼ですらも。

 まるで時間が止められた、いや、どちらかというと魂を抜かれているかのように誰もがただその場に立ち尽くし、何をするでもない。先ほどまで目と鼻の先で斬り合っていたゴブリンと兵士が、間近で立ち尽くしているだけの光景には実に、不快とも呼べる不気味さを感じる。

 

「これが・・・」

 

 ”灰色髪”の力か。シェスカは思う、圧倒的だ。

 そこで更に思うのだ、なぜこの女は、いや少女だ、なぜかそう思った。

 

 なぜこの少女は自分だけをこの止まった世界から除外したのか、先に迫った死のせいで不安定な精神の中唯一抱けた疑問を手に、彼女は”灰色髪”の目を見る。顔は認識できないのに目が合っていることだけは分かる、笑う口元だけが見える感覚は、更なる不気味さを与えた。

 

 シェスカが意を決して問いかけようとしたそのタイミング、タッチの差で先手を打ったのはほかならぬ”灰色髪”だった。

 

 

「シェスカちゃん、カワイイよね」

「・・・は?」

「うーん?赤の髪だってキレイにいつもしてるし、お化粧もちゃんと薄いけどしてるでしょ?元がいいんだもんね、薄くていいよね、うん。体つきだってほどよーく引き締まってて食べごろもちもちだし、年頃のオンナノコの魅力いっぱいだよねぇ、うらやましい、それで―――」

 

 強調された”うらやましい”がやけに頭に響く中、シェスカは言葉の続きを耳に入れる。”灰色髪”は、くすりと笑うと言葉を続けた。

 

「―――強さを、求めてる」

「・・・!」

 

 図星であった。

 元より彼女の目標は祖父を超えるような偉業を成し遂げること、故に力を求めることだ。だがそれを知っている者などごく一部であって、安々と言いふらした覚えはない。だがそれよりも、なぜ、なぜそれに興味を持つのか、そちらに疑問が湧く。

 

 だがまた、言葉にかぶせるように先手を打たれた。

 

「羨ましくてたまらないんでしょ?ロイズくんも、フラティウさんも、すっごく強くてカッコいいしねー・・・ロイズくんが一番だとわたしは思うんだけどさ。力に対する渇望、目指すものに届かない葛藤・・・妬ましさに溢れてるって気がするの、そういう悪感情、わたしは好きだなぁ」

 

 両手で体を抱き、ぶるりと震えるように、酔いしれるように言う。

 灰色髪はそのままくるりと後ろを向くと、リーヴァーの鼻先をとんと突く。

 

 それでもなお、全くもって動かない、即ち、”灰色髪”からすれば相手を気付かない間に殺すことなど造作も無い、それを見せつけられたことを理解しシェスカは、”灰色髪”を睨みつける目を強めた。

 

「そんなに怖い顔しないでよ?・・・まあ、だからね」

 

 手を差し伸べる”灰色髪”。

 ゆっくりと伸ばされた手の意図はつかめず、シェスカは混乱する。

 

 しかし認識できないその顔が笑って、彼女と目をまた合わせた。

 

 

「―――シェスカちゃんに力をあげる、このボロボロで、イヤーな姿のコも簡単に倒せちゃうような、すっごい力・・・まあシェスカちゃんは十分に才能あるし、それを引き出す道具ってだけなんだけどね?それでも十分に魅力的じゃないかなぁ」

「あたしに、力・・・?」

「そっ、シェスカちゃんの才能はすっごいものだよ?それこそきっと将来は、わたし達にも匹敵しかねないような――― だから、手助けしてあげたいの。カワイイカワイイ、シェスカちゃんがとってもいい子になれるように、ね?」

 

「・・・冗談じゃないわ、王都に直接攻撃加えた連中の首魁なんかに、誰が・・・」

 

 誘惑に気丈にも抗い、その手を跳ね除けようとするシェスカ。

 

 しかしその瞬間、”装甲悪鬼”が動く。片目だけの白目をぎょろりと動かし、急に止んだ音の嵐に気付き何が起こったかを萎縮した脳で理解しようとする姿は実に滑稽で、しかし間近でその存在にさらされるシェスカは「ひっ」と小さく声を漏らした。

 

 けれどもいざ、状況を理解した”装甲悪鬼”が動き出そうとした瞬間、”灰色髪”が手をかざす。それだけで再び動作が止まった”装甲悪鬼”、リーヴァーの姿に、シェスカは息を呑んだ、危機が去ったことと”灰色髪”の力、二つの意味でだった。

 

 

「ダメだよ、シェスカちゃんはわたしの・・・お友達になるんだから。ほら、シェスカちゃん、この魔獣を倒したくない?自分の力だけで」

「そんな、そんな力、なくたって・・・あたしは!」

「本当にそう?ずっと悩んでなかった?大好きな人にも、小憎たらしい人にも、着実に強い、強くなっていく人たちに置いてかれないかってずっと思ってなかった?」

 

「あ、あたしは・・・」

 

 これもまた図星。

 

 ひたむきに修練をし始めたのもそれに置いてかれないようにするためであった。結果的に得た結論は自身の才能は十分で、それを引き出す道具さえあれば、知識さえあればいいとなったがそれはとどのつまり、それらが無ければ得られないということを示唆していた。

 

 シェスカの身体に誘惑が入り込む。

 安易に力が手に入る誘惑、その甘き香り。

 

「大事な人に守られてばかりじゃイヤでしょ?守ってあげたいでしょ?置いてかれてばかりじゃイヤでしょ?追い越したいでしょ?誰よりも強くなりたいでしょ?歴史に残る英雄譚を刻みたいでしょ?」

「・・・そんな、そんなの・・・」

 

 ―――欲しい、喉から手が出るほどに、欲しい。

 全てを超えられる力を――― 大事な人に置き去りにされない、その力を。

 

 なぜだろうか、彼女には今、かかるべきはずの精神のセーフティーのタガが外れているような、そんな感覚に陥っていた。

 誘惑に対し甘く甘く、どこまでも伸びてくるような手が優しく彼女を包んでいるような。目に見えるのならば、紫色のもやが彼女を緩やかに包み込む、それにすら他でもない彼女自身が気づいていない、そんなふらついた感覚。

 

 

「―――お友達になろうよ、私達と来ればきっと、楽しいよ?」

 

 

 甘美な誘惑に、一歩、また一歩と足が進む。

 伸びる手は、その華奢な手をふたつ、重ねようとしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ウグスト・ラゴン、助かった。君が来てくれなければ今頃この街は・・・」

「はっはっはっ!何を今更!これは某の贖罪のようなもの、甘んじて受けてくれて構わん」

 

「ならば受け取っておこう、だがそれでも、助かった」

「律儀だのう・・・お前さんは」

 

 スクラップヤードの防衛戦は、ウグスト・ラゴンの参戦によりあっというまに終結を見せた。

 

 身の丈でオーガに匹敵、背筋を伸ばせば上回る大男が戦鎚を振りかざし、頭頂部から鎧を着込んだヘビーオーガを押しつぶす様はまさしく”超獣”、剣の折れたフラティウ以上に、この場にはこれ以上適任な存在はいないと断じられただろう。

 

 戦況のひとまずの終結に、誰もが膝を、尻餅をついて脱力する中ウグスト・ラゴンとフラティウは共に拳を合わせ、友誼を図っていた。戦いに生きる男同士、先に行われた惨憺たる狂乱も、共に背を合わせ戦えば水に流れるのだ、少なくとも彼らは、お互いを許し合っていた。

 

「しかしウグスト・ラゴン、しばらく山に篭ると聞いたのだが、それほど遠くは無かったと言うことか?おかげでいいタイミングで来てくれたなら幸運だった」

「ほんの歩いて数時間離れた場所であるさ、街の方から火の手が上がっているのが見えてな、街の皆に顔見せするにはまだ未熟たる男だとは分かっていたがそれでも、見捨てることの方がよほど、二度と顔を晒して歩けなくなると思ったのだ」

 

「律儀なのは君も同じか」

「よせやい・・・そういえば、バラッド君は見えるがあのお嬢ちゃんがおらぬようだが」

 

 きょろきょろと、周りを見渡して赤毛の少女シェスカが見当たらないことを問うウグスト・ラゴン。フラティウは首を傾げると、素直に別の防衛線で戦闘に加わっていることを述べる。

 

「むう、ならばここは某に任せよ、これ以上の襲撃もおいそれと来るものではないだろう」

「しかし・・・」

「行くがいいフラティウ、今だから言いたいのだがあの子は・・・私が前に見た”魂の色”は、中々に複雑であった」

 

「複雑?シェスカは多少意地っ張りなきらいがあるが・・・」

「そうではないさ、問題はお前さんにあるかもしれんが」

 

 フラティウを指さし、ははは、と笑うウグスト・ラゴン。

 フラティウはまた首を傾げると、その続く言葉を待った。

 

 

「あの子の魂は、半分お前さんに引き寄せられとる。お前さんありきで生きてるようなものだ、気丈に張っているが、元々はトラウマや精神のちょっとした乱れに弱い子なんだろうよ。惚れた弱みや恩義と断じるには少々、過剰すぎるほどにはな」

「なんと・・・あの子は少しスキンシップ過剰なところはあったが・・・」

「この唐変木め、まあいい。お前さんに触れることで、精神の安定を保っているのだろうさ、故に・・・お前さんが絡んだらあの子、簡単に落ちるぞ」

 

「落ちる・・・?」

 

 フラティウはウグスト・ラゴンの目を見て、その意味を問う。

 ウグスト・ラゴンは腕を組むと、頷いて答えた。

 

「“灰色髪”だよ」

「ああ・・・そういえば、奴もまだ姿を表していないのであったな・・・どこに潜んでいるのか」

 

「そう、故にもし奴があの子を狙いだしたら簡単に落とされる。奴さんの魔法は恐らく精神操作の類だ、陰魔法でも最も外道とされる、それをな・・・奴が本気でこの街を陥すのならば、戦略兵器紛いの彼女を放っておくまい、だからな」

 

 ウグスト・ラゴンはフラティウの肩をつかむ。

 両手でぐっと掴むと、そのまま真剣に目を合わせた。

 

 

「万が一がある、それに我が獣の直感が感じるのだ――― 奴はもう既に、この街のどこかにいる。行って、娘っ子を支えてやれフラティウ・ドムアウレア。それにお前さんの剣は戦いに必要だ、お前さんが行くだけでもいい、シェスカのお嬢は安全になるし兵士の士気は鼓舞される、悔しいがお前さんは既に”英雄”なんだよ」

 

「・・・大それた扱いは慣れているとは言えど、中々緊迫するものだ」

「その程度でいいぞ、逃げ腰の兵が一番生き残るものだ、もっとも某を負かした君やロイズ君が、それでは困るがな!はっはっはっは!」

 

 

 大笑いに大笑いし、スクラップヤードに声を響かせるウグスト・ラゴン。

 フラティウはそれに毒気と疲れを抜かれた気分になると、彼と硬く握手を交わす。

 

「ああ、剣は忘れるなよフラティウ!兵舎で手頃な大剣でも二、三本見繕っていけ!お前さんのことだからもうそれくらいは折るだろう?あの呪い剣はもう無いのだからな!自身の力を良く理解しておくがいい!」

「知れたこと!助かるウグスト・ラゴン!この場は任せた・・・戦線が終結したら、一杯交わすぞっ!」

 

「楽しみに待っている!その時はあの”狩人”も混ぜるか!楽しい酒宴になりそうだ!」

 

 またも大笑いするウグスト・ラゴンに背を向け、全速力で駆けるフラティウ。その顔に笑みを浮かべ、信頼する者に背を任せ、そしてどうしようもなく自身が好きで、そして愛おしいとも感じる小さな娘の元へと駆けるのだ。

 

 向ける感情は父と娘のそれに近いかもしれなかったがそれ故に、失いたくないという感情は誰よりも強かった。

 

 

「シェスカ・・・我が行くまで無事でいてくれ!」

 

 漆黒の影が夜明けの街に走る。

 されどその姿を理解した瞬間、誰もがその背を信頼し、見送ったという。

 

 

 

 

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