(´・ω・`)四章のプロットが一通り固まったので発車です。やっとファンタジーなファンタジーに戻れます、ファンタジックが止まらない。
三章の登場人物とその後の裏話に関しては例のごとく活動報告に載せました、本編に投下しちゃいけないみたいな話を聞いたので・・・。既に見てしまった人は、最後に二人だけ追記されてるのでもう一度どうぞ(´・ω・`)
第四章 妖精郷と再臨の氷魔 1話 『深く深く、森の奥』
―――サンストンブリッジ騎士団支部庁舎、団長室。
茶髪をわしわしと掻きながら、支部長エルヴェシウス、エルヴェは長らくにらめっこに興じていた書類から目を離し、ううん、と背筋を伸ばす。
支部長という立場になってからというもの、先の”事件”の時は久しぶりに生死の境を彷徨いかねない闘いをすることになり元来現場主義な彼は血沸き肉踊ったが、それでも平時の彼は以前も以降も、この手の書類仕事が次から次へと舞い込んでくるために一日の勤務の7,8割はこのように座りっぱなしになるのだ。
彼は辟易した、といった顔をして、ため息を吐いた。
「やんなっちゃうよな、元々は現場に行きたくて騎士として仕えたはずなのに」
「私は対に、書類仕事を処理したいのに現場に行かされますけどね?」
エルヴェの愚痴に答えるのは、彼の左手前に机を置いて書類にペンを通すアルレット・アルケイン。紫色のショートヘアはカチューシャで留め、彼女が眼鏡を通して見る手元には”パーミット派遣手当申請書類”と書かれた紙が束になっている。
「そういえば、レットはあの二人に会ったんだっけか?元気してたか?」
「ええ、お疲れのご様子でしたが変わってはいませんでした、あっ、ただ・・・」
「おっ?」
エルヴェは机に前のめりになり、アルレットの続く言葉に耳を傾ける。
先の”事件”、サンストンブリッジの街を蹂躙しようと組織”魔女の霧”が暗躍しようとしていた事件、その解決者である二人。
黒衣のレンジャー、ティコ、そして白銀鎧の騎士、ロイズ。彼らとエルヴェ達が共闘し魔獣”死の鉤爪”を討伐してからというものかれこれ一ヶ月としばらく、続く情報でやれ闘技場の頂点に君臨しただの、やれ戦争が起こっただの、聞く耳に暇がないものだから彼としては彼らが気になって仕方なかったのだ。
アルレットはその姿に、はぁ、と軽く呆れかけながらも、しかし自分が同じ立場だったらそうするかもしれない、と軽く笑って話を続けた。
「ロイズさん、家建ててました」
「はっ?」
「家です、ちょちょいと」
「・・・はぁ、ああ、あー・・・」
突拍子もない、理解しがたいが何となく納得できなくもない情報に、エルヴェは腕組みをして悩ましくする。それからしばし、とうとう理解がおぼつかなくなった彼はまた、アルレットに言葉を投げた。
「まあ確かにあいつ、そんな作業も得意そうだしな、あの鎧のパワーがあればなおさら」
「いえ、違うんです」
「はっ?」
「彼が精霊ザックスから与えられたという、”奇跡の匣”という秘宝を少しいじくるだけで瓦礫と焼け落ちた家々は消え去り、代わりに世にも便利な、強度にも申し分なし、快適極まりない新しい家が建つんです。戦々恐々、世の中まだまだ知らないものがあるのだなとあの二人に騎士団支部一同、目をまん丸くさせて頂きました」
「・・・はぁ、ああ、あー・・・」
そういえば風のうわさでそんな話が流れてきたな、と思い出し、当時の自分はまさかまさかと信じていなかったことも思い出す。
続けて”あの二人なら”という接続詞が加わり、彼はみるみるうちに戦争で焼け落ちた街に家々が栄え人々の暮らしが元通りになっていくさまを、脳裏に走らせ容易に納得するに至った。
「精霊と契約し、闘技場を制覇し、戦争で敵将を討つ、こんなところだったか?」
「敵の拠点を発見、灰色髪を撃退、も入れていいかと」
「本当に行く先でことごとく英雄的な振る舞いをするな彼らは・・・レオミュース嬢も一緒なんだろう?彼らがこれから先、安息を得るには百年かかるんじゃないか」
「百年で済むんですか?ティコさん151歳だそうですよ」
「忘れてた・・・200年に訂正でっ」
赤い目のレンジャーが”それでも足りんさ”とサムズアップしているような想像を掻き立てられるが、頭をぶんぶんと振り切って彼は頭を仕事に戻す。なまじ派兵の件が普段の書類仕事に上乗せされているぶん普段より仕事量も多いのだ、武器管理から兵站まで、ハンコが擦り切れるのは時間の問題と言えよう。
「ま、今後彼らは離れていくだろうしな、もう当分会うことがないのは寂しいが・・・さて」
「仕事に戻りましょう支部長、昨日はA級の囚人を護送に出したばっかり、これを終えればしばらく楽になりますよ」
「だといいんだがなぁ、なんかキナ臭いんだあの坊主、悪いことが起こらなきゃいい、なにせ―――」
”俺の悪い予感はよく当たる”。
自虐のつもりだったのだろうか。
エルヴェが言いかけた途端、ばたん、とノックもせずに扉が開かれる。
二人は目を丸くして入ってきた騎士の一人を見た、息切れを起こしかけていた。
「ノックはどうした?」
「も、申し訳ありません!火急の要件で、それが、それが・・・!」
「落ち着け!落ち着いて話せ!息を整えろ!」
エルヴェは手で制し、騎士に息を整えるよう命令する。
しばし深く息を吸って吐いて、三十秒もしてようやく息を整えたあと、騎士は流れる汗を拭きもせず姿勢を整え敬礼し、改めてエルヴェに向き直った。表情は悲壮、その中に焦りを交えていた。
「大丈夫か!」
「問題ありません!」
「なら報告しろ!」
「はっ!」
手を下ろし、直立する。
それから目をしっかりと合わせ、騎士は報告に移った。
「護送中の囚人が逃亡しましたっ!」
「なっ!?」
エルヴェもアルレットもだ、目を丸くし絶句する。
今話していたばかりの男の続報が、これほど早く届くものなのか――― しかも悪い方向に。
エルヴェは悪あがきのような思考を混じらせると、もう一度騎士に聞き直す。悪い予感が当たったという事実がウソであったと、そう信じたかったのだ、だが残酷にも騎士が告げた事実は、
「念のため聞く、そいつの罪状、等級、名前を答えろ」
「はっ!罪状はポスパの村襲撃及び国王陛下への反逆未遂!等級は―――」
唾を飲み、一拍置く。
事実は容赦なく、告げられた。
「A級!”氷の指なし魔術師”、ウィルフレッド・シルベスターですッ!」
氷結の魔法使い、それが世に解き放たれた。
恨みと憎しみを、その胸に抱いたまま。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――歩き方、というものは案外とそれぞれ、異なる形をしているものだ。
当然、老若男女のように明確に異なればその形状は差分を増し、その人間の生き方、鍛え方、暮らしから性格まで、幅広くを教えてくれる。
訓練された人間なら統一された規格、もしくは機械のように精密な見惚れるような歩きを見せてくれるし、鍬を毎日振る農夫はそうでなくとも力強い、腰の入った歩きを見せる。ただそれは得てして常に同じ人間は同じ歩き方をするでもなく、日々によって異なるものだ。
無邪気に振り回される腕、まっすぐに伸ばされ乱れぬ腕。
一糸乱れぬ足先、着地点がばらばらな足先、かかとからつま先、力の到達点の違う足先。
調子が良ければ少し足早になるものだし、逆もまた然り。
その人間の”今”、ありのままを歩き方という動きは表現してくれるのだ。
広く開けた草原、地平線上まで何も見えない。
ただだだっ広く開けたフィールドに一本線を引いたような、誰かが手を加えたでもない、ただ名も知れぬ無数の人々が踏み鳴らし草を、土を固めて出来た街から街への街道。曇り空がわずかに影を落とすそこを、ティコ達は歩いていた。
「―――ブラフマン、問題ないか?」
双眼鏡を首から下げ、やや速度を落として歩くティコは真横、キャンピングカーのキャンパーだけを荷車代わりにした、言わばキャンパー荷車とも呼べるようになった荷車を引っ張り、ゆらゆらと尻尾を揺らして歩くツノ付き牛、”モート”と呼ばれる哺乳類に語りかける。
軽く撫でてやると、歩きを止めずとも気持ちよさそうに鼻を鳴らすブラフマンにティコは”そうか”とだけ答えてやる。そしてまたどこへとも目を向けず歩こうとすると、彼の前にすっと、彼と等速になるように一機のロボットが躍り出た。
『タイヤの状態は良好、交換した甲斐がありました、あのまま走行を続けていたら恐らくこの正面+12.6km地点でパンク、もしくは車軸の損傷のどちらかを起こしていたでしょう。本体に関してはまあどうしようもないとしまして、今後数年程度の旅であれば問題なく続けることが可能ですよっ!』
「お、おぅ・・・お前は元気良さそうで何よりだ。えーっと、Mr、なんだっけか?」
『Mr.フォートウォースでございます、Vault28におけるアメリカ合衆国製造の貴重なアメリカン・ナンバーの最後の残存一機、このたび皆様の旅の頼れるガードナーとなるべくガッツィータイプへの換装を終え戦闘力は520%ほど向上したMr.フォートウォースを覚えておいて頂けますと幸いです!』
機械の性か、説明したがりな性分なのか、まくしたてるように言葉を紡ぐMr.フォートウォースにティコはこめかみを掻いて若干引いたようなそぶりを見せると、またすぐ元に戻る。Mr.フォートウォースは機体下部のジェットホバーで見事な姿勢制御を見せながら、彼の前でクルクルと回ってみせた。
「それで、お前さんは何が出来るって?その頭ン中にゃ辞書が詰まってるとかかい?」
『あいにくと、戦闘用に調整を受けたために知識面では戦力を提供すること叶いませんが、しかし戦闘面においては皆様の盾となり、剣となれることをお約束致しましょう!レーザー、プラズマ、火炎放射にカッターも搭載済みであります、ご命令を軍曹!サー!』
「一応階級は大尉だから覚えといてくれやえーっと・・・上等兵、後方の警戒を頼む、さっ、さっ!」
『死んでもないのに二階級特進ですか!?やったぜ故郷のオフクロに出世払いの仕送りができる!』
そのままやかましくも騒ぎ、グルグル高速回転をしながら荷車の後方に飛んで行くMr.フォートウォースに、愉快な仲間が増えたと楽しさ半分、困り半分でまた頭を掻いたティコはふと、後ろへと目を向ける。
Mr.フォートウォースだけではない、旅の仲間の三人が、彼と同じように歩いていた。
「っと」
ティコはアルを見る。
赤毛の彼女の”歩き”は小さな歩幅で一所懸命、それは亞人の血が流れるゆえの身体能力が補助しているのか疲れる様子が透けて見えない。
しかし子供に長旅は精神的に疲れるのだろう、腕を頭の後ろで組み、視線をどこかともなくとあちらこちらへ動かして何か、面白いものでもないかと探しているように見える姿は、彼女が退屈していることを教えてくれる。
おまけに動きがせわしなくなっているから、空腹も手伝っているのだろう。ティコはしばらくしたら休憩でも取るか、と決め、視線をずらした。
テッサへと目を向ける。
銀髪が風に靡く姿は美しく、彼女が美麗な少女であることは彼からも理解できる。
だが今の彼女はなんだ、到底歩き慣れていないのだろう、足先は無茶苦茶で、顔つきも”うへぁ”とでも言いそうなほど疲れて見える。ワンピースの肩紐も半分外れており、彼女がそれを全く気にもしていないあたり彼女は相当キテいるのだと見て取れた。
長旅に重要な背筋と脚の筋肉は見た感じテッサにはそれほどついていない。
というより、そもそも脂肪も筋肉も彼女には欠け過ぎているのだ、華奢な魅力と言えば正しいが、旅路を歩くにはいささか不釣り合いな身体を彼女は持っていた。
見ていて仕方がないのでティコは声を掛けようとするが、それより早くテッサは荷車の扉を開いて中にせっせと入り手頃な本を開いてぽすっと敷き布団に収まる。
正直な女の子だ、と考えをそのままにしながら、彼は今度はブラフマンを挟んで向かい側の――― 彼の相棒へと目を向け、そして声を掛けた。
「相棒、疲れたんなら休んでもいいんだぜ」
「ッはっ・・・べっ、別に疲れてなんか!」
彼が声をかけるとはっと、薄く閉じかけているようにも見えた目を見開いて、ティコの言葉に反抗する。されど、その顔も歩き方も、ティコの目からすれば十分に疲弊――― 肉体的にではなく、精神的にそうであると言うことが見て取れるほど重かった。
彼の”歩み”はその姿を容易に表していた。
「別に今すぐ振りきれってわけでもな、忘れろって言う訳でもねぇんだ相棒」
「別に、ゼノの事なんて気にしちゃいねーし」
「言わんでも出てくるってこた十分気にしてんじゃねぇか相棒、確かに惚れた女が敵の頭領で、歴史に残る極悪人で、でもまた必ず自分の前に舞い戻るって言われた日にゃ俺だって悩ましくもなる」
「・・・お前に分かんのかよ」
ブラフマンに半分もたれかかりながら、ロイズは言う。
ティコはすうっと息を吸い、同じように手を置くと、答えた。
「一応俺も30年とちょっとは人間やってたんだ、ちっとくらいは酸いも甘いも経験してら・・・もっと濃いこともな。だから道がわからん時ぁ手を引いてやる、頼ってくれてもいいんだぜ、相棒」
「・・・じゃあどうすりゃいいか教えてくれよ、オレ、ちっとも決めらんねーんだ。あいつが敵ならぶん殴って首根っこへし折ってやるのが礼儀って奴なのかもしれねーけどよ、でも何かきっと、もう一度出会った時出来ない気がして、なんだか・・・」
空いた拳をぎゅっと握って、しかし力がわずかに弱まる。
ロイズはそれに己の覚悟の微弱さ、刻まれた思い出を手放せないことを切に感じると、苦い顔をして俯いた。
「それに、オレ全然救えなかった、英雄なんて言われてても結局何百人も死んだんだよ。見知った顔がいなくなって、G.E.C.Kで街を元通りにしてもあの店やあの家には誰もいないってよ、あんまりで、あんまり、で―――」
「―――相棒」
涙を落としそうになったロイズに、ティコが呼びかける。
ロイズは顔を上げると、目元を拭いて彼に目を向ける。
ティコはヘルメットを被っていたが、なんとなく微笑んでる気がした、ロイズにはそう見えた。
「相棒、例えばテッサに花束を送るとしたら、何本がいい?」
「ッ、何だよ急に、茶化してんのか?」
「ちょっとボクにまで飛び火させるのはやめてくれないかなぁ!」
唐突な質問に、向かいのロイズも、荷車内のテッサも窓から顔を出して抗議する。だがティコは、それを意にも介さないというように話を続けた。
「俺ぁ、両手いっぱいがいいと思うが・・・そいつをテッサに渡したらどうなる相棒?」
「どうって・・・」
「ロイズが両手いっぱいに抱えた花束なんてボクには重いし大きすぎるよ、こぼれちゃう」
「そうだ、そうなんだよ相棒」
「・・・は?」
答えの意味も意図も、ロイズには分からずすっとんきょうな声を上げる。
テッサも首を傾げ、しかし興味ありげに窓から顔を出して二人を見続ける。
「両手に抱えられる花束の量は人それぞれ違うもんだ、両手で抱えられる数に限界はある。お前はあの戦争で一割を死なせたんじゃない、九割を救ったのさ、一割はお前の手からこぼれた――― それだけだ」
「あの胸ペタのやったことのがでかいっての、オレなんてVaultを・・・」
「十分じゃないか相棒、お前さんがあれを止めたお陰で街は内外からの襲撃を避けることに成功した。んのおかげであのシェスカ嬢ちゃんが隕石落として、街を救えた・・・間接的にお前のおかげで街が救われたのさ」
「おまけにロイズ、あの”奇跡の匣”・・・ああ、ゲック、だっけ?を使ったのは大きいね。戦争の死者はその後の火災、略奪、襲撃、混乱っていう二次災害でもかなり出るんだ、それを未然に食い止めた君は――― 英雄だよ、与えられたものだとしても、迷わず使ったなら君は英雄だ、ボクも保証する」
テッサの後押しがティコの言葉をロイズに食い込ませる。
しかし人押し足りない、といった様子で、困り顔の抜けないロイズにティコは更に語った。
「相棒、英雄の条件って知ってるか?」
「なんだよまた急に・・・わかんねー、さっぱりわかんね」
「だったら教えるさ、っと」
ティコはポケットに手を突っ込むと大量の木の実、ドングリに近しい実を引っ張りだす。
道中年甲斐なく好奇心に溢れる彼が集めてきたものだが、それは手のひらで溢れんばかりにごったがえし、いくつか弾かなければならない量だった。
ティコはその、溢れそうになったいくつかを指でぴんと弾く。
それを後ろで見ていたアルが、退屈潰しを見つけたとばかりに類まれな瞬発力でキャッチすると、ポケットに仕舞った。
「英雄ってのはな、二種類いる。多くのために僅かを犠牲にできる残酷な奴、それでもう片方は、その僅かに自分を勘定しちまう奴のことさ、まさにお前みたいな奴だよ相棒」
「でも」
「お前は後者だ、だからいいんだ。いいか相棒、両手で抱えられる命の数は限られてる、英雄だって凡人だってそりゃ同じなのさ。俺達は、出来る範囲で出来ることをやり通せばいい――― もちろん、英雄と凡人じゃ抱えられる数は違う、つまりもっと救えるようになりたいんなら」
指をぴんと立てて、ロイズに向ける。
ロイズもそこでピンときたのか、彼に同時に指を向けていた。
「・・・もっと強く、ならなくちゃな」
にっと笑った、パーミットの街を出て、初めてロイズが見せた笑顔だった。
「今日明日奴さんが来るわけでもないだろ?なら時間をかけてゆっくりと、お前の覚悟を決めてきゃいい。誰だって時間が必要なのさ・・・俺も、長い時間がかかった、かなりな」
「何か分かってきた気がする、オレ、もっと強くなって・・・あいつを土俵に引っ張り上げて話でも殴り合いでも、出来るような男になる・・・!きっと躊躇わないで、覚悟を決められる男にっ!」
「いいぞ相棒!それでこそだ!一人前になる日も近いなっ!」
ティコが場所を移し、ロイズと肩を組む。
ロイズはよしっ、よしっ、と握りこぶしを作って、それを受け入れていた。
その後ろでテッサが、アルに話しかける。
「君、ああいう男の人が好きなの?いい人だって分かるんだけど、なんだか」
「ちょっと!ダンナ馬鹿にしちゃ許さないよっ!ぽんこつ!」
「誰がポンコツさ・・・ただ、なんか羨ましくて・・・それで、夢みたいでさ」
「夢ぇ?」
テッサは窓枠に肘を乗せて、顔を出し前方の二人を見る。
アルから見た彼女の顔は、わずかに憂いを含んでいた。
「ムーンエルフっていうかさ、実家がいろいろあってさ・・・それで逃げてきたんだけど、君みたいに自由に恋したり、旅に興じたり、好きに生きて・・・ずっと物語の中のことだって思ってた、自分とは縁が無いって」
「そんな箱入りだったの?見た感じ引きこもりって方が似合って」
「だーれが引きこもりさ、ただ一週間くらい家から出ないこともザラだっただけで・・・あれぇ?」
思い出に思い当たるものがあるのか、テッサは頭を抱える。
アルは一人思考に入ってしまったテッサを置いてけぼりにし、そこでふと、頭上から降り注ぐ何かを感じて目をぱちくりさせた。
「・・・雨?」
ぽつぽつと、やがてそれはぱらぱらと降り注ぐ。
前方を歩いていたティコとロイズも気付いて、手のひらを天に向けて雨をすくった。
「参った・・・嵐になる予感はしてが、思ったより早く来そうだ」
「ってーけどよ、先の村までまだまだあるし、道の駅もめっちゃ遠いし・・・」
「参った、近くの樹の下か、森の中か、何でもいいから休める場所はないもんか―――」
空には雲がかかり、遠くの空では雷の閃光が見え隠れする。
そんな矢先だろうか、ティコが悩み、ロイズがPip-boyのマップと方位磁石を見て頭を抱えている時、後ろから声が掛かる。テッサが彼らを呼び止めたのだ、彼女は手に地図を持ち、ここだここだとある一点をしきりに指差していた。
「どうしたよテッサ?」
「うーん、近くにいいところがあってね、雨宿りくらいさせてもらえないかってさ・・・ほら」
彼女が指差す地図の一点、ウェイストランドでも見かける精密な地図とはいかないまでも、筆者の苦労が透けて見える手書きの地図。そこには”ホーリーエルフの集落”と書かれていた。
読めるロイズから聞いたティコもその名を聞き、思い出す。確かテッサが以前言っていた、寿命が不老長寿、金の髪を持ちプライドが高いという存在、それではなかったか。悪い予感と良い予感が、彼を挟み込んでは離さない。
「気難しそうだが、大丈夫なのかテッサ?その、またとっ捕まるのは勘弁だぜ」
「大丈夫さ、彼らは迷い路の結界の中に居を構えているからそこにちょっとお邪魔するのさ。結界内じゃ雨も拡散してぱらぱらがいいところだし、それに迷い路の結界は来るもの拒む、出るもの追わずだからね、簡単に出られる」
「・・・便利ですねぇ」
感心するアルに続くように、ロイズとティコも頷く。
テッサは久々の説明役が嬉しいのか、間髪入れずに続けた。
「ここを西に少し進んだ森の中だよ、定期的に取引をする商人がいるから均した道もあるし、荷車は通れると思うよ?少なくとも、そこらの樹の下で夜を過ごして雷に打たれて死んじゃうより、ずっといいかなって思う」
「・・・っと、どうする嬢ちゃん、相棒?」
ティコが返し、ロイズとアルに聞く。
アルは即答で了承を、ロイズはしばし考えると、しかし多数決が決まっていることを察しすぐに諦め、首を縦に振った。
「じゃあ決まりだね、急に矢が飛んで来ることはそうそうないと思うけど・・・今は手段がない、行こうか、みんな」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
街道をそれ森への一路、森の端、木々が防壁を張るかのごとく立ち並ぶそれに沿って進んでいくと、やがてあんぐりと、口を開くように木々が退けた道が開ける。
その姿はあたかも、木々が自らの意志を持ってその場を通行人に譲ったかのように曲がりくねった整列をしており、その入り口からして神秘的な光景は森という領域にそもそも疎い、かつては砂漠を歩いて踏みしめてきたティコとロイズの二人に、ふとした情動を投げかけた。
「すっげぇ!木が避けてる!」
「一歩足を踏み入れりゃ全方位敵、とも取れるな相棒。うっかり機嫌損ねて敵に回さんよう気をつけんといかんな・・・くわばらくわばら」
『木々が意思を持って動く・・・ああ、非常識です!データベース内の”常識”の項目に更新を加えないと・・・』
感動して目を輝かせるロイズ、銃を握り警戒を怠らないティコ、騒ぐMr.フォートウォース。三者三様の反応に荷車の窓から顔を覗かせるテッサを軽く引かせつつ、一行は道を歩いて行く。
新緑の森は小雨の中滴るしずくによってせわしなく動き、まるで生きていて、何かまとまった言葉を彼らに投げかけるようにも見える。だがまやかしだ、そう思わないと野営も旅も、夜を歩くこともできまい、背筋を昇る寒気を眼前の神秘への感動で相殺し、彼らは森の道を奥へ奥へと進むのだ。
やがてだろうか、彼らは到達する。
綺麗に正中線で分かれたような、綺麗な分断をされた三叉路だ。
Y字があまりに綺麗なものだから、つい鏡でもあるんじゃないか、と冗談じみた勘ぐりをティコはする。すると前方に警戒に出たMr.フォートウォースがうろうろとまたうろつきだし、その高精度カメラに周囲の景色を写してはまた騒ぎ出した。
『なんということでしょうか!このY字路をちょうど中心で割ってみると・・・なんとっ!97.4%ほどの正確さで線対称となっています!奇跡です!ああ、世界のマジックだ、ミステリーだ、UMAの生誕です!』
「ってーなると」
「魔法だろうねえ、アル、君の目でこの、魔術的な些細な違いってものを見抜けないかい?」
「無茶言わないでくださいよアタシ亞人っても三割がいいとこですよ?目はよく効きますけどさすがに、ホーリーエルフなんて魔法のエキスパートの張った結界なんて見抜けないよ」
猫の目を細めて景色の”ずれ”を見抜こうとするアルは、出来ないと悟るとやめる。
それにテッサはやや残念そうにし、唇に指を這わせて空を見た。
空は既に雲が覆い、今にも小雨が大雨に、大雨が嵐に変わりそうなばかりであり一刻の猶予もない。周囲を見ても嵐を凌げそうなフィールドが見当たらないため、可能な限り結界内へと進む他ないのだ。
―――そんな時。
「・・・ッ、生命反応多数、右の道からだ・・・ぽつぽつとしか見えない、フォートウォース、Pip-boyとリンクできるかよ?」
『お任せください、戦闘行動は不可となりますが私の性能の全てをレーダー監視にすれば1、2km程度容易に探知が可能であります!でははじめますよ軍曹!』
「スクライブだっての・・・頼む!」
ロイズのPip-boyのコンパスマーカーにちらほらと写った生体反応。
微弱ながら雨の中返ってくるそれに疑問を抱いたロイズはMr.フォートウォースとPip-boyとをリンクさせるとその強力なレーダーを用いて、この生体反応郡をより明確に映し出す。
コンパスマーカーには、”右の道”に幾多の反応が示されていた。
「・・・行ってみるかい?鬼が出るか蛇が出るか」
「違いねぇ、だがこのままハリケーンに巻き込まれて空の旅よりゃマシだ、行くか」
テッサが問いかけ、ティコが頷いた。
一行はロイズとMr.フォートウォースを先頭に、道を右へ進む。
何もない、ただの森の道、美しさも、雨の量も、変わりない。
そしてしばし進むとなんということか、全く同じ道が姿を表したのだ。
だが案の定、ロイズがコンパスマーカーを調べると生体反応郡は、今度は左を示す。
つまり同じ道に見えても、明確に”差異”があるのだ、また今度は左へと道を曲がり、進んだ。
右へ、左へ、また左へ。
幾度と同じ景色を繰り返すうちに、辟易もしてくるようになったころ。
―――一行の視界に、ようやくと全く別の存在が道を広げるようになる。
開けた道の先に、広がっていたもの。
それは無数の樹木、そしてそれに融合するように建てられた家々と、先の雨がウソのように空が晴れ、天からさんさんと陽光が降り注ぐ”神秘の町”。その規模は集落の程度を抜けないくらいの小さなものであったが、それでもあまりに神々しく、神秘的な光景は再びに、今度はウェイストランド組の二人だけではない、一行全員に感嘆の声を漏らすに至らせる。
ひとしきり感動したのち、動いたのはティコだった。
彼は隣でまだ感動に胸を打ち震わせている相棒の頭をぺしっと叩くと、先行する。
「相棒、感動は後だ。今は・・・来ちまったんなら宿でも探すのがいいんだろうかなあ?」
「ホーリーエルフの集落には初めて来たけど、ここまで自然と調和していたとはねぇ。文明圏を気取って世界の優越種気取りをしていたホーリーエルフの国家とは大違いだ、これは期待ができるかもしれない」
「オレ、もう死んでもいいかも――― ッ」
感動に打ち震えたままのロイズはしかし、自身の脳にダイレクトに危険信号が発信されたことを感じ取るとすぐさま、左腕にはめられたPip-boyのディスプレイに目を通した。無数の生体反応郡がマーカーの動きを持って、接近していることを知らしめたのだ。
「ッ、なんだよ、敵マーカー10、20・・・とちょっと!来るッ!」
「嬢ちゃん、荷車に隠れてろ!テッサは来たけりゃ来い!フォートウォースは盾になれ!」
『なんだぁ!?敵襲か!アメリカ軍にケンカ売るジャンキー野郎が現れたってことですか!?さあ来るなら来るといい!元ハンディタイプだからってナメると痛い目見るってこと教えてやるっ!俺たちゃ強くて賢いぜ!レッツロール!』
ロイズはヘルメットをかぶり荷車をかばうよう位置取り、ティコはハンティングライフルを構え備える。
最後にMr.フォートウォースがやや前に陣取って一番に目を引ける手番を取ると、一同、緊迫に背を凍らせんばかりの戦慄を抱いたまま、来るべき存在を待つのだ、もっとも、それはすぐに現れる。
―――ロイズは、ヘルメットのアイスリット越しに、その”敵”を見た。
流れるような金の髪、長く尖った耳はある意味見慣れてもいる。
眼の色は緑、7:3で青も混じっている美しい眼差しであり、白磁のように白い肌、美しい顔立ちはそれだけで価値を持つ。そして恐るべくは、彼らの前に現れた存在全てがそれなのだ――― ”エルフ”、そう思わせる判断材料を十分に持つ彼らは、弓、杖、様々な遠距離武器を構えてロイズ達に向ける。
殺意の切っ先がいつ放たれるか、それは誰にもわかるまい。
状況が切迫し、ティコも引き金に指をかけいつでも、矢の雨の間を通す準備に事欠かない。
「・・・ちょっとお邪魔しただけだ、話しゃ分かるぜきっと」
無限にも思える時間、互いに無言。
だがやがて、金の髪の中から一人の男が現れると大仰な素振りをし、彼らの目を引く。
見た目にも動きやすさのわかる、革の鎧を身につけたホーリーエルフの男は一人銃口を恐れず――― 否、理解できていないのだろう。無防備にティコとロイズの目線の先、集落の門の上に立つと、森に響き渡る声を叫び通した。
「―――黒き兜の男よ、そして白銀鎧の騎士よ!何者か!ここは聖なるエルフ、ホーリーエルフの治める地!無断での侵入は・・・」
「ちょっと雨宿りさせてもらいに来ただけだ!悪いとは思ってる!ほんの嵐がすぎるまで滞在を―――」
「雨宿り、だとぉ・・・!?」
ティコの言葉を遮るように、男が声をかぶせる。
その声には怒気と、軽蔑が含まれており、睨む目と合わせて剣呑な雰囲気を醸しだした。
「―――迷い路の結界を抜けてくる奴が、雨宿りを所望だと!?ふざけるな!どこの回し者か正直に答えれば命までは奪わん!縄にかかって洗いざらい吐いてもらうッ!・・・私はホーリーエルフの戦士アウル・トム・ヴァング!弓隊待機!そこを動くな!」
戦士が数人降りてきて、ティコ達を取り囲む。
ティコとロイズ、そしてテッサはしばし三人で目を合わせると――― 無言で頷いた。
素直に従うことが、今は最善の策であると満場一致に悟ったのだ。
ただ彼らが共通で思ったことはただひとつ、”やめときゃよかった”、これだけだった。