トレンチコートと白銀鎧   作:キョウさん。

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13053字。


第四章 妖精郷と再臨の氷魔 3話 『二つの毒』

 

 

 

 

 嵐は過ぎ去り、晴れ間に道は開かれる。

 

 まさしく晴れて自由の身、されどこの領域の外には未曾有の危険、”竜”が飛翔しており、うかつに外には出られぬ状況。ウィルウィルに正式に滞在許可を得たティコ達は、各々がしたいように過ごしていた。

 

 ロイズとMr.フォートウォースは、雨中を抜けた際に銃器や火器弾薬に濡れや湿りが生じていないかのチェックに時間を費やし、珍しく早起きしたテッサはウィルウィルとずっと話し込んでいる。

 

 あてがわれた部屋にはそれなりに時間を潰せるものは用意されていたが、ティコに本は読めないし、アルには難しいものばかり。暇をつぶすにもボードゲームはルールを理解することから始めなければいけないし、トランプゲームは二人じゃつらい。

 

 

 故にティコとアルは二人、集落の中を見まわっていた。

 彼は元来好奇心が強く、気に入った要素は手当たり次第に吸収する性質の男だ。

 

 ロイズが研究畑の人間で深く狭くを重視しひとつひとつをじっくり潰していくなら、ティコは浅く広く。とりあえず触って、見て、やってみて、込みいらない程度に吸収し、されど気に入れば奥へと足を踏み入れ、身体に慣れさせる。

 

 齢は150を超えたグールの男、肌はしなびても、心は乾ききってはいなかった。

 

 ゆえに彼は今、楽しんでいて仕方がない。

 見たことのない植物、その樹木の上の家、魔法的な要素がふんだんに盛り込まれた仕掛けの数々に、雑貨屋に並ぶ商品の数々は子供の頃に初めて入った玩具屋のよう。

 

 ロイズが自分が読み親しみ、浸ったファンタジー世界に対する”憧れ”からくる未知への好奇心だというなら、彼を満たしているのはまったくまっさらな、己の経験に裏打ちされた知識を、上回る存在に出くわしたことに対する”感嘆”に近かった。

 

「嬢ちゃん嬢ちゃん、長生きはするもんだな、これなんか使い方がさっぱりわからん」

「あー、変水筒ってやつですよコレ。マナを注ぎこむと水に変換してくれるんです、でもアタシあんま使えないや!ちょろちょろですって、ちょろちょろっと!アハハハハ!」

「へえ、そいつはすごいな!でも俺なんか使えんな!はっはっはっ!」

 

 雑貨屋の商品棚の前で笑いながら、また別のものを手に取る。

 一見にすると扇風機だろうか、されど素材はまさに陶器のそれを表裏上下、くまなく見ながらまたティコは、アルに聞いた。

 

「嬢ちゃん嬢ちゃん、この扇風機に似たやつはなんだい」

「旋風器は旋風器ですよダンナ、何言ってるんですか。マナを供給すると風を送ってくれるってやつです、貴族様のお屋敷にしかないって思ってたらホーリーエルフが製造してたんですねー・・・アタシやっぱダメだわ!風来ません!」

「俺なんか見ろよ!ピクリとも動きやしねぇ!はっはっは!」

 

 手で”旋風器”の羽をくるくる回しながら、ティコが笑う。

 アルもつられて笑いながら、また別のものを手にした。

 

「こいつは?」

「魔導ランプです、ほら、これならアタシでも」

「おー明かりが・・・やっぱ俺できんなあ!はっはっは・・・はっ?」

 

 何かを気付いたように、ティコが指を折って眉間にやる。

 そしてヘルメットの下で、悲壮な顔をしながらアルに向き直った。

 

 

「・・・もしかして俺って結構ポンコツなんじゃないか」

「ダンナ落ち込まないで!ダンナ強いしカッコいいしおっきいし最高ですよ!落ち込まないで!ほら、よしよし!」

 

「・・・冷やかしでも惚気でもなんでもいいから、買わないならヨソ行ってもらえるかな」

 

 地面に手をつき落ち込むティコと、それを抱きしめヘルメット越しに頭を撫でるアル。

 犯罪的な絵面で奇抜で、なにより雑貨屋のどまんなかでそんなことをしている二人には否が応でも視線が集まり、雑貨屋の店主のエルフはあからさまに嫌そうな顔をする。

 

 二人は少しふざけすぎた、と思い直すと、手頃な土産を買って店を後にした。

 

 

 

 外に一歩、それだけで清浄な空気に包まれる。

 

 青々しい樹木を、痛々しくない程度に切り開いてできた集落であるから、自然と調和した景色は視覚をもって癒やしを与えてくれる。耳に通る音も、都会の喧騒やウェイストランドの砂音とは違う、小鳥のせせらぎと木々のざわざわとした話し声だ。

 

 すうっと、軽くヘルメットをずらして空気を吸い込めば、それは最高の酒を飲んでいるかのような、くらっとする酩酊をティコに与えてくれる。一切の曇りも、汚れもない、清浄極まりない空気が肺いっぱいに満たされ、それだけでいくらでもパンを齧れるかのような気にさせてくれるのだ。

 

 雨上がりの湿った空気、緑のにおいをふんだんに含んだそれにこれまでに得なかった満足感、幸福な気分に満たされる。そして思わずとも、ウェイストランドの空気は汚れていた。

 

 旧時代の大気汚染に始まり、捨て置かれた放射性廃棄物、水質汚濁、そしてその後の人類がもたらした戦乱によるとめどない汚染の渦は、ウェイストランドの空気を人が住めないほどにせずとも、場所にもよるが口を開くだけで淀みを感じるほどに貶していた。

 

 浄化装置がある反面機械的なVault、バンカーの空気。

 チャールストン山のような自然の残る場所のある程度清浄な空気。

 

 例外は数あれど、これほど美味しい空気を身体に循環させた経験はティコも全くと言っていいほどなかっただろう。彼はついヘルメットを脱ぎ手に持つと、深く息を吐き、次いで思いっきり吸い込んだ。

 

「最高の気分だよ、まるで最高の酒を好きなだけ飲めって言われてる気分だ」

「アタシも初めてっちゃ初めてですね~、人の多いとこじゃこんな開放感はないって・・・あら」

「・・・おっと」

 

 アルがはっと、気付いたかのようにどこかを見る。

 同様視線を感じたティコもはっと、自分の今の状態に気付くと、冷や汗を垂らしながらゆっくりと視線を動かした。

 

「・・・あ、あわわ・・・」

 

 ヘルメットを外していたから当然か、視線自体はいくつも刺さっていたが、その中ひときわ突き刺さったのはその一人の少女と一人の青年、二人のものであっただろう。

 

 金糸のショート、みどりいろのおめめくりっと背丈はちびっと、お耳長めでワンピース、見た目10歳行かないくらいの少女はまさしく少女らしい外見で一見にもティコのその、ずるむけの顔に怖がっているのが分かる。だが青年はどうだ、彼女と同じ、”ありきたりなエルフ”であっただろうか。

 

 否、その出で立ちはまさに奇抜。

 夏だというのに茶色の外套を身にまとい、その内側には胸甲を隠している。おまけにグローブも完備し長ブーツまでがっしりと着込んだ姿は緑の埋まるこの領域においてはあまりにも奇抜で事実、ティコとはまた別の意味で視線を集めていた。

 

 少女を背後にかばうように立ち、引き抜いたナイフ、刀身の曲がりがきつすぎて面白いことになっているが、ティコの持つククリナイフを模したようなナイフを手に持つ青年、彼を見てティコは思う。

 

「―――ずいぶん面白いファッションだなぁ」

「ダンナ、姿見、姿見、かーがーみ」

 

 アルに促されるまま、雑貨屋の店頭に飾ってあった鏡に目を向ける。

 

 そこにはなんと、真夏であるのにトレンチコートを羽織り、コンバットアーマーを内側から着た大男がいるではないか。胸にプリントされたLAPD RIOTの文字はまぶしく、首元の”02”のナンバーもかつての栄光を輝かせる。

 

 なるほど見れば見るほど、自分と同じ意匠の衣装だ。ティコはそれに首を傾げ、怯える少女を刺激しないようヘルメットをかぶり直すと彼らに向かう。されどそれはそれで恐ろしい出で立ちに変わりはないものだから、更に一歩後ずさった彼らにひとまず、ティコは会釈を送った。

 

 

「あ、あー・・・ハ、ハロー?」

「こ、こら近寄るな化け物めっ!ニュイを食べさせはしないぞっ!」

「お、お兄ちゃん、違うの」

 

「いや、別に喰らおうとか・・・あっ」

 

 ティコは振り返る、首ではなく、思いをだ。

 

 そういえば前の街パーミットは闘技の街で、最初はともかく顔の傷はいつしか勲章と認められていたから過ごすには悪くなかった、罵詈雑言を受けることはそうそうなかった。しかし思えば、かつての故郷でもグールなんてこんなものだったのだ、人喰いと罵られることも少なからずあった。

 

 久しぶりに罵られた気がするなぁ、と思いしみじみする。

 

 しかし彼が弁明しようと一歩前に出ようとしたとたん、先に前に出ていたのは少女だった。彼女は怯えを隠しきれてはいない、だがそれでもなぜか、ティコは少女と青年に共通する項目があるようにも感じたのだ。

 

 

 ―――”興味”、それを抱く目だった。

 

 

「あ、あの、大やけど、さん?」

「おやおや、怖がらせちまったかな可愛い子、俺はティコ、”グール”のティコってんだ、別に人喰いじゃない」

 

「ほ、ほんとか・・・?」

 

 少女も、青年もそれを聞くと一歩だけ彼に近寄る。

 

 すると、ティコはどうしても彼らの変遷に気がついてしまう。

 彼らの目に燃えていた”興味”の炎が一気に燃え上がったような気がしてたまらないのだ、それは弱くなり、強くなり――― やがて一気に燃え上がる。すると青年の方はまた一歩、ティコに近寄る。

 

 そして口を開き、問うのだ。

 

「もしかして、あんた、外から来たのか?」

「ああ、こっちはアルの嬢ちゃん、こっちも一緒にな・・・旅の道連れが長老の知り合いだってんで、って―――」

 

 答えた途端、目に映る炎が真っ赤に燃え広がった。

 

 青年はナイフをしまい、少女を引っ張ってきたのである。

 怯え、いや、きっとどもりを隠せない少女は手を引かれるがままティコの前に躍り出て、あわあわと口元を震えさせる。

 

 そして少女が何も言えない間、声を出したのは青年の方だった。

 

 

「本当に外のヤツだ!御用商人以外の外のヤツだっ!ニュイ、あの御用商人が言ってた”ボウケンシャ”ってヤツだよきっと!」

「う、うんお兄ちゃん・・・」

 

 先の威嚇はどこへやら、ティコの出身の一端に触れた途端はしゃぎだす青年。ニュイ、と呼ばれた少女のほうもやや怯えが鳴りを潜め、青年と同様輝きを増した目でティコに目を向けては口元を手で隠す。

 

 お兄ちゃん、と言っていた通り兄弟なのだろうか。

 しかしそれよりもティコはどうしてもこの、不可思議な視線に戸惑った。

 

 掛ける言葉が見当たらず、しかし黙っているのも歯切れが悪い。

 ティコはひとまずと、いつもの調子で語りかけるのだ、自分のペースに巻き込むことが、彼の常套手段だった。

 

「確かに、昔から今まで俺は冒険して生きてるなぁ青年、俺と冒険はもう毎晩一緒に寝る仲だ、切っても切り離せんよ。それで、青年らはなんだって?俺らが物珍しいなら見世物にしてくれて構わんが、だが・・・」

 

 にっと笑う。

 ヘルメットに隠れていたが、それでも分かってしまう、分からせられる、体にまとう雰囲気を自在に変えられるのはひとえに長く生きた男の技だった。

 

「その男の口から、聞ける話にゃもっと価値があると思うぜ」

「い、いいのかっ外のヤツ!」

「ああ!話し好きの俺さんに任せてくれよ青年!」

「ニュイ、ほらニュイ!・・・あっ」

 

 妹の少女を自分の前に出し、されどはっと気付いたような青年。

 すると、彼は自分の胸に手を当ててしっかりとティコの目を見た。

 

 好奇心に溢れた目、彼からすれば微笑ましくもある。

 青年は、はっきりと言い放つ。

 

「俺はムンド、細工師のムンド!いつか外に旅に出るのが夢なんだ!」

「ほう、外にねぇ」

「夢いっぱいで微笑ましいじゃないですかぁ、ダンナつかまえるなんて最高の”いんすとらくたぁ”ですよー、街の歩き方もアタシがいますし、さあ何でも聞いて良いんじゃないですかエルフさん、さっさっ」

 

「へへっ、じゃあ・・・俺から」

 

 嬉しさを隠せない素振りで青年ムンドが言う。

 ティコとアルは耳を傾けた。

 

 

「御用商人がよく外の話をするんだ、俺、それがすっごい楽しみでさ、何年も何年も聞いて。でもそうしてるうちにいつか、自分でも外に行ってみたいって思うようになったんだ、だからほら、この服も作ってさ」

「服?ああ、確かに気になっちゃいた」

「ダンナにそっくりですよね」

 

「外のヤツも同じことばかり考えてるのか?・・・まあこれはさ」

 

 ムンドはさらに、はつらつと嬉しさを滲ませる。

 それにまた微笑ましくなりながらも、ティコは腕を組んで楽にする。

 

 だが次の少年の言葉を聞いた途端、彼は首を傾げた。

 

「向こうの街パーミットを巡ってきたらしい御用商人が、話してくれた”英雄”の衣装なんだ」

「・・・おお?」

 

 とても、聞き覚えのあるワード。

 以前にいた街、以前聞いた呼び名。

 

 ムンドは周りが見えてないかのように続ける。

 

「俺、外の英雄ってのに目がなくてさ、旅に出たいって理由のひとつなんだけどいつか会ってみたいって思ってたら我慢できなくて・・・ほら、細工師だから手先も器用でさ、だから英雄が着てるっていう衣装とか作って着てさ、せめてその気分だけ味わってみようって・・・ん、どうした?」

「ああ、いや、その」

 

 頭に手を当てながら、ティコは聞く。

 その英雄は何者かと、ムンドはそれを聞いたとたん、ますます嬉しそうに答える。

 

「ああ!今一番新しい、パーミットの街で生まれたっていう英雄なんだ!ゴブリン軍を蹴散らしたのは女らしいんだけど、それとは別に将軍を討った人がいてさ!なんでも無数の矢を瞬時に放ち、爆轟の魔法をも使いこなし、夜の闇を駆けゴブリンの将軍を翻弄したっていう凄腕で、それで―――」

「おうおう、それでそれで」

「鎧騎士と、ムーンエルフと亞人の女の子を連れた人みたいでさ、憧れちゃうよ。まだパーミットにいるんなら御用商人についていって会ってみたいって思うんだけど、でも長老が今はダメって言うから、その代わりにさ」

 

 

「その人の着てたって服が、あんたと俺の着てるみたいなのでさ、他にも”白銀闘士”ってのが少し前にいたんだけど、それは鎧で簡単には作れないからさ、こっちを作ってみようって思って。それでそれで」

「―――ちょっと待ってもらってもいいか」

 

 両の拳を握り、気がつけば色物を観る目で周囲のホーリーエルフ達から見られていることに気づきもせずまくしたてるムンドを手で制し、ティコは言う。

 

 ムンドは出端を挫かれた気もして一瞬しゅんとしたが、きっと次の質問が来ると踏んだのだろう。またしっぽを振る犬のようになり、”待て”を敢行するのだ。ティコはそんな彼に、一言質問した。

 

「聞きたいんだが、そいつの名前は?」

「え?ああ、確か”ティコ”って」

「あー・・・」

 

 アルと、ティコは顔を見合わせる。

 ムンドは何だ何だと首をかしげる。

 

 少しの間を開けて、二人は苦笑いをして短く、彼に聞こえるように言った。

 

 

 

「有名になりすぎちゃいましたね、”ティコ”のダンナ」

「後で相棒も連れてくるか、嬢ちゃん」

 

 

 ―――ムンドの興奮は、今最高潮に達した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「―――そこで俺は振りかぶる奴、ロンサムジョージの拳をかいくぐり、銃口を押し付けた!とたん奴は何が起こったか、理解した奴さんの顔は驚愕に染まり、弾ける銃弾!巨人、ロンサムジョージの土手っ腹に大きく穴を空けてやるとようやく奴は倒れて―――」

「すっごい!まるで現場にいるみたいだっ!次は!?次は!?」

 

「まーだ終わらないんですかーダンナー・・・アタシの知らない話も出てくるし、もう二時間話し込んでますよー」

 

 新緑に囲まれた集落のどまんなか、熱弁するティコと聞き入るムンド、ティコはまるで語り部のように饒舌で、思い出を振り返る彼は見た目にもご機嫌そうに見える。対するムンドも、目をキラキラと輝かせてまるで少年のよう。

 

 彼の年齢がいくつか、など無粋なので聞かないが、それでも同じような格好の二人が広場のまんなかで愉しげに話し合っている姿は傍から見ると微笑ましい、というよりも気味が悪い。なにせ格好が恰好なのだ、トレンチコートとヘルメットの組み合わせは特に、この世界の人々からは異質極まりない。

 

 

 それになまじティコも話し好きであるものだから、次から次へと言葉が続くのだ。おまけに目の前の青年、今は少年のようになっているムンドはその話を聞きたくてしょうがない様であるから、需要と供給の理想的な関係が成り立ってあれよあれよと言葉が紡がれる。

 

 勇ましい話をすれば口をぱかりと開けて話に聞き入り、手に汗握る局面を打開する奇跡的なシーンを語ればその短い金髪の端から冷や汗を垂らすものだから面白い、語る側もつい熱が入ってしまい、周りはとうに見えないのだ。

 

 だがされど、ティコも自分の肩が叩かれ、ムンドも裾を小さく引かれたとたん、ようやくはっと気付いたかのように話を止めた。

 

「あの・・・お兄ちゃん」

「ダンナぁ」

 

 見ればアルは退屈そうに、そして少女ニュイもあわあわと会話に加わりたがっている。

 

 それに少し、白熱しすぎたかな、と反省すると二人は少女のもとへ向かうのだ。ティコは彼女の前に立ち、ムンドはニュイの後ろに回って彼女を紹介するように手のひらで彼女を指す。だがニュイはティコと目を合わせようとしつつもしかし、どこか恥ずかしげな様子でちらほらと視線をずらしてしまう。

 

 

 そんなものだから、口火を切ったのはムンドだった。

 

「こっちは妹のニュイ、ニュイも外に興味を持ってくれててさ、いつか一緒に外に行こうって約束してるんだ」

 

 ニュイはぺこりとお辞儀をし、ティコも目線を合わせて胸に手を当て紳士的に礼を一つ。

 

「わ、わたしも、外の世界を見に行きたいんです、だから色々教えてくれると、おねがいします」

「へえっ、どうしてまた、外に?お兄さんと同じ理由かい?」

「え、えぅ、違います、ただ・・・」

 

 ティコが「ん?」と問いかけるも、あわあわと口元を震わせニュイは黙ってしまう。

 それにさすがにこれ以上の追求は悪いとティコは思うと、ひとまずと離れた。

 

「ごめんな、ニュイあんまり人と話すの得意じゃないから」

「気にせんさ、だがまあ、顔くらいは覚えといてくれさ、俺がティコ、こっちの嬢ちゃんがアル、相棒はいないが今度紹介しよう」

「そ、それってまさか”白銀闘士”・・・?」

 

「ああ!最高のハードパンチャーさ!」

 

 ムンドがまたぐっとガッツポーズをして喜ぶ。

 隣のニュイもそんな兄を見てか、ささやかに喜びをアピールしていた。

 

「俺もニュイも、ずっと外に出たいと思ってたんだけどさ!でも外の生き方なんて知らないから教えてくれる人探してたんだ、御用商人はずっといるわけじゃないし、それに護衛の男達はそんないいガラじゃないしさ」

「傭兵はどこも一緒か、まあそう思えや適任だな」

 

「そこで頼みたいんだ、俺とニュイに、外での生き方を教えてくれっ!」

 

 唐突に、ムンドはティコに頭を下げる。

 仮にも誇り高きことで知られる種族であったから、彼が余所者に頭を下げる光景には嘆きの声が飛んでいただろう。だがそんなことも耳に入れず、ムンドは頭を下げる。

 

 青年の向上心と誠意は痛いほど分かりティコは感心するも、しかし彼もまた騒ぎが大きくなってきたことに慌てると、彼の頭を上げさせた。

 

「頭上げてくれ青年」

「いいのかっ!?」

「景気いい奴だなぁ・・・まあいいけどな、だが長い時間いるわけじゃない、短期集中コースになるぜ?」

 

「大丈夫だっ!なんだってやる!」

 

 勇ましく返答を返すムンドに、ティコは微笑む。

 そのあたりの機微には敏感なのだろう、ニュイの表情がやや笑いに転じた。

 

 すると、ムンドは突然に慌て出す。

 なんだろうか、とティコが見ていると彼は自分の首飾りを外し、彼に向けて差し出してきたのだ。

 

 おおよそ、謝礼の前払いとでも言うつもりなのだろう。

 ティコはその、翡翠のような緑の宝石を金具で縁取ったネックレスをゆっくりと受け取ると、彼の目を見た。

 

 

「知ってる、純人はタダじゃ仕事を引き受けないんだろ?これあげるよ、この森の向こうの崖でたまに採れる魔法石。外じゃ結構な値段になるんだろ?御用商人が言ってるよ、ホーリーエルフの集落で作られた品は外じゃ何倍も高く売れるって」

「門外不出の技術と原材料で作られた加工品、ってとこか、なるほど受け取っておく。だがいいのか?今も首に飾ってるってこた、結構大事にしてたんじゃないのか?」

「俺は細工師だし、こんなのあっというまに作ってみせるさ!それに教えてもらうんなら、それなり値の張ったモンあげないとってさ」

 

 胸をぽんと叩いて自信げに張るムンド、ティコは笑う。

 横ではアルが、ニュイと話し込んでいた。

 

 会話の内容に耳を傾けると、ティコ自身のことを話していると分かる。彼女として、ティコが怖くない、問題のない男だということを教え込み今後の展開がスムーズに行くように尽力してくれているのだろう。

 

 ティコは一歩踏み出し、そしてふと、足元がまだぬかるんでいることを思い出す。

 

「・・・色々と教えるにゃ、今日はちと足場が悪いか」

「じゃ、じゃあ明日にでも!また明日ここに集合でどうだっ!」

「悪かない、道具も色々と必要だろうしな」

 

「そっか・・・楽しみにしてる!な、ニュイ!」

 

 ニュイに向き、目を合わせるムンド。

 彼女は今度こそ、迷いなく頷いて笑った。

 

 ムンドはニュイの手を持ち、引く。

 

 

「じゃあまた明日な!俺、絶対モノにしてみせるからさ!頼むぜティコ――― ”さん”!」

「おうまた明日な青年!そんときゃ相棒も連れてってやる!」

「ほんとか!?」

「ほんとだ!」

 

 短い受け答えを最後に、二人は離れていく。

 ティコとアルはそれを見送ると、目をそちらに向けたまま会話した。

 

「・・・ここでも退屈しなさそうですね、ダンナ」

「まあな嬢ちゃん、今まで戦闘続きだ、たまにくらいこういった・・・平和なのもいい」

 

 

 ティコは空を見て、言う。

 空飛ぶ戦車は今日も見えない。

 

 この平和な空がずっと続けばいいと願って―――

 

 

「―――また、明日か」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 ―――そこは、奈落の底まで続いていくようにも思えた。

 

 

 螺旋階段はずっとずっと、もう十分は歩いたと思う。道を歩いて十分なら、下へ下って十分はどれだけ地面の下になるのだろう、螺旋階段の壁に置かれた魔道具の灯りを指で軽く弾き、一瞬光を弱めた姿にわずかにこの鬱屈とした気分を削りながら、また彼は階段を下っていく。

 

 後ろにいるローブの女、男か、どちらともとれない。

 だが着用している装備からきっと、王国に反する――― 自分と同じ”傾き”の存在である組織”魔女の霧”の構成員だと分かるそれは、ただ何も言わずにずっと彼の後ろをついてくるだけだ。

 

 正直、気味が悪い。

 

 短めになった白銀髪はくすみ、それなり整った顔はやややつれ――― しかし憎しみと恨みを堪えている。”氷の魔術師”ウィルフレッド・シルベスターはその、中指、薬指、小指の根こそぎ欠けた右手を忌々しくポケットにしまい、左手で壁を伝いながら下っていく。

  

 

 そして更に数分下ったころ、後ろで何も言わずについてきていた構成員が、ぼそりとつぶやいた。

 

「―――粗相のないように」

 

 ウィルフレッドは後ろを振り向く、されどもうそこに彼はいない。

 目の前の景色が視界に入る前に振り向いたから、正面も見えていなかった、彼ははっと首を戻し、自身の目の前に視界を戻す。そこには先程までの退屈な螺旋階段とは打って変わり、実に広めの地下空洞が姿を表していた。

 

 

「・・・何なんだ、ってよ」

 

 愚痴じみにつぶやき、彼は地下空洞を歩いてゆく。

 地下空洞は地下らしくもない、快適な気温と空気の清浄さをもって彼を迎えてくれ、それが彼には逆に、たまらなく不気味に思えた。自分がもしかすると、虎穴に入ってしまったのではないか――― 脱獄の手助けをしてもらった見返りが、魂か何かでは洒落にもならない。

 

 固唾を呑んで、彼は歩く。

 

 するとやがて、唐突に何かが、目の前の地面からぼうっと現れるのだ。

 見えなかったのか、幻惑されたのか、されど魔法に造詣のある彼からすればそれは即ち自身の力量を上回ったということで、大変に驚いた。

 

 現れたのは”三つ”の絨毯。

 

 いや、違う。物が無造作に散らばっていたり、そこにだけ灯りが当てられたからそう見えただけなのだ、ただそれは絨毯が敷いてあるかのように、三つのスペースを形作る。決して離れるでもなく、しかし近いでもなく、ただ存在する空間。

 

 その絨毯のひとつは、きっと女性のものなのだろう。

 

 本人は不在だが女の子らしい――― しかしやや地味めのアクセサリーや服が飾ってあり、しかし、最も目を引くのは地面に直に置かれたファンシーな机の上に置かれた絵の束だ。それは”白銀鎧”を着たさる男の姿を描いており、全てが過剰なまでに凛々しく、または優しげに描かれている。

 

 その絵をじっくり見てみて、ようやくウィルフレッドは理解した。

 ”あの男”だ。能力を強化された自分と対等以上に闘い、そして今この惨めな状況に置いた張本人。

 

 あの男の片割れが、自分の指も奪った、そう想い出すとまた、その時の痛みが―――

 

 

「―――痛むかい?ウィルフレッドの坊っちゃんさ」

「・・・ッ!誰だってよ?」

 

 唐突に投げかけられた声に、ウィルフレッドは視界を動かす。

 

 声の主は、別の空間に存在した。

 その空間にあるものはベッドと灯り、ただそれだけ。

 

 過剰なまでに無駄を省いた、むしろそれ以外に必要がないとばかりに無駄のない空間。ベッドに寝そべるのは一人の、線の細い青年だ。もはや鍛えるという言葉を忘れ、ローブすら脱ぎ捨て晒す肌着にあばらが浮いているほどに筋肉量に欠ける青年、眼鏡といい、青の髪といい、見た目には実に貧弱なイメージがつきまとう。

 

「うぅーむっ!!そうだろうそうだろうっ!儂はあいにく力仕事担当であるから治してやれんが・・・ああ!ガイセリック、お前さん出来たんじゃなかったか?儂、物覚え悪いものでなぁ!あっはっはっはっ!」

「やーだよめんどくさい・・・はぁー・・・まともに話できるゼノビアがいないから、僕が話さなきゃならないのか、はぁ」

 

 ガイセリック、と呼ばれた青年に呼びかけたのはまた別の空間にいた男だ。

 

 見た目には身の丈六尺、やや大柄な赤髪の老人。

 されどその上半身を包むものは何もなく、これでもかというほどに鍛え上げられた強靭な筋肉を惜しげも無く晒し腕を組んで笑っている。見た目にも、快活で豪快、そして力に満ちている、そんな様子がありありと見て取れた。

 

 彼の空間には、体を鍛えるための道具が山程置かれている。故に他の二人より広めに取られていて、きっと先ほどまで鍛えていたのだろう、灯りは彼の筋肉の表面に少しだけ流れる汗をてらてらと照らしていた。

 

 勝手に盛り上がる二人にただ、ウィルフレッドは言葉が出ない。

 ただひとつわかること、それはこの二人を包む何か、強さの具現か、もしくは得体のしれない恐怖の権化か、それに類するものがとてつもなく強大だということだけだった。

 

「・・・ハンニバル、怖がってるみたいだから黙っててよ・・・さっさと説明して終わらせたいから・・・ああ、大きな声を出すのも面倒くさいなあ、”代わり”にやってもらうか・・・はぁ」

 

 深い、実に面倒だ、という感情を伝えるため息。

 とたん、ウィルフレッドの目の前に現れた存在、それにウィルフレッドは目を剥いた。

 

 影が集まり、形を成す、集まった影は――― ウィルフレッドの形をしていた。

 

 

「・・・俺、だってよ?」

「まあ驚かないでよ、時間の無駄だし面倒だしさぁ」

 

 影のウィルフレッドは、ガイセリックの声色をもって話す。

 更に得体の知れなくなったその存在に、ウィルフレッドはわずかな恐怖を覚えた。

 

 影は、なおもウィルフレッドを無視し話を続ける。

 されど口調は退屈そうに、辛そうに、時折ため息とあくびをはさみながら。

 

「君を助けたのはタダじゃあないんだ、ちゃんと目的があってさぁ・・・はぁ」

「目的って、なんだよ?」

「これから話すから、黙ってて・・・」

 

 ベッドに横になるガイセリックがひと睨み。

 骨の形の浮いた目元は、更にウィルフレッドの第六感を刺激する。

 

 彼はじっと黙りこくって、聞きに徹した。

 

「君は同志の中でも結構強いし、魔道具の適正のあるみたいだからさぁ・・・命を助けた見返りに、仕事してもらいたいんだよ。ちょっと面倒なホーリーエルフの集落があってさ、そこにある”大結界石”を持ってきてもらいたいのさ」

 

 あくびをひとつ、はさんで続ける。

 

「僕が行くのは面倒だし、ハンニバルは馬鹿だから魔道具の使い方忘れて数年帰ってこなさそうだし・・・だから君に任せたいと思ってさ。もちろん手ぶらじゃあない、僕達が作ったとっときの魔道具・・・君の力を”魔法使い”にまで引き上げてくれる道具とそれに、結界を一時的に無力化する道具も渡してあげるからさ・・・」

 

 はぁ、と深くため息。

 その声色には、自分が喋っていることにすら疲れと苛立ちを感じている、そんな様子が読み取れる。

 

 故にウィルフレッドは冷や汗を垂らし、つい聞いてしまいそうになる口を閉じて聞きに徹するのだ。影は数拍置くと、また話を続けた。

 

「ちょっと取ってきてくれないかな?」

 

 魔法に強い適正を持ち、閉鎖的で連携の取れたエルフの集落への襲撃の要請、それをこともなしげに”おつかい”のように要求する存在。ウィルフレッドの頭は、理解が及ばず言葉を紡げない。

 

 されどガイセリックは、そちらこそ理解できないと言った様子で頬を掻いた。

 

 

「あれ?二つ返事で引き受けるってゼノビアが言ってたんだけど・・・ああ」

 

 思い出した、と影が言い、ガイセリックは寝たままぽん、と手を叩く。

 そして影は、”女物の空間”の机の上の絵を一枚引っこ抜くとウィルフレッドに見せつけた。

 

 とたん、ウィルフレッドの口元が歪む。

 ガイセリックはそれに、にぃ、と笑った。

 

「・・・どんぴしゃだねぇ、ロイズ、君、だっけ?白銀鎧の騎士」

「忘れねぇって・・・俺の邪魔もして、指まで飛ばした・・・ッ!その片割れッ!」

「いいねぇ、いい顔だよ・・・それなら、彼が今そこにいるって言ったら、引き受けてくれるんじゃないかな?」

 

「―――ッ!」

 

 影が笑う、ウィルフレッドが歯を食いしばる。

 対象的な表情、ガイセリックもまた笑う。

 

 

 報復を待ち望んだ相手、その居場所を知った。無いはずの指が痛み、奴の指を奪えと、引きちぎれと、そう叫ぶ。ウィルフレッドは――― 彼もまた、笑う。にっと笑って、影に手を伸ばす、影もまた手を伸ばし、がっしりと手を握った。

 

「引き受けてくれたみたいだねぇ・・・はぁ、じゃあ地図とか道具とかは部下に用意させてあげるから、君はひとっ風呂浴びて、腹ごなしして休んできなよ。そしたら出発だ、ティコとロイズだっけ・・・一番の目標は、大結界石だから忘れないでね?まあ・・・どうしてもいいけど」

「あっはっはっはっ!腹ごなしも休息も戦士には重要であるからなぁ!期待しているぞ青年!儂じゃあちと荷が重いらしくてなぁ!はっはっはっ!」

「ハンニバルうるさい」

 

 にっと笑って大笑いするハンニバルに、ウィルフレッドは視線を送って思う。

 ―――誰が荷が重い、か、それだけの覇気を纏っておきながら。

 

 されどウィルフレッドは今、得た目標に胸を高鳴らせ、ぎゅっと拳を握った。

 

 

 無いはずの指はまだ痛み、しきりに叫んでいる。

 あの日に折られた肋骨は治癒を経てなお、痛みを訴える。

 

 ”村”での屈辱、その復讐の機会が与えられた、そのことが彼には嬉しくてたまらなかった。

 

 

 ―――だが。

 

「そういえば、ってよ。一ついいかよ」

「なにぃ・・・?手短にね?」

「儂でいいなら幾らでも答えようか!あっはっはっはっ!」

 

「いや、一つ聞きそびれてたってよ、ただ―――」

 

 ウィルフレッドは一拍置く。

 

 未踏の領域、危険域に踏み込んでしまうような危うさがそこにあってのことだった。だが興味と、自分がどこに足を踏み入れてしまったかということに対するわずかな怯えと警戒心が、彼にその質問をさせた。

 

 

「―――あんたら、誰だ?」

「・・・ああ、言ってなかったねぇ」

「言ってなかったなぁ!」

 

 ガイセリックとハンニバルが、目を合わせる。

 そしてウィルフレッドを共に見た時、彼はその視線に無意識に足を震わせた。

 

 それほどの覇気が、彼を包んでいたのだった。

 

 

「“魔女の霧”、首魁”三毒”が三人の一人、”怠け者のガイセリック”」

「同じく一人!”怒りのハンニバル”!」

 

 ウィルフレッドの額に冷や汗が垂れる。

 そして後ろに引いたその足は、逃げようとしたのか、それとも―――

 

 

「―――これで同じ穴の狢、っていうのかな?・・・ま、よろしくね」

「よろしく頼むな青年っ!あっはっはっはっ!」

 

 

 二人が、笑う。

 ウィルフレッドはただ、その場から立ち去るしかできなかった。

 

 

 

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