ワールドトリガー・Returner from another world   作:もりいぬ

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長らくお待たせしました。
6話にわたり続いた黒トリガー争奪戦も、これにて完結となります。



未来はもう動き出してる

 上層部との取引を見事成功させた迅と遼河は、並んで本部の廊下を歩いていた。遼河はどこか戦いの後のピリピリとした空気が抜けきっていない状態だが、迅はマイペースにボリボリとぼんち揚を貪っている。すると、2人の目の前に太刀川と風間の姿が見えた。

 

「よう、お2人さん。ぼんち揚食う?」

 

 太刀川と風間は迅から差し出されたぼんち揚を受け取り、ボリボリと噛み砕く。そのまま4人は自販機まで歩いていくと、思い思いの飲み物を買った。

 迅はコーンスープ、風間はカフェオレ、遼河はみかどみかんジュースである。太刀川は迅から袋ごと受け取った残りのぼんち揚を貪りながら、迅に不満を述べた。

 

「はぁ……意味不明なことするな、お前。何あっさり『風刃』渡してんだよ。勝ち逃げする気か?」

「いやいや、そんなつもりはないって」

「だったら今すぐ取り返してこい! そんでもっかい勝負しろ!」

「ずいぶんムチャ言うね、太刀川さん」

 

 これ以上ない強敵と戦う機会をみすみす逃したことにごねる太刀川を横目に、風間はこれまたぼんち揚をボリボリと食べ進めながら、事の顛末について説明した。

 

(ブラック)トリガー奪取の指令は、さっき解除された。最初から『風刃』を手放すつもりなら、そうすればよかったんじゃないのか。わざわざ俺たちと戦う理由が見当たらない」

「……いや、『風刃』の本領はあの時点では、本部の人間はほとんど誰も知らなかったはず。つまり、インパクトがなかったんだ。そうだろ?」

「遼河さんの言うとおりだよ。太刀川さんと風間さんを落としたから、それでやっと鬼怒田さんたちを動かせたって感じかな」

 

 風間の発言はもっともだが、実際あの時点では「風刃」の真価は玉狛所属の人間以外、まだ誰にもよく分かっていなかった。太刀川たちをまとめて倒したことで、ボーダー上層部は「風刃」の真価を初めて知ることとなったのだ。

 つまるところ、迅の狙いはそこだった。ただ全員を無理やり帰らせるのではなく、A級トップチームに圧倒的な実力を見せつけて勝利することで「風刃」の真価を知らしめ、その価値を高める。それこそが迅の言う「プランB」の全貌だった。

 ちなみに遼河がこれを聞いた時、迅に思わず2つの意味で「正気かお前」と言ってしまったのはここだけの話である。A級部隊を一掃して風刃の価値を高めるというのはまだわかるが、師匠の形見である風刃を本部に明け渡すというのは、遼河から見ても正気の沙汰ではなかった。

 

「迅。お前は『風刃』を売ってでも、その近界民(ネイバー)をボーダーに入れたいのか? お前は何を企んでる?」

 

 だからこそ、太刀川がその疑問を抱くのは当然だった。無論、迅お得意の「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」という発言を出されたらそれまでだ。

 しかし、今回は迅から極めて具体的な答えが出た。

 

「城戸さんにもそれ聞かれたなー。でもまあ、その近界民(ネイバー)──遊真って言うんだけどさ。玉狛に入った遊真が、これまたハードな人生送ってるんだ。だから、おれはあいつに『楽しい時間』を作ってやりたいんだ」

「『楽しい時間』……? それと、ボーダーに入隊するのがどう関係するんだ?」

「──おれはさ、太刀川さんたちと攻撃手トップを競ってバチバチに競り合ってた頃が最高に楽しかったんだ。そういう意味じゃ、ボーダーには遊び相手がいくらでもいる。きっとあいつも毎日が楽しくなる。あいつは、昔のおれに似てるからな。そのうちあいつは絶対上に来ると思うから、その時はよろしく」

「へぇ……。そんなにできる奴なのか。ちょっと楽しみだな」

 

 迅が自らの経験を語ると、それを聞いた遼河が少し意外そうな顔をした。迅が今のボーダーの中でも屈指の実力を持っていることは疑う余地もなかったが、攻撃手トップを競り合っていたというのは遼河にとっては初耳のことだったからだ。

 太刀川は迅の言葉を聞くと目を滾らせ、静かに、されど楽しそうに笑った。太刀川慶という男は、どこまでも強者との戦いを喜びとするバトルジャンキーなのだ。

 しかし隣の風間はそれでも理解できなかったようで、首を傾げた。

 

「……俺にはいまいち理解できないな。そんなことで、争奪戦であれだけ執着した『風刃』を手放すのか……? あれは、お前の師匠の形見だろう?」

「形見を手放したくらいで最上さんは怒んないよ。むしろ、ボーダー同士の喧嘩が収まって喜んでるだろ」

 

 風間の発言に対する迅のその解答を、遼河は否定しなかった。

 かつての最上宗一という人間を知っている遼河からしても、もし最上さんが生きていれば、そうしただろうという確信があったからだ。しかし、そう語る迅の瞳に、僅かな悲しみがあることを遼河は見逃さなかった。

 するとここで迅が、ある報告をした。

 

「あ、そうそう。おれもう『S級隊員』じゃなくなったし、ランク戦復帰するよ。とりあえず、個人で攻撃手(アタッカー)1位目指すからよろしく」

「……そうか! もうS級じゃないのか! そういやそうだ! お前それ早く言えよ! 何年ぶりだ!? 3年ちょっとか!? こりゃあ面白くなってきた!! なあ、風間さん!!」

「面白くない。全然面白くない……」

 

 迅のランク戦復帰という事実を聞いた2人の反応はまさしく対照的だ。

 太刀川は迅という好敵手の復活に大喜びだったが、風間は心底面倒そうな顔をしていた。

 

「それに、そろそろ遼河さんにもリベンジしないとね」

「へぇ、俺を超えるつもりか?」

「もちろん」

「そういや、お前迅と一緒にいたよな。誰だ?」

 

 太刀川の発言を聞いた3人は、一斉にずっこけた。

 ──この太刀川慶、強者以外の名前を碌に覚えようともしないほどには脳みそが空っぽなのだ。DANGERという英単語を「ダンガー」と読んだ、と言えば彼の物覚えの悪さがわかるだろう。なんなら私生活も壊滅的で、きな粉餅を食べるときな粉をこぼしまくるのでボーダー内できな粉餅を食すことを名指しで禁止されてしまっている。

 総じて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが太刀川慶という男なのだ。

 

「──太刀川。お前はそろそろ人の名前を覚えるくらいしたらどうだ?」

「えー」

「太刀川さんは変わんないな。遼河さん、もう1回自己紹介しといてよ」

 

 遼河は「またやるのか」と思いながらひとつため息をつくと、再び自己紹介をした。

 

「……月城遼河。玉狛所属、B級のフリー。トリガーは弧月」

「B級? 迅とやり合えるということは、B級の器じゃ収まらないだろう」

「最近復帰したからね。形式上そうってだけで、めちゃくちゃ強いよ。なにせ、忍田さんの一番弟子だし」

「はぁ!?」

 

 迅のこの爆弾発言によって、遼河は太刀川に完全にロックオンされてしまった。

 ──そのせいで、しばらくの間遼河には太刀川から「忍田本部長の弟子同士どっちが強いか勝負だ!」としつこく付きまとわれる未来が訪れることになる。

 それによって、遼河の頭の中で「太刀川=頭のおかしい戦闘バカ」という認識がなされるというのは、また別のお話。

 

 

<Side:遼河>

 

 太刀川さんや風間さんとの会話を終えた俺たちは、玉狛へと帰った。

 今日は小南たちは出払っているようで、居間では三雲、空閑、宇佐美、そしてあやめの4人がマカロンをほおばっていた。

 

「あ、迅さん。それに遼河さんも! おかえりー」

「お疲れ様です」

「あれ、遼河くんいつの間に迅さんと一緒だったの?」

「ちょっとばっかり用があってな」

 

 テーブルに置かれていたマカロンを1つ口に放り込む。

 ……うん、美味い。あやめ謹製のマカロンは、一仕事終えた身体には程よい甘さだ。

 

「迅さん、最近いなかったけどどうしてたの?」

「実力派エリートはあっちこっちに引っ張りだこなんだよ。そうだ、遊真。ボーダーのトリガーにはもう慣れたか?」

「うむ。しおりちゃんにいろいろ教えてもらったからな。こなみ先輩に勝ち越す日も近い」

「それなら、こういうのはどうだ? 小南に引き分け以上に持ち込めたら、俺と戦う権利をやる」

「おお、それはアツい。こりゃ、さっさと勝ち越さないとな」

 

 空閑はどうやら俺の提案でやる気になったらしい。というか、少なくとも小南と引き分けになるくらいじゃないと勝負にならないだろう。

 そもそも、俺が言わなくても小南が勝手に「遼河さんと戦うならまずあたしに勝ってからにしなさい!」とか言いそうだし。

 

「メガネ君はどう? 訓練進んでる?」

「えーとその、ぼちぼちです……。特訓メニューは組んでもらってるんですけど」

「とりまるくんはバイトで忙しいからねー」

「ま、京介は教えるの上手いから大丈夫だろ。鍛えろよ、若者! あっという間に本番が来るぞー。それじゃ、おやすみ~」

「お疲れ様です」

「おやすみなさーい」

 

 迅が2階へと去っていった後、俺は宇佐美たちから離れたところに座り、息をつく。

 ──さすがボーダートップチーム、(ブラック)トリガーとやり合える精鋭だけあってこれまでの相手とはレベルが違う。今日1日だけで、1か月分の戦闘をした気分だ。

 すると、隣に誰かが座った。それが誰かなんて、振り向くまでもなくわかる。

 

「……あやめ」

「大丈夫? 遼河くん」

「……ああ。少し疲れただけだ」

 

 そういった俺の頬を、あやめが小突く。愛嬌たっぷりのその動きに、少し心が癒された。

 

「疲れたら、ちゃんと休まないとだめだよ?」

「分かってる。今日はもう寝るよ。おやすみ」

「おやすみなさい。またあした!」

 

 俺は階段を上がる。そこでふと気になって迅の部屋を見ると、ドアが半開きのままだった。

 ──その時なんとなくだが、迅はまだ寝ていない気がした。

 

(……少し、話し相手になってやるか)

 

 そう思ってひっそりと中に入ると、案の定迅は寝ていなかった。

 迅は俺が入ってきたことに気づいたようで、ゆっくりと身を起こす。

 

「遼河さん?」

「いくら未来が見えるからと言って1人で背負いすぎだろう? 迅。それに空閑のためとはいえ、そんな簡単に『風刃』を手放してよかったのか? あれは、最上さんそのものだろ」

 

 ──(ブラック)トリガーの出力が、他のトリガーと一線を画す理由。

 それは、(ブラック)トリガーというトリガーが優れたトリオン能力の持ち主が、死後も自分の力を残すために()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に他ならない。しかも意図的に作ろうとしても成功するとは限らない。むしろ、失敗する可能性の方が高いのだ。

 だがそうして作られた(ブラック)トリガーの戦闘能力は、通常のトリガーとはまず次元が違う。使用者を選び、性能が制作者の意識を色濃く反映するゆえに性能が極端になりがちという難点はあるが、正直なところそんなのは気にならない。

 理由はシンプルで、強すぎるからだ。ハッキリ言って、普通のトリガーと比べるのがおこがましいレベルで。今回のA級トップチームと迅1人の対決で、迅がほぼ無傷でA級トップチームを圧倒したという事実からも、(ブラック)トリガーの異常な強さが分かるだろう。A級は、500名以上にもなる全ボーダー隊員の中でもたった30人程度しかいない精鋭だ。その精鋭複数名をあっけなく退けた「風刃」がどれだけ強いかは想像に難くない。

 それに向こうの戦争では「勝利寸前まで相手の国を追い込んだ大国が、たった1本の(ブラック)トリガーによって逆に撤退まで追い込まれる」なんてことは珍しくないらしい。それを考えると、今俺がこうしてここに立っているのは幸運というものだろう。なにせ、今までに俺は2人の(ブラック)トリガー使いと戦って、そのことごとくを生き残ってきたのだ。普通の兵士なら2回どころか5回は死んでいたに違いない。

 

 だが正直なところ、「風刃」の能力自体は向こうで俺が見てきた理不尽極まりない(ブラック)トリガーの数々と比べると地味だ。しかし、迅の未来予知と「風刃」の相性がその性能を反則レベルにまで引き上げている。なにせ相手の動きを予知して斬撃を設置しておくだけで相手が勝手に即死トラップにかかってくれるのだから。

 そして迅の「風刃」は、迅の師匠であり、かつての俺たちの仲間だった最上さんが命をかけて作り上げた(ブラック)トリガーだ。大袈裟でもなんでもなく、「風刃」は最上さんそのものと言ってもいい。

 そんなものを手放して、迅の心は平気なのだろうか。いや、平気なわけがない。

 

「……相変わらず、見透かしてくるな」

「昔からだろ」

「それもそっか」

「ハッキリ言え。正直なところどうなんだ」

 

 俺のその発言で、迅の表情が暗闇の中で少し翳ったのが分かった。

 

「正直ちょっと……いや、結構しんどい。遼河さんの言ったとおり、『風刃』は最上さんそのものだから。でも『風刃』を本部に渡すことが、この先の未来で絶対重要になる。おれのサイドエフェクトが、そう言ったからさ」

「……そうか」

「だから──大丈夫だ。未来はもう動き出してる

 

 その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようだった。俺はそんな迅の姿に、なんと言えばいいか分からなかった。多分何を言っても、のらりくらりと躱されるに違いない。それが「迅悠一」という男なのだから。

 だから俺は、1つだけ質問をすることにした。

 

「迅。1つだけ、教えてくれ」

「どうした?」

「お前の今見えてる未来に、俺の姿はあるか?」

「あるよ。もちろん」

 

 即答だった。

 ……よりよい未来のために、自らをも犠牲にする。未来が見える故の重責を背負うその姿は、とてもじゃないが俺と同い年の青年の姿とは思えない。

 だから俺のできることは、結局のところ1つだけだ。

 

「だったら、俺はそれに最後まで付き合うさ」

「ありがとう、遼河さん」

「今日はよく休め。俺以外の人間に悟られないようにな」

「分かってるよ。おやすみ」

 

 そして次の日。いつも通りの時間に目を覚ました俺のスマホに、1件のメールが届いていた。差出人の欄は、「風間蒼也」とある。

 

(風間さん……?)

 

 風間さんとは、出会った後に一言二言交わして連絡先をもらったくらいなのだが。とりあえず、メールを読んでみることにした。

 

「えーと、『時間があるときに風間隊の隊室に来い。お前に会わせたい人間がいる』……? どういうことだ?」

 

 時間ならあるので、今日の午後にでも行ってみることにした。ちなみに追伸があり、そこには「太刀川に気をつけろ。朝からずっとお前を探しているからな。見つかればブースに引きずり込まれるぞ」とあった。

 

(……太刀川さんには用心した方がよさそうだな)

 

 そう思いながら俺は「今日の午後に行きます」とメールを送ると、日課のジョギングへと繰り出した。

 

 

 





というわけで次回、第1話から仄めかされていた「彼女」との関係が明らかになります。

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