ワールドトリガー・Returner from another world 作:もりいぬ
ここまでのストーリーでお察しな方も多いと思われますが、戦闘描写はかなり大雑把です。
なお、今話は全編三人称視点でお送りします。
風間が遼河を連れ立って訓練室へ入っていくのを見た修は、たまらず京介に声を掛けた。
「烏丸先輩、その、さっき風間さんが言っていた『約束』というのは……?」
「修との模擬戦に対して口出ししない代わりに、模擬戦が終わった後自分とも戦ってもらう。そういう約束だったらしい」
「どうして、遼河さんが風間さんと……?」
京介が語った約束の内容に対して疑問を呈したのは、木虎だった。
木虎からすれば、なぜ自分との模擬戦を引き合いに出すのかが理解できない。木虎は遼河と会って日は浅いが、「月城遼河」という隊員が自分の実力を誇示するタイプの人間ではないことをよく分かっていた。だからこそ、余計に分からない。
その疑問に答えを出すように、京介が言葉を続ける。
「修たちのためだ」
「ぼく達の……?」
「遼河さんが言うには、今の修たちには目指すべき強さのレベルが分かっていない。だから、自分が風間さんと戦うことで修たちに明確な目標を見せたかったらしい」
「なるほど……」
修はそれを聞いて、「確かに」と思わされた。
今の自分たちには“遠征に行くためにA級になる”という明確な目標がある。そのために遊真や千佳と部隊を結成する運びになってはいるが、今の自分にはまだA級のレベルが分からない。A級の戦闘を見たのは三輪隊が遊真と戦った時のことくらいで、A級隊員1人1人の強さまでは詳しくない。遼河が言いたいのは、「ならば自分がその標となろう」ということなのだ。
ならば、今の自分にできるのは今目の前で始まろうとしている戦いをしっかり目に焼き付けることだろう。
そう判断した修は、遼河と風間の戦いを見逃さないようしっかり目を凝らすのだった。
──────
訓練室の中は、程よい緊張感に包まれていた。相対するのは、ボーダー最上位の
本部における「
忍田本部長の一番弟子にして、
どちらも、
2人はただ、試合開始のアナウンスを静かに待つ。そして、ついにその時が訪れた。
<風間VS月城。模擬戦、開始>
開始のアナウンスが聞こえると同時に、風間の姿が遼河の視界から消える。カメレオンだ。
カメレオンは使っている間、防御ができない。だが遼河は修と違い、弾トリガーをセットしていない。それどころか、遼河の使える攻撃手段は「弧月」1本だけだ。見えない相手を正確に切り裂くなど、無謀という他ない。ましてやそれが風間のような高機動タイプのアタッカーなら尚更だ。普通の
……そう、
(……!!)
姿を現すと同時に振るわれたスコーピオンの切先を、遼河が弧月で受け止める。
修が一切捉えられなかった奇襲攻撃を、遼河は何でもないかのように防いだ。当然だろう。修と遼河とでは、相手の動きを見てからの反応速度に天と地ほどの差がある。だが、
そのまま遼河がカウンター気味に振るった弧月を、風間は二刀のスコーピオンを上手く使って受け流した。
(さすが風間さんだな)
攻撃を受け流された遼河は心の中でそう呟く。
というのも本来、
自由度の高さと高速戦闘を意識したデザインであるがゆえに、スコーピオンは他の武器と打ち合うと簡単に刃毀れしてしまう。スコーピオン同士ならともかく、圧倒的な剛性を誇る弧月と打ち合った日には大抵スコーピオンの方が刃毀れするか、下手を踏めばそのままかち割られる。
だが風間はそうではない。風間の高い受け流しの技術が、スコーピオンを刃毀れさせることなく弧月を止めることを可能にする。スコーピオンの性質、耐久値の限界、受け流しの手法のすべてをよく理解しているからこそ実現できる高度な技だ。並の隊員が受け流しを試みても、一方的にスコーピオンごと斬り殺されてそのまま終わってしまうことだろう。
実際、遼河は風間を仕留めるつもりでカウンターを放っていた。遼河が弱いのではない。そのカウンターを綺麗にいなした風間の技術が高いのだ。
「やはり防ぐか」
「このくらい、当たり前でしょう」
無論、2人の戦闘はこの程度で終わるわけがない。それはお互いが一番分かっている。先の攻防は、軽いジャブのようなものだ。
風間は続けて遼河の懐へ飛び込むと、スコーピオン二刀流でのインファイトを仕掛ける。対する遼河は弧月1本だ。1本の剣と2本の刃、手数でいうのならば間違いなく2本の刃が勝ることだろう。しかし、遼河は1本の剣で風間の持つ2本の刃の攻撃を的確に防ぎつつ、虎視眈々と反撃の機会をうかがっている。
風間からすれば、遼河との戦闘における最適解は「
だからこそ風間は2本のスコーピオンでひたすらに、絶え間なく、遼河に負荷をかけ続けている。遼河を相手にした場合はそれが理論的に最も勝率の高い戦法だと、風間はよく理解していた。
一方の遼河はそんな猛攻を受けながらも、顔色1つ変えていない。風間の電光石火の連撃を防ぎ、いなし、凌いで、切り込む隙ができるのを待っている。近距離のせめぎ合いというのは先に攻めた方が有利という認識が一般的かもしれないが、遼河からすればそうではない。
──いくらトリオン体が疲れを感じないとはいえ、攻撃のパターンには必ず限界が来る。さらに言えば、「もし急にパターンを変えられたとしても自分なら対応できる」という自負が、遼河にはあった。
地面からせり出してきた刃を、小さくバックステップして躱す。風間の得意技、「
しかし、そうやすやすと身体を貫かれるほど遼河は鈍い人間ではない。
そして風間が不意打ち気味に放った肘からの鋭い一撃が、遼河の左頬を掠めた。
(……!)
ここで初めて、遼河の表情が変化する。しかしすぐに元の真剣な表情に戻ると、遼河は弧月を逆手にして瞬時に弧月を一振り、さらに順手に持ち替えて返し刀を放った。
瞬きよりも早い怒涛の連撃で、風間のスコーピオンが叩き割られる。それでもどうにか受けきることには成功しており、トリオン体に傷は無い。
だがこの瞬間、風間は
そしてそれは──風間の攻撃ターンが終わったことを意味する。
「行くぞ」
その静かな呟きと同時に、風間と遼河の間にあった間合いが0になる。
遼河は自らをグラスホッパーで射出し、その射出の速度も乗せた剣戟で風間に斬りかかったのだ。スラスターの加速ほど急ではないとはいえ、遼河ほどの剣の達人の技術とグラスホッパーの勢いが重なった剣の一撃の威力は極めて高い。風間は防御に回したスコーピオンを叩き割られ、上半身にダメージを負う。切り込み自体は浅かったが、一度傷をつけられてしまった以上──この戦いはもう遼河のペースだ。
「くっ……!」
今度は風間が防戦一方になる番だった。しかし先にも言ったとおり、スコーピオンはとにかく脆い。それゆえに、防戦一方に入ってしまうと急に弱くなってしまう。風間はどうにか隙を見つけて切り込もうとするが、弧月一刀流とは思えないほどの常軌を逸した攻撃速度で連撃を放ってくる遼河の猛撃を防ぎ切るので精一杯で、反撃に転じるどころか距離を取る余裕すらない。攻められても表情を変えることのなかった遼河と対照的に、風間の顔には僅かではあるが「これは厳しい」とでも代弁するかのような表情が浮かんでいた。
もしこれが迅なら、未来を読んで隙が生まれる瞬間を探すことができたかもしれない。小南なら、双月で受けつつメテオラで牽制して無理矢理距離を取る手法を用いることができたかもしれない。
しかし遼河は、その迅や小南相手に平均勝率6~7割を誇り、「No.1
ましてや風間の攻撃手段はスコーピオンだけだ。迅のように未来を見ることはできないし、小南のように弾トリガーで牽制することもできない。カメレオンで離脱しようにも、カメレオンを発動する際にはトリガーを使えない。こんな状況で使おうものなら「殺してください」と言っているようなものだ。
その時、遼河が風間に対して蹴りを入れる。剣戟の間に織り込まれるようにして自然に、されど勢いよく放たれた鋭い蹴りは風間の腹部にクリーンヒットし、風間は強烈に吹っ飛ばされてしまう。風間は吹っ飛ばされてから1秒足らずでその蹴りの理由を察するが、察したころにはもう遅い。風間が体勢を立て直した時点で、遼河は必殺の構えに入っていた。
というより遼河からしてみれば、守りから攻めに転じた時点で勝ちのパターンは構築されていた。あとは、
そして今、遼河が勝つための条件はすべてクリアされた。
今しがた勢いよく吹っ飛ばされた風間と遼河の間の距離は、数字にしておよそ8m前後。スコーピオンでは絶対に届かない間合いだ。
ここからスコーピオンを投げようにも、もう既に遼河は弧月を振り始めている。投げたスコーピオンが命中するより、弧月を一閃される方が圧倒的に早い。
さらに言えば、これから遼河が放つ一撃はシールドではまず防げない。受け流そうにも、弧月ならともかくスコーピオンでは耐久不足だ。
カメレオンで透明になろうにも、自身の当たり判定までは消せない。そもそも透明化するまでには僅かではあるが時間がかかる。視界から逃れるにはあまりにも遅い。
つまるところ、風間はあの蹴りを受けた時点で──
「旋空弧月」
──問答無用で、詰んでいた。
<戦闘体活動限界。風間ダウン>
──────
修は、目の前で繰り広げられた激闘をただ茫然と見ていることしかできなかった。それはA級隊員である木虎も同じなようで、木虎は途中から口が開いたままだった。戦場を経験した遊真ですら、これほどのハイレベルな戦いを見たのは久しぶりの事だった。
戦闘時間自体は、僅か1分半。だがその1分半の間に、
同時に修たちは、いやでも理解させられることになった。
──「自分たちが遠征に行くためには、少なくとも風間とやり合えるレベルにならなければならないのだ」と。
そして、模擬戦を終えた遼河と風間が出てくる。
「時間を取らせて、すいませんでした」
「元は俺が言い出した事だ。気にしなくていい」
2人は換装を解除し、どこかへと去ろうとする。
その背中に、遊真が声を掛けた。
「あれ、かざま先輩は結局おれと戦ってくれないの?」
それを聞いた風間は首だけ振り返ると、鋭い視線で遊真を見据える。
「……お前は訓練生だろう。勝負がしたいのなら──
それだけ言い残すと、風間は去っていく。
その時、そういえばといった表情をしながら遼河は修たちに声を掛けた。
「俺は風間さんたちと一緒に行くよ」
「あ、はい。お疲れ様です」
遼河は小走りで風間の背中を追いかける。
まもなく遼河と風間は一連の戦いを見届けていた歌川・菊地原両名と合流すると、風間隊の隊室へと戻ることにした。その道すがら、菊地原はブツブツと先の戦いに対する批評を述べる。
「あんなのと引き分けちゃダメでしょ。ぼくなら100回戦って100回勝てる。あんなパッとしないメガネ相手なんて」
「そうか? 遅い弾で空間を埋めるとか、いい作戦だったと思うが……?」
「あれは訓練室だからできたことだ、歌川。実戦じゃ通じない」
「そうですよ。最後の1回だって、1回両防御してから刺し返せば勝ちだったのに」
なおもぶうぶうと文句を垂れる菊地原に対して風間は静かに笑うと、短く答えを返した。
「──そうだな。張り合ってカウンターを狙った俺の負けだ」
「珍しく、熱くなり過ぎたみたいですね」
「ああ。完全に読みを通された」
「もう、しっかりしてくださいよ風間さん」
「だからなんでお前はそんなに偉そうなんだ……」
そんないつも通りの会話を繰り広げながら、4人は風間隊の隊室へと戻ってきた。
小綺麗な隊室ではすでに歌歩が飲み物を「4つ」用意して待っており、まるで遼河がここへ戻ってくることを最初から分かっていたようだった。
「お疲れさまです」
「ああ、今戻った」
遼河たちはソファーに腰掛けると、思い思いの飲み物を選び、口にする。風間は真っ先に牛乳を取った。いつものことだ。
最初はなぜ風間隊の隊室に牛乳が常備されているのか分かっていなかった遼河だったが、何度も入り浸っているうちに、歌歩経由で「風間の好物だから」ということを知って少しクスッとしてしまったのはここだけの話である。そうして馴染んでいくうちに、いつの間にか風間隊ではないはずの遼河が風間隊の隊室にいることに誰も違和感を持たなくなっていた。
しばらくくつろいだ後、遼河は風間隊の隊室を後にするべく席を立つ。そのタイミングで、遼河は風間に問いかけた。
「風間さん。改めて三雲のこと、どう評価します?」
「あの時も言ったが、弱い。戦っている最中、三雲からは才能も怖さも感じなかった。だがあいつには、人の動きを掴む能力がある。──『持たざる者』が知恵と工夫でどこまでやれるのか、これからが楽しみだな」
「珍しいですね、風間さんがそこまで評価するなんて」
「思ったことを言っただけだ」
「……そういうことにしておきます」
会話を終えた遼河は歌歩に「またな」と言い残すと、風間隊の隊室を後にする。
──今度、修たちに何か買ってやろうか。そんなことを考えながら、遼河は住み慣れた玉狛支部への帰路につくのだった。
Q.トリオン体の蹴りってそんな吹っ飛ぶの?
A.弓場がROUND8で辻に蹴りを入れており、作中の描写的に家2~3軒分は吹っ飛んでいるのでクリーンヒットすれば10mちょっとは吹っ飛ぶかと思われます。