ワールドトリガー・Returner from another world   作:もりいぬ

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今更ながらワールドトリガーの二次創作小説です。
拙作ではありますが、読んでいただければ幸いです。



帰還者編
異世界からの帰還者


 2013年11月のある日。人口23万人の都市であるここ三門市では、特産品であるみかどみかんの収穫期を迎えるとともに山を覆っていた紅葉が落ち始め、冬の接近を感じさせる冷たい風が吹き始めていた。

 しかし、今日は何かが違っていた。1つの(ゲート)が三門市の外れに開いたのだ。しばらくしてその(ゲート)から、1人の青年と1人の少女が降り立つ。青年は展望台から見える三門市の景色を一望した後、静かに呟いた。

 

「懐かしいな、なにもかも……」

 

 青年の隣に並んだ茶髪の少女は、青年に倣って景色を一望し、未知の光景に心を躍らせていた。

 

「ここが、玄界(ミデン)……なんだよね」

「ああ。やっと──やっと帰ってこれた」

 

 青年は感慨深そうに言う。その言葉には、青年の積年の想い全てがこもっていた。

 

「紹介するぞ、アイリス。ここが俺の故郷、三門市だ」

「遼河くんの生まれた場所……。すごくいいところだね」

 

 少女のその言葉に、「遼河」と呼ばれた青年──月城遼河は顔を綻ばせる。

 彼は今まで「ある事情」により()()()()()()()()()()を旅しており、今日ようやく故郷に帰ってくることができたのだ。彼がこうして三門市の大地を踏みしめるのは遼河の体感でおおよそ5年ぶりのこととなる。

 帰ってきた喜びをかみしめる遼河に、アイリスと呼ばれた少女は問いかけた。

 

「これから、どこへ行くの?」

「ボーダーに行く。場所くらいなら覚えてるからな」

「ボーダーって、遼河くんが前に戦ってた場所の名前……だったっけ?」

「場所というか、組織だな。ボーダーはアイリスみたいな近界民(ネイバー)とも仲良くしてた。きっと、アイリスのことも受け入れてくれる」

 

 今遼河に「アイリス」と呼ばれたこの少女は正真正銘の近界民(ネイバー)、言うなれば異世界人だ。

 彼女は遼河が近界(ネイバーフッド)を旅する中で出会い、近界(ネイバーフッド)の国々を共に巡った、いわばパートナーと言える存在だった。

 

「あまり時間はかけたくないな。……よっと」

「わっ」

 

 アイリスは遼河に持ち上げられる形になる。所謂、お姫様抱っこだ。アイリスは一瞬驚いたが、嬉しさが勝ったのかすぐに蕩けたような笑顔になる。

 

「……えへへ」

「──トリガー、起動(オン)

 

 その言葉と一緒に、一瞬だけ遼河の身体が光る。

 

「ちょっと急ぎたいから、飛び降りるぞ。しっかり掴まってるんだ」

「うん!」

 

 遼河はアイリスを抱えたまま、人とは思えない跳躍力で展望台から飛び降りる。何の苦もなく着地する。その姿は、傍から見ればさしずめ姫を助けに来た勇者のようだった。幸いなことに周囲に人はいなかったので、注目を集めることはなかった。

 そして遼河はボーダーを目指し、記憶のままに街を走り抜けていくのだった。

 

 

 やがて遼河は、三門市を流れる川に差し掛かったところで換装を解除した。遼河が5年ぶりに見た三門市の街並みは変わらず賑やかだった。そのタイミングで遼河は急ぐことはないと思い、アイリスを降ろすと、一緒に歩きながらボーダーを目指すことにした。

 遼河にとっては懐かしくも見慣れた景色だったが、地球の文明にふれたことのないアイリスにとっては、ただ街を歩くだけでも新しい発見の連続だった。

 

「遼河くんの故郷って、すごくにぎわってるんだね。わたしの故郷とか、今まで一緒に行ってきた国とは大違いだよ」

「向こうはトリオンの技術が発達してるけど、こっちはそうでもないからな。でも、資源は向こうとは比べ物にならないくらいあるし、人だって何倍も数がいる。だから、向こうみたいに資源が足りなくてずっと戦争してるなんてことはあまりないんだ」

「ほえ~……。遼河くんから話は聞いてたから、どんなところなんだろうって気になってたけど……こんなにすごいところなんだね」

玄界(ミデン)は科学の力で進歩してきた世界だ。だから、トリオンの技術はあまり発達してない。俺みたいにトリガーを持ってる人っていうのは珍しいんだよ」

「そうなんだ~」

 

 住宅街を川に沿って歩きながら、アイリスが感心したように語る。

 近界(ネイバーフッド)で生まれ近界(ネイバーフッド)で育ち、そして遼河とともに様々な近界(ネイバーフッド)の国々を旅してきたアイリスだが、トリオンに頼らず「科学」というものの力で成長してきた玄界(ミデン)という遼河の生まれ故郷は未知の世界であり、興奮冷めやらぬ場所と言ってもよかった。

 まもなく、2人は川の近くに差し掛かる。遼河の記憶が正しければ、川を上流へと遡っていけば自分の見知ったボーダーの基地があるはずだった。そしてしばらく歩いて、遼河は足を止める。

 ──三門市に流れるとある川のど真ん中。建っているのは遼河の記憶よりもやや古びた外見の建物。遼河の記憶の中のボーダーは、確かにそこに残っていた。

 

「ねえ、ひょっとしてあれがボーダー?」

「そうだ。よかった──残ってたんだ」

「よかったね、遼河くん!」

「……ああ」

 

 まもなく遼河とアイリスは、玉狛にあるボーダー基地の入口の前に辿り着く。久しぶりのボーダーに少し緊張しながらも、遼河はドアを開けた。

 ドアが開いた音に反応してか、中からメガネをかけた女性が顔を出す。少なくとも遼河は知らない顔だったが、5年も経っているのだから1人か2人くらい知らない顔がいても仕方ないだろう、と頭の中を整理した。

 

「あれ、誰か帰ってきたと思ったら……。ハッ、もしかしてお客さん!?」

「一応、そうなるか……?」

「ち、ちょっと待ってて! すぐお菓子の準備するから!」

「あ、あの……。そこまでしてもらわなくても」

「いいからいいから! ほら、入って入って〜!」

 

 押しの強い眼鏡の女性に半ば強引にボーダー基地の中へと招待された2人は、リビングのソファーに案内される。テーブルには煎餅が用意されていた。

 メガネの女性は、ソファーに腰掛けた2人を歓迎ムードで出迎える。

 

「ほらほら、食べて食べて! お客さんは久しぶりだねぇ。歓迎するよ~。ところで、さっきから全く煎餅に手を付けてないけど……まさかっ、どら焼きの方がよかった!?」

「ああいや……。せっかくだし、頂くさ」

「あ、その、いただきます!」

 

 遼河とアイリスはテーブルの上に置かれていた煎餅を一つ掴み、口に運ぶ。遼河は久方ぶりの煎餅に舌鼓を打ち、アイリスは今まで食べたことのない食べ物に興味津々のようだった。

 傍から見ると非常にオーバーなリアクションをするアイリスに対し、メガネの女性は少々戸惑っている。

 

「ん~! おいし~!」

「そ、そんなにかな……?」

「はい! わたし、これを食べるの初めてなんです!」

「えっ、煎餅食べたことないの!?」

 

 煎餅を食べたことが無いと堂々と語ったアイリスに対し、メガネの女性が目を見開く。

 アイリスの発言は当然のものだった。近界民(ネイバー)からすれば「煎餅」なんて食べ物は見たことも聞いたこともない未知の食べ物だ。遼河はどうにか相手を納得させる言葉を捻りだそうとした。

 

「あぁすまない。……彼女は元々外国生まれでな。煎餅を見るのは初めてなんだ」

「あ、そーいうこと。納得納得」

 

 今ここでアイリスのことを「近界民(ネイバー)です」と堂々と宣言するわけにもいかなかった遼河は、苦し紛れにアイリスは外国人だと弁明した。弁明の内容は自分でも無理がある気がしたが、どうやらメガネの女性は遼河の発言を信じてくれたようだった。

 やがてそのメガネの女性は「あ、そうだった」と言わんばかりの顔をすると、2人に自己紹介をする。

 

「自己紹介がまだだったね。アタシは宇佐美栞。ここのオペレーターやってるんだ」

「月城遼河だ」

「わたしはアイリスです! ここには今日来ました」

「遼河さんに、アイリスちゃんかー。よろしくね」

 

 ニコニコ顔で名乗った宇佐美栞というその女性に対し、遼河とアイリスも名乗りを返した。

 

「それで、オペレーターと言っていたが……?」

「あ、もしかして知らない? そうだねー、簡単に言えば、隊員たちのバックアップかな!」

「なるほど、理解した」

 

 栞の言うオペレーターというのは非戦闘要員であり、戦場における通信兵みたいなものだ。同時に、自分がいない間にオペレーターとやらに人員を割く余裕ができたのかとも遼河は思う。

 やがて皿の上の煎餅がすべてなくなった頃、徐に遼河は立ち上がり、2階に続く階段を上がろうとした。全く迷いなく2階へ上がろうとする遼河を見た栞が、そこそこ慌てた様子で遼河を呼び止めた。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って! どこ行こうとしてるの!?」

「どこって……俺の部屋だが?」

「へ?」

「……うん?」

 

 遼河と栞が同時に固まる。ここで遼河は初めて、自分の認識がおかしいことに気付いた。

 冷静に考えれば当たり前のことだ。遼河と栞はこの場が初対面なのだから、遼河がかつてここに住んでいた事実など知っているはずもない。

 

「宇佐美、だったか? ここにいるほかの隊員は、誰がいる?」

「えっ? ──えーと、私以外にはレイジさんに京介くんに、こなみ。あとは……迅さんかな。って、さらっと話しちゃったけど……あれ?」

 

 唐突に他の隊員たちの名前を挙げるように言われた栞は話の筋が掴めず、困惑する。

 しかし遼河は、その言葉で天啓を得た。1人は知らないが、残りの3人はずっと昔から知っている名前だったからだ。名前を聞いた後の遼河の判断は、驚くほどに素早かった。

 

「レイジさん、小南、迅。この3人の誰かにすぐに電話を繋いでくれ。それで解決する」

「え? それはいいけど……なんで?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うーん……?」

 

 栞は困惑しながらも、誰かに電話をかけ始める。まもなく栞は誰かと少し通話した後、遼河にスマホを渡した。

 

「ええと、とりあえずこなみに繋いだけど……。これでいい?」

「ああ。ありがとう」

 

 携帯を受け取った遼河は、懐かしい相手との対話を始めた。

 

「今代わった」

「そんなの声で分かったわよ。で? あたしと話したいなんて言ってるらしいけど、そもそもあんた誰なわけ?」

 

 そうして電話の向こうから聞こえてきたのは、5年ぶりに聞く勝気で、どこまでも負けず嫌いな後輩の声だった。まったくと言っていいほど変わらないその声に、遼河は思わず笑みをこぼす。喋り方こそ勝気になっていたが、それでも遼河にとってはとても聞き慣れた声だった。

 

「……ちょっと見ない間にずいぶん勝気になったみたいだな」

「はぁ?」

「まあ、なんだ。久しぶりだな──小南。こうして話すのは5年ぶりか?」

 

 向こうの方でガタン、という音がした。何かを落としたか、何かをぶつけたのだろうと遼河は推測する。

 まもなく発せられた小南の声は、誰がどう聞いても震えていた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。5年ぶりって──もしかして……っ!」

「小南の思ってる通りでいいと思うぞ」

「──!! 今どこ!? 玉狛!? 玉狛なの!?

「あ、あぁ。玉狛だけど」

「ちょっと待ってなさい! すぐ行くから! 10分以内に行くんだから!!」

 

 小南はそれだけ叫ぶと、通話を一方的に切ってしまった。遼河は栞にスマホを返す。宇佐美はいまだに困惑したままだった。

 

「ええと、話が見えてこないんだけど……。何の話してたの?」

「ああ、少し昔話をしててな。10分以内に帰ってくる、とか言ってたぞ」  

「ひょっとして、こなみと知り合いだったりする?」

「昔、ちょっとな。まあ、詳しくは小南から聞いてくれると助かる。俺のことを言うには、まだ早いだろうし」

「う、うん……」

 

 困惑する栞をよそに遼河は2階へと上がり、ある部屋の入口前で止まる。その部屋のドアに貼りつけられたネームプレートはほとんど読める状態ではなかったが、まだうっすらと「月」という字を読むことができた。

 

「……ここに来るのも、久しぶりだな」

 

 ガチャリとドアを開け、中に入る。5年ぶりに入った自分の部屋は私物こそなくなっていたものの、誰かが掃除してくれていたらしく、埃らしいものは見当たらなかった。

 引き出しを開けると、誰かが取っておいてくれたのか、遼河のスマホが入っていた。試しに電源をつけてみると、これまた驚いたことに動く。5年も前の端末がいまだ動くのか、と思いながら、遼河はスマホのパスワードを打ち込んだ。

 ──「0223」。5年間一度も忘れたことのない、家族同然のある少女の誕生日。ついてきていたアイリスが部屋全体を興味深そうに見回す。

 

「ここが、遼河くんの部屋?」

「ああ。多少物はなくなってるみたいだけどな」

 

 すると、不意に廊下からドタドタとものすごい足音が聞こえてくる。何事かと思い2人がドアの方を見ると、明るい茶髪の少女が息を切らしながら立っていた。豊かな茶色の長髪からは鳥の羽のようなアホ毛が飛び出ている。その少女は遼河の記憶の中の少女と比べるととても成長していたが、遼河はそれが誰なのか一瞬で理解できた。

 

「──大きくなったな、小南」

「遼河さぁぁぁぁん!!!」

 

 遼河を一目見た小南はものすごい勢いで遼河に突進し、泣きじゃくる。弾丸のように突進してきた小南を遼河は受け止め、その頭を撫でた。少し遅れて遼河の部屋にやってきた栞は、何が起きているのか分からず呆然としている。

 

「い゛き゛て゛て゛よ゛か゛っ た゛ぁぁぁぁ!!!」

「痛い痛い。分かったからそんなにきつく抱きしめるな」

「えーと……。これ、どういう状況?」

 

 傍目も気にせず泣き続ける小南に、小南をどうにかあやそうとする遼河、何が何だかわからず混乱する栞。

 ──語るまでもないカオスが、しばらくの間その場を支配した。

 

 





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