ワールドトリガー・Returner from another world   作:もりいぬ

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皆様、お久しぶりです。
以前投稿した裏話集ですが、お楽しみいただけたでしょうか。ちなみに、未だに答え合わせのコメントが来ず少々気落ちしてしまっております。

また、このたび匿名設定を解除いたしました。何かが変わるわけでもありませんが、この場を借りて報告させていただきます。

※サブタイトルを修正させていただきました。




来たる運命の刻

 ──玉狛第1が市街地をジープで激走している頃。薄暗い部屋の中で、5人の男女がモニターを見つめながら語らっていた。

 そのモニターに映っているのは、1人の青年と1人の少女。

 かたや、飛翔機能を与えたラービットのみならず不意打ち気味に送り込んだラービット4体を立て続けに瞬殺した剣使いの青年。それもただのラービットではない。特殊な機能を与えたモッド体と呼ばれる強化個体だ。それを難なく、しかも合計5体撃破。どう考えても只者ではない。

 かたや、僅か一撃でラービットの装甲を半壊状態にまで追い込んだ少女。その時叩きだされたトリオン反応は、もはや黒トリガーのそれにも匹敵するレベルだった。だからこそ、彼らはこの2人から目を離せない。

 

「今の反応は、(ブラック)トリガーか……!?」

「いえ、(ブラック)トリガーではありません。ですが数値は同等、あるいはそれ以上かと」

「モッド体があっという間に5体もやられたぞ!? 相当骨のあるやつがいるな!!」

「……これは、思いがけないところから『金の雛鳥』が現れたようだな」

 

 ──黒い角を頭から生やした青髪の男が、部下に指示を出す。

 

「ランバネイン、エネドラ。お前たちは予定通り、(ゲート)で送り込む。玄界(ミデン)の兵を足止めし、ラービットの仕事を援護しろ。無理に攻め込む必要はない、あくまで目的は戦力の分断と足止めだ。危険な場合はミラのトリガーで“回収”する」

「出来ればモッド体を倒したあの男と戦いたかったが、運を天に任せるほかあるまい」

「あぁん? 『危険』? オレが玄界の雑魚どもにやられるわけねーだろ!?」

 

 片目が赤く染まったその男の発言に青髪の男は一瞬冷たい視線を向けたが、すぐにその目線を他の2人へとやり、指示を出す。

 

「ヴィザ、ヒュース。お前たちは、『金の雛鳥』を追え。もしかすればここで……()()()()()()()()()()()()()()

 

 青髪の男の視線は、モニターに映る1人の少女──雨取千佳を捉えて離さなかった。

 

 

 その頃、遼河と修はやや劣勢に陥っていた。

 ラービットこそ倒したが、その間に堰を切ったように大量のトリオン兵が流れ込んできたのだ。本来であればこの程度のトリオン兵なら片手間で処理できるのだが、「C級隊員を守りながら」、「単騎では戦闘能力が数段劣る修をカバーしつつ」、「なるべく先へ行かせないよう敵を撃破し続ける」というのはさすがに片手間ではこなせない。幸いなのは、向かって来ているのがモールモッドやバムスターであり、ラービットの姿が見えないことだ。だが、如何せん数が多い。

 

 戦いにおいて数というのは、それだけで優位に立つ要素である。個の力と数の力という点で比べた時、勝つのはおおよその割合で「数」だ。よほど優れた「個」でもない限り、数の暴力には逆らえない。さらに言えば、数があればそれだけ戦略の幅も広がる。陽動、奇襲、囮、捨て駒……。やりようは様々だが、少なくともこれらは1人ではできない。

 向かってくるトリオン兵の数は、見えているだけでも優に30は超えている。対して、今のこの場にいるボーダー側の人間はざっと20を超えるが、そのうちトリオン兵に対抗できる力を持つのは遼河と修くらいだ。残りはC級隊員であり、ハッキリ言って戦闘力的には論外である。おまけに修はモールモッドを単騎撃破できるくらいには成長しているとはいえ、1体相手取るのが限界だ。同時に2体も3体も相手にすることはできない。

 しかし修がここでやられてしまえば、影響は決して小さくない。だからこそ遼河は修がやられないようフォローしつつ、C級隊員の方へ向かっていくトリオン兵を斬り倒さなければならない。C級隊員には緊急脱出がない以上、ダメージを受ければ1発アウトだ。

 だがここで、ついに待ち望んだ救援が駆けつける。

 

「遅くなったな」

 

 C級隊員の方へ向かっていたモールモッドをパンチでぶっ飛ばしながら、その大男は詫びの言葉を述べた。遼河は静かに笑うと、意趣返しとばかりに悪態をつく。

 

「──ったく、遅いですよ。レイジさん」

「あれ、新型は?」

「たぶん、遼河さんが全部倒したんじゃないですかね」

「え~!?」

 

 駆けつけたのは、ボーダー最強の部隊である「玉狛第1」の隊長である木崎レイジ。それに続くように、玉狛第1の隊員である小南桐絵と烏丸京介も姿を現す。ラービットをボコボコにするつもりで来た小南だったが、獲物を完全に遼河に取られていたことに落胆を隠せない。しかしそれ以上に、今の遼河たちにとっては頼もしい存在であった。

 

「木崎さん!」

「烏丸先輩!」

「雨取、三雲も無事か?」

「はい、今のところは」

 

 その事実に、レイジは僅かに表情を緩める。しかし同時に、戦況の共有も忘れない。

 

「遼河。新型について分かったことはあるか?」

「……白ならただ単に力が強くて硬い奴ですが、そうじゃなきゃ何か変わった能力を持ってると思います。あと捕まったら脱出不可能と思ってください。力が強すぎます。何かされる前に緊急脱出(ベイルアウト)するのが無難ですね」

「そのことですけど、捕まるとキューブにされるらしいです。正隊員が1人やられました。エンジニアが解析して、正しい解き方をしない限りは傷1つつかないって結論が出てます」

「キューブに? ある意味緊急脱出(ベイルアウト)よりも質が悪いな……」

 

 京介の報告に、遼河は顔を顰める。キューブにするというのは、単なる無力化ではない。攫うにしても効率がいいのだ。

 実際に見たわけではないのでキューブのサイズがどれくらいかは分からないが、間違いなくラービットの腹に収まるサイズだ。それならばバムスターやバンダーのように人をそのまま丸呑みするよりも、はるかに合理的かつ大量の人間を攫える。かなり考えて作られたトリオン兵だと、遼河は思案した。

 だが、その思考を直ちに中断すべき出来事が起きる。

 

 

 突如遼河達の目の前に開いた黒い(ゲート)。そこから、2人の「人間」が姿を現したのだ。そのうち1人の頭には、白い何かがついている。現れた2人の人影を見て、遼河は一瞬でその正体に辿り着いた。

 

(まずいな……。『角付き』を連れてきたか)

 

 ──アフトクラトルには、生まれつきのトリオン能力を覆す門外不出の技術がある。

 それこそが、「トリガー(ホーン)」。7年以上前にレプリカがアフトクラトルを訪れた時点で既に実用化されていた技術であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という超技術だ。つまるところ、どこぞの悪の組織よろしく改造人間を生み出す研究である。

 そうして角を埋め込まれた人間は、トリガーをもはや自分の手足のように扱うことを可能にする。当然、その出力は通常のトリガー使いの出力をはるかに凌駕している。さらには角を用いて(ブラック)トリガーとの適合率を高める実験まで行われていた。アフトクラトルが大量の(ブラック)トリガーを保有しつつ、それに適合できる人材を多く確保できたのはこの研究があったからだと言っても過言ではない。

 それと同時に、基地の東と南でも「角付き」が現れたことが報告される。それを聞いた遼河は、内心穏やかではいられなかった。遼河もまた、アフトクラトルを来訪していた際に「角付き」についての話は聞いたことがあったのだ。そしてそんな相手が最低でも3人現れたというのは──遼河があの時語った最悪のパターンが現実になったことを意味していた。

 

(どうやら、アフトクラトルは相当本気らしいな……)

 

 もはや、ラービットなど問題ではない。現れたトリガー使いをどう対処するか。遼河の思考は、その一点のみにシフトしていた。

 敵の青年が、一歩前に出る。それと同時に、蛇の如く蠢く黒い「何か」が姿を現した。それに反応するように遼河は弧月を構え、前に進み出る。

 

「レイジさん。奴らの戦闘スタイルを探ります。フォローをお願いします」

「分かった。京介、C級のカバーを最優先にしつつ、遼河を援護するぞ」

「了解です」

「小南。残っているトリオン兵を片付けろ」

「オッケー!」

「ぼくはどうすれば──」

「お前は雨取を守れ。()()()()()

「……はい!」

 

 レイジの指示を受けた修が、千佳の護衛につく。そして小南の一時離脱が、戦闘開始の合図だった。

 青年の背後で蠢いていた何かから、黒い結晶が射出される。だが見えている以上、遼河にとっては大した障害ではない。遼河はそれをすべて弾き飛ばすと、素早い身のこなしで接近戦に持ち込もうとする。しかしその攻撃を、青年の背後にいた老人が手にした杖で防いだ。直後、老人の攻撃が遼河に向かって振るわれる。

 

(──!?)

 

 遼河はその攻撃を辛うじて防いだが、同時に驚愕した。──攻撃を読み切れなかったのだ。いや、正確には攻撃自体は見えていた。だが、その攻撃速度が異常すぎる。

 杖の中から突如現れたブレードによる、僅か1秒にも満たない刹那に放たれた2連撃。遼河がその連撃を防げたのは、戦闘経験の果てに培ってきた勘と積み重ねてきた経験、そして卓越した動体視力があったからに過ぎない。どれか1つでも欠けていれば、この場で確実に身体を両断されていた。そう思わせるには十分すぎるほどの攻撃だった。

 今まで遼河は戦場で多くのトリガー使いと相対してきたが、その経験と直感が、目の前に立つ老人は明らかに「異常」だと告げている。さらに言えば、遼河は目の前の老人から放たれる「闘気」とも呼べるそれを、確かに感じ取っていた。

 

(……この爺さんだけ闘気が明らかに違う。正面からぶつかれば、勝ち目はない)

「今の一撃を防ぐとは……。いやはや、なかなか優れた()をお持ちのようだ」

 

 遼河は再び飛んできた黒い結晶を弾き飛ばしつつ、後ろへと下がる。

 ──あの老人だけは間違っても相手にしてはならない。遼河の頭で、その予感がうるさく警告を鳴らしていた。

 

「レイジさん。角付きの方は分かりませんが、隣の爺さんの方は計り知れません。まともに戦えば勝ち目はゼロです」

「なら、先にあの角付きから対処した方がよさそうだな」

 

 レイジと京介が、機関砲と突撃銃を角付きの青年に連射する。だが青年はそれを見るや否や黒い結晶を反射盾のように展開し銃撃を凌いだどころか、2人の攻撃をそのまま返した。

 返された銃撃の雨を、レイジと京介は素早く回避する。

 

「攻撃を反射した……?」

「あの反射板、撃って壊せる感じじゃないっすね。射撃戦はやめときますか?」

「いや、ダメだ。今の俺たちが射撃戦をやめれば、必然的に近付くことになる。そして、近付けばあの爺さんに殺られて全滅しかねない」

 

 遼河の発言は可能性の提示という形だったが、少なくとも発言した遼河自身には「近付けば100%全滅する」という確信があった。それを理解したレイジは、敵への警戒度を引き上げる。

 ──贔屓目抜きにしても、遼河の実力はボーダーでも最上位を争う。そんな遼河が「計り知れない」と言った相手に正面からぶつかれば、確実に敗北一直線だからだ。

 

「向こうの手が分からない以上、迂闊に接近戦は挑めない。だがあの尖ったカケラの射程は長くはないだろう。今は付かず離れずの距離を保って戦うべきだな」

「ああいうのは、死角から撃てれば一番なんすけどね」

「あの角付きなら、小南とかかれば近距離でもなんとかなるとは思う。後ろの爺さんが絡んでこなければ、の話だが」

「崩す手はある。遼河と小南が切り込む隙を作るぞ」

『了解』

 

 遼河含む玉狛の最強戦力が、角付きの青年に狙いを定める。

 しかしこのタイミングで、遼河の下に宇佐美経由で迅から通信が入った。

 

『遼河さん!』

『……連絡してきたってことは、()()()()()()なんだな? 迅』

『うん。──急がないと間に合わなくなる。悪いけど──()()()()動いてくれ』

『……分かってる。だが、よりにもよってこのタイミングでか……』

 

 今まさに攻撃を仕掛けよう、という最悪のタイミングでもたらされた作戦実行の知らせに、遼河は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 それと同時に、全隊員に衝撃的な報告がなされた。

 

 

 ──A級3位部隊・風間隊の隊長、風間蒼也が敵のトリガー使いによって倒された、と。

 

「風間がやられた……!?」

「……レイジさん。迅から連絡が来ました。俺は、作戦通り動きます。ここをお願いします」

「分かった。お前はお前の役目を果たしてこい」

「──了解」

 

 レイジと遼河は、迅を通してある「作戦」を共有していた。だからこそ、「繋ぎ」はスムーズに進んだ。

 そして遼河は、この場で最も信頼できる攻撃手(アタッカー)──小南に対し通信を繋ぐ。

 

『小南』

『どうしたの?』

『──すまないが、俺は行かなきゃならない。だから、ここを任せる。やれるか?』

『……ええ。あたしに任せなさい!』

 

 小南と遼河の間に、それ以上の言葉はいらなかった。

 遼河は小南に向けて親指を立てると、グラスホッパーを使って飛翔し、本部へ向けて加速する。

 

(間に合ってくれよ……!)

 

 遼河は風を切り、道を塞ぐトリオン兵を斬り飛ばしながら警戒区域をひた走る。そんな中、忍田本部長からの通信が届いた。

 

『遼河、迅から説明を受けた。こちらが指定した座標に移動してほしい。お前を基地まで転送する』

「それはありがたい……!」

 

 迅から秘密裏に計画していた作戦を聞いた忍田本部長は、作戦の鍵を握る遼河をワープで基地まで戻すことを提案する。作戦遂行のために一刻も早く基地に戻る必要がある遼河にとっては、願ってもない申し出だった。

 建物を無視した最高速で基地まで戻っているとはいえ、未だ遼河の現在地は警戒区域の端に近い。その道中で大量のトリオン兵が障害物として立ちはだかっていることを加味すると、フルスピードで移動したところで帰還に3~4分前後はかかってしまう。しかしワープという裏技が使えるのなら話は別だ。道中の障害物も距離も無視して、一気に基地まで戻ることが可能だからだ。さらにいえば遼河の視界に指定された座標は、現在地からそう遠くない。建造物やトリオン兵を無視して最速で突っ切れば、10秒とかからずに到着できる場所だ。

 

『今、座標を表示した。移動までにどれくらいかかる?』

「10秒あれば、確実に」

『分かった。急いでくれ』

「了解」

 

 遼河はギアをさらに上げ、指定された座標を目指して黒い風の如く疾走する。視界の端で、南側に建っていたビル2つが何者かの攻撃を受けて爆破されるところが見えた。だが今助けに入る余裕はない。

 移動速度を上げたのとトリオン兵があまりいなかったことが幸いしてか、遼河は10秒足らずで座標に指定されていた地点へと到着した。

 

「こちら月城、指定された座標に到着!」

『よくやった。あとはこちらの仕事だ。──冬島!』

『はいはい、任されましたよっと。えーと、月城だったか? とりあえず、その場で手を地面に置いてくれ。そうすればワープが起動するから』

 

 遼河は「冬島」と呼ばれた男の指示通り、手を地面に置く。

 すると何の前触れもなく身体が何かに引っ張られたような感覚の後、一瞬視界が白く染まる。視界が元に戻った時、遼河はすでにボーダー本部へと戻ってきていた。

 

『はいよっと、転送完了』

「助かりました」

『俺の仕事はここまでだから、あとはそっちで上手くやってくれな』

「当然です」

 

 遼河は、エレベーターの近くへと移動する。どこへでもすぐに移動できるように待機できる姿勢だ。

 そして、ついに「その時」が訪れる。

 

 

 

 司令室内に、侵入警報のアラート音が鳴り響く。通気口から侵入してきた黒色のそれは、見る見るうちに形を成し──。

 

『人型近界民(ネイバー)です!! 人型近界民(ネイバー)侵入!!』

 

 人の形を成した。その頭には、2本の黒い角が生えている。人型近界民(ネイバー)──それも、(ブラック)トリガーという最悪の敵の侵入を許してしまったのだ。

 

『つ、通気口を通って……!?』

「来たか……!!」

 

 沢村の通信を聞いた遼河は、直ちに忍田本部長へと通信を送る。同じタイミングで、忍田本部長も遼河に通信を送っていた。

 

『遼河、聞こえたか!? 人型近界民(ネイバー)が侵入した! 通気口を通ってきたようだ!』

「侵入してきた場所は?」

『1階の通信室付近だ! ──急いでくれ!』

 

 それを聞いた遼河は、直ちに1階の通信室へと駆け出す。

 その時、珍しく忍田本部長の声が荒くなっていることに遼河は気付いた。それは、ただ単に「敵のトリガー使いの侵入を許したから」だけではない。それよりももっと大きな問題があったからだ。

 忍田本部長は珍しく焦りを隠さず、遼河にその理由を伝える。

 

『その区域は、まだ一般職員の避難が完了していない!!』

「──!? 最大全速で向かいます!」

 

 忍田本部長の焦りの理由を察知した遼河は、建物の中を移動しているとは思えないほどの超速で人型近界民(ネイバー)が侵入してきた場所へと向かう。

 無機質な白い廊下を駆け抜け、曲がり角を何度も曲がり、ようやく通信室付近に差し掛かったところで──。

 

「見つけた……!」

 

 頭から黒い角を生やした黒ずくめの男が、通信室へ向かって進んでいるのを見つけた。一も二もないと判断した遼河は、その場で即座に旋空弧月を放つ。「当たればいい」の精神で放ったため、完全な射程特化だ。そしてその斬撃は命中し、男の胴体を切り裂く。だが、その一撃には違和感があった。

 

(……手ごたえがない?)

 

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではなかった。少なくとも、その攻撃で黒ずくめの男──エネドラの注意は遼河に向いたのだから。

 

「おーおー、出たな? ()()()()が。ずいぶんと早いご到着だったなぁ」

 

 待ち焦がれたトリガー使いの登場に、エネドラは獰悪な笑みを浮かべる。

 遼河はそれに臆することなく目の前の敵を見据え、静かに対峙した。その瞳は獲物に狙いを定めるハヤブサの如く、エネドラを捉えて離さない。そして自らの視覚と先ほどの一撃で得られた手応えから得られる情報を推理し、頭の中で冷静に分析する。

 

(黒い『角付き』──つまり、(ブラック)トリガー使いなのはほぼ間違いない。通気口から入ってきたってことは、少なくともダクトスペースを通れるってことだ。それにさっきの一撃……確実に当たったはずなのに、手ごたえがまるでなかった。まるでスライムか何かを斬ったような……なるほど、全身をドロドロにしてるのか。それならダクトスペースを通れる説明もつく。そう考えると──)

「……死ぬほど厄介そうだな」

 

 思考の中で、そう悪態をつかずにはいられなかった。

 液体もしくは液体に近い状態になっている関係上、脚を削ろうが胸を貫こうが無効化されるだろう。それこそ、首を刎ね落とそうと意味がない可能性が高い。遼河は経験上いろんな敵と戦ってきたことがあるが、これほどまでに厄介な性質を持つ敵と戦ったことはない。

 

「あ? よく見たらテメェ、ラービット切り刻んでたガキじゃねえか」

 

 一方のエネドラは、モッド体のラービット5体を瞬く間に撃破した遼河の顔をモニター越しに覚えていた。この男もまた、強者であればある程度記憶に残すタイプの人間なのだ。もちろん、「()()()()()()()()()()()」としての意味だが。

 自分が(ブラック)トリガーの使い手、即ち「圧倒的強者」だと自覚しているエネドラは、ノーマルトリガーの使い手には興味がない。勝って当然の雑魚だからだ。だが、強者相手ならば多少話は変わってくる。無抵抗の人間を一方的に嬲り殺しにするのが一番だが、敵がそれ相応の強者なら遊び道具くらいにはなる。戦いを愉しんだうえで相手を殺し、強者の愉悦に浸るというのもそれはそれで趣があるというもの。

 エネドラは、目の前の雑魚を嬲り殺しにするのではなくある程度戦いを楽しんでから殺すことに決めた。

 

「さっきの雑魚チビ3匹はウロチョロするだけのつまんねー奴らだったが……ちっとは楽しませてくれるんだろうなぁ?」

「なるほど、風間さんを倒したのはお前か」

 

 男の言い放った「雑魚チビ3匹」という言葉を聞いて、遼河は風間を撃破したのが目の前の黒トリガー使いだと確信する。

 同時に遼河は「無理もない」と思った。液状化のトリガーと、近接攻撃特化のスコーピオンは相性が最悪というレベルではない。正攻法で挑めば勝ち目は0だろう。弧月には旋空弧月があるので多少はマシかもしれないが、ハッキリ言って焼け石に水だ。そもそも「(ブラック)トリガーVSノーマルトリガー」という構図の時点で、いくら数を揃えようとノーマルトリガー側は絶対的に不利。

 改めて無茶な要求をしてきた迅に対し心の奥底でため息をつくと、遼河は弧月を構える。同時に、忍田本部長からの通信が入った。

 

『人型近界民(ネイバー)と接敵したか』

「はい。……俺が時間を稼ぎます。その間に、一般の職員を退避させてください」

『鬼怒田開発室長の指示で避難を進めている。だが、もう少し時間がかかるぞ。凌げるか?』

「分かってます。3~4分くらいなら、どんな手を使ってでも凌ぎます」

 

 遼河はやられるつもりなど毛頭なかったが、相手は(ブラック)トリガーだ。ゆえに、最悪自分が撃破されることも覚悟していた。というより、最初から死ぬ気で挑まなければ未知の(ブラック)トリガーとは勝負にすらならない。緊急脱出(ベイルアウト)があるので本当の意味で死ぬ心配こそないが、だからこそ緊急脱出(ベイルアウト)も、戦うためのトリガーすらも持たない人々の盾として戦う義務がある。

 そもそも今の遼河にとっては、文字通り「()()()()()()()()()()」なのだ。今更退く理由など、どこにもなかった。

 

「その代わり、1秒でも早く避難を完了させてください。こいつは、何が何でも俺が止めます」

『……分かった。無理だけはしないでくれ』

 

 そこで通信を切ろうとした忍田本部長だったが、最後に遼河は1つだけ質問をすることにした。

 

「ああそれと、忍田さん」

『どうした?』

「時間稼ぎはちゃんとしますけど、もし倒せそうな状況になったら──」

 

 ──その質問は、今の遼河ができる最大限の挑発的な口調とともに言葉となった。

 

「──別に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『……勿論だ。多少荒っぽくなっても構わん。全力で戦ってこい』

「──了解」

 

 それは忍田本部長直々の、全開戦闘の許可だった。相手が相手である以上、手加減などできないし、する余裕は全くない。だがこうしてお墨付きが得られれば、何の憂いもなく戦える。遼河は静かに瞳を閉じ、精神を研ぎ澄ませ、開眼した。

 

「──さあ、始めようか? (ブラック)トリガー……」

 

 その一言を引き金に、ボーダー最強の弧月使いと、暴虐極まりない(ブラック)トリガーの死闘が幕を開けた。

 

 

 

 





アンケートの結果サイドストーリーに関してはすべて書くこととしますが、それとは別に「あやめの日常」が一番投票数が多かったため、月城あやめの日常を優先的に執筆いたします。
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