ワールドトリガー・Returner from another world   作:もりいぬ

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原作換算ではようやく8巻が終了し、9巻に入ったところとなります。
忍田本部長の戦闘描写はかなり難しいですね……。原作でも忍田本部長の旋空弧月は相当謎が多い、というのもありますが。
新アニメでは忍田本部長の旋空弧月がどう描かれるのか今から楽しみです。



猛襲する剣戟の牙

 訓練室降り立ったボーダーの虎・忍田真史とエネドラがしばし睨み合う。張り詰めた緊張感が、戦場の空気を介してその場の全員に伝わる。

 先手を取ったのは、エネドラだった。「泥の王(ボルボロス)」による物量攻撃が、忍田本部長に迫りくる。忍田本部長はそれを無駄のない身のこなしで避けると、反撃として旋空弧月を叩きこむ。拡張された斬撃がエネドラの頭を叩き切ったが、液状化の性質によりダメージは入らない。

 

「遼河、三上。改めて、奴の能力の確認をさせてくれ」

『了解。──敵の能力は、気体・固体・液体への三態変化。攻撃は主に刃状の硬質化によって行われます。弱点である「伝達脳」と「供給器官」も、この硬質化で防御(ガード)します』

「弱点以外は、斬ろうが撃とうが無駄です。仮に弱点に攻撃が当たったとしても、並大抵の攻撃じゃ効きません。それと、偽物(ダミー)を紛れ込ませてこっちを攪乱させてきます。攻撃はそんなに早くはないですけど、如何せん手数が多い。あと、地面……というより隙間からの奇襲攻撃と気体攻撃が単純に厄介です。いつどこから飛んでくるか分かったもんじゃないですし」

 

 そんな会話を交わしながらも、忍田本部長はエネドラの攻撃を的確に捌いていく。ノーマルトリガー相手に足止めされているという現状にいよいよストレスが頂点を迎えたエネドラは、あまり使いたくない戦法を解禁することを決めた。

 

(こいつらまとめて八つ裂きにしてやりてーが面倒くせぇ。気体(ガス)ブレードで全員まとめて掻っ捌いてやる……!)

 

 レーダーにエネドラのトリオン反応が増大していくのがハッキリと映りこむ。気体化攻撃は肉眼ではまず捉えられないが、トリオンであるがゆえにレーダーにはハッキリと映りこむ。とはいえ、あらかじめ気体化すると分かっていなければレーダーに映せるはずもないのだが。

 しかし、気体化攻撃にはある欠点があった。

 

『敵のトリオン反応増大! 気体攻撃です!!』

「堤!」

「了解です! 空調を全開にします!」

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()だ。気体化攻撃をするにあたり、その質量は物理的にすさまじく軽くなる。その結果として、周辺の空気の流れの影響をもろに受けてしまうことになる。

 制御室にいる堤が、訓練室の空調設備の出力を最大にする。訓練室内に吹き降ろす乾いた風によって、たちまち気体化したトリオンが押し戻されていく。気体化させたトリオンは忍田本部長に終ぞ届くことはなく、その全てがエネドラ側へと返ってきてしまった。

 

(……!? 気化させたトリオンが、風で押し戻されて届かねぇ……!?)

 

 忍田本部長と堤の連携により、エネドラの気体化攻撃は事実上封じられることとなった。ボーダー側の面々は風上にいる限り、気体攻撃を受けることはない。

 それを好機と見た遼河は、歌歩へと通信を送った。

 

「歌歩、忍田さんに弱点の位置情報を全部送ってくれ」

『え? ……それはいいけど、ダミーも同時に映っちゃうよ?』

「大丈夫だ。ですよね、忍田さん」

「構わん」

 

 忍田真史が、虎の如く威圧感と共に宣言する。

 

「何れにしろ──()()()()

 

 次の瞬間、他の追随を許さないほどの圧倒的な猛撃がエネドラを追い詰め始める。忍田本部長の放つ電光石火の斬撃が、エネドラが生成したダミーをピンポイントで斬り捨てていく。僅か1秒も経たないうちに、エネドラの生成したダミーのうち6つが潰された。

 忍田本部長からしてみれば、ただ超高速で弧月を振るっているに過ぎない。しかし、彼は今手に持つ得物をただ純粋に極め続けた男だ。故に、彼の剣戟は唯一無二の物として昇華されている。

 

 ──忍田本部長の斬撃は、もはやただ斬るという概念に収められるものではない。

 

 それはもはや、ひとえに旋空弧月とは語れない別次元の技術。常人から見れば、剣を一振りしただけで3~4発もの斬撃が伸びているようにしか見えないのだ。そしてそれはエネドラも同じことであり、トリオン体によって強化された動体視力をもってしても、忍田本部長の剣速をまったく捉えられていない。今の遼河ですら、ここまでの芸当はできない。近いことはできるが、精度は忍田本部長のそれよりもはるかに劣る。

 

(ピンポイントにダミーだけを……!?)

「うぜえな、クソ雑魚が!!」

 

 エネドラが忍田本部長を屠るべく、硬質化した刃を展開する。広範囲かつ無差別に放たれたその攻撃に、諏訪と笹森は回避を余儀なくされる。しかし刃が届く寸前、間に割り込んだ遼河が諏訪と笹森に襲い掛かろうとしていた刃を全て断ち切る。

 そして忍田本部長は一歩も退かぬまま、迫りくる刃を一刀のもとに切り伏せていく。いや、退くどころの話ではない。むしろ攻撃の隙に乗じて前進している。自らに迫る攻撃すべてを弧月1本で切り裂きながら、前へ前へと距離を詰めていく。

 

(どうなってんだ、止まんねーぞこの猿!? 雑魚トリガーの分際で……!)

「くたばれ!!」

 

 想定をはるかに超える怒涛の斬撃を前に、もはやエネドラは攻撃も防御も追いつかない。苦し紛れに放った地面からの攻撃も焼け石に水だ。忍田本部長の斬撃はその合間を縫うように、あるいは硬質化した刃を裂くように飛び、ダミーを残らず破壊していく。

 

(ダミーを増やすのが、追いつかねぇ……!)

 

 エネドラは、ここで初めて「焦り」というものを感じた。当然だろう。

 ──(ブラック)トリガーがノーマルトリガーに負ける道理がない。トリガーを使った戦闘において、それは絶対的に不可逆なものだ。その常識が、今目の前で覆されようとしている。ダミーを増やすにしても、刃を硬質化させるにしても、時間も距離も足りない。

 

 忍田本部長はもうエネドラ相手では止まらない。エネドラには止められない。そもそも、遼河たちが手をこまねいていた理由は3つあった。1つは、「相手の能力が分からなかったから」。2つ目は、「見えない攻撃の正体が分からなかったから」。しかしこの2つは、遼河が単独で足止めをしている中でほぼ解決してしまっている。

 つまり膠着状態に陥っていた理由はただ1つ、「()()()()()()()()()()()()()」なのだ。戦い方や能力が分かっていても、弱点の位置が分からなければ倒しようがない。仮に弱点の位置が普通のトリオン体と同じであれば、遼河が相手する以前に風間隊と相対した時点で既に死んでいたことだろう。エネドラが風間隊に勝てたのも、特殊性という名の優位があったからだ。そして弱点の位置もトリガーの能力も割れてしまった以上、もはやエネドラの優位性は「変則的な攻撃」以外に存在しなくなっていた。

 

「貴様のトリガーは、()()()()()()()()()()()()()()。ネタが割れれば強みを失う。貴様の敗因は──」

 

 忍田本部長の最後の斬撃が、最後に残った弱点へと迫る。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 忍田本部長の一撃が、エネドラの最後の弱点を叩き斬る。弱点を切り裂かれたエネドラの身体が、泥のように崩れた。

 

「が……!」

「マジで全部斬った! 本部長やべーな」

「援護するヒマなかったですね……」

 

 その場の誰もが、勝利を確信する。

 しかし、状況を俯瞰していた遼河はただ1人異常に気が付いた。

 

(待て、何かおかしい)

 

 遼河は戦争経験者だ。その中で、多くのトリガー使いと相対し、斬ってきた。だからこそわかった。

 

「忍田さん! あいつはまだ倒れてない!!」

「何……!?」

 

 忍田本部長が振り返るのと、エネドラの身体から巨大な刃が展開されたのはほぼ同時だった。遼河の警告があったがために余裕をもって対処できたが、もし気付かなければそのままやられていたかもしれないと、忍田本部長は一瞬だけ想像した。

 高所を取ったエネドラが、再びその姿を露わにする。

 

「な、なんで生きてやがんだ……!?」

「恐らく、直前で弱点をカバーから外したんです。……無駄に器用な奴だ」

 

 ボーダー側の誤算は、「弱点がカバーの中にある」という先入観にとらわれていたこと。流動性を持っているのだから、別に弱点はカバーのうちに入れておく必要はない。それこそ、弱点を突いたと見せかけて油断させ、奇襲することだってできる。ちょうど今のように。

 

「チッ……。余計なことしなきゃぶっ殺せたのによ。だが気を付けろよ、今はこっちが風上だぜ」

 

 突如として忍田本部長の身体から、無数のブレードが生えてくる。風上を取るに乗じて展開されていた気体ブレードが、忍田本部長を身体の内側から切り裂いたのだ。咄嗟に体内にシールドを張るという芸当で即死こそ免れたものの、伝達系はすでにズタズタだ。もう、到底戦える状態ではない。

 

「ほらどうした? もうまともに動けねえだろ? あぁ?」

 戦況は完全に逆転した。ここぞとばかりにエネドラは忍田本部長を煽る。

 

「敗因がどうとか言ってたよなぁ、ボス猿さんよぉ? 教えてほしいなぁ~、オレの敗因ってやつを」

「……いいだろう。すぐにわかる」

 

 忍田本部長はその場の()()に目線で合図を送ると、エネドラを再び見据えた。

 

()()()()()()()()()()()

「諏訪さん!!」

「おうよ!!」

 

 諏訪、そして合流した堤による交差射撃がエネドラを捉える。しかし、銃の火力ではエネドラの局所防御を突破できない。しかもその隙を突かれ、再びエネドラに大量のダミーを生成する時間を与えてしまった。

 忍田本部長の離脱、復活したダミー、風上と風下の逆転。諏訪隊の攻撃によって戦況はかえって悪化した──かのように思われた。

 

「おサノ!」

『了解。スタアメーカー適用!』

 

 その場の全員の視界に、ハッキリと1つのマーキングが映りこむ。

 銃手(ガンナー)射手(シューター)専用のオプショントリガー、「スタアメーカー」。対隠密戦闘用として開発されたオプショントリガーであり、これを撃ちこまれた相手はマーキングを付けられる。そして、いかなる手段をもってしてもスタアメーカーによる探知から逃れられなくなるのだ。たとえ姿を消そうと、増殖しようと、そのマーキングを消すことはできない。

 

 諏訪と堤の目的は、弱点の破壊ではない。元より自分たちの火力では弱点を貫けないことくらい承知の上だ。実際の目的は、本来の弱点にスタアメーカーを撃ちこむことにあったのだ。そして本来の弱点に目印を付けることに成功した以上、もうエネドラのダミー生成は意味をなさない。

 

「日佐人!」

 

 今までカメレオンで姿を隠していた笹森が、エネドラの弱点目掛けて跳びかかる。

 だが、エネドラの方が一手速かった。伸びてきた斬撃により、日佐人はトリオン体を貫かれる。

 

「消えるトリガーの存在くらい知ってんだよ。気付かねーとでも思ったか? 馬鹿が」

 

 エネドラは不敵に笑い、勝ち誇る。だがそれ以上に、笹森は勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 

「……オレたちの勝ちだ」

「あ?」

<戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 最後にエネドラに勝利宣言を浴びせ、笹森が戦闘から離脱する。それと同時に煙幕が展開され、エネドラの視界が覆われる。

 ……この時エネドラが笹森の言葉の意味を考えていれば、この先の決着はもう少し違うものになっただろう。

 

「いつか誰かが言っていた……」

 

 堤と諏訪が、同時にエネドラに接近する。エネドラはその2人を返り討ちにすべく、刃を展開しようとする。しかしエネドラは、笹森が戦線離脱した時点ですぐに気付くべきだったのだ。

 

 

 ──今最も警戒しなければならない相手から、完全に注意を逸らされてしまっていたことに。

 

「──()鹿()()()()()()()()()()()

 

 エネドラが気付いた頃にはもう遅かった。

 煙幕を切り裂き、空気すら断ち切りそうなほどの神速で放たれた必殺の斬撃が、エネドラの弱点を的確に、寸分の狂いもなく斬り捨てる。今の今まであえて距離を取り、気配を消していた遼河の旋空弧月が直撃したのだ。

 確かに、遼河は忍田本部長のように旋空弧月を連射してそれを狂いなく弱点に当てていくような芸当はできない。だが、見えている弱点に対して誰よりも早く、遠くから斬撃を当てることなら出来る。遼河とエネドラの間合いは、エネドラの気体攻撃が届かない。刃を放とうにも、離れ過ぎだ。遼河にとっては「見えている攻撃」にしかならない。

 

「さっきお前は言ったな、『敗因を教えてくれ』と。なら、お望み通り教えてやる」

 

 今度こそ、エネドラのトリオン体が崩壊していく。エネドラに今まで散々煽られてきたことへの鬱憤を晴らすかのごとく、先の問いに対する答えを返した。

 

「お前の真の敗因は、()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()

 

 現に、遼河から見たエネドラはハッキリ言って頭が良いとは言い難い存在だった。すぐに苛ついたような態度を取り、安易な挑発には簡単に乗っかり、三態変化という汎用性の塊のような能力を持つ割には攻撃は単調で、基本的にゴリ押し上等のワンパターンだ。おまけに無意識下で他人を見下しているような言動を取っていた。だからこそ、すぐに油断する。遼河はあくまで、その隙を突いたに過ぎないのだ。

 そして遼河はエネドラに対し──見下すような、それでいて勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「本当に猿だったのは、お前の方だったようだな」

「──目障りな猿どもがあぁァァー……ッ!!!」

 

 最後まで傲慢な態度を崩さぬまま、エネドラのトリオン体は砕け散った。

 

「ダミーが一度0になった時点で、すでに決着までの形は整っていた。我々の勝ちだ」

「大丈夫ですか? 忍田さん」

「ああ。遼河、よくやってくれた」

 

 今回の勝利は忍田本部長の言うとおり、1人での勝利ではない。

 たった1人でエネドラを足止めし、トリガーの性質を暴いた遼河。仮想戦闘モードという妙案でエネドラを閉じ込め、スタアメーカーによるマーキングで決着までの道筋を整えた諏訪隊。裏から戦闘員を支え、勝利への糸口を築いた風間隊。そしてエネドラのダミーをすべて破壊し、決着に至るまでの最後の道筋を作った忍田本部長。

 ボーダー隊員たちは1人で戦ったのではない。風間隊、遼河、諏訪隊、忍田本部長、そして再び遼河へと、「勝利」という名のバトンを最後まで落とすことなく繋ぎ切ったボーダーの勝利だった。

 それと同時に、今の今まで身を潜めていた菊地原と歌川が姿を現す。

 

「あーあ、また遼河さんが美味しいとこ持ってった」

「すまんな、菊地原。だが、お前の耳には助けられた。礼を言う」

「そりゃどうも」

「お疲れ様でした、遼河さん」

「ああ。歌川もな」

 

 結果としてとどめを刺したのは遼河になったが、仮に遼河が倒されても、ボーダー側には第2の手があった。

 それこそが隠密状態で身を潜めていた歌川と菊地原だ。エネドラからすれば、この2人は尻尾を巻いて逃げ出した腰抜けといったところだろう。だからこそ、その存在をまったく意識しない。当然だろう。敵前逃亡した相手が戻ってくるなどと誰が想像できようか。

 そこで遼河は、今しがた撃破した相手の下へと歩み寄る。

 

「さて、こいつはどうしようか」

 

 いくら(ブラック)トリガー使いでも、トリオン体を破壊されればただの人間だ。そしてただの人間が、トリオン体の人間に勝てる可能性は万に1つもない。トリオン体には戦車の砲撃すら効かないのだから、生身の人間が勝てる要素などどこにもない。ノーマルトリガーが(ブラック)トリガーを相手するよりも絶望的だ。ましてやそれが身体能力に長ける遼河相手なら尚更である。

 

「やったことと言えば、基地の設備の破壊くらいだが……どうします? 本部長」

「その男を捕虜とする。捕らえて連行しろ」

「了解」

 

 遼河、歌川、菊地原の3人が、エネドラを捕縛すべく歩み寄る。しかしそれよりも早く、目の前の空間が歪んだ。何かが起こる気配を察知した3人は、すぐさま飛び退く。

 まもなくその歪みは穴となり、その穴から1人の紫髪の女が姿を現す。

 

「な……!?」

「人型近界民(ネイバー)……!」

 

 それが人型近界民(ネイバー)であることは疑う余地もなかった。遼河達は直ちに臨戦態勢に入る。

 

「回収に来たわ。派手にやられたようね」

「チッ……。遅ぇんだよ!」

「野郎、逃げやがるぞ!!」

 

 紫髪の女が手を差し伸べる。このままでは、エネドラに逃げられてしまう。全員が武器を構えた。

 だがボーダー隊員たちの武器が届くより早く、エネドラの手が紫髪の女の手を掴む。そして紫髪の女はエネドラの右腕を引っ張ると──。

 

「あら、ごめんなさいね」

 

 ──何の躊躇いもなく、エネドラの右腕を切り落とした。

 

「あ……っぐ、ぐがぁぁぁああ!!?

 

 嫌な音を立てて、エネドラの右腕が床に転がる。腕を切り落とされたエネドラは一瞬何が起きたか分からないような表情を浮かべた後、痛みに悶えて絶叫する。突然の仲間割れに、ボーダー隊員たちですら呆然としていた。

 

「回収するよう言われたのは(ブラック)トリガーだけ。残念だけど、貴方は用済み」

「てめぇ、ミラ……!!」

「はっきり言って、あなたはもう手遅れなの。その目の色、トリガー角が脳まで根を張ってる証拠よ。どっちにしたって、あなたの命はそう長くない。それに、あなたは今の今まで何回隊の規律を乱したかしら? 暴言、独断専行、命令違反。それになにより……『泥の王(ボルボロス)』を使ってノーマルトリガーに負けるなんて、笑い種ね」

 

 いつの間にかミラと呼ばれた紫髪の女の手には、「泥の王(ボルボロス)」らしきトリガーが握られていた。

 

「『泥の王(ボルボロス)』はもっと相応しい使い手が引き継ぐわ。幸い、あなたの角から得たデータで適合者はすぐ見つかるでしょうし」

「ふざ……けんな……! 『泥の王(ボルボロス)』は、オレの──ッ!!」

 

 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。どこからともなく現れた釘らしきものが、エネドラの全身を串刺しにしたからだ。

 

「さようなら、エネドラ。私だって悲しいのよ。昔はとても聡明な子だったのに……残念ね」

「畜生……! ハ、イ……レイ、ン……ッ……!」

 

 エネドラが地に伏せる。空間の歪みが消えていく。敵の姿が見えなくなる。その場の誰も、今起きた出来事を脳内で整理するので精一杯だった。

 しかし、1人だけは違った。

 

「逃がすか!!」

「──っ!?」

 

 遼河だ。遼河は敵の姿が消える寸前、その敵に目掛けて咄嗟に旋空弧月を放ったのだ。その一撃は敵を倒すことはなかったが、紫髪の女の肩を裂く。しかし、そこが限界だった。二撃目を叩きこむ前に、敵の姿が完全に消える。

 訓練室に残されたのは、物言わぬ肉塊となった傲慢な男の死体だけだった。

 

「なんて奴らだ……。仲間を殺りやがった……」

「……忍田さん。回収しますか?」

「当然だ」

「はぃ……!? ちょっと待ってくださいよ。コイツもう死んでるんすよ!?」

 

 遼河のドライな発言に、忍田本部長が肯定の答えを返す。死体を回収するという発言に諏訪はたじろぐが、遼河も忍田本部長も狂ったわけではなかった。

 

「こいつの角は未知のトリガー技術だ。分析できれば次への備えになる。──風間隊。そいつの所持品を調べてくれ。今の女が(ブラック)トリガーだったとしても、無制限の空間移動はできないはずだ。ワープ座標を決めるための発信機が必ずどこかにある」

「了解です」

「え~……。やだなぁ、血は嫌いなのに……」

 

 とは言いつつもそこはさすが遠征経験者の風間隊だ。慣れた手つきで死体をまさぐり、持ち物の検査をしている。程なくして、座標を指定していたであろう発信機が発見された。

 その様子を見た遼河は、忍田本部長に進言する。

 

「俺はこのまま外に行きます。まだ戦いは終わってないので」

「頼むぞ、遼河」

 

 遼河は力強く頷くと、訓練室から猛スピードで退出した。

 

 

 ──────

 

 一方、地下道の攻防。結晶体を歯車のようにしてエスクードを切り裂いて脱出したヒュースだったが、ひらりひらりと攻撃をかわす迅に弄ばれていた。そんな迅の視界に映る未来が、また1つ変わる。

 

「おっ? また未来が動いたな。──今度は誰だ?」

 

 迅が戦況を確認すべく宇佐美に通信を繋ごうとしたタイミングで、ある人物からの通信が入る。

 

『迅。そっちはどうだ?』

「遼河さん? もしかしてやられちゃった?」

『勝手に殺すな。今そっちに向かってる』

「──マジ? 遼河さん勝っちゃったの?」

 

 ここで、迅にとって想定外が起こる。遼河が、(ブラック)トリガー使いに勝利を収めたのだ。

 確率の低い未来であるがゆえに迅にとっては想定外ではあったが、これは非常に嬉しい誤算だった。迅が事前に予知していた未来では、遼河が負ける確率は6割を超えていた。だが、遼河は見事「確率の低い未来」を掴み取ってみせたのだ。これまで幾度となく、迅の予知を超えてきたのと同じように。

 

「どうやって勝ったのさ」

『俺が勝ったんじゃない。忍田さんがやってくれた』

「なるほど。忍田さんか……そりゃ納得」

 

 迅は心の中で静かに納得する。

 ボーダー最強の正隊員たる遼河と、ボーダー屈指の戦闘鬼である忍田本部長のタッグなら、確かに(ブラック)トリガー相手でも渡り合える可能性はある。なんならそのまま倒しても不思議ではない。2人にはそれほどまでの実力があることを、迅はよく知っていた。

 

『それと、向こうのトリガー使いが1人死んだ。それも、仲間に殺された』

「おお? 近界民(ネイバー)同士で? そりゃどうして」

『さあな。だが、どっちにしろ長くはないとかなんとか言ってたな。こっちには見向きもしないで、(ブラック)トリガーだけ回収して帰っていった』

 

 そこまで通信を繋いだところで、迅は目の前の敵に向きなおる。ちょうど相手を揺さぶるのにちょうどいいネタが手に入ったばかりなのだ、使わない手はなかった。

 

「……おまえのお仲間が殺し合ってるらしいぞ? 意外とそっちはゴタゴタしてるんだな」

「……だまれッ!!」

 

 ヒュースは迅の言うことが精神的な揺さぶりだと分かっている。分かってはいるが、核心を突いたその言い草故にどうしても動揺させられてしまう。ヒュースがまだ精神的に未熟なのもあるが、それ以上に迅の心理攻撃が強力なのだ。

 

蝶の楯(ランビリス)!!」

 

 迷いを打ち払うかのように放った結晶体の歯車が、地面を這うように迫り、コンクリートを吹き飛ばす。それと同時に迅とヒュースの戦場は、地下から地上へと移った。

 

「貴様を始末して、すべてはこの目で確かめる!!」

「……そりゃ困るな」

 

 ヒュースの発言は、いつになく鬼気迫っていた。その様子を見た迅は、ついに額に着けていたサングラスを下ろす。

 

「──決着がつくまで、おれと遊んでてくれないと」

 

 戦況はなおも目まぐるしく移ろいゆく。

 ──未来の分岐点は、もうすぐそこまで迫りつつあった。

 

 

 

 

 





遼河がエネドラを倒せなかったのは、旋空弧月を連射した時の精度が忍田本部長に劣っていたからです。

また、アンケートというわけではないのですが…本小説における名台詞や名シーンみたいなものがあれば、是非聞いてみたいと思います。
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