ワールドトリガー・Returner from another world 作:もりいぬ
以降、基本的に物語は遼河目線で統一します。駄文や陳腐な展開ばかりの今作ですが、今後も何卒楽しんでいただければ幸いです。
また、外伝シリーズを更新しております。宜しければ、合わせてご覧ください。
──戦いは終わった。
最大の被害として、ボーダーは32人の行方不明者を出すこととなった。宇佐美からの報告によれば、その32人の内訳は全員C級とのことだ。恐らく敵の大将が去り際に語っていた「最低限の目的は果たした」というのは、そういう意味だったのだろう。どうやら千佳を捕らえようが捕らえられまいが、必要最低限の人員を得ることには成功していたらしい。
だが、アフトクラトルの出来たことと言えばそれだけだ。さらに言えば敵の遠征部隊は1人が死に、1人を生きたまま捕獲することができた。捕虜にした経緯を聞く限り、迅が嫌がらせともいえる時間稼ぎをひたすら実行したようだ。
そりゃ捕まるよな。迅が足止めに徹したら最後、予知が追い付かないレベルの手数で圧倒するか、玉砕上等の特攻以外で迅の守りを突破することは不可能と言っていい。何が言いたいのかと言うと、「ご愁傷さま」ということである。
結果として俺たちは、一切の死者を出すことなくアフトクラトルを退却させることができた。戦いの余波で警戒区域内の建物の多くが破壊されてしまったが、損害と言えばそれくらいだ。少なくとも、確認できる限り人命は一切失われていないという。
今回の大規模侵攻においてボーダーは敵のトリガー使いを4人撃破した上で、「
(……しかし、これだけ派手に暴れまわって死者が1人も出てないのは奇跡に近いな)
今俺は、警戒区域付近の市街地を歩いている。理由はただ1つ、戦後処理だ。警戒区域内を中心に繰り広げられた戦いではあるが、どうやら一部の地域では警戒区域を突破されていたらしい。嵐山隊や小南といったA級部隊の奮戦で被害は最小限に抑えられたが、被害は0じゃない。激戦区の近くは、トリオン兵の襲撃によって家屋が悲惨な状態になっていた。それでも、ほとんどの市民は事前に避難していたため死人は出ていない。
だが、まだ救助が必要な人はいる。それを証明するかのように、ある崩れた家の近くに人が集まっていた。
「おい、大丈夫か!? 助けが来るまで持ちこたえてくれよ!」
「くそっ、こんな時にレスキュー隊は何をやってるんだ!!」
耳に入った話を整理するに、どうやらがれきの下に誰かが閉じ込められているようだ。逃げ遅れた住民が生き埋めになっているのだろう。ならば、助けない理由はどこにもない。
「大丈夫ですか?」
「その服……。兄ちゃん、ボーダーか!? 助かった、ここに逃げ遅れた奴がいるんだ。助けてやってくれねえか!?」
「もちろんです。やりましょう」
今の俺はトリオン体だ。つまり、筋力も髄力も普通の人間の数倍はある。それなら、ある程度の瓦礫を持ち上げることなど容易い。
「せー……のっ!」
瓦礫を持つ手に力を込めると、重い音をたてながら瓦礫が持ちあげられる。持ち上げた瓦礫の先を見ると、1人の少女が閉じ込められていた。背丈から察するに、小学生のようだ。
俺は瓦礫が倒れてこないよう背中を使って支えながら、彼女が外に出るのを見届ける。そうして救助が完了するのを確認し、建物が崩れないようゆっくりと瓦礫を戻した。
「見た感じ、ケガとかはしてないっぽいな!」
「よく頑張った。偉いぞ!」
「この辺り、もう助けが必要な人はいないか!?」
「さっきぐるっと見てきましたけど、大丈夫みたいですよー」
近くの住民たちが、生還した少女の無事を喜びあっている。そして話を聞く限り、どうやらこの近くに要救助者はもういないらしい。
また1つ、尊い命を守ることができた。そうして俺が静かに去ろうとした時、何人かの市民が俺の方へ駆け寄ってくる。その中には、さっき助けたばかりの少女がいた。
「助かったぜ、兄ちゃん! あんたがいなかったら、どうなることかと思ったぜ」
「ボーダー隊員として、当然のことですよ」
ガタイの良い男性からの言葉に対し、混じり気のない返事で答える。力なき人々を守ることこそが、ボーダーの──俺の在り方の1つだ。たとえボーダーという組織の在り方が変わっても、俺のこのやり方が変わることはない。
まもなく、助けた少女が前に出てくる。
「助けてくれて、ありがとう」
「いいんだ。──怖かっただろ?」
「……うん」
「君の名前は?」
「……ましろ」
「そうか。……よく頑張ったな、ましろちゃん」
ましろ、と名乗ったその少女の頭を優しく撫でる。
「ふぁ……」
「生きていてくれて、よかった」
ふれた手のひらから、生きている人間の、温かさを直に感じることができた。
そうして何十秒か彼女の温もりを感じた後、俺は静かにその場を去る。背中から、少女の声が聞こえてきた。
「ありがとう! ボーダーのお兄さん!!」
「俺たちからも言わせてくれ、ありがとう!!」
「……ああ!」
振り返ると、少女があらん限りの勢いで手を振っていた。それにつられるように、市民の方々も手を振ってくる。俺はそれを見て、笑顔で手を振り返す。そうして少女の姿を記憶に留めながら、俺はまだ助けを待っている人がいないか探しに街を駆けだした。
──あれから数日後。ようやく、大規模侵攻の事後処理も一段落ついた。
結果から言えば、今回の大規模侵攻を通じての死者は誰1人として出なかった。それに加え、幾つか特筆すべき出来事が起きた。
まず、大規模侵攻終了から3日後にボーダー本部から今回の一連の戦いに対する論功行賞が発表された。ものすごくざっくり言えば、手柄を立てた隊員たちへの報酬が発表されたわけだ。
初めに一番下の二級戦功から。これはレイジさんと京介を筆頭に、ボーダー本部の屋上から隊員たちをアシストした
そして一級戦功については、なんと三雲がこれを貰うこととなった。「敵の
他には「B級合同部隊を指揮し、人型
そして最後に、最高の褒賞である特級戦功だ。
まず、三輪秀次。
本部基地前の攻防において敵の
ラービットの撃破数は1体にとどまっていて、結局敵を倒すことこそできなかったが、
次に、空閑遊真。
なんでも、あの激ヤバ爺さんを倒してしまったらしい。加えて、基地前の最後の攻防で射撃攻撃を敢行して大将撃破へ繋げたことも考慮されたそうだ。個人的には、あの爺さんを倒したという事実だけでもう特級戦功に値する。それほどまでに、あの爺さんから感じた闘気は桁違いだった。よく勝てたな、と本気で思う。
ちなみに、ラービットの撃破数は3体らしい。これについては、あの黒いラービットが倒したラービット2体も含まれているとのことだ。
それと、天羽月彦。
俺は天羽という人物について詳しく知らないのだが、前に迅から聞いた話によれば「もう1人のS級隊員」らしい。つまり、
……だが戦後にその西部と北西部に行ってみたところ、建物が一切残っていなかった。文字通り、草1本残らず灰燼に帰していた。どんな能力の
加えて、太刀川慶。
基地に突っ込もうとしていたイルガーを旋空弧月でぶった斬って戦線に参加し、その後は狂ったようにラービットをボコボコにしていたという。結果として東部地区の被害を最小限に抑えたことが認められ、特級戦功となったらしい。
そしてそのラービットの撃破数に関しては、驚異の11体だそうだ。しかも本人曰く「
……並みのA級ですら苦戦するようなレベルのトリオン兵を二桁も倒しておいてまだ足らないとは、あのモジャ髭はどれだけ戦闘に飢えているんだろうか。
最後に俺こと、月城遼河。
──「基地内に侵入した人型
ラービットの撃破数は4体。俺の記憶では警戒区域内で4体+基地の屋上にいた1体の計5体叩き斬ったはずなのだが、宇佐美曰く1体に関しては千佳のアイビスがとんでもないダメージを与えていたせいでそっちに計上されたらしい。とはいえ
そして特級戦功にもなれば報酬も桁違いで、なんと褒賞金として150万円。加えて、1500ポイントもの大量得点が加算されるという。そんな莫大なポイントが一気に加算されたことで、俺の
……のだが、個人ポイントに関しては太刀川さんが異次元過ぎて大したことないように見える。太刀川さんの個人ポイントを見たことがあるが、個人総合1位だからといって許されるレベルではないポイントを1人で貯め込んでいたからな。俺がこれまでに太刀川さんから
しかし、ポイントはともかくいきなり150万円もの大金をポンと渡されても……一般庶民たる俺にはどう使えばいいか分からないのが現状だ。長らく贅沢とは無縁だったので、もうその感覚で身体が最適化されてしまっている。それなら、将来のために取っておくべきだろう。
もしくは俺のためではなく──あやめや、歌歩のために使ってあげてもいいかもしれない。もっとも、2人ともやんわりと断ってくるだろうが。
そして戦争終結から5日後。意識不明だった三雲が目を覚ました。
ボーダーの医務室へ運び込まれた時には意識不明になっており、そのまま三門市の総合病院へと運び込まれた三雲だが、応急処置の早さと搬送の早さが早期回復に直結したらしい。三雲の下には多くの見舞客が訪れていたようで、玉狛のメンバーを筆頭に、忍田さん、嵐山、木虎といった忍田派の面々、そして意外なことに出水・米屋・緑川の戦闘バカトリオと風間さんも三雲の下を訪ねていたという。
俺も見舞いに訪れた時に三雲の母さんに遭遇したのだが……あり得ないくらい若かった。御年39歳らしいが、どう考えてもそうは見えない。どこからどう見ても20代前半、それもモデルとしてやっていけそうなくらいの美貌だ。
ちなみに一目で三雲の母さん──香澄さんを「姉」ではなく「母」だと見抜けたのは俺だけだったらしい。そりゃそうだろう。あの容姿と美形でもうすぐ40歳だなどと信じられる人間は恐らく存在しない。なお香澄さんのことを母親だと言い当てた時「あなた見る目があるわね」と言われたので、もしかしたら気に入られたのかもしれない。
……しかし、俺にはそれ以上に気がかりなことがあった。
迅だ。大規模侵攻以来、迅は完全に沈み切っている。一度一緒に三雲の見舞いに行ったが、その時迅はずっと香澄さんと千佳に謝り続けていた。無理もないといえば、無理もない。迅の見る世界は、常にトロッコ問題の連続だ。一を取るか、全を取るか。迅はボーダーに入ってからずっと、その重責を1人で背負い続けてきている。それを真の意味で理解できている人間は、ボーダー隊員の中でも全体の1%にも満たないだろう。
だが、俺から見てみればいつまで過去を悔いているんだという話だ。いつまでもナヨナヨされていては寝覚めが悪い。終わったことは終わったのだ。過ぎ去った時を見続けて、あとから「ああすればよかった」とか「こうしておけばよかった」などと言われたところで俺からすれば「だからどうした」という話でしかない。終わったことを悔いるより、今自分たちの先にある未来をどうするかが問題なのだ。不幸な過去をやり直せるなら、誰だってやってる。
そんな迅と、俺は今2人きりで語り合っていた。玉狛支部の屋上、冷たい風が吹く夜に。
「いつまで後ろ向きで歩くつもりだ?」
「……遼河さんみたいに、おれはスパッと割り切れないからさ」
ココアを飲みながら、迅が呟くように語る。
……よく忘れそうになるが、ボーダー隊員であるということを取っ払えば、迅も俺も19歳の青年でしかない。だが迅も俺も、19歳の青年が背負うにしてはあまりにも重いものを背負っている。迅は不特定多数の人間の、ボーダーという組織そのものの未来を。俺は異世界を旅し、大切なパートナーと出会い、悪夢のような戦場を駆け抜けてきた過去を。きっと、背負っているものだけで考えれば迅の方が重い。
しかし、今の迅と俺は見ているものがまったく違う。迅は「
「今でも思うよ。もっとうまくやれてたら、今よりいい未来があったんじゃないかってさ」
「……レプリカのことか?」
「ちょっと違う。もっと、大きなことだ。──メガネくんが大怪我したのは、おれのせいなんだ」
一瞬、意味が分からなかった。
確かに「最高の未来」に辿り着くことはできなかったかもしれないが、その未来を掴めなかったのは迅のせいだ、ということは決してないはずだ。現にあの時迅の予知から外れる作戦を提案したのはレプリカで、それを受けたのは俺と三雲の選択だ。三雲が大怪我をしたのは結果論に過ぎない。
「誰が悪い、ってことはないだろ」
「……いや。本当なら、千佳ちゃんたちをさっさと避難させることも出来たんだ。でもそうしなかったのは、そっちの方が犠牲を少なくできる可能性が高かったからだよ」
「千佳たちを囮に使った、ってわけか」
「うん。結果だけ見れば、最高に近い未来を掴めたと思うよ。4年半前と違って、誰1人として死ななかったわけだからさ」
4年半前。つまり、第一次大規模侵攻のことだ。当時何が起きたのかは記録を調べるしかなかったのだが、記録だけでもその凄惨さは伝わってきた。
──2日間にも渡るトリオン兵の大侵掠により、東三門が完全に壊滅。その2日間で死者は1200人を超え、さらには400人以上の行方不明者を出したという。怪我人の数は忘れてしまったが、死者数よりも圧倒的に多かったことだけは覚えている。
それと比べれば、今回の第二次大規模侵攻はあり得ないほど短時間で決着した。なんせ昼時に始まって、日が傾かないうちに終結したのだから。ラービットやら
加えて迅の言うとおり、今回の戦いにおいてこっち側に犠牲者は一切出ていない。C級が多数攫われてこそいるが、民間人は誰1人として攫われておらず、おまけに全体で見ても行方不明者は第一次の40分の1程度。重軽傷者の数は比にならない程少ないことは言うまでもない。第一次の惨事を思えば、被害は微々たるものだ。この結果をもたらしたのは、間違いなく迅の功績と言っていいだろう。
とはいえ、迅からしてみればそう簡単に割り切れるような話でもないらしい。
「でも、レプリカ先生はいなくなって、メガネくんは大怪我。最悪の未来にこそならなかったけど──あと1歩でそうなるところだった」
「……」
「だからまあ、
……「大体おれのせい」。
言っていることは分からないでもない。未来が見えるのだから、「あの時こうしておけば」という問いは無限に出ることだろう。
しかし、俺からしてみればその回答は──。
「お前、やっぱバカだろ」
「……はっ?」
──「
それに尽きる。
「全部の未来を最高にしようだなんて、それこそ理想論だろ。未来が見えるからって、全部の未来をいいものになんてできるわけがない。それは、お前が一番知ってると思うんだが」
「……ズバッと言うなぁ」
「そりゃ言うさ。千佳が危険にさらされなくて、三雲も怪我せずに済んで、レプリカも無事で、それでいて犠牲者のない未来? そんな未来、非現実的なんてもんじゃない」
全部ほしい、なんていうのはただの強欲だ。そもそも千佳がトリオンキューブになった時点で、千佳を巡る泥沼の戦いになることは約束されていただろう。
最高の未来を求めるなとは言わないし、言う気もない。未来が見えるというのなら、誰だって都合の悪い未来は変えたいだろう。俺だってそう思うだろうし、迅だって変えたい未来はいくらでもあったに違いない。最上さんの死も、母親の死も、自分の知らない人の死も……。なかったことにできるのなら、なかったことにしたいはずだ。
迅は、それを背負ってきている。そして、これからも「変えられなかった過去」を背負い続けるのだろう。しかし、迅が本当に背負うべきものは別にあるはずだ。
「終わったことをいつまでも振り返ってちゃ、変えられるものも変えられない。
迅がどれほどのものを背負っているのか、俺には分からない。俺には未来が見えないのだから、当然だ。
しかし、これだけはいつか誰かが言わなきゃならない。そうでなければ、こいつは勝手に追い詰められていくことになる。壊れることはないだろうが、最悪その一歩手前まではいくだろう。それくらいは予想がつく。せっかく未来を知ることができるというのに、未来を知っているから今を掴めたというのに、その本人がいつまでも過去に囚われているようじゃ、先へ進むものも進めない。
しかし、言葉で言っても多分迅には届かない。なら、手段は簡単だ。
「……それでも、お前が過去を振り切れないってんなら」
俺は腰に番えたトリガーに手を掛け、迅に向かって突き付ける。
「俺が忘れさせてやる。──
「……ぷっ、はは!」
迅は目を見開くと、可笑しなものを見たかの如く笑いだした。
俺自身変なことを言っている自覚はあるが、こういう荒療治もたまにはいいだろう。結局俺も迅も、強者と本気でバチバチに戦り合っている瞬間が一番楽しいのは疑いようがないのだ。迅はひとしきり笑うと──懐から、トリガーを取り出した。
「やる気になったか?」
「そりゃあんなこと言われたら、ね?」
どうやら、荒療治の提案は効果があったらしい。迅の目に、分かりやすく光が戻っていた。
「やるんなら本気で来い。生憎、お前を相手に加減する優しさはないんでな」
「えー……。ちょっとは優しくしてくれてもいいと思うんだけど? ……でも、久しぶりに楽しくなりそうだ」
その日、俺たちの模擬戦は夜遅くまで続いた。ランク戦ではない、ただ純粋に本気でぶつかり合うだけの時間。だがその時間は、迅の心にあった暗がりを晴らすには十分だったようだ。
きっとあの時の俺たちは、19歳の俺たちじゃなく──どうでもいいことで笑い、ぶつかり合っていた日々の俺たちに戻っていた。
作中で第一次大規模侵攻の怪我人をぼかしているのは、原作において正確な数が示されていないためです。