ワールドトリガー・Returner from another world   作:もりいぬ

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3話目となります。
しばらく退屈な話が続くと思いますが、必要な展開なのでもう少しお付き合いください。
今回は輪をかけて短いです。



ボーダー本部へ

 月城遼河がアイリスという近界民とともに約5年ぶりに三門市に帰還し、ボーダー基地……今は「ボーダー玉狛支部」となった基地にやってきた次の日、遼河は朝の陽ざしで目が覚めた。トリオンによる疑似的な太陽ではなく、長らく忘れていた本物の太陽の光だ。そこで遼河は改めて「帰ってきた」ということを実感した。スマホを見ると、今は午前6時半。早すぎるというわけでもないが遅くない、ちょうどいい時間だと遼河は思った。

 廊下に出ると、下の階から実に美味しそうな匂いが漂ってくる。誰かが朝食を作ってくれたのだろうと思いながら階段を降りていくと、キッチンにはなんとアイリスがいた。

 

「あ、遼河くん! おはよう!」

「あぁ。おはよう」

「ちょっと待っててね! 今ご飯できるから!」

「そうか。楽しみにしてる」

 

 アイリスは慣れた手つきで料理を作っている。

 およそ5年にわたる放浪生活の中で、遼河の心の支えとなっていたもの。それこそが、アイリスの作ってくれる手料理だった。近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)と比べると基本的に慢性的な資源不足で、2人が訪れた国の中には不足する資源を求め戦争を繰り広げている国がいくつもあった。そして遼河とアイリスは、2人でそういった国を見て、渡り歩き、助け合い、時には戦い、今こうして生き残ってきたのだ。

 ……もしアイリスと出会わなかったら。あの時、アイリスを連れて行かなかったら。そう思っただけで、遼河はぞっとした。遼河は旅の中で、いつも快活で元気溢れるアイリスの姿に勇気づけられていた。アイリスの作ってくれる料理が、戦地を駆け抜ける遼河の心を癒してくれた。アイリスが居なければ、自分は5年間を生き抜けたか分からない。そう思えるくらいには、遼河の中でアイリスという少女の存在は大きなものになっていた。

 まもなく、アイリスが2人分より少し多めの卵焼きを作ってテーブルに置く。旅の道中で遼河はアイリスにいくつかこちらの世界の料理を教えており、その1つが卵焼きだった。もっとも、放浪中に食べる機会はほとんどなかったが。それ以外にもテーブルにはアイリスが作ったらしいトマトのスープが置かれている。

 

「それじゃ……いただきます」

「うん、いただきます!」

 

 2人でともに食事前の挨拶を交わし、朝食にありつく。いつ死ぬか分からない危険な旅をしていた身だ、食べ物のありがたみは身に染みていた。だからこそ、遼河もアイリスも食事前の挨拶を忘れたことはない。それに遼河からしてみればこちらの世界で朝飯を食べるのは実に約5年ぶりだ。本物の朝日を浴びながら食事をするのは、外敵の襲来に怯えることなく食事をするのはいつ以来だったか、もう覚えていない。

 ご飯を食べ進めていくうちに、遼河の視界が滲んでいく。ふと視線を感じてそちらの方を見ると、やや慌てたようなアイリスの顔が目の前にあった。

 

「──どうしたの遼河くん!? わたしの料理、美味しくなかった!?」

 

 アイリスは遼河の顔を見つめながら、あたふたしている。そこで遼河は、自分が涙を流していることに気付いた。遼河は涙を拭うと、ぎこちなく笑った。

 

「……いや。こっちの世界で食べたご飯があまりにも懐かしくて、ちょっとな。すごく、美味しいよ……アイリス

 

 この5年の間に食べ慣れたアイリスの料理だったが、自分の世界で食べると何倍も美味しく感じた。そのおかげか、ここ数年で一番食が進んでいる。アイリスとともに食事前の挨拶を交わした遼河だったが、食べ終えるのはアイリスより圧倒的に早かった。

 そして遼河が朝食を食べ終えた少し後に、リビングのドアが開く。立っていたのは、林藤支部長だった。

 

「おはよう、お二人さん」

「おはようございます!」

「おはようございます、林藤さん」

 

 林藤支部長は右手を挙げ、2人に挨拶した。遼河とアイリスもまた、ハッキリと挨拶を返す。そしてテーブルに置かれていた卵焼きを見て、僅かに眉を上げた。

 

「これ、遼河が作ったのか?」

「ああいや、これを作ったのは……」

「その卵焼きは、わたしが作りました!」

 

 フンス、と誇らしげにするアイリス。それを聞いた林藤支部長は、珍しく驚いたような反応を示す。そして卵焼きをひと切れ口にすると、目を見開いた。

 

「……美味い。こりゃ驚いた。まさかこっちの世界の料理も作れるなんてな」

「俺が作り方を教えたんです。──俺の人生の中で、1番美味しい料理を作ってくれた人ですよ、彼女は」

「へぇ……。なるほどな」

 

 林藤支部長は感心したように数回頷いた後、2人の方を振り向いた。

 

「そうだ。遼河、アイリス。突然で悪いが……。お前たちには今日、俺と一緒にボーダー本部に来てもらう」

「ええっ!?」

「ボーダー本部に? ……ああ、アイリスのことでですか?」

「まぁな。それに、お前の生還報告って理由もある。忍田さんとか、ずっとお前の事探してたんだからな」

「アハハ……。忍田さんなら本当にそうしてそうだなぁ」

 

 余裕を見せる遼河に対し、アイリスはおどおどしている。それを見かねた遼河が、アイリスに声を掛けた。

 

「大丈夫だ。何があっても、俺がお前を守り抜く。約束だからな」

「うん……。遼河くんと一緒なら、大丈夫だよね」

「ああ。だから、安心しろ」

「えへへ……」

 

 遼河はアイリスの頭を撫でる。その様子は傍から見れば、心配性な妹とそれをあやす兄だった。

 

「それで、いつ出発するんです?」

「あぁ、そうだったな。とはいっても、こっちは割といつでもいいんだが……」

「なら、すぐに出発しましょう。用件は早く済ませた方がいい。アイリスも、それでいいか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 アイリスが頷いたことで、遼河たちの今日の予定は決定した。

 まもなく朝食を食べ終えたアイリスは、街を出歩いていても違和感のない服に着替えるべく自室へ向かう。その間に遼河と林藤支部長は、今後のことについて話し合っていた。

 

「アイリスのこれからのことについては交渉する、ってことでいいんだな?」

「はい。城戸さんとかはアイリスから情報を抜き出したい立場になったって言うのは分かります。それでも、俺はアイリスとの約束を反故にするわけにはいきません。そもそもアイリスの知ってることは基本俺も知ってます。情報を出せって言われたら、俺が出しますよ」

 

 林藤支部長は静かに笑みを浮かべる。

 自分が知らない間に、月城遼河という青年は記憶よりはるかに強く、頼もしくなったようだった。

 

「そりゃ、頼もしいな。でも、今の城戸さんは昔とは違うからな。気をつけろよ?」

「言われなくとも。それでも俺は、引き下がる気はありません」

「ったく、そういうところは昔から変わってないな」

 

 ハハハ、と談笑する2人。そこに、5年という時間の隔たりはまったくと言っていいほど存在しなかった。まもなく、普段着に身を包んだアイリスが下りてくる。

 アイリスがここで暮らすと決まった後、遼河含む玉狛支部の面々は施設中をひっくり返してそれっぽい服を身繕い、どうにかアイリスの普段着を調達してきていた。今度小南と宇佐美の立会いのもと、アイリス用の服を買いに行く予定である。

 

「うん、これで準備オッケー!」

「よし、それじゃあ出発するぞ。表に車は出しておいてるから、先に乗っててくれ」

「分かりました」

 

 アイリスが車に乗り込んだことを確認して、遼河も車に乗り込む。まもなく3人を乗せた車が出発し、車の中で、遼河とアイリスはボーダー本部のこと──今のボーダーとはどういう組織なのか、今から会うことになる城戸司令や忍田本部長はどういう人なのか──を一通り聞くことになった。

 数十分ほど走ったあと、車が止まる。車から降りた遼河とアイリスが見たのは、三門市の中でもひときわ白く、超巨大な建物だった。そこら辺のビルよりはるかに大きいだけでなく、異様なまでに白い。真っ白なのだ。その姿は誰がどう見ても異質。同時に、遼河達にはその建物が近界(ネイバーフッド)で見た要塞のようにも見えた。

 三門市のどこからでも見えるこの巨大な建造物が、まさか今のボーダーの本部だとは遼河も想像できなかった。

 

「ここがボーダーの本部だ」

「これが、今のボーダー……」

「大きい……」

「よし、行くぞ2人とも。はぐれるとダメだから、しっかりついてきてくれ」

 

 林藤支部長に連れられ、遼河達は本部の中へと入る。中には大勢の隊員がおり、談笑に明け暮れていた。5年前のボーダーの人の少なさを知る遼河は、その時とは比べ物にならない人の多さに圧倒された。

 ロビーを横切った3人はエレベーターに乗り、上の階へと向かっていく。エレベーターのボタンに振り分けられた番号の多さが、このボーダー本部という施設の規模の大きさを物語っていた。

 林藤支部長を見失ったら一瞬で迷子になりそうだ、などと考えながらエレベーターを降り、1つ2つと角を曲がり、長い廊下を通り抜け、やがて林藤支部長は1つの部屋の前で止まった。

 

「さて、ここからは遼河。お前さんの出番だ」

「分かってます」

「アイリスも、遼河の側を離れるなよ」

「はい……」

 

 林藤支部長が扉を開く。

 遼河とアイリスは互いの手をしっかり握りながら、中へと足を踏み入れた。

 





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