ワールドトリガー・Returner from another world 作:もりいぬ
ようやくプロローグが終わる形となります。
今回も短文です。
遼河とアイリスが足を踏み入れた扉の先は大会議室となっており、すでに中には狸のような風貌の小太りの男性、どこか胡散臭さを感じさせる狐のような雰囲気の痩身の男性、飄々とした雰囲気を持ちどこか悪の組織にいそうなオーラを放つ男性、長身で整った顔立ちをしておりどこか苦労人のような感覚を醸し出す男性、そして遼河たちを射止めるような視線を向けている、大きな傷跡の目立つ男性が椅子に座っていた。
その中でも、遼河は整った顔立ちの男性と、正面に座る傷痕の男性に見覚えがあった。さすがに5年前の記憶と比べると風貌はだいぶ変わっていたものの、記憶の中の彼らと同一人物だと確信するのに根拠はいらなかった。
「お久しぶりです。──
「……ああ」
遼河の発言に、狸のような男性と狐のような男性がざわつく。
無理もない。たった今遼河が「城戸さん」と呼んだ人物はボーダーにおける
事情を知らない面々からすれば、今しがた林藤支部長に連れられて入ってきた青年が、何の臆面もなく城戸司令を「城戸さん」とフランクに呼んだだけでなく、城戸司令も青年を知っているかのような反応を返したというわけのわからない状況が完成しているのだ。
狐のような男性が、城戸司令に疑問をぶつける。
「城戸司令! お聞きしますが、彼は?」
「それについては私が説明しよう。彼は月城遼河という。5年前に行方不明扱いとなったボーダー隊員だ。……久しぶりだな、遼河」
「忍田さん。……はい。本当に久しぶりです」
狐のような男性に遼河の事を紹介した忍田本部長──
まもなく林藤支部長が着席し、出席者が全員揃ったことを確認した城戸司令が、事の本題を切り出す。
「さて、月城くん。君が帰ってきたことは我々としても喜ばしい。だが、今日君がここに来た理由はそれだけではないだろう。用件を聞こうか」
「はい。ですがその前に、まずは彼女の挨拶を」
そこで遼河は、今まで背中に隠れていたアイリスを上層部の眼前に出した。
アイリスは上層部の面々が放つ威圧感にやや怯えながらも、自己紹介をする。
「あ、あの、アイリスと言います」
「アイリス君、か。彼女がどうかしたのか?」
「彼女は、俺が
その一言で、会議室内に激震が走る。
狐のような男性と狸のような男性は驚きのあまり立ち上がりかけ、忍田本部長は目を丸くし、表情を常に崩さない城戸司令ですら、僅かに表情が崩れた。唯一事情を知っている林藤支部長だけが、煙草を咥えながら涼しげな表情をしていた。
「き、君、
「百も承知です。……今のボーダーが、
「だとしたら、なおさらなぜここに連れてきたのかの説明をしてもらわねばならんぞ」
「それを今から説明します。──今日ここに彼女を連れてきた理由は、上層部の皆さんの彼女の認知のため。そして、彼女の身の安全を保障していただくためです。確かに彼女は
狐のような風貌の男性は遼河に噛みつき、狸のような雰囲気の男性は遼河に説明を迫る。
そして遼河から語られた、「
「月城くんの言い分は承知した。では、そこにいるアイリスの身の安全の保障という話だが、具体的に我々に何を求めるのかを聞こうか」
「俺の要求は2つです。1つ目に、彼女が
「……1つ目については、根付さんの意見を聞きたいのだが」
「忍田本部長!? ──いやまあ、彼女が
「よろしい。ならば、その方向で話を進めよう。だが、彼女を玉狛支部で
「……なぜです? さっきも言いましたが、彼女は戦闘の経験もなければ、トリガー1つ持ち合わせていない。元は向こうの人間とはいえ、彼女は民間人なんですよ?」
狐のような男性──
その反論を聞いた城戸司令は、こめかみに手を当てた。その仕草が「話を聞け」という城戸司令からのシグナルだと気づくのに時間はそうかからなかった。
「月城くん。話は最後まで聞くものだ。私はあくまで『無条件で引き取らせるにはいかない』と言った」
「交渉、ということですか」
「その通りだ。アイリスのトリガーの使用、所持、ならびに携行の一切を認めない。これが我々の提示する条件だ。この条件を受け入れるのならば、彼女が一般人として不自由なく三門市で生活できるよう、便宜を図ろう……。どうかね?」
「……分かりました」
一瞬の沈黙の後、あっさりと城戸司令の出した条件をのんだ遼河に、根付対策室長が驚愕する。しかしその驚愕はどちらかというと遼河の方というよりも、「トリガーの所持・使用の不可」というかなり緩い条件を出した城戸司令への驚愕であった。
「よろしいのですか!? 相手は
「私は賛成だ。確かに彼女は
「わしもおおむね同意見だ。いくら
根付対策室長が困惑する一方で、城戸司令の出した交渉条件に忍田本部長と狸のような男性──
「いいだろう。『トリガーの使用および所持の禁止』……。これを条件として、アイリスの身の安全を約束しよう」
「……ありがとうございます」
遼河が頭を下げる。それに続くように、アイリスが頭を下げた。そして遼河達が頭を上げるのとほぼ同タイミングで、会議室の扉が開く。遼河が振り返ると、そこには迅が立っていた。
「実力派エリート迅、ただいま到着しました~」
「迅。なんでここに?」
「いや~、そろそろ会議が終わる時間だって
迅のサイドエフェクト──「未来視」を知っている遼河は、どうせまた未来でも見たな、と内心でため息をついた。
しかし、これは同時に好都合でもあった。遼河がここに来たのは、アイリスの生活を認めてもらうだけではない。ここから先の話は、個人的な交渉になるからだ。
そこで遼河の「もう1つの要求」をあらかじめ知っていた林道支部長が、迅に指示を出す。
「ちょうどよかった。迅、アイリスを玉狛に連れて帰ってくれないか?」
「了解、ボス。ほら、アイリスちゃん。行こうか」
「あ、はい!」
迅はアイリスを連れて会議室から去ろうとする。
そこで迅の悪癖を小南から聞かされて知っていた遼河が、迅に釘を刺した。
「……アイリスの尻に触ったら容赦しないぞ」
「しないしない! やらないから! 顔が怖いよ遼河さん! ってか、なんで知ってんの!?」
「小南に聞いたんだよ」
アイリスは迅と共に会議室を後にした。
そして1人で上層部と向き合った遼河は、ここに来た「もう1つの目的」を切り出す。
「会議が終わる前に、もう1つ用件があります」
「ほう……。何かね?」
「俺を、今のボーダーに復帰させてもらえませんか? 俺はまだボーダー隊員のつもりでここに来ました。──お願いします」
遼河は再び頭を下げる。それを見た忍田本部長が、遼河に声を掛けた。
「遼河。お前はまだ、
「えっ?」
「除籍されていない」。その言葉に、遼河は一瞬頭が真っ白になった。
自分が向こうの世界に行ってから5年が経っている以上、とっくに自分は除籍されたものだと思っていたからだ。程なくして城戸司令から、遼河の扱いについて説明が入る。
「確かに月城くんは、5年ほど前に行方不明になっている。しかしあくまで行方不明扱いで、死亡扱いにはなっていない。加えて、君の籍はまだボーダーに残っている。つまり、君はまだボーダー隊員のままだ」
「ということは……」
「しかし、今のボーダーは昔とは違う。君だけを特別扱いすることはできない。だが、戦闘経験が豊富な君をC級扱いにするのは、我々にとっても惜しい。そこで今一度改めてフリーのB級隊員として、ボーダーへの復帰を認める。それに加え、玉狛にてアイリスの監視を一任したい」
「ありがとうございます……!」
「他に用件は無いようだな。ならば、会議は終了とする」
城戸司令の提案は、「入隊試験を飛ばしてB級隊員として復帰できるうえ、玉狛支部での生活を認める」というもの。1人のB級隊員への処遇としては、明らかに破格だった。それに対し、遼河は一層深く頭を下げる。
そのまま城戸司令の発言で会議は終了となり、遼河は林藤支部長とともに会議室を立ち去る。時を同じくして支部長の携帯に、迅から「アイリスを無事に送り届けた」というメールが届いた。
「アイリスは無事に、玉狛に到着したらしい」
「無事じゃないと困りますけどね」
「ハハ、確かにそうだな。……しっかし、お前も変わってないな。目上の人だろうと全く躊躇しない。今の城戸さんに怖気づかず喋れるのは、昔の城戸さんを知ってる人間でもごく一部なんだがな」
「城戸さんは確かに変わってましたけど、俺の知る城戸さんも、確かにあそこにいました。結局あの人は、非情になりきれないんですよ」
「……ま、そうだな」
エレベーターで1階に降り、ボーダー本部を出る。
「さて、これで遼河は晴れてボーダー隊員に戻ったわけだが……。何か、質問はあるか?」
「いえ。俺は聞くよりも、やって慣れる方が早い人間なので」
「そう言えばそうだったな。さて、帰るとするか」
「はい」
遼河は林道支部長の車に乗りこみ、玉狛支部へと帰っていく。そうして玉狛支部へと帰ってきた遼河は、そこで不思議なものを見ることとなった。
「お? しんいりか?」
「……え?」
遼河たちを出迎えたのは、4歳から5歳程度の子供だった。だがそれは重要ではない。
遼河の目を引いたのは、その子供が乗っている生き物だ。大きめの体躯に、茶色の毛。これだけ聞くと大きめの犬なのではと思うかもしれないが、その生き物はどこからどう見ても犬ではない。むしろ、ペットというには珍しすぎる生物だった。
「か、カピバラ……?」
そう、カピバラだ。二度見したが、やはりカピバラだ。遼河にとっては動物図鑑でしか見たことのないような生き物が、子供を乗せてこちらを見ている。
──なぜカピバラがここにいるのか。そもそもこのカピバラがペットだとしたら、誰のペットなのか。遼河がそこまで考えたところで、林藤支部長がやってくる。遼河はたまらず、質問をぶつけた。
「あの、林藤さん。あの子どもは……?」
「あぁ、こいつは陽太郎って言ってな。知り合いの子どもなんだが、ちょっと訳あって俺が預かってる。で、そのカピバラは雷神丸って名前だ。ま、玉狛支部のペットみたいなもんだと思ってくれればいい」
「カピバラがペット……。しかも、雷神丸って……」
「雷神丸」。あまりにも癖の強いその名前に、遼河は苦笑するしかなかった。だが同時に、遼河の中には「これからも退屈しなさそうだ」という予感がしていた。
──そしてその予感は的中することになるのだが、未来を見る人物ただ1人を除いて、それを知る者はまだいない。
展開が多少ご都合主義かもしれませんが、お許しください。