偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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プロローグ

氷上に踊る一人の選手に会場にいる全ての人間の視線が吸い寄せられていた。

視線は期待に満ちて、誰もがその時を待っている。

奇跡が完成する瞬間、そして—--

 

「今! 最後のジャンプを着氷! このオリンピックの氷上に、使用曲の原曲の歌詞通り英雄が再び現れました!」

 

会場がスタンディングオベーションとなる中、熱に浮かされたかのように興奮も露わに実況が叫ぶ。

 

「演技の構成、その氷上での出来栄え、どちらも文句なしの完成度です! これはもう間違いないでしょう!」

 

解説の元選手もその興奮を隠せずに、声を震えさせている。

鳴りやまぬ歓声と拍手の中、選手はキスクラへ悠々と歩きながら観客に手を振った。

 

「今点数が出ました! 自己ベスト更新! つまり今期の最高得点、オリンピック金メダルが確定します!」

 

拍手が再び強まり改めて歓声が上がる。

 

「常勝不敗の絶対王者、氷上の魔王、我らの英雄、鴗鳥理凰が! 今日! オリンピック連覇という偉業の達成をもってフィギュアスケート界の歴史にその名を刻みます!」

 

会場はもはや国籍の別なく、果たされた偉業によって興奮のるつぼと化した。

なお、その会場でまさに伝説となる偉業を打ち立てた、理凰君の『中の人』はというと。

 

(うーん、さすがにやりすぎ? いやでも、前世でもオリンピック二連覇した人はいたし、まあヨシ!)

 

などと現場猫を思い浮かべていたが、その内心は不敵な笑顔に隠れて付き合いの深い若干一名が

 

(何か胡乱なこと考えてそう)

 

と思った以外は誰にも気づかれなかったのである。

さて、そんな彼がいかにして今の状況に至ったのかであるが、それを語るには時を大体20年ほど遡らねばならない。

事の起こりは彼が狼嵜光に出会うほんの少し前。

本来の世界線では起こらない事故が起こってしまった事がすべての始まり。

少々長くなるがどうかお付き合いいただきたい。

 

 

 

 

 

 

「いや、ここどこ?」

 

思わず出た声は妙に高く聞こえた。

んん? いや、俺こんな声高くなかったよな?

目の前に移るのは見覚えのない天井だが、見渡してみれば何の変哲もない病院の個室といった感じである。

 

「しまった。どうせならお約束のあのセリフを言えばよかった」

 

あれである。知らない天井云々のヤツ。

でもやっぱり声高いよな。改めて声を出して思う。

そしてふと嫌な事実に気が付いて、体を起こして布団をはぎ体を見るとともにその事実を確かな現実として目にすることとなった。

 

「これ明らかに俺の体じゃないよな?」

 

あれちょっとまって、どういう事。

いつ日本の医学は、人の体を挿げ替えることができるようになったの?

 

「か、鏡、鏡がどこかに、そうだ病室の個室ならトイレに行けば…」

 

慌てていたためかベッドから降りる際ふらつきながら、個室内に備え付けられたトイレに入り鏡と向かい合った。

そして鏡に映る、自分ではないがどこか見覚えのある顔。

んんー? これ、子供のころの理凰君では?

三次元になっているけどはっきりとそう分かるくらいに理凰君だよなコレ。

ああ、なんだ夢か。

はっはっは、最近メダリストにすっかりはまってたもんな。

愉快な夢じゃないか。 しかしなんで病院?

まあなんか怠いしひとまずベッドに戻って寝なおすか、そうすりゃ夢も覚めるだろ。

と、トイレの扉を開くとばったり看護師さんと目が合った。

様子を見に来た? 定期検診的な?

変にリアルな夢だなと感心していると看護師さんの顔がみるみる驚愕のそれに。

 

「鴗鳥君!? 目が覚めたの!? 急に動いて大丈夫なの!?」

 

「あ、ええと、ちょっと怠いけど動けないほどでは…?」

 

「倦怠感があるのね? すぐにベッドに戻りましょう」

 

すごい剣幕に思わずもごもごと答えると、抱き上げられてベッドに連れていかれた。

いや、女性なのに力強いなこの人!?

あ、いや、今の俺が小さくて軽いだけか。

そんな風に考えているうちに看護師さんがナースコールを押して医者を呼び出し始めた。

その後はまあ、医者が来て体を調べられ、あれこれ聞かれて、体が疲れていたのもあって強い睡魔に襲われた。

ああ、この妙な夢も終わりか、と考えたのまでは覚えてる。

 

うんまあ、寝て起きても夢は終わってなかったけどな!

いや、もうこれ多分夢じゃねぇな!

別に推定前世は記憶にある限りでは普通に床に就いただけで、死ぬような要因なかったと思うんだけどなあ!

はあぁ。

オーケー。

俺は何故か子供のころの理凰君に転生ないし憑依した。ひとまずそこは受け入れるしかない。

少なくとも夢というには色々と五感からくる感覚やらなにやらリアルすぎるし、一向に目覚める気配もないしな。

 

そしてそうなると気になるのが元の理凰君の人格はどうなったのか、なんだが、これは医者から聞いた自分の状況で何となく予想できた。

俺、というか理凰君がこの病院に入院していたのは交通事故で頭を打って昏睡していたためらしい。

脳に損傷が見られたとかなんとか。目覚めない可能性も決して低くなかったとか。

そういった情報から見るに恐らく本来の理凰君は死んでしまったのだろう。

この体が理凰君のものだからなのか、その予想が正しいということがなんとなく直感的にわかるのだ。

 

つまりこの世界線は本来の世界線と異なる理凰君がいない世界線なんだろう。

本来は死体か植物状態になっているはずの体に何故か俺の魂とでもいうべきものが入り込んだことで理凰君ボディin俺が生まれたと。

前世の俺はなんでか死んだ。そこは単に死んだあたりの記憶が抜けて覚えてないのか、死の自覚ができないような死に方をしたのかわからないが、今こうなっているということはそういう事と考えるしかないだろう。

 

そして現状、俺は理凰君として生きていくしかないわけだが、理凰君としていきてきた記憶、いわゆるエピソード記憶はビタイチないんだよなあ。

意味記憶の方はそこそこありそう。なんせ前世で分からなかった英語とポルトガル語が分かるからな。

今まさに、泣きながら俺を抱きしめているエイヴァさんの言葉がわかることからもそれは確実だ。

 

「よかった、理凰、よかった—-」

 

ああもうほんと、心苦しい。

せめてエピソード記憶の方も情報としてだけで実感が伴わなくてもいいから残っていてくれたら、理凰君のふりだってしてあげられたのに。

 

「大丈夫。そんな顔しなくていいのよ。お医者様から聞いているわ。いいの。生きて目を覚ましてくれた。それだけで」

 

複雑な感情が顔に出ていたんだろう。

エイヴァさんは俺を抱きしめたまま優しく頭をなでてくれる。

中身そこそこいい年の俺としては少々恥ずかしくもあるのだが大人しく受け入れた。

それくらいはしてあげるべきだと思ったから。

 

「思い出はまた作っていけばいいの。ゆっくりともう一度」

 

そうだな。俺にできるのはそれくらいだ。

二度目の生の対価として。理凰君の体で生きる代償として。貴方達を騙し続けることに対する償いもかねて。

俺はあなたたちの家族になろう。理凰君が本当は死んでしまった事は墓までもっていこう。

きっと形は違うだろうけれど、理凰君があなたたちに与えるはずだった全てを、優しいあなたたちに理凰君に代わって与えられるように。

 

……そしてついでに、文字通り生きている次元が違ったがゆえに前世では決してかなえられなかった直接的な推し活を!

俺的な最推しの光ちゃん!

そしてもちろん負けないくらいに推しの主人公のいのりちゃん!

さらにさらに、数々の魅力的なキャラクター達!

ていうか、俺がこんなことになったバタフライエフェクトで、光ちゃんが鴗鳥家という家族を得られなかったり、いのりちゃんがスケートを始められなくなったりしたらマジでシャレにならない。

 

光ちゃんについては、夜鷹純から慎一郎さんに連絡があったときに強く受け入れを押せば何とか行けるだろうと思うが、いのりちゃんはどうするべきか。

基本的には傍観しかないか?

変に何か手を加えるほうが危ういよな?

司先生の動向をそれとなく見ながら大きく流れから逸れそうなら修正に何か手を打つくらいが無難かなあ。

うーん、ひとまず保留!

今すぐできる事なんてないに等しいし。

兎にも角にも、いまは自分が鴗鳥理凰として生きていくことに慣れる事から始めなければならない。

未来に夢を見つつ、できることからコツコツ頑張っていくとしよう。

 

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