偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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8話

さて先日、フィギュアスケーターとしての己の指針を決めた俺だが、思い立ったが吉日と、さっそく動き出した。

 

「今日からよろしくね、父さん」

 

「ああ、任せなさい」

 

そう、慎一郎さんに協力を仰いだのだ。

元々クラブの時間外に練習を見てもらっていたけど、今日からは貸し切りのリンクで二人きりである。

なお、夜鷹純と光ちゃんの練習時間とは別枠だ。

枠を借りるためのお金は最初、慎一郎さんが出そうとしたんだが流石に額が大きいし、どこまで行ってもこれは俺のわがままなので固辞して自分で出した。

 

え、そのお金どこから持ってきたって? メダリストの世界って、基本現実準拠じゃん?

だからまあ仮想通貨とか株とかで、こう、ね?

あまりに上手くいって楽しくなってしまった結果、冷静になったときにはちょっと稼いだ額の桁がヤバくなっていたのは俺とみんなの秘密だぞっ!

小学生で起業したなんて言う都市伝説めいた謎の天才投資家のうわさが一部界隈で広がってるって?

それは知らない子ですね…。

こほん。

まあ大金もってることなんて広めても良いことないので、一山当ててその後はコンスタントに稼げている程度だと周囲には偽っている。

 

光ちゃんには大分ごねられた。

説得がマジで大変だった。

俺の言うことはだいたい素直に聞いてくれて心配になるくらいだったので、その反応にちょっとホッとするとともに、駄々をこねる様子が滅茶苦茶可愛らしくてほっこりした。

ただ、これに付き合わせてしまうと練習量的に絶対オーバーワークになるのが目に見えていたし、これから用意するプログラムは賭けを成功させるためにもなるべくその時まで伏せておきたい。

あと、光ちゃんには折角だからしっかり仕上がったものを、サプライズ的に見せたいという気持ちもあった。

なので、俺が夜鷹純との練習では主に光ちゃんのサポートに周っていて光ちゃんに比べて練習量が少ないことや、クラブでも他の子の面倒を見ている時間が増えていることなどを挙げて何とか納得してもらった。

 

タイムリミットは、俺がノービスで本格的にフィギュアスケートの選手として戦い始めるまで。

流石にノービスに上がってしまえば大会の準備などで、他に割く余力は無くなってくるだろう。

だから、それまでの時間にして約二年ほど。

この二年を全てつぎ込んで、俺は一つのプログラムを完成させる。

 

時間を忘れるくらい集中して練習していると、慎一郎さんが不意に手をたたいた。

あ、もうこんな時間か。

見れば汐恩を抱いたエイヴァさんがいつの間にかリンクの傍にやってきている。

 

「お兄ちゃん素敵ねー」

 

なんて汐恩をあやしているのを、ちょっと照れ臭く思いながらリンクを上がると、慎一郎さんがスポーツドリンクを渡してくれた。

 

「理凰、その…話があるんだ」

 

スポーツドリンクを飲んでいると、どこか躊躇うように慎一郎さんが言う。

 

「母さんと話し合ってな。もし理凰が望むのなら、なんだが」

 

あ、これ大分まじめな話だな?

と思い、スポーツドリンクを飲むのをやめ蓋を閉じた。

慎一郎さんとその隣にやってきたエイヴァさんとしっかり向き合う。

 

「今の君に、その名前が負担になっているなら、名前を変えないか?」

 

一瞬、思考が真っ白になった。

そして、思考が追い付くと、無性に泣きたくなった。

ああ、そうか。

この人たちは本当に、今の俺をちゃんと見て、愛してくれているんだな。

 

「もっと前から話してはいたんだ。だが、今までは突き放しているように聞こえてしまうんじゃないかと思って聞けなかった。初めて君が、私たちに自分の為のわがままを言ってくれて、今ならと思った」

 

いつの間にかこぼれていた涙をぬぐって、多分不格好になっているだろうけど精一杯、笑顔を作る。

 

「俺のことを、そんなに考えてくれてありがとう。父さん、母さん」

 

声が震えてしまうが、構わない。

こんな時まで家族に恰好なんてつけなくていい。

 

「でも、俺はこの名前が気に入っているんだ。今の俺は、前の俺とは違うけど、確かに前の俺と繋がっていて」

 

この体は元は確かに理凰君のもので、もういなくなってしまった彼の事を俺は忘れたいなんて思わない。

漫画の理凰君は、とても素敵な子だった。

入れ違いになってしまって、現実になったこの世界で出会うことは出来なかったけど、大好きなキャラだった。

 

「だから俺は、この名前で。これからの自分を生きていきたいと思ってる。それに、きっと俺がこれからも生きていけば、みんなにとっての理凰は今の俺のことになる。でも二人には、前の理凰のことも忘れずに覚えていてほしいんだ」

 

慎一郎さんもエイヴァさんも二人とも涙を流していて、俺もまた涙が流れてきて、三人とも顔がくしゃくしゃだった。

 

「理凰!」

 

あ、光ちゃんの声。

そっか、次の枠、夜鷹純との練習でとってる枠だっけ。

エイヴァさんと一緒に来てたのか。俺たちの話が終わるまで待っててくれたんだな。

 

「理凰、よかった、よかったね…!」

 

光ちゃんが泣きながら俺を抱きしめてくれた。

エイヴァさんも、汐恩を抱いたまま空いた手で俺を抱きしめてくれる。

そして慎一郎さんが、家族全員を包むように抱きしめてくれて、俺たちは泣いた。

 

「父さん母さん、前の俺も今の俺も、どっちも愛してくれてありがとう。光、いつもそばにいてくれてありがとう。みんな大好きだ」

 

そんな風に言うと皆の様子に驚いたのか汐恩が泣きだした。頭をなでて言葉を付け足す。

 

「もちろん汐恩も忘れてないから」

 

そうして、しばらく皆で笑いながら泣いた。

時間がやってきてスケート場を訪れた夜鷹純が、いったい何事かという顔で驚いていたのを見てみんなで笑って。

そのあとの夜鷹純と光ちゃんとの練習はちょっと照れ臭かったけど。

 

俺は、ようやく本当の意味で、鴗鳥理凰になれた気がした。

 

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