偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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12話

狼嵜光視点

 

理凰のあの言葉を聞いてしまった次の日から私はしばらくの間、盛大に空まわった。

それはもう清々しいくらいの空回りぶりで、理凰と二人で行った近場のペットショップにいたハムスターだって、ここまでは空まわっていなかったと思う。

可愛かったな、滑車の中を必死で走るハムスター。

 

うん、これは現実逃避だ。

理凰のことを何とかしようとして、昔の理凰を知らない私とだけいればなんて、まったくもって浅はかな行動だった。

きっと本当のところ、私は自分の気持ちを紛らわすために理凰に甘えていただけだと思う。

理凰にはかえって迷惑をかけてしまった。

反省しているから、エイヴァはからかうのをやめてほしい。

すごく恥ずかしくてたまらないんだから。

 

ちょっと恥ずかしくてクラブ練習を別々にしていたら、理凰はさっそく他の子の練習を見ているし。

ここ一週間以上私が独り占めしていたわけだから、仕方ないとは思うけど。

理凰は見た目も良いし、性格もとても大人で格好良いから、クラブの子たちにとても人気がある。

まさに理凰はクラブの女の子たちの憧れの存在だと言っていい。

しかもそんな理凰は、教え方もとても上手だ。

たまにクラブの子と話すと、コーチに教わるより分かりやすくて為になるなんて言う子もいる位。

 

あの夜鷹純がその目を褒めて私の滑りへの口出しを許すくらいだから、ある意味それは当然ではある。

最近は私の滑りに対する理凰の指摘に、夜鷹純の補足が入ることもほとんどなくなった。

 

コーチの人たちからもすごく可愛がられているし、それだけじゃなく時にクラブの子たちについて相談を持ち掛けられていたりする場面を見ることがある。

クラブの子たちと歳が近い理凰だからこそ見えることもあるだろうけど、普通は私たち位の歳の子に大人が大真面目に相談なんてしない。

それくらい理凰は大人たちから見ても大人なのだ。

 

でも理凰のあの言葉を聞いて、私は少し考えが変わり始めていた。

それが決定的になったのは、理凰と慎一郎先生、エイヴァが話し合うことになった時の事だ。

 

ある日、理凰の雰囲気が変わった。

なんて言うんだろう。

元から大人でしっかりしていた理凰だけど、そこにさらに何かしっかりとした柱のようなものが加わったような。

そんな理凰は、とても珍しいことに慎一郎先生にわがままを言った。

これからノービスに上がるまでの二年間、都合の合う時間にスケートリンクを貸切るからそこで練習を見てほしい。

そんな内容だった。

 

慎一郎先生は、少し驚いた顔をした後に嬉しそうな顔をして二つ返事でそのわがままを許した。

むしろ、どちらが貸し切りの為のお金を出すかの話の方が揉めていて笑ってしまった。

でも笑っていられたのはそこまでで、その練習に一緒に居られないと知って、私は盛大に駄々をこねた。

何か最近、恥ずかしいところばかり晒している気がするけど、我慢できなかったのだ。

結局、何かすごく微笑まし気に理凰に見られているのが恥ずかしかったし、色々と頷かざるを得ない理由をいくつも挙げられて、しぶしぶ納得するしかなかったけど。

 

そんな私が参加できない練習の最初の日、私は夜鷹純と理凰との三人での練習の時間より少し前に、エイヴァにスケート場に連れられて行った。

 

「光。あのね、私とパパはこれからリオウに大事な話があるの。光にも聞いていてほしいのだけど、光がいると理凰はもしかすると光の為に答えを変えてしまうかもしれない。だから、隠れて聞いていてくれるかしら?」

 

少しだけ固い声でされたお願いに、私は素直にうなずいた。

そうして、三人は話し合って。

私は、初めて理凰の泣き顔を見た。

すぐ駆け出したかったけど、じっと我慢した。

 

三人の話がちゃんと終わったのを聞いて、私は我慢をやめて駆け出した。

 

「理凰!」

 

名前を呼んで、心のままに理凰を抱きしめた。

 

「理凰、よかった、よかったね…!」

 

エイヴァも汐恩ちゃんも慎一郎先生もみんなでひとかたまりになって泣いた。

 

「父さん母さん、前の俺も今の俺も、どっちも愛してくれてありがとう。光、いつもそばにいてくれてありがとう。みんな大好きだ」

 

家族って、きっとこういうものなんだと、理凰の言葉を聞きながら思った。

 

そして理凰のあの言葉を聞いて、そしてこの日のことがあって、私は今まで他の人と同じようにどこか理凰のことを仰ぎ見る人として見ていた自分が居たことに気が付いた。

 

理凰は大人でとても頭が良くて、沢山の事を教え、沢山のものを与えてくれた、一番初めに私を家族として受け入れてくれた、私にとってかけがえのない大切な人。

いつもみんなを置き去りにしてしまう、そんなフィギュアスケーターとしての私と同じ速度で共に歩み、時にその歩みを助けてさえくれる、たった一人の仲間。

そこに私とは違う特別な人という、皆が理凰に向けるような、クラブの年の近い子たちが私に向けるような気持ちが全くなかったかと聞かれたら、私はきっと答えに詰まってしまう。

でも、私はそんな気持ちで理凰を見るのは絶対に嫌だと思った。

だからその日から、ちゃんと一人の対等な人間として理凰を見るように努力し始めた。

 

そうして、なるべくまっさらな目で理凰を見るようにしていると、今まで気が付かなかった色々なことに気が付いた。

同い年くらいの女の子たちの事を、すごく年下の相手を見るような優しい目で見ている事とか。

話している時に遠い何かを見るような眼をしている時があって、そういう時は話を聞いていないわけじゃないけど、何か別の事も考えている時であるという事とか。

思っていた以上に芝居がかったセリフを言うのが好きなこととか。

 

普通の、というには色々規格外だけど、そこには確かに等身大の男の子の理凰がいた。

そうして、理凰の事を知る努力を始めて、理凰が三回転を飛んで、負けたく無くて理凰と一緒に競いながら頑張って。

 

ある日、珍しくおきてくるのが遅い理凰を部屋におこしに行って、私はいつもとは違う理凰の顔に気が付くことができた。

思わず顔が固くなったが、動揺を抑えて理凰と額を合わせた。明らかに熱い。

 

「ベッドに戻って」

 

ちょっと動揺が漏れて言葉がきつくなってしまう。

起きようとした理凰をベッドに押し戻して、エイヴァを呼んで、色々と用意してもらう。

慎一郎先生が理凰の事が心配でウロウロしていたけど、ごめんなさい。

理凰が落ち着かないと思うから、自分の仕事に行ってね。

そうして私は理凰の手を握って離れずにいる。

 

「光――」

 

「知らない。体調を崩した理凰が悪い」

 

理凰が私に離れるように言う前に言葉を被せた。

エイヴァに笑われてしまったけど、今日は一切譲る気はない。

それでも理凰の事だから私を説得するために言葉をかけてくるだろうと身構えたけど、理凰は黙ったままだった。

 

「ほら、いつもなら幾らでも出てくるような言葉が何も出てこないじゃない。……私、今日は絶対ずっと一緒にいるから。無駄なことに頭を使っていないで、ちゃんと休んでて」

 

そんなに弱っているのか、と不安になる気持ちを抑え込んで少し強い言葉で休むように促す。

エイヴァが氷枕や冷えピタを渡してくれたので、理凰の頭の下に差し込み、額に張った。

我ながら手際よくできたと思う。

前回のとき、エイヴァがやっているのがちょっと羨ましくて、じっと見ていたおかげだ。

 

「じゃあ光、理凰をお願いね」

 

「はい」

 

事前にお願いしていた通り、エイヴァは私に任せて部屋を出ていった。

理凰を見れば、いつもは絶対しないボウっとした顔をしている。

 

「つらそうな顔してる。少し眠ったら?」

 

言いながら理凰の手を握っていない空いたほうの手で、出会ったころに比べてすっかり伸びてきた理凰の髪を撫でた。

しばらくそうしていると、理凰が何か遠くを見るような眼をしたのですかさず言う。

 

「また何か変なこと考えてる。熱がある時くらいそういうのやめたほうが良いよ」

 

そんな状態で頭を使うのは良くないと思う。

心配で言った私に理凰は苦笑して答えた。

 

「何かを考えるの、癖になってるみたいでさ」

 

それは、理凰ならそうかもしれない。

いつも何かを考えているような人だから。

 

「もう。しょうがないなあ」

 

うん、しょうがない。

理凰のそういうところに、私はきっと助けられているに違いないのだ。

きっと私の思っている以上に。

 

そうして話す間も手触りのいい髪から手を放しがたく、私はずっと理凰の髪を撫でていた。

何か思うところがあるのか、理凰は私と出会ってからあまり髪を切っていない。

出会ったばかりは短めだった髪が今ではそれなりに伸びて、髪型としては夜鷹純のそれに近くなった。

とはいえ髪色は違うので、印象はだいぶ違うし。

理凰の性格や夜鷹純との関係性を見るに、別に真似しているわけではないのだろう。

 

あるいは、以前の自分との見た目上の差異を無意識にそこに求めているのかもしれない。

いつの間にか眠ってしまった理凰の顔はいつもとは全く違う年相応の幼さで。

髪が伸びて少年らしさより王子様っぽさが増したと女の子たちに評判のその顔も、今はむしろ消えてしまいそうな儚いお姫様みたいだ。

 

理凰のこの熱はきっと、記憶がないことの負担から来ている。

家族とのことに一つの区切りはついても、それだけで全部が解決するわけじゃない。

私は、理凰に何をしてあげられるだろうか。

今はこうして看病をしてあげる位しかできないけど。

 

そんなことをずっと考えているうちに時間が過ぎて、エイヴァがおかゆを持ってきた。

理凰はまだ眠っていたので。

 

「温めなおしが必要だったら言ってね」

 

とだけ小声で言って、静かに出ていった。

それから少しして、理凰が目を覚まして。

 

「おきた? ちょうど、さっきエイヴァがおかゆ作ってきてくれたけど、食べられそう?」

 

私がそう聞くけど、理凰はボウっとしたまま答えない。

熱が上がってきているのかな。エイヴァを呼んだほうが良いかも、と考えていると。

理凰のお腹が鳴った。

 

「体、起こすね」

 

「ありがとう」

 

体を起こすのを手伝ってあげると、理凰がお礼を言ったけど、その声はかすれていた。

心配になる気持ちを隠すように、でもほんの少しだけ、やってあげたかったことができる嬉しさを感じながら、おかゆの容器のふたを開いて冗談を口にする。

 

「ざんねん、ちょうど良いくらいに冷めててフーフーしてあげる必要はなさそう」

 

そこだけは本当に残念。

おかゆを掬って、理凰の口に持っていく。

いつもなら自分で食べられると言ってこんなことさせてくれないけど。

今の理凰は素直に私の差し出したスプーンからおかゆを食べてくれた。

弱っている理凰には悪いけど、ちょっと可愛いな、と思ってしまう。

 

「ちょっと不思議な感じ。私から見た理凰はいつも大人顔負けで、ふざけている時だってどこか大人びて見えたのに。いまの理凰を見てると、ふわっと消えてしまいそうで不安になる」

 

食べさせてあげながら、言葉がこぼれる。

 

「でも、こうして理凰を助けられるのはとっても嬉しいんだ」

 

理凰に少しでも何か返せている気がして。

でもその顔はいただけない。

 

「あ、また子ども扱いしてる時の顔してる」

 

不服の表明として、スプーンをちょっとだけ乱暴に口に運ぶ。

 

「そう言う時の理凰って、ちょっと緩んだ顔してるからすぐわかるんだから」

 

「レディに失礼な態度だったかな」

 

食事をとって、ちょっとだけ元気が出たのか理凰らしい芝居がかったセリフが返ってきた。

それが少しうれしくて、私も同じように少し芝居がかった仕草でスプーンを持った手を理凰に向けて言葉を返す。

 

「わかっているなら少しは控える事」

 

そのあと理凰はスプーンをくわえて誤魔化そうとしていたが、私にはまた子ども扱いしている時の顔をしそうになっているのが分かったが、今日の理凰は病人だし。見逃してあげる。

 

「ご馳走様」

 

理凰がそう言って横になると、私はまたその手を握る。

 

「また眠る?」

 

また理凰の髪を撫でながら聞いた。

そろそろ部屋に帰るように言われるかと思ったけど、理凰は何も言わなかった。

その後も理凰が起きるたびにできる限りのお世話をして。

夜は理凰の部屋に来客用の布団を敷いて一緒の部屋で眠った。

 

朝起きると、理凰の熱は大分下がっていて。

私はまだ理凰と一緒に居たかったけど、かえって気にさせてしまうのがわかっていたから、仕方なく学校へ行った。

 

つらそうだった理凰には悪いのだけど。

不安とともに、どこか心が浮き立つような、不思議な一日だった。

 

 

 

それから少し時が流れて。

私の9歳の誕生日の日。

皆で私のことを祝ってくれた家族での誕生日会の後。

ふと理凰が言った。

 

「実はちょっとした、サプライズが用意してあるんだ」

 

後にして思えば、ちょっとした、だなんて謙遜にしてもひどい詐欺だと思うのだけど。

 

「光だけの為にとまでは言えないのは申し訳ないんだけどね」

 

なんて軽く笑って言う理凰と家族と、呼ばれてきていた夜鷹純とともにスケート場へ向かった。

貸し切りのスケート場には、私、理凰、エイヴァ、汐恩ちゃん、慎一郎先生、夜鷹純の六人だけ。

 

「夜鷹さん、一つ賭けをしたい」

 

履いたスケート靴の調子を確かめながら、理凰は口を開いた。

 

「賭け?」

 

「これから俺が見せるプログラムを見て、夜鷹さんが感じた価値の分だけ、俺の頼みを聞いてほしい」

 

夜鷹純の顔が楽しそうなものに変わった気がした。

 

「頼みの内容はそこまで難しいものじゃない。ちょっとした保険のようなものだから」

 

続けて言う理凰に、夜鷹純は納得した様子でうなずいた。

私には内容がよくわからないけど。

時々、二人は私にはわからない部分でわかり合っているようなところがあって、羨ましくなる。

 

「いいよ。その賭けを受けよう。ただし、甘い採点はしないよ?」

 

「もちろん。そうじゃないと意味がない。これでもね、今回のプログラムにはちょっとばかり自信があるんだ」

 

二人は、よく似た笑顔を交わし合ってから視線をはずす。

 

「今回のプログラムは、光や父さん母さん、夜鷹さんも。みんなへの感謝を込めたもので、同時に俺の意思と覚悟を示すためのもの」

 

理凰はそう言いながら、ここにいる皆それぞれに目線を送った。

そして、理凰らしい芝居がかった様子で言葉をつづけた。

 

「一夜限りの俺の特別アイスショー。せっかくだから楽しんでいってくれると嬉しい」

 

そういって背を向けた理凰は、リンクに乗って滑走位置へと滑っていく。

そして、音楽が流れ始めた。

 

映画 「La cage aux oiseaux」 邦題「箱庭のバレエ」

 

理凰と何度も一緒に見た夜鷹純の映像の中で流れていた曲。

夜鷹純の、最も有名といっても良い滑走曲。

 

理凰が、大きく息をすって吐いた。

 

仮面を剥いでその手で砕く仕草に、いつか理凰が話してくれたペルソナの話を思い出す。

仮面を砕いた理凰の目が開かれて、目が合った私は。

距離があるにもかかわらず、すぐそばで見つめ合ったかのように錯覚して息を忘れてその瞳に見入った。

私の知らない、でも間違いなくいつも私と一緒に居てくれたと、どこかで私の心が存在を感じていた理凰。

誤解を恐れずに言うなら剥き出しになった本物の理凰がそこにいた。

 

 

そしてその日一夜限りの、生涯忘れえぬ魔法のような奇跡の時間が始まった。

 

 

滑走を始めた理凰の足元をキラキラと氷が舞う。

 

振り付けは、基本的には映像で見ていた夜鷹純のそれと同じはずなのに、細部を調整しあるいは変更されて、そのプログラムは間違いなく理凰のプログラムとして完成されていた。

ジャンプやスピンこそ、ダウングレードしているけれど、プログラムとしての完成度は夜鷹純のそれに勝るとも劣らない。

 

私にできるだろうか。

たとえ二年の時間があったとしても、私には出来ても完璧なコピー、いやジャンプやスピンなどの分を置くにしても、体格差等からの振り付けとのミスマッチなど考慮すれば劣化コピーにならざるを得ないのではないか。

いつか私も今の理凰のように、自分の滑りを見つけて滑る日が来るのだろうか。

 

そんな思いがよぎるもそれはほんの一瞬の事。

私の目と心は、理凰の滑りに釘付けになって離れない。

奇麗な踏み切りと着地。そのジャンプはまるで重力なんて無いかのよう。

氷上に線を描くエッジは何一つ淀みがなく、そこが氷上であることを忘れそうだ。

 

理凰の魂の色が、炎のように揺らめいているような、そんな幻を滑りの中に確かに見た。

 

あんな信じられない様な滑り。

まだ子供の理凰には絶対に苦しいはずなのに、そんなことは少しも感じさせない本当に楽しそうで幸せそうな顔をして、ただ氷上を舞い踊る。

そのためだけに生まれてきた生き物みたいに。

 

私はただ魅入られたように、その滑りが終わるまで瞬きもせずにいた。

叶うなら、この光景が二度と消える事がないように、私の心と魂に焼き付いてくれればいいと願っていた。

 

 

 

そして演奏が終わった。

完走した理凰は、今ようやく人間ではない何かから人間に戻ったかのように、荒い息を吐いている。

 

リンクを降りて、私たちの所にやってくると、理凰は口を開いた。

 

「俺は、世界に絶対なんてないと思ってる。矛盾するようだけど、絶対なんて無いっていう事だけが絶対だと思っている。でも俺は、『これ』を自分の意志と覚悟をもって、絶対の未来にする」

 

皆を見渡してからそう言った理凰は、最後に夜鷹純を見て言葉を続けた。

 

「俺は、オリンピックを連覇する。夜鷹純。あなたを超える」

 

断固とした意思が、声音だけでわかるようなそんな言葉だった。

 

「ははっ! やっぱり理凰は面白いね」

 

夜鷹純が今まで一度も見たことのない顔で笑って言った。

 

「覚えておくよ。賭けの件も内容はだいたい予想が付く。そっちも、この夜の演技分は考慮すると約束する」

 

私にもわかる。

これは夜鷹純にとって、最大級の賛辞だ。

 

「光」

 

未だ先ほどの滑りを見た衝撃から立ち直れてない私に理凰の声がかけられて、私は思わず肩を跳ねさせた。

 

「あー、その、誕生日おめでとう」

 

とぼけた調子で言う理凰。

今の理凰は、私の知っている理凰だ。

そして、そうか。この理凰は私の為の理凰だったんだと気が付く。

 

「ふふっ、それはもう言ってもらったよ」

 

いつもの二人に戻った私は、いつものように理凰に言葉を返すことができた。

それを確認した理凰は、あまり見たことのない真剣な顔をして、私の両手を取って私の目を見つめて話はじめた。

 

「光。これから君がノービスに上って結果を出していけば、世間は君を天才少女と今以上に持て囃す様になると思う。光の才能は、はっきり言って傑出してる。光に届く選手どころか、追いかけようとする選手にすらなかなか出会えないかもしれない。それはきっと、避けられない孤独だと思う」

 

それは、私の未来の話で。

 

「俺は男だから光と同じ舞台で競ってあげることは出来ないけど。それでも光が目指す先に続く道の上、その隣には必ず俺がいるから」

 

これからの私と理凰の、約束の話だった。

 

「…うん」

 

言葉にできない気持ちがいっぱいで、胸が苦しくて、何とか絞り出した返事はとても小さかった。

 

「これはオリンピック連覇を誓ったのと同じくらいそれくらいの絶対で、光に約束する、俺は光を絶対に一人にはしないから」

 

「…うん!」

 

今度こそ、気持ちは笑顔に変わって、大きな声で返事ができた。

でも、ずるいよ理凰。

理凰はこんなにもたくさんの幸せな言葉をくれるのに、私は言葉が見つからないよ。

でもせめてこれだけは言わなくちゃ。

 

「理凰、素敵なプレゼントを、ありがとう!」

 

何とか言葉にできたそれを聞いて、

理凰はとても幸せそうに笑ってくれた。

今日、わたしは生涯忘れえぬ一夜限りの奇跡の時間をすごした。

あまりにもたくさんの想いが私の中で混雑していて、私はようやくはっきりと芽生えたその気持ちに名前を付けることは出来なかった。

 

その日。

私は、私の一番近くのその傍らに、二人目の魔法使いを見つけた。

 

 

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