今生における最初の大一番を無事上首尾に終えた俺は、しかし、しばらくゆっくりするというわけには行かなかった。
近づくノービスでの戦いに備えて、ノービスの大会向けのプログラムの用意をしなければならないからだ。
二年かけたあのプログラムは時間の尺が合わないし、そもそもあれはあの日の為だけに用意したもの。
今後二度と滑ることはないだろう。
バッジテスト?
うん、語る必要がないくらい簡単に済んでいますとも。
俺や光ちゃんの水準で滑れていると、ぶっちゃけほとんど意味がないというか。
とにかくそんなわけで、ノービス用のプログラムが必要なのだ。
サクッと慎一郎さんに作ってもらうかと思っていたんだけど、夜鷹純から思わぬ物言いが入ってね。
光ちゃんに関しては完全に夜鷹がコーチだけど、俺は何というか微妙な線だからまあ揉めること。
あの二人が、言い合いしてるのとか初めて見たわー。
普段は大体慎一郎さんが引いているからな。
まあ、言い合いといってもあの二人なわけで、まるで何かの会議みたいな言葉のやり取りなんだけど。
結局最後まで話が付かなくて、二人での合作ということでケリが付いていた。
えぇ。
俺の対外的なデビュープログラム、金銀オリンピックメダリストの合作になるの。
まだノービスBだぞ?
どういうことなの。
決まったものは仕方ないけどさあ。
というか、まあ、プログラムの件は置いといていい。
別にちょっと心理的に気が引けるだけで、特に実害はないからな。
だけどね夜鷹純。
俺に対する無茶ぶりの頻度と難度上げるのやめろよう!
9歳に、四回転飛ばせようとすんじゃねえよ!
まあ、まだ「覚えて」の方だっただけましな方、ってならねえからな!?
くっそ、あのプログラムに三回転混ぜ込んだのが良くなかったか!
え、「できないの?」だって? めっちゃむかつく顔で言いやがりますね!
で、出来らあ!
ホント覚えておけよお前!
そのうち四回転アクセルとか飛んで吠え面かかせてやるからなこの野郎!
あ、光ちゃんはもうちょっと体が出来てからにしてもらって。
いや膨れないで。俺は体がなんか丈夫だけど、光ちゃんは流石に体壊しかねないから。
いや、大丈夫だって。光ちゃんはまず三回転のクオリティー上げていけば、体ができるころには普通に四回転飛べるから。
なお流石の俺もすぐには飛べませんでしたよ、ええ。
まあ体壊さない程度に、時間をかけて完成目指しますよ。
ちょうどその話に出た光ちゃんなんだが、あの日以来何というか、距離が近くなった?
いや、違うな。元から距離は近かったし。
一緒に居る時間も、多少は増えたような気がするが元からほとんど一緒だったから誤差だし。
そう、ボディタッチが増えてる。あと、なんか特に用がない時も何をするでもなく俺の傍にいるようになった。
おお、言語化出来てすっきりしたぞ。ヨシ!
うーん。光ちゃん本人的には特に意識している風でもないっぽい?
うん、多分無意識だなコレ。
変につついて心のバランスとか崩れてもなあ。
だんだん難しい年頃になってくる頃合いだし。
まあ漫画に比べて精神的な余裕も段違いだろうし、情操が健やかに育っている証拠だな。
うん、俺頑張った!
光ちゃんがとても幸せそうで俺も満足だぞ!
「で、どうなんよ。実際のとこ何があったの?」
「いや、別にちょっとばかり気張った誕生日プレゼントをあげただけですって」
「えー、それだけで光があんな一発で分かるほどキラキラしないだろ」
キラキラて。
いやまあ、確かにその表現が一番しっくりくる表情の輝き方ではあるんだけども。
ええい、首に腕回して逃げられなくするんじゃありません。
鯱城さん、あんたもう高校生なんだから、いろいろ当たるでしょうが。
そう今こうして俺に絡みついているこの人こそ鯱城理依奈。オリンピック代表に選ばれた事もある現名港のナンバーワンスケーターである。
「何々、そのプレゼントが指輪だったとか? それも薬指サイズの!」
おのれ、なんか姉御肌だしカラッとしてるから油断していたが、やっぱ女の子か。
この手の話題に対する食いつきが半端ないな。
「年頃の子にそう言う絡み方してると、ほんとに嫌われますよ?」
いやマジで。
ホントたまにデリカシーってものを忘れるよなこの人。
「いや、流石に理凰以外の同じような年ごろの子に、こんな絡み方しないって」
俺なら良いと申すか。
「まあ、光に直接絡みにいかなかったことは褒めてあげます」
ホントにそこだけだけどな。
「そういうとこだよなー」
どういうとこだよ。
という気分を込めて、ジトっとした目を向けると、ようやく首に回していた手を放して離れてくれた。
「私たちみたいな年長組から見ても理凰は大人だってことだよ」
そう言ってカラカラと笑う。
「その割には、皆さん俺に対する扱いが荒いと思うんですけどねえ?」
荒いというか、なんか構い倒そうとしてくるというか。
年長組の女子たちの俺の扱いは、ちょっとどうかと思う。
気持ちはわからなくもないんだけどな。理凰君ボディの見目は、いかにも年上の女子受けしそうだし。
「見た目可愛いし話せば打てば響くって感じで面白いし、そりゃ構われるでしょ」
オノレ、さらっと言いよる。
「別に暇な時なら構われてあげますけど、今はちょっと控えてほしいですね」
何故なら、光ちゃんが奇麗な笑顔でこっちを見ている。
奇麗なのに怖いなー。
練習時間中に練習もせずに、年上のお姉さんと何してんだって所ですかね。
光ちゃんは理不尽な嫉妬の類は我慢するが、怒っていい大義名分がある時は割と怖い。
「ああ、うん、ごめんな?」
光ちゃんの様子に気が付いた鯱城さんは、気の毒そうに俺を見た。
「そう思うなら次からはタイミングは考えてください。痛い目を見ますよ。主に俺が」
ぷはっと噴き出して、またカラカラと笑う鯱城さんに肩を竦めてみせる。
「やーやっぱ、理凰と話すのは面白いね。光もごめんなー、私の方から強引に絡んでただけで、理凰は別に悪くないんだ」
こういうとこは、ちゃんとするから嫌いにはなれないんだよなあ。
光ちゃんは溜息をついてから、歩いて近づいてきて言う。
「謝るくらいなら、最初からちゃんとしてください。理依奈さんは名港の看板選手なんですから」
「あはは、ごめんごめん」
しかし光ちゃんも、はっきりものを言うようになったよな。
力関係的な目上相手でもこんな風にはっきり言うべきことは言えるようになったのって、漫画だと名港を出た後じゃなかったっけ。
成長著しいなあ。
なんて感心していると、鯱城さんの死角で腕をつねられた。
子ども扱いがばれたか。
まあまあ痛いが、顔には出さずに我慢する。
「しかしホントに二人は仲がいいよなあ」
腕をつねっている様子を勘違いして鯱城さんが言うが光ちゃんは涼しい顔である。
仲いいですが何か、と顔に書かれている気すらする。
「まあ、家族同然に過ごしていい加減長いですからね」
俺は無難な言葉で返して話を流す。
今度は俺と光ちゃん二人そろって絡まれてはキリがないからな。
「ほら、雉多さんが睨んでいますよ。いい加減、鯱城さんも練習に戻らないと」
「あーホントだ。残念、結局真相は聞けずじまいだったか」
「真相も何もありませんから」
「えー」
「えー、じゃありません。ほら急いだ急いだ。雉多さんの顔が怖くなってきてますよ」
「おっと、確かにそろそろやばそう。それじゃ理凰、光、またねー」
ひらひら手を振りながらようやく離れていった。
「まったく、アレでオリンピアンだって言うんだから、人間ってのはホントに不思議だよなあ」
思わず苦笑しながら言うと、光も困ったような顔で笑った。