「理凰君! これ、いつも練習を手伝ってくれるお礼に受け取ってください!」
そう言って何かの告白みたいに差し出された袋の中身は、手作りのクッキーである。
俺の隣には光ちゃんもいて、ほんの少しだけど光ちゃんが固まった気がした。
うん、なんかいかにも意を決したって感じで来られて俺もちょっとびっくりしたから、気持ちはわかる。
「たくさん作ってきたから、光ちゃんと一緒に食べてね!」
最近は夜鷹純との練習の密度が上がってきている関係でその分クラブ練習の密度を下げている光ちゃんも、俺と一緒に他の子の練習を見てあげたりしているのでそのお礼も兼ねているらしい。
「わ、嬉しい!」
光ちゃんが手をたたいて喜ぶ。
そういうオーバーリアクション、エイヴァさんに似てきたなあ。
ちょっとほっこりするが、今重要なのはクッキーである。
「せっかくだから、今ちょっと食べさせてもらおう」
牛川四葉ちゃんの手作りクッキーと言えば、メダリストにおける漫画肉ポジというか、俺的には漫画のメダリスト内で一度食べてみたかったものナンバーワンといっても過言ではない。
ちょっとワクワクしながら、袋を開けてクッキーを取り出し口に入れる。
え、いやスゴイ。
これほんと9歳の子が作ったの?
マジで文句なしに美味しいんだけど。
「わあ、美味しい、ありがとう四葉ちゃん!」
光ちゃんも太鼓判である。
「えへへ、よかった!」
可愛らしくぴょんぴょん跳ねながら四葉ちゃんが喜ぶ。
漫画でも似たやり取りあったなあ。
いやしかし、こんなに美味しいものをいただいては、こちらも何か返さねば不作法というもの。
え、お礼にお礼を返すのかって?
いいじゃないか。前世から食ってみたかった四葉ちゃんのクッキーだぞ。
何か返さねば俺の気が済まないのだ。
誰に何と言われようと俺はやる。
さてしかし、何を返すかが問題である。
何か買って返すのでは味気ないし、やはりこっちも手作りの何か。
クッキーは当然避けるとして、さて何がいいかな。
うーん。
あ、そうだ、プリンにしよう。
前世のとき動画サイトでたまたま見つけた動画レシピのやつがおいしくて、ちょくちょく作ってたんだよ。
そうとなれば善は急げと俺は、練習が終わった後にさっそくエイヴァさんに台所をつかわせてもらい、一緒にクッキーをもらった光ちゃんに手伝ってもらってプリンを試作した。
試作は大成功。
光ちゃんにもエイヴァさんにも好評だったので、さっそく次の日に持っていくことにした。
でも普通にもっていくだけじゃつまらないので一計を案じる。
よし、慎一郎さんに手伝ってもらおう。
「理凰が何か悪い顔して笑っているわね、光」
「ええ、そうですね。あれは何か悪戯を考えている時の顔です」
二人がプリンを食べながら何か言っているけど、聞こえなーい。
馬鹿をやる時は、全力でやるから楽しいのである。
そして翌日。
「おーい、四葉ちゃん!」
大きな声で四葉ちゃんを呼んだ。なんだなんだと周りの子たちがこっちを見た。
「昨日のクッキーが美味しかったからさ。お礼のお礼にはなっちゃうんだけど、プリン作って持って来たんだよね。ちょうどそろそろ休憩だし、食べてくれないかな?」
「私も手伝ったんだよ!」
ざわざわと周囲がざわつく。
プリン!? とか、 理凰君の手作り!? とか、なかなかの騒ぎである。
まあ、こうなるよね。予想通りの展開だ。
なお、今日この場には年少組だけであるので、年長組には後日にでも差し入れ予定。
まあ小さな、しかも女の子達がプリンと聞いて目の色を変えないわけがないのである。
「はいはい、ちゃんと皆の分もあるから、集まってー」
皆が集まってきた頃合いで、皆からは見えないように後ろ手に合図を出す。
「さて、それでは。セバスチャン!」
などと呼んで、指を鳴らした。
皆が目を丸くしていると上手いこと隠れていた執事服風のスケート衣装に身を包んだ慎一郎さんが、颯爽とクーラーボックスを持って現れた。
「って! あんた鴗鳥先生に何やらせてんのよ!?」
すかさず夕凪ちゃんに胸ぐらをつかまれる俺だが、夕凪ちゃんが執事風慎一郎さんに一瞬目を奪われていたのに気が付いていた俺は、ついニヨニヨしてしまう。
「またアンタは~!」
がくがくと揺すられるが、しかし。
「いや、ちょっとふざけた感じで登場してみない? って提案したのは俺だけど、昔の衣装持ち出してきてコレを使うのはどうだろうってノリノリで乗ってきたのは父さんだから」
そうなのである。
さすが、愉快系のエキシビションをいきいき滑っていたエンターテイナー。
おれ、慎一郎さんのそういうところほんと大好きだわー。
慎一郎さんのエキシビション映像集は、俺のお気に入りなのだ。
夕凪ちゃんに胸ぐらをつかまれたままサムズアップを送ると慎一郎さんもサムズアップを返してくれた。
パクパクと、言葉もなく夕凪ちゃんが口を開け閉めする。
何か言いたいが何も言えない、といった風である。
そうしてしばらくすると、がっくりと夕凪ちゃんから力が抜け胸ぐらから手が離された。
うんうん、諦めって肝心だよね。
したり顔で首を縦に振っていると、そばに来た光ちゃんに耳を引っ張られた。
あ、はい。ごめんなさい。
あんまり良い反応だったんで、ついついからかっちゃいました。
「まったくもう」
あ、そうだ。
耳を引っ張られながら、ふと思いついたことがあって光ちゃんに言う。
「ちょっと思いついたことがあるんだけど、耳を貸してくれない?」
光ちゃんは首をかしげながらも、耳を寄せてくれた。
こそこそと耳打ちをする。
ちょっとくすぐったかったのか光ちゃんは、ひゃっ、と可愛い声をあげていたが、内容を理解した光ちゃんは一つうなずいてから聞いてきた。
「でもそれ、四葉ちゃん恥ずかしがらない?」
「まあ、恥ずかしがりはするだろうけど、なんだかんだ喜ぶんじゃないかな」
ちょっと距離のあった漫画と違って、この世界の四葉ちゃんは光ちゃんに憧れているところがあるから。
というわけで。
「これは四葉ちゃんへのお礼だからね。一番は四葉ちゃんからで」
そう言って四葉ちゃんを呼び出す。
慎一郎さんのもつクーラーボックスからプリンの入った容器とスプーンを取り出した光ちゃんは、四葉ちゃんの前に立つと、プリンのふたを開けスプーンでプリンを掬った。
「はい、あーん」
「え、えええ!?」
四葉ちゃんは動揺してしばらく固まっていたが、意を決したようにスプーンをパクっと行くと。
「あ、美味しい」
と言葉をこぼした。
そのあとも何口か、四葉ちゃんは恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうに光ちゃんにプリンを食べさせてもらっていた。
うーん、すごくほっこりする微笑ましい光景だ。
そのあとは、みんなでワイワイやりながらプリンを食べて休憩時間を過ごした。
光ちゃんも浮くことなく皆と楽しそうに話していて、俺は嬉しくなる。
そうして皆の様子を眺めていると光ちゃんが俺の方に振り返った。
「理凰もそんなに離れたところにいないで、一緒に食べよう?」
手招きされて、俺は皆の輪に入っていく。
女の子の扱いはクラブの同年代が女の子ばかりなのでそれなりに慣れたつもりだ。
それでも流石にこの人数だとちょっとばかり気圧されなくもなかったが、光ちゃんがずっと隣にいてくれたおかげで、最初に感じた抵抗は嘘のように自然に過ごすことが出来た。
その後、割と真剣に四葉ちゃんからレシピを聞かれたので、こちらの世界にも存在していた件の動画を紹介しておいた。
四葉ちゃんならきっとすぐに作り方を覚えて、自分のお菓子作りのレパートリーに加える事だろう。