「ホップ、シャッセ、スロウ、クイック、スロウ」
クラブが終わった後の広めのトレーニングルームに二人きり。
光ちゃんと息を合わせるために、口に出しながら足を動かす。
「で、ここでスライディングからのホバーっ」
いやしかし、光ちゃん凄いな。
俺が事前に手本みせた後とは言え、数回で形になってきてるじゃん。
一緒に練習してきて、お互いの滑りをずっと見てきたって言うのも大きいのかもしれない。
「あははっ、すごいね理凰! 楽しい!」
いやあ、喜んでくれてるみたいで事前にコソコソ練習した甲斐があったわー。
え、何? 世界が違うんじゃないか?
大丈夫、ちゃんとここはメダリストの世界ですよ。
ほら最近いのりちゃん探すために一人で行動したりして、そのたび寂しそうな顔させちゃってたからさ。
何か埋め合わせしないとって思ってたんだよね。
それに光ちゃんだって最近メディアに出て有名になってきているわけで、そのストレスだってあるだろう。
そのための息抜きもさせてあげたかった。
最近服のヒラヒラ度が下がってきていたのも気になってたしなー。
光ちゃんのモチーフアニマルの狼は社会性の動物であるがゆえに、ちょっとヒラヒラした服は普通に着るにはそぐわないな、と思うようになってくると自分の趣味よりTPOを優先してしまうところがある。
どこかの仕立て漫画のオリベーさんだかも言っている。
女性にドレスをプレゼントしたならば、それを着ていくことができる機会もプレゼントせねばならないと。
いや、あれを言ったのはオリベーさんではなかったけか?
まあとにかく、それ故の今回のこれである。
今、俺と踊っている光ちゃんはヒラヒラ全開のドレスを着て満点の笑顔で俺に合わせてステップを踏んでいる。
事の起こりというか、仕込みの最初は光ちゃんと一緒に例の競技ダンスを題材にした漫画のアニメ版を見たことだ。
面白いよね、あれ。で、案の定というか狙った通りというか、ダンスの時のドレスに反応する光ちゃん。
そこで、すかさず俺は言うわけである。
「この主人公たちのダンス、ちょっと再現してみない? 実は、面白そうだと思ってすでにちょっと練習してるんだよね」
ダンスはリズム感とか振り付けの踊り方とか、スケートにも生かせる部分もあるし、ただ何かをして遊ぶよりも抵抗も少ないだろうという読みもあった。
そうして見事に話に乗ってきた光ちゃんと一緒に今こうして事前に話を通しておいたクラブのトレーニングルームでダンスを踊っているわけである。
なんかもう既に用意した3種ほどの振り付けが全部それなりに形になっちゃってるあたり、光ちゃんやっぱりヤバいなあ。
しかし、おかげでさっそく次の段階に進めそうだ。
そう、すでに光ちゃんは大満足といった様子だが、まだまだこれは仕込みの段階なのである。
「実はあるダンスクラブが主催するイベントがあってね」
気楽にダンス好き達で集まって、ダンスホールを貸切り好きに踊って交流しようって言うイベントがちょうどよく見つかったのである。
ダンスはどちらかというと大人の趣味よりなので、子持ちの既婚者などにも配慮してあって子供同伴OKのやつ。
二人きりのダンスというのもそれはそれで素敵だけど、折角だからね。
「俺からプレゼントするからさ、一緒にドレスを買いに行こう。そのドレスを着て、父さん母さんとダブルデートってどうかな」
おお、まさに輝くような笑顔。
「うん、ぜったい行きたい!」
ヨシ、やったぜ!
そのあともイベントの日まで、ちょこちょこダンスの練習をしてすごした。
うんこれ結構なクオリティーに仕上がったな?
イベントの日にちょっと騒がれたりするだろうか。
まあ、子供二人のすることだし、大丈夫だろう。
ドレス選び?
めっちゃ楽しかったけど?
よく女性の買い物に付き合うのが苦行だという人がいるが、今回は光ちゃんのドレス選びだぞ?
カワイイが過ぎる。
むしろ俺の方が光ちゃんを着せ替え人形にする勢いでドレスを選びまくって、どうしても一着に決めきれなくて何着もプレゼントしようとしてエイヴァさんに止められたわ。
光ちゃんもすっごく楽しんでたけど俺にとっても至福の時間だった。
そんなこんなでイベント当日。
「さあ光、手を」
会場についた車から降りる光ちゃんをエスコートする。
今日はいつにもましてメッタメタにお姫様扱いしてやんよ!
「ありがとう」
ちょっと照れた様子の光をエスコートして歩き、会場にたどり着くと会場の扉を開いて招き入れる。
「ダンスホールにようこそ、なんてね」
片目をつぶって笑いかけながら、非日常の世界へと光ちゃんの手を引く。
女性皆が色とりどりのドレスに身を包み、男性は皆タキシードだ。
もちろん俺も今日はタキシードをピッシリ決めている。
「わぁ!」
良い反応だ。
会場を見渡す光ちゃんの顔は完全に年相応の少女のそれ。
会場の空気を十分に味わったあと、音楽が流れ始める。
汐恩ちゃんの事はひとまずエイヴァさんに任せて、まずは俺と光で踊らせてもらおう。
「それじゃあ、光。 Shall We Dance?」
インターナショナルプリスクール仕込みのネイティブな発音で格好をつけながら、芝居がかった恭しい仕草で光ちゃんをダンスに誘う。
「喜んで」
はにかみながら手を取ってくれた光ちゃんと一緒に、ダンスを踊る。
最初にワルツ、次にクイックステップ。
周りから、カワイイ! とか、あの子達ちょっと上手すぎでは? とかいろいろ聞こえるような気がしたけど、俺たちは全部無視してお互いだけを見て笑い合いながら踊る、踊る。
言葉はないけどお互いの考えていることが手に取るようにわかる気がする。
厳密には考えていることというか感情なのかもしれない。
ああ、これはいけないな。
ちょっと癖になりそうだ。
どこかの偉い人が、宇宙人とコンタクトしたときに最も正しく交流の意図を伝えられる可能性があるのは、言語ではなくダンスだなんて言ったなんて話を聞いた覚えがあるけれど、少し納得してしまう。
スケートもそうだけど体全てを使った表現には、言葉とはまた違った力が確かにある。
それが一緒に手をつないで踊っている相手との間だったらなおさらだ。
踊りながら、もしオリンピックを連覇した後にそれが出来そうならだけど。
光とアイスダンスでオリンピックを目指すのも楽しそうだな、と思った。
二人で夢のような時間をすごしたあとは、慎一郎さんとエイヴァさんと交代した。
汐恩の面倒を見つつ、光と肩を寄せ合って二人のダンスを見る。
うんうん、慎一郎さんにもダンスを覚えてもらった甲斐があったな。
エイヴァさんも、少女に戻ったかのような表情で慎一郎さんのリードに身を任せている。
「エイヴァ嬉しそうだね」
「うん。ダブルデートは大成功かな」
汐恩ちゃんは、甘いものを口に含ませておくととても大人しい。
その汐恩ちゃんの頭を撫でながら光ちゃんと話す。
「今日はありがとう、理凰。すごく楽しかった」
「こちらこそだよ、光。俺も、とっても楽しかったから」
でもまだ、今日は終わりじゃない。
この後もまだ、もう何回かは踊れるだろうし、ドレスコード付きのレストランの個室が予約してある。
「まだまだ、お楽しみは残っているからね。今日は思いっきり羽を伸ばして楽しもう」
そう言って光ちゃんに笑顔を向けた。
うーんしかし、エイヴァさんと慎一郎さん、良い雰囲気じゃない?
汐恩に弟か妹出来ちゃったらどうしよう。
いや別に悪いことじゃないし、物語に大きく影響もないから全然かまわないのだけども。
あてられたのか、光ちゃんの距離がいつもより近いんですけど?
ちょっぴり教育に良くなかっただろうか、ダブルデート。
「ふふっ」
すっごく幸せそうだし、まあ、多少はヨシ!
ということにしておくかぁ。