いやあ、ダンス楽しかったなあ。
光ちゃんも最高に可愛かったし、あの日から俺が一人で出かけてもそこまで寂しそうにしなくなった。
おかげでだいぶ気兼ねなくいのりちゃん捜索に集中できるようになったので、今日も大須スケートリンクを訪れている。
最近さらに顔が売れてきたので、帽子で金髪を隠したうえで漫画の理凰君なら絶対付けない様な野暮ったいデザインの伊達メガネをかけて受付の方へ歩く。
そして目に入る、なんか嫌な感じにうごめくビニール袋を持って歩く女の子。
ミ・ツ・ケ・タ。
っと、いかん。
ホラーか何かのヴィラン役みたいになってた。
このテンションで話しかけては怖がらせてしまう。
しかし漫画的な過大表現だと思ってたけど、袋のサイズが漫画の描写と大差ない。
あの袋の中身が全部ミミズとか、やばくないですかね。
まあ俺も前世は割と外で遊ぶ方だったし、何なら穴掘って泥遊びとかしょっちゅうだったからミミズにそんな抵抗感はないんだが。
その辺の経験からして、あんなにミミズ見つけるのってどう考えても簡単じゃないんだよなあ。
サヴァンとまで言うと言いすぎかもしれないが、やっぱり集中した物事にだけ異常な能力を発揮するタイプか。
一か所に集中力が集約されちゃう所為で他が疎かになる感じなんだろう。
いのりちゃんて漫画の描写を見る限り、どう考えても地頭は悪くないからな。
言語化能力は明らかに同年代と比べても高いし、スケートの時のリカバリーなんかを見ればとっさの判断力だって低いわけがない。
度胸と覚悟なんて、大人にだってあんなのほとんどいないというか、もはやトップアスリートのメンタルである。
まあ、身近な人の痛みに過敏すぎるところだけちょっと心配なんだが。
とにかく学校で教えるような普通の勉強と相性が悪いだけで、決して他の子に劣っているような子じゃないのだ。
むしろ特定分野に特化することと引き換えにだが、間違いなく才能がある方に分類されるような子だ。
いのりちゃんのお母さんも、そこに気づけていればなぁ。
スケートに対して向いている意識を満足させる事ができない現状は、かえっていのりちゃんにまつわる全ての物事に対して逆効果でしかないって理解できただろうに。
なまじ愛情が深くてまじめな人だから、難しかったんだろう。
うーん、一足早くなっちゃうけど、なんか機会を作ってお母さんと話してしまうか?
…いや、駄目だな。
俺は司先生の代わりにはなれない。
あの二人の出会いは、本当に奇跡のような出会いだ。
誰かの痛みを見過ごすことが嫌だからなんて言う俺の勝手なわがままで、その未来を歪めたりはしたくない。
時期を考えれば、あと一年は無い位のはずだ。あと一年、あと一年かぁ。子供の一年は長いよなぁ。
くっそ、胃がキリキリしてくる。
そもそも手が届かない事ならしょうがないし、やるだけやって駄目だったなら諦めつくが、それが最善だとわかっていても見過ごすってのはキツイ!
子供の泣き顔とか苦しんでる様子とか寂しそうなのとか、何なら大人のだって。
俺! 超苦手なんですけどぉ!?
そういや、子供のころのリオウ君、すぐお腹に来てたなあ。
あ、いかんちょっと気持ち悪くなってきた。
深呼吸、深呼吸。
ふー冷静になってきた。
ヨシ!
そもそも論、無理に俺が手を出しても状況改善には時間がかかる。
俺はどうしたってまだ子供だし、いのりちゃんとは学校も違うからな。
もっと早い段階で出会う事が出来ていたならともかく、今からいのりちゃんや、いのりちゃんのお母さんと信頼関係を築く事から始めていたら、結局は司先生との出会いで状況が改善されるのと変わらないか、むしろ遅くなる可能性が高い。
だから、ほんの少し。
ほんの少しだけだ。
いのりちゃんが少し先の未来で歩き出したその時の為に。
ほんの少しだけの手助けをする。
あらためて頭の中で方針を確認しつつ、瀬古間さんといのりちゃんがやり取りしているところへ近づいていく。
「瀬古間さん、それ、いったい何の闇取引の現場なんですか?」
「ひゃいっ」
「理凰君!?」
うーん、反応が犯行現場を見つかった者たちのそれ。
というのは、流石に冗談だが。そうして、近くに人がいないことを確認したうえで、話を聞きだす。
まあ、事情は漫画と同じだな。しかしミミズ払いって、なかなか聞かない話である。
そりゃ聞くわけはないんだが。
「瀬古間さん、自分で後で補填してるでしょ?」
いのりちゃんには聞こえないように小さな声で指摘すれば、瀬古間さんの肩がびくっとなる。
さあて、ここからだな。
まずは最低限、スケート場に入るのにズルをしているという意識をなくす。
「いのりちゃん、だったっけ? 君はこれが良くないことだってわかってるよね?」
司先生も指摘していたことだ。
瀬古間さんがアワアワとしているのが目の端に見える。
うーん、いのりちゃんの表情に心が痛むが、話はまだここからだ。
「だから、俺と取引をしよう。俺はなんだかんだ瀬古間さんにはお世話になっていてね」
いのりちゃんが俯かせていた顔をあげて目を見開く。
まじで、これはホントの話だ。
俺がどんどん有名になっても態度を変えないし、周りに騒がれないように配慮もしてくれている。
瀬古間さんマジ人格者。
なので瀬古間さんの心労と財布についても救ってあげたい。
「瀬古間さんの飼っている鳥の為にミミズを集めるのは結構大変…ええぇ、この量は結構じゃすまないんじゃ…いや、ともかく君がミミズを集めるのにかけている労力分の対価として、俺が入場料を支払う」
途中なんとなく目に入った間近で見るミミズがたっぷり入った袋の異様な迫力に思わず本音が漏れそうになるが、気を取り直して言いきった。
ミミズ集めを続けさせる必要がない?
いや、信じられないだろうけど必要なんだよ。
いのりちゃんの精神安定に結構馬鹿にできない役目を果たしているのだ、このミミズ。
「労働には対価が必要だ。君が瀬古間さんにミミズを届け続ける限り、君は堂々とスケート場で滑って良い」
いのりちゃんの顔がどんどん輝いていく。
うんうん、やっぱり子供は笑顔が一番だよ。
せめてスケートをしている時くらいは、何の憂いもなく楽しめるといいなあ。
瀬古間さんが何か言おうとするけど、目で制した。
「さあ、そういう事だから滑っておいで。俺も後で滑りに行くから君が嫌じゃなかったらだけど、少しスケートを教えてあげよう。これでも少しだけスケートが上手なんだ」
少しだけとか絶対嘘じゃん、みたいな顔をして瀬古間さんが口をパクパクと動かしているが、今は俺の素性とかノイズになるし、しばらく俺は謎のスケートお兄さんで通す予定である。
いや、誕生日を考えると実はいのりちゃんの方が年上なんだけどね。
貸し靴のカウンターに走っていくいのりちゃんを見送りつつ、瀬古間さんに声をかける。
「とまあ、そういう事になったので、これからあの子の支払いは俺にお願いします」
「いやしかし…」
まあ、漫画の作中屈指の良識派の瀬古間さんなら難色を示すのはわかるけども。
「瀬古間さんにお世話になっているのはホントだし。それに、なんというかあんな顔されてしまうと何かしてあげたくなるじゃないですか」
勘違いとはいえ、スケートを取り上げられそうになった時の顔がまじでヤバい。
心臓がキュッとなったわ。
「俺もスケート好きだし。スケートしてる人も好きなんで」
だてに前世で見る専をしてないのである。
俺が意思を変えないとわかってくれた瀬古間さんは大きく息を吐いた。
「とりあえず、このくらいかな。先払いってことで。手間を取らせちゃうけどあの子が来るたびに瀬古間さんの方で補填してあげてください」
そう言って財布から多めの額を出して瀬古間さんに渡しておく。
「こんなに。ほんとに、大丈夫なのかい?」
「取材とかで発生するギャラとかもあるので」
ホントは株とかで稼いだやつだけど。
「それじゃ、俺も滑ってきますね」
瀬古間さんに手を振って、リンクへ。
俺は自前のスケート靴があるのでそれを履く。
さて、今日はとりあえず、今のいのりちゃんがどのくらい滑ることができるのか見るところから始めよう。