偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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21話

ようやくいのりちゃんとの遭遇に成功した俺は、一人で出かけるときには大体いのりちゃんの練習を見ていた。

というか、俺がそれとなく瀬古間さんに次に来る時がいつ頃かを伝えておくと、ほぼほぼいのりちゃんが待ち構えている感じである。

この子やっぱり、スケートに対する執着マジパナイヨ。

 

「あ!お兄さん!」

 

うーん満面の笑顔で寄ってくる姿は、小型犬か何かを想起させるなあ。

でも俺、実は君より年下なんだよね。

正体ばらした時の反応がちょっと楽しみなのは秘密だぞ!

 

「やあ、いのりちゃん」

 

「今日もよろしくお願いします!」

 

怪我とかさせてしまうと、いのりちゃんのお母さんに色々ばれて大事になるので教えているのはスケーティングの基礎的なことばかりなんだが、それでも嬉しくてたまらないらしく、何回目かの今でもモチベーションに陰りは見られない。

 

「あ、そういえば教えていたトレーニングはちゃんとやってる?」

 

「はい!大変だけど、頑張って続けてます!」

 

プラスアルファで、体力と筋力をつけるためのメニューを渡してやってもらっているんだが。

 

「勝手に練習量増やしたら駄目だからね。それで体を壊したりするようなら、俺は教えるのをやめるから」

 

「はい!絶対にしません!」

 

そこはマジで気を付けてほしい。

脅すようで嫌なんだが、この子はスケートへの気持ちが強すぎるのでこれくらい言っておかないと絶対やらかすという確信がある。

一年前倒しでの体作りと、スケーティング技術の底上げ。

これがあるだけで、いのりちゃんのスケート人生のスタートラインは大きく変わるはずだ。

 

氷の上じゃなくてもスケートの為にできる事はある。

俺のこの教えは、今のいのりちゃんにはかなり衝撃だったようで、スケートをしていないときの雰囲気も少し変わった気がする。

とはいえ、ずっと地味な練習ばかりって言うのもかわいそうだし。

 

「今日はちょっと、バックスクラッチをやってみようか」

 

バックスクラッチはスピンやジャンプの軸取りの為の練習になる。

これもこれで地味な練習ではあるんだが、スケーティングや筋トレを中心にやらせていたいのりちゃんには新鮮だろう。

それに、その先にあるジャンプやスピンという技術へ確かに連なっているこの練習は、いのりちゃんの意欲をきっと大きく掻き立てるはずだ。

 

「まず一度やってみせるから見ていてね」

 

そう言って、腕を振って回転を始める。

腕をたたんでいき、回転の速度を早くして行き、頃合いで姿勢をほどき回転をやめる。

 

「ふぉぉおぉ!」

 

良い反応。目がキラッキラだな。

実に狙い通りでヨシ!

いやあ、俺が小さいころに事故のことがあって本格的な練習ができなかった時のノウハウがかなり流用できるから教えやすいわー。

 

「まあ、見本はこんな感じだね。それじゃさっそく、やってみようか。姿勢なんかは都度、俺が調整してあげるから、まず実践!」

 

手をたたいて急かす。

ワタワタと俺の見本を思い出しながら動き出すいのりちゃん。

 

「そこの手の姿勢はこう。足はこんな感じの角度でエッジを意識して…」

 

指摘を繰り返し修正させ、だんだん不格好ながらも回れるようになっていく、そんないのりちゃんの成長を見ているのはなかなか楽しい。

司先生の気持ちが良くわかるわー。

素直だし、地味な練習を少しも嫌がらないし、だからこそ着実に上達していく。

 

司先生が将来得るはずであったであろういのりちゃんの成長に対する感動を、最初の方をちょっとだけとはいえ奪ってしまうことになっているのは申し訳ないが勘弁してほしい。

いのりちゃんの成長を前倒しにしているのには割と切実な理由もあるのだ。

 

うん、光ちゃんがね。

漫画より明らかにヤヴァイの。

技術的な成長に関しては多分、半年から一年分くらいは前倒しされてる。

メンタルもなんかね、前はまだ夜鷹との契約の夜の曲掛けの時にそれなりに緊張が見られていたのに最近、特に俺が二年かけたプログラムを贈ってからは、なんか、これ位は当たり前って顔でシレっとこなすんだよ。

 

はい、犯人は私です。

そりゃそうだよなあ、光ちゃんのデバフになりそうな事情はだいたい俺が蹴っ飛ばしちゃったもんなあ!

練習の効率も俺が高めちゃってるもんね!

 

それでもいのりちゃんは、光ちゃんに勝つのを諦めないだろうという確信はある。

あるんだが、やらかしちゃった俺としてはテコ入れをしないわけにはいかない。

光ちゃんといのりちゃんは、お互いにお互いが必要なのだ。

 

だから特に時間のかかる体作りと基礎的なスケーティング技術の向上を一年前倒しにするのだ。

司先生に出会った時、これは必ず大きな助けになる。

一年分これを上乗せできたなら、いのりちゃんのポテンシャルと成長速度なら、この世界の光ちゃんが相手でもちゃんと現実的な距離の相手として追いかけられるはずだ。

 

正直、直接戦うとなったら俺は迷わず光ちゃんを応援する。

今の俺はもうきっと、どうしたってそうしてしまうし、そうすると決めている。

でもそこを除けば、いのりちゃんを応援したいし幸せにもなってほしい。

直接この世界で知り合って改めて思ったけど、この子はやっぱりとても優しい良い子だ。

自分のすべてに等しいスケートへの想いを、家族への想いでずっと自分の中に閉じ込めてしまうくらいには。

 

だから、俺は俺に出来るほんの少しの中で、出来る限りのことをする。

 

「やった!できました!できましたよ、お兄さん!」

 

「ああ、上手にできてたよ。これから練習にこのバックスクラッチも組み込むね。これをやりこんでいけば、君がちゃんとスケートを始められるようになったその時に、ジャンプやスピンを覚えるための確かな助けになるから」

 

「ジャンプやスピン…はい!頑張ります!」

 

うーん、元気!

ずっとテンション高い!

やっぱりなんだかんだで元から司先生と噛み合う性質もってるんだなあいのりちゃん。

なんというか妙なところに感心させられてしまう俺である。

 

「さあそれじゃあもう一回だ。なるべく回転の軸を意識するようにしてみて」

 

「はい!」

 

そしてまた回り始めるいのりちゃん。

うん、一回覚えたことは結構ちゃんと再現できるんだな。

漫画だと初めてのプログラム練習とかで周囲の目を意識し過ぎてプログラムの内容がすっ飛んだりしていたが、そういう事でもなければ、一度覚えたことはしっかりこなせる能力が確かにある。

 

得意のサルコウの着氷率100%とか、割と異常だからな。

覚える事に人並に時間がかかる代わりに、覚えたことの再現率は高い。

そんなところか。

 

―――この才能をどうにか活かしてあげられないかな。

っと、いかんいかん。流石にそこまでは俺の仕事じゃない。

名港でいろんな子のことを見てきたせいで、妙にコーチ魂的なものが芽生えてないか俺?

でも確かに成長していく子を見るの楽しいよなあ。

成長出来たって実感できた時の練習を見てあげた子たちの笑顔って、ほんとに尊いって言うか。

自分が成長できた時とはまた違った喜びが確かにそこにはある。

 

「次は何やったらいいですか!」

 

バックスクラッチの練習を終えたいのりちゃんが元気に聞いてきた。

スケーティング練習を指示すると、嫌な顔一つせずに滑り始める。

 

引退後はコーチ業も良いかもなあ。

っは!?

いや、今から引退後の事とか考えてどうする俺!

ええい、司先生がさっさと来ないのが悪い!

早くいのりちゃん見つけて、手を引いてやってくれよ!

 

ぶっちゃけ八つ当たりだけど、いのりちゃんのコーチになったら覚悟しておけよ司先生。

 

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