偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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23話

頭上に光ちゃんの鼻歌を聞きながら、髪を撫でられている。

いつかの熱の日の看病以来、光ちゃんはすっかり俺の髪を撫でるのがお気に入りだ。

何かにつけて撫でてくる。しかもダンスの件以来、その頻度がさらに増えた。

俺もすっかりそうされることになれてしまって、昼食を取ったばかりというのもあって、どうにも眠くなる。

木漏れ日が眩しくて、目を閉じているせいもあるだろう。

 

今日は俺だけでなく光ちゃんも休養日。

天気の良い休日というのもあってエイヴァさんの提案で庭にランチマットを敷いて、昼食をとった。

エイヴァさんがサンドイッチを作ってくれて、光もそれを手伝って。

俺も手伝おうとしたら、キッチンから追い出されてしまった。

 

こんな程度のお手伝いすら許されぬとは。

解せぬ。

 

なお、クラブの方の練習を見なければいけない関係もあって慎一郎さんは残念ながら不参加だ。

 

「別に眠っちゃってもいいんだよ?」

 

俺が眠くなってきていることに気が付いたのか、鼻歌を中断した光ちゃんが俺に言ってくる。

 

「それは流石に、足が痺れちゃうんじゃないかな」

 

俺がそう心配して言っても、光ちゃんは気楽な調子で答えを返した。

 

「三回転を連続で飛んだ時ほどじゃないでしょ」

 

それと比べるのは、はたしてどうなのだろうかなどと思いつつ。

そう、俺は今、光ちゃんに膝枕をされている。

昼食が終わって行儀悪くランチマットに寝ころんだ俺に光ちゃんがピンと来た顔をして、自分の膝に誘ってきたのである。

 

「しかし、また何で突然に膝枕?」

 

「私がしたかったし、してあげたかったからだけど?」

 

いや、そういう事ではなく。

さては、分かっていて回答をずらしたな?

そのあたり、俺の悪影響が出ている気がして微笑ましいやら申し訳ないやら妙な気持になる。

うーん、実際の所ドラマか何かで見たのか、最近の女の子たちの集まりで聞いてやってみたくなったのか。

多分そのあたりの理由だと思うけど、どっちが正解かな。

なんて考えさせられているあたり、思うつぼなのだろう。

 

そんなやり取りを見ながら、汐恩ちゃんを膝にのせて抱きながらこちらを眺めているエイヴァさんが笑う。

まあ、役得ではあるしそのあたりはどうでもいいかな、と思考を放棄すると余計に眠気がやってくる。

静かになった俺の髪を撫でながら、また光ちゃんの鼻歌が再開される。

 

聞いたことがあるような無いようなメロディーだ。

風がさやさやと吹き頬を撫で、木の葉が音を鳴らす。

ああ、これはまずい。

本当に眠ってしまう。

 

 

 

狼嵜光視点

 

理凰が私の膝の上で静かな寝息を立てはじめた。

鼻歌をやめて、本当は髪を撫でるのもやめたほうが良いかもしれないけど、それはついつい続けてしまう。

 

ノービスに上がってから、理凰の練習の密度はまるでオーバーワークになるギリギリ手前を測るかのような状態になっていた。

私がシンスプリントになって以来始めたメディカルトレーナーに必要になるような高度な勉強をそれに並行していたし、さらにはポルトガル語という土台があるとはいえラテン語が源流になっている複数の国の言語の勉強まで。

息抜きと言って出かけた先では、たまたま知り合った子にスケートを教えているというし、クラブの子たちの練習を見たり、時にはスケートに関係のない相談にも乗っていた。

何故かいつの間にかプロ顔負けのマッサージを覚えていたりして、負担をかけたくないと思っているのに私は時々誘惑に負けて理凰に甘えてしまう。

 

事ここに至って、なんと夜鷹純さえ含めた皆の意見が完全に一致して、一度しっかり休養を取らせようということになった。

 

もともと理凰にはそういうところがあった。

別に自分を追い詰めているとかではなくて、楽しんでやっているのはわかるのだけど、完璧主義というかやるからには中途半端を許さないのだ。

自分以外の人には決してそういう事はしないくせに、自分に対しては妙に厳しいところがある。

 

ある日の、夜鷹純との練習の時の事。

夜鷹純が理凰に練習で飛んでいたジャンプを大会用のプログラムに組み込まないのか聞いたことがあった。

それに対しての理凰の返事はこうだ。

 

「このクオリティーで、ですか? 夜鷹さんにしては採点が甘いですね?」

 

本気で意外そうな表情と声だった。

夜鷹純はほんの一瞬目を丸くして、少しうれしそうな雰囲気を出して理凰のこの言葉に、一言こう返した。

 

「無粋なことを聞いたね」

 

あの時の戦慄を私は今でも忘れられない。

つまり恐ろしいことに理凰が自身に対して合格と許す水準は、夜鷹純のそれより高いのである。

夜鷹純は元々が理凰に対しては課題だけ与えて放任気味だったけど、その日から理凰の練習に対する口出しはさらに減った。

いつも夜鷹純の無茶ぶりに文句を言いたげにするのに、自分の方がよっぽど自分に厳しいということを理凰は気が付いていないんだろうか。

 

そんな風だから理凰は練習でプログラムを通しで滑る時、同じプログラムを二種類滑る。

自身の合格基準に達している完成されたプログラムと、自身の合格基準には満たないがプログラムとして形にはなっているこれから完成させていくプログラムだ。

理凰は、大会ではいつも前者の完成されたプログラムを滑る。

そして未完成版のプログラムは、私と夜鷹純の前でしか滑らない。

未完成版は本人的には人に見せるようなものではないらしい。

 

ここで勘違いしてほしくないのが、合格基準に満たないからと言って出来が悪いわけではないという点だ。

はっきり言って、理凰以外なら十分完成と判断するような出来なのだ。

ジャンプに例えるなら、どちらもGOE5だけど、ギリギリの5か満点の5かの違いというような差だ。

単に得点だけを問題とするならジャンプやスピンのグレードが上な分だけ、理凰が未完成とするプログラムの方が点は高くなりさえするだろう。

 

理凰には秘密だけど、実は私はより高みを目指すために滑っている未完成のプログラムの方が好きだ。

単純な美しさなら完成版の方が上かもしれないけれど、未完成版は本当にほんの少しだけ、あの夜のプログラムのような魂の色がにじむから。

理凰の未完成版プログラムを私と夜鷹純しか見ることができないという事実は、私の秘かな自慢の種である。

 

そういった完璧主義とも凝り性ともとれる理凰の性分が、今回は悪い方に発揮されていた。

なまじどこまでも出来てしまうので、止まれなくなるのだと思う。

いつもはしっかりしていて私の方が助けられてばかりなのに変なところで世話が焼けて、放っておけない。

何故かそれが少しうれしくて、笑みがこぼれる。

 

女の子たち皆で話していた時に、理凰にやってあげたことがあるか聞かれた膝枕。

そういえば今までそういった機会はなかったなと思った。

今日はたまたま絶好の機会を得られたので、こうして理凰にしてあげる事が出来ているけれど、思った以上に気分が良かった。

ついつい鼻歌を歌ってしまうくらいには。

エイヴァが凄く微笑ましげに私たちを見てくるのも気にならない。

 

これは是非また機会を見つけてやってあげたい。

皆にも誰かしてあげたい人ができたときには、強くオススメしようと思う。

 

「エイヴァも慎一郎先生にしてあげたことがある?」

 

ふと興味がわいて、理凰をおこさないように声を潜めて聞く。

 

「あるわよ。ふふっ、子供にしてあげるのとは違った不思議な幸福感があるのよね」

 

そっか、やっぱりそういうものなんだ。

私は私の膝の上で眠る理凰の髪を撫でながら、穏やかな時間をかみしめた。

理凰にとってもこの時間が幸福で癒しとなるものであればいいなと思う。

 

 

 

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