偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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31話

五里誠二視点

 

ノービス時代からの付き合いである慎一郎からいろいろ聞いていたので、理凰君の事は昔から知っていた。

今よりもっとずっと小さいころに慎一郎に連れられた理凰君に会ったこともあった。

事故にあったことも、話には聞いていた。

だが流石に記憶喪失の事は聞いていなかったので、いるかが揉め事を起こした時初めてそれを知ることになり、血の気が引いたのを覚えている。

そりゃ本人の事を思えば吹聴して周るような話でもないだろうからな。

 

当時まだ小学校に上がるかどうかの時期だぞ。

そんな年頃の子が、突然に自分の事すらわからずに世界に放り出されるのだ。

こんなことを思うのは慎一郎には悪いんだが、よく壊れなかったものだとさえ思う。

事情を知ってしまうと、あのあまりに大人びたあり方は痛々しささえ感じざるを得ない。

理凰君にあんな言葉をかけてしまったあとになって事情を聞くことになったいるかがあんな有様になるのも仕方がない話だろう。

 

いるかがあんな状態になっている分、自分がしっかりしなければとそんな気負いがなかったら俺は慎一郎に泣いて土下座していたかもしれない。

しかしその後の彼の話を聞いて湧き上がってきたのはなにも罪悪感だけじゃない。

一種の敬意だ。

事情を知っている人間たちが特に両親の慎一郎やエイヴァさんが、過保護になりすぎるでもなく、むしろ心から信頼して愛情を注いでいる理由がわかる。

 

まるで存在そのものが奇跡のような少年だった。

その思いは、理凰君と二人で話して戻ってきたいるかを見てさらに強まった。

戻ってきたいるかはまるで憑き物が落ちたかのようで、しっかりと慎一郎に頭を下げて謝り、鯱城君にもわざわざ会いに行って頭を下げていた。

 

いるかは、表面上の口や態度こそ悪いがちゃんと優しさを持っている子だ。

それが最近、年齢的な精神の不安定さと、親元をこれから離れるにあたっての悩みなどが重なってどうしても攻撃的になってしまっていたのに、それがずいぶんマシになっていた。

いったいどんな魔法を使ったというのか。

慎一郎が信頼して二人だけで行かせるはずだ。

 

本人に聞いたときは笑って、ちょっと話を聞いただけだなんて言っていたが到底信じられない。

その後の合宿の間中、いるかは隙があれば理凰君について周っていた。

日が経つごとに険が取れていく様に興味が抑えられず少し隠れて話を聞いていると、理凰君はいるかの話をよく聞き、そして必要なら助言をしたり視点を変えさせてみたりとカウンセラーか何かかというやり取りだった。

 

しかも、合宿の最初から思っていたが、理凰君はまとった空気が柔らかい。

周りの人間の一人一人に対して情があるからだろう。

その情は記憶を失った経験からかそのあと積み重ねてきた経験からか、それはわからないが理凰君の傍は不思議と居心地が良い。

大人の俺でもそう感じるのだから、いるかのような子にはたまらない筈だ。

 

合宿が終わるころには、いるかの様子は合宿前と比べても大分安定していた。

俺は感謝を伝えずにはいられなかったので慎一郎に頼んで理凰君と話させてもらった。

理凰君は少し戸惑っていたが、でかい借りが出来たと俺は思っている。

機会があれば、この借りは必ず返すと決めた。

 

いるか以外の選手たちからもこの合同合宿は非常に好評で、今後も機会があれば行おうということになった。

しかしお前ら、いるか以外も理凰君の世話になってたのかよ。

返す借りがさらに増えてるじゃないか。

しかもこれ絶対、合宿のたびに増えるヤツだろ。

 

そうして合宿を何度か行い、案の定借りが増えていき、全日本ノービス大会。

表彰台こそ狼嵜光選手の一位だけだったが、ウチや名港から出場した他の選手も大健闘だった。

来年、そしてその先には、狼嵜光の牙城を崩すのは流石に難しくとも、表彰台は狙えるのではないかという出来だ。

 

そして、全日本ノービスB男子の部。

うちからの出場選手こそいないが、なんせ理凰君が出場している。

みんなで応援してから帰ろう、となるのは自然の流れだった。

 

しかし理凰君は今回も最終滑走かあ。

これ、大会側が操作とかしてないよな?

あの子が一番滑走だった時とか、たまたまウチの女子の子と大会被ったから直接見ていたが、マジで阿鼻叫喚の地獄だったからな。

なんで、一番滑走の時の方が調子いいんだよ。

他のクラブのコーチがもはや悟り開いたみたいな顔になってたじゃないか。

正直、本当に順番が操作されてても俺は責める気になれん。

 

しかし、慎一郎のやつが、

 

「きっと驚くと思いますよ」

 

と言ってたのが気になるな。

理凰君の滑りはレベルがヤバくて毎回驚かされているのに、これ以上何する気だ?

 

「何ぼっとしてんの! ほら、理凰君の番だよ先生!」

 

慎一郎の言葉を思い出して、少しリンクから意識のそれていた俺を愛花が呼ぶ。

いかんいかん。

折角帰るのを一日遅らせて応援に来ているんだからしっかり見ないとな。

 

会場はノービスの大会とは思えない盛況具合。

これは、天才コンビとして騒がれている狼嵜光と鴗鳥理凰という二枚看板の宣伝効果の他に、理凰君個人のファンが結構いる事に由来する。

理凰君のプログラムは、ノービスとは思えないほど見栄えがするもので、格好よくそして美しい。

詳しくないものでも見ればそれが分かるような素晴らしいものだ。

特にフィギュアスケートの熱心なファンの中ではすでに理凰君は、わざわざ足を運んで見る価値のある滑りをする選手という認識なのである。

 

そうして会場中の期待が集まる中で曲が流れ始め滑走が始まる。

うわぁ。

心の中で思わずそんな声がでた。

明らかに中部大会よりさらに上手くなっていた。

あの子のあの向上心は一体どこから来ているんだ。

普通あの年であそこまで滑れたら満足できそうなものなんだが、合同合宿でも理凰君が練習に手を抜いているところを俺は一度も見たことがない。

 

「すっご」

 

愛花も思わずといった感じで言葉をこぼす。

 

「やっぱ理凰君すっごいなあ!」

 

無邪気に喜んでいるのは桃芽くらいだ。

みんな、それこそ会場中が固唾をのんでその滑りに見入っていた。

特にいるかは息すら止めて、身を乗り出すようにしながら食い入るように理凰君の滑りを見ている。

 

「まだなんかある。出来は凄いけどこれだけなら光はきっとあんな風に言わない」

 

いるかが気になることを呟いた。

本人は完全に理凰君の滑りに集中しているので恐らく無意識だ。

そういえば、慎一郎も言っていたな、驚くって。

現時点で十分お腹いっぱいなんだがこれ以上?

 

そうして、プログラムが後半に差し掛かった時、それを見た。

は。

一瞬思考が真っ白になる。そして、弾けた。

思わず叫ぶ。

 

「はぁぁぁぁ!? 三回転アクセルのコンビネーション!?」

 

会場中、悲鳴とも取れるような声があちこちから聞こえた。

いや、まて、また助走に、おいおいおい、冗談だろ、後半最後のジャンプだぞ。

あの複雑で難易度鬼な振り付けで、ずっと滑って、後半に三回転アクセルのコンビネーション飛んでるんだぞ。

 

―――降りやがった。

マジか。

しかもコンビネーションも単独も明らかに会心の出来。

あれ、もしかしてGOE5が付くんじゃないのか?

ノービス一年目で?

三回転アクセルを減点無しで降りるだけでも十分いかれてるだろ。

それを、あの完成度で、コンビネーションと単独両方?

 

お前、慎一郎、マジか。

きっと驚く?

お前、絶対に理凰君に毒されて感覚おかしくなってるからな。

後であったら、絶対説教してやる。

 

そして、理凰君が完走するのを見届けた。

ああ、会場の歓声がヤバいな。

こんなの全日本とはいえ、ノービスの滑りで巻き起こっていい熱狂じゃないだろ。

気持ちは痛いほどわかるが。

俺も思わず立ち上がって手が痛くなるくらいの拍手を送ってしまっている。

 

きっと、この大会は後年に理凰君のデビュー戦あたりと一緒に伝説の始まりだとか呼ばれることになるんだろうなと、何となくそんなことを思った。

 

 

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