偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

34 / 91
32話

狼嵜光視点

 

どうしよう。

 

私は今、これまでの人生でも指折りに入るくらいに悩んでいた。

全日本ノービスが終わって、しばらく。

もうすぐ理凰の誕生日だ。

 

既にクラブの皆には全日本ノービスの優勝と合わせて祝われた後。

私もちょっと早いけど、理凰と一緒に優勝と誕生日を祝ってもらった。

フィギュアスケート的には理凰や私の誕生日は思いっきりオンシーズン。

皆で祝うには全日本ノービス優勝のタイミングはちょうどよかったのだ。

 

理凰はああいう人だから、クラブの誰かの誕生日のたびにその人に合わせたプレゼントをする。

賑やかなのが好きな人にはサプライズとともに、目立つのが苦手な人には何というかするっと。

いつの間にか聞き出した、その人が欲しがっているものをドンピシャで贈るのだ。

 

特に女の子相手の時は、よく雉多さんとコソコソして準備をしていた。

あの二人は妙に波長の合う部分があるみたいでこういう時は良く結託している。

だから理凰が何かを仕掛けるときの共犯の最多は実は雉多さんである。

 

そんな事情もあって優勝祝いを兼ねた今回の誕生日パーティーは非常に盛大なものになった。

私もとりあえずのプレゼントは皆と一緒に送った。

そう、とりあえず。

 

うん。

 

ぜんぜん、足りない。

 

去年の私への誕生日プレゼントが素敵過ぎたのだ。

あんな素敵なプレゼントをもらってしまって、いったい何を返せばいいというのか。

理凰は気にしなくていいなんて言うけれど、無理な相談だ。

理凰が良くても、私が絶対に納得できない。

 

うーん。

やっぱりこれしかないか。

理凰がくれたものには及ばないけれど。

これが今の私にできる精一杯だ。

そうと決まれば、慎一郎先生とエイヴァに協力をお願いしよう。

 

「そうよね。そうなるわよね」

 

そうして、事情を説明してお願いしてみると、エイヴァは私の悩みに深く共感してくれて、むしろ進んで協力を申し出てくれた。

 

「衣装は着慣れているものがいいわよね。でもそれだけだともったいないから、そうね、その日は私がとびっきりに気合いを入れてメイクしてあげる!」

 

エイヴァはそのあとで慎一郎先生にも口添えしてくれた。

 

「そうだね、それじゃあ理凰の誕生日の日にちょうど理凰と私の練習が入っているからその時間を使おう」

 

エイヴァの口添えもあって、慎一郎先生もそういって私の計画に協力してくれる。

誕生日の日でさえ練習を少しも休まない理凰にちょっとあきれてしまうけど、今回はちょうどよかったので良しとしておくことにした。

 

そうして、慎一郎先生とエイヴァの協力を取り付けて、理凰の誕生日の当日。

私と理凰は、二人きりでスケート場にいた。

私たちを連れてきてくれた慎一郎先生は気を利かせて席をはずしてくれた。

エイヴァに言い含められていたのかな?

 

衣装よし。

スケート靴よし。

メイクもエイヴァのおかげで、よし。

音楽のプレーヤーも、全部準備よし。

 

あ、こんなに緊張するのスケートをしていて初めてかもしれない。

 

大きく深呼吸をして心を静める。

そうして、理凰の目を見て話し始めた。

 

「あのね、理凰は気にしなくても良いって言ってくれたけど、私はやっぱり何か返したかったから」

 

理凰は黙って私の話を聞いてくれている。

 

「あの日に理凰のくれたものには及ばないけれど、今の私にできる最高の滑りを、理凰に贈るね」

 

リンクに乗って、滑走位置に。

ああ、心臓の音がうるさい。

早く滑り始めてしまいたい。

そうすれば、私は理凰の事だけ考えて滑ることができるから。

 

音楽が流れ始めた。

ノービスに上がってからずっと滑り続けたプログラム。

今の私に滑ることができる、最高のプログラムだ。

氷の上を滑りだす。

心臓の音は鳴りやまないけど、緊張とは違ったものに変わっていく。

 

理凰と出会った日のことを思い出す。

あの日、優しく手を引かれたことを。

家族として迎え入れてくれた時の、優しい声と、優しい瞳を。

 

理凰と過ごした日々を思い出す。

数えきれないほどの事を教わって、数えきれないほどのものを与えられた日々。

理凰の痛みを知って、理凰を知ろうと努力したことを。

ずっとそばにいて、いつも笑いあった。

暖かくて幸せな日々を。

 

理凰のあの日の滑りとあの日の約束を思い出す。

魔法のような時間。

忘れえぬ、奇跡の夜。

あの日から理凰はずっと約束を違えることなく、私と並んで、時に少し前を行かれてしまうけれど。

ずっと一緒に歩んでくれている。

 

きっと私は、理凰に恋をしていると思う。

でも、自信が持てない。

だって理凰の存在は、私にとってあまりにも。

恋は私の心の中に確かにあると思う。

でも他の気持ちがあまりにもたくさんあって、そのどれもが大きすぎて、私は理凰にその恋を伝えて良いのかわからない。

 

理凰は、きっと私が答えを見つけるのを待ってくれている。

だから、今は素直に甘えよう。

私はまだ子供で、焦るにはまだ早くて。

それに無理に出した答えなんかで私は理凰と向き合いたくないから。

 

でも今は、恋もそれ以外も、全部を込めて。

氷を刻むエッジに、踊らせる腕にその先の手に指先に。

想いのままに氷上を蹴って、空を舞って、再び氷上に降りる。

理凰が私を見つめているのが分かる。

 

理凰は私にいつも言う。

 

「俺は光の最初のファンで、一番のファンだから。こればっかりはいくら光のフィギュアスケートの事だとしたって夜鷹さんにも譲る気はないね」

 

照れ臭いけど、とても嬉しくて。

私はいつも理凰には一番素敵な私を見てほしくて。

だから誰の前で滑るよりも、契約のかかった夜の曲かけや大会の滑走の時よりも、理凰の前で理凰に見てもらいながら通しで滑る時が一番緊張してしまう。

 

それでも今は、緊張よりももっとずっとずっと強い気持ちが、胸を叩く。

理凰が好き。

大好き。

いつか自信をもって、自分の恋を認められたら。

私はちゃんとこの気持ちを、真正面から理凰に伝えるのだ。

 

そして、私はプログラムを滑り終えた。

拍手の音が響く。

理凰だ。

 

私はリンクを降りて、理凰のもとへ歩く。

そばまで行くと、理凰は持っていたタオルで、私の汗をぬぐってくれる。

 

「本当に素敵な滑りだった。とても綺麗で、心が浮き立って。気持ちが伝わってくるみたいだった」

 

優しい声。

聞いているだけでいつも幸せになれる、理凰の声。

 

「ありがとう。今日は最高の誕生日だ」

 

そう言って理凰は、最高の笑顔を浮かべてくれた。

そのあとは、他愛のない話をしながら少し休んで。

休んだら、折角リンクがあるんだしという話になって、二人で氷上で戯れた。

 

並んで滑ったり、手をつないで滑ったり。

ちょっとわがままを言って、理凰にお姫様抱っこをしてもらって滑ってもらったり。

鍛えているのはわかっていたのだけど、思いのほか軽々と抱き上げられてしまって、びっくりするとともに、すごくドキドキしてしまった。

 

両手をつないでクルクルと回った時は、ダンスをしている時を思い出して氷上でそうしていることに不思議な感じがした。

理凰の誕生日なのに、私までとても楽しくて。

良いのかなと思ったけど。

 

「大切な人と楽しく幸せになれるなら、それ以上の事なんて無いよ。自分だけが幸せなんてつまらないからね」

 

理凰は笑って嬉しそうに言ってくれた。

 

「そうだよね。私も自分だけが幸せなよりも、理凰と、皆と幸せなほうが嬉しい」

 

そのあとも私と理凰は氷の上で笑い合ってじゃれ合って。

今よりももっと小さいころに戻ったみたいに、無邪気にこのひと時を楽しんだ。

慎一郎先生を少し待たせてしまったのは申し訳なかったけど、むしろ理凰の為にありがとう、とお礼を言われてしまった。

 

こうして、理凰へのプレゼントに対する悩みから始まった今回の一件は、慎一郎先生とエイヴァの協力もあって大成功に終わった。

 

これ以来、私と理凰はお互いの誕生日にその時の自分の最高の滑りを贈り合うことが習慣になったのだけど、それはまた別の話である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。