偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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36話

大須のスケート場にある喫茶店の中。

 

「お兄さん!」

 

いのりちゃんに手を振って呼ばれて、席の所まで歩いてきて座った俺の目の前には、今まさに司先生がいた。

その隣には、ああやっぱり、という顔をした瞳先生が。

ちなみに今の俺は隣の席に座っているいのりちゃんを混乱させないために、いのりちゃんと会う時はいつもそうしていた、騒がれないためのお忍びお出かけ用変装モードである。

まあ、瞳先生くらいの付き合いがあれば分かる程度の変装だ。

変装状態で会ったことも何度かあるし。

というか瞳先生、わざわざ付いてきたのか。

まあ、気になるよね、うん。

 

今日は別に変装の必要もないし、挨拶するのに変装姿のままというわけにはいかないので、とうとうネタバラシである。

帽子を取って、野暮ったい伊達メガネをはずすと、司先生の顔が驚愕のそれに変わっていく。

隣のいのりちゃんの顔も最初に、あれっ、という顔に変わって、それから司先生に遅れる形で驚愕のそれに。

 

「鴗鳥理凰選手!?」

 

思わず大声をあげた司先生は、しまったという顔をして自分の口をふさぐが、まあ、大丈夫。

普通に鴗鳥理凰としてもここには出入りしているからね。

 

「大丈夫ですよ、ここには普通に来ることもありますから。あと呼び方はそんなに固くなくていいですよ。俺はまだいのりちゃんと同い年の子供なんですから」

 

まあ、周りからちょっと視線が来てるけど。

変装を解いた時点で既定路線である。

俺の容姿は目立つからね。

特に金髪。

 

そして同い年のと言ったあたりで、いのりちゃんから、

 

「ほえ?」

 

みたいな変な声が聞こえた。

ウケる。

いや、性格悪いと言わないでほしい。

一年間、いつ気付くかなーまだ気付かないかなーと思い続けて今日まで過ごして、ついに来たネタバラシの日なのであるからして。

…だ…駄目だ、まだ笑うな…、みたいな心境になっても許されると思うんだ。

光ちゃんを知っていたいのりちゃんが、大体の場合で光ちゃんとセットで話題になる俺の事を知らないわけがないのだが、先入観は恐ろしいというべきか、今日の今日までとうとう俺の正体に気が付かなかった。

 

「すまない、いのりちゃん。お兄さんは、実はお兄さんじゃなかったんだ。というか、実は誕生日的には年下なんだ」

 

なお俺がいのりちゃんの誕生日を知っていることは別におかしくない。

なぜなら、いのりちゃんの誕生日はばっちり聞き出してちゃんと祝ってるからね!

俺の言葉に漫画なら絶対に疑問符がいっぱい飛んでいる顔をしばらくしていたいのりちゃんはようやく理解が追い付いてきたのか声をあげた。

 

「ええええええぇ!?」

 

いやあ、実に良い反応だなあ。

お兄さん嬉しくなっちゃう。

まあ、お兄さんじゃなかったんだけどね。

 

「理凰君が結構悪戯好きって言う話は聞いていたけど、なるほどねぇ」

 

瞳先生が呆れたようなでもちょっと楽しそうな、微妙な表情でそうこぼす。

薄々俺の正体に気が付いていた瞳先生には少し俺の気持ちが分かるらしい。

あ、いのりちゃんの反応が良すぎて気が付かなかったけど、司先生も目が白黒してる。

あれは俺の正体に驚いてたけど、そうじゃん、いのりさんと同い年じゃん、と遅れて気が付いた顔だな。

きっと愉悦ってこういうのを言うんだろうなあ。

一年仕込んだネタだけに感慨もひとしおだ。

 

「まあ、十割悪戯心ってわけでもないんですよ。いのりちゃんを教えるうえで年上だと思われているのは都合がよかったって言うのも結構大きくて」

 

これに関してはガチだ。

同い年の何なら誕生日的には年下の男の子より、断然年上の男の子のほうが教えを受けるうえでは納得しやすい。

さらに正体を明かさなかったのにはもう一つ理由がある。

いのりちゃんの性格的に、俺の正体が分かったら教えを受けることに申し訳なさが混じる可能性がかなりあった。

現在進行形でバリバリ第一線で戦っている選手の時間を割かれて教わって、そこに何も感じないでいられる子ではないからな。

 

「ああ、それは確かにそうでしょうね」

 

瞳さんが納得して言うと、隣の司先生も得心した顔で頷いた。

 

「まあ、ある程度時間がたって信頼関係も築けていのりちゃんの事もわかってきて、言っても大丈夫だろうとなって来た頃には、いつ気付くかなと面白くなってきちゃって、今日まで言いそびれたんですけどね」

 

軽く笑いながら本当の所も話す。

まっこと申し訳ない。

途中からは十割悪戯心でした。

いのりちゃんがむくれて俺の腕を叩いてくるが、全然痛くない。

 

「そんなわけで、お兄さんこと、鴗鳥理凰です。初めまして明浦路司先生」

 

ほんっと、ここまで長かった!

ようやくだよ!

でも、そんな内心はしっかり隠してにこやかにご挨拶だ。

そんな俺の挨拶に司先生も居住まいを正して挨拶を返してくれる。

 

「いのりさんのコーチになった、明浦路司です。初めまして理凰さん」

 

ああ、やばいな。

こうして司先生に名前を呼ばれると、感慨深いにも程がある。

 

「正直ちょっと驚きました。いのりちゃんを見つけてくれたのがあなたとは」

 

本当は、出会わせる気満々だったけどね!

不思議そうな顔をする司先生に俺は言葉を続ける。

 

「俺は全日本であなたと瞳さんの滑りを見ていましたから」

 

これは本当の事だ。

夜鷹純と一緒に観戦していた。

うん、なぜか誘われたんだ。

まあ、そうでなくても家族かクラブの誰かと一緒に観戦していたと思うけどね。

 

「リフトこそ失敗してしまいましたが、美しい滑りでした」

 

正直、司先生の現役時代の滑りを見たいというミーハーな気持ちで見に行ったのだが、それが吹っ飛んでただ見惚れるくらいには素敵な滑りだった。

なんであれだけ滑れて、あの自己評価になるのかさっぱりわからない。

いや事情を知っていればしょうがないとも思うんだけどね。

 

司先生は、何かをこらえるような顔をしてぐっと飲みこんでいる。

その何かはきっと銀メダリストの息子で天才と呼ばれる俺に褒められた喜びとか、それでも出そうになった自分を卑下する言葉とかだろう。

この人はいのりちゃんの前ではちゃんと格好をつけられる人だから。

しかし瞳先生が隣でよく言ってくれたって顔をしているのがちょっと面白い。

 

「手紙で伝えるべきことは伝えています。でも改めて」

 

そう。

これはちゃんと伝えたい。

前世からのファンとして、今生を生きてきた鴗鳥理凰として、いのりちゃんを見てきた先生として。

テーブルに頭をつけるくらいに頭を下げて、心を込めて言葉を紡ぐ。

 

「いのりちゃんと、出会って、見つけてあげてくれて、本当にありがとうございます。これから先、いのりちゃんをよろしくお願いします」

 

そうしてから顔をあげて、あまり湿っぽいのも苦手なので笑って続けた。

 

「親でもない俺が言うのは、ちょっと変な話なんですけどね」

 

あ、やばい、司先生、マジ泣きだ。

うん、いろんな人が言ってたのが分かる。

これはちょっとびっくりするわ。

 

って、いのりちゃんも俺の服の袖掴んで泣いてる!?

 

「大丈夫だよ、いのりちゃん。別に会えなくなったりするわけじゃない。この業界は狭いからこれからも会う機会はたくさんある。むしろ今までよりも多いくらいかも」

 

泣かれるかもしれないとは思ってたけどここまでとは。

年齢ネタとかで空気かき混ぜといたけど駄目だったかー。

 

「先生と教え子って関係が終わるだけだ。俺はいつか来るこの時を楽しみに待っていたんだよ。君が俺の手を離れて、ちゃんとスケートを始めて。これからは、俺と同じ氷上で君は選手として君の望む場所を目指すんだ」

 

言葉を重ねるほど泣かれるんだが!?

あ、司先生まで号泣に変わった。

 

「だからこれは悲しいことじゃないんだよ。俺の自慢の生徒の門出なんだからね」

 

瞳先生まで涙ぐんでるじゃないですかやだー!

嘘は一つも言ってない本音だし、絶対ちゃんと伝えておいてあげたい言葉だから、言わないって選択肢はないし、どうしろというのか。

なんなんですのん。

近くの席に座っている人達までなんか、ぐすっとか鼻すすってるし。

 

はい、終わり!

このお話は終わりね!

 

そうして何とかいのりちゃんに泣きやんでもらって、司先生は瞳さんに泣きやませてもらって。

 

「あーもー。目が赤くなってるじゃないか」

 

濡らしたハンカチでいのりちゃんの目を冷やしてあげている今現在である。

 

「うん、あれはどう考えても理凰君が悪いわ」

 

そこは認めざるを得ないんだけども。

 

「それはそうなんでしょうけど、一年間見てきたんですよ? ちゃんと司先生にお願いしたいし、ちゃんとした言葉でいのりちゃんを送り出してあげたいじゃないですか」

 

「気持ちは分かるけど、火力が高すぎるのよ」

 

げせぬ。

 

司先生は泣き止んだ後、非常に暑苦しい勢いでいのりちゃんの事を請け負ってくれたが、その時の声が大きすぎて瞳先生に怒られちょっとしょげている。

 

「大変申し訳ない」

 

うん。

まあ、そこは残当かな。

お店の迷惑だもんね。

俺も今回はあんまり人のこと言えないけど。

 

まあ、今日はとりあえず顔合わせと引継ぎというか。

そのあと、渡した手紙に同梱した練習内容やトレーニングメニューの事を話して解散になった。

解散するとき、いのりちゃんは、涙を我慢しながら精一杯の笑顔を作って手を振ってくれた。

 

「私、これからも頑張っていくから! 今までありがとう理凰君!」

 

うん、そこは心配してない。

君の行く未来は簡単ではないけれど、君はきっと多くを乗り越えて積み重ねていくだろう。

ちょっと泣けてくるけど、それを隠して俺も笑顔で手を振り返す。

 

「期待してるよ! またね!」

 

だから俺は心配ではなく、期待をもって、いのりちゃんを未来へ送り出すのだ。

 

 

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