偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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41話

今日は名港と愛西の合同合宿の日である。

シーズンが始まったばかりでまだ大きな大会はあんまりないちょうどいいタイミングってことで開催となった。

合宿開始日の朝、もうすっかり馴染みになった愛西の面々と挨拶をかわしつつ、珍しくいるかちゃんが俺に寄ってくるのが遅いな等と気楽に思っていると、とぼとぼといった感じで歩いてくるいるかちゃんを見つけた。

 

俺と目が合った瞬間ちょっと頬を隠す仕草に、赤くなっている目。

手でも化粧でも隠しきれてない頬の痣に目元の泣いた跡が目に入って、心が急速に冷え込んだのが分かった。

 

「―――はあ?」

 

この世界に生きてこのかた、出した記憶のない底冷えした低い声が出たことに気が付く。

やっべ、ここにいない人間への怒りを、無差別にまき散らかしてどうすんだよ。

ましてや被害受けてる当人に見せてどうする。

しかし、俺が頬を腫らせていた時の光ちゃんの気持ちをこんな形で理解する羽目になるとはな。

 

「五里先生、悪いんですけどいるかちゃんの事借りていきますね」

 

五里先生に頭を下げて言う。

 

「お、おう。まあ、今日はちょっといるかの練習は様子見ながらにしようと思ってたし構わないよ?」

 

何故に声の終わりが震えるのか。

名港のコーチや愛西のコーチ達もちょっと引いていた。

大人にまでそうもびびられるとは。

そんなヤバい空気出してしまったんだろうか。

大人以外の子たちの顔、怖くて見れないじゃん?

 

なにより、いるかちゃんを怖がらせてしまっただろうかと思って顔を見ると、意外なことになんか鳩が豆鉄砲を食らったような顔である。

それからちょっと噴き出して笑い、言ってきた。

 

「理凰も、そんな風に怒ることあるんだ」

 

あんまなかったから正直自分でもびっくりしたわ。

まあでも俺も人間だから。

 

「怒ることくらいはあるよ。自分でも少ない方だとは思うけどね。まあ、貴重なリアクションがお気に召して、ちょっとは元気が出たなら何よりだよ」

 

近くにいた光ちゃんに目配せをしたらOKサインを返してくれた。

これで今から抜ける俺の事については、光ちゃんが周りに適当に話しておいてくれるだろう。

さてどこに行くか。

あんまり人目が多いといるかちゃんが落ち着くまい。

考えながらいるかちゃんの手を引いて歩きだす。

 

施設内の地図を頭に思い浮かべながら、妥当なポジションを思いつく。

なら通りがかりにアレを拾って、いるかちゃんと話すときは定番になったホットのカフェオレも買っていこう。

自販機でカフェオレ買って。

あったあった、何に使うかいまいちよくわからない小さめのブルーシート。

タオルは濡らしておいて、と。

 

施設の建物の窓などからは良い感じに死角になった場所に生えた木の木陰にブルーシートを敷いて、いるかちゃんを座らせる。

 

「理凰って何気に強引な所があるよね」

 

ちょっと呆れた感じで言われるが、悪い気はしてないようだからまあ、ヨシ!

 

「必要だと思った時は躊躇わないことに決めてるだけだよ」

 

そうして軽く頬を診て、まあ、大丈夫な範囲か。

これ位ならそんなにせずに消えるだろ。

 

「口の中は切れてない?」

 

「ん、だいじょうぶ」

 

「そう。それなら、そっちは良いとして、食事をとった後で湿布を、と行きたいところだけど頬だと微妙だな。いるかちゃんは女の子だし」

 

あんまり湿布を張るには向かない場所だ。

男の俺ならまだしも、女の子のいるかちゃんだとな。

 

「食後なんだ?」

 

「ご飯食べてるときに、ずっと湿布の匂いしてたら嫌でしょ?」

 

「それは確かに、そうかも」

 

話しながら、カフェオレの蓋を開けてあげてから渡した。

 

「まあ、口の中が大丈夫なら、ちゃんと美味しく飲めそうで何よりだね。おごり甲斐がある」

 

「自分の分は開けないの?」

 

開けないねぇ。

これには別の役目があるから。

いるかちゃんがカフェオレをいくらか飲んで少し気が緩んだ所を狙って言う。

 

「んじゃ、俺の膝にどうぞ」

 

「え?」

 

「最近、俺からも光にやってあげたりするんだけど、なかなかの寝心地らしいよ?」

 

そう。

最近は逆に俺が膝枕をしてあげる事もあるのだ。

まあ、まだ筋肉つけ過ぎて成長阻害してもあれだからそんなガチガチの足じゃないしね。

 

「まあまあ、良いから良いから」

 

よいではないかって、あれじゃないが。

いるかちゃんが混乱しているうちに、半ば強引に膝枕に持っていく。

そうして、熱さ的に大丈夫だとは思うがホットカフェオレを念のためにハンカチで包み。

頬に当ててあげた。

 

混乱してワタワタしていたいるかちゃんが落ち着きを取り戻して、ほっとしたような息を吐いた。

 

「何にも聞かないんだ」

 

「聞いてほしいなら聞く」

 

「今はあんまり話したくないかも」

 

「それならそれでいいよ」

 

来る途中で濡らしたタオルを目にかぶせる。

頬のホットカフェオレにせよ、効果を考えるとちゃんとしたものじゃない分微妙だが、気持ちが落ち着くだけでも十分意味はあるだろう。

 

頬の痣の感じ的に、多分平手。

拳じゃこれ位では済まない。

他に痛そうにしている部分はなかったから、まあ母親と喧嘩でもしたとか、そのあたりですんでると良いんだが。

 

正直大分腹はたつ。

思わず最初はあんな声を出してしまったしな。

だが、である。

 

「親の事、悪く言わないでくれてありがとう」

 

そうだよな。

いるかちゃんは、親とのことが諦めきれないって、泣いてたもんな。

だから俺はただ一言だけ返すことにする。

 

「どういたしまして」

 

その後は言葉を話すでもなく、光ちゃんが俺にしてくれるみたいに優しく髪を撫でるようにしていた。

女の子の髪に触るのはちょっとアレなんだが、今回はまあ、大目に見てもらおう。

しばらくすると聞こえてくる寝息。

 

いるかちゃんは、言葉使いが荒い。

行動も、結構乱暴だ。

服の趣味もかっこいい系を好む。

そんな部分に誤魔化されそうになるかもしれないが、でも違う。

 

この子の仕草は、すごく女性的なのだ。

大きな動きではない例えば、髪をかき上げたり、頬に手を当てたり。

そう言ったちょっとした仕草はむしろ俺の知っている子たちの中でも特に女の子をしている部類だ。

その心根の部分の優しさも、心の柔らかいありようも。

本質的な部分の話をすれば、この子ほど女の子らしい子はなかなかいないだろう。

 

きっと、口の悪くない乱暴でもない普通の親に育てられていたならば、さぞかし可愛らしい女の子らしい女の子になっていたと思う。

誤解しないでほしいから一応言っておくと、俺は今のいるかちゃんの事も好きだし、面白いし、可愛いと思う。

でも、そんなありえた可能性を思うと、少しだけ運命ってやつに物を言いたい気分になるのである。

もちろん、自分に与えられた今を精一杯に頑張っている当人のいるかちゃんには、絶対に言わないし、そんな内心おくびにも出さないけど。

 

いるかちゃんが家を出るまでもう少し。

あと半年程度か。

俺がしてあげられるのは、電話で話を聞いてあげたり、こうしてたまに会った時に甘やかしてあげる位だけど。

この子の受ける痛みが、少しはマシになっていればいいなと思う。

 

家を出たら出たで、その時はその時の苦労があるだろうけど、今に比べればきっとマシな部類の苦労なはずだ。

いつかこの子から受ける相談や聞いている愚痴が笑い飛ばせてしまうような内容だけになって、いまよりもっと笑える話や楽しい話が多くなれば良い。

 

そうしてしばしの時間が経って、目を覚ましたいるかちゃんは大分元気になっていて、午後の練習からはちゃんと参加できていた。

頬の痣は残ったままだけど、泣いた跡と赤い目は気にならない程度になっていてほっとした。

濡らしたタオル程度でもそれなりに役に立ったらしい。

 

なお、いるかちゃんの俺に対するべたべた度はさらに上がった。

光ちゃんは溜息をついた。

でもなんか、いるかちゃんには甘かった。

まあ、光ちゃんも家族関係の事情は複雑だからな。

そのあたりは、つい甘くなるのかもしれない。

仲が悪くなるのよりはよっぽど良いし、仲がいいのは大変結構。

だかしかしである。

 

「光、ちょっと理凰を借りていくから」

 

「仕方ありませんね。ちゃんと返してくださいよ?」

 

光ちゃん、いるかちゃん、ちょっと話をしようか。

君たちはいったい俺を何だと思っているのかね。

 

 

 

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