偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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43話

続、長野合宿である。

うん、名港と愛西の合同合宿からずっと合宿続きと思うかもしれないが、漫画でも言われていたことだが、夏はフィギュアスケート的にはまさに鍛錬の絶好機なのである。

 

フィギュアスケートは7月1日にシーズンが始まり、大きな大会があるのは8月の後半頃から。

大きな大会が集中する11月から12月頃にシーズンが折り返しとなり、いったん少し落ち着き2月3月あたりに世界大会やオリンピックシーズンならオリンピックなどが行われ大体4月頃にはシーズンが終わりになる。

頃というのが多いのは、大会日程何かがどうしても年ごとに多少は前後するからだな。

 

5月6月もオフシーズンと言えばそうなんだが、フィギュアスケートは知っての通り競技者の年齢層がかなり低い部類のスポーツだ。

つまり競技者の大半は学生であり学校に行かなければならないわけで、必然的に学生の夏季休暇とオンシーズンではあるが大会の少ない時期が被る夏が一番練習時間が取れる時期となる訳である。

まあ、大きな大会が8月後半からあるという事もあって、そこに照準を合わせるため夏季休暇に入る前の7月あたりから合宿は開催され始めるので、必ずしも夏季休暇と完全に被るわけでもないんだが。

ともあれ漫画でも合宿というと基本的に夏の時期で描かれていたと思うが、あれは大雑把に言ってしまうとそういう事情からだ。

 

まあ結論として。

フィギュア、夏、合宿、多い。

とりあえず、これだけ覚えて帰ってくれればいい。

 

で、名港と愛西の合宿はだいたい週末の休みとか長めの連休とかを狙ってやるので数日だが、この長野合宿は全国規模の選抜合宿であるがゆえに期間もたっぷり一週間。

当然というべきかエピソードに事欠かないわけである。

男子の方はぶっちゃけ俺が半ば村八分状態なため仲良くなった朱蒴君とたまに絡んでくる斑鳩君のことくらいしか話すことがないんだが、女子の方がヤバイ。

 

明らかにキャラが男子たちより濃いというか濃すぎるというか。

接触機会は男子と比べると限られるはずなのにまあ、色々起こること。

 

例えば、海月和香ちゃんが泣いてて、男子がその前でオロオロしていて、あれあの男子やらかした?

と思ったら、ペットボトル開けるときに力が入って涙が出ちゃった和香ちゃんにびっくりした男の子がどうしたらいいか分からずに泡食っていただけだったりとか。

うん、これむしろ男の子のほうが被害者だわ。

近くにいた女の子が突然泣き出したらそりゃ慌てる。

 

「あーそっか、和香ちゃんは力が入ると涙出ちゃうくらい涙腺弱いのか」

 

知ってた。

まあ、でも慌てている男の子に事情を理解させるためにもそのあたりの確認は重要である。

 

「びっくりさせてごめんなさいぃ」

 

「あ、いや、僕こそ変に騒いじゃってごめんね」

 

うんうん、なかなかいい子じゃないか少年。

 

「そ、それじゃ僕はこれで」

 

でも、俺からは距離を取るのかぁ。

そそくさと離れていく少年を、ちょっと遠い目をしながら見送る。

あ、見覚えあると思ったら、あの子俺が一番滑走だった時に同じ大会にいた子だわ。

うん、あの反応も残当だネ。

気を取り直してようやく涙が収まってきた和香ちゃんに話しかける。

 

「和香ちゃん、ハンカチは持ってるかな?」

 

和香ちゃんはただでさえ一個下なうえにその差以上に幼く感じるタイプなのでついつい物腰がお兄さんモードになってしまう俺である。

 

「はい、もってます」

 

うん、その体質だと多分必須アイテムだよね。

女の子はだいたいハンカチ持っているけど、他の子にもまして必需品だろう。

 

「ちょっとペットボトル貸してもらっていいかな」

 

急に寄ってきた男の子にびっくりして、ペットボトルがまだ開いてないんだよなあ。

また開け始めると涙がでちゃうだろうから、渡してもらったペットボトルの蓋は俺が開けてしまう。

 

「あんまり涙流すのも良くないからね。目のあたりヒリヒリしたりするようなら冷やすようにね」

 

蓋を開けたペットボトルを蓋とともに渡すと。

 

「ありがとうございます。目はとりあえず大丈夫なので」

 

「それならよかった。それじゃ俺はこれで失礼するよ」

 

缶コーヒーのボタンを押して取り出してその場を去る。

 

「あの、ありがとうございました!」

 

手をひらひらと振って返事の代わりとする。

ちなみに俺と和香ちゃんは初対面であるが、顔は知られていた。

名前聞いたときに、

 

「あ、鴗鳥選手」

 

って自己紹介する前に言われたからね。

まあ、ある意味当然ではある。

和香ちゃんはこの世界では名古屋の方に練習に来てないが、俺の知名度はもう結構なものだからな。

 

うん、和香ちゃんは名古屋には練習に来ていない。

やりやがったなこいつ、と思った人、ちょっと待ってほしい。

これに関しては、俺が発端ではあるが、直接手を出したわけじゃないんだ。

和香ちゃんが通いやすい近郊のハブ駅にスケートリンクが出来たのには理由があるのだ。

 

ぶっちゃけリンクを作って維持する程度の資金が俺には十分ある。

あるけど特定個人、まあ副次的に助かる子もいるんだろうが、そのために金をぶっこむのはどう考えても不健全である。

しかも、和香ちゃんのような子は彼女だけじゃないだろう。

 

自重を全部放り投げて動いた加護芽衣子さんの件は、あれが命のかかった案件だったからって言うのが大きい。

助けられるかもしれない命を知っていて見過ごすことが出来なかったから俺はあの時は色々全力で動いたのだ。

あれは突き詰めれば俺自身の心の平穏の為の行動である。

まあ手も足も出なくて返り討ちにあったんだが。

 

翻ってこの件はどうか。

命はかかっていないし、やっても俺が得られるのはせいぜい自己満足だけ。

和香ちゃんは苦労はしていたけど周りの人に助けられながらなんだかんだで頑張っていたし。

第一、俺がいなくなったらそのリンクどうするのかって話である。

 

だが、ああした子がいるのに何もしないのはそれはそれで違うと思った。

なので、俺は資金を投入してフィギュアスケーターを助けるための機関を新たに組織したのである。

既存の組織だと、利権とかいろいろあって面倒だからね。

 

正直当初は、フィギュアスケーターとしての人生の傍らで、死ぬまでをかけてフィギュア業界の状況をより良い方向にしていこうという超長期計画だったんだ。

そう、だったんだよ。

 

でもね、投資家って耳聡いんだ。

まあ、情報が命みたいな世界だからさ。

噂の、一度も外したことのない正体不明の天才投資家が手掛けた機関ってことでまあ、その筋では大注目になってね。

そんで、機関が関わるフュギュア界の状況を見ると、ジュニアには注目株のいるかちゃん筆頭にタレントが揃っていて、そのさらに下には話題性抜群の男女の天才コンビがいるわけですよ。

 

あ、これ今乗っておけば見返りでかいんじゃない?

って乗ってくる人が想定をはるかに超えて多くて資金が一気に膨らんでさあ。

資金て一度集まりだすと、どんどん加速するわけさ。

そうすると人も集まる訳で。

現実的にフィギュアスケートを産業として振興していく事を実行できうる規模の機関に雪だるま式ですよ。

立ち上げから数年たった今現在では既存の組織とも連携する一大勢力である。

 

これもバタフライエフェクトと言えばそうなのだろうか。

老後までの人生におけるちょっとしたサブプランだった機関がご覧の有様である。

 

とっくに俺の手は離れた。

流石にこの規模は正体隠した俺じゃ面倒見切れない。

まあ、発起人だし出した資金の額が額なので、隠然とした影響力はあるし、初期のころは変な人間が入り込まないように裏から人事に気をつかったりしてたから結構上の方に俺の正体を知っている協力者もちょこちょこいたりはするけども。

 

まあそんなわけで、この世界の日本は漫画の中よりもスケート場が多くなっているし、フィギュアスケートがちょっと盛んだ。

そして多分、時間が経つにつれてそのずれはもっと大きくなっていくだろう。

ノービスにしては大会が多くないかと思っていたそこの君。

正解である。

上記の理由で、小規模の大会の数は明らかに多くなっている。

 

まあ、和香ちゃん、端から見ても笑顔多かったよな。

俺が何かをしたとはいいがたいというか、むしろやらかしの結果のさらに波及効果でしかないけど。

うん、女の子が一人、本来の運命より幸せになったというならまあ、悪くないやらかしだったと思っていいんだろう。

そういう事にしておこう。

 

 

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