偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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45話

ライリー・フォックス視点

 

鴗鳥理凰選手。

フィギュアスケートに関わる仕事をしていてその名前を知らない人はいないだろう。

ノービスに上がって初のデビュー戦で衝撃的な滑りを見せて優勝に輝く以前から、多くの噂が流れていた天才少年。

デビューからたった一年という短い時間とようやく10歳という幼さでありながら、その実力と人を惹きつけてやまない滑りで、ただの天才から誰もが認める時代の寵児へと駆け上がった本物。

まだノービス一年目にもかかわらず、あの夜鷹純の再来と噂され始めた、言葉を選ばずに言うなら稀代の怪物。

 

私もうちのクラブの子と出場大会が被った時に滑りを直接見た事があるけど、あれはやばい。

慎一郎先生ってもっと堅実なタイプだと思ってたんだけど自分の息子にはスパルタなのかしら。

光ちゃんにも理凰君ほどじゃないにせよ結構要求高そうだし、身内に厳しいタイプ?

 

って思ってたんだけどなあ。

理凰君に直接会って彼の練習への姿勢を見て分かった。

要求が高いのは、理凰君自身だ。

光ちゃんはあの子が隣に居たら、それはそうなるだろうなとしか思えない。

 

なんなんだろう、あの子。

直接会った初見の時に雰囲気あるなあ、くらいにしか思わなかった私としては自分の目にちょっと自信がなくなりそう。

話して最初に思ったのは、噂に聞いた以上に成熟してるなという事。

会話の内容が、子供と話している時のそれじゃない。

でもそれ以上に、その時のあの子の目だ。

 

私はあんな目で見られたことがない。

ゾクゾクとさせられる目。

自分を見透かされていると確信させられる透徹した瞳。

あの子はあの時、私の何が見えていたんだろうか。

その視線に耐えきれずに思わずこぼした素の本音に対して返ってきた言葉がこれである。

 

「すみません、ちょっと不躾でしたね」

 

この子、もしかして妖怪変化の類なんじゃないだろうかと思ってしまっても誰も私を責められないと思う。

その時は何とか笑って済ますことができたけど、当然と言うべきか私はそれから理凰君の事を色々と調べ始めた。

興味九割、後の一割には色々、慎一郎先生の息子さんだしあり得ないとは思うけど何かの間違いでうちに来てくれないかなとか。

あと多分そこには恐怖もほんの少しまじってたんじゃないかと思う。

まあ、その恐怖は調べてるうちにあらぬ方向へすっ飛んでいったんだけど。

 

そうして調べ始めると、色々な話が集まった。

というか集まりすぎた。

あの子、フィギュアスケーターとしても大概なのに、人間としてそれに負けないレベルで大概なのなんなの?

 

スケーターとして天才的?

うん知ってる。

 

人に教えるのが上手?

それは大分興味ある。

 

他の子のケアがコーチ顔負け?

ホントにうちに来てくれないかな。

 

メディカルトレーナーとしてプロレベル?

あの子、10歳だよね?

 

元々トライリンガルなのに、もっと勉強しててロシアとヨーロッパ圏はほぼ制覇しそう?

メディカルトレーナーの事と言いその勉強時間どうやって捻出しているの?

 

対光ちゃん用ウルトラスペシャルスーパーダーリン?

あれ、なんか方向性変わった?

え、でも何それ女としてすっごい興味ある。

 

……本当に、なんなの、あの子!

聞けば聞くほど、訳が分からない上に、どうしようもなく面白いんだけど!

そうだよね、エキシビションでフリッフリの衣装で女の子に扮してキラッキラに踊って滑る子だもんね!

朱蒴君、何で断っちゃうかなあ、絶対女装似合うし色々楽しそうなのに!

 

まずいな、なんか情報集めているうちにファンになってしまいそう。

特に光ちゃん関連のエピソードは女心がキュンキュンする。

聞けば聞くほど少女漫画より少女漫画してるのなんなの?

 

え、食堂で光ちゃんへの愛を叫んでた?

なにそれ、すっごく見たかった。

 

練習見てると怖いくらいにストイックで、向上心に果てが見えなくて、練習見てるだけで見惚れるような男の子が、リンクを降りるとユーモアのあるスパダリとか、そりゃ知り合った子たちの男性観壊れるでしょ。

大人の私でも現在進行形で男性観歪んでいる気がするくらいなんだから。

 

そうしてちょっとミーハー気分になってきてキャアキャア言っていた私は朱蒴君に冷や水をぶっかけられた。

 

「あーそっか、氷上で選手として向き合ったことがないと理凰君ってそんな風に見えるのか」

 

それは、性別も違う上に既に選手から退いて久しい私にはない視点の理凰君の話だった。

 

「僕も今回の合宿で仲良くなったし、そういう風な理凰君の事もある程度は分かるようになったけど」

 

私に気をつかってか、そう前置きをおいてから朱蒴君は続けた。

 

「理凰君は、なんて言うのかな。氷上で勝敗を見ていないんだよね。もっとずっと先を見てる」

 

それは憧れるような羨むような声だ。

 

「女の子たちは、僕たちを情けないものを見るような目で見る時があるけど、一度理凰君の背を競い合うための同じ氷上で追ってみてほしいよね。多分、僕たちに一番厳しい目を向けてる光ちゃんが一番わかってくれてるのは凄く皮肉だと思う」

 

女の子たち、とくに名港や愛西の子達の男子を見る目を思い出したのか、ちょっと拗ねた声を出して。

 

「女子には光ちゃんがいるけど、光ちゃんはまだ氷上にちゃんといる子だ。でも理凰君は違う。氷上にいるのにいない。僕たちの遥か先の、僕たちには届かない場所で滑っているのに、そこからすら遥か遠いどこかに行こうとしている。理凰君の背を追えば追うほどそれが分かる」

 

それはきっと技術的なことの話じゃなく、心の在り方の話。

 

「すごくかっこよくて、追いかけるけど、追いかけるほどに、理解するほどに距離の遠さが分かって、距離が縮まるどころか離れていく事が分かる。僕ももう、他の皆みたいに諦めちゃうつもりだったんだけどなあ。ただ憧れて仰ぎ見られるなら、あんなに綺麗で凄くて格好いい人なんて他にいないのに」

 

私も気が付いていた。

朱蒴君はとても才能のある子だけど、理凰君に対してはあきらめに似た感情を抱き始めてた。

 

「『ごめん、すごくいい滑りだなと思って、つい』 だってさ。本気の目だった。理凰君は氷上だと彼方ばっかり見てるくせに、リンクを降りるとちゃんと僕たちを見てくれる。話せば優しいしかっこいいし。ちょっと悪戯っぽくて。女装は遠慮したいけど」

 

仕方がない、という風に笑う朱蒴君はどこかいつもより男の子の顔をしていた。

 

「きついのに、追いかけるのやめられなくなるじゃないか。ずるいよね」

 

そんな朱蒴君を見て、朱蒴君の話を聞いて、名港のコーチ達や選手たち、さらには愛西の子達も。

誰も彼もが嬉しそうに楽しそうに理凰君の事を話していた意味をはっきり理解した。

全面降伏である。

私はあの子の、理凰君のファンになった。

そして、どうにかあの子をうちのクラブに手に入れたいと本気で考えるようになった。

 

私は自分の運に自信がある。

望めばほしいものは何でも手に入った。

今回だってきっと、と思うのだけど。

さて、はたしてあの理凰君に、私の運は通じるだろうか。

 

生まれて初めて、自分の運に自信が持てない。

初対面の時のあの瞳が私をとらえて離さない。

まるでこの世ならざる者のような、超然とした瞳。

あの子は本当の本当は、いったいどういう子なのだろう。

 

知りたいような知るのが怖いような、不思議な気分だ。

まあでもとりあえずは、もっと情報を集めよう。

絶対まだまだ沢山の面白エピソードや胸キュンエピソードが残っているはず!

趣味と実益が一致するって素敵だなあ!

やっぱり私の人生、とっても楽しいよね!

 

 

 

 

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