偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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47話

「じゃあ、次は右の膝を伸ばしてみようか」

 

長野合宿から戻ってきた俺は、ちょっと久しぶりにいのりちゃんの様子を見に来ていた。

西日本小中学生大会に出場する予定のいのりちゃんの状態を確認するためだ。

なお事前に名港杯の優勝祝いと夜鷹の件のお詫びとしてホールのケーキを買ってきてみんなで食べた後である。

 

いのりちゃんのお母さんである結束のぞみさんには自己紹介を受け挨拶された。

名港杯での一件があって一年間の事情をいのりちゃんから詳しく聞くことになったのぞみさんには、手を取って泣いて感謝されてちょっと困ってしまった。

 

でも、スケート場の代金はのぞみさんのその時点の意志に反して俺が勝手に払っていたものなので受け取りを固辞した。

それにあれはいのりちゃんの労働に対する正当な対価だ。

いやほんと、あの量のミミズを口実とはいえ自分の指示で集めさせておいてお金を払わないのは前世で社会人経験がある人間として受け入れがたいのでマジで勘弁してほしい。

 

そんなこんなの後で、メディカルトレーナーが現在存在しないルクスでは専門的なケアを受ける事が出来ないいのりちゃんを俺が診ているわけである。

 

「うん、大丈夫そうだね。俺が教えたことはちゃんと守っているみたいで何よりだ」

 

診察の結果としては何ら問題なし。

まあ、顔を見に来るたびに軽く診察していたし心配はしていなかったけど。

 

「はい! アスリートの体はある意味消耗品、求めるべきは最長でも最多でもなく最高率! 司先生にもお話してしっかり守ってます!」

 

手を上げて元気よく教えていたころのノリで返してくれるいのりちゃん。

なので俺もあの頃のノリでちょっとお兄さんぶって返す。

 

「大変よろしい。花丸をあげよう」

 

一年前倒しでしっかり体を作ったし、オーバーワークには常に気をつけさせてきた成果がしっかり出ていて何よりだ。

これなら漫画のようにシンスプリントを発症したり、それが負担になって捻挫をしたりといったこともなくなるだろう。

 

とはいえ、本格的にフィギュアスケートの指導を受け始めてからの期間の短さはいかんともしがたく、出場する級は漫画通り一級だ。

まあここは、バッジテストを受ける機会とかジャンプを身につける期間とか考えたら当たり前と言えば当たり前の話でほぼ予想通り。

 

「会場に行くときには大事な荷物はお母さんか司先生に預けておくといいよ。いのりちゃんの体格だと人の多い電車でかさばる荷物は厳しいだろうから。あと、網棚は荷物を忘れやすいから気を付けるようにね」

 

漫画だと、スケート靴を電車に置き忘れてあわや棄権の危機だったからなあ。

 

「はい!」

 

「そうしていると、ホントに先生と生徒みたいだね。俺より様になってるかも」

 

おおう、ちょっと教えてた頃みたいなやり取りをしてたら、司先生に思わぬダメージが。

 

「これはちょっとしたごっこ遊びのようなものですよ。ねえ、いのりちゃん?」

 

「そうですよ! 今の私のコーチは司先生ですから!」

 

いのりちゃんは実に良い笑顔だ。

司先生もすぐに立ち直ったな。

うーん、司先生もまだコーチなり立てで自信持ちきれてない頃だしなあ。

こればっかりは時間と経験を積み重ねていってもらうしかない。

 

「まあ、そんなわけで、司先生。いのりちゃんの方は問題ないかと。一応プロのお墨付きはもらっている身ですが、先々にはちゃんとしたメディカルトレーナーさんを付けられるといいんですけどね」

 

今回の介入で、漫画でいのりちゃんのメディカルトレーナーになるはずの金弓美蜂さんのフラグが折れることになるが、そのうち俺から情報を流せば司先生なら絶対連れてくるだろ。

まあ、司先生という土下座外交爆弾をけしかけるのは非常に心苦しいんだが。

これもいのりちゃんの為という事で、うん。

福岡パークFSCにも、司先生のスケーティングレッスンという見返りは発生するし、うん。

 

まあ、その見返りがちゃんと価値を持つ頃までは、俺がこうして会うたびに診ておくしかあるまい。

いのりちゃんが結果を出し始めて生徒さんたちのレッスンが活性化するまではルクスの経済状況の問題もあるしな。

 

「なんというか俺、どんどん理凰さんに頭が上がらなくなっていくんだけど」

 

うん、それはごめん。

でも諦めてほしい。

実は司先生には俺からまだ特大の爆弾を投げる予定があるので、もっとヒドイことになるかもしれないけど。

それについても先に心の中で謝っておくことにする。

本当に申し訳ございません。

 

なお、俺は西日本小中学生大会には出ないので同行はしなかった。

なので後日聞いた結果だけを言うと、いのりちゃんは漫画と同じ2位だったらしい。

ただし、いのりちゃんも点数は25点を超え、大和絵馬ちゃんに対し本当に僅差の敗北。

 

間接的にだが、あの蛇崩遊大コーチに冷や汗をかかせることには成功したらしい。

流石に積み重ねの数で逃げ切られた形か。

すでにいのりちゃんは俺の手を離れているが、少しだけ悔しく感じる。

 

なので司先生。

貴方には大変申し訳ないが、やっぱりこの作戦はゴーである。

そんなわけで、慎一郎さんお願いします。

 

 

 

「非常に情けない話なのですが、最近理凰の事を十分に見てやれていないのです」

 

これは本当の話である。

最近慎一郎さんとのレッスンは大分回数が減ってしまっていた。

まあ、だからと言って、今目の前に座っている司先生の顔色が良くなるわけじゃないけどね!

 

「最近クラブの生徒数が急増しておりまして。理凰はこういった性格ですので、私にはまず自分以外の生徒を見ろと言ってくれるので、ついそれに甘えてしまい、親として情けない限りです」

 

いや、それはそんなことないぞ。

慎一郎さんは凄く頑張ってくれている。

忙しい中で時間もなるべく捻出しようとしてくれているしな。

それは常々感謝してるとちゃんと言って伝えてるんだけど、やっぱ気にしてたかぁ。

慎一郎さんの体を気にしてレッスンを減らすように強く言ったのはむしろ俺の方なのに。

今度何か甘えてあげないとだな。

まあ、今回のお願いもそれなりに心の重りを軽くできるとは思うけど。

 

「なので、理凰からの要望もあり、ぜひ司先生にレッスンをお願いしたく」

 

まあ、そういうわけである。

 

「内容としては、夜間のルクスとは被らない日程でリンクを貸切っての個人レッスンで、額はこれほどでと考えています」

 

真っ青になって口をパクパクさせている司先生をしり目に、先に話を通しておいた瞳先生とサムズアップを交わし合う。

司先生はすっかりパニック状態なのかさっぱり気が付いていないみたいだが。

 

「いやいやいや!? こんなにもらえませんよ!」

 

うん、まあ、今の司先生の自己評価からしたらその反応になるんだろうけど、そこは俺のプライドにかけて譲れないんだよなあ。

 

「司先生。その金額は俺が司先生の滑りを見たうえで、最低限その額は払わねばならないと判断した額です。父はそれを信用してその額で打診しています。はっきり言わせてもらいますが、司先生の技量で夜間の個人レッスンという条件だと、それくらいは受け取ってもらわないと困るんです」

 

まじで。

司先生は自分の価値に無自覚すぎる。

未熟なりとも競技者としてスケートに携わる者として、確かな価値には正しい報酬を与えないわけにはいかない。

 

「これは俺のプライドの問題なので、絶対に受け取ってもらいます」

 

断固とした声でまっすぐに司先生の目を見て言うと、司先生は息をのんだ。

 

「それでも、自分に自信が持てない、その額を受け取るのは気が引けるというならば、一つお願いを聞いてほしい」

 

「そのお願いというのは?」

 

「いのりちゃんが、自分から司先生のレッスン料をあげてほしいと言ってくるまでは、今のレッスン料のまま教えてあげてください」

 

これを条件にすればまあ、司先生なら飲んでくれるだろう。

ちょっと卑怯かもしれないが、これを受け取らせることが出来れば司先生自身の状況は大分改善されるはずだ。

漫画見てるといろいろカツカツっぽかったからなあ、特に初期のころは。

 

「―――理凰さん、君って人は本当に。わかったよ、その条件で君のコーチを引き受けよう」

 

よっし、これで司先生からスケーティングを学べる!

しかもプログラムの見本に夜鷹純とは別に、夜鷹純とスケーティングにおいては伍する見本が手に入る!

ついでに司先生にもジャンプを仕込んで間接的にいのりちゃんの指導の手助けもしてしまえる!

 

いやあ、慎一郎さんにまで協力してもらった甲斐があったぜ。

一挙両得どころじゃないからなこの作戦。

 

「受けてもらえてよかった。それでは改めて、これからよろしくお願いします。司先生」

 

「ああ、よろしく、理凰さん」

 

そうして俺と司先生はお互い笑顔で握手を交わすのだった。

司先生には大変申し訳ないのだけども。

うん、これなんて言うか、我ながら嵌めた感が半端ねえな!?

 

 

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