偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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49話

風邪をひきました。

俺がじゃなくて光ちゃんが。

うん、最近は例の熱もほとんど出なくなって、出ても大して高い熱にならなくなってきてるんだ。

やっぱり体がだんだん出来てきているおかげだろう。

まあ、普段から体調には気をつかっている成果もあると思う。

でも油断はまだしないほうが良いんだろうなあ。

 

光ちゃんについても、俺も本人もだいぶ気をつかっていたんだけど長野との気温差が結構きつかった所為なのか。

光ちゃんにしては珍しく結構な熱を出して寝込んでいるのだ。

軽い風邪はあったけど、ここまで重いのは出会ってからは初めてである。

 

幸いというかなんというか、ちょうど休暇と被っているのでがっつり看病中。

いや、光ちゃんは女の子だし俺がずっとそばにいては落ち着かないのでは、と思ったんだけど。

 

「喉乾いた…」

 

「わかった。体起こすよ?」

 

上半身を起こしてあげて、吸い飲みを口へ。

丁寧に少しずつ中に入ったはちみつ入りの程よい温度に調節したホットレモネードを飲ませる。

飲ませ終わった後に口元を軽くふいてあげると、またベッドに体を横たえさせた。

 

「ありがと…また手、握ってて?」

 

うんまあ、なんというか、凄く甘えられてる。

流石に体をふくのはエイヴァさんに任せたけどね。

それを俺にやらせようとするのはどうかと思うよ光ちゃん。

まあ、そこを除けばむしろやってあげたいくらいなのでどんと来いなんだが。

 

ベッドの端に腰かけて、片手で手を握り、もう片方の手で優しく髪を撫でる。

朝起きて熱があることが分かってからずっとこの状態である。

すっごく寂しがられるから、ほとんど片時も離れられない。

 

部屋の扉が開いてエイヴァさんが入ってきた。

手には替えの氷枕がある。

 

「光の様子はどう?」

 

「飲んだ薬が効いてきたみたいだね。熱は下がってきてるよ。まあ、まだ高めではあるんだけど」

 

氷枕を受け取り交換する。

すっかり氷が溶けて水枕と化した枕をエイヴァさんに渡した。

あ、またすぐに手を握られた。

うーん、あんまり経験ない熱のせいで不安が強いのか?

 

「あらあら」

 

微笑まし気に笑いエイヴァさんは部屋を出ていった。

光ちゃん、いつもなら少しは恥ずかしがりそうな所なんだが全然か。

まあ、まだ熱も高めだし思考力がいつもより落ちてるんだろうな。

光ちゃんは初めて会った時からすでにだいぶ精神が成熟していたから、こういう姿は珍しい。

 

また髪を撫でていると、だんだんウトウトし始めて眠ってしまった。

手はしっかりと握られたまま離れない。

まあ、離すつもりもないんだけど。

 

あんまり女の子の寝顔をじっと見ているのもあれなので、眠りの邪魔にならないように髪を撫でるのをやめた片手で文庫本を読み始めた。

時々熱が上がっていないか、寝苦しそうにしていないか様子を見つつ、本を読み進める。

静かな部屋に光ちゃんの寝息と本のページをめくる音だけが響く。

 

気が付くと結構な時間が経っていて、エイヴァさんが俺用の昼食にサンドイッチを、光ちゃんにはおかゆを作ってきてくれた。

本を読むのをやめて俺がサンドイッチをかじっていると、匂いに誘われたのか光ちゃんが目を覚ました。

 

「おかゆあるけど、食べられそう?」

 

「お腹空いてる、かも」

 

よしよし、食欲が出てきているならよかった。

体を起こしてあげると、明らかに期待している目で見られていることに気が付く。

まあ、いつぞやのお礼というわけじゃないが、期待に添うとしよう。

スプーンでおかゆを掬って口の傍へもっていく。

 

「さあどうぞ、お姫様」

 

ちょっとくすぐったそうな顔で笑って、ぱくりとスプーンをくわえる光ちゃんは何というかとても可愛らしい。

なるほど、光ちゃんがやりたがったのが理解できてしまうかもしれない。

しかし、笑顔が自然に出る位には回復してきてるのは本当に何よりだな。

 

食事を済ませた後は、もう一度薬を飲ませた。

それで熱が大分下がって氷枕もお役御免で良いかなとなったところで、膝枕を要求された。

 

「ねえ理凰。もっとわがまま言っても良い?」

 

ふむ、こんなに甘えてくるのは本当に珍しいな。

 

「言ってごらん。叶えられる範囲なら叶えるから」

 

こんな風に素直に甘えられたら出来る限りの事はしてあげたくなる。

さてさて、どんな要求が飛んでくるかな。

 

「何か歌が聞きたい。理凰の声で」

 

ほほう、なかなか水準高めの要求だね。

うーん、こういう時だと優しい感じの曲調のものが良いよな。

あー某人間台風が子供のころに聞かされてたあの歌にしようか。

何か妙に耳に残って覚えちゃったんだよなあ。

 

手は握ったまま、髪を撫でつつ歌い始めると光ちゃんはうっとりと目を細める。

うん、理凰君の声帯はぶっちゃけアニメ版のそれとほぼ一致しているのでまあ、文句なくいい声である。

歌い終えても未だ目には期待の色。

では次は、アカペラっぽい感じで100年間を女神の預言のもと戦い続ける傭兵団の物語のメインテーマでも。

まだ欲しいとおっしゃる?

異世界に転生した文豪のアニメのエンディング、はちょっと今の弱った光ちゃんに聞かせるには物悲しすぎるか。

世界を救った勇者と旅を共にしたエルフの物語のOPあたりならありか?

 

そのあとも結局しばらく歌う事になった。

まあ、ちょっと選曲は偏ったが勘弁してもらうとしよう。

今生は歌えるほど聞きこんでいる曲ってあんまりないというか。

必然的に前世時代の記憶からレパートリーを引っ張り出すことになるからなあ。

 

声帯が優秀なおかげで中々の好評だったのは良かった。

逆に好評過ぎて、子守唄代わりとはいかなかったみたいだけど。

今日はずっと眠ってばかりいたからというのもあるのだろう。

大分元気が出てきたようでもあり、額に手をやってみれば、微熱程度には落ち着いていそうな感じ。

 

「夕食は、軽いものなら食べられそうかな?」

 

ぎゅっと握られた手に力が入った。

 

「大丈夫だよ、離れたりしない。母さんには次に様子を見に来た時に伝えるから」

 

「…それなら食べたい。一緒に食べてくれる?」

 

「今日はずっと一緒に居るよ。前に光が俺にそうしてくれたみたいにね」

 

そうして、様子を見に来たエイヴァさんに夕食の用意をお願いして、約束したとおりにずっと一緒に居た。

夕食は軽いものだけど同じものを一緒に食べる。

そのころには微熱はまだあるようだったが、いつもより甘えたがりな以外は大分いつもの光ちゃんに戻ってきた。

食後にまた膝枕をねだられて、手をつないで、髪を撫でて。

他愛のない話をして過ごした。

 

「あのね、理凰。今日は布団を別に敷くんじゃなくて、ベッドで一緒に寝てほしいの」

 

まあ、何となくお願いされる気はしていた。

なので、何でもない事のように、ちょっとだけおどけて返す。

 

「風邪なんだし、俺も一緒なんだから、服はちゃんと着てなきゃだめだぞ?」

 

「うん。ありがとう、理凰」

 

その夜は同じベッドで一緒に眠った。

光ちゃんはずっと俺に抱き着いていた。

 

この子は漫画において、その出自が元は孤児であると明示されている。

形はどうあれ、一度は家族を失った子だという事だ。

この子はしっかりした子だし、自立心も強いけど。

それはそう在らなければならなかったから。

 

俺はこの子を、そうでなくても良いようにしてきたつもりだ。

だからきっとこの子は、漫画のこの子よりもある意味で弱くなって、かわりに多くのものを手にしている。

いつか、その手にした多くのものが、漫画のこの子とは違う強さをこの子に与える。

俺はそう信じている。

 

俺に抱き着いて涙を流して眠る光を、俺からも優しく抱きしめて髪を撫でる。

そうして、この子が見る夢が、悲しいものでありませんようにと願って、そっと額に口づけた。

 

 

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