まあ、涼佳ちゃんが選ばれていて、俺や光ちゃんが選ばれないってことはないと思ってたけどね。
しかも、例の機関の影響で規模も大きくなっているとなれば尚の事。
何の話かっていうと、まあ、ジュニアの合宿に呼ばれたって話なんだわ。
「やっぱり、居ると思った」
そして現在進行形で、いるかちゃんに背中から抱きすくめられて髪をいじられているという。
「ちょ、何やってんだ岡崎ぃ!?」
あ、紅熊寧々子さん。
蓮華茶FSC所属のジュニア選手である。
ていうか、肩車されてるし。
漫画でもそれやってなかった?
あれ確か再来年の話だったよね?
え、毎年やってるの?
なお、紅熊さんを肩車している人が高井原麒乃さん。
いるかちゃんにこの二人と、後は烏羽ダリアさんをくわえると漫画で出ていた女子ジュニアのトップ選手がそろい踏みとなるんだが。
「鴗鳥理凰選手」
うん、烏羽さん、あなたいつの間にこの至近距離に。
あ、いるかちゃんと一緒に居たから急に抱き着かれたせいで死角になったところにいた感じだね?
というか近くない?
いるかちゃんの行動に驚いていないのは、話を聞いていたからだとしても、めっちゃ距離近くない?
あれ、初対面だよね?
「サインください」
え。
あ、はい。
「サインとかちゃんとしたの作ってないので、とりあえず名前書く感じで良いですか?」
大分有名にはなってきたけど流石にサイン求められたのは初めてだよ。
「それでいいので、こちらの色紙に、是非」
押しが強い。
色紙まで用意してたとか、マジでガチのやつでは?
そういう事ならちょっとこっちも気張って、達筆な感じにサインぽく書いてあげるか。
幸い字面がかっこいいからレイアウトと書き方に気をつかうだけで大分それっぽくなった。
烏羽ダリアさんへ、と、これでヨシ!
「うん、思ったより見栄えがするものに出来たんじゃないかな。どうぞ、烏羽さん。これ、俺が書いたサイン第一号なのでちょっとサービスで右端の方に英数字で1って入れておきましたけど」
どうですかね、と続けることは出来なかった。
色紙を受け取った後にかなり強い力で手を握られて食い気味に礼を言われたからである。
「ありがとうございます。ずっと大事にします」
性格的に声こそ抑え気味だが圧がとても強い。
基本アンニュイ系な烏羽さんらしからぬ限界ファンムーブ。
「えぇ、いや、ファンなのは知ってたけどそのレベルだったの?」
うん、気持ちはわかるよ紅熊さん。
でも、いつまでも高井原さんに肩車されているのはどうかと思うな。
「高井原さん、疲れませんかそれ? この後練習もありますよね?」
思わず心配になってそんなことを聞いてしまう。
「大丈夫だよ~、いつもの事だから~。優しいんだね理凰君~」
うーん、和む。
そしてやっぱりいつもの事なのか。
何か漫画の時も妙になれた感じあったもんね。
「紅熊さんも、ほどほどにしてあげてくださいね?」
「あ、うん、ごめん」
やっぱり10歳の相手に注意を受けると堪えるのか、そそくさと高井原さんの肩から降りる紅熊さん。
「ていうか、岡崎は良いの?」
降りてから紅熊さんは改めて俺に聞いてきた。
今までのやり取りの間、いるかちゃんはずっと俺に抱き着いて髪をいじったままだったから当然の質問なのだが。
「最近は会うと大体こんな感じなので、慣れました」
「マジで?」
マジなんだよなあ。
そこまで頻繁に会うわけじゃないせいか、会ってすぐはいつもしばらくべったりされる。
なお、いつまでもべったりし続けていると光ちゃんに引きはがされて、愛西の誰かに引き渡され練習に連れていかれる事になる。
「絵面ヤバくね?」
まあヤバめではあるんだが。
「幸いというかなんというか、いるかちゃんがぱっと見の印象が不良ぽいのと俺がこの髪なので、仲のいい不良姉弟か何かと思われるらしくて、今のところ通報されたりとかはないですね」
「理凰と姉弟。アリかも」
アリかもじゃないんだよなあ。
「いるかちゃんは国の代表に選ばれたりもするんだから、もう少し言動を気にしたほうが良いっていつも言ってるはずだけど?」
「だって今日は久しぶりだったし」
「別に後でかまってあげるんだから、人前でくらいはもうちょっとシャンとして見せてほしいところだね」
「まあ、理凰がそういうなら」
ようやく体を離してくれたいるかちゃんにほっとする。
今のいるかちゃんには精神安定の面で必要な行動なんだろうというのはわかっているのでそんなに強く拒否する気はないんだが。
多分だけどセーフティーブランケット的な何かにされている感がある。
「話には聞いていましたが、本当にそんな感じなんですね」
冷静になってきたのか、ちょっと意外そうな顔で俺といるかちゃんの様子を見ていた烏羽さんが言ってきた。
「本当に仲がいいんだね~」
高井原さんもちょっとわかりにくいが驚いているっぽい。
「だから言ったじゃん」
呆れたように言ういるかちゃんだが、烏羽さんと紅熊さんが即座に連続で言葉を返した。
「普段の貴方を知っていると、この目で見るまではなかなか信じがたい話でしたから」
「私なんか、この目で見ても未だに目を疑いたくなるんだけど?」
この四人、漫画見てた時も思っていたけど仲いいよなあ。
大会何かでは結構バチバチやり合ってるはずなんだけど。
まあ、ノービスのメンツもなんだかんだリンク降りると仲いいもんな。
個別にみると相性の良い悪いはあるけど、全体としてみると結構和気あいあいとしている。
男子もまあ、俺以外は普通に仲いいしね、うん。
最近男子の俺に対する態度にドンピシャな言葉を見つけたんだ。
敬して遠ざけるってやつ。
あ、でもジュニアの人達は年の離れている人ほど距離が近くなるぞ。
そろそろシニアに上がる人達なんかとは結構仲良くやれそう。
長野合宿に比べると大分居心地良いわあ。
「そういえば光は? 一緒に来てるんじゃないの?」
「光ならノービスの子達と一緒に荷物を部屋に置きに行ってるよ」
他の子達と一緒だったから、俺が光ちゃんの荷物だけもってしまうのもね。
自分の荷物だけ持てばよかったうえに特に同行者もいなかった俺はさっさと荷物を片してフラフラしていたところを捕まったというわけである。
「そっか、じゃあ光とは後で話すか」
ホントに仲良くなったよな、光ちゃんといるかちゃん。
俺といるかちゃんとも、漫画でのいのりちゃんといるかちゃんとも違う感じの独特の関係。
なんというか、ちょうど当てはまりそうな類似例が思いつかないんだよなあ。
力関係を見てると、不思議と光ちゃんが上に見える。
しいて言えば姉妹が近いのか?
しかも何故か光ちゃんが姉ポジ。
しっかりした姉に、ちょっとやんちゃな妹みたいな?
「そうだね、それが良いと思うよ」
そういえば、四人の会話で流しちゃったけど。
「ところで、烏羽さんは何だってまた俺にサインを?」
何となく想像はつくんだが、やっぱり気になる。
「鴗鳥選手の滑りは、私にとってまさに理想形なので」
やっぱりそこかぁ。
「徹底的なまでに磨き上げられ、緻密にカッティングされた宝石の数々を、正しい形で組み上げて、一つの世界へと昇華させる。まさに珠玉です」
そんなうっとりとした顔で絶賛されると中々照れるな。
でもそこまで言ってもらえれば、いつも頑張っている甲斐がある。
「ダリアは一度理凰の滑りを見てからは、時間作れた時は現地に観戦に行くくらいのファンだからね」
おおぅ、マジか。
え、基本的には名古屋近辺の大会に出てるんですけど俺。
岡山からだと結構遠くない?
「鴗鳥選手の滑りにはそれくらいの価値はあります」
「そこまで言ってもらえれば、日々頑張っている甲斐がありますね。俺はスケートは見るのも好きなので、やっぱり見てくれる人には自分の滑りを見て喜んでほしいと思うので」
うん、実は会う前から思ってたんだよね。
漫画の知識と、いるかちゃんから伝え聞いた話から。
烏羽ダリアという人物のスケートに対する価値観みたいなものは多分、漫画に登場していたどのキャラクターよりも俺に近いと。
まあ、俺の方がちょっと突き詰め切っちゃってる感はあるんだけど。
その後はスケートについての話で五人で盛り上がった。
特に価値観の似ているダリアさんとはだいぶ意気投合した。
寧々子さんや麒乃さんとも結構仲良くなり、いるかちゃんのようなちゃん付けまではしないが、みんな下の名前で呼ぶようになった。
なお、いるかちゃんには隙あらばくっつかれた。
いつの間にか他の三人も慣れてしまって何も言わなくなっていた。