偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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53話

蛇崩遊大視点

 

凄い子やって話は聞いとった。

でもこれちょっと方向性、違うんやない?

いや、大人顔負けやとは聞いてたけどな?

こんなに理路整然としてて、プロでもこんなん中々できんやろ。

 

「では、資料の12ページ目をご覧ください。上の表が訓練を行う以前の怪我の頻度の統計になってまして…」

 

態度も堂々としとるなぁ。

正直、自分でもあんな風にできるとは思えんわ。

まぁ、それも驚きやけどな。

 

なんなん、この内容!?

 

ヤバいなんてもんやない。

こんなもん、ホンマにタダで聞いてええんか?

大枚はたいても聞きたいってやつがいくらでもおるで。

なんやったら、別の競技の人も聞きたがるわ。

間違いないな。

 

集まったコーチが、一人残らず食い入るように資料見て、一言一句聞き逃さんように説明を聞いとるわ。

ああ、くそ、もうちょっと早くこれがあったら、もっと絵馬を助けてやれたんやけどなぁ。

いいや、今からでも遅くない。

これから先、絵馬にとってだけやあらへん、他の子達にだって、この研究は大きな助けになるはずや。

 

これを基礎部分と言うても根幹とも土台ともなるような一番きつい最初の検証をこの小さな子が?

いやこれ、どうしろと言うんや。

大人として本気で立つ瀬がないんやけど?

 

慎一郎先生、息子によくこんな事やらせたな。

え、自分で勝手にやったん?

自分で検証した基本的な部分は出来上がってから渡された?

それが研究の発端?

いや、理凰君マジ怖いんですけど?

 

研究の名前は理凰メソッド?

大賛成で。

こんだけ貢献されてて、そこ通さないとかありえんでしょう。

 

 

 

 

五里誠二視点

 

最初その資料を渡されたとき、俺は目を疑った。

俺がずっと望んでいて叶えたかった、選手たちの為の未来への切符がそこにあった。

 

成長にともなう軸の変化に苦しむ選手は確かにいる。

それでジャンプが飛べなくなってしまうことは確かにある。

だが、それは全ての人間がそうなる訳ではない。

 

だがそういう事が起こり得るというだけで、それに怯えて間違えてしまう子は後を絶たなかった。

過度な練習、食事制限、果ては摂食障害にまでいたってしまう子さえいる。

俺はそんなことが起こらないようにしたかった。

そのために俺は成長期でもジャンプを失わない、大きな怪我もしない選手の前例を一つでも多く増やしたかった。

そんな俺にとって、その資料は天啓に等しかった。

 

なんてことだ。

こんな、こんなものが、どうして。

 

内容に目を通す間ずっと、そんな意味のない思考が頭の中を支配していた。

 

「お前、慎一郎、これいったいどうやって」

 

かすれた声で問えば、理凰君にある日突然にポンと渡されたという。

皆に教えて、検証して、それに見合うだけのより良いものにしたら世界に広めてくれと。

ぞっとした。

合同合宿などで実際に見て、あの子の異常なまでのストイックさは知っていた。

これだけのデータを集められるのも納得できるだけの練習を、確かにあの子ならやるだろう。

 

だがそれを理論に落とし込んで、あまつさえ自分以外の人間に、それも不特定多数にばらまく?

それは、自分の血肉を切り売りするような行為じゃないのか。

惜しいとか、独占したいとか、そう思うのが普通じゃないのか。

 

10歳の子だぞ。

なんであの子は、そうなんだ。

何もかも人に与えてしまう。

 

俺はあの子を見ていると、時々どうしようもなく怖くなる。

どうしても幸福の王子という童話を思い出すのだ。

記憶の話を知ってしまったのもあるだろう。

 

あの子は、多くを愛しすぎる。

歳に見合わぬ賢さである程度の自制は効かせているようだが、それでもとても足りているように見えない。

本人は好きでやっているし苦でもないといつも笑って言うが、それを真に受けて良いわけがないのだ。

誰かが歯止めをかけなければ、あの子は一体どこまで行き着いてしまうのか。

 

慎一郎も、エイヴァさんも、理凰君を信じつつも頑張りすぎないようにいつも気を配っている。

光ちゃんもそうだ。

もしかしたら誰よりも理凰君をわかっているかもしれないあの子は、俺たち以上に理凰君を信じているのか、俺たちほどは理凰君の事を心配していないようで、そこだけは少し安心できる材料ではあるが。

 

ああ、でも。

くそったれ、俺はくそ野郎だ。

あの子が身を切って生み出してくれた未来が、俺はどうしても見たい。

 

いるかに殴られるかもしれない。

いや、今のいるかなら溜息でも付いた後に、理凰君の頬でも引っ張りに行くのか。

最近いるかは、笑顔が増えて暴言も乱暴な行動もずいぶん減ってきた。

いるかだけじゃない愛西のクラブの子たちはみんな明らかに笑顔が増えた。

 

とっくに借りはパンク状態だ。

この上、こんな返しようのない恩が加わるのか。

俺はもう一生、理凰君に頭が上がらないな。

 

腹をくくろう。

俺は、理凰君のくれた未来への可能性を残りの一生をかけてでも世界へ広げていく。

まずは自分の手の中にいる大切な選手たちから。

そして遠くない先に世界全てに。

 

名前は、ウチと名港の全てのコーチ達の一致した意見として、理凰メソッドとすることに決まった。

理凰君は嫌がったが、悪いが君の頼みでもこれだけは聞けない。

君の名前は、未来へ残す。

これは、これから君の生み出した可能性で救われる者たちへ対して、俺が果たさねばならない責任なのだから。

人間、自分の事を救ってくれた相手の事は知りたくなるものだろう?

 

 

 

 

ライリー・フォックス視点

 

ほんっとに、理凰君て飽きさせない子だよね!

長野合宿から大して経っていないのに、いきなりこんな超ド級の爆弾をぶん投げてくるとか予想できるわけないよ!

 

うわあ、でもホントにたまらないなあ。

理凰君て自分に対してはスパルタなのに、他者に対して与える教えについてのスタンスはすっごく私に近いよね?

怪我を避けて、強い体を作らせて、メンタルを十分にケアして。

 

なんとなくわかる。

あの子にとってフィギュアスケートはとても楽しいものだから、他の子達にもそうであってほしいんだろう。

私の場合はちょっと邪念も混じっているけど、理凰君のその思いには全面的に同意できる。

 

それでいて、自分に対してだけはスパルタすぎるのはどうかと思わなくもないけど。

肉体も精神も常軌を逸しているとさえ思う。

普通なら壊れてないとおかしい類の追い込み方なんだけどなあ。

ギリギリを攻め続ければ普通は精神が摩耗するし、摩耗した精神でギリギリの線を歩けば足を踏み外すものなのだ。

ここはちょっと心配な部分。

 

さらっと、これで商売する気はないとか格好良いこと言っちゃうあたりはすっごく素敵。

これだけ貢献した理凰君にそれを言われちゃったら、名港や愛西の人たちもさぞかし燃え上がったんだろうなあ。

本人的には名声さえ遠慮したかったみたいだけど、それは無理ってものだ。

こんな格好いい子がいたら、それはもうみんな自慢したくなるに違いないのだから。

 

なんか最近、自分の運のただ一点にだけまったく自信がなくなってきたんだよね。

なんで私と理凰君はこんなに年が離れているんだろうって。

同世代だったら、絶対にこの上なく楽しかっただろうになあってつい思っちゃうんだよねぇ。

絶対にクラブの立ち上げに誘ったのにって思うし、性別違っても理凰君みたいなスケーターが同世代に居たらそれだけで私のスケート人生、ずいぶん違ったと思うのだ。

 

何なら恋だってしていたかもしれない。

まあ、流石の私でも理凰君について光ちゃんに勝てる気はまったくしないけど。

でも、むしろ負けても素敵な恋になりそう。

そして友達にでもなって特等席で二人の恋を眺めるのだ。

そんな青春、ほんとに楽しそうなのになあ。

実に残念だ。

 

 

 

 

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