「あれ理凰君、一人で帰るのかい?」
「あ、はい、時間も早めですし」
ジュニア合宿が終わってしばらくしてからの司先生のレッスンの日の帰り際、俺は加護耕一さんと遭遇した。
どうも、司先生をお迎えがてら夕食は外食で済まそうという話らしく。
「ちょうどいいや。いつかのお礼もしたいし理凰君も一緒にどうかな? 羊も喜ぶから!」
今日は比較的早い時間だったのもあって自分の足で帰る予定だったから、いけないことはない。
帰りは家まで送ってくれるというし、断るのもアレか。
迎えの車を見れば、車内から羊ちゃんが手を振ってくれている。
司先生の方を見ると頷かれた。
家に電話を入れて事情を話せばすんなり許可が下りた。
「それじゃあ、ご相伴にあずかります」
車に乗り込み司先生は助手席に、俺は羊ちゃんと一緒に後部座席だ。
羊ちゃんは大分人見知りなタイプなんだけど俺と一緒に食事をすることをすんなりと受け入れている様子。
加護さん達の話は司先生から聞いていたし、加護さん達にも俺が司先生のレッスンを受けていることは伝わっていたので、恐らくだけど機会を狙っていたんじゃないかと思う。
「男の子の理凰君が一緒だし、今日は焼肉にしよう」
「いや、羊ちゃんもいますし、もうちょっとサッパリしたものでも大丈夫ですよ?」
「いいのいいの、最近の焼き肉屋はメニュー色々あるし!」
耕一さんはそういうが、一応羊ちゃんの方を見るとコクコクと頷いてくれていた。
「そういう事なら、それでお願いします。俺も肉は大好きなので」
食事制限?
うん、なんというか俺の場合は運動量が多すぎるのか、むしろしっかり食わないとヤバイんだ。
前に体調崩した後に食欲が落ち気味のまま練習再開したら体重がガクッと下がってね。
珍しく圧のある笑顔でエイヴァさんにたらふく飯を食わされたんだ。
「練習をしばらく軽くするのと、どっちがいい?」
って言われて、食べるほうを選んだ俺が悪いんだけどね。
ちゃんと休んでほしかったんだろうね。
でもほら、体調崩してちょっと練習できなかったから早く滑りたくて思わず反射的に食べるほう選んじゃったんだ。
まあ、少ししたらため息ついて、いつもの様子に戻ってくれたけども。
あれは、我ながらなかなかのうっかりであった。
なお、司先生はガッツポーズをしていた。
小さくやっているつもりなんだろうけど、俺からだとほぼ丸見えである。
気持ちはわかるよ。
男子たるもの、焼肉と聞いたらテンション上がるよね。
「いやあ。しかし理凰君は凄いね。最近テレビで顔を見る機会がさらに増えてるし」
確かに、自分でもそれは思う。
とはいえ、光ちゃんと一緒にずっと優勝をし続けてるし、それはそうなるだろうなという話でもあるんだけど。
「君に助けられた後、二人で君の出ている大会を見に行ってさ。それ以来、羊はすっかり理凰君のファンなんだよねぇ。もちろん僕もなんだけど」
さらっと父親に俺のファンであることを暴露された羊ちゃんは、身を乗り出して耕一さんの太ももあたりをぺちぺち叩いていた。
うん、気持ちはわかるんだけど、危ないからちゃんと座ろうね?
羊ちゃんをシートにちゃんと座りなおさせてから、俺は口を開く。
「女の子のそういう事を気軽に口にするのは感心しませんね、耕一さん」
「あはは、ごめんねー」
軽いなあ。
そういう事ばっかりやっていると、羊ちゃんがもっと成長してきた頃に痛い目見るんだぞ。
なお、赤くなっている羊ちゃんの顔は見て見ぬふりを決め込んでおいた。
しばらくして焼肉屋に到着した。
えぇ、かなり良いとこじゃんここ。
言うのも無粋だから、素直にごちそうになるけども。
とりあえず席に着く。
司先生と耕一さんが隣で向かい合って俺と羊ちゃんが隣だ。
最初、体格的に俺と羊ちゃんばらけたほうが良かったのでは、と思ったのだが結果的にこの席分けは正解だった。
うん、この親子、かなり世話が焼けるんだ。
さては司先生、狙ったな?
しっかり見ていないとすぐに余分なものを頼もうとするし、羊ちゃんは火傷とかしないか心配になる。
必然的に俺が羊ちゃんの面倒を見て、司先生が耕一さんの世話をするというフォーメーションが完成していた。
ちょっとじっとりとした眼を司先生に向けると、口をぱくぱくされた。
たぶん、ゴメン、だと思う。
まあ、仕方がないから許そう。
俺もお残しはあんまり好きじゃないし、羊ちゃんの面倒を見るのはほっこりするからな。
「それは食べきれないだろうから、こっちにしようね。これなら俺が一緒に食べられるし」
「うん、わかった」
上手く誘導しながら、食べきれないようなものは頼ませないようにする。
「あ、口もと汚れてるよ。服が汚れちゃうからちゃんと拭こうね」
「ありがとう」
タレが口もとについていれば、拭ってあげて。
うん、このレベルで面倒みたの、他には汐恩くらいな件。
しかもこの子、面倒を見られ慣れていやがりますね?
司先生、ちょっと甘やかしすぎてません?
再びじっとりとした視線を向けると、今度は目を逸らされた。
あとで、二人のいないところで説教だな。
甘やかしすぎは良くない。
後で苦労するのは本人なのだから。
まあ、事情を考えれば司先生がついつい羊ちゃんを甘やかしてしまうのも理解はできるんだが。
「凄いね、理凰君。なんかずいぶん面倒を見慣れてない?」
「妹がいるので、それなりには」
むしろ、俺としては人見知りのはずの羊ちゃんがずいぶん素直なのがびっくりだわ。
迷子の時の件が思ったより影響大きかったのかな。
しかし、なんかこういういかにも箱入りって感じの子は身近にいないから新鮮な感じだ。
ついつい世話を焼いてしまう雰囲気がある。
周りにいる子は基本フィギュアやってる子で、そういう子はやっぱりなんというか、アスリートとしてのしたたかさみたいなものを持っているからなあ。
そのあとも、羊ちゃんの世話を見ながら食事をして、色々な話をした。
司先生はコーチとしてどんな感じかとか。
そこはしっかり褒めておいた。
スケーティングの指導は本当に為になるし見せてくれる手本も凄いから、特別盛る必要もない。
「でも、俺やいのりちゃん以外に教える機会があった時は、ちょっと気を付けたほうが良いかもしれませんね」
俺のその言葉に司先生が身を乗り出す。
向上心があって大変結構。
「どういう風に気を付けたらいいのかな?」
「司先生は、自分が基準になっているのでスケーティングに関しての要求水準が凄く高くなっています。俺やいのりちゃんにはかえってそれがマッチしているんですけど、他の子にはその子の今の技量を考慮して要求水準を調節したほうが良いでしょうね」
ここは最初の生徒と次の生徒である俺といのりちゃんが、どちらも外れ値だった事からくる弊害とでも言うべきか。
しかもルクスの方針も元々が結構スケーティング偏重な面があるからな。
「なるほど、確かに二人を基準にしてしまうと他の子には厳しいかも」
司先生がそう納得してしまう程度には、俺もいのりちゃんもモチベーションが平均からは逸脱してるわけだ。
「何か二人って、こうしてみていると先生と生徒って感じじゃないね?」
ちょっと不思議そうな顔で羊ちゃんに言われて、俺と司先生は顔を見合わせた。
「あー。確かに、そこは否定できないかも。理凰さんは何というか、凄くしっかりしているし、俺の方が教わることも多くて。いのりさんに比べると生徒って感じは大分すくないかもしれない」
ああ、うん、ジャンプ教える時とか師弟が完全に逆転するもんね。
多分だけど、コーチ仲間とかの方が距離感は近いんじゃないかという気がする。
いのりちゃんについても、協力し合ってる部分が結構あるしなあ。
「まあ、でも仲は良さそうだし、上手くやっているみたいで安心したよ」
耕一さんがそう言って話を結んだ。
そうだね、なんだかんだ仲良くやっていると思う。
しかしやっぱり耕一さんは司先生の保護者みたいだよねえ。
基本的には司先生に面倒みられる側なのに。
あ、耕一さんがまた何か余計なもの頼もうとしてる、ほら司先生ちゃんと止めてください。
え、羊ちゃんもなんか頼もうとしてる?
あ、ホントだ。
はい、羊ちゃん、デザート頼むのは良いけどそれはサイズ大きい奴だからこっちにしようね。