偽理凰君の奮闘記   作:空門 志弦

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57話

「なんだってまた、相談相手に俺を選んだんですか、那智先生」

 

全日本ノービスBで二度目の優勝を果たしてから少し経った頃。

いのりちゃんの様子を見にふらりと大須スケートリンクを訪れた俺は、いのりちゃんと会ったあとに那智先生に捕まっていた。

 

「なんて言うか、理凰君なら子供の視点もコーチの視点もわかっているからちょうど良いんじゃないかと。それにほら、ミケ太郎は理凰君のいう事は凄くよく聞くじゃない?」

 

まあそれはそう。

実は俺は涼佳ちゃんには大分懐かれている。

俺があまりにも大人みたいなんで最初は警戒されたんだが、何を隠そう無類の猫好きである俺はついつい色んな意味で猫っぽい涼佳ちゃんを構ってしまい、いつの間にか懐かれることになっていた。

 

「涼佳ちゃんが俺の言うこと聞くのは多分、俺がジャンプがっつり飛べるのと、猫好き同志って言うのと…」

 

うーん、これ言ってしまっていいんだろうか。

那智先生はすでに涼佳ちゃん本人からこのあたりは聞いているはずなので、言って悪いってこともないんだが。

 

「あんまり女の子の内面を暴くような真似は好みじゃないんですけど」

 

「そこを何とか!」

 

俺が言い淀むと、那智先生は思いっきり頭を下げてくる。

自販機で買ったコーヒーを片手に人の少ない廊下の隅の方で壁に背を預けながらため息をつく。

 

「涼佳ちゃんは自分とそう変わらない歳の俺が、大人と対等に一人で向き合っていることに憧れているんですよ」

 

あ、という顔をした状態で下げていた頭を上げる那智先生。

そのあたりは、俺も仲良くなっていく過程でそれとなく本人から聞かされている。

 

自分は大人を味方に出来ない。

大人も、それに媚びる子供も嫌いだ。

自分は一人で生きていけなくてはならない。

そんな風な話をあの子は時々こぼす。

 

なお俺はそれに対して人間不信にならない匙加減に留意しつつ、言葉自体は丸くして色々と話している。

子供だろうと大人だろうとクソはクソだとか。

大人なんて結局は我慢と誤魔化しがいくらか上手になっただけのでかい子供だとか。

そんな風に悲しい現実を赤裸々に話しつつ、大人とか子供とか、大人に従順かそうでないかとか、そういう分類で人を見るのではなく個人それぞれを見る事が出来るように少しずつ誘導していたりする。

その中でも、キメ文句が。

 

「那智先生を見ていればわかるだろう?」

 

だったりするのは那智先生本人には秘密である。

涼佳ちゃんのあの辺の傷は結構に根深いから、一朝一夕でどうにかなるものでもない。

そして同時に、歳を重ね経験を積めば徐々に回復が見込める類の傷でもあるので、焦る必要もないのだ。

 

「涼佳ちゃんは、まだ幼い子供ですし。悪い方に行かないようにだけ気を付けてあげれば、後は自然に時間とともに解決していくと思います。というか、少なくとも涼佳ちゃんについては那智先生は今のままの那智先生の方が良いと思うので、変に悩まず今まで通りにまっすぐ向き合ってあげれば大丈夫かと」

 

うん、涼佳ちゃんに対しては、それでいい。

 

「ぶっちゃけ、涼佳ちゃん以外にもそのスタンスで行くのはNGですけどね」

 

「っぐふ」

 

胸を押さえて、苦し気な声を出す那智先生。

だがそこについては慈悲はない。

 

「せっかく、それなりに親しい距離で瞳先生という最上級のお手本がいるんだから学びましょうよ」

 

「難易度が高いよぅ」

 

そんな泣き言を俺に言われてもなあ。

 

「まず髪の色や服を大人しいものに戻す。装飾の類もなくすか、するというならそれなりに見られることに配慮したものに変える。あとは那智先生の場合は言動も見直すべきですね」

 

「ほとんど全部では?」

 

「子供から見る分にはともかく、親御さんから見る分には実際ほとんど全部だめなんですよ那智先生は。人柄をよく知れば、悪い人間じゃないのはわかるんでしょうが、そもそも付き合うかどうかの段階で切られます」

 

うーん涙目。

別に苛めたいわけじゃないんだけど。

 

「コーチ業を続けていくつもりがあるなら、涼佳ちゃんが那智先生がそういう大人の振りをするようになっても大丈夫なようになるころには改善を目指したほうが良いでしょう。那智先生の持ち味まで殺せっていうんじゃありません。必要な猫くらいはちゃんと被れるようになりましょうねってだけの話です」

 

そして厳しいことを言うようだが。

 

「そんな程度の配慮もできない人に、大事な子供を預けたくないって親なら思うわけですよ」

 

あ、壁に手をついた。

いや、ホント苛めたいんじゃないんだよ。

というか、なんで俺がこれ言う羽目になっているのか。

 

「名城にいるころからこの手の忠告は受けていたんじゃないかと思うんですけど」

 

耳に入っていなかったか、聞こえていて無視していたか。

 

「ううう、まさか親視点のダメ出しまで受けることになるとは。司先生から、割と駄目と思ったところにはきっちり詰められるから覚悟しておいたほうが良いとは聞いていたけど、想像以上で胸が痛いぃ」

 

そんな話聞いていたのに突撃してくるとかマゾなのかな?

とは、流石に聞かないでおいてあげるか。

 

「涼佳ちゃんのスケーターとしての仕上がりを見れば、コーチとしてはちゃんと有能だって分かるからこそもったいないと思って厳しく言っているんですよ。正直そうじゃなかったら転職を勧めてます」

 

うん、正直社会人として特に人に教える職としてみるとそれくらいには外面壊滅的だと思うのだ。

第一印象なんて見た目が十割で、コーチはそこがアウトな時点で最初から話が進まなくなるので詰むしかない。

夜鷹純?

あれはもう社会人として以前に人間として不器用だから。

光ちゃんがたまたまミラクルマッチしちゃっただけで、本来は人に教えられる人じゃない。

そう考えるとあの二人もやっぱり、司先生といのりちゃんくらいに奇跡的な出会いなんだなあ。

 

「まあ涼佳ちゃんの前でなら、今までどおりがベストアンサーなので。他の部分は徐々にで大丈夫ですよ。もしくはコーチ間での人脈を広げて、涼佳ちゃんのように他からあぶれてしまうけれども那智先生とは相性の良い子をピックアップできるような流れを作るとかですかね」

 

「それはそれで別方向に難易度高そうな」

 

「まあ高いでしょうね。手としては邪道の部類ですし。あとは涼佳ちゃんに教えているように勝って証明するかです」

 

コーチの場合は勝つというよりは生徒を勝たせるなんだが。

生徒が結果を出せば、当然コーチの評価も上がる。

多少の癖は承知の上で、子供を預けたいと希望する親も出てくるだろう。

 

「何故にミケ太郎の話から、私の人生相談に」

 

それは俺が聞きたい。

だが、あえて原因を求めるというのであればだ。

 

「突っ込みどころが多すぎたのが良くなかったんじゃないですかね?」

 

もうちょっとスルーしてあげられる程度に収まってくれてたらよかったんだが残念ながら儚い夢であった。

 

「まあとりあえずは、涼佳ちゃんをしっかりと見てあげればよいかと。那智先生もちゃんとコーチとしての経験値を積んでいけば、多少は余裕もできていくと思いますよ」

 

そしてその余裕を使って先を考えれば良い。

 

「最終的には結局そこに落ち着くわけかあ」

 

そんなもんである。

コーチ業自体、そもそもが道のない道を行くが如しというか。

生徒ごとに個人差大きいからあんまり過去の経験を他の子に適用できなかったりなんてざらだろうし。

 

しかし、那智先生と涼佳ちゃんのコンビはホントに手を出せる部分がないよなあ。

まあ、むしろいい事なんだけど。

そのまま仲良く順調にやっていってほしいものである。

 

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