「それじゃあ、俺は観客席で見ているから、頑張ってねいのりちゃん」
「うん、行ってくるね!」
今日はいのりちゃんのノービス初戦である。
いやあ、ちょうど休みだったからちょっと遠めだったけど見に来ちゃったぜ。
今回の大会だが、規模としては大きくはないが参加選手は粒がそろっている。
蓮華茶FSCのNO2の子出藤絃ちゃんなどが特に目立つ注目株になるだろうか。
「あ、理凰君こっちこっち~」
うん。
なんというかね。
いのりちゃんの顔を見に行った時に捕まったんだ。
結束実叶さんに。
いのりちゃんのお姉さんですねえ。
隣にはいのりちゃんのお母さんであるのぞみさんもいる。
あ、のぞみさん俺いのりちゃんと同学年なんで、そんな丁寧なお辞儀ホントいらないから。
実叶さんくらいフランクに、は、性格的に無理か。
うん、もう、やりやすいようにしてくれればいいです、はい。
「わざわざこんな遠くにまで見に来てくれるなんて…!」
「むしろもっと見に来たいんですけどね。なかなかタイミングが合わなくて。今回は休みと被ってくれてラッキーでした」
これは心底本音。
体の状態の確認のためにほぼ週一くらいで顔を見ていると言っても、やっぱり大会で滑っている姿は見たいじゃん?
でも流石に俺も忙しくてなかなか。
大会会場はそれなりに距離があることも多いし、気軽に見に行くのは難しい。
時々、司先生にゴツイ業務用カメラを買い与えて、ダイジェストで見られるようにドキュメンタリー映像を作成させる誘惑にかられる。
マジではやらないよ?
お願いしなくてもカメラ渡すだけで司先生なら勝手に始めちゃいそうな勢いなので、冗談でも言ってはいない。
でも割とガチでダイジェストで見たい。
凄く見たい。
ただでさえ推し作品の推せる主人公だと言うのに、自分で一年間教えたんだぞ。
いのりちゃんへの感情の熱量は司先生にもそうそう負けてない自信がある。
何を隠そう、この子は最初の方だけ途中までだけどわしが育てた。
そんな気分。
「ねえねえ、理凰君。もと先生としては、のんちゃんは今日の大会どこまで行けそうだとみてるの?」
益体のないことを考えていた俺に、実叶さんがそんなことを聞いてくる。
まあ構成とかは知っているし、顔を見る時に滑りも見ているから大体目算はつくな。
「ノーミスなら十分に優勝が狙えると思いますよ」
というかノーミスだった場合、まず優勝は落とさないだろう。
絃ちゃんがいてもそれは動かない。
他の大会で見た時の、いのりちゃん以外で最有力と言える絃ちゃんの実力を考慮するに間違いないだろう。
うん、やっぱりいのりちゃんの成長曲線はおかしい。
え、お前が更におかしくしたんだろうって?
はい、私がやりました。
しかもモチベーションまで漫画以上という。
あれ俺もしかして、やべースケートモンスターを野に放っちゃった?
いやでも、光ちゃん見てるとあれくらいは必要だし。
何なら、名港とか愛西の子達も漫画より強いしな。
うん、全部俺のせいだね。
他のクラブの子達には、ちょっと酷なことをしてしまったかもしれん。
ああいや、例の機関の関係で結構他の子達も底上げされてる感じがあるから、そこまででもないか?
「うわあ、理凰君の太鼓判かあ。大会の応援に来るたび思ってたけど、のんちゃんやっぱり凄いんだなあ」
そう、いのりちゃんはすでに結構な注目株だ。
その時の級ごとの大会にも結構出ていて、実はこの世界のいのりちゃんは表彰台を逃したことがない。
何ならかなりの割合で一位である。
ぶっちゃけ、実力考えるとほとんど等級詐欺だからなこの世界のいのりちゃん。
いつぞやの絵馬ちゃんのときみたいな同じ等級詐欺とぶつかった時に負けることがあったが、それ以外はまあ当然のように一位をかっさらう。
バッジテストもマジ爆速。
光ちゃんも実はホントはそこを認めていて、司先生に食って掛かったのはあれ実は駄々みたいなものなんだよね。
よっぽどいのりちゃんが全日本ノービスに出場するところが見たかったんだろうなあ。
「あ、のんちゃん出てきた!」
おおう、事前練習でさらっと三回転サルコウ飛んでるよ。
うん、得意だもんね。
トウループ、ループ、フリップ。
全部成功か。
今日は調子も良いみたいだ。
流石にルッツとアクセルはまだ成功率低いから組み込まない予定だから構成に使うジャンプは全部降りてる。
あーこれは多分、優勝するな。
「今日は調子もよさそうですし、期待できそうですね」
はらはらし通しののぞみさんを落ち着かせるためにあえて声を出して言った。
「ええ、ちょっと安心しました」
少し肩の力が抜けたみたいである。
まあ、いのりちゃんが滑り始めたらまたガチガチになるんだろうなあ。
そしていのりちゃんが滑り始めた。
うん、まずスケーティングがヤバイ。
ノービスなり立ての滑りじゃない。
土台を事前に作っておくだけでここまでなるんだからなあ。
そして、表現力もスケート歴の短さを考えると信じられないほどに高い。
指先にまで神経を通わせようと努力しているのが見える。
いのりちゃんは司先生と話し合って、今も俺が教えた鷹の目習得を意図した訓練を続けている。
あれはあくまで俺の持っている鷹の目から着想を得たものだ。
なので実は司先生や夜鷹純の持っている鷹の目と同じものを身に着けられるとは限らない。
とうぜん、まったくの無駄にはならないような内容に構築はした。
努力の甲斐あって、ちゃんとあの子の滑りの助けになってくれているようで嬉しい。
ジャンプも自信をもって飛べている。
そして、その自信に見合うくらいに出来も良い。
きっと加点が付くだろう。
そうして、いのりちゃんはノーミスで完走した。
「きゃー! ノーミスだよ!」
まって、実叶さん。
抱き着かないで。
いや、百歩譲って、抱き着くのは良い。
でも胸で顔を塞がないでほしい。
恥ずかしいとかいたたまれないとかじゃない。
いやそれもある、あるんだけど、今はそういう事すら言ってる場合じゃなくて。
マジで息できない。
タップ!
タップです!
「ちょっと、実叶! 理凰君が息出来てないから! 離してあげなさい!」
のぞみさんナイス。
あ、頭をロックしていた腕が離れた。
よし、息ができるぞう。
死ぬかと思った。
実はこの世界で目覚めてから一番の命の危機だったのでは?
「ご、ごめんね!? 大丈夫だった!?」
「あ、はい、何とか。実叶さんはその美人ですし、スタイルも良いですので、あまり異性にこう言ったことはしないほうが良いですよ?」
これ、何人被害者いるんだ。
一人や二人じゃ済んでないだろ。
あ、実叶さんちょっと顔赤くしてテレテレしてる。
うん、やっぱり被害者多そうだな。
「ほんとに、気をつけなさいよ。理凰君みたいな人ばかりじゃないんだから」
うん、のぞみさん、あなたの中で俺はどんな人なんです?
いや、怖いから聞かないでおこう。
そんなトラブルもありつつ、みんなでいのりちゃんに会いに行った。
いのりちゃんは最高の笑顔でピースサインを見せてくれる。
「とってもいい滑りだったよ。優勝おめでとう、いのりちゃん」
「ありがとう、理凰君!」
ああ、やっと優勝をすぐにちゃんと祝えたよ。
名港杯の時とか、ちゃんとできなかったからな。
うんうん、やっぱり優勝してすぐの満点の笑顔は見応えがあるよね!
応援に来た甲斐があるってもんだよ!
「司先生も、お疲れ様。しっかりした指導の跡が見える素敵な滑りでした」
「ありがとう、理凰さん!」
まさに喜びのGOE+5って感じかな。
こっちも実に良い笑顔である。
後でハッピーリフトでもするんだろうか。
ちょっと見てみたいかもしれない。